Past to cardinal point

 ラズウィル丘陵にて、決死の任務を守護者二人の力に助けられながらも無事に切り抜けたストック。しかし任務を完了するも深手を負った彼は、レイニーとマルコの手によってアリステル城内の病院へと運ばれていた。
 ……そして数日。
 病室にまで見舞いに来た上司の行動に驚いたストック。
 上司の話によると、どうやらストックが遂行した任務により大きく戦況が動いたそうだ。
 ラズウィル丘陵にまで展開していたグランオルグ兵は撤退。さらに混乱に乗じて、国境にある砂の砦の奪取にまで成功したそうだ。そして話の最後に、白示録を使うことはあったかと聞いてきた。ストックはリプティとティオとの約束を守るため、真実を伏せるのだった。
 それに対して上司は“何もなかったのか”と残念そうに言い、引き続き白示録をストックに渡しておくという旨を伝えて、執務室の方へと戻っていった。
 白示録について直接的に聞いてくる自分の上司に警戒の色を強めたストック。確かに今回は白示録の力に助けられたが、本当に彼はストックを守るために白示録を渡したのだろうか?
 ……意図が読めないストックは、上司との間を空けることを考えにいれるのだった。
 一方、ストックに危険が迫らないため、ここ数日間のおっさんとダイナはヒストリアでゴロゴロと過ごしていた。
「暇すぎておかしくなりそうだ……」
「家事をしなくていいのが、こんなに楽だとは……」
 感想が違うのはさておき、ヒストリアという場所はリプティとティオがストックの元へ送ってくれないことには外出すらできないという不便な所だった。
 その代わりと言ってはあれだが、時が流れていないため空腹を訴えることもない。もちろん年を取ることもない。
 ……が、人生は刺激があるからこそ楽しいと考えるおっさんにとって、この環境は地獄と同じだ。ダイナは久しぶりの休暇ということもあって、何をするわけでもなくゴロゴロしているのも楽しんでいる様子。
「ダイナ、なんか面白いこと考えてくれ」
「おっさん、無茶振りが過ぎる。……それに私たちが暇ということは、彼が無事ということ」
「理屈は分かってるさ。だが暇だろ?」
「私は別に」
「つれないな。だったらこうするか」
 あまりにも暇すぎたおっさんはとにかく体を動かしたかったようで、ダラダラしているダイナを引き寄せる。完全に無防備だったダイナは体勢を崩しておっさんに身体をぶつける。
「っ……おっさん! 何してっ……!」
 突然引き寄せられたかと思えば、おっさんがおもむろにダイナの上着に手をかける。大体何がしたいのかを察したダイナは脱がされないようにと必死におっさんの手を引き剥がそうとする。
「どうしたダイナ、それで抵抗しているつもりか? もっと力を込めないと本当に剥いじまうぞ」
「そういうこと禁止って、いつも言ってる」
「前に一緒に寝てもいいって言ってくれただろ? 自分の言葉に責任は持つもんだぜ?」
「ネロにこっぴどく怒られたから出来ないって、きちんと謝った」
 いつまで前の言葉を引きずるつもりなんだと言いたげなダイナ。
 もちろんおっさんも本気なわけではない。暇つぶしのための口実でしかないが、本気で抵抗してくるダイナに若干の寂しさを覚えている。
「二人とも、申し訳ないけど出番のようだ」
「本来起こりえない事態がストックに迫っているようです」
 バカなことをしている二人の元へリプティとティオがやってきた。またストックは不測の事態に直面しているようだ。
「ようやくか。早いとこ行かせてくれよ?」
「今回は戦闘の中へ送り込むことになりそうだ」
「どうか、気を付けて……」
 そうして二人はストックの元へと送られた。

 送られた先にはストックと、白とオレンジ色を基調とした服装に身を包んでいる女性がいた。
「あの……何かご用でしょうか?」
 そしてもう一人は兵士の服装をした男がいる。……どうやらその男が見つめてくる割には声をかけてこないので、女性の方から声をかけているようだ。
 すると突然、何も言わずにその男は剣をストックに向けた。
「な、何を……?」
「ソニア! 逃げろ!」
 直感的にストックは武器を構え、男と対峙している。
 今回の想定外の事態というのはあの男の襲撃のことのようだ。その男は黒い光を放ちながら、ストックに襲い掛かろうとする。
「……! ダイナ、突っ込むな!」
 前方から何かが飛んでくるのに気づいたおっさんは、ストックを守るために黒い光を放つ男の元へ駆け寄ろうとしたダイナを引き留め、一緒にかがませた。
 それと同時に二人の頭上には槍が飛んできていて、背後の壁に突き刺さった。
「穏やかじゃねえな……、なんなんだ今のは?」
「ロッシュ!」
 ソニアと呼ばれていた女性が、嬉しそうに声が聞こえたほうを見る。ロッシュと呼ばれた男がストックを守るために槍を投げたようだ。
「大丈夫か二人とも。どこも怪我はないな?」
 そうして廊下の奥からやって来たのは赤い鎧を身に纏った、おっさん以上にガタイのいい金髪の男性。左手はガントレットと呼ばれる義手を付けているのが特徴的だ。
「え、ええ……。私は大丈夫です」
「ストックも無事か? その調子だと傷は大丈夫そうだがな」
 完全におっさんとダイナに気付いていない前方の三人は、どんどん話を進めていく。
「テメエ、どこの所属だ! 仲間を剣に向けるとはどういうつもりだ!」
「……ス……ック……ビャク、シ……ロク……」
「あん? 何を言って……」
 ロッシュに詰め寄られた男は弱々しく、よく分からない言葉を並べたかと思えば、また黒い光に包まれ……。
「うおっ!」
 砂になってしまった。
「人が……砂に……?」
 信じられない光景を目にした三人は驚きとともに沈黙する。
 そして一旦、医務室の方で話し合おうという感じでこちらに向かってくるとき、初めておっさんとダイナに気付く。
「お前たち……! どうしてここに……?」
「どうしてって、助けに来たんだよ。……良いところ全部もってかれたけどな」
「あ、危なかった……」
 地面に突っ伏す二人を見て大体何が起こったのかを察したようで、槍を投げた張本人が手を貸してくれた。
「すまねえ。まさかストック以外にもいたとは……」
「ありがとう」
 ロッシュの手を借りて立ち上がったダイナはストックと目を合わせ、それとなく話を合わせてもらえるように訴えかける。……後は理解してもらえたかどうかだ。
「とにかくここではあれだ。部屋に入ってくれ」
「おっさんも早く立って」
 男に手伝ってもらうのはプライドが許さないのか知らないが、全然立ち上がらろうとしないおっさんを小突き、ダイナはストックとともに医務室へ入っていく。
「俺を小突いていいのかダイナ? あとで仕返しするからな」
 事務所に来た頃とは大違いなダイナの行動に、なんだかんだと言葉を並べながら立ち上がり、おっさんも後を追った。

 ひとまず先ほどの男が何者だったかの話の前に、まだ名乗っていないというダイナの言葉から、自己紹介が始まった。
「私はダイナ、こっちはダンテ。訳あって私はおっさんと呼んでいる。……貴方達はダンテと呼んであげて」
「ソニアといいます。この病院の医師をしています。ストックのことはご存じのようでしたね。でしたらこちらのガントレットを付けている方がロッシュ」
「さっきは悪かったな」
「構わないさ。こうして俺もダイナも、傷一つ負ってはいないからな」
 実際は結構危なかったのだが、まあ怪我がなければ問題なしだ。それにぶっ刺さっていたとしても、壁のオブジェになるだけだ。
「……で、あんたたちは一体何者だ? アリステルの民間人がこんなところにいるってのも考えにくいが……」
「彼らは……この間の任務でたまたま出会ってな、俺を助けてくれたんだ」
「“たまたま出会った”だあ……?」
 かなり苦しい言い逃れだ。明らかにロッシュは訝しんでいる。
「一つ言っておくとすれば、俺とダイナはストックの味方だ。何があっても、どんなことが起こっても、だ」
「ロッシュ、ソニア。悪いがこの二人のことは黙っておいてやってくれないか? 嘘はついていないということを俺に免じて、信じてほしい」
 まさかストックがここまで頼み込んでくるとは思っていなかったようで、ロッシュは困ったように頭を掻いている。ソニアは納得できないといった様子で、ロッシュとストックの顔を交互に見ている。
「……仕方ねえ。ストックがここまで言うなんて珍しい事だ、今回は不問にしておく。だが、妙な真似を見せたら容赦しねえからな」
 これにはストックの人望の厚さと、ロッシュのお人好しに助けられた。ソニアもロッシュが見逃すなら……と、これ以上問わないことにしたようだ。
「ご厚意、感謝」
 信用できない! ここで叩き切ってやる! ……なんてことにならないか心配だったダイナだが、どうやら杞憂で終わりそうだ。もしそうなっていればおっさんがどう出るか……そこが一番の不安要素であった。
 ちょっとひやひやすることもあったが無事に自己紹介も終わり、次は本題の先ほどの砂になってしまった男についての相談が始まった。
「先ほどの男はアリステルの兵装をしていたが、何だったんだ……」
「まさか、グランオルグの差し金じゃあないだろうな?」
 一つの仮定が出てくるが、それはすぐに却下された。
 暗殺部隊ならばもっと速やかにコトを運ぶはずだし、何よりも様子がおかしかった。
「だったら気になるのは、あいつの最期か……」
「あれはおそらく、砂人病(さじんびょう)です。人間が突然にして砂になってしまうという謎の現象……」
 どうやらこの世界は大陸が砂漠化するだけでは飽き足らず、人間すらも砂へと化してしまうというのだ。これには流石のおっさんもどうしたものかと頭を悩ませている。
 いくら悪魔の血を継いでいる彼らでも、突然身体が砂になってしまうのは勘弁願いたい。
「くだらない噂だとばかり思ってたいたんだがな……」
 この事実に関しては噂であってほしかった出来事だが、目の前で見てしまってはそうも言っていられない。ならば、原因だけでも知っておきたいところだが……。
「全ての生き物にはマナと呼ばれる命の源が宿っているわ。そのマナが失われて、砂になると言われているの」
「マナが失われる……それは死ぬのとは違うのか?」
 そもそもマナとはなんだと頭に疑問符を浮かべているダイナに、おっさんがそっと耳打ちをしてくれる。
「俺たちのところで言えば魔力みたいなもんだ」
 なるほど、と納得の顔色を浮かべたダイナはおっさんに感謝を伝えるために軽く微笑む。
 それに一瞬目を丸くしたおっさんだったが、今度はくしゃくしゃとダイナの頭を撫でた。おかげでダイナの髪はボサボサだ。それを見ていたソニアはクスッと笑った後、砂人病について詳しく説明してくれた。
 砂人病の場合、原因と結果が逆だという。
 本来は死んだ人からマナが抜けていくものだが、砂人病は先にマナが失われ、その結果砂となり死に至る。
 ……理屈としてはそうなのだが、どうしたらそんな風になってしまうのか、原因が分からないために手の打ちようがないという。
「この大陸の砂漠化と、何か関係があるのか?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない……」
 そもそも、砂漠化の原因が分かっていないのだ。
 百年以上前にあった帝国が滅びたあたりから砂漠化が始まったと言われているそうだが、砂漠化で帝国が滅びたのか、帝国が滅びたから砂漠化したのか、それさえも分かっていない。
 これだけ分からないことだらけでは、答えは見つかりそうもない。
「考え込んでも仕方がない。俺たちは俺たちのできることをやっていこう」
「そうね……。さてと、私は仕事に戻らなくちゃ。あ、そうそう。今回の件は、くれぐれも口外しないようにって。……もちろん、ダイナさんとダンテさんもですよ?」
 これには素直に頷く二人。折角信用してもらえたというのに、それを自分から棒に振るような真似はしないだろう。
「誰かそんなことを?」
「わたしの上司よ。……ほら、隣の研究室にいる魔動学者の」
 原因が分からないものを伝えて不安を煽るのは、情勢上よくないのだろう。特に言いふらすような良い話でもない。
 こうして解散になり、おっさんとダイナはストックたちに軽い挨拶を伝え、医務室を去った。
「……リプティとティオは、まだ迎えに来ないようだな」
「ストックを危機から救ったと思う。……何もしてないけど」
 なんて話していると、二人の身体が光に包まれる。どうやら迎えが来たようだ。

「おかえりなさい、守護者たちよ」
「どうやら、あまり必要はなかったようだったね」
 送られた後に何が起こったのかを知っている口ぶりで、ヒストリアの案内人は話す。
「まったくだ。それどころか殺されかけちまったぜ」
 おっさんはともかく、ダイナは本当に間一髪のところだった。これから先もああいった事態にばかり巻き込まれるのかと思うと、少し憂鬱だ。なんて軽口をたたき合っていると、一つの光がやってくる。どうやら、ストックも呼んでいたようだ。
「お前たち……」
「さっきぶり。……庇ってくれて、ありがとう」
「いや、気にするな」
 ダイナのお礼を受け取り、ストックはリプティとティオを見やる。何か聞きたいことがあるようだ。
「聞きたいことがある。……さっきロッシュを殺す未来を見た。あれはなんだ?」
「落ち着いてください、ストック。わたしたちがあなたを呼んだのは、そのことも関係しているのです」
 突然ストックの口から恐ろしい言葉が出てきたため、ダイナは顔をしかめた。……大切な人を自分の手で殺してしまうなど、例え夢でも見たくない。
「前にキミは過去を変えて、レイニーとマルコの死を回避した。ロッシュの死はまだ未来のことだけど、同じように避けられる。たとえその未来が訪れても、君はやり直すことで歴史を変えられるんだ」
「その基点となるのが“ここ”です」
 一見、仲間の死を避けられるという言葉は素敵だ。……だが、その死を避けるために、何度も仲間の死に直面することになる。
 ストックは今から、そのような過酷な運命へと立ち向かうのだ。
「基点……? 今の地位として働き続けるか、ロッシュと共に軍人としての道を歩むかが、歴史の分かれ道なのか?」
「鋭いですね……その通りです」
 すると突然ヒストリアが揺れたかと思うと何やら大きな門が現れ、そこには長い階段が伸びている。
「今、この時より、歴史は二つに分かれる」
「あなたはこれから、歴史を大きく変える決断をすることになります。もしその決断をやり直したいなら、白示録を使ってここまで戻ればいいのです」
「決断……。俺の身の振り方か」
 今、彼は重要な決断を迫られているようだ。つまりそれは、たくさんの可能性が目の前に広がっているということ。
 その可能性を一つ一つ探っていく……これこそが、白示録の力。
「今必要なのは、考えることより行動か……」
「気安く決めろとは、流石に言わないけれど……。あまり警戒してほしくもない」
 歴史の陰で人知れず、可能性を探して回る。それがストックに与えられた使命。そんな彼を手伝うのが守護者として選ばれたおっさんとダイナの使命だ。
「それに、危険な時には守護者たちを送ります。無茶はしてほしくありませんが、助けがいるということも、忘れないで」
「おいおい、随分と軽く言ってくれるじゃねえか」
 こちらもストックを守るために命を懸けているというのに、白示録の使い手ではないというだけで扱いの差が激しい。
「キミたちが簡単に死ぬような玉じゃないことは分かっているからね。申し訳ないとは思っているけど、お願いするよ」
「仲間を守るのは当然のこと。……必ず果たす」
 とはいえ頼まれたことだ。いまさら無碍にすることはない。それにストックの人となりは短い間ではあったがそれとなく掴んだ。……彼は守るに値する人間である、と。
「最後に一つ確かめたい。……どうして俺がこんなことをやらなければならない? あの時は、レイニーやマルコを救うという目的があったが、白示録はあるべき歴史を作るのが目的だという」
 確かにこの書物は、少なくとも個人的な事情のためにあるわけじゃないというのは誰がどう見てもよく分かる。では正しい歴史とは何か? 動かなければ、どうなるのか? ストックは質問をぶつけた。
 そうして帰ってきた答えは……。
「世界は滅びます」
「……なに?」
 これにはおっさんとダイナも絶句した。そして、ストックが死ねば元の世界へ帰れなくなる理由も分かった。
 滅んだ世界で、どうやって元の世界へ帰る手立てを見つけられようか。ただでさえ、この世界に来てしまった原因が分からないというのに、さらに世界までなくなってしまうなど、目も当てられない。
「嘘じゃないんだ。この世界は滅びに向かっている」
「あなたも気づいているはずです。この戦争が何故始まったのか、そしてどういう末路を辿るか……」
 砂漠化し続ける世界で、砂漠化を止める術も知らず、ただ土地を奪い合う。その行きつく先は当然、滅びだ。
 リプティとティオが言っていることは、そうならない未来を見つけろということだ。滅びへの道を突き進むこの大陸から、そうならない未来を……。
「……言いたいことは分かった。とにかく、今はやれることをやっていこう」
「それがいいね。……世界を救おうと変に気負ったところで上手くいくとは限らない。むしろ、自分が良かれと思うようにやった方が結果として、良い歴史につながっていくかもね」
 これから始まるのは何度も何度も過去を繰り返し、正しい選択を選んでいく歴史作り。それこそが、大陸を救う唯一の鍵だ。
「わたし達はいつもあなたの近くで見守っています。また会いましょう、ストック」
「危ないときは、遠慮なく頼って。……こう見えて、戦えるから」
「きっちり守ってやるさ。ダイナがお前のことを仲間だと思っているからな」
「……そうならないように気を付けるが、何かあったときは頼む」
 ストックはまだ、守護者たちの戦う姿を見たことはない。だが、彼らから流れ出る気配は並の人間のものではないということは感じ取れる。バリケードを壊した件もさることながら、今ここに居るということはグランオルグ兵を片したという証拠に他ならない。
 そして何より、白示録について知ってもらえていることは素直に心強い。
 何度も過去を繰り返す中で、誰にも口外してはいけないというのは辛い事だ。それを理解してくれている人物がいるというのは、純粋にストックにとって心の支えだろう。
 そして守護者である彼らにとっても重大な出来事だ。ストックが正しい歴史を歩むための道が辛く険しいものだった時、その困難から守り、先へ進むための道を切り開かなくてはならない。死んでもらっては困る相手がこちらを信用せず、それが原因で死なせてしまうのだけは何としても避けたいことだ。それに誰だって、仲間を失いたくはない。
 こうして世界を救うため、そして自分自身の未来のためにストックは歩き出す。ヒストリアの案内人と、守護者たちに守られながら──。