第14話

先日はとんでもない目に会いましたが、いつまでも引きずっているわけにはいきません。それに東狂の更なる階層のことを考えれば、あの程度可愛いものです。
ええ、私の自尊心というものにさえ目を瞑れば。

「前回の依頼をこなして以来、随分と傷心気味ですが問題はありませんか?」

「大丈夫です。その問題については今度時間が出来た時、マリアに話すことで晴らすと決めましたので」

「どうにも、本調子ではなさそうですね。……若干キャラもブレているように感じられますが、見なかったことにしておきましょう。さあ、本日は外回りです。粗相のないように」

「今日はヤタガラスの方へ顔出しをしようと思っています。今の私が粗相をしないというのは恐らく難しいので、ならばせめて相手がそういったことを気にしないところへ行こうと」

「とんでもない発言ですが、それについても今度お聞きいたしましょう。では、行きましょうか」

 

ということで、やってきたのはなんて変哲もない神社。ちらほらと参拝客が見えますが、お年寄りが多いですね。この神社はちょっと階段数も多いので、健康維持のために上ってきている方もいるのかな。

「おっ、ひっさしぶりー! 元気にしてた?」

「お久しぶりです、高尾さん。その、相変わらずのテンションですね」

「普段どおりだって。それにま、ここの窓口紹介してくれたのはダイナだし? ある程度は便宜、計らうぜ?」

「ありがとうございます。最近、異界経営を任されまして。住所が変わったのでその連絡を」

「おっ、やっと腰を落ち着かせたの? んじゃま、色々と入用なわけだ」

「そうですね。ご贔屓にして頂けるとありがたいです」

「おっけ、適当に良さそうなの回すわ」

【人間】高尾和成。恐らく、というか間違いなく、私の知り合いの中で唯一の一般人と言っていいでしょう。もう一人だけいると言えばいますが、あの人はなんか……よく分からないのですが、COMPの解析に引っかかるんですよね。

「何か困ったりしていることなどはありませんか?」

「ん? オレの心配してくれてんの? 相変わらずお人好しだねえ。今は異界で結構大変なんじゃないの? オレ異界について詳しくねーけど」

「何も言い返せないのが悲しくもありますが、ここへ高尾さんを紹介したのは私ですからね。困っていることがあれば力になるのは当然です」

「いやあ、ここまで律儀だと変なのに絡まれたりしてないかって心配だわー。ま、そう心配しなさんなって。オレだって自分のことぐらいは自分でどうにかするし……ほい、これが今ダイナに出せそうな依頼だ」

「ありがとうございます。ちょっと、目を通させて頂きますね」

「あいよー。……あ、困ってるかって言われると微妙だけど、オレ知りたいことがあんだよね」

依頼は『惑わしの森』『新アプリ実験』の二つですか。前者の方は難度が結構ありますが、こなせないほどではありません。

「知りたいことですか」

「ほら、オレってここの窓口するまではマジでなんにも知らない、いわゆる表の人間だったわけじゃん? んでこっちに来てから詳しくなったことと言えば、まあ葛葉のことぐらいなわけよ。だから他勢力が何をしているかって話を聞くことはあれど、どういう思想で動いているのかまではいまいち追えてないっていうか」

「ああ、なるほど。ぶっちゃけると葛葉の動向を把握している人の方が珍しいのですけど、自分の近くにあるものは総じて稀少性が落ちますからね」

「そそ。だから今の俺にとってはメシアやガイアの思想の方が新鮮ってわけ」

そう感じるようになったというのは、良くも悪くもこちら側へ順応しているからでしょう。
そしてヤタガラスの思想に対しても特に反感を持っていないどころか、元から近いものがあった感じですかね。まあ私としても秩序寄りであるヤタガラスとは悪い関係ではありませんし、話していて気楽です。

「では軽くお話ししましょうか。まず、この発展した帝都と呼ばれる街の裏ではひそやかに、神話伝承の存在──悪魔たちと、それに与する人間の勢力争いが行われています」

「秩序と法、救世主による救済を説く最大勢力がメシア教。対して、自然との一体化を志向し、秩序や階級に囚われない自由な在り方を好む最大勢力がガイア教、だっけか」

「はい。その二大組織が……あれ、高尾さん?」

「んでんで? 続きは?」

絶対分かっててやっていますね、これ。まあ、最後まで付き合いましょうか。

「他の勢力といえば、妖精郷でしょうか。妖精王が治める異界の中心に集まった、中立の緩衝地帯。どちらの組織にも属さないフリーランスのサマナーなどがよく寄る場所でもあります。また互助なんかをする場所であるが故、下手をすれば先述の二組織両方を敵に回しかねないところを位置取りの上手さでやっている感じです。あまり大きな力はないのですが……」

「いやあ、あれはマジでよくやってると思うわ。この世界に足を踏み入れて感じたことだけど、どっちかに傾いちまった方が楽なんだよなあ」

「そうですね。危機に直面した時ほど過激な意見の方が分かりやすく、支持しやすいですから。続いてはヤタガラスですが……説明、要ります?」

「天津神の系譜に連なり、日本という国家を霊的に守護する組織ってね。秩序寄りではあるけど、メシアほどにガッチガチの思想ってわけでもねえから居心地良いぜ? 戦後のあれこれや伝統で縛られるせいで少数精鋭主義な部分に目を瞑れば」

「いやあ……。もう辞めたとはいえ、メシアンであった私の前でそれを言い切るのは中々ですね」

「俺にとっては事実だしなあ。それにダイナだって、相容れなかったから辞めたんだろ? でなきゃあんなエリート経歴を捨ててまでドロップアウトなんかしないって」

「……なんでしょうね。最近は痛い所ばかりを突かれるんですが、私をいじめる計画でも立ててます?」

「あり? そーなの? まったくの偶然だけ思うけど、いろんな奴に言われるってことはそういうことなんじゃね?」

私としては人々が秩序と法に守られることは今でも素晴らしいことだと真面目に思っていますし、神を信仰しているのも変わりはないのですけど。
まあ、高尾さん自身もそこを否定しているわけではない、ということは分かります。高尾さんにとっては目に見えない神を信仰するよりは、目の前にいて共感できたり理解が及ぶものへの方が手を差し伸べやすいという話で、それもまた真理でしょう。

「話を戻しましょうか。ヤタガラスは少数精鋭という都合上、問題解決が“突っ込んで殲滅”的な荒っぽいケースが多々ですから、そこらに関しては……はい。もうちょっと何とかなると嬉しいですね」

「悪い奴は裁いて、困ってる人は助ける。思想的にもおかしい部分はねえんだけどなあ。なーんかこう、人智を超えた手段で解決すんのよね、あの人たちって」

「社会秩序と日本国の維持のためなら容赦はしませんからね。相手が悪魔といった人智を超えた存在への対応法が……その、人智を超えざるを得ないのも、理解出来なくはないですけども」

「だからって普通、戦艦を一人でぶった斬るか? 最初に文献を読んだ時は意味わかんなかったわ。その後で仕事振りを見た結果、こいつらならやりそうって思わせるのもイカれてるっしょ」

「まあまあ。日本のために戦ってくれているわけですし、ありがたいことですよ。……ええ、うっかり敵認定されない限りは」

「俺も悪いことしないでおこうって思ったもんね。あんなのに狙われたら命がいくつあっても足りないって」

「我々は分かり合える点が多いですから、大丈夫でしょう。……残るは闇賭博場でしょうか? 所詮我々は裏社会の住人ですから、寄り集まって情報交換をしたりする場所があるわけでして。バックはヤクザにマフィア、あるいは財産持ちの好事家がついています」

「そこって、悪魔を使っての見世物賭博とか購入権をかけてのオークション、女悪魔を使った人では与えられない快楽を与えてくれる売春の斡旋とかって……マジ?」

「うー、んー……。肯定はしないでおきましょう」

お世辞にも行儀が良い場所ではないので、出来れば高尾さんには一生足を踏み入れずに終わって欲しいのですが、そういったものに興味を抱いているのでしょうか?
あと、この治安のいい法治国家で銃器やら弾丸やら、そういう非合法なブツを提供してくれる数少ない場所ですが、言う必要はないでしょう。ヤタガラスにも武器はあるでしょうし。

「ま、こんなもんか。いやー、久しぶりに人と話すのは楽しいわ」

「なるほど、そっちが目的でしたか。でしたらそう言ってくだされば」

「これぐらいの話題にしておかねえと、オレが会話を止められる自信がなかったんだって」

私のような裏社会の人間が来ない時はただの受付係ですから、相当に暇だったということが伝わってきます。高尾さんはお喋り大好きですし、話せる相手に飢えていた感じですね。

「では、今度は私から話を振らせてもらいましょう。ここ最近で目立った動きとか、あります?」

「んー……。目立った……ねぇ。強いてあげるなら、メシア教もガイア教も、なんか色々動き回ってるってことぐらいだな」

「……そう、ですか。何か、珍しい人物とかは?」

「珍しい? 俺の目の前にいる人とか?」

「私は珍獣ですか……」

「じょーだんだって! でもここ最近、ご無沙汰だったし?」

「それは、否定できませんが……」

「でもま、真面目な話、特に変なのが紛れ込んだりとかはなさそうだぜ? 葛葉も動いてないみたいだしな」

「と、言う割にはこの『惑わしの森』が結構危険なんですが。それでも、葛葉は動いてない?」

「いつも危険度の高い任務に飛び回ってるのに変わりはないって。要は、人手不足。動いてないっていうのは何か組織立っての動きってこと」

「そうですか。なら二つともお受けいたします」

「あいよ。でも、いいの? 結構難度あるよ? こっちとしてはそりゃ、助かるけど」

「帝都内で、しかも人通りが多いところで悪魔が巣を作っている。少し見過ごせません」

「ダイナはそういう奴だったって忘れてた。んじゃ、気を付けて頼むわ」

「はい。それでは『新アプリ実験』の方を済ませてきます」

「あんま無茶すんなよー」

何といいますか、ものすごく久しぶりに日常というものに触れた気がします。会話内容は日常とかけ離れていた気もしますが、人との会話は立派な日常ですよね。……うん。

 

「──とまあ、ここ数日の出来事はざっとこんな感じです」

「試合に勝って、ダンテ様に恥を晒した、ですか。自業自得ですね」

「分かっていることとはいえ、真正面から言い切られると堪えますね……」

ヤタガラスの方で受けた依頼の一つは特に何事も無く終えられたので、その日はそのまま帰宅。今はようやっと一息つけるところまでこぎつけて、マリアに愚痴っているといった具合ですね。
愚痴っていたら説教を喰らう羽目になったのは……まあ、ええ。身から出た錆ですから、甘んじて受けますとも。

「最も看過できないのは、死ぬと分かっていながら引かなかったことです。ダンテ様にも指摘されていると思いますが、無茶をしなければ一命を取りとめられたのでしょう?」

「どうして指摘されたと分かったんですか。……マリアの予想どおり、同じことを言われましたよ」

「綺麗に腹を掻っ捌かれたとはいえ、即死を免れているのです。すぐに死に絶えてしまうような失態をダイナ様が犯すとは思えませんから」

「褒めるのか貶すのかどっちかにしてください。上げたり落とされたりするのは結構しんどいんですよ?」

「軽口が叩ける程度には元気そうでなによりですよ、我が主」

「いやあ……、あはは」

ちょっと元気になれたのは高尾さんのお陰ですかね。他愛のない話が出来たのは意外と私の心に平穏を……いや、神を信仰していることに関しては全否定されましたから、あれもかなり堪えましたけど。
私としてもあれに関しては反論して良かったのでしょうけど、言い合いがしたかったわけではありませんからね。それに、神を信じることは強要されるべき事柄ではありませんし。
神はいつでも私たちのことを見守ってくださっている。だから後は私たちがそのことに気付ければ、それで良い……くらいですからね、私の考えは。
メシア教の中では滅茶苦茶に緩い信徒でしたけど、聖堂騎士の隊長をしていたこともあって、頭の硬いメシアンだとよく勘違いされたものです。私が厳しかったのはあくまでも聖堂騎士としての鍛錬や実践に関してだけで、日々の御祈りだとかに関しては並みです。
このことを知っているのはマリアと、ゲイリーさんと……他に誰かいたっけ?

「しかし、ダイナ様がそこまでダンテ様に想いを寄せていたとは。前回の邂逅の時にもう少し、気を遣うべきでしたね」

「んぇ? し、失礼。変な声が出てしまいました。それで、マリア。今なんと?」

「ダンテ様に勝つことで、己の強さを証明したかったのでしょう? そしてそれをダンテ様に認められたかったと、ご自身で言ったではありませんか」

「いえ、待ってください。確かにそう言いましたが、それが何故、その……想いを寄せて云々になるのです」

マリアは時々話を飛躍させて私をからかうんですから、困ったものです。……あれ? そんなこと、今までに一度としてマリアにされたことはありませんね。
えっと、私の理解が追いついていないのか。つまりどういうことです?

「東狂の主になって≪魔人≫たちとの戦いを余儀なくされ、挙句の果てには【宇宙卵】というとんでもない爆弾を抱え、余裕がない状態であることは重々承知しております。ですが、そんな状況だからこそ、ダイナ様自身にとっての幸福の探求もまた、捨ててはならないものかと」

「もちろん、私だって人並みの幸せは感じたいと考える程度には人の子だと思っていますよ。今すぐには難しいでしょうけど、余裕が出てきたらそれも探すのも良いでしょう。しかし、それと先の話には何の関係もありませんよ?」

「何といいますか……。今までダイナ様は何度か恋愛相談を受けたことが御座いますよね」

「うん? まあ、多少だとは思いますが、はい。特に口の堅さが好まれたようです。後は私自身が色目などを使うことがないのも相談相手として良い印象を与えたとかなんとか」

メシア教が経営する教会には毎日誰かしらが入れ代わり立ち代わりに神へ祈りを捧げに来るのは日常的な光景で、それは私がいた教会でも普通に見られる光景だった。
そして聖堂騎士を務める私たちも決められた時間に聖堂に入り、神へ祈りを捧げる。この時に一般の人たちと共に祈ることは珍しいことじゃない。そうして毎日を過ごしている内に相手方に顔を覚えられ、相談事を持ちかけられることが、何故か時たまあった。
私としてはこんな経験浅い人間に相談するより、もっと先輩たちに声をかければ良いのではと思ったこともあるが、女で聖堂騎士に入っている人物は稀だ。修道女もいるが、どうにも彼女たちは女性特有のお喋り好きというイメージが抜けきらないようで、結果として私に相談を持ちかける者が多かったのではないかと先輩たちに言われたことはある。
一つ弁明をするなら、修道女たちは決して口が軽いわけではない。中にはそういった人もいる、というだけであるし、逆に聖堂騎士だからといって口が堅いわけでもない。そうは言っても、私自身が相談されたことを他者に言うことはありませんでしたけども。

「他者の恋愛事情にも気をまわせる程度には器用であられますのに、ご自身のことになると不器用と言いますか。そう言った手合いの話は不得手にしていることは自覚しておいでなら、なおさらです」

「うーん。ですから今は純粋に、私に気になる方がいないというだけです」

「……気付かない振りをしているのでないのでしたら、私から申し上げることはありません。いい加減な発言をしたことを詫びましょう」

私が気付かない振りをしている? 私が、ダンテさんのことを想っていない──振りをしていると?

「な、ななな……! そんな、ちがっ! 私とダンテさんは考え方が大きく違いますし! 何より、こんな子どもみたいな自分が相手にされるわけないじゃないですかっ!」

「今になって理解したのですか……。私は相手にされるかどうかではなく、ダイナ様がダンテ様のことを好きなのかどうか、という話しかしていませんよ。当然、相応の関係になりたいのであれば努力は必要でしょう」

相応の関係? 私と、ダンテさんが……? それこそ、絶対成り得るわけがないっ!

「おっ、終わりです! この話は終わり! 私のことなど後で良いのです! 今はやらなくてはならないことがたくさんあるんですからっ」

「ふう。恋愛に関してはご自身が絡むと点でダメになるところは相も変わらずですか。まあ、愛を育みあえる相手がいなければ幸せになれないでもなし。無理する必要もないでしょう」

「そうですよ。幸せの形は千差万別。一つの物事に囚われては、それこそ幸せを逃がしてしまいます」

はあ……。とんでもない話になってしまいました。今後はマリアの前でダンテさんの話をするのは出来る限り控えることにしましょう。
私にとってダンテさんは憧れの人。それで十分なのですから。

「あまり、自己を犠牲になさらぬよう。……お願いしますよ、我が主」

「問題ありません。そう言った趣味は持ち合わせていませんから」