「……ダンテ、ここ」
「やっと見つかったか。昨日は異様に分かりやすい気配を駄々漏れにさせていたかと思えば、今日は隠れるように気配を消しやがって」
悪態をつきながら、ダンテは異界への入り口を見つめている。
「ま、見つかったなら乗り込むだけだ。……準備は良いな、ダイナ?」
「万全。油断は、ない」
「オーケーだ。……行くぞ」
そう言ってダンテは赤いコートを翻し、異界への入り口に飛び込む。ダイナもジェラルミンケースを大事に抱えながらそれに続く。二人が異界へ入り込むと、異界は口を閉ざした……。
「なんだここは……。悪魔じゃなくて緑とご対面ってか?」
「……悪魔じゃない気配は、ある。……何かは、分からない」
異界の先は、今までのどことも違う場所だった。
悪魔たちが蔓延る場所でもなければ、人間の気配があるわけでもない。視界に入るのは緑。どこを見ても蔓が鬱蒼と生い茂った森だ。後は少し色がついているような霧がかっているようで、奥はよく見えない。
「……なんか、甘い匂いがしないか?」
鼻を大げさに動かしながら、ダンテが匂いを確かめている。
「霧……、靄……? なんだがピンクっぽい」
ダイナもこの異質な風景に困惑している。だがいくら疑問を並べても、二人ともそれに対する答えを持っていない。
「ここにいても埒があかない。とりあえず進んでみるか」
「……異論、なし」
二人の意見は一致し、何か目的の場所があるわけではないがとりあえず歩いてみることにした。しかし、特に何かがあるわけではなかった。結局は、永遠と続く森の中を彷徨っただけだ。
「どうなってんだ、この森は。何にも見つかりやしねえ」
「……八方塞がり。かなり、困った状況」
ダンテはいつまで経っても変わらない景色に嫌気がさし始めているのか、歩みが早くなる。ダイナは何か考えるわけでもなく、ダンテの歩幅に合わせて歩くスピードを上げた時、地面に落ちている枯れ枝を一本踏み、パキッと乾いた音を森の中に響かせた。
その瞬間、どこから伸びているのか分からない蔓が、まるで意志を持ったように動き出した。
「うぁっ……」
蔓はダイナの足を絡めとり、宙吊りにしてしまう。
完全に不意を突かれたダイナは情けない声をあげながらも腰に付けてある黒い拳銃、ノワールを手に取り自分を持ち上げている蔓に銃弾を連射した。蔓は引きちぎれ、地面へと頭から落ちる。それをなんなく空中で体勢を立て直し地面に足で着地する。
「なんだこの森……生きてんのか?」
「急に襲ってきた。持続性は、ない」
ダイナの足を狙った蔓の動きは、完全に意思を持っての行動に見えた。しかし、これだけの規模の森でありながら他の植物たちが動き出す気配も全くなかった。
「何か分からない気配。さっきの植物と、一致」
「この森全部が敵となると、かなり骨が折れるな」
どこまで続いているのか分からない森すべてが二人に襲ってくるとなれば、あまりにも分が悪すぎる。
「しかし、いつ襲ってくるか分からないとなると、むやみに動くことも出来ないな」
「木の上に、登ってみる?」
「……そうするか。地面を歩いていても出口はなさそうだしな」
生い茂る木々の中を歩き回るぐらいなら、高いところから見渡してみることにした二人。太く、それでいて枝の多い木を選び、一番上を目指して登る。
少しすると、薄暗いながらも若干の光が差し込み、木の先端に到達した。そこから見える景色は地面の時と変わらず、どこまでも森が広がり続けるだけだった。
「流石にここまでくると、お手上げだぜ」
ダンテは困ったというように、木に背中を預けて座る。ただ、ダイナは何か気になるものがあったのか、森の中の一点をじっと見つめている。
「ダンテ、あそこ。この森を包む、靄みたいなのが、出てる」
「何……? 俺には何も見えないが」
ダンテはダイナの指さすところを見るが、何も見えない。
「……? 私だけ、見えている?」
しかし、ダイナの目にはしっかりと映っている。その一か所だけでなく、他にも四か所ほど。
「俺には見えないってことか。ま、ダイナが見えているなら問題ない。そこに行くぞ」
「えっ……。私だけ見える、それは異常。罠の可能性、ある」
「だが、今の俺たちにそこ以外目的地がない」
「……分かった」
ダイナにとって、自分にしか見えていないというのは正直不安ではあった。それでも、今は頼みの綱がそれだけだというのも事実。ダンテの提案を飲み、行動する。
森の中を歩いてもすぐに場所が分からなくなるため、ある程度の高度を保ちながら、木から木へと渡っていく。靄の出現場所であると思われる所で近づくと、また森の中に伸びている蔓が一本、ダイナの足を絡めとるように動き出した。
「もうその手には乗らねえぜ」
いち早く蔓の動きに気付いたダンテが、エボニー&アイボリーでダイナの足を狙う蔓を打ち抜く。しかし今度は一本、また一本とどこからともなくダイナだけを狙って襲ってくる。
「……狙いは、私」
ダイナはまた、腰につけているノワールを手に自分へと向かってくる蔓たちへ銃弾をぶちまける。ダンテもダイナに合わせ銃で応戦していくが、先ほどとは比べられない量の蔓で、捌ききれない。
撃ち漏らした蔓が、ダイナの足に絡みつく。
「無駄」
しかし、その蔓はダイナがジェラルミンケースから取り出した多節槍レヴェヨンにより引き裂かれていた。巧みにレヴェヨンの持ち手を外したり引っ付けたりしながら、遠、中、近、全ての範囲をカバーしていく。
襲い掛かってきた蔓全てを引き裂き終えると、ダイナはひとつ、息を吐いた。
「ダイナがレヴェヨンを使うとはな」
「たまには、使わないと。感覚も鈍る」
「ああ、楽はいただけない。武器が泣くぜ」
「それより、さっきの蔓たちの動き、見た?」
「ああ、どうやらここの植物どもは、ダイナに求愛しているようだぜ?」
蔓たちは全て、ダンテには目もくれず、ずっとダイナだけを襲っていた。理由は分からないが、的が分かっているのであれば二人も動きやすい。
「……弱い方を狙う。対複数戦なら、定石手段」
ダイナは自分が弱いから狙われていると踏み、気を張り詰める。
「フォローはいくらでもしてやる。……気負うなよ」
「うん。……ダンテが守ってくれる、安心」
コクリと頷き、再び靄を出していると思われる場所へと進むダイナ。その後に続くように、ダンテが後を追った。
「なんだこの建物」
ダイナが何かあると言っていた場所には、小さな寺小屋が建っていた。一つ、異様なことを挙げるとすれば、その寺小屋の中から明らかに密度の濃いピンク色の靄が溢れているということだ。
「……ここが、靄の発生源?」
「だろうな。さっさと中に入って止めちまおうぜ。そうすりゃ、少しは森の中も歩き易くなる」
ダンテはそう言って寺小屋の入り口を蹴破る。中には誰かがいるわけでもなく、ただ中央に一つ壺のようなものが置かれていた。その壺の中から、ピンク色の煙がとめどなく漏れている。
「……蓋、すればいい、かな」
壺の横には丁寧に蓋まで置いてある。閉じてくれと言わんばかりだ。ダイナは何気なく、蓋をするために中央の壺へと近づく。
すると……。
「んぅぅ!? あっ、はぁ! ぅあぁ、あぁぁ!」
急に官能的な声をあげ、ガクガクと体を震わせ、膝を折った。
「ダイナ!? どうした!」
突然の異変にダンテが駆け寄ろうとするが、ダイナの来るなという合図に足を止めた。
「はっぁ……ダメ……! ダンテ、まで……犯され……ちゃ……。後、でっ……あっ、やっ……! せつめ……する……ひぁっ、んぁっ!」
ビクンビクンと身体を痙攣させる姿は、まるで昨晩のダイナを彷彿とさせる。ダンテはそんな状況ではないと自身に言い聞かせるも、甘美な姿のダイナは目に毒だった。
そんなダンテを知ってか知らずか、ダイナは喘ぎ声を必死に堪えながら体を引きずり、壺の前に着く。
「これ、を……蓋、ぁっ……すれ、ば……んっあぁぁ」
ガタガタと震える手で蓋を持ち、壺の上に乗せる。するとピンク色の煙はピタリと止まり、小屋の中も次第に普通の空気へと変わっていく。それを確認して、ダンテはダイナに駆け寄る。
「ダイナ! 毒にやられたのか?」
「んぁっぁ……、も、大丈夫……。多分“色(しき)”と呼ばれるもの、だと思う」
「色? なんだそれは」
ダンテに身体を支えられるだけでも感じるのか、ダイナは甘い声を出す。それでも意識をしっかりと保ち、ダイテに先ほどの壺について説明する。
「人間の……んっ、欲。いくつか種類が、ある。ここの壺は恐らく、色欲だと、はぁ……思う」
「つまり、さっきの煙は人を発情させるってことか?」
「……その見解で、概ね正解」
「半人半魔のダイナでこうなるってことは、普通の人間だと相当ヤバそうだな」
「悪魔でも、ぅぅ……欲が強いと、飲まれやすい」
「となると、俺より無欲なダイナの方が適任ってことか」
「後、四か所。ここが色欲だったから、後は財欲、食欲、名誉欲、睡眠欲、だと思う」
「どれも生きる上で人が欲するものばかりだな」
「そう。人を惑わすのに、最適」
つまりこの森は、人を惑わすための要素に満ちているということだ。誰かが作ったのかまでは分からないものの、恐らく脱出するにはこの五つの欲に打ち勝ち、全ての壺に蓋をする必要があるのだろう。とてもじゃないが、常人には無理だ。
人を襲う蔓が生い茂る森。人の欲を増幅させる靄を出し続ける五つの壺。
素晴らしく、ろくでもない場所だ。休憩もほどほどに二人は次の壺を封印するべく、ダイナが見えたという二か所目へと向かった。