「どうですか涼太。見えていますか?」
「≪おおーっ! すげー、すげーっスよ!≫」
「回線は良好みたいですね。
じゃあこのまま適当に、ぐるりと辺りを回って帰還します」
私は今、ビデオカメラを持って街を歩き回っている。
前に約束したとおり、涼太に街の情景を見せてるのだ。
「≪あ、そこの店はなんスか?≫」
「撮影機材持って入ったら叩きだされるところです」
やっぱり、元は神様でも今は何も権限がないから、普通の高校生っぽい。
後、涼太。今興味を示したお店はエロいお店なんだ、私も行ったことないよ。
「スゲー面白かった! ニンゲンの技術ってホントすごいッスね!」
「実際、地球の裏側の事故の情報がすぐに入る世界だし、
大昔の神通力にさえ迫るものがあると思いますよ、最近の技術は……。
問題があるとすれば、処理する方の能力が、進歩に追いつけていないことですかね」
「んー……なんか、あった?」
「……流石に分かりますか?」
「なんとなく言ってみただけッスよ?」
「なら、そういうことで……。
……先ごろ受けた依頼なんですけどね」
「ああ、家出少年の家出を成立させる、って奴ッスね」
「……見覚えがね、あるんです。
『メシア計画』……。そういう、ふるい言葉に関わって」
「……飯屋計画? なんスかそれ」
「食べ物じゃないです……。
いや、平たく言って、『人工的に救世主やら聖女やらが作れないか』って計画でして。
1990年代のことです。悪魔が社会の裏に蔓延り初めた頃。
隠蔽にも徐々に綻びは見え始め、治安は悪化傾向の一途。
すでに既成社会の最終的な破綻は見えている。……なのに救世主は現れない」
「それで?」
「我々が救世主をお迎えする、その準備が足りないのではないか?
神に遣わされる救世主に相応しい器。
あるいは救世主を産むに相応しい聖母。
そういうものを作ることを、『救世主の降臨への備え』の一貫としようと」
「……結果は?」
「計画はさんざん迷走して、予算を食いつぶして破綻。
普通に考えれば当たり前のことです。
『救世主になる条件』なんて、誰も知らないのですから。
ただ、派生研究からは幾つか成果が上がった……。
たとえばニンゲンの異能や、天使に関する研究理解が深まったり。
私の知るかぎりでは、ある種の『歌』に関する研究が進んだり。
それこそ、もっと悪魔の力などがおおっぴらになって、
人的、資源的、魔術的リソースも集中投下できる。
『そんな環境なら』あるいは何か変わったのかもしれませんが……、
現代社会では、この程度です」
「それで、見覚えがある、っていうのは?」
「人間の心を深く揺さぶり、同意、同調させる。
そういう『歌』とか『ことば』がね、
どうにも世の中には、あるらしいのです。
そういう『聖女』の資質に着目して、『歌』に関する異能を探るうちに。
……ある、『歌の異能』が見つかった」
それは『悪魔を呼び出す旋律』というシロモノ。そしてそれはアティが……。
「ただ、本来の『歌い手』は何らかの事情で『保護』しかねたようで。
代わりに入手できたいくらかの体細胞からクローンを作ることで、
その異能を再現するプロジェクトが発足した。
それが、ずいぶんと昔の話で、その成功例となった女性がいましてね?
研究過程で危険な悪魔が召喚されるため、その女性の護衛に割り当てられたのが、当時の私。
あの頃は、マリアに教育されて、若干高圧的な態度も抜け始めた頃でした。
程々に不真面目なテンプルナイトだったと思います」
おっとりとしていて、良い人だった。聖女というのは、ああいう人のことを言うんだろうなって。
衝突も何度かしちゃったけど、彼女に感化されて、今の私がある。
「……その人は」
「死にました。どうにも、あの『歌』は、何かしら体を蝕む要素があったようで。
気づいた時には時すでに遅く、日に日に衰弱していって……。
その頃には私も、今の私のような人格になっていましたから、研究の中止を進言したけど、計画も末期。
成果を焦ったひとびとに進言は潰され、それでも諦めずに駆け回って手を尽くしても、
逆に政治的に敗北して彼女の護衛を免職、左遷。
死に目にもあえずに、後で彼女の訃報を聞いた。
ただ、彼女の召喚の歌の研究によって、メシア教のCOMPのプログラム技術は向上を遂げた。
その血塗れの技術が籠もり、そして彼女の歌が幾つか録音してあるこのCOMPは、
愛憎入り交じった形見のようなものです。
その彼女、『アティ』と、今回の件の彼、『黒子テツヤ』……。
性別がそもそも違うし、外見は似ているわけではありませんが、
雰囲気とか、うまく言えないけど、どうも、ダブって見えるのです」
「……そッスか」
「私はこの件で、当時しばらく疎遠だった、
師匠のウォーリアオブライト相手に再会、激昂して……縁を切って。
『罪なきものを守れずして、何が秩序ですか』ってね。
それ以来、彼とは顔をあわせていませんが……。
……ただ。何か関わりがあるなら、彼……黒子さんを守りたい。
その件で、涼太を危険に晒してしまうかも知れない。そのことについて、謝罪したくて」
「律儀すぎるッスよ」
「こればかりは性分ですから」
「まったく、ガチ信者はこれだから……」
「その大元締めが何を言ってるんですか」
「あー、じゃあ、あれッス。俺にもその歌、聞かせてほしいッス。それでチャラってことで」
「それは……」
「ダイナの大事なものなんでしょ?だったらさ、俺にも一曲聞かせて」
「物好きですね、涼太も」
アティが残していった歌。……久しぶりに聞くそれは、すごく心に沁みた。