Power of the genesis

昨日と同じ今日。今日と同じ明日。
世界は繰り返し時を刻み、変わらないように見えた。
──だが、世界は既に変貌していた。

中学生になって少しした頃、悲劇は起きた。
目の前で起きた交通事故。それは自分から、大切な両親二人をいとも簡単に奪い去った。
──両親が死んだ。
そこから先の記憶は、あまりない。電気を操り、物を変形させ、今まで分からなかったことが脳内に流れ込む感覚に恐怖し、ただ暴れ回った。
だが、自分は幸運だった。何故なら暴れる自分を押し留めて保護するだけに終わらず、息子として迎えてくれる新たな父がいたから。
そして今、疑問に抱いていることがある。それは、父になってくれた人物にではない。それは、自分自身の力についてだ。

ダブルクロス──それは裏切りを意味する言葉。

 

Opening 01 Scene Player ──── 初代

最近になって増えたジャームとの戦い。これを受け、初代は自分の力に不安を覚えていた。
二代目の息子になってからレネゲイドのコントロールを本格的に学び、UGNで保護されていた時には出来なかったことが、たくさん出来るようになった。
だから過信していた。自分の力を。
しかし、ジャームと戦い、如何に自分の力がちっぽけなものであるのかをありありと見せつけられた。
手ごたえがなかったわけではない。普通に戦えている。だが、これではダメだと悟った。
双子の弟たちは元から素質が高く、少しの経験でも目に見えて力をつけているのが分かる。最近オーヴァードになったネロも才能があり、まだ不安定な部分はあれども実力としては高い水準を誇っている。
ダイナに関しては元がレネゲイドビーイングということもあって、素行はともかく能力は申し分なく発揮している。無論、二代目とおっさんについては言うまでもない。
劣等感を抱いているのは明白だった。
オーヴァードとして覚醒してから、自分の力をうまく使いこなせていないことはずっと自覚していた。それでもどうにかなっていたのは今までジャームと戦うことが滅多になかったことと、戦うことがあっても大した連中ではなかったことが大きい。
…………。
戦わなくて済むのなら、それにこしたことはないのだろう。だが、今後はそうも言っていられない。
DMC事務所の方針として、こちらから戦いを挑むことはしないというものがあった。降りかかる火の粉だけを振り払い、基本は静観を徹底するというものだ。
立派な方針がこうして立てられているわけだが、残念なことにこれが守られたことはあまりにも少ない。原因としてはいくつかあるが、もっとも多いのはお人好しが多すぎて、見て見ぬ振りが出来ない面子ばかりであること。次点で相手方が襲ってくることが、ルールを破っている主な問題となっていた。
そしてこれからは、ジャームよりももっと凶悪な、明確な敵との戦いも予想される。
二代目とおっさんの同僚だったラムを助け、憎悪を焚き付けた何か。そいつとの戦いはきっと、いつか起こる。そんな予感があるからこそ、もっと力をつけなくてはならないと初代は考えていた。
力をつけるためには、何が出来るだろうか?
今だ自分の力すらろくに扱いきれない自分に、何が──。

 

Opening 02 Scene Player ──── ネロ

前回学校をサボったことがバレ、こっぴどく怒られたネロと若、そしてバージルはあれ以降、真面目に毎日学校へ通っていた。今は放課後で、キリエを交えて四人で事務所に帰っている最中だ。
二代目に怒られた日のことを忘れることは一生ないだろう。それほどまでにお説教は怖いものだった。出来ることなら二度と思いだしたくない。
「なあ、二人は二代目のこと、どう思ってるんだ?」
怒られた日のことを忘れるため、適当な話題を双子に振った。
実を言うと、DMC事務所の面子のことをネロはよく知らない。おっさんは怠惰を極めたダメな大人であるということぐらいしか知らないし、初代についてもいいお兄さんぐらいにしか分かっていない。
一番距離が近いのは学校が同じである二人になるのは間違いないのだが、それでも込み入ったことを知らないのは事実だった。
「ん? どうって言われてもなあ。超かっこいいお父さん、かな」
漠然とした答えを寄越したのは若。本人としても特に深くは考えていないようで、今更になって聞かれてもといった態度だった。
「バージルは?」
「尊敬している。追いつきたいとも思う。何より、二代目の役に立ちたい」
バージルも随分と二代目のことを好いているようだ。あの唯我独尊のバージルがここまで持ちあげる相手など、そうはいるまい。ただ、この評価は分かる部分もある。まだ付き合いの浅いネロであっても、二代目は本当に凄い人だと思う。
自分の命を救ってくれたのはおっさんだが、オーヴァードについて教えてくれたのはほとんど二代目だ。今でも暇があれば鍛錬にも付き合ってくれるし、とにかく面倒見が良い。双子が尊敬するのも、よく分かる。
「俺ももっと、二代目に頼られたいんだよな。恩返ししたいっていうか」
「親孝行じゃなくて、恩返しなの?」
ふと疑問を口にしたのはキリエだった。自分の親に対して恩返しというのはどことなく言葉選びを間違えているような気がして、何気なく聞き返した。
「そういや、二人には事務所の話ってあんまりしてないよな」
ネロがオーヴァードとして覚醒してからは力の扱い方を早急に身に付ける必要があったため、そちらにばかり時間を割いていた。挙句にはジャームとの戦いも何度かあっったせいで、所属しているのに事務所のことを詳しく知らない。
「確かに、あんまり聞いてねえ。UGNと違って自分たちにジャームが襲い掛かってきた時だけ対処するってことぐらいだ」
「それが分かってれば十分ではあるんだよな。ただの俺たちの家ってだけだし」
「事務所というのもただ世間体を保つためのものでしかない。若の言うとおり、俺たちは家族だ」
この家族という表現が、ネロとしてはどうにも引っ掛かりを覚える。UGNとFHの話は事務所のメンバーになってから最初の頃に色々聞かせてもらったが、どうにもやっていることはUGNとあまり遜色がない。
だが、彼らは頑なにUGNの傘下に入ることを毛嫌っているし、仲間とは言わず家族だと強調する節がある。何故、そこにこだわるのだろうか?
「実はさ、みんな二代目に拾われた子なんだよ」
「……はっ? 拾われた?」
「そうそう。だから、全員血は繋がってねえんだ。……あ、俺とバージルはちゃんと双子だぞ。後おっさんは二代目とUGN時代の同僚ってだけだからな」
「そう、だったの?」
これには驚きを隠せなかった。キリエも同じだったようで、全員の顔をゆっくりと何度も見直しているほどだ。
まさか、自分と同じような境遇だったとは露ほどにも思わなかった。ネロも赤ん坊の時にキリエの家の前に捨てられていたそうで、拾われて育った。
同時に、納得もいった。双子だけに限らず、二代目や初代も家族という存在を物凄く重要視しているというのは事務所にいればすぐに感じ取れる。その理由が、これだと。
「俺と若は生まれた時からオーヴァードだった。赤子の時は別に何ともなかったらしいが、四歳ぐらいの頃から力が顕現してな」
不可思議かつ強大な力を振るう双子に対し、一番最初に恐れを抱いたのはもっとも近くにいた両親だった。いろんな病院に連れて行かれた挙句、どうにもできないと判断された双子は──捨てられた。
しかし、これを不憫に思ったのは両親の親戚たちだった。そして双子の力を何も知らない親戚たちは、両親に代わって双子を引き取った。──これが双方にとっての地獄の幕開けとも知らず。
理解不能な力を使う双子を親戚の者たちが受け入れられるわけはなく、同じくただの親戚でしかない人物たちに双子が心を開くこともなかった。こうして親戚の間をたらい回しにされた双子は最終的に孤児院へと預けられ、UGNの人間に保護されることになった。
「最初はUGNの教育機関とかいうところに放りこまれたんだけど、俺たちガキだったからさ。どうも、お互いの力に感化されて、際限なく自分の力を増幅しちまうクセがあったんだよ」
これを危険だと判断したUGNは双子を物理的に離すことによってレネゲイドの力をコントロールさせようとしたところ、偶然話を聞いていた二代目は管理官を叱責した後、有無を言わさず双子を連れ帰ったという。
「なんつーか、滅茶苦茶だな……」
「ほんと、無茶するよな。でもそのおかげで俺とバージルは今もこうして一緒にいられて、新しい家族にまで恵まれたんだ。感謝しかないって」
そして最近になってまた新しい仲間が増えたと若は笑う。もちろんそれはネロとキリエ、そしてダイナのことだ。
「だから、恩返しなのね」
「ああ。俺たちの命は二代目によって救われたと言って過言ではない。ならばこの命、二代目のために使うぐらい、なんてことはない」
キリエに言葉を返すバージルの思想は何とも壮大だが、本心なのだろう。過激だと感じる部分もあるが、それだけバージルにとって感謝しきれないことだったのだと思えば、分からなくはなかった。
ネロも彼らとは少し違えど、自分のことをここまで育ててくれたキリエの両親と兄のクレド、そしてキリエには本当に感謝しているから。キリエの両親はもう亡くなってしまったが、これから先、クレドやキリエに何か危険が迫った時、自分も二人と同じように身を投げ出す覚悟で守ろうとするだろう。
だから二人の気持ちはよく分かるものだった。

 

Opening 03 Scene Player ──── 二代目

UGN時代の同僚、ラムとの激闘を終えて数週間。
二代目とおっさんは訪れた平穏に身を置きながら、ずっと調べものの日々に追われていた。
怠惰の化身ともいうべきおっさんが、文句ひとつ言うことなく東西南北を奔放して情報をかき集めている理由など、一つしかなかった。
血の雨事件で致死量の傷を負ったラムを救出し、復讐の手助けをした人物。これが一体誰であったのかさえ掴むことが出来れば、事件の全容を知ることが出来ると二人は確信していた。
そのカギとなるのはラムと共に居た、仮面をつけていた愚者だ。血の人形の顔や容姿をシェリルとティアに作り替え、その事実を隠してラムに同行させた人物が、恐らくは血の雨事件を起こした張本人。
何故なら、シェリルとティアを模倣させることが出来るということは二人の顔を知っている人物でなければならない。かつ、ラムを救出できる立場である人物となれば、事件を起こした者ぐらいしかいない。
二代目が当時の事件の資料をまとめていると扉が無遠慮に開かれた。
「何か分かったか?」
「なんにも。ブラム=ストーカーのシンドロームを持ってる奴、ってことぐらいだ」
ノックもせずに部屋に入ったおっさんは我が物顔でソファに体を預けた。何の情報も得られない毎日にうんざりし始めているようで、どこか機嫌も悪い。
「既存の情報しか出てこない、か。時間が経ち過ぎているのも要因の一つだな」
血を操ることに長けたブラム=ストーカーのシンドロームを持つ人物の仕業であるということは、ティアの顔を模倣した血の人形を潰した時から分かっていることだ。そしてそれはシェリルの顔を模倣していた血の人形を潰した時に確信している。
しかし、これ以上の情報が現段階では出てこなかった。血の雨事件はもう四年も前だし、当時のことをもっとも知っているのは二代目とおっさんだ。現場に居合わせた自分たち以上に何かを知り得ている人物といえば、現在追っている犯人しかいないだろう。
ため息を一つ零すと、乾いた音が耳に届いた。どうやら誰かが扉をノックしたらしい。
「どうぞ」
二代目が促せば扉は開かれ、誰かが入ってきた。
「ダイナじゃねえか。珍しいな」
「おっさんもいたの? じゃあ、丁度いい」
足を運んで来たのはダイナだった。言うまでもなく用事があって、それはどうやらおっさんがいる方が都合の良いことらしい。
「用件を聞こう」
ダイナと一番親しくしているのは初代だ。後は子どもたちともそこそこに仲良くしている。内容としてはダイナがあまりにも常識がないせいで毎度問題を起こしてはこっぴどく怒られているというものだが、本人に気にしている様子はない。
逆に、ダイナは二代目とおっさんとは若干の距離を置いている。歳の差もあるからだろうが、大きな要因となっているのは二人のオーヴァードとしての実力が高いことを鑑みて、ということは二人も理解していた。
人間のことを知りたいという意識を持って行動しているダイナにとって、二人は少し、人間の域から足を踏み外しかけている。それを潜在的に感じている故かもしれない。
「初代のことで、気になることがある」
「気になる……? どういった点で?」
「シンドロームのこと。彼はトライブリードだと聞いている。でも、その力をうまく扱いきれていないように感じる」
ふむ、と二代目は一つ頷き、否定しなかった。同じくおっさんも今更だと言わんばかりの態度で、興味なさそうだ。
「初代は昔から、レネゲイドのコントロールを苦手としている。オーヴァードになったきっかけが辛いものであったために、今でも苦手意識があるのだと俺は考えている」
「そう。貴方の考えは分かった。その上で、私は一度、初代の身体検査をしたいと考えている。簡単に言えば、シンドロームの能力を見たい」
これを聞いた二代目は眉を顰め、ダイナの目を見た。
好奇心、ではない。純粋に初代を心配している目だ。力になりたいと考えていて、そのためにはどうしても初代の力を詳しく見る必要がある。そう、考えているように見えた。
「……分かった。最近はジャームとの戦いも多かった。一度、全員の身体検査はしておいて損はないだろう」
「承認、感謝する」
良い返事を貰えたダイナは訪ねてきた時よりも幾分かご機嫌な態度で部屋を出ていった。これを目で追っていたおっさんは視線を二代目に戻し、聞いた。
「珍しいじゃねえか。二代目があいつらの力を今一度検査するなんて」
「出来うる限りのことはしておくべきだと考えただけだ。まだしばらく、戦いは続きそうだからな」
「まあ、それもそうか。調査が進んでラムを操ってた奴の実態が明らかになったとして、待ってろと言って聞く奴らじゃないことはこの間に嫌というほど見せられたからな」
愉快そうに笑っているおっさんを見て、二代目はまたため息を漏らした。
ほんの少しだけ聞かせた、UGN時代のつまらない話。これを聞いた息子たちは興味を失うどころか、もっと力になりたいと口々に言う姿が今でもありありと思いだせる。
まったく、誰に似て危険なことに首を突っ込むようになったのか……。
だが、胸の中に熱いものがこみ上げてきたのも事実だった。自分は本当に良い息子たちに恵まれたものだ。

 

Opening 04 ──── Master Scene

小さな会議室に、四人の人影があった。
一人は男であった。特にこれといった特徴のない、平々凡々の男。少し老いていて、歳はもうすぐ五十になるか、超えたかといったぐらいだ。それに伴って髪や髭に白色が混じっている。
もう一人は女であった。まだ若く、大人の枠には入れない、幼さの残る女の子。
最後の二人は瓜二つであった。一人は少女、一人は少年。まだ十にも満たない幼さで、こんな会議の場には似つかわしくない無邪気さを持った双子。
「良く集まってくれたね」
「〝マスター”のお呼びとあらば、いつでも、どこでも」
「会いたかったわ、〝お父様”! 今日はどんな楽しいお話をしてくれるのかしら?」
「僕も会いたかったよ、〝お父様”。姉様と同じで、ずーっと待ってたんだ。次の楽しい遊びを教えてくれるのを」
マスター、あるいはお父様と呼ばれた男は微笑み、三人の顔をゆっくりと見た。そして一つ咳ばらいをして、話し始めた。
「今日は少し、大事な話をね。私が行なってきた〝ジャーム化計画”。これが今年で十年という節目を迎えた」
ジャーム化計画と聞いた三人の顔に緊張が走る。これはずっと、自分たちが尊敬し、崇拝している目の前の男が執り行ってきた一大プロジェクトだ。だから自然と、期待も高まる。
「もっとも、みんながこの計画に参加し始めた時期はバラバラだ。故に十年経ったという感覚は、あまりないだろう。それでも、私にとっては十年経った」
それぞれが無言のまま、一つ頷く。これに気を良くした男は再び微笑み、さらに続ける。
「では、おさらいしよう。メアリー、このジャーム化計画の最終目標は、何かな」
メアリーと呼ばれた少女は目を閉じ、答えた。
「もっとも優れた能力を持つ者を媒体として増産し、安定した軍隊を生産することです」
「そのとおり。メアリーは物覚えが良いね。では、もっともすぐれた能力を持つ者として目を付けたのは、何かな?」
男に褒められたメアリーは顔を赤らめ、大層喜んだ。これを見ていた少女が今度は私だと右手を上げ、答える。
「はい! ジャームに目を付けたのよね!」
「正解だ。ジェリーもよく覚えていたね」
「自分の力を際限なく振るい続けるから、ジャームに目を付けたんですよね。抑制のない、純粋な力が見れるから」
「そうだよ。トムはよく物事を見ているね。自我を保ったオーヴァードは良くも悪くも己の力を自制する。それでは本当の力が分からない。だからこそ、ジャームである方が好ましい」
少女が褒められるのを見て、少年も羨ましくなったのか補足をすれば、男に褒めてもらえた。これに双子は満足したようにニコニコしていた。
「そして私はジャームを生み出し続け、研究を続けた」
当たり前の話だが、力を律して使っている者より、全力で力を解放している者の方が強いのはごく自然なことだ。だからこそ、男は一般人をあらゆる手でジャームに変え、計画を進めてきた。
全ては最強の軍隊を作り上げるために。
「しかし、計画はうまく進まなかった。原因はいくつかある」
まず一つ目。UGNやその他オーヴァードによる妨害行為だ。せっかく生み出したジャームがどれだけ強い力を持っていても、多勢に無勢。一対一では負けずとも、一対複数の前にはどうしようもなかった。
次に二つ目。優れた能力を持ったジャームがなかなか誕生しないということ。一つ目の原因と矛盾することをいうが、多勢に無勢とはいえ、その程度の逆境を跳ね飛ばせないジャームははっきり言って、失敗作と言う他ない。
最後の三つ目。そもそもとして、目の付け所が間違っていたのではないかという、根本的な疑問の浮上。何よりもこれが大きな問題となった。
「今までにも何度かその片鱗を見ることはあった。しかし、私は確証を得られなかった」
男はかぶりを振り、深くため息をついた。そしてしばらくの沈黙を保ち、ようやっと口を開いた。
「UGNに限らず、単なるオーヴァードはすぐに群れる。そしてどんな物事に当たる時でも、単独行動はあまりしない。故に実力を計りにくいという欠点がある」
ジャームは理性を失っている分、自身の欲望のままに際限なく力を振るい、動く。故に力の計測をしやすい。しかし自我を保っているオーヴァードは理性が残っているため、他者との共存を難なくこなす。そのため、単一の力を正確に測ることは、簡単ではない。
「そして十年という月日を経て、私はようやっと己の過ちに気付いた」
随分と時間がかかってしまったと男は反省し、天を仰いだ。かと思えばすぐに顔を元の位置に戻し、今一度三人の顔を見た。
「私は少し、ジャームという存在に固執しすぎていた。そのため、もっとも大事なことを忘れていた」
「もっとも、大事なこと?」
メアリーの聞き返しに男は大きく頷き、言葉を返す。
「ジャーム化計画の最終目標だよ。そもそもジャームを利用しようと思い立ったのは、もっとも能力の高い人物が出る可能性が高いと見込まれたからだ。──だが、現実は違った」
男がこの十年という月日の中で見てきた、ジャーム以上の力を持つ者。それらには、ある共通点があった。
「もちろん、全員とは言わないよ。それでも確かに共通していること。それは大切な人を失いそうになる、あるいは失って、それでもジャーム化しなかった者たち。それらの方がジャーム化した者より圧倒的に強い力を保持している傾向が強い」
何故なのか、という部分は今だ解明できていない。それを解明するためには、まだまだ実験材料が足りないのだ。だが現実として、大切な人を失ってジャーム化した者より、失ってもなおオーヴァードとしての自我を保っている者の方が、遥かに強い力を有していることが多かった。
これだけは、確かな事実だ。
「ふふっ。分かっていますわ、お父様。そのためにあの青年、ネロが欲しいのでしょう?」
「ああ。ジェリーは本当に物分かりがいい。流石、私が赤ん坊の頃から育てただけのことはある、と言ったところかな」
「そのネロっていう人の周りにいるやつらは、全部殺しちゃっていいんだよね? それとも、お父様の実験体にする?」
「出来ることなら実験体にしたいが、無理は言わないよ。彼ら……特に完全勝利と鉄壁の防御は強いからね。絶対に欲しいのはネロと、もしも出来るなら神格のレネゲイドビーイングも捕らえたいところだ」
これを聞いた双子は歓喜の声を上げる。久しぶりにたくさん殺せると、無邪気に笑い合いながら。
「それじゃ、早速行ってくるわ! お父様が教えてくれた殺しの技を全て使って、必ずネロっていう人を連れてくるから!」
「待ってよ姉様! 僕も行く! ね、お父様、いいでしょ?」
「ああ、もちろんだよ。気をつけていっておいで。……特に、双子は殺したいだろう?」
不気味な笑みを浮かべた男の顔に釣られ、双子も不気味な笑みを浮かべる。それらは間違いなく邪悪で、殺戮を好んでいる者特有の顔だった。
「マスター、私も出ても良いですか?」
「おや、メアリーも行くのかい? 構わないけど、気を付けるんだよ」
「心配して頂き、とても嬉しいです」
メアリーも腰を上げ、さっさと行ってしまった双子を追いかける。その顔に不気味な仮面をつけて。
「何も心配などしていないよ。なんたって、みんな私が作り上げた最高傑作たちなのだから」
そして誰もいなくなった会議室に一人残った男は今もなお、不敵な笑みを浮かべていた。

 

Middle 01 Scene Player ──── 初代

今日は大変に珍しいことが通達された。
それはメンバー全員の身体検査を行うというもの。これは二代目とおっさんも例外なく、ということらしく、若やバージルもそわそわしていた。
「身体検査って、なんでまた急に?」
ネロが事務所に入って以来、一度としてされたことはない。だから今になって何故かと問えば、おっさんが口を開いた。
「ガキ共がもっとガキんちょだったときは結構な頻度でやってたんだぜ。……何年ぐらい前だったっけか」
「ガキじゃねえっての。それと、定期的にやってたのは今から五年以上前だし」
「そもそも、何故そのことをお前が知っている? 二代目が話したのか?」
「んー? たまたま通りかかった時にやってたから、ちょっと覗いたことがあるだけだ」
とんでもない真実が暴かれたことはさておき、おっさんが通りかかっただの覗いていただのというのを二代目が気付いていないわけもなく、また当時は頻繁に検査をしていたことは事実だ。これは初代や若、そしてバージルがまだ幼かったが故に力を制御しきれない時があったので、それをコントロールするためのデータ収集のためにしていたに過ぎない。
そして大きくなった今ではもはやそんな必要もなくなったので、事務所を立ち上げる二年ほど前からはもうしていなかった。
「今回行うことを決定したのは事務所のメンバーが増えたことと、最近はジャームとの戦いも多かったためだ」
今一度、きちんとした能力値を計っておきたいと二代目がダイナとともに検査用の部屋を準備しながら、ネロの問いに答えてくれた。
「そういうもんなのか。で、検査ってどんなことするんだ?」
「あー、多分あれだ。自分が得意な能力を使った課題をこなすやつ」
あれだと言っても、ネロは初めてだからそんな説明で分かるはずがない。若に聞いた自分が間違いだったとネロは視線を逸らし、聞かなかったことにした。
「準備が整った。では、誰から?」
「なら、初めは俺がしよう」
セットが完了したということで、最初に検査部屋に入ったのは二代目。ダイナは測定係なので同じく検査部屋に入り、残りはガラス張りになっている隣の部屋で検査中の二代目の様子を見守った。
「見とけよ、ネロ。マジですげえからな」
久しぶりに二代目の全力が見れると胸を躍らせているのは若だ。バージルも口にはしないものの、目を輝かせているのがよく分かる。二代目の凄さはジャームとの戦いの時に充分見ているが、改まってじっくりと見るのは初めてだと思い、ネロも視線をしっかりと二代目に向けた。
ダイナが装置をいじり、開始の合図を出す。すると一秒にも満たない速度で瞬時に丸と罰が切り替わるターゲットが全方位に展開される。それを全て正確に丸の書かれたターゲットにだけ己の因子を入れ込み、機能を停止させていく。
まさにオルクスの領域を的確に操り、ノイマンの常人を超えた処理速度で判断を下す二代目にしかできない芸当だ。
「そこまで」
ダイナの簡素な声が検査室に響くと、二代目は即座に領域の展開を消した。検査時間にして、僅か十秒だ。
「結果はパーフェクト。非の打ち所がない」
「まあ、こんなものだろう」
汗一つかくことなく検査を終わらせた二代目は部屋から出てくることはなく、そのままダイナと同じく検査係の方に加わった。
「んじゃま、俺も良いところを見せますか」
両手を合わせて立ち上がったおっさんはそそくさと検査室に入っていく。これを見た検査係の二人はおっさんに合った検査内容のものをセットし、始める。
これも圧倒的な実力であった。おっさんがもっとも得意としているのはバロールの能力で顕現させた魔眼を操り、エグザイルのしなやかな体を活かして攻撃を捌くというもの。自身に向かってくる様々な攻撃の威力を弱め、いなす動きは流石の一言だった。
こうして順々に検査は進んでいった。若はサラマンダーの力で氷に炎を、炎に氷を的確にぶつける検査。バージルはハヌマーンの力で素早く動く物体に音波をあてる検査。そしてネロは厚さ数十センチはくだらない鉄板をキュマイラの力をブラム=ストーカーの血を操る能力で増幅し、貫く検査だった。
そして残るは初代とダイナだけとなり、まずは初代から検査を受けることになった。
「では、始め」
初代に用意されたのは大量の的。この的全てを時間内に、中央を撃ち抜くのが検査だ。ただし、これらは全て電気を流しこまないと反応しない的になっている。
早速初代は自身の手袋を二丁拳銃に変形させ、的を狙う。一発、二発。最初は快調に撃ち抜いていった。
しかし、半分の的を割った辺りから調子が落ちはじめ、うまく中央が抜けなかったり、中央に当たっても弾丸に電気を纏わせきれなかったせいで弾かれたりしてしまい、全部を割ることは出来なかった。
「そこまで」
ダイナの合図で初代を動きを止める。結局五十枚用意された的の三分の二しか割れていないことを実感した初代はそっと視線を落とし、顔を隠した。
落胆するのも仕方のないことではあった。先ほどまで検査を受けてきた全員が、パーフェクトを出していたから。
「やっぱり、おかしい」
検査室を後にしようとした初代の耳に届いてきたのは、ダイナの否定的な言葉だった。何に対して彼女がおかしいと言ったのかは分からないが、今は何も聞きたくなくてそそくさと部屋を出ていこうとすると、腕を掴まれた。
「待って、いくつか聞かせてほしい」
嫌だと突っぱねたかった。ただ二代目もいることと、外では弟や新人も見ているからどうにか体裁を保つために、ダイナの顔を見た。
「ブラックドッグの力を使うとき、違和感はある?」
「いや、苦手ではあるが、変な感じはない」
「ではノイマンの、どんなことでも処理することは?」
「……あんまり、得意じゃない」
「なら、物質を作り変えるのは?」
「それは、さっきの二つと比べたら、出来る方だと思う」
これを聞き終えたダイナは再び考え込んだかと思えば羽織っていた白衣を脱ぎ、初代に渡して言った。
「何かに変化させてみて。何でもいい。でも、出来るだけ精巧で、難しい物が良い」
いきなり言われても特に思いつかなかったので、適当にバイクを作りだしてみた。自分で作っておいてこんなことを言うのもなんだが、相変わらず、質量保存の法則を度外視していると思った。
「そう。自分の持っているシンドロームなら、本来これぐらいのことが出来るはず。初代に至っては、モルフェウスの能力は相当長けている方だけど」
作りだされたバイクを触りながら、ダイナはぶつぶつと何かを呟いている。こういうところは研究マニアなダイナらしいと思った。
「もう、いいか?」
「後一つ。初代が今までで一番見てきたシンドロームの力は、何?」
思いもよらない質問に、言葉がつまった。どうしてダイナはこんなことを聞いて来るのだろうという疑問の方が膨れ上がってしまい、問いに答えるまで随分な時間を有してしまった。
「多分、二代目の支援、だと思う。オルクスの、領域を使って味方の動きを最適なものに変える力」
これを聞いたダイナは頭を捻る。そして初代が言っている能力が何かを理解した彼女は何も言わずに検査室から出ていったかと思えば、若とネロを連れてすぐに戻ってきた。
「何だよ、俺たちにしてほしいことって?」
「今から軽く、殴りあってほしい。もちろん、本気で殴り飛ばせということではない」
これを聞いた若とネロは思いっきり顔をしかめた。だがこれを完全に無視してダイナは次に、二代目に頼み事をし始めた。
「今から二人に殴り合ってもらうから、二代目はネロに支援をしてほしい。さっき初代が言っていた、貴方がもっとも得意としている支援を」
「それをすることで、何が分かる?」
一人で仮説を立てて動いているダイナの行動は奇妙というか、理解を得られるものではない。だからこそ、二代目は頭ごなしに否定せず、これによって何が分かるのかを聞いた。
すると、意外な一言が返ってきた。
──もしかしたら、初代の本当の力が分かるかもしれない。

 

Middle 02 Scene Player ──── ダイナ

ダイナの中には、初代の身体検査をお願いした時から一つの仮説があった。
それは、初代の認識しているブリードが根本的に間違っているのではないか、というものである。
オーヴァードとして覚醒した者はそれぞれが得意とするシンドロームを一つから三つ、現出させる。数が少なければ少ないほど出来ることが減る代わりに、絶大な力を発揮する。逆に多ければ多いほど、力は小さなものだが幅広い対応を可能にする。
シンドロームを持っている数でそれぞれが純血種、混血種、三種混合種と称され、ダイナや若、バージルは純血種に分けられる。二代目やおっさん、ネロは混血種で、唯一初代は三種混合種であると判断されていた。
しかし、ダイナにとってはどうにも解せない点があった。
三種混合種は三種類のシンドロームを操れるが故に、同じシンドローム使いの者たちと比べると力量差が出てしまうのは事実だ。だがそれは、ほとんどの能力を扱えないという意味ではない。
むしろ、現出した三種類であればどれも無難に使いこなせるのが通常である。なのに初代は、何故かモルフェウス以外のシンドロームの能力をほとんど扱えていない。
これははっきり言って異常だ。だからダイナは初代を三種混合種ではないのではないかという仮説を立てた。
ただし、これを否定するにはある条件を満たさなくてはならない。
初代は数少ないとはいえ、ブラックドッグ特有の電気を操る力を持っているし、専門知識を持ち得ていないのに二丁拳銃を巧みに操れるのはノイマンの能力のお陰といえる。
自身が持っていないシンドロームの能力は、扱うことは出来ない。ソラリスの純血種であるダイナはどれだけ頑張ってもサラマンダーのように温度を操ることは出来ないし、バロールとエグザイルの混血種であるおっさんはキュマイラのように獣の姿に変わることはない。
だからこそ、初代はそれらが出来るが故に三種混合種であると判断されているのだろう。
ダイナはこれを全面的に否定しているわけではない。むしろ、ある仮説を立てておきながらも、三種混合種であれば良いのにとさえ考えている。
同時に、知らなくてはならなかった。何故なら、自分の力を誤ったままに認識し続けるというのはオーヴァードにとってはあまりにも危険で、苦しいことだからだ。
「では、今からしてもらうことを説明する」
渋々といった様子で承認してくれたネロと若が検査室の真ん中で顔をつき合わせている。ネロの後ろには二代目が待機しており、領域を展開していつでも支援できる状態を維持していた。
「内容は至って簡単。ネロが若に殴りかかるだけ。この時、二代目はネロに支援を飛ばし、行動の手助けをしてほしい」
「了解した」
「ちょっ! それじゃ俺、マジで殴られるじゃねえか!」
一対一のガチンコ勝負であれば、若は避ける自信がある。だが二代目の支援が入るとなれは話は別だ。避けられる気がしない。
「次に、若は殴られる瞬間、全力で回避してほしい。初代はこれを、二代目の能力を模倣して若を支援する」
「無茶言ってくれるなよ。俺はオルクスのシンドロームは持ってないんだ」
「出来なければ、出来ないでいい。若が殴られるだけ」
「後で覚えとけよ!」
とんでもないことを当たり前のように言い切るダイナに怒りをぶつけながらも、若はネロを見据える。受け持った以上は全力でやり切るつもりのようだ。
「あー、若。多分出来ねえと思うから、先に謝っとくな」
「いいよ、初代が悪いわけじゃないから。ただ、後でダイナのことボコっていいか?」
「まあ、ほどほどにな」
よく分からないままに話が進んでいき、最終的には二代目の許可が下りてしまったために現在のようなことになっているわけだが、初代は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
自分が上手く力を扱えないがために二代目とダイナを悩ませ、ネロと若を巻き込んでいる。そんな自分が情けなくてたまらなかった。それでも話が進んでしまった以上、やるしかない。ダイナに言われたとおり、全神経を集中して二代目が使う能力を模倣することだけを考えた。
「では、始め」
ダイナの合図を受けて、ネロが思いっきり若に殴りかかる。その瞬間、二代目が領域を大きく広げ、ネロの行動するべき先へと導く。
「うおおおっ!」
これに対して全力で回避モーションに入る若だが、やはり二代目の支援を受けたネロの攻撃を避け切ることは出来ない。
──殴られる。
痛みを耐えるために目を閉じようとした刹那、若の足元にはいつも見ている領域が展開されていて、向かうべき場所が示されていた。
「がふっ」
しかし、残念。若が目を閉じようとしてしまったために反応が遅れたのが仇となり、結局ネロに殴られる羽目になった。
「大丈夫か?」
「結構いてえ……」
全力でやられていたらと思うとぞっとしたが、今は殴られた右頬よりも自分の足元に展開されている領域に目が行った。
最初は二代目が領域の幅を広げたのかとも思ったが、検査をしているのだからそんなことをするはずがない。だったら一体誰がと思い、一人しかいないではないかと考えつき、若は初代を見た。
「本当に、出来ちまった……」
一番呆然としているのは初代だった。気が抜けたのか展開されていた領域は消え、本人は屈みこんでしまっていた。
この結果により、ダイナの仮説は確信へと変わった。──いや、変わってしまった。

 

Middle 03 Scene Player ──── 初代

身体検査という名目の元に行われた、初代の真の力を計るためのテストはこれにて終了した。ダイナの検査に関してはすっ飛ばされたわけだが、今になっては誰も興味を持っていなかったし、本人もどうでも良いと考えていたので話はそのまま進んだ。
全員で検査室を後にして、いつものリビングでそれぞれが気を休める。そしてソファに腰を下ろした初代の前には大量の資料を抱えたダイナがいて、初代の横には二代目が座っている。他の面々も適当な飲み物などを用意しながら、三人の会話に耳を傾けていた。
「まず、始めに」
大量の紙束をテーブルに置き、必要なものを引っ張り出しては初代に見せ、ややこしい説明をダイナは解説した。もっとも、疲れ切っている初代の頭に入ってくるはずもなく、完全に右から左状態だった。
「難しい話はいいから、早く教えてくれよ。なんで初代はオルクスの力を使えたんだ?」
「俺もそこが気になる。まさか、新しいブリードなのか?」
若とバージルに急かされ、ダイナは説明していた口を噤む。そして言い淀んだ挙句、完全に口を一文字にしてしまった。
「レネゲイドウィルスは日々変化し続けていることを鑑みると、確かにバージルの言うとおり、新たなブリードが誕生するというのも絶対にないとは言えないだろう。あるいは、新しいシンドローム、かもしれんな」
ダイナが口を開かないので二代目が仮説を話すと、あからさまにダイナが顔を強張らせた。何とも分かりやすい奴だと二代目はダイナのことを横目に見ながら、さらに言葉を続ける。
「もしくは、何かしらの要因で認知されづらいシンドローム、なんていうのも、いるかもしれんな?」
「……確信があるわけではないというのに、そこまでの予測を立てられる貴方はやはり、恐ろしい」
二代目の遠くない回答に観念したダイナは尚も逡巡した後、ようやっと口を開いた。
「ウロボロス。それこそが、初代の発現させている本当のシンドローム」
一度として聞いたことのないシンドロームの名に、首を傾げる者から今だよく分かっていない者などに分かれる中、初代だけはどこか腑に落ちた顔をしていた。
予感があったわけじゃない。だけど、そうなんだと思えた。
それは今まで自分が使いこなせなかった能力たちが、実は元から使えるものではなかったんだと分かったことに対する安堵から来ているものかもしれない。あるいは、潜在的な何かがセーブをかけていて、意図的に理解しようとしていなかっただけなのかもしれない。
真相は分からないが、今この瞬間、自分がウロボロスというシンドロームの使い手であることを受け入れられたことだけは、変わらない事実だった。
「何だ、その、なんとかって。聞いたことねえぞ」
「おっさん、覚える気ねえだろ……」
一文字も出てこない辺りがおっさんらしいというか、もはや興味の欠片も持っていないようにも感じられるが、本人としては至って通常運転だというのだから別の意味で恐ろしいものだ。
だが、初代を含めた全員がウロボロスというシンドロームについての知識は持ち合わせていない。聞いたことがないと言い切ったおっさんはもちろんのこと、あの二代目ですら、たくさんの疑問を抱えているほどだ。
「ウロボロスのオーヴァードは他者のレネゲイドを吸収して自身の力に変え、それを模倣して同じ力を使うことが出来る。故に、他のシンドロームに誤認されやすい」
ウロボロスというシンドロームを認知しているものはまだ、この世界においては相当に少ないとダイナは話す。理由としては先ほども上げたとおり、ウロボロスの特性によって能力を誤認するケースが多いからだ。
そして初代もまさにその一例だった。ブラックドッグのように電気を纏い、ノイマンのように専門知識を持ち得ていない武器をいとも簡単に扱えるようにしてしまう能力を、初代は知らずの内に模倣し、自分のものにしてしまっていた。だからこそ、三種混合種だと間違えられ、そして今までそれで通ってきてしまっていた。
「何故、貴様はそのことを知っている」
バージルが真っ当な疑問を口にすると、ダイナはごく当たり前のように語った。
「そもそも、ウロボロスのシンドロームはずっと昔から存在している。ただ他のオーヴァードたちがそのことを認識できていないだけ。古くから生きているレネゲイドビーイングたちにとっては常識で、私のように生まれて間もないものであっても、元となった存在が古かったりした場合、当然の知識として持っている」
同時に、ウロボロスのシンドロームが如何に強力かつ危険かということも知っている。だからこそダイナは、初代がウロボロスとモルフェウスの混血種ではなく、ブラックドッグとモルフェウス、そしてノイマンの三種混合種であって欲しいと願っていたのだ。
残念ながら、その思いは虚しく散ることになったが。
「ダイナ、一つ聞いていいか?」
ずっとぼんやりしていた初代がふと顔を上げ、真剣な眼差しでダイナを見ながら、聞いた。
「俺が今まで自分の力をうまく扱えていなかったのは、本来自分が発現させたのとは違う能力を使おうとしていたからで、いいんだよな」
「間違いない。自分が持っていない能力は、本来扱うことは不可能。だから、初代が今まで上手く扱えないと誤認されていた」
「だったらもう、大丈夫ってことだよな。俺は今、きちんと自分の力を認識した」
「否定は、しない。事実、モルフェウスの能力は今までも遺憾無く発揮している。それは自分の能力であり、かつ初代のレネゲイドコントロールに何の問題もないからであるという見解を、二代目と出した」
これを聞いた初代ははにかんだ。そして今までに見せたことのないような安心しきった表情を浮かべ、ダイナの頭を撫でた。
「ありがとうな。調べてくれて。それに、心配すんな。俺は必ずこの力を制御しきってみせる。皆の役に立ててみせるさ」
これ以上、ダイナが心配を口にすることは出来なかった。
今まで感じていた劣等感からの解放は、間違いなく初代を前に進ませるための力となるだろう。そして、その力に溺れてしまうような人ではないということは、良く知っている。
「無茶はしないこと。分からないことがあれば、聞いて。ウロボロスの特性で、私が知っていることは全部二代目にも話しておく」
それでも、ウロボロスの力は強大だ。どうか初代が飲みこまれないようにと祈るだけでなく、ダイナは出来うる限りの手を打てるように、二代目に自分が持っている全ての情報を渡すのだった。

 

Middle 04 Scene Player ──── 二代目

初代のブリードが正しいものに判別された日の夜。彼の元を訪ねた人物がいた。
「珍しいな、こんな夜更けに二代目が俺の部屋に来るなんて」
常夜灯によってのみ照らされている部屋の中は薄暗い。そんな中で二人はソファに腰を下ろしている。
「どうしても、謝りたくてな」
暗くてよく見えないが、恐らく困った顔をしているのだと初代は感じ取り、姿勢を正した。一体、二代目が自分に謝らなくてはならないことというのは、なんだろうか。全く見当がつかないので、初代の方が二代目以上にどぎまぎしていた。
「俺の知識不足のためにずっと辛い思いをさせてしまって、本当にすまない」
最初、何について謝られているのかさっぱり分からなかった。数分考えて、それでも分からなくて、何のことかと聞き返そうとして、ようやっと分かった。
今日の身体検査で判明した、自分の本当の能力についてのことを言っているのだと。
「いいんだ、別に。もう気にしてないから。それに、最初に俺を三種混合種だと判断したのはUGNだし、今日のダイナの話を聞いた感じだと、多分どこの組織に拾われていたとしても、同じように判断されてたさ」
そして、それを真実だと思いこんでいた自分の落ち目もある。決して二代目だけの責任じゃない。
「しかし、だな。俺がもっと様々な可能性を考えてやれていればと思うと、どうにも……」
「お互い様だって。というより、自分の能力なんて、自分が一番よく分かってなきゃいけないもんだろ? それを俺は言われたままに信じて、自分で考えることすらしてなかったんだ。だから、もういいんだ」
だから謝らないでくれと頼めば、不服そうにしながらも二代目は頷いてくれた。
次に流れたのは沈黙だった。ちょっと居心地の悪さを含みながら、嫌じゃない感じの沈黙。もう少しこのままでもいいなと思ったが、あんまり遅くなるのも悪いと思ったので、二代目を自室に返そうかと思いながら、一つだけ聞くことにした。
「ウロボロスの力は、他者のレネゲイドを喰らって、それを模倣するんだよな」
「ダイナから聞いた話ではそのようだ」
「だったら、俺の〝電気を操る力”は、誰のを模倣したんだ? それだけじゃない。〝武器を操る力”についてもそうだ」
ノイマンの能力に関しては、まさに目の前にいるから可能性としてはあり得る。それにオルクスの能力までも模倣した実績があるから、意外と二代目から得ている力というのは多いのかもしれない。
しかし、電気を操る力だけは絶対にあり得ない。何故なら、事務所のメンバーの中にブラックドッグの能力を持っている者はいないからだ。
「それについても、ダイナと話しあった。結局、答えは出なかったのだが、一つだけ仮説はある」
「じゃあ、それを聞かせてくれ」
二代目は観念したように一つ頷き、あくまでも仮説だということを強調した上で、話してくれた。
「ダイナが言うには、いくらウロボロスの能力を持っているからといって、それを自覚していないままに他者の能力を模倣することは難しいとのことだ。だから、初代が模倣できたタイミングは──オーヴァードとして覚醒し、暴走していた瞬間が可能性としては高い」
初代がオーヴァードとして覚醒した瞬間。それは、両親を失った瞬間ということだ。
──それは、つまり。
「あの現場には、ブラックドッグの能力を持った何者かが、居た?」
「あくまでも可能性の話だが、否定は出来ない」
両親が死んだときのことは正直あまり覚えていないし、その後もUGNに保護をされて、二代目の元に行ってと忙しなかったから、あまり考えたことがなかった。だが二年ほど前に、二代目がUGNを脱退してDMC事務所を設立して、ようやく落ち着いてきた頃にふと、気になったから調べたことがある。
自分の両親は、本当にただの交通事故で死んだのだろうか?
純粋な疑問を抱いたまま調べていくと、その事件には不自然なことがいくつかあった。当時の記事には車を運転していた人物は突然ブレーキが利かなくなり、ハンドルも勝手に動き出したなんて訳の分からない証言をしていると書かれていたが、こちら側の世界を知った初代にとってはそれが妄言だと断じることは出来なかった。
そうしていろんな情報を集めていたある日、そのことが二代目にばれた。
怒られるかと思って身を縮めていると、意外な一言を貰った。
「あの事件に関しては、俺も言い得ぬ違和感を抱いていた。もしかすると、何者かが故意に起こした事件……だったのかもしれない」
もちろん、二代目としても確証のある発言ではなかった。それでも、初代は二代目が自分と同じように感じてくれているのだということに勇気を貰い、色々と調べた。
結果としてはそれ以上のことは出てくることがなく、それ以降両親を失った事故については分からないままだった。
それが今になって、まさか自分の模倣した能力で手がかりを得ることが出来るとは。
「確か、ネロがオーヴァードとして覚醒するきっかけになった……アーデンとかいったか。あいつがジャーム化しちまったのも、大切な人を目の前で失ったからだったよな」
「そうだ。そしてその事故にはどこか、裏があるように俺は感じた」
「……意外なところで、繋がってるのかもしれないな」
「全てが繋がっている前提で動くのは危険だが、否定はすまい」
もしかしたら、自分の両親の仇とも鉢合わせする日があるのかもしれない。そう考えると心の奥底にある黒い何かが湧き上がってくるような感覚を覚えた。
だが、まだそれを表に出す時ではない。今必要なのはそれをぶつけられるように、自分の本当の力を利することだ。

 

Middle 05 Scene Player ──── 若

初代が真の力を認識してから数日。普段と変わらずに学校へ行き、下校する双子は相も変わらず仲が良さそうだった。その二人の間に、ネロの姿はない。今日はどうやらキリエと一緒に実家の方に帰るとのことで、別々の帰路についていたからだ。
「しっかし、ウロボロスかー」
両手を頭の後ろに回しながら若が口にするのは、先日明かされた初代の新たなシンドロームの話ばかりだ。
「またそれか。次に続く言葉は〝どんな力なんだろうなー”か?」
「言い方まで真似しなくていいっつの。でもよ、バージルだって気になってるだろ?」
このやり取りも何度目であったか、数えるのも馬鹿らしいほどに同じ話をしていると思いながらも、バージルもウロボロスについては興味があるから、いつも話に乗っていた。
「特徴的なのは模倣だが、それ以外にも固有の力を少ないながらも有していると言っていたな。そちらについてはまあ、気にはなる」
「だろー? でも、結構危ないんだよな? レネゲイドの活性の仕方が俺たちよりも大きいとか、なんとか」
ダイナの話によると、ウロボロスは強大な力を有している反動として、レネゲイドに飲まれやすいという。結果、ウロボロスのシンドロームを発現してもそのままジャームになる者が多いため、いろんな組織の間でもその存在を認知出来る者が少ないのだという。
「問題あるまい。お前がウロボロスだったというなら不安だが、覚醒していたのは初代だ。あの人のレネゲイドを抑制させる実力に、俺は何の疑いも持ってはいない」
「それは俺も同じだって。初代はすげえんだから、もっと自信持っていいと思うんだ。……後、一言余計」
俺だってバージルじゃなくて良かったぜと嫌味たっぷりに若が言い返したが、珍しくバージルはこれを華麗に無視した。
バージルが気にしたこと。それは意外にも、若の発言にある。それは、初代はもっと自信を持った方が良いというものに対してた。
これについてはバージルも同じことを思っていた。そもそも、若と同じく自分も初代のことをレネゲイドをコントロールする力が弱いなどと思ったことは一度もない。しかし、口にせずとも初代がずっとそのことを悩んでいるというか、気にしていることは何となくわかっていたし、その比較対象として自分たちが見られていることも理解していた。
だからこそ、双子はもっと初代に自信を持ってほしいと思っていた。それは比較対象として見られることに嫌気が差しているといった意味ではない。純粋に、己を卑下してほしくないと考えているからだ。
「なんつーか、うまく言えねえけど、初代は自分のことを下に見すぎっていうか……」
「負の言葉や感情は時として、人を落とす。まだ、あの人の中には両親を失った日のことが良くない意味で残り続けているのかもしれん」
二人も、初代がどうやってオーヴァードとして覚醒したのかという話は知っている。自分たちは生まれた時からオーヴァードであることが当たり前であったために、当時はそれなりに衝撃を受けた。
「もう、十年になるんだっけか。今年で」
「ああ。だがこればかりは俺たちにはどうにもしてやれんからな」
歯がゆいと、素直に思う。兄として慕っている人の力になれないことが大変にもどかしい。
初代について双子が話しあっていると、ふと視界に二つの人影が入りこんだ。何かと思ってそちらに視線を向ければ、小さな子供が二人、自分たちの前に立っていた。
「こんにちは、お兄さん」
最初に挨拶をしてきたのは少女の方だった。洒落っ気のある赤いドレスに身を包み、長い金髪をカチューシャで留めている。
「僕たちね、遊び相手を探しているんだ」
少年もニコニコしながら若とバージルに向かってそう言った。子ども用の上等な青い衣装に身を包んでいて、短い金髪を風で揺らしている。
子どもたちを見て、若とバージルは直感した。この子たちも自分と同じ双子で、どこか異質だと。
「悪いが、今日はガキの子守をする気分じゃないんだ。別の人に遊んでもらってくれ」
若はそういい捨て、そそくさと子どもたちの横を通り過ぎた。バージルも何も言うことなく、さっさと視線を外して若と同じように子供たちの横を通り過ぎる。
「あら、冷たいのね。でもダメよ。お兄さんたちは私たちと遊ぶの」
「僕たちね、ずっとこの瞬間を待っていたんだ」
──お兄さんたちみたいな双子を殺せる機会は、滅多にないことだから。
少年のおぞましい言葉と共に展開されるはワーディングだ。同時に、やはりこの子どもたちが自分たちと同じくオーヴァードだと──あるいはジャーム──直感していた二人は各々の武器を呼び出し、すぐに戦闘態勢に入った。
「ったく、こんなガキになんて言葉使わせてんだ? 親の顔が見てみたいぜ」
「口の悪さはお互い様だと言いたいところだが、俺たちの方がマシだと言わざるを得んな」
ジョークを飛ばすバージルの態度に若は口元を緩め、幼い双子を見据える。尋常な双子対決だ。相手がまだ十にも満たない幼子だろうとも、オーヴァードであるなら関係ない。
全力で叩き伏せる。それだけだ。

 

Middle 06 Scene Player ──── バージル

「遊んでくれる気になったのね? そうでなくちゃ!」
楽しそうに笑い、踊るように距離を取った少女が空に手をかざす。すると空から大量の光が降り注ぎ、若とバージルを襲った。
「いきなりかよっ!」
槍のように降り注ぐ光が当たるよりも先に、若はバージルに向けて炎で作った防壁で守る。残念ながら自分には効力を発揮しない特殊な炎であるため、若は自分の身で受け切っていた。
「あはは! もう血まみれになっちゃった。でも、まだまだ立てるよね!」
狂気に満ちた笑顔で距離を詰めてくるのは少年の方だ。彼はどこからともなく作りだした巨大な斧を振り下ろし、二人に迫る。
「避けきれん──」
ただ巨大な斧を振るう。一見して隙の多い攻撃に見えるそれも、重力を操る力の前では隙など生まれない。若の防壁は瞬時に何度も作れるものではないため、今度は二人とも盛大にふっ飛ばされた。
「あー、いってえ。やってくれるじゃねえか」
たったの二発で随分とボロボロになってしまった若とバージルだが、顔は笑っていた。それは心の奥底に眠る、二人の闘争本能に火を付けたからに他ならなかった。
「次はこちらの番だ!」
バージルが閻魔刀を構え、抜刀する。音速を超える斬撃に少年はとっさに身を守り、少女は全神経を集中して回避する。
「いいね、お兄さん。今のはなかなか効いたよ」
「うふふ。その程度の速度では、私を捉えることは出来ないわ」
自身に音を乗せて加速させた攻撃をいとも簡単に避けてみせた少女はくるくると回り、笑っている。
バージルはこれに対して苛立ちを覚えるとともに、今まで自身の力を増幅してくれていた二代目がとても大きな存在であるということを改めて実感した。
「バージルの攻撃を避けるってのは、なかなか出来る芸当じゃないぜ!」
そう言って若は少年の方に斬りかかった。距離が近かったからというのもあるが、少女の方はあのバージルの攻撃を避け切るのだ。自分ではとても攻撃をあてられそうにない。
「よっ……と。お兄さんはちょっと、弱いかな? その程度じゃ僕は傷つかないよ」
若の攻撃は確かに少年に当たった。だがそれは斧に、だ。随分と頑丈に出来ている斧に阻まれた若の攻撃は、いとも簡単に少年の手でかき消された。
「ねえ、お兄さんたち。どうして本気でかかって来てくれないのかしら?」
軽快なステップを踏んでいた少女が足を止め、若とバージルに声をかける。声色は先ほどよりも少しだけ低く、どこか怒っているようで、期待外れだと言いたげだった。少年の方も同じことを思っているようで、先ほどまで楽しげだった顔はいつの間にか、興味を失っていた。
これを聞いた若は服の泥を落としながら、適当に答えた。
「それは、お互い様ってやつだろ?」
「どういう意味?」
「本気を出していないのは、貴様らも同じだろう」
にっと、双子たちは笑った。
この場にいる誰もが本気を出していない。それを感じ取っているのは何も、少年少女たちだけではないということだ。どちらの双子も全力など一切出していない、ただのじゃれ合い。そのことを互いに確認し合えたことに、四人は笑った。
「ごめんなさい! お兄さんたちのことを見くびっていたわ。私はジェリー。お父様の為、兄様と共にお兄さんたちを殺しに来たの」
「僕はトム。同じくお父様の為、姉様と共にお兄さんたちを殺しに来たんだ」
「俺は若だ。お前たちのお父様ってのは、随分なことを子供に頼むんだな?」
先ほどまで刃を交えていたというのに、子どもというのは不思議なものだ。今では殺意は失せていて、純粋に双子同士の会話を楽しんでいる。
「そうかな? お父様の邪魔をする奴を殺せば、お父様はすごく喜んでくれるんだ。だから僕たちは殺すだけ」
「それにね、これらの技術は全てお父様が教えてくれたの。だから私たちはお父様が望むがままに殺すのよ」
トムとジェリーはどこまでも無垢であった。純粋に、お父様の為に、邪魔者を排除する。それ以外に抱いているものがあるとすれば──身に付けた力、殺戮を楽しんでいることぐらいか。
「……不憫だな」
「ああ。俺も同じことを思った」
バージルがトムとジェリーを不憫だと思った理由。それは自分たちと同じだと感じたからだ。
目の前にいる双子がお父様と呼んでいる人物が本当の父であるのかはどうでもいい。ただ、自分たちも目の前の双子と同じように育っている可能性を感じて、何とも言えない気持ちになったのだ。
自分たちも、二代目を慕う気持ちに偽りはない。どこまでも純粋に、二代目の役に立ちたいと思っているし、頼られたい。だからもし、幼い頃からトムとジェリーのように人を殺すことを教えられ、そしてそれを成しえた時に褒められていたとしたら?
きっと、自分たちがトムとジェリーのようになっていたのだろう。
「一生をかけても二代目には頭が上がらんな」
「まったくだ。俺たちを真っ当に育ててくれて……ほんと、感謝しかねえ」
誰かに言われたわけじゃない。だけど、負けられない戦いがここにあると、二人の胸に密かな闘志が宿る。
これはただの自分勝手なプライドだ。特に誰かにとって意味があるものじゃない。相手が自分たちと似た境遇にいて、しかも双子だからこそ負けたくないことを認めよう。
それでもいいから、勝手に証明したいと思った。自分たちの育ての親こそが、絶対に正しいということを。
子供に殺戮を教え込ませ、それを褒める親が間違っていることを証明しよう。間違っていることをきちんと叱りつけ、相手を思いやれるように子を導く親こそが正しいということを証明しよう。
「若! バージル!」
そんな二人の元にやってきたのはネロだった。ワーディングを感知して、慌ててこちらに向かってきたのだろう。相変わらず、事務所に帰るという方針を守らない馬鹿者たちばかりだ。
「姉様、来たよ」
「どうやらお遊びはここまでみたいね」
ネロを見たトムとジェリーの表情が先ほどまでの緩いものではなく、使命を帯びたものに変わった。これを感じ取った若とバージルは自身の背にネロを隠すように、二人で壁を作る。
「バカ! なんで来たんだよ!」
「開幕一発目に馬鹿はねえだろ! ワーディングを感知したからきてやったんじゃねえか!」
「また二代目に説教されたいのか? 愚か者め」
せっかく助けに来たというのに馬鹿呼ばわりされて怒っているネロに対し、若とバージルは厳しい言葉をかけながらもトムとジェリーの様子をうかがっている。ネロを見た瞬間に気配が変わったことから、間違いなく何かがあるはずだが……。
「もしもし、お兄さんたち? 私たちはね、そこのお兄さん──ネロをお父様に届けなくてはいけないの。退いてくださるかしら?」
「俺を……?」
「おいおい、まだ俺たちの戦いに決着がついてないだろ? もう飽きたってのか?」
「そういうわけじゃないけど……ごめんね。僕たちにもしなくちゃいけないことがあるから」
しなくてはいけないことというのは、ネロを連れ去ることで間違いなさそうだ。しかし、一体何故?
「ネロ、ここから逃げるぞ。とにかく二代目たちと合流だ。若もそれでいいな?」
「異論なしだ。よく分かんねえけど、ネロを狙ってるっていうなら、守ってくれる人は多い方が良い」
ネロとしては助けに来たのにいきなり尻尾を巻いて逃げるというのは情けないから嫌だと言いたかった。しかし、相手の狙いが自分にあるというのは、素直に気持ちが悪い。自分に一体どんな用事があるというのかが全く見えてこないこともあって、下手なことをするべきではないと思った。
「走れ!」
バージルの合図でネロと若が一斉に走り出す。これを見たトムとジェリーはネロを逃がすまいと、追いかけ始めた。
「ここは通さん」
「お兄さん一人で私たち二人の相手をする気? 流石に無謀ではなくて?」
「それぐらいは百も承知だ。だから、足止めが出来ればそれでいい」
閻魔刀を抜刀し、すぐさま納刀する。その動作だけで先ほどトムとジェリーを襲った空間すらを切り裂く攻撃が再び巻き起こる。
「だからその程度では私に当てることは出来ないと──あら?」
華麗に躱したジェリーが視線を元の位置に戻すと、そこにはもうバージルの姿はなかった。
「姉様、あっち!」
トムが指さす方を見れば既にバージルは先に走っていた二人に合流し、どこかに向けて走っていってしまった。
「どうする? 姉様」
「ふふっ、追いかけっこをしようというのね。いいわ、それじゃあ今から鬼ごっこよ!」
もちろん、鬼は私たちだとジェリーが笑えば、トムも同じく邪悪な笑みを浮かべて走り始めた。
全てはお父様のために。

 

Middle 07 Scene Player ──── 二代目

事務所から堤防に向けて走る人物が四人いた。それは言うまでもなく、二代目が率いるDMC事務所のメンバーたちだ。
ここ数か月の間でよく分かったことは、自分を含めて誰も事務所の方針を守る者がいないということ。この事実に頭を悩ませると同時に、人の役に立とうとする仲間たちの成長を嬉しく感じているのも本心だ。
「おーい、もっと頑張って走れよ」
おっさんに発破をかけられているのはダイナだ。どうやら彼女は運動が苦手のようで、とにかく足が遅い。
「がんばってる。大丈夫、遅れても必ず到着はするから」
「ほら、掴まれって」
文句を言うことなく一生懸命走る姿は称賛するが、だからといって現場に到着するのが遅れることまで許容しかねる。とはいえ、初代に手首を掴まれて肉体の許容範囲を超えた速度で走らされているダイナを憐れむぐらいのことは……まあ、許されるだろう。
「────! 止まれ、何かいる」
ワーディングの場所までもう少しと行ったところで二代目が静止の合図を出す。すると前方から飛んで来た赫い弾が数発、地面を穿った。
「おおっと。止まらなかったら刺さってたな」
呑気そうに言いながらも皆よりも一歩前に足を踏み出し、おっさんが構える。そこにいたのは、見たことのある顔だった。
「仮面の女か。今度もただの人形か、もしくは……」
「ご本人様が登場してくれれば手っ取り早いんだが、どうだか」
二代目たちが警戒を強める中、ダイナは肩で息をしていた。どうにか止まってくれたと本末転倒なことを考えながらも、仮面の女を見る。
「足止めが目的?」
「恐らく。若たちの元にはこれを操っている張本人か、もしかすると別の仲間がいるのかもしれん」
「だったら、さっさと蹴散らして合流あるのみだ」
この場で戦えるのは初代だけだ。ダイナ自身としては初代にレネゲイドの力を使ってほしくないと思っているが、そうも言ってられない。
「初代。くどく言うけど、無茶しないで」
「分かってる。大丈夫だ、まずは加減していく」
「ではその分を俺が補おう」
初代が二丁拳銃を生成し、仮面の女に向ける。敵対行動を察知した仮面の女は無機質的に手をこちらにかざし、この間と同じように赫い弾丸を飛ばしてきた。
「攻撃は俺が受け止めるとしよう」
「助かる。二代目、頼むっ!」
おっさんが魔眼を操って初代めがけて飛んでくる弾丸を相殺する。この隙を逃さず初代が銃から弾丸を撃ちだせば、二代目の領域が展開され、銃弾を加速させた。
通常の弾を肉眼で捉えることすら本来は不可能に近い芸当だが、二人の連携で撃ちだされた弾丸はもはや音速を超えていた。仮面の女の身体にはいつの間にか弾が撃ちこまれていて、遅れて音が耳に届いてきたほどだった。
「一撃かよ。ちょいとやりすぎじゃねえのか?」
愉快そうに笑っているおっさんだが、あまりにも桁違いの威力に内心では不安を抱いていた。本当に、初代はこれ程の力を制御しきれるのだろうかと。
「いや、俺は滅茶苦茶セーブかけたぜ?」
「すまない。初代がどれほど加減するのか分からなかったので、少し威力を強めすぎてしまった」
どうやら、原因は二代目の方にあったらしい。相変わらず、底が見えない男だ。しかし、それを差し引いたとしてもやはり、今までの初代とは別人といっても過言ではないほどに威力が跳ね上がっていた。
「身体に異変は? 問題ない?」
「心配しすぎだって。……だが、ダイナがそれだけ懸念する理由も何となく、分かった」
初代が乱暴にダイナの頭を撫でつけると、黒髪があちこちにはねた。これに対してもダイナは文句を言うことはなく、それ以上に初代が自分の力が如何に大きいものであるかを理解してくれたことを嬉しそうにしていた。
「決して無理はするな。では、先を急ごう」
「えっ、もう走るの──」
敵の目的が足止めだと分かっているのだから、ここで立ち止まっているわけにはいかない。再びダイナは初代に引っ張られながら全力疾走する羽目になり、こんなにも走らせた敵を絶対に許さないと少しずれた怒りを抱いているのだった。

 

Middle 08 Scene Player ──── ネロ

「兄様! そちらに行きましたわ!」
「任せておいて。ここで仕留めちゃうから」
殺戮を楽しむ双子──トムとジェリーの猛攻からどうにか距離を保っていた三人だが、若とバージルは先ほど受けた傷が今になって後を引いていた。
「おい若、速度が落ちているぞ」
「うっせえ! そういうバージルだって全然足が上がってねえじゃねえか!」
「喧嘩してる場合じゃないだろ! もう追いついてきてんぞ!」
全力疾走している三人の後を追って来ているのはもちろんトムとジェリーだ。今はトムだけが追いかけてきているわけだが、姿を見せていないジェリーの方が厄介極まりなかった。
「やっと追いついた! じゃあ、一発目!」
トムの腕が振り下ろす動作につられるように巨大な斧がネロに向かう。これをネロは右腕を豹変させ、打ち払った。
「走りながらだとうまくコントロール出来ないな。でも、まだまだこれからだよ!」
二度三度と振り下ろされる斧は若やバージルにも容赦ない刃を向ける。万全の状態であればどうともない攻撃でも、流石に今の状態で食らうのは中々に厳しい。
「こんのっ……」
「わりい、ネロ!」
これを全て庇いきったネロの身体はもう二人と同じ状態だ。それでも一つ違うことがあるとすれば、しっかりと地に足をつけ、今も走れていることか。
「────そこだ!」
瞬間、バージルが音の壁を作りだし、ネロを守る。音の壁に波紋が出来たかと思うとそこには銃弾が撃ち込まれており、どうやらこれを防いだようだ。
「姉様のスナイプも防ぐか。なかなかやるね」
「何余裕ぶっこいてやがる!」
「今度はこっちの番だ!」
先ほどまで大振りの斧を振り回していたトムの体勢は崩れており、とても回避行動はとれない。ここへネロと若の拳が見事に入り、トムを大きく後方へ吹き飛ばした。
「よっし! さっさとズラかるぜ」
やることはやったと満足した若はそそくさとその場を去る。当然、ネロとバージルもこれに続いた。
「いてて、完全に不意を突かれちゃった」
「兄様、大丈夫? 油断してたでしょ」
スナイパーライフルを抱えてやってきたのはジェリー。どうやらこれを使って高い位置から狙撃していたようだが、結果としてはバージルによって止められてしまったようだ。
「ごめんごめん。どうしても追いかけっこって楽しくなっちゃって」
「ええ、その気持ちはよく分かるわ」
弱者を追い回す強者の立ち位置というのは、どうにも心が躍ってしまうと笑いあうトムとジェリーは三人を逃がしたことに対し、一切の焦りを見せてはいなかった。
「二人とも、首尾はどう?」
「あ、お姉ちゃん! あのね、良い感じよ」
「彼らはきちんと僕たちの誘導した場所に行ってくれた。もう袋の中の鼠だよ」
トムとジェリーの前に現れたのは仮面を付けた少女。双子からの報告を聞いた少女の表情は仮面に隠されているためにうかがい知ることは出来ない。
それでも、満足げではあることは伝わってくるものだった。

 

Middle 09 Scene Player ──── バージル

どうにか敵をまくことが出来たと安堵したのもつかの間、三人はそびえ立つビルを見上げ、悪態をついた。
「行き止まりかよ……っ!」
「まずいな、今戻れば間違いなく鉢合わせだ」
ここにきて自分たちが誘導されていたのだと気付いたわけだが、もう遅い。進むことは叶わず、戻るも地獄だ。
「無理を承知でよじ登ってみるか?」
「出来ることなら最初からしている」
オーヴァードは確かに超人的な力を持っていると言っていい。だが、得意不得意というものが無くなったわけではない。
壁をよじ登るだけだというのなら、恐らくネロとバージルは可能だ。
ネロはその右腕を使って壁に穴を開けながら取っ手を作りだしていけばいいし、バージルに至っては全力で走れば……多分、壁走りも出来るだろう。
しかし、若はどうしようもない。温度を操って氷を作りだして足場を段々に作っていけば、上手くいけばできるかもしれない。ただし相当な集中力と時間が要されるだろう。とても間に合わない。それならば、壁をぶち破って無理やり活路を見出す方がまだ現実的かもしれない。
「お困りのようだな? 少年たち」
上を見上げていたため、背後への注意が散漫になっていたところに声をかけられ、バージルたちは慌てて振り向く。
そこに居たのは──。
「二代目に、みんなも……!」
干天の慈雨とはまさにこのことか。まだ窮地を脱したわけではないが、張り詰めていた気を幾何が緩められた。
「随分と派手にやられたな」
子どもたちの傷を見ながらおっさんは無精ひげを撫で、考え込む。その横でダイナはせっせと治癒薬を生成しては三人に振りまいていた。
「相手は?」
「双子の子ども。歳は見た感じで八歳前後。一人は近接を得意とし、もう一人は遠距離からの射撃を得意としている。スナイプもしてきた」
「オーヴァードに大人も子どもも関係ないとはいえ、ガッツはあるみたいだな」
三人を襲ったジャームに適当な感想を述べた初代はすぐに二代目の横に並び、来た道を見た。
「双子、ね。仮面の女はいなかったか?」
「見ていない。何故だ?」
二代目と初代は今来た道に視線を向け、警戒している。バージルたちを見つけてここに来た時点で逃げ道はない。そのことを百も承知の上で、二代目は三人との合流を決行したからだ。
もちろん、これはごく自然なことだ。誰がここまで来て我が身可愛さに三人を見捨てるものか。
一方、おっさんは残された時間で出来る限りの情報を共有した。三人を襲ったジャームのことを聞き、こちらは足止めをしてきたこの間の仮面の人形のことを伝えた。
「なら、仮面の人形を操っているであろう人物と双子は繋がっている可能性が高い、ということか」
「ああ。それに、坊やのことを狙っているというのも妙だ。……なんか、心当たりあるか?」
おっさんに問われたネロは首を左右に振るばかりだった。本人としても、何故自分を狙っているのか、心当たりはない。
「ま、詳しい話は後だ。今はおいたの過ぎるガキどもに、お仕置きの時間だ」
バージルたちと話しこんでいたおっさんが三人に背を向け、来た道に向かって歩いていく。その前方には、幼い双子の姿と、もう一人──。
「おんなじ仮面をつけてくれちゃって。疑うまでもなく、俺たちの方に人形を遣わした張本人だな」
視線をおっさんに向けることなく、二代目は一つ頷いてみせた。
「あら? お邪魔虫が増えているわ」
「でも、好都合だよ。たくさん殺せるんだから」
相手が増えていようとも意にも介さない双子は、どうやってネロ以外を殺すか、そして取り分はどうするかを楽しそうに語らった。
「ほら、今は目の前の敵に集中しなさい。此度の計画はマスターも大いに期待しているのだから」
ここにきて初めて口を開いた仮面の女は、どこまでも無機的なイメージを与えてきた。そして咎められたジェリーは口を尖らせながら言った。
「はぁーい。お姉ちゃんに怒られちゃった」
「仕方ないよ姉様。お姉ちゃんの言ってることは正しいから。──じゃあ、早速始めようか」
トムの言葉を合図にジェリーの表情もすぐに変わる。三人を追いかけまわしていた時に見せていた、あの残虐な顔だ。
「三人とも、傷は癒えたな?」
「問題ない」
「ばっちりだ! いつでもいいぜ」
「もう遅れはとらねえ」
二代目が確認を取れば、バージルと若はそれぞれ閻魔刀とリベリオンを手に持っている。ネロも右腕を豹変させ、いつでも戦える態勢を取ってた。
「では今より、ジャームどもを蹂躙する」
こうして、ネロをつけ狙う謎の人物たちとの戦いの幕が開けた。

 

Climax 01 Scene Player ──── 若

戦いは怒濤のごとく荒れた。
今までとは違う、複数の能力者を相手にした戦いを経験している者がDMC事務所の面々の中にはあまりいない。無論、チームの要である二代目とおっさんはUGN時代からの豊富な経験と培ってきた知恵があり、この二人の指示を元に仲間たちは動く。それでも、想定外のことやいつもなら出来ていることが出来なくなる感覚に、焦りなどを抱いているのも確かだった。
「姉様、僕はあっちのお兄さんをやるよ」
「分かったわ。それじゃあ私はこちらのお兄さんを」
トムが指さした相手は若だ。そしてジェリーは距離を取りながらバージルを狙う。
チーム同士の戦いであれど、本領を発揮するためには個々の能力も重要だ。どうやらトムとジェリーは双子対決にこだわっているようで、取り巻きは仮面の女が作りだした従者と本人に任せる方針を取り、執拗に若とバージルを狙った。
「だったら、こっちも受けて立ってやろうじゃねえか!」
「貴様らだけには絶対に負けん」
対し、こちらの双子もこれを受けて立った。ただし、こちらはあくまでも仲間たちの支援も視野に入れての対決には仕向けている。
ネロと初代はおっさんに守られながら仮面の女とその従者と接敵している。初代が的確に撃ち抜いた従者を一体ずつ、ネロが追い打ちをかけていく。こちらに関しては安定していると言える。
問題があるとするなら、双子対決の方だ。こちらには二代目とダイナが大きく支援を飛ばしているが、ほとんど硬直状態に入り始めていた。
「ねえ、お兄さんはどうして戦うの?」
「ああ? お前たちが襲ってくるからだろ」
リベリオンと巨大な斧のぶつかり合う音が響く中、トムが不思議なことを口にした。なので若はごく自然な答えを返したら、やっぱり分からないという顔をされた。
「僕たちはネロって人さえ貰えれば、それでいいんだ」
「はっ。ネロを差し出したら俺たちにはもう刃を向けないってか? 信じられねえな」
確かに、今襲ってきている連中の狙いがネロであるというのは間違いないのだろう。本人たちがそういっているのだから、理由はどうであれ疑う理由は少ない。
だが、こいつらはネロを手に入れたところで、決して止まりはしない。その身に刻まされた殺戮の快楽に、トムとジェリーが抗えるとは到底思えないからだ。
「それに、だ。俺たちが仲間を、家族を手放すわけがねえ。諦めてくれ」
ニヤリと笑い飛ばし、若がトムの巨大な斧を弾いて小さな体に大きな太刀筋を入れる。これにはトムも苦しげな表情を浮かべ、焦りを滲ませた。
「痛いなあ。……でも、こうでなくちゃ」
焦りはすぐに消えて、もう何度目か、ずっと見せてきた変わらない残忍な笑顔を顔に張り付かせ、トムは若を見た。
「僕も家族は大好きだよ。姉様のことも、お姉ちゃんのことも。そして、お父様のことも」
「だったら、他所さまのご家庭に迷惑かけちゃいけねえって教えてもらわなかったか?」
「迷惑? それって、僕たちが君たちと戦っていること?」
トムは続ける。心の底から不思議がりながら。
「オーヴァード、ひいてはジャームはただの兵器だよ。だから殺しあって、どちらがより優秀な兵器であるかを証明する。そして僕たちが強くあればあるほどお父様は喜んでくれるし、褒めてくれる」
若は絶句した。何を言っても無駄だと悟るには十分過ぎる言葉だったし、衝撃も受けた。
オーヴァードが、兵器? そんなこと、考えもよらなかった。だがしかし、間違っていると全力で否定することも出来なかった。
若はずっと人間としてありたいと願い、自身に内包されているレネゲイドに毎日抗い、その上でどうにか日常を保っている。そして人間として踏みとどまらせてくれている大きな存在は、苦楽を共にしてくれている家族たちだ。だから掛け値なしに守りたいと思うし、その為に必要なら自分の中にある力を使うことに躊躇いもない。
人間であれと教えてくれたのは二代目だ。その言葉に疑いを持ったことはないし、今でもそうあろうと思っている。
でも、トムは違った。
父と慕う存在に自分たちは兵器だと教え込まれ、その言葉を信じて疑わず、命令通りに殺してきた。
「お前は、それでいいのか?」
「うん。お父様は正しい。こんな力を使う奴が人間なはずがない。僕は兵器だよ。もちろん姉様も、お姉ちゃんもね」
別の場所で戦いを繰り広げている仲間たちの方をトムは見て言い切る。憂いも、躊躇いもなかった。
「お前の言うお父様って奴のことをとやかく言うのはやめておく。俺だって、どれだけ間違っていると言われようが、二代目から教えてもらったことを否定されたら怒り狂っちまうからな」
つくづく自分と同じだと痛感した。トムは自分と何も変わらないと。
立場が違った。それだけの話だ。自分は偶然にも二代目に引き取られて、人として育てられた。同じようにトムに殺戮を教え込んだ人物は、この双子たちを兵器として育てた。
──オーヴァードは人間か否か。この問いに答えられる人物はまだ、この世に存在しない。
二代目が事務所を設立した時の言葉を反芻する。
これは模範解答の存在しない問いかけだ。だから自分で考えて、自分だけの答えを見つけて、折り合いをつけるしかない。
「その上で、言うぜ。俺は恵まれてる、ってな」
心の底から思う。自分とバージルを引き取ってくれたのが二代目で良かったと。そして二代目を信じてついてきて良かったと。
「僕もだよ。お父様に育ててもらえたことに感謝してるんだ」
もう、この話はどこまでいっても平行線だ。ならばやることは一つしかない。
トムが巨大な斧を構えなおすのと同じくして、若もリベリオンを構えなおす。
「話は、終わったか?」
戦いの最中にこれだけ多くの言葉を交わすことはそうないだろう。それでも、危険だと分かっていても二代目は話が聞こえず、かつ支援できるギリギリの距離を見極めて待機してくれていた。警戒の色は全開にしているとはいえ、本当に器用かつ、自分のためを思ってくれている人だ。
「心配かけた。でも、もういい。大丈夫、得るものはあったから」
それを聞いた二代目はほんの少し、顔の筋肉を動かした。
若の目に宿っているのは今までに見せたことのないほどに燃え上がらせた闘志。絶対に負けられない戦いがここにあると訴えている目だ。そしてその中に、ほんの少しだけ混ざっているのは、敬愛。これは自分に向けられたものだと、二代目は理解した。
「俺も手を出すが、いいな?」
「もちろん! これはあくまでもチーム戦だからな!」
何度目か分からない刃のぶつかり合い。だが、一つだけ違うことがあった。
ぶつかり合う二人の目には、尊敬する相手のためにも負けられないという意志が、確かに宿っていた。

 

「さあ、お兄さん! 私たちも始めましょうか」
若とトムが白兵戦を繰り広げている中、こちらは遠隔攻撃での撃ち合いをしていた。バージルは幻影剣を、ジェリーは光の光弾をぶつけあう。
射撃の腕はほぼ互角の中、お互いに撃ちだした数などもはや分からないが、事態は動いた。
お互いの攻撃が一発ずつ、相手にめがけて直進した。これをジェリーは踊るような動きで見事避け、優勢に立った。一方、避けられないと判断したバージルが身を守るためにクロスした両手で顔の前に持ってきた時、何かが割って入った。
「結構、痛い」
ジェリーの攻撃を代わりに受けたのはダイナだった。攻撃を受けたというのに相変わらず無表情かつ呑気な声をだし、自分の傷を急造した物質で塞いでいる。
「私とお兄さんの戦いを邪魔するなら、あなたも殺しちゃうわ」
「元より、これはチーム戦。それに私個人の話をするなら、手を抜くほどの余裕がない」
二代目は若の支援に向かっているし、おっさんはネロと初代を守りながら戦っているから、どちらもここに気を配る余裕がない。時折二代目の領域が伸びてきてはバージルの支援をしてくれているが、それでも普段のような手厚い補助があるわけではなかった。
戦いが始まる直前、ダイナは二代目から言付けを預かっていた。もしもこういった事態に陥った場合、孤立者を作らないように動いてくれ、と。
「バージルがまだ私のことをあまり良く思っていないのは承知の上で、お願いする」
ダイナが事務所のメンバーとして迎えられたのは特異なものだ。故にバージルはまだ、ダイナのことを完全に信用しきっていない。……これは普段の素行にも問題があるわけだが、そこは流しておこう。
「さっさと言え」
「私は攻撃に関してはからっきしだから、どうにかして討ち取って。支援と、相手の攻撃からは守るから」
なんと適当な言い分だろうか。これが戦いの最中でなければ全力で殴り飛ばしているところだ。
つまり、ダイナは一切攻撃手段を持っていない──あったとしても実力的にジェリーに当てられない──ので、攻撃は全てバージルに任せるということだ。
本当にこいつはレネゲイドビーイングなのかと疑いたくなるが、こいつは正真正銘レネゲイドビーイングだ。日ごろの常識のなさを目の当たりにしている以上、疑う余地はない。それに、支援能力に関しては二代目とはまったく違う形にはなるが、頼りになるのも否定はしない。特に、傷を癒すことに関してはダイナ以上の実力を持っている者を探すのは、なかなか出来ることじゃない。
「あはは! チーム戦なんていう割には、何も出来ないのね」
「否定はしない。そもそも、私の能力は戦い向きじゃないから」
言って、立ち上がったダイナの身体にはもう、傷が残っていない。どうやら先の発言に嘘偽りはないようで、おっさんのような身を守る術を持ち合わせていないにも関わらず、その身一つでバージルの弾避けをする気らしい。
「身体は持つのか?」
「やったことないから、何とも。でも、二代目に頼まれたことだし、私もここで倒れるわけにはいかないから、どうにか踏ん張ってみる」
相変わらず滅茶苦茶な女だと思った。それに二代目も、己の体を張って仲間を守れなんて指令を出したわけではないはずだ。それをどう曲解すればこういう結論に至るのか、理解出来ない。
「自傷趣味があるわけじゃない。ただ、ジェリーとの相性が悪いから、こうする他ないというだけの話」
だから自分の体を酷使するということをすぐに許容出来ることがおかしいと言っているのだが、ダイナに説教するのも馬鹿らしいのでバージルは黙っておくことにした。
とはいえ、攻撃から守ってもらえるのはありがたいことだし、ダイナの分析が正しいことも、きちんとバージルは理解していた。
ジェリーの攻撃範囲は広く、加えて遠隔からの攻撃であるために厄介極まりない。これと互角に撃ちあえるのは初代かバージルになるわけだが、初代は手数の多い仮面の女が率いる従者たちとの戦いで手一杯だ。だとすれば、こちらをバージルが担当するのは自然の流れといえる。
それに私情を挟むなら、この双子対決に幕を下ろすのは自分の手で成しえたい。そう思っていたから、この組み合わせは好都合だった。
「ならば俺を守りきってみせろ。多少の援護はしてやる」
「ありがたい。期待している」
全く、これではどちらが支援に来ているのか分かったものではない。それでも少しだけ、ダイナのことを見直した。
初代の恋人だから、初代以外のことにはあまり興味を持っていないと思っていた。でも、そういうわけではなさそうだ。こうして二代目の指示に従い、状況を見て自分を守るために庇いに来てくれた。きちんと事務所の仲間であるという自覚を持っているのだと分かって、それについては嬉しく思った。
「弱者は群れないと何も成しえられないものね。……いいわ、まとめて相手してあげる」
「好きにほざいていろ。俺たちには俺たちの戦い方がある。それだけだ」
「人は力を合わせて大きなことを成しえる。何も悪いことじゃない」
邪魔が入ったことに不服なジェリーは拗ねていた。それでも、獲物が一匹増えたのだと思考を切り替え、残忍な笑顔を顔に張り付かせた。
「じゃあ──殺してあげる!」
そしてまた、幻影剣と光の雨が交わった。

 

仮面の女は何をするわけでもなく、従者を呼び出した後は静観していた。呼び出された従者たちに仮面はなく、本当に作られただけの血の人形といった感じだった。
「丹念込めて作ったお人形じゃなきゃ、こんなもんってことか」
複数体生み出されていた血の人形を全て片付けたおっさんが仮面の女を見る。その顔は何も変わらず、こちらに伝わってくるものは何もない。
「初代、力の方はどうだ」
女の反応がないなら、今の内にしておくべきことをと判断したおっさんはそっと初代に耳打ちする。二代目とダイナからうるさいほどに初代の力に注意を向けておいてくれと頼まれているからだ。
「馴染んでる。今まで何も出来なかったのが、嘘みたいな感じだ」
「ふむ。そいつは重畳。俺は心配性の二人とは違うから、とやかくは言わないぜ。レネゲイドに飲まれない範囲で、好きに暴れな」
無責任なようにも聞こえるが、元も子もないことを言うなら発現している能力を抑え込むのは発症している本人にしか出来ない。だからある意味でおっさんの言葉は正しくもあった。
「あんた、あの双子の仲間なんだよな。だったら、俺のことを狙いに来たのか?」
ネロの問いに、仮面の女は初めて反応を見せた。小さくだが一つ、頷いて見せたのだ。
「なんで坊やを狙うんだ?」
おっさんの問いには答えない。
「だんまりか。謎の多い女性は確かに魅力的だが、ガキが相手じゃな」
これにも反応は無い。
「んー。じゃあ、話を変えよう。ラムの命を救ったのはお前か?」
仮面の女はおっさんに顔を向けた。そして、話した。
「マスターが、手を貸しました。……良かったですよ、元同僚同士の殺し合い。素敵でした」
悪意を乗せた、あからさまな挑発だ。おっさんは動じなかった。
「じゃあ、シェリルとティアにそっくりなお人形を作ったのもお嬢ちゃんだな?」
「ええ。あれを作るのは、ちょっと大変でした。あなたと完全勝利はあまり良い反応をしてくれませんでしたが、あの男は心底驚いてくれて」
本当に愉快だったと、仮面をつけているから分かるはずもない笑顔が、透けて見えた。これに怒りを燃やしたのはネロだ。
「てめえ! 人の命をなんだと思ってんだ!」
「命? 死体に命などありません。それにあの男も、マスターが手を貸さなければ死んでいた。そんなものに、一体何の価値があるというの?」
「──なるほど。どういった手段を用いたかは知らねえが、あの現場で二人の顔を模倣して、ついでにラムを助けたってところか」
やっていることはともかくとして、話は見えてきた。
四年前の血の雨事件。あの現場に、仮面の女とマスターと呼ばれる人物がどこかに潜んでいたこと。そして戦いが終わり、おっさんたちが現場を去った数刻の間にこの人物たちは動き、何かをした。
目的がラムを攫うことだったのか、またはこれは副産物に過ぎないのかまでは分からない。しかし、そこはもうどうでもいい。大事なのは、あの現場にいたということだ。
「四年前の事件を引き起こしたのはお前と、マスターとかいう奴がやったんだな?」
仮面の女は頷いた。そして今度は顔をネロに向け、話す。
「マスターは強い兵器をお求めです。そしてその兵器を作り上げるために、貴方が必要だと」
「随分とでかい話になってきたな……」
「なんだよ、兵器って」
そっと初代がネロの隣に立ち、警戒を強める。おっさんはその場を動かず、じっと仮面の女の出方を窺っている。
「レネゲイドの力を手に入れた者は様々な能力を発現させます。しかし、どれも強力でありながら、個体差が大きい」
同じシンドローム使いであっても得意とする分野に違いがある。さらにブリードまで加味すると仮面の女のいうとおり、個体差が大きいというのは間違っていない。
「そこで、マスターは貴方の右腕に目をつけました。キュマイラでありながら、獣の腕を有するのではなく、悪魔のような右腕を有する貴方に」
悪魔といわれ、ネロはさっと右腕を隠す。純粋に不快だった。
これ以上の話は聞きたくないと思ったネロが戦うために腰を落としかけた時、両側から子どもたちが吹き飛んできて、それらは仮面の女の足元に転がった。
「こっちは俺と二代目の勝利、ってな」
「図に乗るな。俺とてあの程度を討ち取るぐらい、造作もない」
若は随分と傷が目立っているが、致命傷はない。二代目の支援もあって、辛くも勝利を収めたようだ。
一方のバージルは無傷であった。ただしダイナは全身血だらけで、よく立っていられるものだとおっさんが苦笑いするほどだった。
「ごめん、お姉ちゃん。……僕、負けちゃった」
「私も、完敗よ。……お父様に、よろしく伝えておいて」
双子は仮面の女をお姉ちゃんと呼び、謝罪を口にした後で、己の半身にも声をかけた。
「でもね、兄様。私、楽しかったわ」
「僕もだよ、姉様。だけど、もっといっぱい……」
──殺したかった。
同じ言葉を口にして、双子が息を引き取った。これを見た仮面の女はそっと双子の体に手を触れた。
「おい、自分を姉だと慕ってくれた子どもたちの肉体すらも人形遊びに使う気か?」
珍しくおっさんは声を荒げ、一歩近づく。これに仮面の女は動じず、顔だけを上げてこう伝えてきた。
「今回は私たちの負けを認めましょう。ですが必ず、私はそこの青年を手に入れます。ただ……」
それだけで済むと思わないことだと言い切り、双子の死体と共に姿を消した仮面の女はこの時、初めて感情をあらわにした。
「逃げたか。追うのはこちらの状況を鑑みても厳しいな。……撤退する」
尾を引く結果にはなったが敵を退け守るべき者を守った。今はこの勝利を胸に、一行は事務所に帰還した。

 

Ending 01 Scene Player ──── おっさん

ネロを奪うことを明言してきた謎の一味。その尻尾を完全につかめたわけではないが、いくつか明らかになったことがあるのは確かだ。そしてその事実は少なからず、自分たちに因縁があるもののようだ。
「──とまあ、話としてはこんな具合だ」
二代目と情報を共有し、今回のことを振り返る。
急いで調べないといけないことはネロの右腕についてだが、これは本人も承諾してくれるだろう。ネロとしても、何故自分が狙われるのかは気になっているはずだ。
後は血の雨事件を起こした人物たちの目的。意外にも本人からあの事件に首を突っ込んだと明言してくれたのだ。これを調べないなんてことはあり得ない。
「十中八九、仮面の女が言ってたマスターと呼ばれてる奴が事件を起こしたと、俺は睨んでるがね」
「同感だ。たまたまであの現場に居合わせたというのは考えにくい。後は、兵器を作りだすだったか」
話を聞いた感じ、この兵器というのは人間が作っている戦車や飛行機のような物を指しているわけではなさそうだ。つまるところ、新たな兵器を作りだすために、ネロの右腕を求めているのだろう。
「オーヴァードを兵器として扱いたいってところだろうな。まあ、珍しい話じゃない」
「まさにテロ組織の考えそうなことだな」
テロ組織と聞いておっさんは渋い顔をする。そんなろくでもないことを考えつく組織など、早々あるものじゃない。
「はあ……。きな臭い話になっちまった」
「そう言うな。お前が救っていなければ、ネロは今頃モルモットだ。UGNに保護されていたとしても……まあ、貴重な検査対象だろうな」
「それになんだかんだ言っても、坊やだけの問題とは言い切れねえからな」
血の雨事件は自分と二代目が関わってきたことだし、それだけに限らず、どうにもおっさんの近くではこういった事件が多発する傾向がある。
「特異点であるお前にとってはこの程度、日常茶飯事だろう?」
「はっはっは! まあな! そんな俺と付き合いを持ち続けてる二代目も十分過ぎるぐらい、変わり者だぜ」
豪快に笑い飛ばし、二代目の背中を叩く。
特異点。それはレネゲイオウィルスによって導かれた異常確率を吸い寄せる存在……と、言われている。実体のないものをどうやって吸い寄せるのか? そんなものは分かっていない。だが事実としておっさんは、他人の重要な局面に出会うことがあまりにも多い。
これを誰が名付けたか、特異点と呼んだ。そしてそれをおっさんは否定しない。
波乱万丈な人生を歩むことを運命によって定められているというのも面白いと、彼はその全てを受け入れているからだ。

 

Ending 02 Scene Player ──── 初代

大きな戦いを終えて数日。自室でゆっくりとした時間を過ごしていた初代の元に、珍しくない人物が訪ねてきた。
「今日はなんだ? また実験道具でも壊したか?」
ノックが聞こえたので扉を開ければ案の定、ダイナが立っていた。
「身体のこと」
だろうなと思い、ちょっとうんざりした気持ちを抱きながら、立ったまま話をするのもなんだということで、とにかく部屋に招き入れた。
招かれたダイナは我が物顔でソファに腰を下ろし、初代に隣へ座るよう、ぽんぽんと叩いて誘導した。
「あのな、ここは俺の部屋だって分かってるか?」
「もちろん。それで、身体のこと」
「いいや、分かってない」
横に座る代わりにダイナの肩を抱き、顔を近づけてみる。ほのかに甘い香りがした。
「俺たちの関係、忘れてるのか?」
「まさか。私と初代は恋人同士。忘れるわけない」
嘘をついている感じはしないが、本当に分かっているともいいづらい。確かめるために初代はさらに顔を近づけ、ダイナの顔を覗き込む。
すると……。
「うっ、あ……ま、待って。その、私……」
今から何が行われるのかをようやく理解したらしく、顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら、どうにか待ってもらおうと視線を泳がせるダイナが出来上がった。
「そういう反応を返されると、余計襲いたくなっちまうな」
特に劣情が刺激されるとわざとらしく言えば、ダイナは慌てだし、初代の胸板を押し返し始めた。
「私たちはまだっ、そういったことをするまでの関係性ではないと……その」
「ふむ。なら、いつになったらいいんだ?」
ダイナの肩から手を放して自由にしてやると、太ももの上で両手を合わせ、もじもじと忙しなく手を動かしながら上目遣いでダイナが初代を見て、言った。
「私の心の準備が出来るまで、もう少し……待って、ほしい」
本当に可愛らしいと思った。どこまでも純粋で、故に問題を起こすことも多いが、なんだかんだと言って周りの人の役に立とうとしたり、自分のために動いてくれたり……。
「からかって悪かったって。ほら、俺の身体のこと、聞きに来たんだろ?」
これ以上は自分の方が抑えられそうにないと、初代は話を元に戻した。するとダイナの顔はすぐに真剣なものに変わり、色々と聞いてきた。
これまでと変わりはないか。不調はなかったか。力に飲まれそうになったりはしなかったかと、事細かく。それに対して全部きちんと答えを返すと、ダイナは安堵の表情を浮かべた。
「良かった。自分でも過剰なぐらい心配をしている自覚はある。だけど、それだけ強大な力を初代は持っているから……」
「ありがとうな。ダイナの言うとおり、自分で使ってみて強い力だっていうのはよく分かった。それでも、俺は自分の力をきちんと把握できて、嬉しく思ってる」
強い力だからこそ、きちんと扱えれば仲間たちを助ける大きな力になる。だからこれまで以上にしっかりとコントロールしていくつもりだと伝えれば、ダイナは嬉しそうにしていた。
「初代なら、きっと大丈夫。私も力になるから」
「頼りにしてる。……ほら、ちゃんと自室で寝るんだぞ? 今から実験を始めたら、襲いに行くからな」
「えっ! なんで分かったの」
どこまでもダイナらしいと初代は笑い、彼女を自室に返した。
こんな遅い時間に、簡単に彼氏の部屋を訪ねてはだめだと一言添えて。

 

Ending 03 Scene Player ──── バージル

自分たちと同じような境遇の双子との戦いを終えて数日。珍しいことに、若とバージルは二人で適当な公園のベンチに腰を下ろしていた。
「たまにはこうして二人で食べ歩きってのも、いいな」
二代目に二人で出かけたいと頼んだら、あっさりと了承が取れた。もうすぐ大人の仲間入りを果たす年頃にもなるというのに外出の許可を取るのは子供じみているかもしれないが、普段から滅多に出かけない二人にとって、夜の街を歩くというのは新鮮だった。今は片手にホットドッグを携えている。
「いつも二人でいるが、二人きりというのは少なかったな」
双子は生まれた時からほとんど同じ時間を過ごしてきた。食事を取る時はもちろんのこと、小さい頃はお風呂も一緒に入ったものだ。
住む家が同じなのはもちろん、通う学校も同じ。買ってもらう物も色違いではあっても同じものばかりだった。しかし、バージルの指摘したとおり、二人きりの時間は滅多にない。
いつも、誰かしらが傍にいた。生まれた時は両親。力が顕現してからは親戚の誰か。UGNに保護されてからは教育担当の大人。そして二代目に引き取られた後は、大体初代が一緒に居てくれた。
学校に通っている時は同級生だけでなく上級生、下級生、教師……。やっぱり、二人きりの時間というのはあまりない。
「だからって、今更改まって話すことなんてないんだけどよ」
二人きりの時間は少なかったと言っても、二人で一緒に行動している時間は多い。それが当たり前になっていて、喧嘩をしてちょっとの間離れることがあっても、気づけばすぐに元通りになっている。
「ああ。だが、俺たちは今回の件で、自分たちの問題に直面した」
バージルの指摘に若は視線を上にあげ、ホットドッグに大きな食べ跡を残しながら頷く。
「あの双子は、トムとジェリーは俺たちと全く同じだった。思想も、境遇も、何もかもが、だ」
尊敬する人の役に立つために、育ててもらった己の命を使う。あまりにも似すぎていた。
「挙句、双子仲は良好。……ほんと、自分の幼い頃を見てるようだったぜ」
トムとジェリーの仲は悪いものではなかった。教え込まれたことが殺戮という非人道的なことだったために人として歪んでいるとはいえ、お互いのことを認めあい、譲りあったり、時に競い合ったりと、実に健全な兄妹だった。
「俺たちは運よく二代目という偉大な人に拾われ、人間として育ててもらった。だから、これを無駄にしてはならんと思った」
トムとジェリーに出会わなければ、今もずっとこう考えていただろう。
二代目の役に立つために、もっと力をつける。そして何かあった時、その身を犠牲にしてでも二代目を守り抜くのだ、と。
「今でもこの想いは変わらん。だが……それだけではダメなんだということも、なんとなく、分かってきた」
「──ああ、その感覚、分かるぜ。うまく言えねえけど、多分、それじゃダメなんだって」
最後の最後までトムとジェリーは殺戮にこだわり、引かなかった。もしもあの場で撤退を決断していれば命は救われていたという状況でも、双子は一歩も引かなかった。
全てはお父様の為だったのか。それともお父様によってそのように教育され、引くという発想すら出てこなかったのか。そこまでは分からない。ただ分かるのは、自分たちも全く同じ考え方をしていたということだけだ。
「これからは自分でも考えていかなくてはならない。そう思わんか?」
「同感だ。いつまでも金魚の糞じゃ、かっこ悪いしな」
残りのホットドッグも食べきり、若が立ち上がる。バージルもいつの間にか食べきっていたようで、手元に残っているのは紙ごみだけだ。
「だからって、独断専行すんなよ? 二代目の役に立つってのは変わらねえんだから」
「当然だ。ただそれに加えて、きちんと自分たちでも考えて行動する。それだけの話だ」
自分で考え、動く。
二代目の役に立って恩を返すのはこれまでも、そしてこれからも変わらない。ただここに、ほんの少しだけ、自分たちの考えも入れていこう。
きっとそれこそが、二代目が一番求めていることだと信じて。

第四話「原初の力」 了