ルルアノ・パトリエ 第2話

「ごめんね、勝手に見学するなんて決めて……」
「んー。別にいいよ? アタシも少し興味あるし! キセキの世代、どんなのだろうね?」
アンカルジアはカバンからでて、ララクの肩元でパタパタと飛びながら
キセキの世代という人物たちについて想像を掻き立てている。
「そういえばアンカルジア。バスケットボール部って、なにかな……?」
よく考えればどういうものなのか、どこでやっているのか分からないのであった……。

「えっ、知らない。てかララク、知らないのに見学するなんて言っちゃったの!?」
「し、知らないから見学するの!」
「まぁ……それは間違ってないけど……」
「外……かな。ボールって名前についているぐらいだし」
キョロキョロと周りを見ながらグラウンドを探す。
「……グラウンドも分からない……。この校内、広すぎて……」
入学式の行われる体育館に向かうまでも何度も迷子になっており、
そうすんなりとグラウンドを行けるとは思えない。
「アタシに道、聞かないでね!」
「うぅ……、私も道を覚えるのは苦手なの、知っているくせに……」
「分からないのに引き受けちゃったララクが悪いんだから、がんばりなさい!」
「そう言われてしまうと言い返せない……」
先行きが不安なため、重い足取りで渡り廊下を歩いていると
「あうっ」
「おっと……ワリ、大丈夫?」
曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
「す、すみません! 考え事していて……、お怪我はありませんか?」
ララクは頭を何度も下げ、謝る。
「そんな謝らなくていいって。急いでたんでしょ?」
相手はぶつかったことに対して何も思っていないようで、それよりもララクに気を使う。
「あ、いえ……急いでいたというか、その、えっと……。少し困っていまして……
(アンカルジア、見られていませんか?)」
「(大丈夫、なんとかカバンの中に滑り込んだ)」
アンカルジアに視線を送って意思疎通を試みながらぶつかった相手に
言葉を伝えようとすると、ついもごもごしてしまう。
「ん? 俺でよかったら力になるけど」
ぶつかった相手がそう優しく言ってくれる。
「いえ! その、悪いですし……」
「別に遠慮することないって。ホラ、言ってみな」
半ば強引に聞かれ、断ることも出来ずにララクはぼそぼそと話し出した。
「その……、バスケットボール部って、どこでしているかご存知でしょうか?」
すると、それを聞いた相手は笑いだし、
「どこでって、体育館に決まってんじゃん。んなことも知らねぇの?」
「すみません……」
「ま、俺も今から行くし一緒に行こうぜ? どうやら見た感じ、
ずいぶんといろんなところを探した様子だし、このままにしてたら
また迷子になってそうで見てられないぜ」
そして言い終わらないうちに、相手は歩き出した。
「あ……、よろしくお願いします」
こうして、体育館に向かうことになった。

「あ、オレは高尾和成ってんだ。君は?」
「私は新崎ララクといいます」
「ララクちゃんね。なんでバスケの見学をしようと思ったの?」
「えっと、友達に勧められたので見てみようと思いまして」
「なるほどね」
その後も高尾はいつくかの質問をしてきた。そうして曲がり角を進むと
「あ、緑間さん」
「知ってんだ?」
緑間のことを知っていることに、高尾が少し驚いている。
「はい。家が隣で、クラスも同じなんですよ」
「へぇー」
高尾はニッと口角をあげると、緑間のところへと向かっていった。

「よう! 緑間真太郎クン!」
気づくと高尾は緑間に声をかけていた。
「オレ高尾和成ってんだ。バスケ部入んだろ? オレも入るんだ。よろしくな!」
サラッとあいさつを交わす高尾。
「何故オレの名を知っているのだよ?」
「ギャハハ! バスケやってて知らねー奴の方が少ねーよ!」
フンっと無視しようとする緑間。その左手には何かを持っている。
「あり? それなに?」
気になった高尾は躊躇うことなく聞く。
「今日のラッキーアイテム、髪飾りなのだよ」
おは朝占いの。と真顔で言いながら付け足している。
「ブフォッ。ギャハハハ、なにソレ!?
しかもなんでそんなに可愛いもん持ってんだよ!」
「何がおかしいのだよ」
「しかも流しちゃったけど語尾もなに!? めちゃウケんだけど!」
「……(軽薄そうな男だ)」
緑間は溜息を一つ吐き、早々と歩こうとする。
「(ねえ、アンカルジア!)」
「(うん。あの髪飾り、ララクが落したものによく似てるね!)」
「あ、ちょ、待てって! ララクちゃん、行くぜ」
「は、はいっ!」
ララクが必死に後を追っていたのを知っていたのか、声をかけてくれた。
そのことに気づいてくれていたのだと嬉しく感じ、
考え事をアンカルジアに任せて二人を追う足を早めた。

 

三人が並び、体育館に向かう。
「あの、緑間さんもバスケットボール部の見学ですか?」
高尾と話していたことを思い出しながら聞く。
二人に遅れないよう、早足で歩いているため、息が荒くなる。
「見学ではなく、入部希望なのだよ」
「……と言うことは、バスケットボールっていうのが何か知っているのですね?」
どういうスポーツなのかすごく興味があるため、早く教えてほしいと目で訴えてしまう。
「ララクちゃん……、本当に知らねぇのか?」
高尾が口をあんぐりと開け、目を瞬いている。
「いけませんでしたか……?」
そこまで驚かれるとは思わず、罪悪感が芽生える。
「いや、そんなことねぇけどよ……。何って言われたら……そうだなぁ」
どう説明したものか、悩んでいるようだ。
「そんなことも知らんとは、話しにならんな」
緑間はそう言うと、一人足を速める。
「んなこと言わずに教えてやってくれよ。
それとも真ちゃん、分からないからそうやって逃げんのかー?」
「……なんだと」
まさに売り言葉に買い言葉。二人の間に流れる空気に、委縮してしまう。
「いいだろう。そこまで言うのなら説明してやる。バスケットボールというのは……、
ボールをかごに入れる競技のことなのだよ」
しばしの沈黙が訪れた。
「ギャハハハハ! どんなこというのかと思ったら、そのままじゃ
「なるほど! 面白そうですね」しかも分かっちゃうの!?」
二人のやり取りがツボだったらしく、高尾は涙を浮かべながら大笑いしていた。

 

「や……やっと体育館だぜ……。着く前に笑い死ぬかと思った……」
「大丈夫ですか……?」
肩で息をしている高尾。
それを心配している私を尻目に、緑間は扉を開けて先に進んでいった。
「あー、先いっちまったか。確か見学は2階だったかな。
俺は仮入部届けとか出さないとだから、とりあえずここで分かれっか。
一人で2階までいける?」
「これぐらいなら一人でも平気ですよ。ここまでありがとうございました」
「礼なんかいいって。
じゃ、クラブの説明とか終わったら迎えに行くから、2階で待っててくれよな」
「え、そんな悪いですよ!」
「遠慮すんなって! だってオレら、もう友達だろ?」
「あ……。は、はい! それじゃあ、待ってますね」
友達だと言われて嬉しく思い、軽くお辞儀をし言われた通りに階段を上った。
どうやら他にも何人か見学しているようで、いくつか椅子が置かれている。
「たくさん歩いたから、少し疲れちゃった……」
近くにある椅子に座り、ホッと一息つく。
「監督の中谷仁亮だ。んー、じゃぁそうね。入部届けでも集めるかな」
下からは監督の声が聞こえてくる。どうやら仮入部届けを受け取っているらしい。
今から新入生の実力を見るため、ウォーミングアップをするよう指示を出しているようだ。ララクは椅子を動かし、下の階が見えるところまで移動する。
「(ボールをかごに入れるって、持ったまま走って入れればいいわけではなさそう……。 私が思っているより、難しい……?)」
そんなことを考えていると、ふと緑間が視界に入った。
どうやら今からシュートをするようだ。
「(あんなに遠いところから?)」
みんなはボールをつき、一定の距離からボールを持ってかごに入れている。
だが緑間が今からしようとしていることは素人から見ても、
常人ならできるものではないと分かるものだった。
高くジャンプをし、腕を伸ばしてボールを投げる。
ただ単調なことでも、投げられたボールは
どこまでも上がっていくのではないかと錯覚するほどだ。
その打ち上げられたボールは何十mもあると思わせるような高さから
かごにめがけて落ちる。一寸の狂いもなく。
「(んしょっ、おぉ見える見える。ってうわぁ!
すっごいなー、あんなの人間が出来る芸当じゃないでしょ)」
「(アンカルジアもそう思う?)」
「(あれって本当に人間なのー? いやまぁ、魔力はさっぱり感じないから
人間なんだろうけどさ。なんか、魔力じゃない……別の何かを感じる……
気がするんだけどなぁ……)」
うーんうーんと頭をひねりながらアンカルジアは考えているが、
結局何かを感じる気がする……というあいまいな答えで終わってしまった。
キセキの世代と呼ばれる人たちは、考える以上に危険な存在なのかもしれない。
そう考えだすと不安で、姉からもらった髪飾りに手を伸ばす。
しかし落としたきり見つかっていないものが手元にあるわけがない。
「(ララク、大丈夫だよ。もしあいつが悪魔だったとしても、アタシがいるんだから!
二人で力を合わせれば、絶対負けないよ!)」
「(そう……だよね。……ありがとう、アンカルジア)」
「(ふっふー、どういたしまして!)」

「ララクちゃん、終わったぜー。って、どうしたの?」
階段を上りきり高尾が傍にきたが、カバンに話しかけている私を見て驚いている。
「あ……、もう終わって……?」
ずっとアンカルジアと話していたため、終わったことに気が付かなかった。
「ナニナニ? カバンの中に虫でも入った?」
高尾はカバンの中に何かいるのかと思い、覗きこもうとする。
「い、いえ! 何でもありませんから!」
アンカルジアのことを見られるとまずいので、さっと鞄のチャックを閉める。
「なら、さっさと行くのだよ。長居していては迷惑だ」
手に持っている髪飾りをパチンパチンと閉じたり開いたりしている。
「ごめんなさい……」
怒っているのか、怖くて目を合わせることができない。しかし、
「(やっぱり……私が無くしたのとよく似ている……)」
じぃっと髪飾りを見つめていると、それに気付いた高尾が
「ん? 真ちゃんが持ってる髪飾り、気に入ったの?」
高尾はそう言った後、何かいい案が思い浮かんだのかポンと手をたたき
「なぁ真ちゃん。その髪飾りってさ、今日限りのラッキーアイテムなんしょ?
明日にはどうすんの?」
「処分するだけなのだよ」
「じゃぁさ、ララクちゃんに上げちゃえよ」
「えっ?」
突然の提案に対応できない。
「何勝手なことを言っているのだよ」
「いいじゃん! どうせ捨てちゃうんだし。
ララクちゃんがつけたらぜってー似合うって!」
高尾はそう言って緑間を説得する。
「……好きにしろ」
「よっしゃもらい!」
結局、緑間が折れる形となった。
「ホラ、つけてみなよ」
「そ、そんな! 悪いですし……」
「真ちゃんに遠慮することないって!」
強引に渡され、つけざるを得なくなった。大きな一輪の白い薔薇を基に作られた髪飾りをおずおずと側頭部あたりにつける。
「変……ですか?」
二人が反応しないので、似合っていないのかと不安があおられる。
「あー……、いや、その……スゲー似合う……」
高尾は何やら照れくさそうに視線をあちこちに移動させている。
「帰るぞ」
緑間はさほど興味がない様子で、先に階段を降りていく。二人は慌ててそれを追いかけた。

 

帰り道、三人が肩を並べて歩く。
「あ、あの、髪飾り……ありがとうございます」
かなり気に入ったのか、先ほどからずっといじっている。
「別に好きで上げたわけではない。それより高尾、何故オレを捕まえたのだよ」
「家、ララクちゃんの隣なんだろ? 一緒に帰ったって別に迷惑じゃないっしょ」
「お前が一緒に帰ってやればいいだけの話なのだよ」
「それじゃぁつまらないじゃんかよぉ。一緒に帰った方が楽しいよな?」
「そうですね。私も楽しく帰るのは好きですよ」
「ホラ、こう言ってるし、固いこと言うなって。
ま、ララクちゃんが一人で帰れるか不安ってのはあるんだけどな」
「……それに関しては否定の余地がないな」
「わ、私ってそんなに信用がないですか!?」
二人が納得するのを見て、少しムッとする。
「ごめんって、冗談だよ」
「ほ、本当に冗談ですか……?」
あまりに笑いながら高尾が言うので信じられはしなかったが、
ララクはこれ以上気にしないことにした。
「それよりバスケの見学、どうだった?」
「あ……その……。緑間さんのシュート、すごいですね」
「あー、あれは誰が見たってそう思うよなぁ」
「はい、私はお二人の力にはなれませんけど……。がんばってくださいね」
こんなによくしてもらっているのにお返しができないのは残念だが、仕方ない。
「力になれないとかそんなさみしいこと……。
んならさ、暇な時でいいから今日みたいに見学来てくれよ!
オレ、ララクちゃんがいたら頑張れる気ぃする」
「え? あ、はい。それぐらいならお安いご用ですよ」
「よっしゃー! サンキューな、ララクちゃん!」
どうやら高尾はララクのことを大分気に入った様子だ。
笑顔の高尾につられて、ララクも微笑む。
「じゃぁオレはこっちだから、また明日なー」
「はい、また明日」
高尾の後ろ姿に軽くお辞儀をし、自分の帰宅路を進む。
特に緑間と話すことはなかったが、一人で帰るのとは全然心持ちが違った。
「あの、明日も一緒に学校へ行ってもいいですか?」
家の前、緑間に尋ねてみる。正直、まだ道を覚えきれていないからだ。
「好きにしろ」
緑間はそう言うと、そそくさと家に入っていった。
ララクとしても否定されなかっただけでありがたいことだと思い、
後を追うように自分も家に入る。家の中ではパチッとスイッチの音が響いた。
「ぷはぁー! やっぱカバンの中よりお家のがいいや」
「カバンのチャック、閉めちゃってごめんね。苦しかったよね……」
「仕方ないって! バレるわけにはいかないからね」
特に気にしていないようで、家の中をぱたぱたと飛び回っている。
「しっかし困ったね。あの方の情報、さっぱりないよ……」
「そうだね。闇雲に探して見つかるとは思えないし……」
「モーントクライン、大丈夫かなぁ。あの子心配性だし……。
まぁあの方が一緒に居るから滅多なことは起こらないと思うけど……」
「……そういえばアンカルジア。私たちって、本当に天界に帰れるの?」
「ヘブンズゲートを開けることが出来るから帰るのはそんなに難しいことじゃないと
思うけど……。どこにあったっけ?」
「えぇ! 私、知らないよ!?」
「……。なんとしても探すのよ!」
「ど……どうやってー!?」
帰ろうにも帰れなくなり、姉の安否も不明。
完全に行き詰ってしまった二人は、これからの学校生活をただただ送るしかなかった……。