第7話

妖精たちの助力を受け、異界の第一層部分を家としての空間に作り終えた私たちは、ひとまず今後の方針を決めることにする。

「死に物狂いで逃げ去った地に腰を据えることになるとは、人生とは何が起こるか分からないとはよく言ったもので」

本当に、この業界は何が起きても不思議じゃない。
そう。こうなったのは業界が悪い……はず。自分の運が悪すぎる、わけではないと思いたい。

「まったくです。とはいえ、こうしてしっかりと整備して見ると、意外と快適なものです」

「マリアはこういう時、やけに順応力が高いですよね」

「それなりに修羅場はくぐってきたと自負しておりますので」

母に仕えていた期間は短かったと聞いているが、私の両親は聖堂騎士の中でも実力は折り紙付き。
ただ、正義感が強すぎる故に無鉄砲なところも多分にあった人たちだったと、両親の仲間たちによく聞かされたものだ。そんな母の元にいたのであれば、悲惨な現場も巡って来たのだろう。
自分も聖堂騎士としての道を歩み、同期にはよく冷徹だと言われましたね。実際は感情を表に出すのが苦手だったのと、周りが男性しかいなかったから実力としても劣らないようにと鍛錬に必死だっただけなのだけど、理解はされませんでしたね。
なんて、それらが可愛く見える程度に自分が隊長にまで上りつめた後に残した数々の結果が一番の原因でしょうね……。

「さあ、今後としてはまず……そうですね。最下層を目指すためにも一つずつ、確実に階層を踏破していく必要がございます」

「それを行うにあたって、戦力強化は必須と言ったところかな」

そこら辺のことに関しては、嫌というほどに己の身をもって洗礼を受けた後です。ええ、当然の如く戦力強化は視野に入りますとも。
ここから一つ階層を降りれば、再び無数の悪魔たちとの戦闘は必至。それに、こういった手合いは下れば下るほどに強い悪魔がいるのが相場で決まっているものだ。

「後一人は確実に主戦力となる者が欲しいです。そこに関しては人でも悪魔でも問題はないでしょう」

「この異界に人を巻き込むのは避けたいと、甘えていられる状況でもなし。必要となれば、誰かを頼ることも視野に」

「その調子です。後は外の状況も放ってはおけません。幸い、異界から出られないわけではありませんから、ある程度の時期を見て、各勢力の情報収集も心がけるべきでしょう」

この帝都の裏社会には、いくつかの大きな勢力が動いている。
メシア教とガイア教の二大勢力を筆頭に、妖精郷、ヤタガラス、闇賭博場。さらに小さな勢力もあげだせばキリがないが、それだけ多くの者たちがこの帝都の裏社会に足を踏み入れている。また、メシア教とガイア教といっても、勢力的な活動をしている一派をそれぞれメシア教過激派、ガイア教過激派と呼び、逆に表社会へそれなりに溶け込んでいる一派をメシア教穏健派、ガイア教穏健派と呼び分けている。
これだけ多くの組織がそれぞれの思惑や自分たちが信ずるもののために日々活動をしている以上、情報収集を怠れば自分の首が絞まっていく。フリーであるというだけで孤立無援のような状態だというのに、そこからさらに大きな敵を作ったら最後、次の朝日を見ることは叶わない。

「異界踏破を目指しながら、折を見て各勢力への顔出し。余力があれば依頼を受けてこなす」

「いつもどおりです。いつもの日常に、異界踏破が増えただけです。必ずや、成し遂げられます」

「……うん。鉄の意志と鋼の強さを忘れない限り、出来ないことはありませんからね」

「ダイナ様の父君、隼様がよく口にしておられたお言葉ですね。……では、本日はいかがいたしましょうか」

とにかく、最下層を目指さないことにはこの異界を妖精郷に返すことが出来ない。そのためには誰かを雇うか、仲魔を増やすことが近道であるが、それを満たすためには何より……。

「とにかく、下の階層を目指そう。きついけど、踏破できない程ではないことは分かっているし、今回はきっちりと帰り道も確保できている」

「かしこまりました。異界の全貌が分からねば助っ人は呼べず、また自分より弱い者に悪魔は付き従いません。妥当かと」

相手が人間なら交渉次第で手伝ってもらうことは可能だが、その交渉材料がない状態では断られるのが関の山。そして悪魔に関してはマリアの言ったとおり、私が弱くては従えられる悪魔もまた、弱いままだ。
だから今は、少し無理をしても下の階層への道を作る。

 

下の階へ続く扉を探しに第二層へと下って来たのは良かったが、明らかに様相がおかしい。第一層は確かに手を加えて家のようにしてしまったから、それと比べればどこの階層とも別物になってしまったのは事実なのだが、そういうことではない。

「異様に広い」

「かれこれ二十以上の軍勢と殺りあっています」

第一層を駆け抜けた時よりもさらに深くまで潜っているというのに、次の階層へ続く入口は一向に見つからない。第二層の時点で私が考えていた以上に広いかったみたい。
それに……。

「マリア。先ほど見つけた符について、何か知っていることは?」

「見たところ、割符のように感じましたが……これの意味するところまでは」

入口を見つけることは出来なかったかわりに、手に入ったのは割符。
これは昔、文字や印を書いたものを二つに割ってそれらを別々に所有し、のちに二つを合わせて真偽確認の証拠として使われていた代物。
手に入れた割符も例に漏れず、半分しかなかった。これは仮定だが、この階層はもう半分の割符を見つける必要があり、それを見つけないことには入口が見つからない、または何かしらの結界があって、入れないようになっているのかもしれない。

「これ以上の連戦は危険と判断する。各自、速やかに撤退」

「かしこまりました。しんがりは私が務めましょう」

余力が残っているうちに撤退するのは絶対順守。厳しくなってきたから戻ろう、なんて段階になってから撤退など遅すぎる。何故なら、家に帰るまでが遠足であるからだ。
なんて、遠足とは程遠い、地獄と称するに値する地下から帰ってきた時には既に一日が経っていた。

「フリーになってからは命を大事に、余力を残せる仕事を選んできました。それ故、全盛期より実力が落ちていることは理解している。……のですけど、それでもあそこまで苦戦するのははっきり言って落ち込みますね」

そこらにいるような野良悪魔と比べれば、やはり異界の中に住み着いているだけあって強い。とはいえ、決して歯が立たないわけではなく、一対一であるなら十分渡り合えるか、自分のほうに分があるぐらいだ。もちろん、さらに下へと降りていけばそうも言っていられなくなるだろうが、現段階だけを見ればそういった評価になる。
ただ、何より問題なのはその数にある。必ず3匹以上で行動している挙句、一組を倒したかと思えば後から山のように湧いて出てくる。そのため、一度戦闘に入れば数十体を連戦で薙ぎ払わなくてはならない。

「聖堂騎士の頃は大物喰らいから、数か月に及ぶ自足鍛錬までなされていましたから。しかし、それすらもなければ今、ここに帰ってくることはなかったでしょう」

「そのとおりね。だけど、それは言っても仕方のないこと。当時の感覚を取り戻すためにはまた、相応の鍛錬をするしかない」

「ごもっともです。ただ、外回りも忘れずに」

一度鍛錬に励み始めると知らぬ間に没頭してしまい、気づけば一週間経っていた、なんてことが昔はよくあった。当時はそれでもよかったが、今はそういうわけにもいかない。だからこうして注意を促してくれるマリアの存在は、本当にありがたい。

「小さい頃から鍛えているからマグネタイトへの順応力は一般人より上とはいえ、永続的に居られる環境でもなし。今日は……うん。ガイア教団穏健派にあいさつを」

「かしこまりました。では早速準備をして、参りましょう」

佐倉女王も言っていたが、異界経営を始めた以上──望んで始めたことであるかは置いておくとして──誰かしらがここを狙ってくる可能性も留意しなくてはならない。変な悪魔などが動いているとなれば、自分も他人事ではない。それらを知るためにも、外部と交流をして情報収集するのも大切なことだ。
今回向かうつもりでいるガイア教団穏健派は、はっきり言って自分と主義志向がほとんど正反対なため、相いれない部分が多くある。それでも、極一部ではあるが、話が出来る知り合いを持っている。
今回の件でかなりのガイア教団の者を、下っ端であったとはいえ殺したのは事実。報復に突っ込まれでもすればそれこそ厄介なので、今のうちに顔出しをしておきたい。

「準備が整いました」

マリアの言葉に一つ頷き返し、異界を出る。
〝サイバー流の使い手”に会うために……。