「ここが、ニビジム……」
茶色い大きめの建物。目の前の看板には大きな文字でニビジムと書かれてる。うん、間違いない。
「緊張してる?」
「うっ……まぁ、公式試合だし……」
「海杏なら大丈夫だよ。ボクとのバトルの時のように、冷静に状況を見極めれば勝てるはずだ」
「ありがとう、先輩トレーナーにそうやって励ましてもらえるのは純粋に気が楽になるかな」
「力になれたならなにより」
……よっし。扉をがらりと開いて
「すみません、公式試合を申し込みに来ました!」
「ようこそ、ニビジムへ。ボクはニビジムリーダーのタケシ。挑戦者は……お嬢さんの方でいいのかな」
「はい、水瀬海杏と言います。よろしくお願いします!」
「ルールは1vs1の時間制限なしだ、いいね」
「問題ないです」
「それじゃ、ボクは後ろで応援してるよ」
そっか、応援してくれる人がいるんだ。一人じゃないって、こんなに気持ちが違うものなのか。
……応援してくれてるダイゴさんのためにも絶対勝って、ジムバッチをGETしなくちゃね。
「それではただいまより、公式戦を始めます!」
「いけっ、イワーク!」
相手は岩ポケモンのイワークか……。相性は悪くても、私にはまだこの子しかいない。
「チルット、お願い!」
「それでは……、試合開始!」
始まった!まずはどうする?この前みたいに様子を見る?
いや、ダイゴさんとの時は初めて見るポケモンだったから判断が遅れただけ。
タイプが不利な以上、短期決戦しかない!
「チルット、チャームボイス!」
「チルッ!チルルルルッ」
「グオ、グオオオ!」
効いてる!イワークは耐久力が高いけど、特殊な攻撃には耐性が低い。チルットの得意技というわけではないけど、十分な威力が出てる。
「イワーク!いやなおとで相手の攻撃を打ち消せ!」
「グオオオオオ!」
「チルル、チル……」
「なっ!いやなおとをそんな風に使うなんて……」
こっちの攻撃を防がれた挙句、チルットの耐久力を下げられた……。流石ジムリーダー、技ひとつ取っても扱いが上手い……。
「海杏、これ以上耐久力を下げられると不利だ」
「わ、分かってるけどっ……!」
ダイゴさんの指摘はもっともなんだけど、何か手立ては……。考えろ、チルットの可能性を……。
「イワーク、たいあたりだ!」
「チルーッ!」
「チルット!しっかりっ!」
「チルッ……チルーッ!」
……まだ戦えるって言ってる。私のために、チルットが立ち上がってくれている……。指示を出さなくちゃ……
「海杏、ポケモンバトルはそのポケモンのすべてを駆使して戦うんだ」
「ポケモンの……すべて……?」
……そうか!
「イワーク、もう一度たいあたりだ!」
「チルット、しろいきり!」
「チルゥ……チルルーッ」
「グオ?グオオ?」
イワークのたいあたりが止まった、チルットを見失ったんだ。うまくいった……、ここで一気に攻める!
「チルット、霧の中を移動しながらチャームボイス!」
「チルルルル」
「グオオオオ!……グオォ」
「イワークッ!」
「イワーク、戦闘不能!勝者、チャレンジャー海杏!」
や、……やった?
「戻れ、イワーク。……見事なバトルだったよ。これがニビジムで勝利した人に贈られるグレーバッジだ、受け取ってくれ」
「ありがとうございます!」
「おめでとう海杏。ジムバッジゲットだね」
こうして、私の初ジム挑戦は見事勝利を収めた……。
「勝った……、勝ったんだ!わぁぁ、どうしよ!チルット、私たち勝ったんだ!ありがとうね!」
「チルルーッ!」
「本当に嬉しそうだね。見ているこっちまで嬉しい気持ちになるよ」
ハッ……。ダイゴさんがいるのにいい年して、柄にもなく大はしゃぎしてしまった。恥ずかしい!
「でも、勝てたのはダイゴさんとチルットのおかげかな」
「チルル?」
「的確な指示を出したのは海杏だよ。そこまで謙遜しなくてもいいんじゃないかな」
「あの時、ダイゴさんが声をかけてくれてなかったら私はチルットの力を引き出すことはできなかった。それにイワークのたいあたりを受けた時、チルットが立ち上がってくれていなかったら、その時点で試合は終わってた」
ポケモンのすべてを駆使して戦う。
つまり技だけじゃなく、見た目や特性も含めたのがバトルなんだって教えてくれたダイゴさんには感謝しなくちゃ。
それに私を信じて立ち上がってくれたチルットも、本当にありがとう。
……なんて、恥ずかしくて言えないけど。
「うん、僕たちを信じてくれているポケモンたちへの感謝はいつでも忘れちゃいけない。さて、海杏のはしゃぐかわいい姿を見れたし、次の街へ行く前にひとつだけ寄りたいところがあるんだけど、いいかな」
「だっ、だから一言余計なんだってば!本当に嬉しかったんだから、仕方なかったんだって!……それで、寄りたいところって?」
全く、爽やかな顔してそういう恥ずかしいセリフがなんで躊躇いなく言えるかな!
まぁ……それはもうダイゴさんだからってことにしておくしかない……。
「ニビ博物館に行きたいんだ」
博物館かぁ、……何か珍しいものとか見れるかな?
「……うん、旅の醍醐味は寄り道だよね。よし、そうと決まったならいこっ?」
「っ!その笑顔は反則、かな」
「え、なんか言った?」
ジムバッジも手に入れて幸先はいい感じ。
そして今度は博物館。これだけ新しいことに触れられるのは、旅に出たからだよね。
両親にはちょっと申し訳ないけど、私としては旅に出て本当に良かった。
……後はまぁ、成り行きではあったけど旅仲間のダイゴさんもいてくれる。
婚約者としてじゃなく、先輩トレーナーとして接してくれるともっと嬉しいんだけどなぁ……。
ま、諦めてくれるのを待つしかないか。それじゃ、早速ニビ博物館へレッツゴー!
「ふぅ……、油断も隙もあったもんじゃないな。海杏も少しは自分のことを自覚すべきだと思うんだけど」
あのトレーナーセンス、本当に初心者なのかと思うほどに鋭く、そして何よりも冷静だ。
……そこも勿論魅力的だが、それ以上に無垢な姿に惹かれてしまうな。
あれから2年も経っているというのに、海杏のポケモン好きは衰えるどころか、昔以上に強くなっているようだ。
それにやはり、あの時あげたチルットを今も大事に育ててくれていると思うと嬉しいを超えて、ボクのことを想ってくれているんじゃないかって勘違いしてしまいそうになる。
でも、ポケモン一筋の海杏も令嬢である以上、恐らく何度かお見合いをしているはず。
……もし、他の男性と結婚なんてことになっていたら、今の僕だったらとてもじゃないけど耐えられない。
だからこそ、もっと自分の魅力を自覚してくれないと心配だ。さっきの笑顔、絶対に他の男たちには見せてほしくない。
少しずつ分かってもらわないと、か。
「ダイゴさーん!ニビ博物館に行くんじゃなかったのー?先に行っちゃうよー?」
「あぁごめん。今行くよ」
まぁ、こうして共に旅をする許可を本人から貰えたんだ。ゆっくり、ボクのことを好いてもらえるよう努力しないとね。
「ようこそ、ニビ博物館へ。入場料は50円になります」
50円で入場できる博物館って、儲かってるのかすごい気になる……。
なんて、突っ込んじゃいけないよね。
「ほら、こっちにおいで」
「ん?……おぉーっ!なにこれなにこれ!これがポケモンの化石なの?」
「そうだよ。こっちはカブトプス、そして少し右奥にあるのがプテラの化石だ」
ポケモンの化石なんて初めて見た!はぁぁ……昔はこんなポケモンがいたのか。
すごいなぁ、会いたかったなぁ!
「ちなみに海杏が戦ったボクのアーマルドも化石ポケモンの一種なんだよ」
「へぇ、そうだったんだ。……えぇぇ!?それってすごく珍しいポケモンってことじゃん!っていうか、今でも生きてるの!?」
「とても数は少ないけど、生きているよ。勿論険しい場所や、まだ人に知られていない場所にいることがほとんどだけどね」
「そっかぁ……、じゃぁなかなか会えないんだね」
……それを持ってるダイゴさんって、うん。今に始まったことじゃないよね。
「さ、2階も見に行ってみよう」
「待ってましたーっ!」
2階にはどんなポケモンの化石があるのかな!
「これはっ……」
「……ポケモンの化石が、ない」
まぁ、博物館だし化石だけじゃなくて珍しい石とかも展示してあるか。
「この黒っぽいのはつきのいし。特別な進化を条件とするポケモンに必要なものだ」
「そっか。みんながみんな、経験値を積めば進化するってわけじゃないんだった。これがつきのいしか、覚えておこうっと」
本当驚くぐらいに詳しいなぁ。そんなダイゴさんが気にしている石……というか、水晶?
綺麗な水のように透き通っていて、波打っているように見えてすごく神秘的。宝石みたいで、見ていると心が洗われていく……。
「これはね、ラティアスやラティオスの魂が結晶化したものらしいんだ」
「ラティアス……?ラティオス……?」
「うん。まさか、こんなにも珍しいものが展示されているなんて、見に来たかいがあったよ」
「ポケモンの魂が結晶化するなんて、なんか信じられない……」
「そうだね。ボクたちが知らない力をポケモンたちはまだまだ秘めているんだろう」
私たちの知らないポケモンの不思議な力、か。
「私たちの知らない事があるって、ワクワクするね!私もいつかそういう出来事に出会ったり、解明できたらいいな!」
「ははは、大変な旅になりそうだ」
「えっ、ダイゴさんもついてきてくれるの?」
「もちろん。新しいことの解明となれば、海杏を一人で行かせるなんて危ない事させられないよ」
「ダイゴさんがいれば新しいことの解明も夢物語で終わらせなくてすみそう」
知識豊富、ポケモントレーナーとしての腕もピカイチ。
そんなダイゴさんが協力してくれるってなれば百人力!
……いやまぁ、今は旅が最優先だし、そんな大きなことに出会うことも無いと思うんだけどね。
「そんなに期待されてるなら、がんばらないとな」
「もちろん私だってがんばるよ!……それでダイゴさん、この水晶、なんていうの?」
「こころのしずく。……いつか、あの街に行ってみるのもいいかもしれない」
こころのしずくか。名前通り、綺麗な心を表してるみたいで、文句のつけようがないよなぁ。……それより、今気になるのは
「あの街って?」
「素敵な水の街があるんだ。……うん、新婚旅行はそこにするかい?」
「し、新婚旅行!?話が飛躍しすぎてません!?」
水の街って所はすごく気になるけど、なんで新婚旅行なんて物騒な単語が出てくるのよ!
……いや、世間的には素敵な単語なんだろうけどさ!
「そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったよ。それじゃ、きちんと婚約が決まったらそこに行こうか」
「だーかーらーっ!……くっ、この流れはもう何を言っても言いくるめられるだけか……。もう、勝手に決めておいて頂戴よ、私はダイゴさんと結婚する気はないんだから」
「それ、本気で言ってる?」
「えっ……?」
雰囲気が変わった……。私、そんな怒らせるようなこと……言った?
「参ったな……、薄々感じてはいたことだけど、やはりボクのこと覚えてないみたいだね。チルットは覚えていてくれたんだけどな」
「チルットは覚えてた……?なんの話?」
分からない。ダイゴさんが一体なんの話をしているのか……、私には分からないよ。
「まぁ過ぎたことを言っても仕方ない。今日はそろそろホテルで休みを取って、明日おつきみ山を抜けようか」
「う、うん……」
さっきまであんなに楽しそうに珍しい石を見ていたダイゴさんが博物館の見学を切り上げると言い出すなんて、相当怒ってる……よね。
こんな雰囲気のまま明日のおつきみ山への向かうのか、不安だな……。