第12話

後三秒……。いや、二秒もなかったか。ダイナの意識が切れるのが早かったら俺たちの勝ちだったんだがな。

「悪いな。粘られ負けだ」

「別に、気にしてないわ。あれだけの気迫を見せられたんだもの。私もまだまだだって思い知らされた」

「俺としても刺激になる良い戦いだった。こっちが依頼の報酬だ。後はこれで彼女を起こしてやってくれ」

「ああ、たまにはこういうのも悪くない。……って、おい待て。ダイナはどうするんだ? おい!」

あいつら……傷を治す道具一式と依頼報酬を払ったらそそくさと帰っていきやがった。まあ、ガイア教団の連中らしくはあるが、ここは異界のど真ん中だぞ。
今回俺が受けた『EXCEED DEFENSE!』の内容は至ってシンプルなもので、模擬試合の前衛を務めるものだった。チーム戦と聞いた時は断ろうとも思ったが、二対二と大人数ではなかったのと、兄貴が稼いで来いとうるさいこともあって渋々受けた。受けたんだが……あー。こんな気持ちになるぐらいなら、まだ兄貴の小うるさい話を聞いてる方がマシだ。
試合に負けたのも癪に障るが、ダイナの行動全てにはこの上なくイラつかされた。最初は全力で殺り合えると胸を躍らせたが、蓋を開けてみればなんだ、あのやり取りの数々は?
即興チームだから連携を取るための声出し? んなことは分かってる。分かってるが、あんな戦い方をされて俺が腹を立てないとこいつは本気で思ったのか? 俺という、自分よりも圧倒的なまでの強者を前にしてるっていうのにどこまでも遊星のことを気にかけた戦い方しやがって。挙句、それに負けちまうし。
チッ、胸糞わりい。
……まあ、最後の絶対に負けたくないって気持ちだけは否定しねえが。とはいえ、死んじまったら意味がねえだろうが。
あくまでもこれは模擬試合。俺に斬られた時点で降参してさっさと治療を受けてりゃ死ぬこともなかったっつうのに、そこまでしてこの勝利にこだわったのは何だったんだ?
遊星さんの足を引っ張りたくなかったからってか? それとも、この勝利を遊星さんに捧げたかった、か?
クソッ、余計イライラしてきたぜ。

「はあ……。何やってんだか」

蘇生不可能なほどには殺ってないからさっき渡された道具で一通りの傷は治したが、それでも傷が深けりゃ意識を取り戻すのにも時間がかかる。流石に悪魔がいつ出てくるか分からない異界に放っておくのも目覚めが悪かったから、取りあえず俺の家に連れ帰ってはやったが……。
実を言うと、俺の家は二日前になくなった。いや、厳密にいえばまだ瓦礫として残ってはいる。
こうなった原因は大体兄貴のせいだ。ちょっとしたことにすぐ腹を立てて斬りかかってくるから、応戦していたらつい熱が入っちまって、気づいた頃には家が瓦礫の山に変わってやがった。そのことでさらにお冠になった当人はどっか行っちまったし……。

「ソファは確か……ここらだったか?」

瓦礫を適当にかき分けていけば中の綿が飛び出した、辛うじて座れると思われるソファが見つかった。
これ、結構気に入ってたんだがな。……言っても仕方ないか。
こんな状態だから決して寝心地は良くないだろうが、そこは我慢してもらうとして。……毛布なんて気の利いたものは流石に見つけられないだろうし、俺のコートをかけておくか。

「…………」

試合が終わって一時間ぐらい経ったんだが、まだ目を覚ます気配はない。
こうして眠っている姿は歳相応どころか、幼さすら残るほどだ。そう見えてしまうのは体格に恵まれなかったからなのだろうが、それでも前線に出続けているのだから大したものだ。まあ、本人が言うには魔力への適正がなかったから仕方がなかったとのことだが。
──聖堂騎士隊長を務めているのは若干十五歳の少女である、という話は当時それなりに注目を集める事柄だった。
自分で言うのもあれだが、面倒くさがりな俺でも情報収集したほどだ。そして調べるほどに出てくる経歴はまさにエリートというに値するものばかりだった。
両親ともに聖堂騎士の一員を務めていた人物たちで、その一人娘である彼女自身も当然のように聖堂騎士の道を歩み、当時高校生程度の年齢で隊長にまで上りつめた実力はガイア教の奴らはもちろん、フリーでも混沌寄りの性格をしている俺の脅威になりうる存在だった。
ただ、それも二年も経たずに舞台裏へと隠れていった挙句、次に噂になる時にはメシア教からドロップアウトした〝元メシアン”なんて肩書きに変わっているのだから、生きている限り何が起こるか分からないとはまさにこういうことを言うのだろうと思ったものだ。
……今思えば、ダイナと出会ったのはこいつがドロップアウトしてすぐだったな。聖堂騎士時代の実力を知っている者は当時の過激さを嫌って関わろうとしないし、それを知らない馬鹿は下手な声掛けをして返り討ち。当然、世渡りなんてものを知らないこいつはすぐに浮いた存在として、俺の耳にも入ってきた。
大きな組織の後ろ盾がない現実に直面し、それなりに痛い目にあったであろうこいつも生活せざるを得ないということで、闇賭博場なんて場所にも顔を出すようになった時に俺と一緒に依頼をこなす機会があった。
その時の第一印象は……こんなに身体が小さい奴なのかと思った。噂は聞いていたが、あくまでもそれは実力面だけだったから外見なんてのはこれっぽっちも知らず、前線に出張ってるなんて聞けばイメージはもう屈強な女戦士みたいなのを想像していたから、本当に意外だった。とはいえ、この業界には十にも満たない幼子が何十人もの腕利きを屠るなんて事件も起こり得る以上、見た目での判断は止した。
依頼達成のためにはどんな努力も惜しまない姿は流石に元メシアンなだけあって、馬鹿みたいに実直だった。
後は……ああ。仕事終わりに、ちょっとした嫌がらせのつもりでかけた言葉に真剣な表情で返された言葉は、心に染みたな。

 

『なあ、元メシアンなんだろ?』

『はい。その認識で間違いありません』

『だったら、俺のことぐらい知ってるだろ。フリーの中では相当に有名な自負はあるからな。不名誉ながらに、メシアン共からも』

『私はまだフリーになってからは新米です。それでも……はい、名前くらいは』

『半人半魔。悪魔と人間から生まれた忌み子……ってか?』

『確かに、メシアンの中にそう考える者が多いことは……否定できません。ただ、私はそう思ってないと言って、信じてもらえるか』

『何だ? 言いたいことがあるなら言ってみな』

『心があることの方が大切だから。私はダンテさんのことをそんな風に思ったことは一度もありません』

 

その後に付け足された、悪事だと分かっていながらもその事柄に手を出している部分は見過ごせない、なんて台詞がなかったら、あの場で娶っていたぐらいだ。……いや、あの時に娶っちまえば良かったと、今日改めて思い知らされた。
先の試合、ダイナ自身は文字通り、依頼として請け負ったから遊星をチームメンバーとして信頼し、どれだけ辛くても最後まで俺に喰らいついてきた。諦めずに戦い抜いてくれたのは俺としても嬉しかったが、それは決して俺のためにではなく、別の男のためなのだと思うと湧き上がる感情を抑えられなかった。
結果、ダイナの身体をあんな風に叩き斬っちまって……かける言葉が見つからない。挙句、今の俺と来たらダイナの寝顔を独り占め出来て一人勝手に舞い上がってると来たもんだ。まったく、今の俺は完全に自分勝手で最低な男だぜ。
──それでも。
我ながら呆れるほどにダイナを意識してしまうのは、初めて協働した時にかけられた言葉と、同情や哀れみなんかが一切混じっていないまっすぐな瞳に、勝手ながらに心を救われたような気持ちになったからだ。
メシアンだったというのに鼻につく言動もなく、何処までも純粋に他者の幸せを願い、その為に自分の成せるべきことを成す。
全ての考えを理解できるわけじゃないが、出来ることならダイナが幸せになってほしいと願う人物の中に俺が入れたらと何度思ったことか。あわよくば、ダイナの想いを全て俺に向けてもらえたらと。

「うっ……あ、はっ……!」

ああ、そうか。

「眠り姫のお目覚めってな」

「ここ、は……」

俺はダイナのことが──。