ソル・シエール 第2話

1人の少年が、とある村で大人からスタンプを貰っている。

「お前が最後だ。・・・いい加減、魔法など諦めて剣を持て。」

「・・・・・・。」

「どちらにせよ、今回の演習の結果が悪かったらその杖は預からせてもらう、いいな。」

「・・・はい、父上。」

どうやら偉そうにしている大人は少年の父親らしく、少年もまた何かを言い返すことはなかった。少年の父はブツブツ言いながら1人宿に入っていった。

「とりあえず、何か買ってお昼にしよう。」

少年は父の小言に何か思うこともなく、お昼にすることにした。太陽はちょうど真上。光をサンサンと降らし続けているところに吹くそよ風はなかなかに心地が良い。近場にあった屋台からたこ焼きを1つ買った時、井戸端会議をしている奥様方の会話が耳に入った。

「ねえ、聞いた?“世に仇なす者”のこと。」

「6年前に消息不明になってから誰も見たことがないっていう、あの?」

「そうそう、そいつよ。8年前に突如現れたかと思うと2年もの間、たくさんの村や街を襲い、視界に入ったものをすべて皆殺しにしたっていうあいつよ。」

「襲われたところは1人と残らず、村や街は次々に滅んだじゃない。よくこの村は襲われなかったわよね。」

「で、いきなりどうしたの?そんな奴の話をするなんて。・・・も、もしかして!!」

「噂でしかないんだけどね、出たらしいのよ。」

「“世に仇なす者”が!?」

「シーッ!声が大きいわよ!実際、またいくつか村が滅んだらしいし、この近くにいるって噂も・・・。」

「ど・・・どうしましょう・・・?」

「なんの為に、あんな危険な子を置いておいたんだい。」

「それもそうね。何かあればあの娘を生贄にでもなんでもすればいいのよ。」

「「「そうですわね、そうすればいいんですわ、おほほほほ。では御機嫌よう。」」」

「(“世に仇なす者”・・・?聞いたことないな、それにしても生贄だなんて、物騒なことを言うんだな。)」

気にはなるが腹の虫がうるさくなってきたため、どこか食べられそうな場所を探すことにした―――。

 

少し村から離れたところに、草花が一面に咲いた小さな崖があった。

「(ん・・・?何か聞こえる。)」

それは崖に近づくにつれ大きくなる。どうやら崖端に誰かが座って、詩を謳っているようだ。

「♪いはけなき子や 光が如し…」

相手はこちらに気づく様子もなく、謳い続けている。

「綺麗な詩だね。」

「・・・!」

つい、声をかけてしまった。相手は驚き、謳うことをやめてこちらを向いた。

「・・・貴方、私のことが怖くないの?」

「怖い?どうして。」

「ん・・・、見ない顔ね。そんな小さいのに旅でもしているの?」

「小さいって、君も僕と変わらないじゃないか。」

相手は、自分とそう変わらない年の女の子だった。

「隣、座っていい?」

「私の隣に座ったら、病気がうつるわよ?」

「え・・・、伝染病にでもかかっているの?」

「不幸になる病気。」

「・・・そんな病気ないよ。」

僕は女の子の言っていることがアホらしくて、お構いなしに座った。

「まぁ、私と出会ってしまった時点でもう、手遅れだけれども・・・。」

そんな女の子の独り言を聞き流し、手に持っているたこ焼きを取り出した。

「何かいい匂いが近づいてきていると思ったら、原因はそれね。」

「君は鼻がいいんだね。」

「ふふ、そんなことを褒められたのは初めてよ。」

「褒めた・・・ことに入るのかな。」

「ということは、貶したのかしら?」

「そんなつもりはないよ。」

「ならいいの。」

「変なの。」

「よく言われるわ。」

不思議な子だと思った。何を考えているのか全然分からない、謎に包まれた女の子。

「そういえば、名前は?」

「あら、私の名前に興味があるのね。聞いてどうするの?どこかに売り飛ばす?」

「・・・なんでいきなりそんな偏屈な考えがすぐ出るかな。名前が分からなきゃ、呼べないからだよ。」

僕の答えを聞いてクスクスと笑っている。まともに取り合ったのが面白かったのだろうか。

「そうね、それもそうよね。ごめんなさい。でも、それならあなたから名前を聞かせてくれる?」

「あ、そうだね。僕はギーシェ。ギーシェ・ギガス・シーガル。」

「私はラクア。ラクア・ルルアノ・パトリエよ。」

「ラクアはこの村の人?」

「そうよ。ギーシェは?」

「僕はプラティナの見習い騎士。今は演習期間で、このホルスの翼に降りて、いくつかの村をめぐるんだ。」

「そういえば・・・ここ数日間は何人もの騎士さんが来るってみんなが言っていたわ・・・。」

「きっと僕たちのことだね。」

「プラティナ・・・って、どこにあるの?」

「この世界にはアルトネリコを中心に、上層部と下層部に分かれているのは知っているよね。その上層部がプラティナっていう街なんだ。」

「そうだったのね、本で一度読んだことがあるわ。」

昔に読んだ本の内容を思い出すように目を瞑り、コクコクとうなずいている。

「一人前に騎士になって、どうしたいの?」

「え?うーん、僕のお父さんが騎士の偉いさんだから成り行きで入っただけで、どうしたいっていうのとかはないんだよね。」

「そうなの。少しもったいないわね。」

ラクアは少し残念そうに僕の顔を見た。

「でも僕は、レーヴァテイルしか使えないと言われた魔法を使うことが出来るんだ。」

「・・・。」

「ただ今はまだ、全然役に立たない。せっかく、天性から預かったものなのに・・・このままじゃ腐らせちゃうだけだ。それだけは絶対にしたくない。」

それを聞いたラクアは立ち上がり

「じゃぁ、私はギーシェを応援してあげる。」

「え?」

「どんなレーヴァテイルにも負けない・・・、強い魔法を使えるように。」

ラクアはそう言い残し、村の方へと歩いて行った。

「変な子・・・、でも。」

誰にも認めてもらえなかった自分の能力を受け入れられたような気がした。

たこ焼きを食べ終わり、寝そべる。

「(・・・なんであの子の顔が忘れられないんだろう。)」

出会ってまだ時間がたっていないから忘れられないわけではない。確かに自分が見ても分かるぐらい美人だったし、若紫色をした綺麗なロングヘアーだった。

「って違う。何を考えているんだ僕は・・・。」

いままで自分が考えたことないようなことばかりが頭をよぎり、一人動揺してしまう。

「疲れてるのかな・・・、少し寝よう。」

目を瞑ると、思っていた以上に早く意識を手放した―――。

 

「ん・・・。なんだか、焦げ臭い・・・。」

1時間・・・いや、2時間ほど寝たのだろうか?焦げた匂いがし、目が覚める。辺りを見渡してみるが、別に服や周りの草花が燃えているわけではない。その時、大きな爆発音が聞こえてきた。

「!! 今の音は村の方からだ!」

眠気は完全に吹き飛び、急いで村に向かった。

 

「・・・なんだ・・・、これ・・・。」

村にある家はあちこち燃え、村人たちは何かから逃げるように村の外へと向かって走り去っていく。

「一体何が・・・。そうだ、父上ならきっと何か知ってるはず。」

一瞬慌てはしたが、これでも騎士の端くれ。今最善であると思われる行動をとる。父を探すため、人の波に押されないようにしながら逆走する。

「ここは確か、お昼に立ち寄ったたこ焼き屋・・・。ならこの近くに宿も・・・。」

建物自体は燃え、外部を見るだけでは分からなかったが、たてかけてあった旗は燃え尽きておらず、なんとか判断できた。そんな時・・・

「お父さん!!お母さん!!どこ・・・、どこに行っちゃったの!?」

逃げ遅れた4歳ぐらいの男の子が一人、広場の辺りをうろうろしているのが視界に入った。その少年の後ろは火の海となっており、いつ辺りの建物が崩れ落ちてきてもおかしくない。

「くそっ、今はあの男の子を助けなきゃ!」

ギーシェは父を探すことを一旦諦め、広場にいる男の子の元へと向かった。

「おーい、聞こえる!?そこにいると危ないから、早くこっちに来るんだ!!」

「お父さーん!!お母さーん!!」

男の子は父と母を呼ぶことに必死で、ギーシェの声が届かない。

「危険だけど・・・、行くしかない!」

腹をくくり、ギーシェは男の子のそばにまで近づく。

「大丈夫?どこか怪我とかしてない?」

「あ、ねえ!僕のお父さんとお母さん、知らない!?」

「・・・ごめん。君の父と母は分からないけど、きっともうこの村から出ているはずだよ。さぁこっちに。」

「本当に?本当にもうお父さんとお母さんはここにいないの?」

「・・・うん、本当だよ。もう無事に2人とも避難している。」

この子の父も母も無事である保障は1つもない。だがここでぐずっているより、少しでも希望を与え、男の子の命を守るのが最優先だ。

「じゃあ、僕も村のお外に行く!」

「ま、待って!そっちは危ないんだ!」

「大丈夫だよ!これでも僕、正門以外からお外に行ける道、知ってるんだ!」

そう言って男の子は火の海の方へと走っていく。ギーシェも追いかけようとするが、ちょうど建物が崩れ落ち、男の子が走っていった道をふさがれ、追うことが出来なくなってしまった。

「これじゃぁ・・・。」

男の子の安否も気になるが、これ以上ここにいると自分の身も危ない。やるせない気持ちを抑え、広場から離れようとした時、何かの気配を感じる。

「(誰かまだ・・・、この近くにいる。)」

ただ、何か違う。人のような、そうでないような。様子を窺うため、危険だが近くのがれきに身をひそめる。震える手で、持っている杖をぐっと握る。

「・・・して!・・・!な・・・・・・するの!」

「何か聞こえた・・・、女の子の声だ・・・。」

どこから聞こえたものなのか、何を言ったのか、そこまでは分からなかったが、かなり高い声からして、女性であることは分かる。

「この役立たず!!なんのためにお前をこの村においてやっていたと思っているんだ!」

「そんなの知らないわ!」

今度ははっきりと聞こえた、村長とラクアの声だ。周りは火の海だというのに、一体何を言い争っているのだろうか?気になったギーシェはもう少しだけ、声のした方に近づく。

「ここ近年、“世に仇なす者”が再び現れたというからお前をこの村に置いてやっていたのというのに・・・、一体今までどこをほっつき歩いていやがった!!」

「やめろ!!!」

村長がラクアを火の中に投げ込もうとしたとき、とっさに声が出た。その声に一瞬びっくりした村長にギーシェはタックルし、ラクアの手を掴んで離れる。

「ギーシェ!?どうしてここにいるの!早く逃げて!!」

「お前は・・・そうか、出来損ないの見習い騎士か。本来のノルマである予定日を3日も遅れたという。」

村長は最初こそは何者だと構えていたが、誰かわかった途端、バカにしたように構えをといた。

「今・・・、何をしようとしたんだ。」

「あぁそうか、部外者のお前は何も知らないからな。その小娘がどういう者なのか・・・。」

「や、やめて!ギーシェには関係ないわ!そんなに死んでほしいなら死んであげるから、言わないで!!」

ラクアは青ざめた顔で叫ぶ。

「何偉そうな口きいてやがる、この不純生物が!!」

「・・・ラクアのどこが不純なんだ。お前がやろうとしたことのほうがよっぽど反吐が出る!」

「いいの、いいのよギーシェ!いいから早く逃げて・・・、私のことなんていいから!」

ギーシェが掴んでいた手を振りほどき、早く逃げるように何度も訴える。

「その娘はな!レーヴァテイルと、天使と、悪魔の・・・3つ血を持っているんだよ。」

「天使と・・・、悪魔・・・?」

天使と悪魔―――20年前に滅びたと言われる2つの種族。お互いの種族が7日間争い、消えた。きっかけはホルスの翼に住んでいた悪魔たちが、上位層に住んでいる天使たちに突然攻撃を仕掛けたことだった。確かに2つの種族は犬猿の仲ではあったが、何故急に攻撃を仕掛けたのかは未だにわかっていない。天使たちも自己防衛だといい、相手種族を滅ぼさんと血で血を洗う戦争が始まった。最初の3日間は2つの種族がぶつかり合っているだけだったが、世界2大勢力と言われただけあって、徐々に規模は大きくなった。そして悪夢の戦争開始から4日目。2つの種族はとうとう他種族までをも巻き込み始めた。視界に入ったものは誰であろうと殺すようになった2種族は、世界を敵に回した。そして戦争最終日、各地で争っていた悪魔と天使を滅ぼすという形で、世界は再び平和を取り戻した。

「・・・いや、やめて・・・。」

ラクアは両手で耳を塞ぎ、その場に座り込んでしまう。

「そいつの母は可愛そうに悪魔と天使、2人に同時期に襲われちまったらしくてな?さっさとおろそうにも戦争直後の被害でそれどころじゃなく、やっと病院が機能しだした頃には産む以外の手段はなくなっちまったのさ。」

「・・・。」

「そいつを産んだ直後に母は死んだ。そいつは呪われてるんだよ!母の体を蝕み、3つの種族の血を引き継ぎ、何の役にも立たないでのうのうと生きていやがる。」

「何故、お前がそんなことを知ってるんだ。」

「そいつの母は、モーラは俺の婚約者だったんだ!!!忘れるわけもねえ、モーラに種づけした悪魔も天使も、モーラの代わりのように生まれてきたその娘も・・・!」

「(まずいことを聞いてしまった・・・。)」

興奮した村長は、さらに話をつづけた。

「俺はそんな娘を育てる気にはなれず、孤児院に放り込んだ。それなのに8年後、のうのうとこの村に帰ってきやがった!!だがこの近年、“世に仇なす者”の話を聞いていた俺は、良いことを思いついた。この娘をそいつに殺させてやろうと。あんな悪魔と大差ない奴に殺されちまった方が、お似合いだと思ってな!!」

狂っている。この村長の頭は20年前の戦争をきっかけに狂ってしまったのだ。しかし今は村長のことより、ラクアの精神の方が心配だ。恐らくこの8年間、必死に1人で生きてきただろう、3つの血を持っていると周りから虐げられ、蔑まれ、居場所なんてなかったはずだ。レーヴァテイルよりも劣る魔法を使い続け、周りからバカにされ続けてきたギーシェにはそれが分かった。

「・・・ギーシェ、あの男の言ったことは全部本当・・・。私のことを蔑み、恐れ、見下してもいい。でもね、私は嬉しかった。何も知らなかったとはいえ、私に初めて話しかけてくれて、普通にお喋りしてくれたこと・・・、忘れないわ。」

「ラクア・・・?」

「そうだ、それでいい。お前みたいな不純生物は死すべきだ。」

「こういうことを言うやつらの思い通りになったら負けだと自分に言い聞かせ続けて生きてきたけど、もう楽になったっていいわよね・・・?」

よろよろと立ち上がったラクアは、ゆっくりと火の方へと近づいていく。

「ダメだ!ラクア、僕と一緒に逃げよう。生きるのって確かにとっても大変だけど、それは1人で頑張ろうとするからだ。ラクアにはもう、僕がいるでしょ?」

手首を掴んでぐっと自分の方へと引き寄せる。ラクアは何も言わずに、ギーシェの胸に自分の顔をうずめた。どうしていいのか分からず、泣いているようだ。

「小僧、邪魔をするならまずはお前に死んで・・・もら・・・?」

突然、村長の動きが止まった。腹部から何か、赤いものが滴り落ちる。

「か・・・刀が刺さって・・・。」

ギーシェも何が起こったのか分からず、動けない。村長がぎこちない様子で背後を見る。

「お前・・・、ずっと・・・いたの・・・か・・・“世に・・・仇なす者”・・・。」

刀がずるりと引き抜かれ、村長は倒れた。そこには・・・

「こいつが・・・“世に仇なす者”?」

素肌の上に直接黒のロングコートを纏い、露出された胸部にサスペンダーをクロスさせている。銀色の長髪。瞳の色は緑色で、瞳孔は猫のように縦に細長く、それが人を寄せ付けない雰囲気をより強調させている。肌は白く、細身でありながら筋肉質で、銀色の肩当てをしている。

「なんの・・・気配・・・?」

ラクアがただならぬ気配に顔を上げる。素人にでも感じ取れる、次元の違うオーラ。人間の体の中に残っている野生が・・・本能が逃げろと全身に告げている。しかし・・・

「(体が・・・動かない・・・!)」

恐怖。今までにも何度か感じたことはあるが、ここまで畏れを抱いたのは初めてだった。銀髪の男がゆっくりと、こっちに足を進めた。

「“英雄セフィロス”・・・?」

ラクアは男を見てそういった。英雄セフィロスとは、20年前、悪夢の7日戦争が起こった時に一役活躍し、多くの人々を救ったとして英雄になった男。しかし18年前に突如として行方をくらませ、いろいろと噂はされたが時期にみんなの記憶から消え、今では彼のことを知る者は少ない。

「ラクアだけでも・・・逃げて・・・。」

ギーシェの体は完全に恐怖に支配され、すくみ上がっていた。ラクアだけでも逃がそうと必死に訴える。銀髪の男は、刀を振れば2人を真っ二つに出来る位置まで近づき、歩みを止め・・・、刀を振り上げた。

「や、やめて頂戴!殺すなら私だけで十分でしょう!!」

その様子に気づいたラクアは2人の間に立ち、ギーシェを庇うように両手を広げ、男の前に立ちはだかった。男はそれに構うことなく、刀を振るった。

「もうだめだ・・・!」

ギーシェもラクアも死を覚悟し、目をぎゅっと閉じた。・・・1秒、2秒・・・。ガラガラと木片の落ちる音がする。

「・・・あれ?」

「大丈夫か?」

「な、何・・・?どうなっているの・・・?」

“世に仇なす者”が2人の上に落ちてきていたがれきを切り、守ったのだ。

「ここは危ない、2人ともついてくるんだ。」

「え・・・、あ・・・。」

何が起こっているのか全く理解出来ない。2人は言われるがまま“世に仇なす者”についていくしかなかった―――。

 

村から少し離れた、草花が一面に咲いた小さな崖に3人は避難していた。

「突然こんなことを聞いて悪いのだが、君たち2人は私を知っているか?」

「ま・・・、待って。私たちもさっぱり、状況がつかめていないのだけれども・・・。」

村を破壊し、2人の目の前で村長を殺した男が急に、私のことを知っているか?と問いてきたのだ、理解できるわけがない。

「失礼した、私の名はセフィロス。まずは聞く前に私が知っていることを話そう。・・・私は悪夢の7日戦争の後、プラティナの街で『ぜひ貴方の力を調べさせてもらいたい、貴方の能力が分かれば世界から戦争は消えるだろう。』と、名のある科学者に声をかけられた。私の力は周りより1つ分とびぬけていた自覚はあった。だからこの力がなんなのか分かれば、自分の疑問も晴れると思い、その提案に乗ったのまではよかったのだが・・・、どうやら騙されたようでな、実験を受けたその後の記憶が何一つないのだ。気が付いたと思ったら、君たち2人の前にいたというわけだ。」

「・・・・・・。」

「それ・・・本気で言っているの・・・?」

2人とも、セフィロスの言っていることが信じられなかった。

「悪夢の7日戦争って、10年前に終わったやつだよね?僕たち生まれていなくて経験したことないけど・・・。」

「終わったのが・・・10年前?では私の記憶はまるまる10年間ないというのか・・・?」

セフィロスも事実を受け入れられず、考え込んでしまう。

「本当にいままで何をしていたのか、記憶にないの?」

「・・・君たちが疑うのも仕方ないが、私には本当に悪夢の7日戦争後の記憶は1つもないのだ。何か知っているならなんでもいい、ぜひ教えてくれ。」

2人は顔を見合わせ、伝えるべきか悩んだ。恐らく10年間の記憶がないのは、実験が失敗した後遺症なのだろう。だが本当に伝えていいものなのだろうか?知らない方が彼にとってはよいことなのではないか?そう思うと、お互いに口を開くことが出来なかった。

「そんなに、言いにくいことなのだろうか?私に気を使う必要はない。確かにこの世には知らない方が幸せだったりすることは多々ある。だがそれでも、私は知らねばならないのだ。いままで私が何をしていたのか・・・。」

「・・・。あまり詳しいことは知らないし、貴方と出会ったのは私たちも今日が初めてだから、言うことすべてが真実ではないかもしれないけれど・・・それでもいい?」

先に口を開いたのはラクアだった。

「分かった、どこまで真実かは自分で判断しよう。」

ギーシェはセフィロスのことは何も知らないため、黙ってラクアの話に耳を傾けた。

「去年読んだ書物に、貴方のことが少し書かれていたわ。名はセフィロス。悪夢の7日戦争の前線に出て、多くの人々を守った英雄。多くの人々は彼を崇めた。しかしその2年後、彼は急に姿を消した。その同時期に、ホルスの翼にて何者かに村や街が襲撃されるようになった。犯行はたったの1人だったが誰も太刀打ちできず、襲われた場所は次々と滅んだ・・・。村を襲った者を見た人はみな口をそろえてこう言った。“英雄セフィロス”が襲ってきたんだ、と・・・。一体彼に何があったのか?それは誰も知らないが、各地を襲っているのは“英雄セフィロス”でほぼ間違いないという答えに皆落ち着いた。そしていつの間にか人はみな、彼のことを“世に仇なす者”と呼ぶようになり、彼の本当の名を知る者は数えるほどとなった。そして2年後、“世に仇なす者”は姿を消した・・・。私が知っているのはこれだけ。」

「・・・そうか。私は、たくさんの人を手にかけたのだな・・・。」

「信憑性はない・・・、と言ってあげたいけれど、私たちも見てしまったから。」

「あの村を燃やしたのも私か・・・。」

「セフィロスさんは、僕たちの前で人を殺した。」

「ギーシェ!そんなこと・・・。」

「よいのだ少女よ。少年、真実を教えてくれてありがとう。」

「・・・うん。」

なんとも言えない空気が3人の間に流れた。その時、ギーシェはふと疑問に思った。

「ねぇセフィロスさん、どうして急に僕たちを目の前にして自我が戻ったの?」

「・・・確かに、変な話だ。実験の失敗で自我がなくなっていたのだと仮定して、10年きっちりの時間が経ったら戻るものだったとしても、私が実験を受けたのは夜だったはずだ。それならばこの夕方の時間に自我が戻るのはおかしい。」

「じゃぁ、他の何かしらの要因が働いたということ・・・?」

「そう考えるのが筋だと思う。」

しかし、一体どんな要因が働いたのか?そこまでは分かりそうもない。

「君たちは特に私に対して何かをしたというわけでもないのだな?」

「うん。恥ずかしい話、恐怖で体が動かなかったし・・・。」

「そういえば、私は普通に動けたわ。とっても怖いとは感じたけれど・・・。」

さっきまで殺されると思い、恐怖していた相手と対等に話していると思うと、変な感じがした。今は、怖いというよりとても正義感のあふれる、冷静な人に感じる。

「2人の違いと言えば性別ぐらいだろうが、それだけで自我が戻るとは思えないな・・・。他に何か君たちの違いがあれば教えてほしい。」

「そ・・・それは・・・。」

「ううん、何もないよ。」

「・・・そうか。」

ラクアが言葉を詰まったのをギーシェがはぐらかした。おそらく何かあるとセフィロスは分かったのだろうが、深くは追究してこなかった。

「・・・・・・。」

話すことがなくなった3人の間には沈黙が流れた。ラクアは近くの花を触ったり匂いを嗅いでいる。ギーシェはぼんやりと辺りを見わたし、セフィロスは右肩を押さえていた。

「セフィロスさん、どうしたの?」

右肩を押さえているセフィロスは少し顔をしかめており、何かを我慢しているようだった。

「・・・なんでもない、気にするな。」

本人はそういうが、表情はどんどん険しくなっていく一方だった。

「う・・・くっ・・・あぐ・・・。」

どさりと倒れる音がする。ラクアは左肩を押さえ、激痛に耐えながら声を押し殺している。

「ラ、ラクア!!」

「近寄らないで!危ない・・・から・・・。」

近づくことを拒まれ、2人を交互に見ることしかできなかった。先に異変が出始めたセフィロスの右側の肩甲骨から・・・

「黒い・・・翼・・・。」

悪魔を象徴する、漆黒の翼。ギーシェは驚き、尻もちをついてしまう。

「い・・・やあ・・・!また、生え・・・!!」

ラクアの左側の肩甲骨からも、悪魔の翼が生える。

「はあ・・・はあ・・・!」

「何故・・・こんなものが・・・。」

セフィロスは事態を飲み込めず、ラクアは息を整えている。この光景にギーシェは何も言えない・・・いや、言い出せなかった。

「・・・そうか。少年が隠していたことは、この少女が悪魔の子だったことか・・・。しかしそれならば、私も・・・?」

「ギーシェ・・・、大丈夫?」

「あ・・・、僕は・・・大丈夫。」

情けなかった。2人の方が辛いはずなのに何もしてあげられないどころか、気まで使われてしまった。

「私は・・・悪魔だったのか・・・?だから大量の殺戮を・・・?」

セフィロスは頭を抱え、ブツブツと独り言を呟きだした。あまりに残酷な事実に脳内が拒絶を起こし、精神のバランスを取るために制御本能が働きだしたのだ。

「セフィロスさん、そんなに考え込まないで。確かに辛いことばかりだったかもしれないけれど、それでも生きてこれたのだから、今度もきっと大丈夫なはずよ。1人で抱え込まずに3人でこれからのこと、考えましょう?」

ラクアはそっとセフィロスに近寄り、顔を上げさせた。

「ギーシェにもさっきはきつく言い放ってしまって、ごめんなさいね。さぁ、三人集まれば文殊の知恵よ?」

そっと微笑み、2人を元気付ける。

「・・・取り乱してすまない。少女の言う通りだ・・・、ふっ・・・英雄と呼ばれていたことに傲り高ぶっていたか・・・。」

自傷気味に笑い、それでもどこか吹っ切れた様子のセフィロス。

「僕に・・・何が出来るかな?」

「ふふ、それを一緒に考えるのよ。」

「そう・・・だね、うん、一緒に考えよう。」

そこでまず、状況を整理することにした。ギーシェは上層部の街、プラティナから騎士の遠征としてホルスの翼に降り立っており、遠征が終わり次第プラティナの街に帰り、次に降りてこられる日があるのかは全く分からないこと。セフィロスは10年前の英雄で、その後からいままでの記憶は一切ないこと。その間に知らずとはいえたくさんの罪を犯したこと。さらには悪魔の血を持っており、自我を失っていた理由もそれが原因であること。ラクアはこの村の住人ではあるが村人たちからは嫌われ、1人孤独に生きてきた。理由は3つの血統を持っているから・・・。

「こんなところかな?」

「ええ、ギーシェは話をまとめるのが上手なのね。」

「ふ・・・、では問題点も上げてくれるか、少年よ。」

セフィロスは2人のやり取りに軽く微笑み、ギーシェにさらに提案を求める。

「うん。一番の問題は、2人の血統かな。悪魔の血を持っている人の力ってすごく強大だって、僕もこの目で見た。種族繁栄が出来るなんて伝わったら、それこそまた大きな勢力たちが2人の命を求めて戦争をはじめちゃうよ。」

「そうだ、だからこのことは他言無用だ。分かってはいるだろうが念のためだ。」

「大丈夫、ラクアは僕の大切な人だから。」

「ちょ、ちょっと!いきなり何言い出すのよ、恥ずかしいじゃない。」

「え・・・?あ、ちがっ!あの、決してそういう意味じゃ・・・!」

そんなつもりではなかったが、そういう意味に捉えられると分かるとギーシェの顔はみるみると赤くなった。ラクアはそれを狙ったようで、真っ赤になったギーシェの顔を見てクスクスと笑っている。

「さぁ、じゃれ合いはそこまでだ。こういう時はよく1つの命で大勢の命が救われるのなら、とよく天秤にかけはするが今回、その必要はない。少女よ、君は確かレーヴァテイルなのだったな?」

「そうよ、何をすればいいかしら?」

「何か詩は謳えないだろうか?出来るのであれば私がそれに同調し、君の中に入り込もう。」

「どういうこと?」

「簡単に言えば、君の体に私を封印するのだ。」

「ま、待って、詳しく説明して。」

唐突すぎる内容に理解が追いつかない。確かに詩の中には人を封印できるものは存在する。だがそれは特殊なものが必要であり、それを現状況ではだれも持ち合わせていない。

「本来、ただ詩を謳うだけでは不可能だろう。だが私たちは悪魔の血を引き継いでいるのだ。言いたいことは分かるな?」

「そんなこと出来るの?」

「君が謳ってくれれば、必ず成し遂げよう。」

「でも、どうして?あなたがいたほうが世界のために・・・。」

「今では私のことを知っているのは君たち2人だけだ。それに対し君たちはまだ若く、これからもたくさんの人と出会うだろう。辛いこともあるだろうが、そればかりではないはずだ。・・・と、かっこいいことを言えればよいのだろうが・・・、残念ながら今の私はただの殺戮者だ。罪を償うことにはならないだろうが、私にできることをさせてくれ。」

セフィロスはそう言い切り、ギーシェとアイコンタクトを交わす。

「後のことは僕に任せて。」

それに答えるようにギーシェは意思を伝えた。ラクアは2人を交互に見、涙を流した。

「ありがとう・・・。私、こんなに幸せ者だったのね・・・。」

「・・・さぁ、詩を。」

手でゴシゴシと涙をふき取り、コクリと1度頷いて目を閉じた

「♪いはけなき子や 光が如し…」

お昼にギーシェが聞いた、綺麗な詩。ラクアが謳うにつれ、セフィロスの体が透け始める。

「少年よ。少女のことは頼んだぞ。」

ギーシェは何も言わず、大きく頷いて見せた。

「♪放つ詩声 天足らしたり」

ラクアが謳いきるころには、もうセフィロスの姿はなくなっていた。

「ギーシェ・・・。」

「どうしたの?」

「・・・ううん、大変な役を押し付けられちゃったわね?」

「そうかもね。」

2人で顔を見合わせ、微笑み合う。ラクアが初めて、人に心を開いた瞬間だった。

「ギーシェ!!ここにいたのか!」

何やら大人が一人、こちらに向かって走ってくる。

「父上・・・。」

「無事だったか、何やら詩が聞こえてきたから来てみたんだ。」

どうやら父はいままで村人たちを先導して避難させていたらしく、近くを村の人たちが歩いているのが見えた。

「その娘さんは?」

「あ、彼に助けてもらったものです。」

礼儀正しく、一礼する。そんな時だった・・・。

「その娘よ!!その娘がこの村を焼いたのよ!!」

突然、村の一人が叫んだ。

「そ・・・そうだわ、この子がやったに違いないわ!!」

「そうだ!!お前がやったんだ!!この呪われた娘め!!」

1人、また1人と叫びだし、今にもとびかかってきそうだ。

「一体どういうことだ、ギーシェ!」

「違う!誤解だよ!彼女は何もしていない!」

「そんなわけないだろ!!庇い立てするってことはお前もしたんだろ!」

村人たちは興奮し、とてもじゃないが話を聞いてもらえそうにない。それにセフィロスもいなくなった今、本当の話をしても誰も信じないだろう。

「・・・そうよ、私がやったの。」

「ラクア!?」

「ごめんなさいギーシェ。今の私にはこうするほかに思いつかないの・・・。いつか必ず、助けに来てね?」

そういってラクアは1歩前に出た。

「村を焼いた罪は重い。私が身柄を拘束し、裁こう。村の人たちもそれでいいね?」

こうしてラクアが真実と罪を背負い、結局一人ですべてを解決してしまった。村を一つ滅ぼしたこと、多くの人が行き場を失ったこと、そして何人かの死者が出たこと。その結果、彼女に下された判決は無期懲役。ラクアは何一つ言わず、牢屋の中に入った。しかし、ギーシェはずっと父に交渉し続け、1人の監禁部屋に変えてもらいはしたが―――。

 

「ん・・・、おはようギーシェ。早起きなのね。」

「今日はたまたま早く目が覚めただけだ。」

窓の外を見ながら答えた。

「ラクア。・・・奴は元気か?」

「・・・彼とは結局、この10年の間で2度しか話せなかったの。最後に話したのは今から2年前ね。世界はどうなった?と聞かれたけれど、私もそんなこと知らないとしか答えられなかったわ。」

「そうか。だが安心しろ、俺が案内してやる。」

「ふふ、昔はなかなかに大人しい子だったのに、今じゃ随分とやんちゃっ子ね?」

そっとギーシェの隣に近寄り、もたれかかる。ギーシェもそれに答えるように手を回し、しっかりと抱きとめた。

「日差しがきれいね。」

「ああ、今日もいい天気になりそうだ。」