第13話

「うっ……あ、はっ……!」

身体中が痛い。急速に取り入れられる酸素が苦しい。

「眠り姫のお目覚めってな」

「ここ、は……」

一面に広がってるのは……瓦礫? 私、どうしてこんな瓦礫の山の中で……。

「俺の住まいさ」

家? あ、えっ……この瓦礫の山の中で、普段生活をしていると……?

「コート……」

「悪いな、毛布なんて気の利いた物は出てこなかったんだ」

「いえ……お気遣いなく」

「身体に異常や欠損はないか? 派手に斬ったからな」

まだ意識がはっきりしない。確か、依頼の過程でダンテさんと試合をして……──ああ。ばっさり斬られたのに無茶をして、死んだのか。
上体を起こすだけでも気だるく感じる。でも、それを除けば……特に異常はない。

「問題ありません。もう少しすれば、普段通り動けるようになると思います。それで、あの、依頼は……」

「ダイナの勝ちだ。あの二人は報酬とあんたを治す道具を置いて、痴話喧嘩しながら帰っていったさ」

「それは良かったの……かな」

報酬を置いていったということは、依頼は完了したということで良いでしょう。話を聞く感じでも相手方の機嫌を損ねていないようですし、結果は上々……とは言い切れませんね。私は死んだわけですし。
ああ、いや。あそこで生きてたら逆にアキさんとの溝がさらに深まってしまっていたのかもしれないことを考えると、ある意味最適解だった可能性も……? なんて、それはないか。
見たところ、ダンテさんにまたご迷惑をおかけしているみたいですから。

「いいんだよ。もう終わった話だ。……それより、なんであんな無茶したんだ」

「あ、それは……その、つい熱が入ってしまって……負けたくないな、と」

ダンテさんから向けられる視線が痛い。間違いなく探りを入れてきている目だ。
正直、意識がまだしっかりしていない今の状況で尋問に近いことをされるのは相当きついのだけど、あんなに必死になって勝利を得ようとした私の行動は誰がどう見たって異常な行動にしか映りませんからね。言い逃れが出来ない。

「死ぬって分かってたんだろ?」

「……ええ、まあ、はい」

「命を賭してでも勝たなきゃいけない場面ってのは、確かにある。俺たちのいる業界はいつも死と隣り合わせだ。そんな中で何か大切なものを守ろうとすれば、自然と命を賭けなきゃならなくなる機会は増える」

「そうですね。大切なものを守るのは……本当に、難しいことです」

「ああ。だからそういった行為自体を否定する気はねえ。俺だってそれなりに死線をくぐって来て、文字どおり運が良かったお陰で生き残れたこともある。だが、今回に限っては間違いなく言える。先の試合でそこまでする理由は何もなかった」

「何もなかったわけでは……! あっ、いえ……ダンテさんの、言うとおりです」

しまった。前面から全てを否定されて、つい言い返すところだった。……もう、言葉を濁した時点で遅いんでしょうけど、もしかしたら万が一が起きて、ダンテさんが言質を取らずに見逃してくれるかもしれません。

「ここで濁すって、言いますって言ってるのと同義だろ。ほら」

「見逃してくれたりは……」

「じゃあ、死んで俺に迷惑かけて作った貸しを返してもらうか」

見逃してくれるどころか、絶対に逃げられないよう道を塞がれました。
──怒られるんだろうなあ。はあ、こんなちっぽけなことで命まで賭けて……最後には死んで。本当、自分が情けない。

「その、見せたかったんです。ダンテさんに」

「あ? 見せる? なにを」

「私がフリーになってからそこそこに時間が経って、自立できたんだよってところを……」

「それ、本気で言ってんのか? あんな無茶するところ見せられて、誰が立派になったって思うんだよ。余計心配になるだけたっての」

「仰るとおりでございます。ぐうの音も出ません」

今更だけど、ダンテさんの一語一句が全て心に突き刺さる。あまりにも正論過ぎて。

「大体、試合の時で見せた異様なまでの勝利への執着も、俺に認められたがることも、どれをとってもダイナらしくねえ。……なんかあるんだろ」

「うあぁ……一番気付いてほしくないところに、どうして気付くんですか……」

「分かりやす過ぎるだけだっての。全部話せよ」

本当に話すの? もう十分過ぎるぐらい恥を晒したのですが、まだ晒せと申されています?
これを話したら最後、二度とダンテさんと顔を合わせられないんですけど……。

「どうしても、ですか?」

「まだ粘るのか? 別に構わねえけど、話すまで家に帰さねえぞ」

それは今の私にとっては死刑宣告と同義ですね。本当に一ヶ月以上軟禁されたら東狂に食い殺されるので。

「……私がメシア教を抜けてフリーになった頃は、世間をろくに知らなかったこともあって相当に苦労しました。全ては自分の知識不足などが原因ではあったわけですが、言い訳の利く世界でもありませんから。そんな私がどうにか稼業として成り立たせられたのはダンテさんのお陰なんですよ」

「俺の? あー、もしかしてあの時一緒に仕事したからか?」

「はい。腕に間違いはない、という部分を買われ、ほんの少しですが私にも仕事が回ってくるようになりました。ダンテさんにとってはどうってことない依頼の一つでしかなかったでしょうけど、私にとっては大きな一歩だったんです」

初めは、ダンテさんと私のスタンスは根本的に違うところがあるから苦手だった。当時にしても協働者が混沌寄りの思想を持っている人であると聞いた時はすぐにでも断ろうと思ったほどだ。
しかし、どうにかしてようやく受けられた依頼を断れば、それこそ私の信用はなくなる。そうなったらもう路頭に迷うしかない。背に腹は代えられなかった。
そうして実際に会って見れば、私みたいなフリーとしては新米のような奴でも良くない意味で名前を聞いたことがある人物だったのだから、気が滅入ったものだ。
依頼への態度は怠惰と言われ、気分が乗らずに当日になって依頼放棄したこともあるという、まさにとんでもない人物だ。
そんな扱いにくい人物であるというのに、彼の元には依頼が届く。
理由は何処までも単純で、単騎で大物狩りを出来る人物はこの裏社会でもそうはいないからだ。
大物狩り自体は頭数を揃えて対抗するのも間違った対応ではない。しかし依頼主にとっては雇う人が増えればその分の報酬を用意しなくてはならないし、数が増えすぎると敵に悟られてしまうというリスクも背負うことになる。
だからこそ、ダンテさんのような一人でも強敵と張り合える人材はどこにいっても需要がある。代わりに、ネックな所としてはそういった人材は根本として少ない。後はフリーである者が多く、これを勢力で取り合うことになるため、情報漏えいの懸念もある。
とまあ、色々とよろしくない噂を耳にしていた私は自分一人でも依頼をこなす算段を立てた上で、当日は現場に向かった。たとえダンテさんが依頼放棄をしたとしても自分までそんなことをしていいわけがなかったし、どんな理由があっても失敗すれば信用を落とすのは私も同じだったから。
まずは現場に来てくれるかどうか、なんて所から不安を抱くことになっていた私の気持ちなんてものは、当然ダンテさんは露ほども知らない。
それでもダンテさんは当日、現場に来てくれた。
まあ、来ただけで全ての不安が消えるわけはなく、面倒くさがりらしいから戦いの最中でも手を抜いたりする人なのかとか、調査中にやっぱり帰ると言いだすんじゃないかとか、様々な懸念を抱きながら、私は大物と対峙することになった。
その時に見せてくれたダンテさんの戦いぶりはスタイリッシュだった。
文句なんてつけようがない。純粋にどこまでも強く、力の使い方と銃さばきには憧れを抱くほどだった。

「それで? ダイナがそこまでして俺に勝ちたかった理由は?」

「ですからその、自立できたんですよーってところを……」

「なんだ。まだ逃げ道を無くされたいのか」

「い、いいえ! 話します! 話させて頂きます! あっと、その……」

言うの? 言わなくてはダメ?
一緒に依頼をこなしてもらって以来、ダンテさんは私にとって憧れの人となりました。だから、憧れの人にどうしても勝ちたかったんです。勝って、認められて……。
……? 認められて、どうしたかったんだろう。そこまでは考えたことないな。

「どうした?」

「恥ずかしい、です」

「……もういい。代わりに別のことで穴埋めしてもらうから、覚悟しとけよ」

「本当にごめんなさい……。これ、私の連絡先です。借りを返させたくなった時に連絡してください。出来る限り、予定は空けておきますので」

「ああ、俺のも取っとけ。相応の報酬は請求するが手を貸してやる。ただし、長期的な依頼は受けねえぜ」

「ありがとうございます」

「こんだけ話せるなら身体の方もいいだろ」

「はい、お陰様で。今回の貸しについてもきちんとお返ししますので」

「ダイナは律儀に返してくれるだろ? それも見越して助けたんだ、期待してるぜ」

──こうして、どうにか家へと帰してもらえたわけですけども。
私、依頼自体は完遂したはずなんですけど、なんでこんな恥ずかしい思いをすることになってしまったんでしょうか?
次にダンテさんと何事も無く顔を合わせられる自信が一切ありません。