それからストックは二つの歴史を巡りはじめた。
今まで通り情報部として任務をこなす世界線を正伝。ロッシュと共に軍人としての道を歩む世界線を異伝とし、彼は情報部員と軍人を器用にこなす。
本来ここにあるはずのない力のせいで、ストックの歩む二つの未来は困難を極めたが、白示録の力を使って歴史を正しい方向へ導いていく。しかし導く中で、一つの世界だけでは過去へ戻っても問題の原因が見つからないことがある。その時は別の歴史をたどり、原因を見つける必要があった。
別の世界を歩んでいても、元の世界は同じ。そこで生きている人の思いも、また同じだ。だからこそ互いの世界は影響し合う。
そしてそれは異界から来たおっさんやダイナも例外ではない。彼らの思いも間違いなくこの世界に在り、それのおかげでストックに協力できている。
だが、物事はうまくいかないもので、ストックを邪魔している者がいるという。それはストックと同じく、書を持つ者の力だそうだ。
この世に存在するもう一つの書は“黒示録(こくしろく)”といい、所持者はこの歴史を乱しているという。つまり、ストックと同じように書を使いこなし、何故か害をもたらしているというのだ。
目的は不明。
だからこそリプティとティオはそれを打開するために異世界の者をストックの守護者とし、またストック自身にも白示録の使い方を丁寧に教えているのだ。
正伝では受けた極秘任務をこなす最中で黒示録の妨害にあってしまったストックは一旦、異伝であるロッシュ隊長率いる新兵部隊の副隊長への道を歩む。
すると、ロッシュ部隊は新兵部隊であるにも関わらず、いきなりの出動命令が下る。
どうやら国境である砂の砦を奪われたグランオルグ側は、西の山にあるアルマ鉱山という場所を別ルートとして狙っているそうだ。そのため、古い鉱山を無理やり爆破し、強行突破しようとしているというのだ。それを追い払うのがロッシュ部隊の仕事だ。
そこで、前衛をストック達に任せたいとロッシュは頼む。新兵部隊ばかりということは、戦闘未経験ということだ。前衛は手練で固めておきたいだろう。ストックの後ろにはこの間の部下、レイニーとマルコの姿も見られる。どうやらこの二人もそのままストックとともに軍人として人事異動されたようだ。
……ここで、ストックは一つ思いつく。
余計な怪我人を出したくないため前衛を引き受けたストックだが、当然手練れは多いに越したことはない。
「ロッシュ。物は相談だが、この間の二人も呼んでいいか?」
「この間……。ああ、ダンテとダイナか?」
「そうだ、前衛は手練れが多い方がいい。……違うか?」
「だがあいつらは軍人じゃないんだろう? 大丈夫なのか……?」
「そこら辺は俺からうまく説明しておく。まあ、傭兵ぐらいに思ってくれ」
これには頭を悩ませたロッシュ。ストックのことは信用しているが、新兵たちを守るために見知らぬ人物を迎え入れるというのは中々にリスクが高い。
だが純粋に、ストックがここまで信頼を寄せるあの二人に興味があるというのも、また事実だ。
しばらく頭を悩ませていたロッシュは決意を固めたのか、ゆっくりと口を開いた。
「……分かった。前衛は全面的にストックに任せることになる。お前の好きにしてくれ」
「無理を言ってすまないな」
「いや、これで新兵たちの生存率をあげられるのなら、安いもんさ」
話がまとまり、ストックは一旦このことを伝えるためにヒストリアへと戻るのだった。
「なるほど? つまり俺らの了承なしに勝手に話を進めた、と」
「おっさん、そんな言い方しない。……私は了解した。この力が役に立つなら、喜んで」
新兵部隊を守るために前衛を務めてほしい、という話を聞いたダイナは快く了承。無論、おっさんもあんなことを言っているが、断ることはない。
「助かる。……それに俺としても、お前たちの実力は知っておきたいのでな」
「実力? そんなもん、本気出したら……」
「おっさん! 遊びが過ぎる。絶対トリガーは引かないで」
おっさんはとにかく状況を掻き回して楽しむ節がある。折角こうして信頼してもらえているというのに、魔人化なんてしようものならどうなるか……。
同じ半人半魔であるダイナですら初代が魔人化したときは驚愕したのだ。普通の人間しかいないこの世界でそんな姿を晒せば、別の意味で世界が滅んでしまいそうだ。
「トリガー……?」
「気にしないで。とにかく、前衛を務める。……これでいい?」
「ああ、よろしく頼む。先にアルマ鉱山で待っていてくれ」
場所を聞いたダイナはおっさんをつれ、先にヒストリアを出て行った。彼らは新兵部隊の出動が下ったときの歴史に飛び、ストックが任務の説明を聞いている間に西の山にあると言われるアルマ鉱山へ向かった。
しばらく待っていると新兵部隊を連れたロッシュとストックがやってきて、連絡員から最新の情報をもらっている。何やら、グランオルグ軍のセルバン伯爵の従士隊が動いてきているという。
セルバンと言えば、ディアスという軍師を陰から支える知性派として有名な人物だそうだ。……思った以上に大物が動いている。この作戦に敗れれば最悪、そのままアリステルが滅亡するまであり得るだろう。
であるというのにどうやらこちら側の鉱山への入り口は閉ざされており、爆薬で突破する予定だったのだが、それを運んでいる商人と連絡が取れなくなったというのだ。
敵の態勢が整う前に打って出なければならない時に、中に入れないのでは話にならない。
「よお、随分と遅かったな」
そこへひょっこり顔を出したのはおっさん。現地にいた兵士は何やら怯えている。……恐らく自分たちがここに居るのを許してもらうために、また無茶をしたのだろう。
「……新兵部隊、ロッシュが隊長?」
同じく顔を出したダイナは、まさかロッシュにまでこうして出会うとは思っていなかったようで、少し驚いている。
「おう、今回は前衛を受け持ってくれてありがとうな。……とはいえ、こうも綺麗に塞がってちゃ、どうにもできないが……」
「あ、あの時の……!」
そんなダイナとロッシュの会話に割り込んできたのはレイニーだった。マルコも同じようにダイナとおっさんを見て驚いている。
「俺から紹介しよう。この二人はダンテとダイナ。今回傭兵として俺たちとともに前衛を受け持ってくれるよう、俺から頼んでおいた助っ人だ」
「よろしく。……戦えるから、安心して」
そう言ってダイナは手に持つジェラルミンケースを一振りして見せる。
「この間のグランオルグ兵、本当にやっつけちゃったの?」
「あの程度の奴らに遅れは取らないさ。じゃなきゃここにはいないだろ?」
それもそうか、と納得したレイニーとマルコも自己紹介をしだす。その間にロッシュとストックは爆薬を諦めて待ち伏せするか、今からでも商人の元へ使いを出すかで相談をしていた。
「やはり、使いを出すべきだ。幸い彼らも来てくれたおかげで、若干だが人手に余裕がある」
「……そうだな。今は少しでも早く突入したい。待ち伏せはやめておこう」
「なんなら、ぶっ壊してやってもいいぜ?」
ここでおっさんはそう提案する。この間バリケードをぶち壊したのだ。この程度の岩もおっさんにとっては造作もない。
「……この鉱山、どれぐらいの衝撃に、耐えられる?」
「このアルマ鉱山は随分と古い。だから今回使う爆薬も、威力は高いが衝撃は少ないという代物だ」
問題発生。おっさんがそんな器用なことが出来るわけがない。岩を砕くついでに鉱山そのものすら崩れ去りそうだ。が、やる気満々のおっさんはギルガメスを装着し、早速壊す態勢に入っている。
「待っておっさんっ……! 絶対ダメッ!」
「俺に砕けないものはないから安心しろよ」
「むしろ全てを砕くから、ダメ……!」
ダイナの阻止も虚しく、おっさんは力を込めたその拳を岩に向かって突き出した。
「……ん?」
「だ、だから……話は最後まで……!」
間一髪、ケースから取り出した多節槍レヴェヨンでおっさんの突き出した拳を岩に触れる寸前で止めることが出来た。
ガチャガチャと金属同士がこすれる音が響く。
想像以上にギルガメスの衝撃が伝わってきたためか、鎖の要領で扱っているレヴェヨンを持つダイナの掌には血がにじんでいる。そのおかげでアルマ鉱山は無事なのだが。
「んだよダイナ。お前まで俺の邪魔をするのか?」
「アルマ鉱山ごと崩れたら、どう責任を取る?」
通常運転のおっさんに、珍しくお怒りのダイナ。しかしこの二人を除いたメンバー……特にストックは、とんでもない人物を連れてきてしまったと若干の後悔をしていた。
ロッシュのガントレットをもってしてもどけられないという岩をおっさんはあろうことか、籠手でぶち抜こうとしたのだ。これを見て“やばい奴”と判断しない者はいないだろう。それを止めるほどの力を発揮したダイナも然りだ。
こんなやり取りをしているとき、突然ストックの前に幼い二人が現れた。リプティとティオだ。
「……! お前たちがここに現れたということは……」
「ここにも、もう一つの書の力を感じる」
どうやらこちらの歴史に商人が来られていないのも、黒示録によって妨害を受けているからのようだ。これを解決するにはもう一つの世界──正伝の方での歴史を歩む必要がある。
「なら、私とおっさんは一度戻る。……歴史が動いたら、また前衛のためにこちらへ来る」
「それはないだろ? まだ暴れてすらいないのに、もうあの暇な所へ帰るってのか?」
なんて年甲斐もなく駄々をこねるおっさんを連れヒストリアへと戻る。それからストックは正伝の歴史を刻みに行くのだった。
これで何度出端を挫かれたか分からないが、しばらくの時を経てようやくアルマ鉱山の前衛を果たすことになったおっさんとダイナ。
今は作戦内容に確認中だ。とはいえ、おっさんは聞く気がないようでそこらをうろうろしている。それをダイナが何度も止めているが、あまり効果はなさそうだ。
鉱山という場所がら、敵が多く潜伏しているとしていることはないだろうが、ロッシュの率いる部隊は新兵。つまりはほとんどの者たちが初陣だ。
これを生かして家に帰してやれるかどうか。それが前衛軍の働きにかかっている。
「──俺からは以上だ。ストックからは何かあるか?」
「そうだな……。お前たちは、ロッシュ隊長の信念を知っているか? それはお前たちを生かしてアリステルに帰すことだ。無茶はするな、その代わり隊長を信じて戦え。そうすればロッシュと俺が、お前らを死なせない」
あまり感情を表に出さないと思われていたストックだが、随分と熱く語る。副隊長という責任ある地位に就いたからか、はたまた心に情熱を秘めているタイプか。
「勝利を手に、生きて帰るぞ!」
どちらにせよ、士気上げには十分な効果を発揮したようだ。新兵たちの気持ちはこれ以上にないほど高まっている。
「冷めてるのかと思えば、結構熱い言葉を口にするもんだな」
「あいつらを生かすためにも、あんたたちの頑張りが必要だ。……頼むぞ」
「任された」
こうして入口を固める別動隊のみを残し、鉱山へと突入する。先陣を切るのはロッシュ、ストックとその部下、後はおっさんとダイナだ。
今のところ敵の気配はない。こんな位置口付近にまでいたとすれば手遅れなわけだから、いてもらっては困るが。
「ひっ!?」
歩いていると突然、嫌な地響きが聞こえる。
「おいおい……落盤か?」
すぐに収まったものの、何やらレイニーの顔色が芳しくない。後、付け足すならばやはりおっさんを止めたのは正解だった。そうでなければ間違いなく、この鉱山は潰れていたはずだ。
その時、また嫌な音が響く。今度はかなり大きい。
「落盤だ!」
「きゃあああああ!」
「一ヵ所に固まるな! 全員離れろ!」
ロッシュの指示に従った新兵たちは散り散りになる。……適切な指示のおかげで何とか全員無事だったものの、前衛組は完全に孤立してしまう。
しかし、いつまでも足を止めているわけにはいかない。このまま前衛隊のみで引き続き敵を探し、後方部隊には後で合流できるようにこの通路を何とかしておくように命令する。
それを受けた後方部隊は入口にいる別動隊と合流しに戻っていった。
「……こ、今度こそ死んだかと思った……」
「さっきのは、どっきりした」
明らかに動揺しているレイニーに同調の言葉をかけるダイナ。少しでも彼女の恐怖が取り除ければという気遣いだ。
こんなダイナを見て、おっさんは本当に変わったな、と心で呟く。
ダイナが自分の事務所に来たときの、ロボットと言って差し支えのない態度は今でも忘れられない。そんな彼女が大きく感情を取り戻したのは、辛く悲しい経験をしたからだ。
それが良い方向へと昇華出来たのは彼女自身の人としての誇り高き魂と、微力ながらも自分たちが影響を与えてやれていれば……なんて考えるおっさんの表情は複雑でいて、どこか誇らしげだ。
「おっさん、私を見つめて……どうかした?」
「ん? ああ、怪我はなさそうだなと思ってな。それより、どうせ戻れないならさっさと敵を片しちまおうぜ」
適当にはぐらかされたことに勘付いたダイナではあるが、無理に聞き出さないのが彼女のやり方だ。何も言わずに頷き返し、先を急ぐ。そうしてグランオルグ側へと抜けられる入り口付近まで来て、身を潜めた。
目の前には爆薬が置かれ、想定以上の敵兵がいる。……どうやら先ほどの落盤は彼らが爆破したせいで起こったようだ。こちらはそのせいで隊が分断されており、いくら前衛は手練れとはいえ数は圧倒的に不利。
そこでロッシュがストックに何か案はあるかと聞いたところ、相手側に置いてある爆薬を使って敵数を減らすという作戦になった。
……涼しい顔をしながら、なかなかにエグいことを考え付くものだ。
「爆破はオレに任せろ。オマエたちは残った奴らを仕留めるんだ」
ということになり、ロッシュを正面に残して他のメンバーは側面へと移動。
後は爆破されたと同時に戦闘開始だ。
「あの程度の数なら俺一人で十分なんだがな……」
「……あそこにいるのも前と同じみたいだから、顔を潰せばいい?」
ロッシュが爆弾に攻撃の照準を定めている間、ダイナは何やら物騒な言葉を口にする。これを聞いたストックたちはいくら敵とはいえやりすぎだと言ったのだが……。
「えっ……。そうか、分からないんだ。……おっさん、どうする?」
何故かダイナは困りだし、おっさんに助けを求めるという珍妙な光景へと変わってしまった。
「ま、バレたらバレただ。とにかく今は暴れようぜ」
本当に何も考えていないおっさんはお気楽にそう答える。
それでは前に、死体も残さずに敵を葬った意味がないとダイナは言いかけたが、それはロッシュの突撃の合図とともに響く爆発音でかき消されてしまった。
不安は残るが、今は目の前の敵に集中する。自分のミスは味方へ危険をばら撒くのと同意義だ。それだけは絶対に避けなくてはならない。
「少しは楽しませてくれよ?」
爆発とともに先陣を切ったのは言うまでもなくおっさん。その手には愛剣リベリオン。もう彼を止められるものはいない。
ダイナも急いでジェラルミンケースでおっさんの援護に入る。
まあ、おっさんからすればただでさえ少ない敵の数が、爆弾によってさらに減っている状態だ。ストック達はおろか、ダイナの援護すら必要ではない。
久しぶりに身体を動かせるからか、それとも今までのお預けを晴らすためか……。どちらにせよ、今の彼は鬼神の如く敵兵の息の根を止めていく。
その姿はダイナを除いて敵味方関係なく、恐怖を抱くほどだ。
結局、全てを一人で片づけてしまったおっさんに、隊長のロッシュもなんと言うべきか悩んでいる。
その中でダイナは敵兵の死体を覗き込み、やはりと言った様子でその顔を隠す。
「ダイナ、どうかしたの?」
「いえ、何も。……私とおっさんの仕事はこれで終わり。また何かあったら、駆けつけるから」
ダイナはレイニーにそう挨拶をして、ストックに声をかけられているおっさんの傍による。
「まさか、一人で全部片付けてしまうとは思ってなかった」
「まだまだこんなもんじゃないぜ? ……ま、何かあったら頼れよ。あんたに死なれちゃ、俺たちも困るからな」
こうして白示録の使い手を守った二人。
結果的にダイナが杞憂していた事態にはならなかったが、今回の件で前に抱いた疑心は確信へと変わった。
──自分たちも本格的に動かなくてはならない、と。