第12話

「うっ……あ、はっ……!」

 身体中が痛い。急速に取り入れられる酸素が苦しい。

「眠り姫のお目覚めってな」

「ここ、は……」

 一面に広がってるのは……瓦礫? 私、どうしてこんな瓦礫の山の中で……。

「俺の住まいさ」

 ……家? あ、えっ……この瓦礫の山の中で、普段生活をしていると……?

「コート……」

「悪いな、毛布なんて気の利いた物は出てこなかったんだ」

「いえ……お気遣いなく」

「身体に異常や欠損はないか? 派手に斬ったからな」

 まだ意識がはっきりしない。確か、依頼の過程でダンテさんと試合をして……──ああ。ばっさり斬られて、死んだのか。
 上体を起こすだけでも気だるく感じる。でも、それを除けば……特に異常はない。

「問題ない。もう少しすれば、普段通り動けるようになる。それより依頼は……」

「俺の勝ちだ。あの二人は報酬とダイナを治す道具を置いて、痴話喧嘩しながら帰っていったさ」

「それは良かったの……かな」

 報酬を置いていったということは、依頼は完了出来たということ。もっとも、私は負けたので取り分自体はダンテさんより少なくなるけど……それ以上に相手の機嫌を損ねていないのなら、上々か。今回の依頼内容自体も参加することに意義があったようなものだし。……もちろん、勝ちたい気持ちはあったが。

「予備の服は持ってるだろ。後ろ向いててやるから、着替えちまいな」

「配慮、感謝する」

 当たり前だが、回復道具では服の破れや血糊は落とせない。これに関しては回復魔法も同じだ。だから帰路で警察に通報されないよう、最低でも一着は予備を持っておくのがサマナーの嗜みだったり。
 自分はカッターシャツにジーパンと、完全に実用重視で洒落っ気なんてものは皆無だが、おかげで持ち運びは格段に楽だ。後は何処に行っても不自然に浮かないから、重宝している。そういった点、ダンテさんほどの奇抜な衣装は……どのように予備を準備しているのだろうか。いや、それも気になるが、利点がないわけでもない。
 フリー家業だから、自分を売るというのはすごく大事だ。実力があればもちろん勝手に売れていくが、その中でもああいった他の人とは違う何かを外見で見せられるというのも十分強みになる。もちろん、それ故のトラブルなどもついて回るが、ダンテさんほどになれば手を出そうなんて輩はいないだろう。

「待たせた。もう、こちらを向いてもらって大丈夫」

「まあ、治療した時に見たんだがな」

「…………文句は、言わない」

 命を助けてもらっているのだから、私から言えることは何もない。ただ、わざと伝えてくるあたりが、その……からかいに来ているのだと分かるけど、やっはり恥ずかしい。というか、よく考えてみると男性に素肌を見られるのは初めてな気が……。

「顔が赤いが、やっぱり調子悪いか?」

「顔が赤いのは……生きてる証だから、どうぞ気にせず」

「何言ってんだ……」

 ダンテさんは必要なことを施してくれただけだ。考えるな。

「もう、大丈夫。……あの、お礼が遅くなったけど、助けてくれて、ありがとう。どうにも、ダンテさんには借りばかりが増えてしまって」

「ダイナは律儀に返してくれるだろ。それも見越して助けたんだ。……で、だ」

「……伺います」

 一週間前の見逃してもらった案件に加え、今回の身柄確保で借りは二つ。後は……ダンテさん自身は借りだとは思っていないだろうけど、自分がフリーになって初めて依頼を受けられたのは、ダンテさんが依頼にご一緒してくれたからだ。そのお陰で稼業を波に乗せられたので、個人的に返したいと思っている事柄。なので、計三つ。
 いくらなんでも、借りの作り過ぎだ。

「察しが良くて助かる。難しいことは頼まないから、気楽に聞いてくれ」

「ダンテさん基準での難しくないは、不安……」

 本人ですら手を焼くような仕事を、自分より弱い者に頼むなんてことはないだろうが……だからこそ、一体どんな無茶を言ってくるか、予想がつかない。

「つい二日前、ある人物ともめてな。おかげでそいつも俺も、行き場がなくなっちまったんだ」

「揉め事……。私に間を取り持てと?」

「その必要はない。いつものことだから、わざわざ面と向かって頭を下げあう仲でもない程度には……まあ、腐れ縁というか、なんというか」

「親しき中にも礼儀あり。非があるのなら、謝罪すべきかと」

「あー……まあ、そのうちな。……じゃなくて、困ってるのはそこじゃない」

 間を取り持てというお願いだったら、それはそれで私も困る。誠実さには自信もあるが、残念なことに会話が上手くない。交渉の場などで中立な立場の人間を求めているといった手合いなら、そつなくこなせるけど……仲介はそこまで得意ではない。

「では、行き場がないのと何とかしてほしい、と?」

「そうだ。少なくとも一ヶ月、俺ともう一人の住む場所を提供してほしい」

 ちょっと待ってほしい。
 最近、無茶ぶりが多すぎないだろうか。いや、東狂については不慮の事故だと頭では理解しているし、それについてはある程度諦めもつき始めている。昨日の案件で現実逃避したくなったのも事実ではあるが、それに関してはまだ自分しか知りえていないので、情報規制さえ徹底しておけば当面問題は起こらないはずだ。

「私、ダンテさんが思っているほどお金持ちではない」

「新居を建ててくれって話じゃない。ある程度の貯金が溜まるまでの間ってだけだ。……出来るだろ? 今のダイナなら」

「……まさか、今私が住んでいる家に泊めろと?」

「そのまさかだ。安心しな、節度は守るつもりだ。もう一人は……かなり気難しいが、まあダイナなら何とかなる」

「ごめんなさい、無理です」

 昨日とんでもない爆弾を抱え込んだばかりだというのに、それを隠し通しながらダンテさんと共同生活? そんなの、出来るわけがない。
 物理的な面だけを言えば、二人ぐらい向かい入れることは可能だ。もっと言えば十人程度は余裕で貸し出せる程度に部屋は余っている。
 ……あれ、マンション経営でも始めた方が儲かったり? なんて、それは不可能だ。まず、一般人が住めるような環境ではない。その点においても、ダンテさんであれば問題ないが、むしろキレ者過ぎるところが問題だ。

「即答かよ。理由ぐらい聞かせてくれ。……ああ、家が狭いからなんて言い訳は聞かないぜ。そんなわけがないって、知ってるんだからな」

 やはり、ダンテさんは私が東狂──周りからはただの異界と思われている──に住んでいることは把握済みか。そう考えるに至ったのは前回の邂逅から、今日という短い期間で普通ではありえない速度で力をつけたからだろう。どれだけ鍛錬を詰め込んでも、一週間程度で身に着けられる実力なんてものはたかが知れている。効率を上げるならば環境も大切だ。

「お察しの通り、私は今異界に住んでいる。ただ、依頼を受けたから住んでいるだけで、しばらくしたらお返しする」

「なるほど? あくまでも自分の物ではないから住まわせられない、と。……建前はいい。本当のことを言いな」

「建前ではない。事実として、私には異界を返す義務がある」

 嘘はついていない。話していないこともあるけど……それが大問題なので、口が裂けても言えない。

「……ダイナ。何を勘違いしてるんだ?」

「うっ! あっ──!」

 ダメだ、本調子じでない状態ではダンテさんの組み付きを避けられない! 反応出来ても、身体がついてこない。それにこれは……この感じはあの時の、試合の時に一瞬向けられた殺気だ……!
 断れば殺すと、そんな脅しまでかけてくるほどに私の家にこだわる理由は何? まさか【宇宙卵】のことを知っているの……?

「手荒な真似はしたくないから、よく考えろよ。今のお前は断れる立場なのかってことをな」

 違う、脅しじゃない。
 ──本気だ。
 首を絞めてくる右手は力を入れたら首の骨を折れる角度。さらに、左手に握られた拳銃は心臓に突き付けていて余念がない。
 恐らくだが、今の反応からして建前ではないということは分かってくれたはずだ。今回はダンテさんの方が立場が上だから、隠していることが暴けたら儲けもの程度の感覚で“本当のことを言え”と、かまをかけてきていたのは分かっている。しかし、その後の発言から今の行動まで、全てに共通して含まれていたのは苛立ちだ。
 ……分からない。一体何がそんなに彼の気に障った?

「どうしてそこまで、私にこだわるの……?」

 愚直な問いかけだ。だけど、私には心を読む力なんてないから……。察したり、思いやったりすることは出来ても、それでも分からない時は相手に答えてもらうしかない。

「何故って、ダイナのことが好きだからに決まってるだろ?」

「……えっ」

「あっ。つい、口が滑っちまった」

 好き? ダンテさんが、私を?
 ……待ってほしい。本当に、待って。えっと、ダンテさんの反応を見る限り、からかっている様子も嘘をついている様子も見受けられない。つまり、本心ということ?
 いや、相手の好意を疑うなんて失礼だ。よく分からないけど束縛も解かれたから、向けられた想いには誠実に、返事を……。
 自分がダンテさんのことをどういう風に見ているかと問われれば、憧れというのが一番近いだろう。生き方への考え方には賛同出来ない面もあるが、生い立ち故にそうせざるを得なかった部分も理解はしている。
 ダンテさんへ特別な憧れを感じたのは……何よりも純粋に、一時の関わりだったとしても味方になった相手のことを守れるあの強さに惹かれたのは間違いない。

「私は……ダンテさんを憧れの人として見ている」

「バッサリ切ってくれたな……」

「ただ、私には恋愛経験がない。好きでもない方とは付き合えないけど、憧れの人は……恋愛対象として良いのか……」

 まさか、一度も付き合った男性がいないという現実がこんな風に弊害をきたすとは……。はっきり言って、死ぬまで無縁のものだと割り切り過ぎていたせいで、今も動揺が隠せない。

「薄々は感じていたが、やっぱり付き合ったことないのか……。憧れを抱いてるってことは、少なくとも好意はあるよな?」

「その見解で間違いない」

「だったら、まずは付き合ってみようぜ。恋愛ってのは、最初から両思いなんて稀なくらいさ。……ま、安心しろよ。絶対に離れたくないようにしてやるから」

 うまく乗せられている気もするけど、言い分は納得出来るものだ。私自身としても、ダンテさんの力になれるのであれば嬉しく思う。今はまだ、この何とも言えない感情を恋と呼んでいいのか分からないが、一つ踏み込んだ関係になってから見えてくるものも、きっとあるはずだ。

「じゃあ……あの、私でよければ……」

「もっと自信持てよ」

 こういった手合いは下手に出るのも失礼にあたるのか。しばらくはダンテさんには苦労を掛けてしまうそうだ。これは少しでも早く、改善していかなくてはならない案件だ。

「ダンテさん。よろしくお願いします」

 本当に、お付き合いするんだ。幸せの探求というのは心を保つ上でとても大切なことだから、それを与え合える人がいるというのは凄く嬉しく感じる。
 だけど……何か大切なことを忘れているというか、話が流れている気がする。

「ああ、よろしくな。……じゃあ早速、ダイナの家に案内して貰うとするか」

「…………その件に関しては断ったはず」

「彼氏が困ってるんだから助けてくれよ」

「かれっ……。その彼氏に私は困らされている」

「くく……顔が真っ赤だぜ。生きてる証だったか?」

 完全にダンテさんのペースだ……。しかし、ここで頷くわけにはいかない。この瓦礫の山へ置いていきたいわけではないのだが、はっきり言って東狂の方が何倍も危険だ。それにまだ【宇宙卵】の存在を知られるわけにもいかない。せめてあれが何なのか、私が把握してからでないと。
 とはいえ、ダンテさんの言う通り私が断れる立場ではないのも事実だ。 

「……先ほどの脅しは?」

「あまりにも俺のことを拒むから、我慢ならなかった。……お陰で、まだ言うつもりのなかった告白までしちまった。結果オーライにはなったが、反省している。悪かった」

「そう……。今度からは気を付けて欲しい。……それで、家のことについて」

「もうあんな手荒な真似はしない」

「ビジネスの話で、私はダンテさんに借りがある。それを返してくれと言われている以上、断れない。だからダンテさんと、最初に話に出ていたもう一人の方も迎える。ただし、こちら側としても条件がある」

「聞こうか」

「経緯は省くけど、この間ダンテさんと出会った異界で、私は主となっている。だから、異界の中では必ず私の指示に従ってほしい」

「なるほど。異界の主になってるってことは、最下層を目指してるんだな?」

「目指している最中だから、危険なところが数多く残っている。無用な事故を減らすためにも、受け入れてほしい」

 これはダンテさんの身を守るのはもちろんのこと、私にとっても命に関わる事柄だから、受け入れてもらえないことには話が始まらない。

「いいぜ、その条件で。なんなら、予定さえ合えば異界踏破も手伝ってやる」

「それは……嬉しい申し出だけど、ダンテさんを雇うほどの報酬が……」

「取らねえよ。せめて家賃代ぐらいは働いて返すさ。ダイナとも一緒に居られるしな」

「あ、ありがとう……」

 どうしてこう、さらりと会話の中にそう言った言葉を混ぜられるのか? それとも、自分が慣れていないから過剰に反応してしまっているだけ……? もう、分からないことだらけだ。流されないよう、しっかりしないと。
 とにかく、ダンテさんの力を貸してもらえるというのは素直にありがたい。ただ……彼を≪魔人≫に合わせることは出来ない以上、道中の踏破だけをどうお願いしてついてきてもらうかは、考えておかないといけない。
 正直言うなら、魔人戦こそ手伝ってほしいという気持ちは強い。しかし、≪魔人≫の存在を知られるということは、ただ変容してしまった異界だという説明では見逃してもらえなくなる。
 挙句、今度の≪魔人≫も【宇宙卵】を有している可能性が非常に高い。あれだけの高エネルギー物質をダンテさんほどの人が目の前にすれば、それがどれだけ危険な物か分かるはずだ。
 大きく世界を揺るがせてしまうほどのエネルギーを溜め込んでいる以上、存在が露見すれば必ず手に入れようとする者は現れる。そんな危険なことに、巻き込むわけにはいかない。

「そうと決まればこことはおさらばだ。……連れて行ってくれよ」

 また面倒ごとを増やしたのかと、静かに怒るマリアの姿を思い出すと家に帰る足取りが重くなる。だけど今は、ダンテさんと密接な関係になれたことは、想像以上に私の心を満たしているようだ。