第16話

ドードーの加入により、盤石とは言えないまでも今までマリアと二人で東狂踏破に挑んでいた時とは段違いで楽になりました。やはり数を揃えるというのは単純にして絶大な効果を発揮するということですね。
お陰様で、今日はそれなりの余裕を持って妖精郷に顔出しが出来そうです。

「三週間ぶりか? この間の依頼、きちんとこなしてくれて助かった」

「いえ、こちらこそ色々と助力して頂きありがたい限りです。野崎王」

「それで、本日はどういった用件だ?」

「あ、その……異界経営って思っていた以上にやはり、色々と要り様でして……。何か適当な依頼を回していただけたら、と」

「ああ、それもそうか。依頼に関しては佐倉に準備させよう」

「少し待っててね」

「ありがとうございます」

大変心苦しいことではありますが、今はまだあそこが異界ではなく東狂とかいう謎の場所であるということは伏せておくのが無難でしょう。いつか返すにしてもそれまでにある程度の情報は自分の方で集めておきたいですし、万が一もあり得ますからね。
【宇宙卵】とかいうとんでも物質のせいで。

「お待たせ。私の方から受けて欲しいと思ってる依頼は一件。それともう一つはどっちでもいい感じかな」

『もりのあくまさん』と『宴の準備』の二つですか。どちらも妖精郷の住人達からの依頼のようですね。

「まず、受けてほしいという依頼は『もりのあくまさん』の方ですか?」

「うん。依頼主は若松くんっていうんだけど……あ、この妖精郷には個体を持つ悪魔も住んでるってことは知ってたっけ?」

「いえ、佐倉女王と野崎王以外にもいるというのは知りませんでした」

「えっとね。たまになんだけど、契約してた人が死んじゃったりとか、あるいは何かしらの理由で召喚されたけど捨てられちゃった子とか、ちょっと訳ありな子がここに辿り着いて来る時があるの」

「個体を持つことを嫌がる悪魔はそのまま霧散を選んで本体に帰っていきますが、中にはその名前や姿を気にいってどうにか地上に残ろうとする悪魔もいる、という話は噂程度に聞いたことがあります」

「そうそう。若松くんもそういったタイプの悪魔でね。元は≪魔獣≫カソなんだけど、私たち≪妖精≫と思想も近いし、気づいたらこの異界でくつろぐようになってたの」

一度名前を持ってしまったら最後、悪魔はその名と姿で現出し続けるか、霧散して元の世界に帰る以外の選択肢はありません。大抵の悪魔はそういったものに固執しませんから、さっさと元の世界に戻ってまた新たな分霊を現出させるものが多いでしょう。
ただ、下級の悪魔は分霊を送りこむことが容易ですが、上級の悪魔となれば話は変わってきます。
まず、地上にはそれほどの悪魔を呼び出せる人間は滅多といません。また、ほころびを使って出てこようにも相当な大きさがないと難しい。
こういった経緯もあって上級の悪魔であればあるほど、せっかく地上に現出した分霊を霧散させることを嫌う傾向にあります。だからこそ、この間のガイア教団連中もわざわざ危険を冒し、質の高い異界で何かしらの上級悪魔を召喚しようと試みたわけです。
ただ今回に限って≪魔獣≫カソはかなり位の低い悪魔のはずですから、容姿などを気にいっているみたいですね。

「……で、若松くんのことなんだけど。この妖精郷の近くを通りかかった女性がハンカチを落としていったのを見て、急いで拾って届けようとしたら男に邪魔をされて、返せなかったんだって」

「ふむ。依頼内容としてはその落とし物を届けてほしい、という具合ですか」

うーん……。話を聞く限りではハンカチを届けるだけなんですけど、地味ながらに難度が高いと判断せざるを得ませんね。
まず、人探しというのは相手が有名人であったり、特徴的な人物でないと難しい。そしてこの依頼で一番気になるのは男に邪魔をされたという点ですね。落とし物を渡そうとしただけで追い払われるとか、一体どこのお姫様ですか。

「ひとまず話を聞かせてもらっていいでしょうか? お受けすると即答できず、大変申し訳ないのですが」

「こっちも無理言ってるのは分かってるから、最終的な判断はダイナさんにしてもらって大丈夫。じゃあ若松くんを呼んでくるね」

席を外した佐倉女王はなんと、数分と経たずして若松くんと思しき≪魔獣≫カソを連れて戻ってきました。見た感じは人と遜色ないと言いますか、普通の一般高校生にしか見えませんね……。

「はじめまして! 若松博隆っていいます! えっと、依頼の話をすればいいんでしょうか?」

「はじめまして、フリーのダイナです。とりあえず、分かっている範囲のことを聞かせて頂けると私が力になれるか否かを判断しやすくなるので、お話しいただければと」

ちょっと卑怯な言い方ですが、二つ返事で引き受けておいてやっぱり返せませんでしたは無責任ですからね。出来ないことは出来ないと断るのも誠意の一つです。

「分かりました。えっと、事の始まりは今から一週間くらい前です。ちょっと用事があって外に出てて、妖精郷に帰ってくる時に一人の女性とすれ違ったんです。その人の手荷物からハンカチが落ちたんで拾って渡そうとしたんですが、女性と一緒に歩いてる男にすんげー形相で睨まれた挙句、近寄んじゃねえ、と一蹴されてしまい……」

「そのまま返すことが出来ず、今に至ると」

話を聞く限りではどうにもその女性と一緒にいる男の人があまりにも横暴だとしか感じられません。落とし物を返そうとしているだけなのに、普通そこまでしますかね。

「その二人の人物について、何か特徴とかは?」

「女性の方はもう見た目からして清楚系って感じでした。髪は栗色でポニーテールにしてて、白を基調にしてるワンピースというかドレスを身に纏ってて、とにかく優しさに溢れていそうな雰囲気が凄かったです。一緒にいた男の方は銀髪で、身長は俺よりちょい大きいぐらい。紺色のコートを着ていて、後はフード付きの赤い服を着てました。一番特徴的なのは、右腕ががっつり包帯で巻かれていたことですかね」

「若松さんより大きいとなると、優に180cmは超えますか。というか、結構な外観の情報持ってますね!? それ、お二人に話したら多分見つけてもらえますよ?」

「いやあ、そこまでお世話になるのは申し訳ないなーって。ほら、個体を確立しちゃった悪魔を受け入れてくれる場所ってあんまり多くないし……」

これは推測ですけど、お二人に話した上で私に依頼してはどうかと勧められた口ですね。
若松さんの話を聞く限りで、その二人組は不自然です。何がって、あまりにも思想が真逆の人間が共に行動していることが。……絶対にないとは言い切りませんけど、やはり珍しいことに変わりはありません。
女性の方に関しては明らかに秩序側の思想を持ち合わせているでしょう。白を基調とした衣装を身に纏っているなんて、こちらの世界においてはメシア教団関係者を除いてそうはいません。裏社会で白の多い服を着ているだけでメシア教の者だと勘違いされる程度には色が与える印象は大きいですから、私服で好んで着る人は素人ぐらいです。私が白のブラウスを着ているのも元メシアンで、思想も秩序寄りだからですしね。
逆に、男性の方は衣装云々を除いても明らかに混沌寄りの思想を持っています。落とし物を届けようとしたら追い払われるなんて、どんだけ個人主義なんですか。
──いや、それだと女性を守るような言動をするのもまた異常ですね。そもそも、本当に個人主義なら一緒にいる理由もありません。となると、何かしらの理由があって女性に人を寄せ付けたくなかったとか? そっちの方が面倒な問題を抱えていたりして……。

「それと、男の方はえらい傷だらけでしたね」

いやもう絶対に首を突っ込んじゃいけない案件じゃないですか。それを分かってるから私に依頼をする形にしたって言ってるようなもんですよ。今度とも仲良くしたいと言って下さった割りにえげつない内容の依頼を頼もうとしてきますね!?

「俺としてはこのハンカチさえ女性にお返しできればそれでいいんです。自分の手からじゃなくて構いません。受けてもらえるでしょうか?」

うっ……。ここまで聞いておいて無理ですなんて、言える空気じゃありませんよ。何より探し人がメシア教団関係者である可能性が高いというのが断りづらさを助長してる。
これは完全に一本取られました。

「……分かりました。お受けいたしましょう。落とし物の方は私が預かっても?」

「本当ですか! ありがとうございます! それじゃこれ、お願いします!」

綺麗な詩集の入った白いレースのハンカチか。まさに絵に描いたような優しい女性が持っていそうな物ですね。……偏見かな。
さて、受けた以上は地雷に突っ込む覚悟で挑ませて頂く所存ですが、妖精女王から真意を聞くぐらいは許されるでしょう。丁度戻って来てくれましたし。

「依頼、受けてくれたんだ。ありがとね」

「謹んでお受けいたします。差し当たって、真意をお聞かせ頂けると嬉しいのですが」

「んー。いくつか理由はあるんだけど、まずは探し人が秩序寄りの人物である可能性が高いからかな」

「確かに私も昔はメシア教団の人間でしたから、そちらの方面に関しては顔が広い方ではあります」

「次に、ある程度の荒事に巻き込まれても大丈夫な人」

「……やはり、佐倉女王から見ても何か問題を抱えていそうだという見解を出しておられますか」

「いくら思想が混沌寄りだからって、落とし物一つ渡そうとしただけで追い払うなんてあり得ないからね。怪我もしてたって話しだし、何かあると思ってるよ」

「一番の理由は?」

あれ、佐倉女王が黙ってしまわれた。そんなにヤバイ案件なんですか、これ。

「一週間ほど前に、何かの建物が大爆発を起こした……という情報が入ってきたの。信ぴょう性は低いし、他の組織も何かしらの動きを見せた気配はないから、私たち妖精郷も何の動きもみせてはいないよ」

「大爆発、ですか? それが本当ならかなり大事ですけど……信ぴょう性が低いと判断した理由は?」

「この報告を上げてくれた悪魔が一体だったことと、他組織が動きを見せていないからというのが主な判断材料かな。ただ、私個人としてはやっぱり気になってる」

妖精郷という立場を考えれば、特に何もしないというのが私としても正しい判断だと感じます。
ただ個人的に引っかかる気持ちも分かる。建物が爆発する瞬間か、あるいはした後だとしても、それを見間違えるというのはちょっと考えにくい。後は報告を上げた悪魔が嘘をついている可能性ですが、そんな嘘をつく必要性が感じられません。
そして、悪魔から報告があったのは一週間前ですか。……話が見えてきましたね。

「ただの考えすぎ。そうだったらいいなって」

「今回の依頼について、完遂しおわった暁にはもう一度こちらの方へ報告に上がります」

「ありがとう。期待してるね?」

どうにも貧乏くじを引く体質みたいですね、私は。
なんて、これだけ頼られている以上は無下には出来ませんし、今後とも妖精郷とは仲良くしていきたいですから、今は少し無理をしてでも自分を売り込んでおいて損はない。
それにこの依頼には建物の大爆発の事実を知れる可能性もありますから、決して悪いことばかりではありません。もしも建物が本当に一軒なくなったのなら、それを引き起こしたのが何者であるのかを知る必要が私にもある。東狂の主である以上、他人事ではいられません。

「千代ー! 『宴の準備』はまだかー?」

「あ、ごめんね結月! 今行くー!」

っと、妖精郷では今から宴ですか。これ以上の長居は迷惑になりますし、ここらで引き上げましょう。

「情報ありがとうございました。私はお暇──」

「なああんた! この後どうせ暇だろ? 良かったらこれでお菓子とかジュース、ありったけ買ってきてくれねえか?」

「えっ? あの──」

「もー結月! 無理言っちゃダメだってばっ!」

≪妖精≫ローレライの個体持ちみたいですね。これはまた私よりずいぶん格上の方に絡まれました。……というか、えらくフレンドリーなのかな? この異界を支配している佐倉女王にもあそこまで軽い言葉で話しかけられるのはある意味強者と言えます。

「いえ、結月さんの仰るとおりこの後は特に用事もありませんから、私で良ければお受けしますよ」

「ほんとか? じゃあこんだけ渡すから、一時間後までにありったけ買ってきてくれよ。残った分はそのまま持って帰っちまっていいからさ」

「こんなに……? いえ、分かりました。取りあえず行けるだけ行って買い漁ってきます」

どう見てもお菓子やジュースだけで消費される金額ではないのですが……どうやら、気遣って催しを依頼として用意して下さったようです。本当に、感謝しかありません。
これに応えられるよう、私も必ず依頼の方をこなさなくてはいけませんね。それが誠意というものですから。