ルルアノ・パトリエ 第7話

ピンポンとチャイムの音が鳴り、目が覚める。時計は朝6時を指し、来客が来るにしては早すぎる時間である。虚ろな瞳をこすりながら玄関を開けると……
「やはり寝ぼけているようだな……、早めに起こしに来て正解だったのだよ。1時間後にもう一度迎えに来る、それまでに学校へ行く準備を済ませておくのだよ」
「……ん、…………はい、分かりました」
まともな思考回路をしていないまま返事をすると、相手は自分の家の中に姿を消した。自分も玄関を閉めて、少しずつ今起こったことを整理する。
「……え? なんでこんな朝早くから緑間さんが……? あれ、じゃぁここってまだ地上界……? 昨日…………、どうなったんでしたっけ……」
泣き疲れて寝てしまったララクに、昨日の晩の記憶はあまり残っていなかった。

「……ふぅ、取りあえず支度は出来たし、いつ緑間さんが来ても大丈夫なはずです」
「たかだか緑間が来るぐらいで、そこまで気合を入れなくても……」
「だ、だって……昨日のこと、ほとんど覚えてないですけど……でもでも! 私、緑間さんに、その……だ……抱き付き……!」
自分で昨日の思いだせる限りのことを思いだしてはゆでだこの様になっている。
「まぁ……、いままで異性と触れ合う機会というか、身分的にも許されなかったことだから、動揺するのも分かるけどさ……」
アンカルジアは呆れながら今までの境遇を思い出しながらブツブツ言っている。
「身分……、か。本当は帰らないといけないのですよね」
自分がどういう立場の者なのか、それを自覚するたびに帰らなければという気持ちと、自分のことを特別扱いしない皆と別れたくないという気持ちが複雑に絡まる。
「帰る……? そうじゃん! ラクアはどこに行ったの? まだヘブンズゲートの場所も聞いてないよ?」
「そ、そういえば姉様の姿が見当たりませんね。散歩にでも行っているのでしょうか?」
緑間が取り付けた時刻までにはまだ猶予があることを確認し、姉を探すために外に出ると……
「あれ、緑間じゃん。約束の時間までまだあるのに、どうして玄関前にいるの……?」
そこには何をするわけでもなく、ただ立っていただけである緑間の姿があった。
「む、もう準備できたのか。いや、都合がいいのだよ。……昨日のことで話があるから、少し寄り道するのだよ」
「あ、その前に姉様を少しだけでも探して来ていいですか?」
ララク自身、昨日のことで聞きたいことや確かめたいことはあるが、それは姉もいたほうがいいと思っての発言だった。しかし……
「ラクアなら、昨日の戦いの後に客をもてなすからと言って何処かへ飛んで行ってしまったのだよ」
「……え?」
「ちょ、どういうことそれ!? やっと会えたから、後は帰るだけだと思ってたのに……!」
折角再会出来たのも束の間、また姉とはぐれてしまったという現実に、ララクもアンカルジアも呆然とするしかなかった。
「……本当に何も聞かされていないのだな。お前の姉は少し自由過ぎるのだよ」
「そうですね、あぁもう本当に……」
「少しどころじゃないよぉ……」
言いたいことが山ほどあっても何一つとして伝えることのできない現状が歯がゆい。怒りとも呆れとも言い難い感情を必死に抑え、これからどうするか……。それを考える必要があった。
「とりあえず、昨日の晩のことを少し整理したい。そこの公園に場所を移すのだよ」
「あ、はい。分かりました……」
こうして、寝てしまったララクと、話を聞いてもすべてを理解しきれなかった緑間の、記憶を整理する作業が始まった。

「何から聞けば……、いや、何から話したらいいのか、悩むのだよ」
場所を変え、二人は公園のブランコに座っている。
「アタシも気づいたらカバンの中で寝ちゃってたからなぁ。しかもラクアは、はっきり言わずに濁して伝える癖があるし……」
ラクアの悪い癖だのどうこう言いながら、うんうんと一人頷くアンカルジアをよそに、ポツポツと緑間が話し始めた。
「……まずは何度も確認するようで悪いのだが、その……ララクは人間ではなく天使、でいいのだな?」
「はい。私は天界で生まれ育った、天使です」
緑間の言葉に躊躇わず、はっきりと答える。今まで黙っていたことに向き合うように……。
「そうか……。なら、ラクアと双子……いや、姉妹ということ自体も本当なのか?」
「え……? それはもちろん、姉様とは正真正銘の双子ですけど……、何か気になることがありましたか?」
自分の出生を聞かれたり、どういった存在であるかの確認をされるのは納得だが、まさか姉との関係性までも疑われているとは思わず、驚きを隠せない。
「いや、勝手な思い込みなのだが……。天使という存在自体を今までに信じていたわけではないが、古来の物語では天使は存在したとされているのだよ。そういった類の物語では、翼の色はみな純白であると書かれているものばかりだった。だから本物であるララクたちの翼の色も白であると思ってしまっていただけなのだよ」
「あ、の……えっと、その、私の翼は確かに真っ白ですけど……。もしかして……、姉様の翼の色を見たのですか?」
「……あぁ、三日月の光に照らされていたからよく見えた。真っ黒な……闇に溶け込んでいくような色だったのだよ」
それに対してララクはアンカルジアと顔を見合わせ、覚悟を決めたのか慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「姉様が緑間さんに見せたっていうことは、きっと話しても良いということだと思うから、お話します。でも、出来るだけ誰にも……、本人にも言わないで上げてほしいんです」
ララクの言葉に、緑間は頭を縦にふった。
「…………、10年も前のことです。私はその日、お母様に教えてもらって作ったお花の冠を姉様に見せたくて、王宮内を走り回って姉様を探していました。でも……、私が姉さまを見つけた時には……」
最後まで言い終わらない内に俯いて、ぎゅっと瞼を閉じる。その日のことを思い出すのは、今でも辛いようだ。
「アタシから、言おうか?」
アンカルジアもその日のことを思い出しているのか、辛そうに顔を歪ませながらララクを気遣う。
「……ううん、大丈夫。アンカルジア、ありがとう。……私自身、その日の記憶は曖昧で、モーントクラインから聞いた話と、自分が見た時の光景だけしか伝えることは出来ないのですが……」
「それだけで十分なのだよ。……聞かせてくれるか?」
緑間は辛い過去を掘り返すことをするような性格ではない。それでも何故か、このことについては知っておかなければいけない気がした。
「はい。……私が見たのは……」

「……ねー……さ、ま?」
やっと見つけたと思ったら、姉様は血だらけで……。背中には黒い翼を生やしていて、私を見てニィッと口角を上げて笑ったんです。モーントクラインは姉様の手の上でぐったりしていて……。
「あらあら……、まさかこんな姿になっているところを見られちゃうとは思わなかったわ。うふふ、少しだけ……ほんの少しだけ失敗をしてしまっただけよ」
後に聞くと、お庭でくつろいでいる時に突然現れた魔物に襲われて、それと戦った姉様は魔物にやられて堕天してしまったということだけ。あまりの出来事に、天界内は大騒ぎになりました。最終的には皇女であるお母様によって、その騒ぎは鎮圧されました。

「……私が覚えているのは、本当にこれだけのことなんですけど、ね」
「アタシも皇女様から同じように聞いたよ。……モーントクラインはアタシ達以上に……ううん、一番思い悩んでることだから、ぜーったい言わないでね」
「あぁ……もちろんなのだよ。その……、すまない、辛い過去を言わせてしまって」
「いえ、謝らないでください。先ほども言いましたけど、しっかりとは覚えていないですから」
そうは言っても、幼少期に実の姉が血まみれになっていて、自分の姿を見るや否や笑い出す姿など、どう考えても良い記憶ではない。
「さっきの話の中から聞きたいことが二つほどあるのだが、まずは堕天というのは文字通りの意味合いとして受け取ってよいのだろうか? そうなると、ラクアは悪魔になったと……」
「ち、違います! 姉様は天使です! ……あっ、ごめんな、さ……。あの、あ……う……」
「い、いやっ、こちらこそすまない! 軽率な発言だったのだよ……」
姉のことを悪魔と言われ、反発的に声を荒げてしまったララクはパニックになり、口をパクパクとさせている。また緑間も、ララクが声を荒げる姿を初めて目の当たりにし、ぎょっとしている。
「……“ラクアは悪魔だ”なんてモーントクラインの前で言ったら、最悪殺されてるよ。それぐらいデリケートな話なんだよ、天使にとって堕天するってことは」
「本当にすまなかったのだよ。気を付けてはいるのだが、配慮が足りなかった……」
「ご、ごめんなさい……。私も大きな声を上げてしまって……」
堕天という言葉だけを聞けば、人間からすれば悪魔になったことと同意義でしかない。気まずい空気に、互いは口が開けなくなる。
「堕天っていうのはね、言葉どおり堕とされた天使ってこと。つまり、悪魔によって傷つけられた者って意味なの。天使と悪魔は正反対の命だから相手に深い傷を付けられたり、血とかの体液を入れたりすると堕天しちゃう。もう一つは禁忌に触れたり、禁理を犯したりすることでも堕天するの。堕天した天使は基本的にはその事実自体に耐えられなくて、贖罪という名目で自らの命を絶つ。ほとんどの天使は贖罪するんだけど、ラクアは身分上贖罪出来ない……」
「……その身分というのは母親が関係しているという解釈でいいのか?」
緑間はアンカルジアの言った皇女という言葉を聞き逃さなかった。
「そうだね、ラクアとララクのお母さんは皇女様。つまり、天界を統べるもの。二人はその娘で、今ちょうど皇女候補として、次期皇女になる資格を持つ存在。まぁ……簡単に言えば一国のお姫さまってところね!」
えっへん、と胸を張って説明を終えたアンカルジア。緑間としても昨日のこともあり、ある程度の話は耳に入ってきていた。
「……色々と辛いことを聞いてすまなかったな。オレが力になれることはないだろうが、ララクが国に帰るまでの間は、その、なんだ。話くらいなら聞いてやってもいいのだよ」
緑間なりの、精いっぱいの優しさ。その言葉は、今のララクを泣かせるのには十分だった。しかしそれは、優しい言葉として捉えられたものではなく……。
「な……なんで、そんなことっ、いうんですっ、か……? や、やっぱり、人間じゃない異形の者は、嫌い……ですか?」
「な、何故そうなるのだよ! 昨日の晩にも言っただろう? オレはララクを尊敬し仲間だと思っていると」
「だ、だって……力になれないとかっ、国に帰るまでとか……、うぅ……ぐす」
泣きながら必死に言葉を紡ぐ姿は、どことなく人を魅了した。
「っ!!あ、あまりそういう顔をするな……」
「だ、だって寂しくて……っ、涙がとまっ……、りませんっ……」
「ちょ、ちょっと緑間! 何ララクを泣かせておいて顔を真っ赤にしてるのよ!!」
「う、うるさいのだよ! ほら、これで顔を拭くのだよ」
そういってポケットからハンカチを取り出し、ララクに渡す。
「あ……、ありがとうございます」
ぐずぐずと鼻をすすりながら、目尻に溜まった涙と頬を伝った涙をふき取る。
「ララクも急に泣き出して、どうしちゃったの……?」
アンカルジアは心配そうにララクの肩に乗りながら様子を窺う。
「緑間さんと……、みんなと離れ離れになるって思ったら、なんだか急にすごく寂しくなって……」
「……、この話はここまでにするのだよ。学校に向かうぞ」
緑間は何か思うことがあったが、これ以上は話しても悲しませるだけだと判断し、すっくとブランコから立ち上がり、一人先に歩き出した。そんな緑間に触発されるようにララクも立ち上がり、後を追った。

登校中、二人の間に流れる空気は何とも言えないものだった。
「(私……、どうしちゃったんだろう。昨日の夜から緑間さんのことを考えると、ドキドキと、不安が入り混じった感じがする……)」
これまで感じたことのない感情が奥底からふつふつと湧き上がってくる。生まれてからほとんどを王宮内で過ごしてきたララクにとっての親しい者は姉と従者しかいなかった。だから小さい頃からずっと姉の背中を追いかけて、その背中に隠れて甘えた生活を送ってきたため、自分で考えて行動したことがなかったと今頃になって痛感した。しかし姉がまた何処かへ行ってしまった以上、自分でこれから先のことを決めていかなくてはいけない。
「(これから……、私は何をしなくてはいけない? 国に帰って皇女になるのが必要なこと? それとも、姉様の言う“お客様”が誰なのかを突き止めるのが必要なこと……? 私はこれから……どうすれば「危ないっ!」きゃあっ!」
緑間が叫びながらララクの腕を自身の方へと引っ張る。その勢いでバランスを崩したララクは緑間にもたれかかる形となった。
「ララクのバカ! しっかりしてよ! 緑間が止めてくれてなかったら死んでたかもしれないんだよ!?」
「え……、あ……」
前を見るとそこは横断歩道で、歩行者用の信号は赤く光っていた。
「いくらなんでもボーっとし過ぎなのだよ! あまり心配させるな……」
「ごめんなさい……」
緑間に掴まれた腕は熱を帯びて、学校に着くまでその熱さが消えることはなかった。

「あ、おはようララク! 今日も豊満なバディでございますなあ……?」
「朝からセクハラ発言やめろって!おはよ、ララクちゃん」
「……おはよう、ララク。緑間君もおはよう」
仲良しの三人から、毎朝の挨拶。篠菜のセクハラ発言から始まって、隆二の突っ込み、そしてすべてを流すように朱夏の挨拶。
「おはよう、ございます」
いつもなら苦笑いを浮かべながら挨拶を返すのだが、今のララクはボーっとしたまま、心ここにあらずといった様子。
「……? どうしたのララク。元気ないじゃん、熱でもあるの?」
いつもと様子が違うことはいつも仲良くしている三人はすぐにわかった。真っ先に篠菜はララクと自分の額に手をあて、温度を確認する。
「……んー? 別に熱はないぞぉ……? と、いうことは……、原因はなーんだ?」
篠菜はニッとはにかみながらララクの顔を覗き込む。しかしララクの瞳に光はなく……
「なんでも、ないです」
と、力なく答えた。
「えぇぇぇー……。どうみても何か大ありって顔してるんだけど。ちょっと緑間、あんた一緒に登校してきたんでしょ? なんかあったの?」
ララクがダメなら緑間に聞くのみ。篠菜はどんどん質問していく。
「……今日のララクはそっとしておいてあげるのだよ」
それでも、緑間も答えることはなかった。
「篠菜、今日は緑間の言う通りだと俺も思うわ。……ララクちゃん、もしなんかあったら遠慮せず言えよな。話ぐらいならいつでも聞くから、な?」
「……私たちは友達。でも、言いたくないことは誰にだってある。無理しないで」
「仕方ない、ここまで深刻なのは初めてだからなあ。今日のボディタッチは許してあげよう……」
残念だけど……。という言葉が聞こえてきそうなほどに残念がっている篠菜も本気でララクのことを心配していた。勿論、他の二人も。こうして時間になり午前の授業が始まるも、ララクの耳には何一つとして入ってくることはなかった……。

「ララクー、お昼だよー。ご飯食べよう?」
「……あ、はい」
「おーい、オレも混ぜてくれよな。よっ、ララクちゃん、昨日ぶり! ……って、あれ、元気ねーじゃん……。昨日はあんなに元気だったのに」
いつもの三人にララク、緑間、高尾の六人で机を寄せ合ってお弁当を広げる。ただ今日のララクはずっとこの調子で、誰もが心配していた。今日ばかりはさすがの篠菜や高尾もお手上げで、お弁当を囲む皆の間には気まずい空気が流れていた。
「もう、ララク! いい加減にして!」
「……アンカルジア?」
そんな沈黙を破って声を上げたのはアンカルジアだった。
「悩んでるんでしょ? 皆に相談すればいいじゃない」
「……自分で、答えを出さないといけないことだから……」
「あーもう、じれったいなあ! 何で悩んでいるかなんて、みんなお見通しなんだよ? ……自分がこれからどうするべきか、悩んでるんでしょ」
アンカルジアの言葉をきっかけに、みんなも各々が思うことを話し始めた。
「なんで悩んでいるかについてはちょっと、俺にはわかんないけど……、俺たちそんなに頼りないかな」
「……私たちは、いつでも全力を尽くすよ」
「あ……」
隆二と朱夏の言葉に、ララクは俯いていた顔を上げた。
「オレも、いつでも力になるぜ。真ちゃんとララクちゃん、どっちが大事かなんて言われたらそっこーでララクちゃんって答える自信があるぐらいにな」
「そうそう、ここにいる面子はみんな、ララクが大事で大事でたまらないんだよ。だからララクが落ち込んでいると、こっちも落ち込んじゃうぐらい、とっても大切な私たちの仲間なんだよ」
「わ、た……し……」
高尾と篠菜の言葉に、自然と目が潤んだ。
「……ララクは一人ではない。オレたちには、はきだしていいのだよ」
「ね? これはぜーんぶララクが自分の力で手に入れた絆なんだよ」
「う……、ん……うん……! みなさん……ありがと、ござ……います……!」
こうして泣きだしたララクを皆は黙って見守り、ララクが口を開くのを待った。暫くして
「……うぅ、みなさん、本当にありがとうございます……」
「いいってことよ! で、悩みのこと、言ってごらん? すっきりするから」
篠菜に促され、こくんと頷いてからぽつぽつと話し始める。
「……その、私……、これからどうしたらいいのか、分からなくなってしまって……。いつも姉様に頼っていたから、いざっていう時、何もできない自分がすごく嫌になって……。だからこんな私がみなさんと仲良くしても迷惑なんじゃないかと思って……。それに、これから先の大きな決断も出来なくて……」
ララクが話し終えるまで、誰も口を挟まなかった。一通り話して、ララクが口を閉じるのを確認すると、篠菜が口を開いた。
「それはね、今悩むことじゃないよ。ララクが小さい頃どんな風に育ったとか、そんなのいちいち気にして仲良くなんか、少なくともあたしはしない。それにね、世の中完璧な人間なんてどこにもいないんだよ。ううん、人間だけじゃない。何かを考えて動く生き物はみんなそう。完璧だったら、皆一人で生きていけるからね。どんな生き物だって誰かを頼ったり、誰かを守ったり……、支え合って生きているんだ。……なーんて、あたしらしくないこと言っちゃったかな?」
「篠菜の癖にめちゃくちゃいいこと言うじゃん。俺ちょっと見直したわ……」
「……私も、篠菜に賛成。ここにいる私たちみんな、ずっと一人でなんでもこなせてきたわけじゃないよ」
「あ……、あ……、じゃあ、あの、もう一つ悩んでいて……、大きな役割を担うべきなのか、自分の知りたいことを優先するべきなのか……」
ララクは弾けたように悩みを話し始めた。みんなの真剣な表情がすごく嬉しくて、自分のことを誰かに聞いてもらえるのが嬉しくて……。
「んー……、それは悩みどころだなあ。っていいてぇところだけど、オレなら自分の知りたいこと優先すっかな? 頭でこれをしなきゃって分かってても、自分がしたいことにばっか意識がいって、結局どっちも疎かになっちまうし」
「あー、分かるわあ、私も今日はララクをそっとしておかないとと思いつつ、いつものスキンシップが出来ないのが心苦しくて……うへへへ」
真面目に話をしながら、気疲れしないように少し茶化してララクのことを気遣う。篠菜は通常運転なだけだが、ララクにはそれが心地よかった。
「……ね? 一人で悩むより、みんなに聞いてもらった方がすっきりするし、良い答えも出てくるでしょ」
「……はい。私、ちょっと一人で悩みすぎていたみたいです。あの、みなさん……、本当にありがとうございます。なんだか、体が軽くなった気分です」
「ふふん、どういたしまして! お礼はそのおっぱいをひと揉み……」
「それさえなけりゃ、今日のお前の株は急上昇だったんだがなあ……」
「……篠菜は、いつもそう」
「ふふ……あはは。もう篠菜さん、ダメですよ」
「やっと笑ったね。うんうん、ララクは本当、笑顔が似合う子なんだから、あんな沈んだ顔してちゃダメダメ。そういう時は遠慮なく私たちに相談しなさいよ? 最後は緑間が大事にしてくれるんだから」
「何故そこでオレに話が飛んでくるのだよ!?」
いつものやり取り。楽しい、毎日。いつまで続くか分からないことを考えるより、今この瞬間を大切にするべきなんだと、心から想える日。
「アンカルジア、ありがとう」
「いいってことよ! ……それに、アタシとしても嬉しいんだ。ララクにこうしてたくさんの友達が出来て、相談して、自分でこれからのことを決めてくれるのが。アタシはいつまでも、それについていくからね!」
自分の知らない間に、これだけ想われている事を知って、胸の奥がすごく熱くなった。少し照れくさくて視線をキョロキョロと動かしていたら、緑間と視線が絡まった。
「……これからどうするか、きちんと決まったか?」
「はい! 私、自分の知りたいこと……、きちんと姉様に教えてもらいます!」
「あぁ、それでいいのだよ」
ララクの決意に、緑間も安心したような優しい声をかける。
「(ちょっと何よ何よ、二人ともめちゃいい雰囲気じゃん?)」
「(昨日さ、たまたまララクちゃんのお姉さんに会ってよ。からかわれてるときの二人の反応ったら最高だったぜ? 見てるこっちが赤面しちまうぐれーに)」
「(えー! なにそれうやらま……けしからん! あたしも見たかったぁ……。てか、ララクにお姉さんいるんだ? 初耳だわあ。てかすっごい今更だけど、緑間がララクのことを呼び捨てにしてるのもめっちゃ気になる!)」
こそこそと篠菜と高尾が会話している。
「んま、この話はこれで終わりね! みんな、ララクのこと、これからもよろしくね」
「もっちろん! ララクもアンカルジアも、あたしが優しく、やさしーく……、愛でてあげるからね!」
「だからそれやめろって! ったく、むしろこんなのと仲良くしてていいのかって疑っちまうわ……」
「……篠菜は、全力で止めるから。こちらこそよろしく」
「オレも言わずものがなだぜ。な、真ちゃん?」
「フン、当然なのだよ」
「みなさん、本当にありがとうございます……!」
こうして、長いお昼は終わった……。

「今週から一週間はテスト週間になります。それにより部活動はどこもなくなります。勉学に励み、来週のテストに備えてください。ではこれにて放課後です」
先生の連絡が終わり、生徒たちがぞろぞろと帰路へ着く。
「うへぇぇぇ! テストのこと忘れてたわ……。どーしようかなあ……」
「篠菜はいっつも赤点の常連だからなあ、よく高校受かったな」
「面接は得意だからね! ……ああ、来週が憂鬱……」
がっくりと肩を落とし、ため息をついている。
「……毎度のことだけど、付け焼刃で少しでも乗り切るしかないよ」
「あぁぁ……朱夏先生、これから一週間、よろしくお願いします……」
「……任せて」
三人組はどうやら朱夏が一番頭がよく、篠菜が一番悪いようだ。
「よっ、来週からテストかよー、だりいなあ。真ちゃんはまあ、心配する必要ねーけど、ララクちゃんは自信の方はどうよ?」
いつものように高尾が教室まで緑間とララクを迎えに来る。
「……ど、どうしましょう。私、本当に全然ついていけてなくて……。ひ、一桁取っちゃう……」
「ブッ! 何、そこまでやべえの? 中学の時のテストとか覚えてる?」
「……ララクとアタシのテストの点数合わせて50点……ないぐらい」
ララクはカバンの中にいるアンカルジアと青ざめた顔を見合わせている。
「ちょ、マジ!? え、それすっげぇヤバくね!? ど、どーすんの……?」
「だ、大体! 一人で勉強してもさっぱり理解できないんです! た、高尾さん……助けてください……!」
「そ、そうは言われてもなあ……。人に教えられるほど頭がいいかと言われると……って、ここにいんじゃん! 頭のいいエース様が!」
「なんの話なのだよ?」
荷物の整理をしていて話を聞いていなかった緑間は、話を振られて困っている。
「一週間、ララクちゃんに勉強教えてやってくんね?」
「む……、ララクはいつもきちんと授業は聞いているし、ノートも取っているだろう? 自分で勉強できるはずなのだよ」
「そ、それが、その、質問が出来る時にきちんと聞いて、教えてもらったことは覚えられるのですが……、そうではないことは、さっぱりで……」
「な、いいだろ? ララクちゃんなら真面目だし、真ちゃんの勉強を邪魔することなんてこと、ぜってーないだろうからさ」
「まぁ……、別に構わないが、どこでするのだよ」
「んなもん、真ちゃんの家でに決まってるっしょ。家も隣なのにわざわざ遠出する必要もねーじゃん?」
「……それもそうだな。ララクもそれでいいか?」
「あ、はい! 緑間さんがよろしいのでしたら、私は構わないです。お勉強の方、よろしくお願いします」
頭を一回下げ、お願いする。
「あたし達は図書室で勉強してくから、また明日ね! 来週のテスト、ララクと点数勝負よ!」
「あ、は、はい! 頑張ります!」
こうして、地獄のテスト勉強が始まる……。