しばらく歩いてガイア教道場に辿り着く。久しぶりに来たわけだけど、いつ見ても立派な偶像が並んでいる。外観に関しては、はっきり言って綺麗なものではない。どう言葉を取り繕っても、破れ寺。
しかし……。
ひとたび中に入れば、一体どこにこれほどの空間を隠しているのか、目を見張るほどに荘厳な空間が待っている。流石は【超人】の住まい、といった具合ですか。
「失礼します」
堂々と入ってみたはいいものの、内心は冷や汗が止まらない。
「珍しい客が来るものだ。久しぶりだな、ダイナ」
【超人】丸藤亮。
別段、威圧をされたわけではないというのに、いざ面と向かうと鼓動が早くなる。
見た目は温厚そうな方ではあるのだが、少し目つきが鋭い。生まれながらの物だからそこに何を言うわけでも、思うわけでもない。……が、業務の話をしに来ているこちらとしては、それがなかなかに堪える。
「最近は随分とご無沙汰だったが、今日はどういった用件だ?」
「あ……その」
目的はあいさつ回り。礼儀と節度を守れば、取って食われるようなことはないはず。
「本日はあいさつに。新しい事業として、異界の管理を任されることになりました」
「ほう? それはまた……。ひとまずはおめでとう、と言えばいいか? となれば、住所も変わったのだな?」
そこらは妖精郷で調べればすぐに分かること。黙っていて、変に痛くない腹を探られる必要もない。
「はい。×××街あたりの異界に拠点を構えることに。……その任に就くにあたり、少しそちらと揉めて」
「ああ、そういうことか。新事業を始めるというのに揉め事は気を遣うだろうな。少し待っていろ」
言うや否やカードを取り出し、何かを確認しているようだ。恐らく、私に対しての……何かなのだろうけど、この沈黙は精神的にくるものがある。
「……今のところ、お前個人をどうこう、という話にはなっていない。ガイア教団は個人主義だ。下部構成員が抗争でやられた程度では、そうそう組織だっての報復、とはならん」
「それが聞けて、一安心です」
現段階では報復される心配はない、と知れただけでも大きな収穫だ。それが立場ある人からの言葉であれば、なおのこと価値がある。
「しかし、これは俺個人の見解だが、むやみな殺生はいただけない。それがメシアの者であっても、あるいはガイアの者でも。──無論、悪魔でも」
「もちろん、むやみな殺生は私個人として望んでいません。可能な限り避けたいと考えています。……こちらが信じる秩序に反しない限り」
「やはりその点──分かり合えないな」
「悪魔の力の乱用を野放しにすれば、多くの被害をもたらす。【悪魔との共生】という思想に、私は賛同できません。一定の秩序の元、弱き者は保護されるべきである。……聖堂騎士を辞めた今でも、この考えは変わっていません」
「その秩序という枠組みこそが悪魔を虐げ、押し込める檻。我々と悪魔は本当の意味で、共に在ることが出来るはずだ」
「それは貴方のような強き者の理屈で──……あっ、いえ、すみません。熱くなってしまって」
「……いや、こちらこそすまなかった。戯言だと流してくれ」
主義志向が違うということが、如実に出てしまった。
象が蟻の踏みつぶさずして歩けないからと、その蟻を守るために象を一方的に縛ることは許されるのか? これはそういった話で、この場ではいくら議論をしても答えが出ることはない。
何故なら、お互いに〝歩み寄りの余地が少ない”部分だからだ。
ただ、それでも会話が成り立っているのは良い意味でも悪い意味でも〝人と悪魔を区別しないほどの許容性”を、目の前にいる方が持ち合わせているから。正当防衛や緊急避難ならともかくとして、無駄な理由で殺生はしない。それこそ、本人が口にしたように。
「お互いのスタンスが確認できた。そう思います」
「ああ。だが、考えを変えたくなったなら、いつでも歓迎しよう」
「……貴方ほどの凛々しい男性にそう言われたら、きっと相応の効果があるのでしょう」
「ふん。そういうお前が参ってくれれば良いのだが。……しかし、こんな風に見えても、随分と長く生きてはいる」
見た目だけで言えば二十代前半か、二十歳と言っても通るほどに若々しい。しかし、見た目で相手を判断するようでは三流もいいとこだ。
私のような二流程度の人間でも体がマグネタイトに順応したため老化は止まり、十代後半か、良く見積もっても二十歳にしか見えない。……これは単純に身長が伸びなかったせいでもあるけど。
摩訶不思議なものが溢れかえっているここでは、常識にとらわれると足元をすくわれる。
「実際、悪くない誘いだとは思います。丸藤さんの言葉どおりの意味で人と悪魔の共生が叶えば、確実に様々なことが発展するでしょう。もちろん、良いことばかりが起こるわけではありませんが。後は、貴方のことを歓迎しているのはこちらも同じですよ」
「……本当に、惜しい人材だ」
世間話はこれくらいで十分でしょう。歩み寄れる余地が少ないのは事実と言っても、丸藤さんも私も必要以上に他者の命を奪うことを是としていない部分で大きく共感しあえていますから。
それに、真の意味で悪魔の共生は成されていなくとも、現時点で疑似的な共生は起きている。
共生している筆頭としては、私のような悪魔召喚師がまさにいい例だ。契約を結んでいるので悪魔側を自由にしているわけではないが、力を貸してもらい、対価としてマグネタイトや魔貨など悪魔の望むものを提供している。
これはきっと、悪魔との共生の第一歩なのだろう。
「話題を変えよう。仕事は充足しているか?」
「正直に言うと立ち上げたばかりなので、利益を上げるには程遠いですね」
「初めてならそうだろう。何か依頼を紹介しよう。物資の調達や戦闘、または調査の依頼といったところだが」
「依頼リストの確認をしても」
「構わない。物によっては詳細を受けてからでないと出せないものもあるが」
大きな勢力はそれ故に動きづらい面がある。
何故なら、自分たちの勢力が大きく動けば間違いなく敵対している勢力を刺激することになるからだ。たとえそれが最初は小さなものだったとしても、積み重なればいずれ肥大化し、最後には破裂する。そうなったら帝都全土を巻き込んだ大戦争に発展するだろう。
言ってしまえば、それを望んでいるような危険分子も少なからず存在しているのは間違いない。だからこそ、そういった者を狩り出したりする依頼をフリーの者に頼んだりする。もちろんそれだけでなく、純粋に足りないものがあるから物々交換してほしいとか、はたまた奇妙な噂があるので真偽を探ってほしいとか、中身はまさに多種多様だ。
とりあえず、手渡された依頼リストを確認しましょう。ここに来るのも随分と久しぶりですから、何か変わっているかもしれません。
んー……。さっと見ただけですが、特に変わったところはなさそうですね。依頼の内容も先ほど説明してもらったものが主で、罠だと感じられるものも見当たらない。
「悪くない内容の依頼たちですね。どれも難度に見合う報酬だ。罠依頼も、別段見当たらない」
「ダイナを陥れようとするほど、俺も性格は悪くないつもりだ。仲介する時点で一目見てまずいものは除外してある。もっとも、まともそうに見えて実は……なんてものもあるかもしれんが、そこまでは俺も区別がつけられんのでな」
「ガイア系列の依頼は久しぶりだけど、形式が変わってなくて安心です。他の組織も基本同じ形式ですし、フリーの身としては非常にありがたい」
「ああ、特に独自色を主張する必要があるものでもない」
出された依頼のうち、何を受けるかは自己判断。もちろん相手側から依頼してくるものも今後出てくるとは思うが、それを受けるかの最終判断も私がする。また、複数個の同時受注も可能。もっとも、受けたからにはきっちりとこなすのが当たり前。
失敗したときは相応の責任を払うことになる。罰金とか、もしかしたら厄介な依頼の特攻隊、なんてことにもなるかもしれない。
罠依頼を踏んだら自己責任。それで失敗したのなら仕方ないね、なんてことは起こらない。
失敗が重なれば信頼を失い、まともな依頼を回してもらえなくなる。逆に、同じ組織の依頼を多くこなせば繋がりが深くなり、より込み入った依頼を回されることもあるかもしれない。ただし、それは他の組織からも見られていることを念頭に。
「さて、どの依頼を受ける?」
『調達代行もとむ』『EXCEED DEFENSE!』
この二つが今の自分でもこなせそうな範囲だろうか。現状で言えば何も依頼を受けていないから、全部を受け切ったとしてもこなしきれるだろう。
特に難しい内容のものでもないし、悩む必要もないだろう。罠もないはずだし!
「では二つともお受けします」
「受注処理はこちらでしておく。『EXCEED DEFENSE!』についてはただの腕試しだ、気負う必要もないだろう。 『調達代行もとむ』についても緊急性の高い依頼じゃない。来月までに必要な物資を集めるぐらいは異界経営を始めたお前であれば難しいこともないだろう。ただ、納品するためにもう一度こちらへ顔出しすることを忘れないように」
「装備品は持っているだけじゃ意味がない、に通ずるものがありますね。ええ、忘れず納品にきますよ」
「ああ、期待している」
挨拶を交わせて、ガイア教側の動向を知れて、ついでに依頼まで受けられた。上々ですね。
これ以上の長居は迷惑ですし、引きあげましょう。
「それでは、本日はありがとうございました」
「……一つ、言っておこう」
「まだ何か?」
「俺は個人的にダイナのことを買っている。何かあれば頼るといい。その時は色々と無理を言うだろうが、門前払いはしないと約束しよう」
「お気遣い感謝します。そうならないよう善処しますので、見守って頂ければと。……滅多なことは起こらないものでしょうが、丸藤さんも困った時は頼ってください。出来る限り、力になりますから」
こうやって個人的に目をかけてもらえるというのは、純粋にありがたいことだ。……スタンスのことさえ目を瞑れば。
とにかく、明日からは依頼のこともきっちりと視野に入れながら活動していく必要がありそうだ。
「まったく、惜しい人材だ」