第16話

「どうですか涼太。見えていますか?」

「≪おおーっ! すげー、すげーっスよ!≫」

「回線は良好みたいですね。

 じゃあこのまま適当に、ぐるりと辺りを回って帰還します」

私は今、ビデオカメラを持って街を歩き回っている。

前に約束したとおり、涼太に街の情景を見せてるのだ。

「≪あ、そこの店はなんスか?≫」

「撮影機材持って入ったら叩きだされるところです」

やっぱり、元は神様でも今は何も権限がないから、普通の高校生っぽい。

後、涼太。今興味を示したお店はエロいお店なんだ、私も行ったことないよ。

「スゲー面白かった! ニンゲンの技術ってホントすごいッスね!」

「実際、地球の裏側の事故の情報がすぐに入る世界だし、

 大昔の神通力にさえ迫るものがあると思いますよ、最近の技術は……。

 問題があるとすれば、処理する方の能力が、進歩に追いつけていないことですかね」

「んー……なんか、あった?」

「……流石に分かりますか?」

「なんとなく言ってみただけッスよ?」

「なら、そういうことで……。

 ……先ごろ受けた依頼なんですけどね」

「ああ、家出少年の家出を成立させる、って奴ッスね」

「……見覚えがね、あるんです。

 『メシア計画』……。そういう、ふるい言葉に関わって」

「……飯屋計画? なんスかそれ」

「食べ物じゃないです……。

 いや、平たく言って、『人工的に救世主やら聖女やらが作れないか』って計画でして。

 1990年代のことです。悪魔が社会の裏に蔓延り初めた頃。

 隠蔽にも徐々に綻びは見え始め、治安は悪化傾向の一途。

 すでに既成社会の最終的な破綻は見えている。……なのに救世主は現れない」

「それで?」

「我々が救世主をお迎えする、その準備が足りないのではないか?

 神に遣わされる救世主に相応しい器。

 あるいは救世主を産むに相応しい聖母。

 そういうものを作ることを、『救世主の降臨への備え』の一貫としようと」

「……結果は?」

「計画はさんざん迷走して、予算を食いつぶして破綻。

 普通に考えれば当たり前のことです。

 『救世主になる条件』なんて、誰も知らないのですから。

 ただ、派生研究からは幾つか成果が上がった……。

 たとえばニンゲンの異能や、天使に関する研究理解が深まったり。

 私の知るかぎりでは、ある種の『歌』に関する研究が進んだり。

 それこそ、もっと悪魔の力などがおおっぴらになって、

 人的、資源的、魔術的リソースも集中投下できる。

 『そんな環境なら』あるいは何か変わったのかもしれませんが……、

 現代社会では、この程度です」

「それで、見覚えがある、っていうのは?」

「人間の心を深く揺さぶり、同意、同調させる。

 そういう『歌』とか『ことば』がね、

 どうにも世の中には、あるらしいのです。
 
 そういう『聖女』の資質に着目して、『歌』に関する異能を探るうちに。

 ……ある、『歌の異能』が見つかった」

それは『悪魔を呼び出す旋律』というシロモノ。そしてそれはアティが……。

「ただ、本来の『歌い手』は何らかの事情で『保護』しかねたようで。

 代わりに入手できたいくらかの体細胞からクローンを作ることで、

 その異能を再現するプロジェクトが発足した。

 それが、ずいぶんと昔の話で、その成功例となった女性がいましてね?

 研究過程で危険な悪魔が召喚されるため、その女性の護衛に割り当てられたのが、当時の私。

 あの頃は、マリアに教育されて、若干高圧的な態度も抜け始めた頃でした。

 程々に不真面目なテンプルナイトだったと思います」

おっとりとしていて、良い人だった。聖女というのは、ああいう人のことを言うんだろうなって。

衝突も何度かしちゃったけど、彼女に感化されて、今の私がある。

「……その人は」

「死にました。どうにも、あの『歌』は、何かしら体を蝕む要素があったようで。

 気づいた時には時すでに遅く、日に日に衰弱していって……。

 その頃には私も、今の私のような人格になっていましたから、研究の中止を進言したけど、計画も末期。

 成果を焦ったひとびとに進言は潰され、それでも諦めずに駆け回って手を尽くしても、

 逆に政治的に敗北して彼女の護衛を免職、左遷。

 死に目にもあえずに、後で彼女の訃報を聞いた。

 ただ、彼女の召喚の歌の研究によって、メシア教のCOMPのプログラム技術は向上を遂げた。

 その血塗れの技術が籠もり、そして彼女の歌が幾つか録音してあるこのCOMPは、

 愛憎入り交じった形見のようなものです。

 その彼女、『アティ』と、今回の件の彼、『黒子テツヤ』……。

 性別がそもそも違うし、外見は似ているわけではありませんが、

 雰囲気とか、うまく言えないけど、どうも、ダブって見えるのです」

「……そッスか」

「私はこの件で、当時しばらく疎遠だった、

 師匠のウォーリアオブライト相手に再会、激昂して……縁を切って。

 『罪なきものを守れずして、何が秩序ですか』ってね。

 それ以来、彼とは顔をあわせていませんが……。

 ……ただ。何か関わりがあるなら、彼……黒子さんを守りたい。

 その件で、涼太を危険に晒してしまうかも知れない。そのことについて、謝罪したくて」

「律儀すぎるッスよ」

「こればかりは性分ですから」

「まったく、ガチ信者はこれだから……」

「その大元締めが何を言ってるんですか」

「あー、じゃあ、あれッス。俺にもその歌、聞かせてほしいッス。それでチャラってことで」

「それは……」

「ダイナの大事なものなんでしょ?だったらさ、俺にも一曲聞かせて」

「物好きですね、涼太も」

アティが残していった歌。……久しぶりに聞くそれは、すごく心に沁みた。