第15話

東狂の主となってからろくなことがないのですが、今日は二週間目の最終日。そろそろ、朗報とまでは言わずとも明るい話題が欲しい。

「時が経つのは早いもので、東狂踏破を目指し始めてから半月が過ぎようとしていますが、すべきことは大きく変わりません。さあ、本日はどのように?」

「仲魔を増やしましょう。今後も東狂を潜っていく以上、様々な状況に対応できる人材が必要です。≪魔人≫との戦いについてはその……ダンテさんを頼ることも選択肢には入ったのですが、事情が事情なだけに巻き込みたくないというのが率直な意見です。ええ、他に理由はありません」

「ダンテ様を雇うのは決して安くありません。我々が持ち合わせている資金から捻出するのはかなり厳しいですし、妥当な判断かと。何より、次の≪魔人≫も【宇宙卵】を持っていることは容易に想像出来ます。ダンテ様に限らず、部外者の方を頼るのは情報漏えいのリスクを見ても、出来るだけ避けたいところかと」

「この異界で【宇宙卵】を手に入れられる、なんて話が噂レベルでも流れた時点でゲームオーバーですからね。使い道を知っている勢力がこぞって来るでしょう。殺してでも奪い取るの精神で」

「様々な観点から、ほぼ全てのリスク回避が出来る仲魔に頼るのが最も合理的であると言えるでしょう。難点といたしましては勧誘自体に時間を有することと、必ず成果が得られる保証がないことでしょうか」

「そればかりは粘り強く頑張るしかないですね。自分の努力次第で良い関係が築けるというのです。これ以上に素敵なことは早々ありませんよ」

「最近の出来事にかなり参っているようですね……。ダイナ様の心の平穏を保つためにも、是か非でも有能な仲魔を増やしましょう。では早速、出発いたしましょうか」

 

仲魔集めをするのに持って来いの場所、それは東狂です。もう見慣れましたよ、この地獄のような光景も。
さてと、本日は踏破が目的ではなく、そこそこに腕の立ちそうな悪魔に声をかけて契約にまで持ちこむのが目的です。なので深い所にまでは潜らず、既に踏破し終えている場所で悪魔を探しましょう。
まず、群れは避ける。交渉の妨害をされては堪りませんからね。一番好ましいのは一体で行動しているのがいると良いんですけど。
あ、あとは悪魔と言っても私たち人間と同じように思想というものがありますから、私の場合は秩序寄りの悪魔の方が話やすいので、そこが狙い目ですね。ただ、ここって≪魔人≫が住処にしているからか、混沌寄りの悪魔が多いんですよねえ……。
……おっ、あの悪魔は話が通じそうな気がしますね。単独で動いていますし、声をかけてみましょう。魔貨にマグネタイト、もしくは道具を求めてくるかもしれませんから、いつでも出せるように準備して……っと。

「人間? 珍しい。このような場所にいる」

「初めまして、ダイナと言います」

≪妖鳥≫タンガタ・マヌですね。思想は中立ですし、話すこと自体は問題なく出来るでしょう。後は気にいってもらえるように尽力するばかりです。

「何故いる? ここはただの異界。そう思っている?」

「いえ、ここが東狂と呼ばれていることは知っています。私がここにいるのは契約で主となってしまったからなのです」

「主? 東狂の主になった? 人間が? それは不運」

「まさか野良悪魔にまで同情される日が来るとは……。まあ、主になった以上は全容を知る必要がありますので、最下層まで足を運ぶつもりです」

「最下層へ向かう。不要。ただ生きるだけ、上層で十分」

「確かに、ここで生涯を終えるならそれで十分しょう。しかし、私には依頼主がいます。なのでいつの日か、お返ししなくてはならないのですよ」

「事情把握。契約守る、召喚師としてもっとも大切。好感が持てる」

ふむ。東狂の最下層を目指す理由が依頼を達成するため、というのが好印象だったようです。ただの異界ならばいざ知らず、この悪魔は東狂を物好きという理由で潜るべきではないと考えているようですね。結果としては良い方向に話が進んでいます。

「なので、この東狂踏破のためにあなたの力を貸して頂けると嬉しいのですが」

「我と契約。条件あり」

「出来る範囲で、あなたの望むものを提供しましょう」

ここまでこれば仲魔に出来そうですかね。悪魔のレベルを見ても私より結構下ですし、無茶な要求をしてくることがあっても威圧してやればすぐに適正な内容に変えてくれるでしょう。
時たま無茶を通してくるのもいますから、交渉決裂するときもありますけど。……そこら辺に関してはまあ、悪魔らしいと言いますか。

「我は望む。我という個体。ただ唯一のものとなるために」

唯一の個体になりたい、ですか。つまるところ、≪妖鳥≫タンガタ・マヌという種族の中でも自己が確定された存在になりたいということですね。

「契約を結べばお贈りできるものですね。本当にそれだけでよろしいのですか?」

「そうであったか。では交渉成立。我は契約する。コンゴトモヨロシク」

「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」

ここまで事が簡単に進んだことが数週間の間に一度でもあったでしょうか? 流石に、今回のようなことは普段どおりに仲魔集めをしても滅多に起こることではありませんけど、それでも今の私にとっては最上位の明るい話題です。

 

今日から四月の第三週目。月の折り返しに入りましたが出来ることから着実に。それに今度からは新たな仲魔となった≪妖鳥≫タンガタ・マヌこと、ドードーもいます。今までよりも安全な東狂踏破に臨めるでしょう。

「ということで、加入して頂いて早速ですけど働いてもらうことになりそうです」

「契約の報酬として名前を貰った。対価は払う」

片言なところは変わってないみたいですが、倒置法のような話し方は大分緩和されたみたいですね。
これも名前を得た結果なのでしょうか? ……なんて、そこらに関してはいまだ謎に包まれている部分で、少なくとも人間の中で解明できたものはいないと言われていますから、私に理解出来るものではないのでしょう。
後は見た目も大きく変わりましたね。二本の足で、丸い体に茶色い体毛。そして二本の首があって顔も二つと、言葉で伝えるとまさに悪魔のような風貌ですが、実際のところはもふもふしていて鳥型のマスコットのように可愛いんですよね、これが。
可愛いと思っていることは誰にも言いませんけど。

「ドードー様は足が速いので、今後の東狂踏破は今までの倍以上の速度で階層を巡れると予測されます。全四十六層であるという情報を信じるのであれば、出来る限り踏破速度は保ちたいところ」

「もう少し仲魔が集まった時には誰が向かうか、人材の割り振りにも気を配る必要が出てきそうですね」

「さらに警戒すべきは≪魔人≫の存在でしょう。我々はまだ、どの階層に次の≪魔人≫が待ち構えているのかも知りません。前回のように割符があるとも限りませんので、常に万全の状態を心がけるべきかと」

「≪魔人≫が待ち構える階層、必ず割符ある。≪魔人≫と戦うための資格。東狂で生まれた悪魔の中で、これ常識」

「なるほど。有益な情報、ありがとうございます。であれば、割符を見つけることが出来た階層に≪魔人≫が待ち構える扉があるということになりますね。見つけた時点で一度撤退し、情報収集をして万全の状態で挑むのが望ましいか」

「ええ。多少の時間を割くことになりますが、手を抜ける相手でもなし。相手の能力が分かればそれに対応した仲魔で挑むことも可能です。もちろん、それがすぐに捻出できないのであれば悪魔合体を活用すべきでしょう」

「それは……、はい。分かっています」

少し前にマリアと話した時にも悪魔合体のことに触れましたが、あの時は実感が沸かなかった。ここは少し質の高い異界でしかないと考えていたからだ。
でも、事情は変わった。
ここは東狂と呼ばれる、他の異界とか一線を画した場所であるということを知ってしまったからだ。それを証明するように≪魔人≫がいくつかの階層で待ち構えていることを示唆されてしまった以上、もう甘いことは言っていられない。
今すぐではないものの、いずれ来たるその日までに悔いが残らぬよう、出来る限りのことはしておかなくては。

「話は終わり。東狂踏破に向かう」

「それではみなさん、油断なく往きましょう」