Opening 01 Scene Player ──── ネロ
桜の花びらは舞い散り、その枝に新緑の葉を宿す時期。今年から高校生となった青年ネロは、歳が一つ上の家族……いや、友人以上恋人未満と表現した方が適切だろうか。キリエという女の子と今日も登校する。
何故このような回りくどい言い方をするのか。それは彼らは同じ家に住んでいるが、血は繋がっていないからだ。
今から十六年前、黒い布に巻かれた赤ん坊がキリエの家の前に捨てられていた。キリエの両親に拾われ、ネロという名を授けられた彼はキリエとその兄、クレドと共に育てられた。
ネロは彼女らの両親に全力で甘えることは出来なかったにしろ、育ててもらったことには十分感謝をしているし、何よりも家族とまではいかなくても、家族に近しい者として接してくれる存在はネロにとって大きかった。
しかし、彼女の両親も数年前に奇怪な事件に巻き込まれ亡くなってしまい、今はクレドが大黒柱を務めている。
「ネロ、学校生活にはもう慣れた?」
「ぼちぼち。言うほど中学と変わらないし、クラスの奴らも至って普通の奴らばっかりだよ」
それなら良かったと柔らかく笑うキリエ。あまりに疑いのない笑顔を向けられ、クラスにいるのが普通の奴らばかりという嘘に背徳感を覚える。しかし、必要のない心配をかけないために何があってもクラスにいる問題児の話をすることはないだろう。
頑なに彼が隠している理由は、彼のクラスを覗いてみればすぐに分かるものだった。
彼らの通う学校は小学校から大学まで同じキャンパスに存在する巨大な学校施設となっている。学校自体も繋がっているため、休憩時間を利用して小学生たちは学年が上のクラスへ遊びに行ったり、またその逆もある。
学校に着いた二人は学年が違うので、校内に入ってからはそれぞれの教室へと向かうために下駄箱で別れた。
ネロが教室の扉を開くと、突然額に激痛が走る。
「いっ……!」
その痛みはすぐに引いた。額を押さえた手を見れば、白い粉がついている。
「おい! 貴様が投げたチョークが別の奴にあたっただろう!」
「避けたら別の奴に当たるのは当たり前だろ!」
謝罪の一つもないままに、クラスメイトである二人の男子生徒はまた暴れ出す。もちろん、他のクラスメイト達もこれを見ている。男子たちはやれよやれよと煽り、女子は危ないからやめてという子たちと、これだから男子はといった感じで二人の喧嘩を見ているグループに分かれている。
──これこそが、キリエにクラスのことを隠している理由だ。
今日に限ってはネロが巻き込まれる形となったが、クラスメイトは全員が一度は何かしらの被害を受けていると言っても過言ではない程に、この二人は入学当初から喧嘩を繰り返している。被害の内容も千差万別で、今日のように投げられたものが当たるという内容が一番多いが、他には勝手に教科書を借りられていたり、気づけば筆記用具が勝手に持っていかれていたりとやりたい放題。もっともこれは全て片割れの犯行である。
もちろん、最初はクラスメイトたちが止めに入っていた。しかし、妙に身体能力の高い二人を止めることは出来ず、今ではこうして放置というか、見物にするのが通例となっていた。
「はあ……またかよ」
ネロは額につけられたチョークの粉を払い落としながら、暴れる二人に関わらないようにと自分の席に着く。理不尽にチョークをぶつけられたことに怒りは沸いているが、前にやり返そうとして返り討ちにあったことがあり、以降は苛立ちを押さえながら目を瞑るしかなかった。
言うまでもなく、毎日の二人の喧嘩はストレス以外の何物でもない。だが同時に、彼らの生き様はとても人間らしくも見える。限度は超えているようにも感じるが、自分のしたいように振る舞う姿は見ていて憧れる部分はある。
それに加減はあるようで、大きな備品を壊したり、他人の物を壊すといった取り返しのつかないことはしていない。チョークのような軽度な物を壊してはいるが、それぐらいであれば目を瞑れる範囲だ。それに朝から暴れている日に限っては、午後にお詫びの印と言ってクラスの面々、特にその日被害を与えてしまった人物に差し入れをするという律儀な一面もある。それに話しかけてみると意外と気さくで、普通に話が面白いのも好感が持てる。
つまり、暴れていることにさえ目を瞑ればとてもいい奴らなのだ。
「まーたお前らは暴れているのか! さっさと席につけ!」
いつの間にか授業が始まる呼び鈴がなっていたらしい。二人が騒がしすぎるせいでクラスメイト達は気づいていなかったようだ。とはいえこれもネロのいるクラスでは日常風景であり、いつも一限目を担当している教師に怒られてから学校生活の幕が上がるのだった。