ソル・シエール 第3話

何か感じる―――。そう、胸の奥底から。何かが・・・蠢いているような感覚。彼女に語りかける、奥底の何か。彼女は聞き取ることが出来ず、自然とそれも消えてしまったので、気に留めることをしなかった―――。

 

「ここが・・・空港都市ネモ?」

「あぁ、ホルスの翼内でも1,2位を争う大都市だとこれに書いてあった。」

「そんなパンフレット、どこにあったの?」

「街についた最初の案内マップのところにあったんだがな?いい匂いと言いながらふらふらと歩いて行った奴には分からないだろう。」

「も、もう。その話はいいでしょ。」

街についたと思えば早速店に入り、軽く食事をしに行ったラクア。どうやら食べることがかなり好きなようで、暇があれば次の食事のことを考える始末だ。

「どうやらこの街の中に公園があるようだ。」

「公園?行くのは初めてだわ。」

「行くつもりなのか?」

「え、行かないの?」

「「・・・・・・。」」

顔を見合わせ、目で訴え合う。

「・・・そこまで行きたいなら連れて行ってやる。」

「さすが、それでこそギーシェね?」

「遊んでる暇はないはずなのだが・・・。」

「あらあら、焦ってもろくなことないわよ。さ、しっかり私をリードして頂戴?」

そっと左手をギーシェに差し出す。それに答えるように右手でつかみ、自分の方に引き寄せる。

「・・・、貴方って変態?」

「俺をなんだと思ってるんだ。」

「こんなに手の早い人だったかしら、と思ってね。」

「ならついでに口も塞いでおこうか?」

「・・・私の負けよ。」

これ以上言い返せば何をされるか分からない。負けを認め、ギーシェの案内についていくことにした。

 

「ここがネモ最大の、大唄(だいしょう)石(せき)公園だ。」

「すごい・・・こんな綺麗な景色、初めて・・・!」

ネモの街の建物が並び、その中でも大きな協会が一際目立つ。それらを上から眺められる。屋根が日差しを反射し、何か所かには木々が生えており、それがまた色合いを増やして綺麗に映る。

「ねえ、この公園の中央にある、あの大きい石は何かしら?」

「あれは・・・、このホルスの翼では“グラスメルク”という、物を作る力で発展したみたいでな。その原点が“唄石”という物で、それを記念にここに飾っているようだ。」

「って、そのパンフレットに書かれていたのね?」

「・・・そうだ。」

あちこちを見て回ったラクアはギーシェのそばにより、パンフレットを借りる。

「ん・・・、ここは恋人たちにぴったりの場所・・・というと?」

「デートスポット、ということだろう。」

「・・・デート・・・。」

「したいのか?」

その言葉にラクアは少し驚く。

「何を驚くことがある。」

ギーシェは何故驚かれたのか分からず、疑問をぶつける。

「だって、貴方だったら『もうしているだろう。』っていうと思っていたから。」

「そこまで肝は据わっていない。」

「あら、今更になって奥手アピール?」

からかえたことに満足したのか、かなりご機嫌な様子のラクアはギーシェにパンフレットを返し、再び唄石の前に行く。

「ギーシェも早く!」

その前で手招きをしている。言われるままにギーシェも唄石の前に行き、ラクアと並ぶ。

「デートではないけれど、ご縁はよさそうよね。」

「そうだな。」

「何かお祈りしていかない?」

「ここは神社ではないし、第一そこに教会が・・・。」

「こういうのって、楽しんだ者勝ちなのよ。知らなかったかしら?」

「楽しむのが目的だったのだな?」

「あ・・・、もう。すぐに人の粗を探すんだから。」

少し困った顔を浮かべながら、ラクアは唄石に手をかざす。その手の上にギーシェも手を重ねる。

「・・・大きい手。」

「祈るんじゃないのか?」

「ん・・・。」

2人とも目を瞑り、各々の祈りを捧げる。先に目を開いたのはギーシェの方で、ラクアが目を開くのを待つ。

「・・・・・・・。」

しかし、いっこうに終わる気配がない。声をかけるわけにもいかず、もうしばらく待つしかなかった。

 

「随分と長い祈りだったが、何をそんなに願ったのだ?」

「・・・ごめんなさい、何も祈っていないの。」

「なんだ、祈らなかったのか。」

今は場所を移し、ほしのせ通りと呼ばれる場所にいる。ここはちょっとした商店街で、たくさんの店が並んでいる。雑貨屋、料理店、文房具屋など、それこそ多種多様だ。

「では、何にそこまで時間を有した。」

「なんだか・・・、胸騒ぎがして。」

「・・・胸騒ぎ・・・か。」

気になることは聞くが、こと細かくまで聞くことはない。それがきっと彼なりの優しさなのだろう。

「それよりギーシェ、私・・・。」

「腹が減った、というのではないだろうな?」

「ち、違うわよ。少しその・・・、甘いものが食べたいなって、思ってる・・・だけで。」

もごもごと口ごもりながら伝える。ギーシェから放たれる視線が妙に痛い。

「仕方がないな・・・、何か一種類だけだ。」

「ひ、一つだけ!?・・・みっつ。」

「ダメだ、絞れ。」

最初はブーブー文句を言っていたラクアだったが、ギーシェが意見を変える気がないのを理解し、どれにするか真剣に悩みだした。

「・・・・・・。ギーシェはあそこから、どれがいい?」

ラクアの指差した先にはアイスクリーム、クレープ、かき氷が並んでいる。

「どれもいらん。」

「私が食べるの!」

「・・・なら、アイスクリーム。」

コクリと頷いたラクアは早足で買いに行った。

「・・・ふっ。」

「何か面白いことでもあった?」

買って戻ってくると、何やら1人口元を緩めている。

「・・・アイスクリームと一言でいうが、定義がいろいろと決まっていてだな?」

「アイスクリームとソフトクリームの違いってこと?」

「まぁ、そういうことだ。」

「で、笑いを引き起こした本当の理由は何かしら。」

アイスクリームを頬張りながら、定義以外の笑いの要因を聞き直す。

「乳脂肪分が少ないアイスは、“ラクトアイス”と呼ばれるそうでな・・・。」

クツクツと、喉で声を殺しながら笑っている。

「・・・・・・、だからアイスクリームを選んだのね。」

「さぁ、どうだろうな。」

キッと睨むラクアに対し、涼しい顔でギーシェは答える。

「ま、買ってくれたわけだし・・・チャラにしてあげるわ。」

「随分と上からの物言いだな。」

「そんなつもりはないのだけれども、ね?」

最後の一口を放り込み、手を軽く合わせる。

「さて、町の観光は気が済んだか?」

「ん、この街では情報収集が目的だったわね。あてはあるの?」

「・・・一応、歩いていて二ヶ所ほどは見つけたつもりだ。」

「そんなところあったかしら・・・。」

「まずはエル・エレミア教会。教会はレーヴァテイル関係の知識は豊富だと聞いたことがある。おそらくヒュムネクリスタルのことも知っているだろう。もう1つは王道だが酒場だ。これは宿屋の中にあるらしい。どうせ宿には世話になるのに立ち寄るんだ、そこで何か聞いてみるのも悪くないだろう。」

「・・・私たち、未成年なのだけれども。」

「つまみだけでも頼めばいい、別に飲むのが目的ではないからな。そうと決まれば、まずは教会の方から尋ねてみるか。」

ギーシェたちはほしのせ通りから教会へ向けて足を動かし始めたときだった。何やら周りの人たちが慌ただしく逃げ惑っているように見える。

「なんだ?随分と騒がしな・・・。」

辺りを見渡すと、その原因はすぐに分かった。何やらロボットが一機、街人たちを追い回している。

「あれは・・・プラティナの街にある対侵入者用ガーディアン!?なんでこんなところに・・・。それに何故人を襲っている・・・?」

不可解なことが多くありすぎて状況把握に少し手間取ってしまう。それでも今すべきことをまとめラクアに伝える・・・

「ここは都市だからな、兵の一人や二人いるだろう。そいつらに任せて俺らは逃げ・・・何故俺の後ろにいた人物がもう目の前を走っているんだ・・・。」

はずだったのだがすでにラクアはおらず、ガーディアンから逃げ遅れてしまった女の子の元に駆け寄っていた。必死に走っていても子供の足で逃げ切るのは厳しく、どんどん距離が詰まっている。そしてガーディアンの伸ばされた腕の間にラクアは飛び込み、両手を広げ、女の子を庇っている。

「お・・・お姉ちゃん危ない!!!」

ガーディアンの腕がラクアを掴もうとする姿を見て、女の子は叫び声をあげて目を瞑る。

「PPPPPPP・・・、ガガ・・・ガ・・・。アラタナ侵入者ハッケン・・・。」

ガーディアンから音が発せられ、驚いて女の子は目を開ける。目の前に広がっていた光景は、ずっと両手を広げて守ってくれたお姉ちゃんと、ガーディアンの凍った腕だった。

「さぁ早くお逃げなさい、私は大丈夫だから。」

「あ・・・、う・・・。うん、うん・・・。」

うまく言葉を紡げないまま、女の子は走り去った。

「何が“大丈夫”だ。俺がいなかったらどうしていたつもりだ?ったく、あんまり身勝手なことばかりすると、躾けるぞ?」

ギーシェの手には青色を基とした大きな水晶玉のようなものがついた杖を持っている。その水晶玉の中にはサファイアが一つ入っており、杖が増幅した力が吹雪となってガーディアンの腕を凍らせたようだ。

「そういう冗談が言えているなら、問題ないわよね。」

「・・・言いたいことは山ほどあるが後回しだ。俺がこいつを引き付ける、謳えるか?」

「もちろん、貴方のためだもの。いくらでも謳えるわ。」

そう言い残すとラクアはガーディアンから離れ、左の掌を上に向け前に伸ばす。

「響け・・・、我が声よ!」

すると、詩が聞こえてくるとともにラクアの手の上には小さな球体が現れる。それは謳うにつれて大きくなっている。

「・・・あまり気にはしなかったが、レーヴァテイルの中でもここまで強い力を持っているのは、やはり・・・。(これが悪魔と天使の力なのか・・・?)」

世の中にレーヴァテイルは決して多いとはいえないまでも、それなりには存在している。しかしすべてのレーヴァテイルが優秀であるわけではない。中には力を具現化できず詩魔法を使えない者や、使えても微々たるものであったりすることもある。その中でラクアの詩魔法は謳いだしたばかりにも関わらず、掌に収まりきらないサイズになっている。

「PPPP・・・強イ何カヲ感知、排除シマス。」

大きな力を感知したガーディアンは、バキバキと氷を砕く音を立てながらラクアの方へと進み始める。

「おい、お前の相手は俺だ。」

ギーシェはガーディアンの前に立ちふさがると水晶玉の中からサファイアを取り出し、代わりにルビーを入れ込んだ。すると水晶玉は赤くなり、魔力を溜めこめば溜めこむほどに色は濃く、はっきりと光りだす。それに反応したのか、ガーディアンは立ち止まり、目の前にいるギーシェにめがけて腕を振り下ろす。しかしそれを軽々と避け、魔力のこもった杖をガーディアンに向かって振るう。すると杖から無数の火の玉が飛び出し、ガーディアンを襲った。

「PPPP・・・破損率・・・40%・・・防御もーどニ移行シマス。」

威力は高くとも機動性に欠けるロボットでは、直線ならともかく細かく動く人の足についていけるわけがなく、隙をつかれてはギーシェの放った火の玉を食らい続けた。

「ギーシェ!そろそろ・・・疲れてきたのだけど・・・。」

ラクアの声を聞いてハッとする。敵の注意を引き付けるのに集中していたとはいえ護るべき対象のことを完全に忘れていたのだ。慌ててラクアを見ると、姿どころか周りの風景すら隠してしまうほどに大きくなった気の玉が申し訳程度にラクアの掌の上にある。

「もう・・・限界・・・。」

弱音を発したと同時に、相手に向けて詩魔法を発動する。ギーシェは水晶玉の中身を再び取り替え、敵の足を氷で固めてラクアの方へ駆け寄る。氷に足を取られている敵に詩魔法が当たると機械が砕ける特有の音がけたたましく鳴り響いた。

「はあ・・・疲れた・・・。」

「初陣にしては上出来だな。(むしろ俺がもっと気を付けるべきだったな・・・。)」

ギーシェ自体1人でパートナーを守る戦闘は初めてであり、いろいろと反省点があったようだ。

「おーい!君たち、大丈夫か!?」

向こうから騎士が1人走ってきた。

「この近くでロボットが暴れまわっているという情報があって、今住民の避難誘導をしているところなんだ、君たちもこちらへ!」

「・・・なるほど、住民の避難を優先していたから騎士が来なかったのか。」

「そのロボットなら、そこで欠片となってお眠りしているわよ。」

ラクアは騎士にそう伝えながら、地面で木端微塵となったロボットの破片を指差す。

「見事にバラバラだな・・・。君たちが倒してくれたのか?」

「たまたま近くに居合わせて、降りかかる火の粉を振り払っただけだ。大したことはしてない。」

「例えそうだったとしても、結果として街を護ってくれたことに変わりはないからぜひお礼がしたいのだが・・・っと、紹介が遅れたな、私はラードルフ。エル・エレミア騎士団の隊長をさせてもらっている。」

「俺はギーシェだ、こっちはララク。」

「初めまして、隊長さん?」

「あぁ、そんなにかしこまってもらわなくていいんだよ。2人は客人だからね。よければ、教会の方で話も伺っておきたいのだが・・・。」

教会と聞いて2人は顔を見合わせ、頷く。

「まあ、事情聴取もしたいだろうな。分かった、同行しよう。」

「ありがとう、そんなに手間は取らせないはずだ。ではこちらへ」

ラードルフに連れられ、2人は教会へ向かう。

「・・・。(誰かに見られているな・・・。)」

振り向いて確認することはしなかったが、ギーシェは何者かの気配を感じていた。

 

「随分と・・・立派なのね・・・。」

教会前に立つと、自分たちがかなり小さく思える。

「さ、中に入ってくれ。」

言われるがまま入ると、神父が立つ場所にある机の奥に、女神像が祀られている。

「ラードルフ総帥!お戻りになられたのですね、街の様子は?」

「あぁ、暴れていたロボットをそこの2人が倒してくれたそうでな。お礼をかけて、ファルス司祭にも会わせたいのだが、どちらに?」

「ファルス司祭は今出かけておりまして・・・、明日には戻ると言っていました。」

「そうか・・・。2人とも済まないのだが、今聞いてもらった通りなのだ。今日は疲れているだろうからこちらで宿を取ろうと思うのだが、そちらでゆっくり休んでもらって後日と言うことでよろしいかな?」

「あぁ、異論はない。ラクアもそれでいいな?」

「え?えぇ、任せるわ・・・。」

「ラクア・・・?」

教会に入ってからラクアは何やら上の空といった感じで、辺りをみたりそわそわしたりと落ち着きがない。

「済まないが、俺のパートナーは大分疲れているみたいだ。今から宿に向かっても構わないだろうか?」

「もちろんだ、案内を付けよう。オリカはいるか?」

「ここにいますよ。」

オリカと呼ばれた少女が隣の部屋から出てくる。

「2人を宿まで案内してやってくれ。宿代は俺の名前を使ってくれていいぞ。」

「・・・はい。」

「よろしく頼む。」

「・・・じゃ、ついてきて。」

人を寄せ付けない雰囲気の少女、オリカはさっさと外へ行ってしまった。ギーシェはラクアを気遣いながら教会を後にする。

 

「・・・ギーシェ。」

「どうした?」

オリカの後を追いかけている途中、ラクアが声をかける。

「私、教会に入ったのは初めてなのだけど・・・。」

「・・・それで?」

「なんていうのかしら・・・。こう、初めてのはずなのに、初めてじゃない感じというか・・・、見たことがある・・・気がするのよね。」

「無理に思いだそうとしなくていい。」

「・・・うん、ありがとう。」

ギーシェが深く追求しないのは、これが彼なりの優しさなのだと理解している。だからこそ感謝の言葉を伝える・・・が、同時にラクアは少し物寂しい気もした。

「・・・2人は、パートナーなのよね?」

オリカがふと、2人に声をかけた。

「まぁ・・・な。」

「・・・何年くらい、一緒に旅しているの?さっきの詩、近くにいなくても感じられるぐらいすごかった。何もできない私とは大違い。パートナーがいると、それぐらい普通なの?」

問われた内容が少し答えにくく、ついぎくしゃくしてしまう。

「・・・私たち、旅を始めてまだ4日目なの。」

「え・・・?」

あまりの短さに、オリカは目を丸くする。

「・・・詩の力に関しては、いままでに何人かのレーヴァテイルと組んだことがあるが、あれだけの詩魔法を見たのは俺も初めてだ。」

「・・・そう。じゃあ、やっぱり才能なんだ。」

「んー、そうかしら?私だけで戦っていたら、謳う暇もなくやられていただろうし、共にいる時間が短くたって、私はギーシェを信じているわ。」

「ふーん・・・。」

オリカはもう興味がないのか、適当に相槌を打ちながら後ろを振り返る。その時ラクアと目が合った。

「あなたもレーヴァテイルなんでしょう?きっと、素敵なパートナーが現れるわ。私にだってこうやっているのだし。」

クスクスと口元に手をあて上品に笑う。話の内容としてギーシェは少し恥ずかしいのか、居心地が悪そうにしている。

「無理だと思う、だって私ランクDだし。ここが宿屋、私は手続してくるから少し待ってて。」

宿に着くと、オリカはそそくさとカウンターに行ってしまった。

「・・・ランクDって、何のこと?」

「さてな。ホルスの翼と、上層部にあるプラティナの街は随分と文化が違うみたいだからな・・・。レーヴァテイルの扱いがかなり目に余るが。」

「私はそういうのさっぱりだけど・・・、いい気分はしないわね。」

「この話はここまでだ。ここの宿屋は2階が部屋になっていて、1階には武器屋と酒場があるみたいだな。」

玄関先から見て左側には武器屋、右側には酒場への扉がある。

「確か、酒場にも寄るのよね?」

「あぁ、教会の方では何も聞けなかったからな。日も沈む時間だし、腹ごしらえもするか。」

「たくさん食べていい?」

「八分目までな。」

いつの間にか教会の中にいたときの不安そうな顔は消え、今から何が食べられるのか、そちらへの期待に胸を躍らせている、いつものラクアの姿があった。

「・・・・・・。(初めて訪れたはずの場所なのに、見たことがある気がする・・・か。教会という神聖な場所に対しての悪魔の血の本能なのか?それとも、俺たちが会うよりももっと前に・・・?)」

「ギーシェ、何してるの?」

「む・・・。俺は宿の手配が終わるのを待っているから、先に行っててくれ。」

「あ、そうね。2人ともいなくなったら困っちゃうわよね。ならお言葉に甘えて、先に食べていることにするわね。」

「頼みすぎるなよ。」

ラクアは分かっていると言葉の代わりに手を上げながら酒場の方に姿を消した。

「お待たせ。・・・あれ、もう1人は?」

「あぁ、手配してくれて助かった。腹が減ったと、先に食事に行った。」

「そう・・・、・・・・・・。」

「・・・俺に何か?」

じっとオリカに見つめられ、声をかける。

「いえ。・・・ただ、貴方は私と同じで人を寄せ付けない感じがしただけ。それじゃ、また明日迎えに来るから。」

オリカは宿の部屋の鍵をギーシェに渡すと、そう言い残して出ていった。

「・・・人を寄せ付けないか、・・・ふっ。(俺はラクアのことを知らなさすぎる。10年も在ったというのに、気持ちばかりが空回りして・・・。行動を起こす前に、もっと知るべきことがあったろうに・・・。)」

オリカに言われた一言で、いままでの自分の過去を振り返り・・・あまりの失態につい自傷気味に笑ってしまう。約束を果たすという使命に駆られ、ラクアのことでなく、ラクアの血のことばかりを調べ続けてきた。それで得られた知識はあるが、ここ数日間で共に過ごした時間の方が10年という月日よりも濃く、はっきりと、そして何よりも充実している。お互いに、何も知らないというのに・・・。

「・・・・・・俺らしくないな。こんな時、ラクアなら食事でもして忘れよう、とでもいうのだろうか?」

独り言を呟き、これ以上1人で悩むとろくなことを考えないと割り切り、ギーシェも酒場へと向かった。

 

「♪生命 生まれしとき 強く」

ギーシェが酒場に足を踏み入れると、詩が聞こえてくる。聞き慣れた声と、もう一つ歌声が聞こえる。

「これは・・・?」

近くにいた、酒を食らっている客に声をかける。

「いやぁ、ここの店主さんは見ての通り美人で、レーヴァテイルなわけなんよ。それでたまに謳ってくれるってわけやが、そこで一緒に謳っているお嬢さんと意気投合したみたいでなぁ。一緒に詩を披露してくれてるってわけよ。」

「なるほど。」

話を聞いて納得し、謳っているラクアの隣に座る。

「♪光 放つ星は 謳い」

いくつか頼んであったのか、ラクアの座わっているカウンター席の前には料理が並べられている。ギーシェはその中の1つの皿を取り自分の前に運んだ時、ラクアと目が合う。