Devil doll

「ダンテのバカ! もう知らない!」
「あ、ダイナ! おい待てっ!」
 凄まじい怒涛が響いたかと思えば、今度はドタンバタンと激しくものがぶつかり合う音がする。その次には今にも壊しそうな勢いで扉が開かれ、閉じられる。
「何よ何よ! ダンテのバカバカバカ! せっかく……せっかく作ったのにぃ……!」
 ダイナと呼ばれた女性は、顔を涙やらなんやらでぐちゃぐちゃにしていた。
 手には何やら小さな人形。それをこれでもかと握りしめたかと思うと、おもむろに地面へ叩きつけた。
「もう、二度と作ってやんないんだから!」
 ……事の発端は、些細なことだった。
 この間、二人でデートをしていた時に見つけた、小さなお人形が飾られるお店。いろんな種類がありダイナがそれを眺めていると、店員さんが教えてくれたのだ。
「このお店では、キットを売っているよ。手作りして、彼氏にプレゼントしてみたらどうだい?」
 その提案をとても素敵だと思ったダイナは、彼氏──ダンテに似たお人形キットを購入。
「上手に作って、数日後にプレゼントするからね!」
 そんな約束を交わし、今日。
「出来たよダンテ!」
 なんて笑顔でプレゼントしたら、彼から発された言葉は……。
「……なんだこれは。悪魔か?」
 だった。
 確かに、ダイナは器用ではない。……いや、不器用だ。だが、不器用なりにも頑張ったのだ。出来栄えは……そう。例えるならば、まさに悪魔だ。
 本当に編み込んだのかと疑いたくなるほどに糸はほつれまくり、目と思わしきビーズは顔と思われる所にはない。口は大きく裂けているように見える。赤い糸で縫われているためか、なおさら不気味だ。
 それをプレゼントされたダンテは、思った通りの言葉を口にした。……してしまった。
 これを聞いたダイナは大激怒。一生懸命作ったものに対して、その失礼な物言いは何とぶち切れた。人形をひったくったかと思えば、店にあるものを片っ端からダンテに投げつけ、自室へ閉じこもってしまった。
 どちらが悪いかと言えば、どちらも悪くないというのが答えだろう。
 ダイナが一生懸命作ったのは事実だし、ダンテが悪魔の人形と思ったのもまた事実だ。だからこそ、どうしようもないのだ。
 実際、ダンテは言葉でダイナを傷つけてしまった。が、ダイナも悪魔の人形でダンテを困らせた。
「そりゃ……そりゃあさ! 私は不器用だけど……あんな言いぐさないじゃない!」
 ダイナは怒りが収まらないのか、ボスンボスンと枕をベッドに叩きつけている。
 ……しばらくして疲れたのか、ゼエゼエと肩で息をしながら先ほど地面に叩きつけた人形を拾う。
「……分かってるよ、頑張るだけじゃダメだって。頑張ったって上手なのが出来なかったら、結局努力は分かってもらえないってことぐらい……」
 気付けば、感情は怒りから悲しみへシフトしていた。
 人間とは悲しいものだ。どれだけ努力したって、それが実らなければ努力したという過程さえも否定される。
 彼女は慣れない裁縫道具やかぎ針を使い、見たこともない設計図と睨めっこしては手に針を刺して痛い思いをしたり、上手く編み込めない糸を編み込んだりと努力していた。
 だが、残念ながらその努力も虚しく、出来上がったのはダンテに言われた通り“悪魔の人形”だ。
 誰も好きで作ったわけではない。
 それでも、目の前にあるのは“悪魔の人形”なのだ。そのことが悔しくて、情けなくて、ダイナはまたボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「う……うっ……うわああああん! 私だって……! 好きで不器用なわけじゃないのに!」
 こんな風に大声で泣きじゃくっている姿がまた、惨めだった。大の大人が人形如きに、何を必死になっているのか。考えれば考えるほど空しくて。
 ダンテは間違ったことを言っていないのに、そのことにあたった自分が余計腹立たしくて。誰に対しての怒りなのか、何を思っての涙なのか、ダイナは分からなくなっていた。
 そんな時、控えめなノック音が耳に入った。
「あー……俺だ。……入っていいか?」
 扉の向こうから聞こえてくるのは、申し訳なさそうなダンテの声。
「う……うん、今開ける……」
 たくさん泣き喚いて少し冷静になったのか、ダイナは扉を開けようとする。
「……あれ」
「どうした?」
 扉を押すが、うんともすんとも言わない。ガチャガチャと激しく揺さぶってみるものの、それでも扉は開かない。
「ダンテ、扉が開かない!」
 どうやら先ほど思いっきり閉めたせいか、扉がイカれてしまったらしい。
「ったく、とってつけが悪いのに思いっきり閉めるからだろ……。ちょっと下がってろ」
「ご、ごめんなさい……」
 ぐうの音も出ず、謝罪する。ダンテに言われたとおり扉から離れる。すると、激しい音がしたかと思えばギギギ……と嫌な音をたてながら、扉がそのまま内側に倒れ込んできた。
「ダ、ダンテ! 扉壊してどうするの!」
「こうでもしねえと入れないだろ?」
「私の部屋の扉なんだからね!?」
「いいじゃねえか。どうせこの事務所は俺のなんだし」
「そうだけど、そういうことじゃないよ!」
 壊した張本人はそのことに大して気にも留めず、ダイナの部屋に入る。
「そんなことより、さっきは悪かったな」
「あっ……ううん。私も怒鳴って、ごめんなさい……」
 人形の件を思い出し、申し訳なさそうにダイナは謝る。
「構わないさ。……ダイナ、また作ってくれるんだろ?」
「えっ……」
 思っても見なかった言葉に、ダイナはキョトンとする。
「誰だって、初めて作ったものが上手く作れるとは限らない。だったら、何度も練習あるのみだ。……違うか?」
「で、でも……! また悪魔の人形を作っちゃうかもしれないんだよ?」
 ふるふると首を左右に振り、ダイナは嫌がる。そんなダイナを抱き寄せ、ダンテは言う。
「その人形が少しでも俺に近づいているなら、それはそれでありだろ」
「……本当?」
「ああ。だから、頑張ることを諦めるなよ?」
「うん……うん! ありがとうダンテ! 私頑張る!」
 ぎゅっと抱き着き返し、嬉しそうな顔をするダイナ。その笑顔が見れて、ダンテも安心したようにダイナの頭を撫でる。
「ダンテ、くすぐったい」
「もう少し、我慢してくれ」
 一時はどうなることかと思われた二人の大喧嘩も、気付けば仲直り。小さな出来事が大きな出来事に発展してしまっても、相手への思いやりを忘れなければ、また喧嘩をしてしまっても仲直りできるだろう……。