第11話

 激動の一週間を終え、今日からはまた新たな週が始まる。
 昨日の段階で第三層へ続く扉の発見まで済ませられたし、さらにここ『東狂』の全容と何が潜んでいるのかという大きな収穫があった。そのおかげで胃に穴が開きそうだけど……おかわりまであるというのだから、どこかに逃げられる場所があるなら逃げ出してしまいたいほどだ。

「先週……と言いますか、昨日手に入れた【宇宙卵】なるものの処遇ですが」

「保留以外の選択肢がない。現状、この物質がどんな作用を生み出すのか、また何に使えるのか。そして何故存在しているのか……」

「分からないものには下手なことをしないのが一番でございますから、ええ。そのご判断でよろしいかと。ただ、これほどのエネルギーを溜め込んだ物質ですから、取り扱いは慎重に」

「ちなみに、マリアは【宇宙卵】を何かに使える? 【神の欠片の一部】ということらしいけど」

「残念ですが、私程度の格の低い天使ではどうしようも。それこそ昨日戦った≪魔人≫や、あるいはかつて神に反旗を翻した魔界の長など、相当に格の高い者でないと扱うことは困難かと」

「そう……。となれば、無論私にも使うことは出来ない、か。宝の持ち腐れかな」

「大きな勢力であれば利用方法も知っているかもしれませんが、そういった勢力の手に渡った時点で大きく均衡が崩れるかと」

「ある意味で、使い方の知らない私の手元にある現状が、世界のバランスを保つ役を担っている、と……」

 ハルマゲドンを起こせる可能性もあるような超重要物質を、ただのフリーサマナーが持っているなど……一体何の冗談だろうか。
 情報収集をするにしても、嗅ぎまわっていることがバレた時点で大きな組織を敵に回すことになる。最悪、ここまで討ちに来る可能性も高い。そうなれば私は一瞬にして消され、挙句の果てには【宇宙卵】も奪われ、それを手にした組織が一気に勢力を伸ばしてそのまま世界を牛耳る、なんて未来もあり得るわけだ。

「はっきり言って、これ以上にない厄ネタを抱え込みましたね」

「一体何がそうさせたのか……。ともかく、これに関しては下手に外部から情報を取るよりも、東狂を下って行った方が良さそう」

「賢明ですね。さあ、色々と調べたいことが出てきてしまいましたが、本日は依頼を達成するのが最重要項目でございます」

「この間ガイア教団の方から受けた『EXCEED DEFENSE!』が今日付けだから、うん。まずはこなすべき物、こなせる物から着実に」

 とんでもないものを抱え込んだからといって、依頼を反故するなんて言語道断。幸い、フリーであるが故に自分がしっかりと立ち回れば外部に漏れることもない。
 それに生活費は稼がないといけないし、各組織とのコネも大切な業界だから、そこを疎かには出来ない。
 大丈夫。いつも通り、成すべきことを成していけば必ず好機は訪れる。その時に、判断を誤らなければ良い。

「依頼内容としては、模擬試合の前線を担うのでしたね」

「負けても命を取られるわけじゃないから、真剣に、気負いすぎず」

 この依頼内容としても、お呼び立てしてくれた人物と即興チームを組んで相手チームと試合することになっているから、マリアを連れていく必要はない。
 サマナーが単体で歩き回っているという事実は褒められた行為ではないが……今はそれ以上に東狂を留守にする方が怖い。

「どうぞお気をつけて」

 一番信頼のおけるマリアなら、何かあっても対応してくれる。だから自分の方は自分で対応するぐらいはして見せないと。一応ではあるが予備のCOMPに何体かの仲魔も入れてあるから、最悪これで乗り切れる。
 なんて気負っているが、今日は模擬試合だから、行きと帰りにさえ何もなければ大丈夫だろう。

 帝都某所の異界に指定された時間よりほんの少し早く足を運べば、依頼主は待っていた。

「よく来てくれた。ガイア教の不動遊星だ。俺より少し下の前衛が出来る人物ということで亮に依頼を出していたが……まさか女性が来るとは」

「フリーのダイナと。この業界では性別などあってないようなものだから、どうぞ気にせず」

「ああ、そうだな。……早速だが、手短にルールを説明しよう。本日の試合は二対二の一本勝負だ。チームのうち誰か一人でも戦闘不能、または降参した時点でそのチームの負けだ」

「把握した。……それで、相手チームは?」

「あちらも即興でチームを作っている頃だろう。……すまない。売り言葉に買い言葉になってしまってな。チーム戦の重要性は前衛の強さだけではないというのを証明するという話になってしまって」

「いえ、こちらも仕事ですから」

 流石に亮さんの所へ依頼を出すだけあって、割と求道者っぽいタイプのガイアーズだ。話を聞く限りでもチーム戦の話だから、ガイアーズでも仲間意識みたいなのはあるのだろう。それで、一緒に戦ってくれる前衛が必要になった……と。
 今の話の流れで言えば、どちらかの前衛は少し格下ということになる。それが自分なのか、はたまた相手の方なのか……。遊星さんの話ぶりからすると、恐らく格下は自分の方だとは予想がつくが……一体、誰の刃を受け止める羽目になるのやら。

「待たせたわね、遊星」

「どうやら、向こうも集まったようだな」

 声をかけてきた女性は若い方で、紅色の衣装に身を包んでいる。とはいえ私よりも身長が高く、モデル体型なんて呼ばれそうなほどだ。そして何より……胸が大きいのが特徴だろうか。自分はそういった女性らしい部位などへの憧れは皆無なので、特別思うところはないが……純粋に肩こりなどを心配してしまう。

「随分と、小柄な女性だけど……貴女が前衛を務めるのかしら?」

「一応前衛としてのイロハは叩き込んであるので、ご心配なく」

 ……何だろうか。うまく言えないけど、この女性から向けられる視線が凄く痛い。まるで兎を狩る時にも全力を出す獅子のような……。

「そう。じゃあ遠慮なく叩き潰させてもらうわ。……よろしくね、ダンテ」

「まだ始まってすらいないっていうのに、随分と血気盛んだな。……ま、お望み通りに勝利を捧げてやるさ」

 …………。
 すごく楽しそうにリベリオンを振り回している貴方も十分血気盛んだと、声を大にして言いたい。
 私が、あの斬撃を受け止めるのか……。
 
「……お久しぶりです。想像以上に早い再開で」

「全くだな。たかだか一週間程度しか経ってないのに、随分と雰囲気が変わってるじゃねえか。……やっぱ、ダイナ相手に手を抜くなんてのは──あり得ないな」

「全力で行く」

 今回はチーム戦だから、こちらにも勝ち目はある。無論、自分が足を引っ張り過ぎれば勝利はもぎ取れないが……やるしかない。

「アキ、お前……本気過ぎないか?」

 どうやら遊星さんもダンテさんのことは知っているみたいだ。あれだけの実力があって本人の思考も混沌寄りだから、ガイア教団のそこそこの実力者なら知っていて然るべきか。

「何よ! 遊星なんて女の子に前衛させてるじゃない! 本当はそういう小柄な子が好みなんでしょ!」

「何の話だ? 依頼を受けてくれた人物がたまたま女性だっただけで……」

「言い訳なんて聞きたくないわ! ダンテ、絶対に負けは許さないから!」

「負ける気は毛頭ないが、痴話喧嘩は後でしてくれよ?」

 ……ああ、そういう。
 ということはアキさんは勘違いの末、私に嫉妬しているのか。そしてその事柄に遊星さんは気付いていないと。事態を私と同じく把握したダンテさんは何処か楽しそうだし……。
 こういった手合いのもつれは外野が口を挟むと余計ややこしくなるし、今回に限っては私が原因のようなのでさっさと依頼を済ませてこの場を去るのが好ましい。
 ただ、弁解が許されるのなら、遊星さんと顔を合わせたのは今日が初めてだと言いたい。もっとも、それを証明する手立てがない以上は火に油になってしまいそうなので、ぐっと堪えて。

「アキが何で怒ってるのかよくわからないが……とにかく、始めようか」

 試合が始まるとなれば、怒っていた彼女も一転して気合を入れ直している。好き放題振る舞っている下っ端たちとは違って、アキさんも私と同程度の実力者と見て間違いない。

「試合を始める合図は?」

「このタイマーが切れたらだ」

 準備のいいことに、遊星さんが適当な目覚まし時計を持ってきていた。今から1分後に目覚ましが鳴るようにセットして、各自持ち場に着く。恐らく全員が自身の体内時計を頼りに、時刻を計っているはず。……無論、自分もそうだ。
 3……2……1……。
 静寂を破るように鳴り響く音を合図に、全員が一斉に動き出す。
 やはり、一番出だしが速いのは言うまでもなく……!

「先手は貰うぜ!」

「行かせはしない!」

 完全に出遅れたが先週は何度も東狂に潜っただけあって、全盛期の頃の戦闘速度は取り戻せている。これなら間に合うっ!

「おいおい、今のは完全に俺の方が出だしが速かっただろ」

「初手から遊星さんへの一撃をいれられるわけには……いかない!」

「ハッ……! マジで別人の動きだな。この一週間で何をしたのか、教えてほしいね!」

 ダンテさんの速さにはついていける。
 問題はこの打撃力! 幾ら武器で受け流しているとはいえ、こんな威力を何度も受けていては、絶対に負ける……!

「ダンテ、援護するわ!」

「そうはさせるか! ダイナ、一度距離を取れ!」

「了解!」

「俺から逃げ切れるか?」

 互いの後衛組は魔法を使った遠距離攻撃で白兵を援護してくれている。どうやら遊星さんの方が魔法の扱いに関しては長けているようだが、如何せん私がダンテさんとの距離を離しきれないせいで、本来の力を出し切れない様子だ。
 即興チームである以上、完璧な連携は取れない。しかし、その条件はお互い様だ。だったら少しでも声を出して、自分の出来ることを発信していくしかない。

「ッ──! 遊星さん! 距離を取ると銃撃がそっちに向かう!」

「それがあったか……! だったら俺がアキを抑え込むまでの時間を稼げるか!?」

「それしかないなら、成し遂げてみせる!」

 身体が悲鳴を上げているのが分かる。両腕は痙攣しているし、レヴェヨンを握っている右手に関しては感覚もほとんどなくなっている。この状態でも集中力を切らせば銃弾が遊星さんに向けられる。そうなったら確実にこちらの負けだ。

「健気だな。もっとも、仕事として請け負っているからだろうが……気に入らないな」

「えっ──」

「アキ! どうにかして逃げ切りな! こっちはもう片が付く!」

「時間をかけたら承知しないわ。……遊星、勝負よ!」

「行くぞアキ! この勝負、勝ってみせる!」

 一瞬だけだったが、間違いない。ダンテさんから向けられたものは……殺気。
 依頼を受けていなければ、全力を出さずに尻尾を巻いて逃げるような奴だと思われたのだろうか?
 確かに、避けられるものは避けるし、逃げて支障がないなら逃げもする。しかし、それはこの業界であれば誰もが取る手段だ。自分から危険な場所に首を突っ込んでいたら、命がいくつあっても足りない。
 それでも……戦わなければならない時は、私は常に全力をもって挑んできたつもりだし、これからもそれは変わらない。理解してほしいとは言わないが、勘違いされたままというのも、嫌だ。

「私はまだ……戦える!」

「遊星さんのために……ってか?」

「チームを組んでいるのだから、当然!」

 殺気を向けられてから、明らかにダンテさんの雰囲気が変わっている。当初から全力なのは変わらないのだが……何というか、イラついているように感じる。どういった事柄がダンテさんの心情に変化をきたしたのかまでは計りかねるが、攻撃が単調になりつつあるのは私としてはありがたい。……ありがたいのだが。

「心意気は買うが……残念だったな」

「しまっ──」

 手から武器が弾かれる。
 攻撃が単調になった分、最初以上に威力が乗ったダンテさんの斬撃に、私の筋力が耐え切れなかった。後退すら許さない素早い一振りが、私の胸部から腹部までを綺麗に引き裂く。

「勝負ありだ」

 意識が遠のく。……もう、立っていられ…………私……死…………。