第17話

妖精郷で行われた宴にまでは参加しませんでしたが、いろんなデパートを駆けまわって様々な種類のお菓子やジュースを届けた時の皆さんのテンションの上がり方は見ていて気持ちいいものでした。あそこまで喜んでもらえるなら走った甲斐もあるというものです。、
たまにはああした明るい光景を見せてもらうのも、心にささくれを作らないためにも大切だと改めて教えて頂けて、ありがたい限りです。
さてと、本日はまだ予定が埋まっていませんから、方針決めから────こんな朝早くに電話とは、誰からでしょう?

「はい、こちらダイナ。……ぅえ!? あ、しっ、失礼しました。いえ、何でもありません。ご用件は?」

なんでダンテさんから電話がかかってくるんです!? って、自分から連絡先渡したんだった! ううっ、さっきの声も聞かれてなければ良いのですけど……。

「……はい、はい。今日ですか? 予定は空いていますので、問題ありません。ここしばらくは大きな依頼もこなしていませんので余力も──えっ? あの、えっ、ちょっと待ってください! あの! もしもし!?」

うそっ! もう切れてる! 用件だけ伝えてすぐ切るなんてひどいじゃないですか! こちらにも返答する権利はあるはずですよ!?

「朝から大声を出して、どうなさったのです」

「マリア! たっ、助けてっ!」

「まずは落ち着いて。それから、話を聞かせてください」

そうだ、マリアの言うとおり、まずは深呼吸して、落ち着くことから始めて……。
──よし、大丈夫。何があったのかを話して、助力を求めましょう。

「先ほど、ダンテさんから電話がありました。内容は……あのっ、ですね」

「その反応からして悪魔絡みではないということは伝わってきますよ、我が主。それに加えて今までのツケを払えとでも言われましたか? こちらが断れないように」

「よく分かりましたね……。一方的に電話を切られたので意見を述べる暇も無かったのですが」

「その機会を与えられたとしても門前払いされていますよ、間違いなく。それで、ダンテ様のご所望は……いえ、言わずとも分かります。あのお方も分かりやすいですから」

「私、どうしたら……」

「行くしかありませんよ。……大丈夫、ダンテ様とて鬼ではありません。取って食われるようなことは起きないでしょう。ダイナ様が下手なことを言わない限り」

「どうしてこんなことにっ……。これならまだ、大物狩りにでも呼ばれて悪魔と対峙している方がずっと気楽です……」

「確かに、荒事の方がダイナ様にとって経験のある出来事ですけども……。ビジネス以外での人との関わり方を学べる、良い機会だとお思い下さい」

ダメだ。唯一の救いであるはずのマリアも取りつく島を与えてくれない。何より、帰ってくる答え全てが正論過ぎて一つとして言い返すことが出来ません。
もう、腹をくくるしかないようです……。

 

ダンテさんに指定された場所へとやって来ましたが、このような人通りの多い場所に来たのはいつ振りでしょうか? というか私、こういった場所に一度でも来たことあったかな。
まあ、ここは帝都の中でもかなり活気のある場所ですから、そういった意味では間違いなく初めて目にする光景です。私の記憶の中で一番多くの人が集まっている光景といえば、年に一回行われる聖堂騎士全員で隊列を組む訓練の時が最多ですかね?
……なーんて。こんなことでも考えて絶賛現実逃避しているわけなのですけど、少し離れた位置からでもバッチリ目視出来てしまう現実が地獄ですよ、まったく。
ダンテさんのガタイが常人離れしているとは言いません。言いませんが、この日本という国では十分規格外の大きさですよ。何なんですか、身長190cmって。一般人から頭二つ以上抜け出てますよ。一方で私は日本人女性の平均身長にも届きませんでした。お陰で人混みに紛れて姿を隠せそうです。……もう逃げ出したい。

「待たせたか?」

「い、いえっ。今来たばかりです」

「そう構えるなって。……さて、どこか行きたい所はあるか?」

ご、合流してしまった。ああ……緊張しすぎて口から心臓が飛び出そう。
──落ち着くのよ。……そう、これは仕事。仕事だと思えばいい。これは正式にダンテさんから要請された依頼。いつもどおりに、きっちりとこなせばそれで終わり。

「行きたい所、ですか。その、急だったので何も考えて……あれ? ダンテさん、その衣装はどうされたのですか?」

今になって気付いたけど、ダンテさんが半裸じゃないっ……!?
いや、正確には上半身裸の上からコートを纏うというとんでもスタイルと言いましょうか。初めて見た時もびっくりしましたが、思えばあの姿は目に悪すぎますね。今の私には!
ですが、本日の衣装はいつものド派手な赤を基調としたロングコートを着ずに、タイトな黒のアンダーシャツと赤のレザーベスト、そしてズボンすらも赤色だというのにそれが良く似合っています。
普通に、格好いいと思います。と言いますか、普段が奇抜過ぎるのでいつもこの衣装で活動すれば──いや、これも大概目立ってますね。着こなしづらい赤色の衣装がこんなにも似合ってる人は見たことありませんよ。

「デートなんだから洒落た服ぐらい着るだろ。そういうダイナこそ何だよそれ。普段着じゃねえか」

「これはその、服なんてほとんど持ってなくてっ……」

うああああっ! お願いですからデートっていうのやめてほしい! 変に意識してる自分がおかしいのだと分かっていても、やっぱり意識しちゃうから本当にやめてっ!?

「だったらまずは服を買ってやる、行くぞ」

「ええ? あっ、そんなに引っ張らないでっ。手が……手っ!?」

「手? ああ、手袋が気になったか? ほらよ」

違います。素手がいいって意味じゃないです。むしろ手を繋ぐなら手袋していてください! わざわざ外さなくていいですってばっ!?
そしてニヤニヤしながら私が手を出すのを待つのも勘弁して下さい!

「ダンテさんはこういったことに慣れているかもしれませんが、私は初めてなのでもうちょっと手加減して下さい……!」

「俺だって緊張してんだよ。なんたって、相手がダイナなんだから」

「~~~~っ!」

言った傍からからかってくるんですからっ……! い、いやっ、これではダンテさんの思うつぼだ。一日中この程度のことで反応していては絶対に精神が持ちません。平常心です、平常心……。

 

手を繋がれ、連れてこられた場所はなんてことはないデパートでした。そして迷うことなく一店のアパレルショップへ向かうダンテさんは……ええ、目立っていますよ。注目の的ですよ。あちこちから向けられる視線が痛いです。

「俺が見立てちまっていいよな」

「お願い、します。出来れば派手じゃない感じのもので……」

生まれてこの方おしゃれをするための衣装選びなんてしたことのない私は、このデパート内に出店されているどこのアパレル店に足を運んでも買う服は変わりません。
絶対に普段の癖が出て、実用性重視の服しか買わないのは言わなくても分かります。個人的に、洒落た服なんて買ったところでクローゼットの肥やしになるだけなので遠慮したいところなのですけど、流石に今の格好でダンテさんの横に並んでいるというのも申し訳ない……。
それに今日はダンテさんが選定して下さるとのことですし、甘えてしまいましょう。……大丈夫、際どい衣装に関してはきちんとお断りすればいいだけですし。

「ダイナ、これ試着して来い。俺はもうちょい探してくるから」

「選ぶの早いですね。分かりました、着てみます」

うん。特に派手な色合いの衣装でもないですし、一先ず着てみましょう。私に似合うかは恐らくダンテさんが判断するでしょうし。
服に無頓着すぎて、戦闘において邪魔になる装飾さえついてなければ何でもいいの精神でいる弊害か、買い足す時が面倒くさいんですよね。こう考えると、服を選んでもらえるのってありがたいなあ。
…………ん?

「あ、あの~、ダンテさん? これちょっと、露出が多すぎじゃありませんか……?」

前言撤回です。こんなに露出が多い服を選ぶなんてどういうことなんですか!? 腕も足もほとんど隠れてないじゃないですかっ……!

「至って普通だぞ。どこもおかしくねえだろ」

「う、嘘ですっ! 服というのは肌を隠すための物ですよ? 長袖長ズボン以外の衣装なんてっ……」

「おい待て、ただの半袖半ズボンだぞ。夏はどうしてるんだよ」

「熱さ程度は慣れてしまえば問題ありません。それより、露出が多いということは緊急事態の時に傷を負う危険性が増します。そこから毒などが入ろうものなら一大事です」

だというのに、何ですかこの衣装は! ノースリーブにショートパンツなんて、四肢を守る気あるんですか?

「あのな、俺らが今いる場所は帝都の歓楽街だぞ。いつもの殺伐とした裏路地じゃねえの。いいから、黙って洒落っ気のあるその服着とけ」

「えっ、これで決定ですか? 私こんな姿で外を出歩くなんて──」

「このまま着てくから小札を取ってやってくれ」

「かしこまりました。お会計はこちらになります」

勝手に話が進んでいく! どうにか抗議したいのですが、暴れて店員さんに迷惑をかけるわけにはいきません。というか代金を払われてしまった以上、逃げ道が完全に閉ざされてしまったのですけど……。
ううっ、恥ずかしい……。こんなに肌の出ている服なんて、記憶にある限りでも一度も着たことありませんよ。
上着は白、パンツは紺色と、色合いは今日私が着てきたものと変わらないのですが、丈が短くなるだけでこうも違うとは。

「あー……。スタイルいいし、もっと体のラインが出るやつを選んでやった方が良かったか」

「これで十分です。それと、胸をガン見するのは失礼ですよ。女性はそういった視線に過敏だと聞きますし」

「ああ、悪い。男の胸板みたいになってんのが気になってな。……あと今の発言おかしいだろ。自分が女だって自覚、ちゃんとあるのか?」

「あるからこそ、さらしを巻いているんです。私は遠距離武器を持ち合わせていなければ魔法も使えませんから、どうしたって近接武器を持って敵軍に入りこまなくてはなりません。その時に胸は邪魔でしかないんですよ」

「びっくりするほどに色気ゼロだな。まあ、女にとって胸はでかくても小さくても悩みを抱くものだとは想像に容易いが」

「確かに、隣の芝生は青く見えますからね。ない物ねだりをしてしまうのも人間らしいと思いますよ」

こういったことに理解があるのはダンテさん自身も戦いの中に身を置いているからでしょうか? どちらにせよ、変に茶化されても白けるだけですからありがたい限りです。

「本当は削ぎ落してしまうのが一番なのですけど、当時はそこまでの勇気が出なくて……。今からでも遅くないのなら、試す価値はあるかもしれません」

「さらっと物騒なこと言うなよ。発想がガチ過ぎるだろ」

「そうですか? アマゾネスたちは弓を射るため、年頃になる前に邪魔な右乳を……」

「分かった、分かったから止めとけ。ったく、戦闘が絡むとすぐこれだ」

「私たちの世界で負けるということは、死ぬということです。自分もまだ、死ぬわけにはいきませんから」

「俺の前で一回死んだってのに良く言うぜ」

本当に今更だけど、あの時の自分はどうかしていたというしかありません。しかもよくよく考えてみると、チーム戦という意味では勝利を収めましたが、ダンテさんとのタイマンには惨敗してるんですよね……。

「あの時のことは本当に反省しています。もう二度とあのような判断はしないと誓いますから、許してもらえませんか?」

「ダイナを許すかどうかは今日のデート次第だな。だからもっと俺に媚び売っとけよ?」

「もう、すぐそういうことを言うんですから……。それぐらいの可愛げがあれば、フリーになっても苦労しなかったんでしょうね」

「ククッ。それもそうだな」

「ふふっ。自分でも堅物だって、分かっていますから」

さっきまであんなに意識させられたり恥ずかしかったりしたのに、今は自然体でいられます。
ダンテさんの女性の扱いが上手いから、いいように遊ばれてるのかな? たとえそうでなかったとしても、私にはリード出来るような口の巧さもなければ仕草なども分かりませんから、今日はこのまま甘えてしまうのが正解なんだって、この短時間で分からせられちゃいました。
何といいますか、ダンテさん好みに躾けられているような感じですね。でも不思議と嫌だとも思わないのは私がそういう想いを抱いているから、なんですかね……。

 

服を買ってもらった後は食事をして、適当に喋りながら街を歩いて、気付けば月が街を照らす時間ですか。こんなにも一日が早いと感じたのはいつ振りか。もしかしたら初めてかもしれません。
そろそろお開きだと私は考えていたのですが、最後に連れて行きたい場所があると言われたので今は街から外れた、ほんの少しだけ残っている森林の中を歩いています。本当は明日のことを考えるとお断りして帰った方が良かったのでしょうけど、別れを惜しんでいる自分がいるのは否定できません。

「ここだ」

随分と木々をかき分けてきましたが、この先はどうやら開けているようですね。確かこういった場所が出来る原因は高い木が周りを巻き込んで倒れるからだと聞いたことがあります。結果、陽当たりの良い場所が出来るのだとか。

「きれい……。たくさんの花がこんなに……」

「つっても手入れされた花畑というより、伸び放題の野草が花を咲かせてるだけに過ぎねえけど」

「十分ですよ。チューリップなどの花が並んでいるのももちろん好きですけど、こういった自然なままに咲いた花たちだって十分に綺麗です」

花に詳しいわけではありませんが確かにダンテさんの言うとおり、野草と呼ばれるものばかりですね。この中で私が分かるのはドクダミやスミレくらいしかないですけど。

「……あっ、ダンテさん、見てください! シロツメクサですよ! 四つ葉のクローバーが見つかるかも」

「大はしゃぎだな。もっと綺麗な花が良いって言われると思ってたんだが」

「私、花畑なんて初めてですからすごく嬉しいです」

「初めて? だがこの間、花は好きだって……」

もしかして、この間の依頼で邂逅した時の会話を覚えていてくれた? 大抵のことを面倒くさがっているダンテさんが私とのなんてないやり取りを覚えてくれているというのは嬉しいですね。……別の期待までしてしまいそう。

「花畑を見たことがあるとは言っていませんよ。あってもそれは絵本の中ぐらいで……あっ! あった、ありましたよ! 四つ葉のクローバー!」

わああっ! これが四つ葉のクローバーですか! 本当に三つ葉たちの中に、稀にですがあるのですね。存在自体は知っていましたがこうして自分の手で見つけられると嬉しい!

「そんなに嬉しいか?」

「嬉しいですよっ! 幸運の象徴と言われるぐらいなんですから、私にも何か御利益があるといいなあ」

「っていう割には摘まねえんだな」

「摘んだら枯れてしまいますから、このまま残していくつもりです。飾る場所もありませんし」

惜しい気もしますが、四つ葉のクローバーはこのまま残して行きましょう。見つけられただけでこんなにも嬉しい気持ちにさせてくれるのですから、もうご利益は貰ったも同然です。

「なあ。少しだけ話、いいか?」

……はっ! 私ったら、なんて子供っぽい……! しかも滅茶苦茶に笑いを堪えられてます!

「今のは忘れてください。……あと、私が答えられることでしたら」

自分が情けなさ過ぎて、もはや何も感じなくなってきた気がしてきました。
──でも、これで良かったんだと思います。ここまで醜態を晒した後なら、何を言われても諦めもつくというもの。

「俺と初めて依頼をこなしてから別れ際に話したこと、覚えてるか?」

「えーっと……、ダンテさんが私に元メシアンなのかって確認してきた時のこと、で合ってます?」

「ああ、その時に話したことだ」

うーん……。随分前のことだから、正直あまり……。何を話したっけなあ。確か、俺は半人半魔だからメシアンのお前は嫌いだろ、みたいな絡まれ方をしたような。その後に私、何か言いましたっけ?

「すみません、あまり覚えてないです」

「──なら、いい」

全然良くないって顔をしていること、ダンテさんは気付いてないのでしょうか。忘れてしまっている私がこんなことを言うのは本当は良くないんでしょうけど、ここで遠慮する理由が分かりません。

「問題があるのは忘れてしまっている私の方です。ダンテさんが遠慮するのはおかしいですよ」

「……心があることの方が大切だ。ダイナは去り際にそういった。どういう生き方をして来たらそんな言葉が出てくるのか、知りたくなったんだ」

「なるほど、そういうことでしたか。……話すのはやぶさかではありませんが、面白い話ではないですよ?」

「構わない。ダイナが話すのを嫌になったら途中でやめてもらっていい」

「分かりました。それでは少し、私の昔の話を」

さて、承諾したのは良いものの何から話しましょうか。

「私がメシア教団の聖堂騎士に所属していて、一時期隊長でもあったという経歴は御存知ですか?」

「知ってる。最年少にして大抜擢された、屈指の実力を誇るエリートだってな。ガイアの過激派連中と毎日のようにドンバチやっては何十人も土に還したんだろ?」

「悪意のある言い方な気がしますが、事実を羅列されると反論の余地がありませんね……。もちろん、全てはメシア教の奉ずる秩序のため、弱きひとの安寧のために必要なことであったと考えていますから、今でも当時の行いを否定する気はありません」

日常の影に暗躍する悪魔やガイア教徒の過激派たちと常に危険な戦いを繰り広げても、私は望んで前線に立ち続けた。それしかやり方を知らないからというのもあったが、望む望まざるに関わらず、力を持った以上はその力を正しく使う義務があると私は考えているから、悪とされるものを裁くために力を振るい続けた。

「とは言え、私の人格が難ありだったのも事実です。だから上の人たちも人格者であることも求められる聖堂騎士隊長の地位から私を遠ざけたのでしょう。間違っていない判断だと、今の私は思いますよ」

「自分でも認めるところなんだな」

「若気の至りなんて言葉で片付けられない程度には力を振るいすぎましたから。隊長という地位を降ろされた私は、それでも実力を買われ、次はとある極秘施設の警備担当に抜擢されました」

「……なるほど? 隊長降板から忽然と姿を消したと思えばフリーサマナーになって裏社会に戻ってきたと当時噂された、その空白期間か」

「そうなりますね。詳細は言えませんが、私はその施設で一人の女性と出会いました」

歳は私と同じくらい。生まれた時からほとんどをベッドの上で過ごし、外には出たことがないと言っていました。
そんな彼女は毎日、ある時間になると歌を歌います。施設で定められた生活スケジュールの一つだと言ってしまえばそれまでですが、彼女は毎日その時間を楽しみにしていた。
時間が来て、彼女は歌う。それは同時に私の仕事が始まる合図でもありました。
……詳しくは分かりません。それでも確かに、この世には“悪魔を呼び出す旋律”というものがあるのだそうで、彼女の歌は無差別に悪魔を呼び寄せました。
それを処理して彼女を守る。これこそが極秘施設での私の仕事でした。
私は最初、彼女を可哀想な人だと憐れみました。望みもしない力を持って生まれ、指示されて歌わされているのですから。
でも、彼女は違った。
本人は好きで歌っていると言い、今の生活も決して辛くないし、悲しいものでもないと言い切りました。
理解出来ませんでしたよ。ただの強がりだと、本気で思っていました。
一生分かり合えないと私はそこで心を開かなくなったのですが、彼女と共にいる時間だけは腐るほどありましたから、声をかけられては返事をするだけの日々が続きました。
そして……私自身も気付かぬうちに感化されたのでしょう。始めは面倒に感じていた問答も、私の日常の一部へと変わっていました。
同時に、施設の中のことしか知らない彼女にとっても、外からやってきた私という存在はかなり興味深い対象だったようでした。そうは言っても私はほとんどの時間を鍛錬に費やし、最近までは悪魔とガイア教団を駆逐していたわけですから、話せることなどほとんどありませんでしたけど。
でも、彼女はこんなつまらない話も楽しそうに聞いて、次はこんなことをしてみたらと、提案までしてきました。祭りに行ってみたらだとか、花畑に足を伸ばして花冠でも作ってみたらどうかとか。
恐らくは彼女がその感想を聞きたかったり、花冠を届けられるのを心待ちにしていたのかもしれませんが、無頓着な私はどれも決行することはありませんでした。そうすると彼女は決まって口を尖らせ、今度は絶対に行くようにと念を押してきましたね。
このような他愛のない話をするのは私にとっても新鮮でした。そしてこの時になってようやく、人と話をして心を通わせることの意味を知りました。それまでの私にあったものは目上の者から下される命令と、下の者に聞かせる命令だけでしたから。
良き友になれたと思います。……彼女が今も生きていれば。

「死んだのか?」

「……はい。どうにも、その歌は命を蝕む呪いのようなものらしく、日に日に彼女は衰弱していきました」

彼女との日々を過ごしたおかげで私も随分と丸くなり、その頃には今に近い人格が出来上がっていたいましたから、私は必死に実験の中止を訴えました。
結果は左遷。彼女の護衛から外されました。
もみ消される形になったのですよ。彼女が衰弱しきっているのは誰が見たって明らかでした。どんな手を尽くそうとも彼女の命が長くないことは、恐らく当時の研究者たちが一番良く知っていたでしょう。
だから研究者たちは彼女を使い潰すことを決めた。死ぬ前に少しでも多くのデータを取って、研究の成果を上げることに躍起になった。おかげでメシア教団の使うCOMPの性能は上がったという報告は耳にしました。
そして────。
彼女の死を知ったのは、彼女が死んでから少し経った後でした。そんな嘘を流す必要性はメシア教としてもなかったでしょうし、最後に見た彼女の容態から推測しても事実でしょう。……唯一の友と呼べるであろう人の死に目にも会えず、激高したた私は現アデプトのゲイリーさんと決裂。メシア教を抜け、フリーサマナーへと転職しました。

「後はダンテさんも知っている、堅物のフリーサマナーです」

「……大切な人だったんだろ」

「そうですね。そんな彼女に教えてもらったんです、人の心の美しさというものを。ダンテさんと出会った頃はまだ傷心中でもあったので、あんな風に言われてつい言い返してしまって……しかし、よく覚えていましたね」

「意外だったんだよ。メシアンの中でもぶっちぎりでヤバイ奴認定されてたあんたの口からそんな言葉が出てきたんだから」

「私、周りからはそんな風に見られていたんですか?」

「当たり前だろ。でなきゃ、いくらフリーでは新米と言っても誰もが認める実力者だぞ。普通は仕事に困らねえよ」

何という事実。そんなにも私は恐れられていたんですか……。

「とにかく、そんな感じです。暗い話をしてしまいましたが、どうか気にせずにお願いしますね。もう私の中で折り合いはついていますから」

「今にも泣きだしそうな顔してる奴の台詞じゃねえな」

「──よく見ていますよね、ダンテさんって。……忘れることは出来ませんから、ずっと背負っていくつもりです。さあ、良い時間ですし、そろそろ帰りましょう」

「送ってく」

残念ながら、私は過去のことを振り切れるほどの強い人間にはなれませんでした。ダンテさんに指摘されたとおり、今だって彼女のことは心に重くのしかかっています。
それでも、不思議とダンテさんに話したことに後悔はありません。誰にも話したことのないことですが、言いふらされるとも思いませんから。

 

「今日はありがとうございました。初めて体験することばかりで、とても楽しかったです」

「また誘うから、それまでにちょっとはファッションセンスを磨いておけよ。借りはまだあるからな」

「善処します。……その、良ければまた、誘ってください」

「おっと、ダイナの心を射止めちまったか? 俺も罪深い男になったもんだ」

「またそう言って。ダンテさんのからかいには随分と慣れましたからね? ……それと、あまり無理しないで下さい。私ばかり話を聞いてもらっているのは性分ではありませんから、背負いすぎる前にどうか、私でなくて良いので心を許せる人に相談を」

「なんだ、気付いてたのか」

「当時の私の言葉が記憶に残っているということは、それなりに普段から意識していることだと思ったんです。気に障ったのなら、謝ります」

「いや、いい。せっかくの申し出だ。頼らせてもらうことにするぜ」

「はい。必ずや、力になりましょう」

私はいままでも、十二分すぎるほどに恵まれていました。
生まれた時には両親がいて、衣食住が約束されていた。両親を失った後も私はメシア教団の孤児院で生活させてもらい、聖堂騎士になるための訓練にも参加させてもらえた。ある程度の歳になり、騎士団の一員と認められ、その後も実力をつけて隊長にもなった。その後、一人の女性に人生を変えてもらいました。
間違いなく、私の人生は幸せに包まれたものです。
そんな私でも、今日という日が今までの中で一番楽しく幸せだと感じたのは、こういった幸せこそが、人の心にゆとりを持たせるために必要なのだと理解出来たから。私の場合は出かけた相手がダンテさんだったからというのも大きく起因していそうですが、そこは内緒にしておきましょう。
とにかく、今までの私の人生は、人として生きていくために必要なものが約束されている環境でした。ただこれは生物として生きるための欲求が満たされている、生命が危機に脅かされない最低のラインとしての幸福でしかありません。
無論、我々の業界ではそれすらも満たされない人がいる。だからこそ、よわき人々はそれらを約束された場所へと身を移し、さらにそこから人としての幸福を得られる環境が必要なのだと……なんて、もっと人の為に動けたらよいのですけどね。他者の幸福を想うばかりで自分のことを疎かにするのは悪い癖だとマリアにも怒られたばかりです。もう少し、自分のことにも目を向けるようにしましょう。
…………しかし、ダンテさんも物好きな方ですよね。
私のように異性の知り合いと遊ぶのが初めてなわけがないでしょうし、もっと慣れている方を誘った方が楽しかったと思うのですが……人と比べるのは止しましょう。
私がもっといろんなことを学んでダンテさんを楽しませられるようになれたら良いのですから、精進あるのみです。