「私たちの勝ちよ、遊星」
「……どうやら、そのようだな」
後3秒……。いや、2秒もなかったか。粘られていたらアキの方が押し負けていたな。
「戦闘において前衛が強くないと、チームの質が落ちる……だったか? 証明出来て良かったな」
「ええ、本当に感謝しているわ。こっちが依頼の報酬。後はこれで彼女を起こしてあげて」
「俺の鍛錬が足りなかったな……。良い勝負だった、またよろしく頼む」
「ああ、たまにはこういうのも悪くない。……って、おい待て。ダイナはどうするんだ? おい!」
あいつら……傷を治す道具一式と依頼報酬を払ったらそそくさと帰っていきやがった。まあ、ガイア教団の連中らしくはあるが……ここは異界のど真ん中だぞ。
今回俺が受けた『EXCEED DEFENSE!』の内容は至ってシンプルなもので、模擬試合の前衛を務めるものだった。チーム戦と聞いた時は断ろうとも思ったが、二対二と大人数ではなかったのと、兄貴が稼いで来いとうるさいこともあり、渋々受けた。
とはいえ、結果で言えば大満足だ。
試合に勝ったことは当然だが、本気のダイナと殺り合えたのは刺激的だった。危険な業界とはいえ、俺ほどの実力にまで上りつめちまうと本気で斬り合える相手はそう転がってはいない。大抵の奴は逃げ出すか、命乞いするかのどちらかだな。
実のところ、依頼も受けたまでは良かったが、事情が事情なだけに俺と白兵戦を行う奴は確実に格下だから、仕事にならないと思っていたが……そんな心配は杞憂に終わった。
──聖堂騎士団の最前線に少女がいるというのは、当時はそれなりに注目の的だった。自分で言うのもあれだが、面倒くさがりな俺でも情報収集したほどだ。そして調べるほどに出てくる経歴はまさにエリートというに値するものばかりだった。
両親ともに聖堂騎士の各部隊長を務め、その一人娘である彼女自身も信仰心が強く、聖堂騎士の道を歩み、当時高校生程度の年齢で最前線にまで上りつめた実力はガイア教の奴らはもちろん、フリーで働く俺にとっても脅威になりうる存在だった。ただ、それも数年後には舞台裏へと隠れていった挙句、次に噂になる時にはメシア教を抜けたドロップアウト、なんて肩書に変わっているのだから、生きている限り何が起こるか分からないとはまさにこういうことを言うのだろうと思ったものだ。
「さて、どこに寝かせてやったものか……」
蘇生不可能なほどには殺ってないから、さっき渡された道具で一通りの傷は治したが、それでも傷が深けりゃ意識を取り戻すのにも時間がかかる。流石に悪魔がいつ出てくるか分からない異界に放っておくのも目覚めが悪かったから、俺の家に連れ帰ったわけなんだが……。
実を言うと、俺の家は二日前になくなった。いや、厳密にいえばまだ瓦礫として残ってはいる。
こうなった原因は大体兄貴のせいだ。ちょっとしたことにすぐ腹を立てて斬りかかってくるから、応戦していたらつい熱が入り、気づいた頃には家が瓦礫の山に変わってやがった。そのことでさらにお冠になった当人はどっか行っちまったし……。
「ソファは確か……ここらだったか?」
瓦礫を適当にかき分けていけば、中の綿が飛び出した、辛うじて座れると思われるソファが見つかった。これ、結構気に入ってたんだがな。……言っても仕方ないか。
こんな状態だから決して寝心地は良くないだろうが、そこは我慢してもらうとして。……毛布なんて気の利いたものは流石に見つけられないだろうし、俺のコートをかけておくか。
「…………」
試合が終わって一時間ぐらい経ったんだが、まだ目を覚ます気配はない。
こうして眠っている姿は歳相応どころか、幼さすら残るほどだ。そう見えてしまうのは体格に恵まれなかったからなのだろうが……それでも前線に出続けているのだから、大したものだ。まあ、本人が言うには魔法適正がなかったから仕方がなかったとのことだが。
……今思えば、ダイナと出会ったのはこいつがドロップアウトしてすぐだったな。聖堂騎士時代の実力を知っている者はその堅物さを嫌って関わろうとしないし、それを知らない馬鹿は下手な声掛けをして返り討ち。当然、世渡りなんてものを知らないこいつはすぐに浮いた存在として、フリーみたいな俺の耳にも入ってきた。
大きな組織の後ろ盾がない現実に直面し、それなりに痛い目にあったであろうこいつも生活せざるを得ないということで、闇賭博場なんて場所にも顔を出すようになった時に、初めて俺と一緒に依頼をこなす機会があった。
その時の第一印象は……こんなに身体が小さい奴なのかと思った。噂は聞いていたが、あくまでもそれは実力面だけだったから外見なんてのはこれっぽっちも知らず、前線に出張ってるなんて聞けばイメージはもう屈強な女戦士みたいなのを想像していたから、本当に意外だった。とはいえ、この業界には十にも満たない少女が何十人もの腕利きを屠るなんて事件も起こり得る以上、見た目での判断は止した。
依頼達成のためにはどんな努力も惜しまない姿は流石に元メシアンなだけあって、馬鹿みたいに実直だった。ただ、喋り方があまりにも独特だったせいで、俺にはそっちの方が印象深く残っている。
後は……ああ。ちょっとした嫌がらせのつもりでかけた言葉に、真剣な表情で返された言葉は……心に染みたな。
『なあ、元メシアンなんだろ?』
『その認識で問題ない』
『だったら、俺のことぐらい知ってるだろ。フリーの中では相当に有名な自負はあるからな。不名誉ながらに、メシアンからも』
『私はまだフリーになってからは新米。それでも……まあ、それなりに』
『半人半魔。悪魔と人間から生まれた忌み子……ってか?』
『確かに、そう考えるメシアンは多い。ただ、私はそう思ってないと言って、信じてもらえるか……』
『何だ? 言いたいことがあるなら言ってみな』
『ただそこに生まれた命に罪はない。これが私の信条だから、ダンテさんのことをそんな風に思ったことは、ない』
その後に付け足された、悪事だと分かっていながらもその事柄に手を出している部分は見過ごせない、なんて台詞がなかったら、あの場で娶っていたぐらいだ。……いや、あの時に娶っちまえば良かったと、今日改めて思い知らされた。
先の試合、ダイナ自身は文字通り、依頼として請け負ったから遊星をチームメンバーとして信頼し、どれだけ辛くても最後まで俺に喰らいついてきた。諦めずに戦い抜いてくれたのは俺としても嬉しかったが、それは決して俺のためにではなく、別の男のためなのだと思うと……湧き上がる感情を抑えられなかった。
結果、ダイナの身体をあんな風に叩き斬っちまって……かける言葉が見つからない。挙句、今の俺と来たらダイナの寝顔を独り占め出来て一人勝手に舞い上がってると来たもんだ。まったく、今の俺は完全に自分勝手で最低な男だぜ。
──それでも。
我ながら呆れるほどにダイナを意識してしまうのは……初めて協働した時にかけられた言葉と、同情や哀れみなんかが一切混じっていないまっすぐな瞳に、勝手ながらに心を救われたような気持ちになったからだ。
メシアンだったというのに鼻につく言動もなく、何処までも純粋に他者の幸せを願い、その為に自分の成せるべきことを成す。
全ての考えを理解できるわけじゃないが、出来ることならダイナが幸せになってほしいと願う人物の中に俺が入れたらと、何度思ったことか。あわよくば、ダイナの想いを全て俺に向けてもらえたらと。
「うっ……あ、はっ……!」
ああ、そうか。
「眠り姫のお目覚めってな」
「ここ、は……」
俺はダイナのことが──。