Mission complete

 長旅を終え、無事にコロロポッカの森からグランゼールへと帰ってきた一行は荷物整理や騎獣の返却などの雑用を済まし、ようやっとゲイリーの家に帰ってきた。
「帰ったぜ」
 簡素な挨拶と共に家の扉を開くと、丁度夕食をこしらえていたゲイリーが顔を出してくれた。さっとダンテたちを見渡し、全員が無事であることを確認したゲイリーは優しい笑みを見せ、家の中へと促した。
「ここは君たちの家でもあるのだから、遠慮することはない」
 遠慮するなと言われても、まだ慣れていないのも事実だ。申し訳なさそうにしながら家に上がるのはネロとキリエで、久しぶりの帰還に家の温かさと気まずさと同時に感じている。
 一方でダンテとダイナは無遠慮の塊と言う他なく、我が物顔でリビングの椅子に腰を下ろし、当たり前のようにご飯を待っていた。
 また、バージルとリエルに血縁関係はなくとも、ゲイリーは父に当たる人物だと言っていい。そのため、どことなく行儀よく振る舞う素振りが見て取れた。
「我が主、ただいま帰還しました」
「ああ、おかえり、ゴウト。試練の話は食事を用意してからでいいだろうか?」
「もちろんです」
 テーブルの上に、順番に食事を並べらていくゲイリーがゴウトにかけた言葉は不思議な印象を与える。真語魔法でやり取りをしているため、ダンテとバージル、そしてダイナには分からないが、他の三人にとっては違和感を覚えるとまでは言わずとも、気になるやり取りではあった。
 ファミリアであるゴウトはあくまでも主従を結んでいる関係であり、基本的に呼び出した術者の方が地位が高い。そして、呼び出されているファミリアは、呼び出した主人に対して絶対の忠誠心を持っている。
 だから何というべきか、ゴウトがゲイリーに対しての振る舞いは不自然ではないが、ゲイリーがゴウトに対してみせる振る舞いは、どうにも主従という関係性を感じさせない。例えるならば、友人と話しているような態度に見て取れた。
「食事にしよう」
 当たり前のように七人分の食事に加え、ゴウトの食事までもが用意されている──本来は必要ない──というのは、毎日全員分の食事を用意していたのだろうか。それとも、今日に帰ってくる予感があったというのか? もしもそうであるというのならば、相変わらず底のしれない人物だ。
 ゲイリーの手料理は大変に美味しかった。純粋にお腹が空いていたこともあるし、温かな料理ということもあって満足度は高い。
「旅の間は文句も言えねえが、やっぱ保存食よりも手料理だな」
 うまいうまいと言ってかきこむダンテに行儀が悪いとバージルは怒るが、これらの様子さえもゲイリーはただ優しい顔を浮かべ、ゆっくりと食事に手を付けていた。
「さあ、報告を聞こうか」
 ゲイリーに言葉に、ダンテとゴウトが食事から顔を上げる。これを見たゲイリーはどちらから話を聞くか考えを巡らせ、ダンテに聞くことにした。
 促されたダンテは一つ頷き、話し始めた。
「コロロポッカの森に入って、あんたの言うとおり川の上流を目指した。見つけるのに若干手間どったが、無事地下遺跡を発見。内部も踏破してきたぜ」
「地下遺跡だったか。……結構、続けてくれ」
 内部にはアンデッドが数多くいたこと。その中にはブラッドサッカーも混じっていたこと。そして最下層には何かしらの儀式が行われたであろう痕跡が残っており、ケイルが四体と、変容したマザーケイルが一体いたことを報告し、亡骸を取り出した。
「飯食ってる時にそれ出すなよ」
「そう言われてもなあ……」
 赤子の手に近いそれは、確かにネロの言うとおり、食卓に相応しくない。だがダンテは無遠慮のままにゲイリーに計五体のケイルの亡骸を寄越した。
「後で調べておく。次はゴウトに話を聞くとしよう」
 手早くケイルの亡骸をしまったゲイリーは視線を落とし、ゴウトに向ける。テーブルの下に置かれている猫用の食事皿から顔を上げているゴウトは姿勢を正し、報告を始めた。
「主が出した条件の全てを彼らは満たしました。それは紛れもない事実です。ですが……」
 言い淀んだゴウトに、ゲイリーが思ったことを話すと良いと促せば、深々と頭を下げた後に言葉を続けた。
「詰めの甘い部分が多いと感じました。いずれその甘さが、命の危険として顕現するでしょう」
「そうか。自らの目で見てきた上でそう評価したのならば、間違いないのだろう」
 ゴウトの言葉を全面的に受け取ったゲイリーに異議を申し上げようとしたのはリエルだったが、そっと向けられた手の平は発言の静止を意味していたため、言葉が発せられることはなかった。
「安心しなさい。ゴウトの評価がどうであれ、俺が出した条件を満たしたのは事実だ。今後とも、ステラの黙示録から解読できた情報は君たちに渡す」
 ようやく本人の口から承諾を得られた一行はひとまずの課題は乗り越えたと、胸を撫で下ろした。しかし、ゴウトが出した評価が芳しいものでなかったことを考えると、どうにも不安が残った。
「これからの方針は何かあるのか?」
「そのことで一つ、確認したいことがある」
 バージルがゲイリーに聞いたのは、ステラの黙示録に載っているという新種の魔法生物たちの討伐が重要であるのかどうか、という部分について。
 今回に至ってはゲイリーから言い渡された試練だったためにケイル討伐を行ったわけだが、そもそもこの魔法生物どもを倒す必要はあるのか。言ってしまえば、これを作りだしたヴァンパイアを潰せば良いのではないかとバージルが提案すれば、ゲイリーは丁寧に答えてくれた。
 まず、ステラの黙示録が担っている効果と、消滅させた時に起こる出来事は前回説明したとおりだ。そしてこれらがヴァンパイアたちが目論んでいる戦争に使われる兵器に近いものであるということも、分かっている。
 しかし、それだけならば大元のヴァンパイアを殺してからでも対処としては遅くない。むしろ、魔法生物たちに命令を下せる者がいなくなった方が好都合だろう。
「良い発想だが、そううまくはいかないようでな。この魔法生物たちが一種類でも生き残っている限り、作り上げたヴァンパイアの不死の魔法を解くことは出来ないようになっている」
 不老不死で有名なヴァンパイアたちの、不死の部分は未だ解明できていないことの方が多い。ただ今回標的に定めたヴァンパイアたちの不死の条件は、自らが作り上げた魔法生物たちが生きていることであるらしい。
「結局、全部倒さないとヴァンパイアの元に行っても無駄ってことか……」
 長い戦いになりそうだと、ダンテは肩をすくめている。それでもようやっとヴァンパイアと戦える可能性を手に入れたのだ。ここで諦めるなど、あり得ない。
「ならば、今後の方針は決まったも同然だ。ステラの黙示録に記されている魔法生物どもの駆逐。これが第一目標だ」
「俺の方も尽力しよう」
 よろしく頼むと、素直に頷くバージルの姿は大変に珍しい。これをダンテがすぐに茶化すものだから、せっかくの素顔はすぐに険しいものへと変わり、ダンテに小言を浴びせ続けた。
「それと、ゴウトが指摘した、君たちの危なっかしさについてだが」
 これについては、今後もゴウトを同行させることで解消しようと考えているというゲイリーの提案に、一番驚いていたのはゴウト自身であった。まさかそのような方法で対処するとは思っていなかったからだ。
「我が主の命令とあらば、馳せ参じますが……」
「もちろん、ゴウト自身が拒むなら無理は言わん。その上で、どうだ?」
「いえ、畏まりました。その務め、必ずや遂行致しましょう」
 まさかのお目付け役として、今後もゴウトが冒険についてくることになるとは思っていなかったが、一行としては頼もしい限りであった。たとえゴウト自身が戦いには参加できなくとも、指南役として申し分ない。
 ゲイリーが優しく、二度ほどゴウトの頭を撫でた。これを大変にありがたいことだとゴウトは受け取り、目を閉じていた。
「ふむ。にゃんこちゃんもついてくるのか。知らぬ間に、ゲイリーに覗かれてるかもな」
「そのようなこと、我が主はしない。あくまでも、君たちについていくのはこの私だ」
「あまり過信しないように。ゴウトはただ、ついていくだけだ」
 それで十分だと皆は口を揃えた。自分たちの成すべきことは、自分たちの手で成し遂げる。だからこそ、ゴウトだけではなく、ゲイリーにもおんぶにだっこしてもらうつもりは一切ない。
 これを聞いたゲイリーは、それで良いとだけ言った。そしてもう一度だけ、ゴウトの頭を撫でた。
 そして食事を終えた一行は、久しぶりの家でゆっくりと疲れを癒した。また数日後には解読してもらった内容に従い、遠出をすることになるだろう。
 だからこそ、無事に帰って来れた今を祝い、安らぎに身を委ねた。