ダイナが成すべきことを成さねばと考えている間にも、ストックは黒の力──黒示録の妨害を受け、それを助けることが多々あった。
どういう経緯かは問わなかったが、何故か正伝では旅芸人として芸を見せろと言われたらしく、ストックの代わりにダイナが舞を見せた。
それはいつの時か、二代目と共に悪魔討伐の仕事を終えた後からずっと磨いているものだった。もちろん舞として磨いているわけではなく、戦闘に役立てるためであるが、まさかこのような所でも役に立つとは思っていなかった。
ダイナの見せた舞は見事なものだった。
多節槍レヴェヨンを“足”だけで巧みに扱い、持ち手をばらしたり引っ付けたりしながらの踊りだった。
旅芸人一座はサテュロス族というらしく、頭に生えている大きな角が特徴的だ。そこにアトという女の子がいたのだが、随分とストックのことを気に入っている様子であった。
……のだが、ダイナは近寄ると避けられてしまった。
まあ、いくら感情が豊かになったといっても、それは共に生活をしていたおっさんたちだからこそ、そう感じられるようになっているだけ。まだ幼いアトから見れば無表情と変わりない。それが怖かったのだろう。
また異伝の方では、再び砂人病を目の当たりにした。初めて見たレイニーとマルコは動揺していたがストックとダイナ、おっさんは二度目ということもあり特に何も言わなかった。
が、このこと自体はロッシュの率いる新兵に聞かせられるほど穏やかなものではない。
今まで以上に警戒を強め、新兵たちと共に砂の砦──グランオルグとの戦争での最前線──に向かい、そこで指揮を取るビオラ准将と合流を果たした。
合流したは良かったが、砂の砦にはグランオルグ兵が大軍を連れて接近中であるという知らせが入り、すぐに軍議が開かれた。そしてビオラ准将率いる先発隊は先陣を切り、グラン平原で交戦。その間、ロッシュ隊は砦の防衛を任された。
このときも当然の如くおっさんは戦いに行くといったが、ダイナが何とか引き留めた。ストックを守るというのが自分たちの仕事であるということを忘れ過ぎである。
とはいえ、この砦の防衛もなかなかに大変なものであった。グラン平原側の敵は囮であったため、こちらに大量の敵がなだれ込んでくる形となってしまったのだ。
これを退けるとき、何に苦労したかと言えば、人間を殺さないことだった。ただの人間がおっさんやダイナに敵うわけがない。だというのに敵ならば見境がないのか、バカの一つ覚えのようにやってくるのが鬱陶しい事この上ない。それを避けて人間でないものを倒すのは、なかなかに骨が折れた。
無論、それを知るものは誰もいない。……いや、リプティとティオならば、気付いているのかもしれないが、果たして……。
──そう。
どうしてかは分からないが、グランオルグ兵に化けた“悪魔”が何故か紛れ込んでいるのだ。
人間を殺すことは絶対にないDevil May Cryのメンバーたちは、どこの世界に行こうがそれを覆すことはない。だから人間を避けるのは大変だし文句も言うが、殺すことはなかった。
今までに何度か戦った中でも、殺したのは悪魔だけだ。そのことを隠しながらストックが正しい歴史へ進めるように手助けをすると同時に、別の方面から世界へのアプローチを試みていた。
「ここが滅びた帝国か」
「本当に砂だらけ」
ボロボロになり、中まで砂に埋もれてしまっている大きな建物を見てそう口にしたおっさん。ダイナは一面に広がる砂を一掴みするが、それも風に流されすぐに地面と一体化してしまう。
帝国跡地。
マナの研究と技術によって栄えていたと言われる大国。そこに、守護者である二人は足を運んでいた。……白示録の使い手であるストックの姿は見えない。
彼の経験した歴史にしか行くことの出来ない二人が何故、ストックがまだ来たことのない場所へ来られているのか? その経緯は少し時を遡る。
いつものように暇を持て余しながら、ヒストリア内でグダグダしていたおっさん。その中でダイナは一人、一生懸命何かを思案していた。
「……そうだダイナ! この前のお仕置きをまだしてなかったな」
暇すぎて何かないかと考えていたおっさんは、この間ロッシュの槍から助けてやったにも関わらず小突いてきたダイナにやり返していないことを思い出す。
「また前のことを引っ張り出して……。そもそも、私もこのヒストリアで思い切り横腹をどつかれたのだから、お互い様」
「いや、どついてはないだろ? 実際軽くだったじゃねえか」
「当人がそう感じていないなら、その言い訳は無駄」
「だったら、俺だってどつかれたってことになる」
「……おっさん、今は忙しい。後にして」
考え事をしている最中であるというのにこのおっさんと来たら、暇をつぶすためにとことんダイナに絡もうとしている。何か言葉を返せば必ずおっさんが言い返してくるのが分かったダイナは一蹴。そしてヒストリアの案内人たちを呼び出す。
「何かご用ですか?」
「聞きたいことがある。……答えられないことだったら、言わなくていい」
「……分かった。話を聞こう」
「無視するなよ。傷つくだろ?」
拗ねるおっさんに完全無視を決め込み、ダイナはこの世界に来てから得た情報で、一つの仮定を立てていた。
過去を変えるために作られた書物。滅びた帝国から広がる砂漠化。人が砂になる病気。これらから立てた仮定をヒストリアの案内人に聞くことにした。
「砂人病、というものを知っている?」
「体内にあるマナが失われた結果、人が砂になってしまう病気のことだね」
「そう。マナがなくなるから砂になる。……なら、この大陸自体もそうなっているのでは、と思う」
「……ごめんなさい。それは、分かりません」
これについては答えられない事柄か、本当に知らないのか。……どちらとも取れる言い方をされた。
「なら、白示録を作ったとされる人物。……それは、帝国の人物だと推測した」
あれほどの力を秘めた書を作り出せる人物が今も生きているなら、砂漠化だって止めるために活動しているはずだろう。でも、砂漠化を止める方法を人々は知らない。ならば、滅んだ帝国の人間が作ったと考えるのが妥当。ダイナはそう結論付けた。
これに対してヒストリアの案内人は口を開かない。答えられないことなのか、分からないのか……。
「だったら、その帝国跡地に行ってみればいいじゃねえか。何か手がかりがあるかもしれないだろ」
ヒストリアから出られるのであればどこでもいいのだろうおっさんが、そう言葉にする。
しかし、彼らはストックの経験している歴史にしか行けない。帝国跡地へ行くなら、彼がそこへ行ったことがないと……。
「君たちは帝国跡地へ行って、どうするつもりなんだい?」
「無論、砂漠化を止める方法を探るさ」
「……どんなものが見つかったとしても、ですか?」
「当然。ストックは、世界を救うために歴史をやり直している。そんな彼の守護者である私たちが諦めることは、ない」
強い意志を秘めた瞳でリプティとティオを見る。そんなダイナの姿に圧倒されたのか、幼い二人は顔を見合わせ、どうするか悩んでいるようだ。
どうするか悩むということは、何かしらの手段を持ち合わせているということだ。
「俺たちに賭けたんだろ? だったら、今回も賭けていいんじゃないか?」
異世界の者という、今までに一度として存在しなかった者たちに白示録の使い手を託す判断をしたのは、紛れもなくヒストリアの案内人であるリプティとティオだ。なれば悩む理由など、どこにもない。
事実彼らはその想いに応え、ストックを幾度となく救っているのだから。
「……そうですね。あなた達の言うとおりです」
「ボクたちの負けだよ。……今から君たちを帝国跡地へ送り届ける。でも、途中でも彼に危険がせまったら──」
「捜査を中断し、ストックの元へ行くこと、約束する」
「あいつが危なくなったら俺らの都合は無視して、いつでも送っていいぜ」
「……ありがとう」
そして守護者たちはヒストリアから姿を消す。
これが帝国跡地へと来られている理由だ。
世界のためにも、幼い二人のためにも、何かしらの情報は持ち帰りたい。
逸る気持ちを抑え、さっそく帝国の内部へと足を向ける。そこらじゅうに建物を支えていたと思われる柱が折れて倒れているが、まだ一応入れそうな場所はいくつか存在した。
早速一つの部屋へ入ってみる。そこは部屋というよりは廊下に近い作りをしている。……砂と瓦礫に埋もれているため、正確には表現できない。
「おっさん、これ」
そこでダイナは砂に埋もれている紙切れを見つける。……本の一部のようだ。
「……名もなき小国が勝利を重ね、やがてこの大陸を統一した──ねえ」
「歴史の本の一部? 大陸を統一したということは……」
「ここ、帝国の始まりを書いてある本の一部だったみたいだな」
そんなことに興味なしと言った様子でおっさんは紙切れを投げ捨てる。ダイナは慌ててそれを拾い直し、自分の目でもう一度読んでみる。よく読めばもう少しだけ、続きが書かれていた。
大陸統一を可能としたのは魔導の力。この力で帝国は未来を読むことさえ出来た。
他に読み取れたのはこれだけだったが、魔導の力という言葉に似た単語は聞き覚えがある。白示録とヒストリアのことだ。
白示録は時を操る魔力を秘めた古の操魔の書。ヒストリアは操魔の力によって生み出された時の狭間の世界。
つまり、この紙切れが指しているのは白示録のことだと考えるのが妥当だ。そして白示録のことが書かれた紙切れがこの帝国跡地にあるということは……。
「やはり白示録はここ、帝国で作られたもの」
ならばリプティとティオは帝国の生き残りか、はたまた人工生命か……。どちらにしろ、あの二人は間違いなく世界が砂漠化する原因を知っている。
ならば、止める手立ても知っているはすだ。
──では何故、言わない?
疑問が解消されても、また新たな疑問が湧き出る。
それを振り払うようにダイナは首を左右に振り、先に行ってしまったおっさんを追う。……その疑問を解くためにここへ来たのだ。今は足を止めている場合ではない。
いくつかの行けそうな部屋を巡ると、先ほどのように歴史を記してあったと思われる紙の切れ端を見つけることが出来た。
皇帝と皇后の間には皇子と皇女の二人の子どもがいて、魔導の勉強をさせていたこと。しかしそれこそが、帝国最大の悲劇を生むきっかけになったと書かれた紙切れ。
帝国最大の悲劇。今の大陸に起きていることを考えれば、砂漠化の原因だと推測できる。
他には、突然皇帝皇后、そして皇女が姿を消す事件が起きて、その頃から大陸からマナが失われ始めた。独り残った皇子がマナ消失の問題を解決しようと大陸中を旅したが、結局解決には至らなかったと書かれた紙切れ。
「帝国の皇子さまですら解決できなかったって……お手上げじゃねえか」
「何故、皇子だけ残って他の三人は姿を消してしまったのか……。それが気になる」
結局手に入れた情報は、砂漠化を止める方法には辿りつけないものばかり。ただ、帝国について少し詳しくなっただけだ。
これ以上は行ける場所もない。だが、帝国跡地ですることはなくなっても、ようやくヒストリアから出ることが出来たおっさんはとにかく羽を伸ばしたいようで、そそくさと出て行ってしまった。ダイナもその後を追い、外へ出る。
すると……。
「答えてくれ。オマエはオレの敵なのか?」
「……どういう意味だ?」
何故か小さな水辺がある、緑あふれる中だった。そこで、ストックとロッシュが何か言い合っている。
「オマエは本当に、国を裏切ったのか?」
「裏切ってはいない。現場の状況判断で、王女の逃亡を手助けしただけだ」
「始末するはずだったエルーカ王女と一緒に行動してる……。裏切りと見なすには十分だ」
話の流れはよく分からないが、不穏な空気が漂っているのは言われずとも分かる。
「本当に裏切ったんじゃないんだな?」
「ああ……」
「よし分かった、そこをどけ。オレが代わりにやってやる」
どうやらストックは任務に背き、あろうことか抹殺対象を保護しているようだ。そしてロッシュが代わりにその任をこなすと言っている。
これは明らかにまずい。ここでストックがエルーカ王女と呼ばれる人物を庇えば、最悪……。
「待て、ロッシュ! ……エルーカを殺させるわけにはいかない」
「……だったら、お前を倒して俺が王女を殺るまでだ」
「待ってくれ……お前とは戦いたくない!」
「オレだってオマエと殺り合うのはゴメンだ。だから、オマエがエルーカを殺れ! それが出来ないって言うなら黙ってそこをどけ! オレがエルーカを殺る!」
「やめてくれロッシュ! ここは見逃してくれ!」
「ダメだ。そうしたら俺が任務を放棄したことになる。……そうしたら、ソニアの身が……分かるだろ?」
ストックにはストックの守りたい者が。ロッシュにはロッシュの守りたい者がいる。その守りたい対象が違う以上、この話はいつまでも平行線だ。
「自分じゃ殺せない。オレにも殺させたくない、か……。だったら、仕方ないな」
この言葉が合図だった。ストックとロッシュが互いに武器を構え、対峙する。
戦友……いや、唯一の親友に、互いが刃を向けた。
「いけないっ──!」
「あ、おいダイナ! 今飛び出したら……ったく! 世話の焼ける!」
これを見たダイナの行動は単純明快だった。ストックとロッシュの間に入る。だたそれだけ。彼女は自分の心に従って行動した。ストックを守らなくてはという仕事ではない。
仲間同士で殺し合いをしてはいけない。
この心の叫びに従って。
「ぐっ……ぁ──」
「なっ──」
ストックとロッシュは目を見開いた。親友と刃を交えるのだと思っていたら、自分たちの間で男と女が血まみれになっているのだから。
割り込んだダイナはストックの剣を正面から身体で受け止めた。おっさんはロッシュの槍で、身体を貫かれている。
斬られた部分を押さえながら、ダイナは必死に倒れ込まないよう踏ん張っている。一方貫かれたおっさんは全身から力が抜けており、そのままぐったりとしている。
「何故、間に入った! どうして……!」
親友を殺してしまうからもしれなかった彼らは、その前に仲間を手にかけてしまったことに動揺している。
「仲間同士……殺し合う……そんな、の……おか、しい」
「だが、俺達にはもうその道しかないんだ!」
「違うっ……そんなこと、ない……」
立っていることすら危うい身体で、ダイナは一生懸命言葉を紡いでいる。その時、ビクリとおっさんの身体が動いた。
「…………なかなか、良い攻撃だったぜ」
「どっ、どうなってやがる!?」
完全に槍で貫かれているというのに、あろうことかおっさんが喋り出したのだ。これにロッシュは恐怖し、おっさんから槍を引き抜き後退する。
「っ──いてえじゃねえか、もうちょっと優しく抜いてくれよ……。おいダイナ、このこと二代目に報告するからな」
「なっ、なぜっ!? お願い! それだけはっ──!」
今度は何故かダイナが狼狽しだす。
無暗に飛び出したことを二代目と呼ばれる人物に報告されるのが、そんなにも恐ろしい事なのだろうか? ……腹から大量に血を流し、いつ死んでもおかしくない状態だというのに。
そんなストックの考えも、もう一度ダイナの腹を見ると別のものへと変わった。
間違いなく自分が付けたはずの傷が、なくなっているのだから。
「なんなんだよ……オマエらは……!」
驚きだとか、恐怖だとか、そんな生温い感情では言い表せない。信じられない出来事が、次々と目の前で起こりすぎている。
「結局、ダイナのせいでバレちまったな」
「おっさんが喋るから。私は、私の心に従っただけ」
そこに騒ぎに目を覚ましたレイニーとマルコ、おっさんは初めて会うアトというサテュロス族に、新たな人物──グランオルグ第一皇女エルーカがテントから出てきた。どうやら野宿していたようだ。
そこからはお互いの説明が長々と続いた。
どうしてロッシュがここに居るのだとか、エルーカ王女は何故ストックに協力を仰いだのかとか、そんな話だ。流石にこの状況ではロッシュもエルーカ抹殺の任務を実行できるわけもなく、取りあえずは大人しく、話を聞くことになった。
まず、エルーカがストックに協力を仰いだ理由。それはこの大陸に起こっている砂漠化を止めるために必要だからだと彼女は言う。
グランオルグという国の基盤を作ったのは、帝国の生き残りであるアリウムという皇子が興したものだと語る彼女。そのため、帝国がわずかに残した“マナを操る術”を受け継いでいるといい、大陸全体のマナを安定させる役目と共に、王家ではその術のことを『儀式』と呼んでいるそうだ。
その儀式を行えばマナが安定し、砂漠化が止まる。……しかしそれは一時的にマナのバランスを正常化するだけで、解決ではないのだそうだ。さらに先代ヴィクトール王が死に、プロテアが即位してからは儀式が一度として行われておらず、近年は急速に大陸の砂漠化が進んでいる。
理由はプロテアは街娘から嫁いできたため、儀式が出来ないのだ。その挙句、エルーカに儀式を行わせてもくれないのが原因だった。
──このまま儀式が行えなければ、十年もせずに大陸は滅びる。
これが砂漠化の話だった。
ここから肝心なのは、その儀式でストック達に何をさせたいのか、という所だ。儀式を実行するためには、ストックの力が必要になるという。
しかし、それは本当に最後の手段。出来ればストックに頼らず、儀式を成功させたいと言った。それでも最後の手段を取らなくてはならないとき、何をしなくてはならないのかという問いに、エルーカは答えてくれなかった。
「その手段はとりたくない。だから、知らずにいてほしい」
それ以上は答えてはくれなかったが、一先ず話は見えた。
これにロッシュは良い顔をしなかった。例えこの話が本当だったとしても、彼は根っからの軍人だ。任務を……アリステルを捨てることは出来ないだろう。
そして次は、彼らの番だ。
「説明してもらおうか」
ストックの言葉に、皆が一斉にダイナとおっさんを見る。
その目は疑いや恐怖、敵意といったものが混ざっている。ダイナはこれに少し居心地を悪そうな素振りを見せるが、おっさんはいつも通りだ。
……いつも通りに、口を開いた。
「その目で見ただろ? だったらこれ以上何を答えるよ」
「お前たちが一体、何者なのかだ」
「お互いに深くは詮索しない。……そういう手筈だ、違うか?」
おっさんはどこまでも白を切るつもりのようだ。これではストック自身からも信用されなくなってしまう。
「アト、この人たち怖いの……。なんだか、人じゃないみたいなの……」
ストックの陰に隠れ、怯えた眼差しをこちらに向けていたアトがそう口にした。
──人じゃない。
この言葉におっさんはまさかと思いアトの方に視線を向けると、完全にストックの後ろに隠れてしまった。
「そう。私とおっさんは人じゃない」
「やめとけダイナ。どうせ分からねえよ」
おっさんの言い分はもっともだろう。人じゃないならなんですかと問われたところで、正直に答えても理解されずに終わるのが関の山だ。だからといって黙秘を貫いても、現状は悪くなる一方だ。言っても無駄だが、言わないという選択も出来ない。
「……異世界と、関係あるのか」
「異世界? なんですか、それは」
こうなってしまった以上は事情を隠していても仕方がないとストックも感じたようで、この際色々と聞いてしまおうという魂胆のもと、異世界について触れてきた。
「私たちはここ、ヴァンクールと呼ばれる大陸の生まれじゃない。もっと……もっと別の、砂漠化していない世界からやってきた」
「砂漠化していない世界……!? そんなところがあるのですか?」
エルーカ王女は信じられないと言った様子で、砂漠化していない世界に興味を持った。
それもそうだろう。何よりそういった世界を彼女は望んでやまないのだ。憧れを抱くのも無理はない。……そんなエルーカ王女の期待に応えられるほどに、おっさんたちの住む世界も綺麗なわけではないが。
「そんな話、信じられるわけないだろ」
ロッシュは至極当然のことを言った。普通ならばこちらの反応だろう。
「だったら、この世界には心臓を貫かれても、腹を掻っ捌かれてもこうやって元気に生きている種族はいるのか?」
「屈強な体を持つ種族はいるけど、流石に心臓を貫かれたら死んじゃうよ……」
マルコは人間以外の種族の特徴を思い出すが、どんな生き物も心臓を潰されては生きていられないというのが答えだった。
「じゃあ、本当に全く違う世界からやって来たって言うの?」
「私もそれ以上に説明出来る言葉を持っていないから、嘘だと解釈されても、どうしようもない」
信じてもらえようがられまいが、二人も好き好んでやって来たわけではない。これ以上はお手上げだ。
「話がそれたな。もう一度聞く。……お前たちは異世界の、何者なんだ」
異世界の話でそのまま流れてしまえば万々歳、なんて考えは甘かったようだ。やはりこの男、ストックは頭が切れる。本当のことを言わないと、この場から立ち去らせてはもらえなさそうだ。
「悪魔だ」
「……悪魔って、あの……神様とかに悪い事する?」
「神様がいるかは知らない。でも、人に危害を加えるという意味合いでは、そのまま捉えてもらっていい」
これを聞いて、ストック以外は警戒をさらに強めた。
天使だったならばいざ知らず、人に危害を加える悪魔だというのだ。ここで嫌われても仕方がないのだろう。
「あんたたちは、なんで俺を助けてくれるんだ?」
「仕事だからさ」
「嘘。……おっさんも私も、確かに悪魔。だけど、人を守りたいと思っている。これだけは、絶対。だからこっちに来ても、人には手を出したことはない」
こういった時まで素直でないのはおっさんに限らず、彼らと共に居て誤解を生みやすい問題点だ。
事実として間違ったことは言っていないし、彼ら自身が媚びなどを恩を売るタイプではないのは重々承知だ。むしろ、そこが魅力でもある。それ自体にダイナも文句はないし、それどころか彼らと同じようにふるまっている節がある。
が、今回ばかりは別だ。
悪魔が影ながら存在している世界ならばまだいいものの、ここにはそういったものは全く存在していない。いるとすれば、自分たちと同じように紛れ込んできた奴らだけだ。
そんな環境ですらハッキリと物を言わないのは、ただただ誤解を生むだけだ。
流石にそんなややこしい状況はごめんしたい。
「人に手を出さないって、初めてあたしたちを助けてくれた時、グランオルグ兵と──」
「あれも悪魔だったのさ。人の皮を被った……俺らと同じようにこっちに流れ込んできた奴だ。まあそればっかりは人間のお前たちに見分けがつくような代物じゃない。信じるかは任せるさ」
証拠はない。だがおっさんとダイナは堂々としている。
嘘をついていない。やましい事は一つもない彼らだからこそ取れる態度だ。
そしてストックは、この間の異伝で砂の砦を防衛したときの彼らの動きを思い出す。──あの時の二人の動きは、明らかに襲い掛かってきている敵には目もくれず、一定の狙った敵だけを倒していたことを。
「…………分かった。あんたたちのことはこれまでどおり信じる」
「ストック!? 本気なの……?」
アトは嫌々と首を左右に振っている。レイニーとマルコは複雑そうだが渋々といった様子だ。
エルーカは何とも言えないといった表情で、ロッシュは明らかに敵対している。
「……まさか、信じてもらえるとは思ってなかった」
「お前、意外とお人好しだな。苦労するぜ?」
「俺だって、誰彼構わず信用したりしない。だが、少なくともあんたたちは何度も俺の危機を救ってくれている。それに、元居た世界とやらがあるなら、帰りたいはずだ」
「まあ、あっちに置いてきてる連中が気になるってのはあるな」
もちろんダイナもおっさんも、信じてもらえなかったとしてもストックと、その仲間は助けるつもりではいた。
彼に死なれては困るし、仕事として請け負っている。
それでもやはり、相手の心構えが違うだけで気分が変わるというのは大いにある。
こうしてなんだかんだでストック以外の仲間とは壁が出来てしまったものの、ストック自身に信用されているなら、今のところ問題はないだろう。
正体を明かす羽目にはなってしまったが、そうなってでも二人を救えてよかったと、ダイナは心からそう感じるのだった。
そしてそれは、ストックが前に見た白昼夢を──未来を変えられたことに他ならなかった。