「海杏、待たせたね」
「ううん、わがままを言ったのは私の方だから、大丈夫」
旅立ちを約束した当日。いつも来る時間より少し遅めにきたダイゴの言葉を海杏は待った。
「……海杏、ポケモンバトルをしよう」
「えっ……」
「どうだい?」
突然のバトルの申し込みに海杏は戸惑っていたが、ダイゴの何かを考えている力強い瞳に答えるため
「…………うん。ポケモンバトル、受けるわ」
ダイゴの申し出を受けた。
「ルールは入れ替え自由。でも、手持ちの中で1匹でも戦闘不能のポケモンが出たら即、相手の勝ちの6VS6。……何か質問あるかな」
「6VS6……、ね」
「かなり長期戦になると思う。……いや、ルールとしてはすぐに終わってしまうこともあるけど」
「そう……、分かった。……精一杯戦い抜くよ」
「全力でかかっておいで。……ではボクから出そう。いけっ、エアームド!」
ダイゴが空高くにモンスターボールを投げると、その中から鋼を身に纏い、鋭いくちばしをもった鳥型のポケモン、エアームドが姿を現す。
「お願いね、レントラー!」
海杏は手持ちの中で落ち着きがあり、戦いにも臆さないレントラーを初手に選んだ。
「そちらからどうぞ」
「出し惜しみはしない。レントラー、ワイルドボルト!」
ダイゴに先手を譲られた海杏は遠慮なくレントラーに指示を出す。指示を受けたレントラーは全身に電気を発生させ、一気にエアームドめがけて突進していく。
「エアームド、まきびし」
「いけないっ。レントラー、止まって!」
「レェ……ン!」
海杏の言葉どおりレントラーは止まろうとするが、勢いを殺しきれず、まきびしでダメージを受けてしまった。
「ポケモンバトルは野生のポケモンと戦うのとはわけが違うよ。トレーナーの判断ミスで戦況が大きく変わる。エアームド、はがねのつばさ!」
「レントラー、大丈夫!?」
まきびしの撒かれている中で止まってしまったレントラーは身動きを取れず、エアームドの攻撃を受けてしまう。しかし効果はいまひとつの様で、致命的なダメージではなかった。だが海杏の判断の誤りから、レントラーだけがダメージを受けている状態となってしまう。
「くっ……、でも相性ではこちらが有利なはず。レントラー、10まんボルト!」
今度の攻撃は遠距離から敵を責めることが可能なものを選んだ。レントラーの放った電気はダイゴのエアームドに命中する。
「相性だけで決まるほど勝負は甘くないよ。エアームド、どくどく」
「効果抜群のはずなのに、それをもろともせず技を……」
海杏は今まで暴れている野生のポケモンとしか戦ったことがない。野生のポケモンたちはその時の感情で行動するため、苦手な攻撃を受けたりすると逃げていくのが関の山だった。だが今目の前で戦っているポケモンは人が手間暇をかけ、訓練を受けているポケモンだ。苦手な技を受けてもひるむことがなければ、それに対しても反撃をしてくる。
「一応体力は残っているようだけど、レントラーはもう戦闘不能寸前だ。このまま出していても毒でやられるだろう。……さぁ、どうする?」
「戦闘不能になった時点で負け……。戻って、レントラー」
モンスターボールの中にレントラーをしまい、次のボールをスカートのフリルの中から取り出す。
「そんなところにボールを収納してるのか……」
とんでもないところからボールを取り出した海杏の行動にダイゴは少し呆れ気味。
「次はあなたの番よ、チリーン!」
「チリーン!」
レントラーの戦闘不能を避けるため、海杏はチリーンと交代させる。
「特性がふゆうのチリーンなら、先ほどエアームドが撒いたまきびしのダメージを受けることなく交代できる。うまいね」
「目的はそれだけじゃない。チリーン、いやしのすず!」
「チッリーン!」
チリーンが自身の短冊部分を左右に揺らすと、優しい音色が一帯に鳴り響く。
「いやしのすずを使えば、レントラーの毒を消すことは可能だけど……。それは判断ミスじゃないかい?エアームド、もう一度まきびしだ」
地面にはさらに大量のまきびしが敷き詰められ、海杏はポケモン交代すら躊躇われる状態となってしまった。
「確かに、体力の残り少ないレントラーの毒を抜いたところでもう戦闘には出せない。でも、毒のまま放っておくなんて私には出来なかった。……とは言っても、本当はちゃんとした作戦があったんだけど……、それを封じられてしまってすごく困っているところ!」
作戦はシンプルなもので、海杏のチリーンはねがいごとを覚えている。これを使えば次のターンに場に出ているポケモンのHPを回復することが出来る。相手のエアームドはレントラーへの有効打を持っていないと踏んだ海杏は次に出したとしてもレントラーが辛うじて耐える手筈だったのだが、まきびしによるダメージが増えてしまった今、レントラーを出したらそのまま戦闘不能になることが予想された。
「来ないのなら、さらにボクから攻めさせてもらおう。エアームド、つばめがえしだ」
「あぁっ、チリーン!……バトル中に悩んでいてはいけない。でも、私のチリーンに決定打は……。チリーン、交代よ。少し痛いけど我慢してね、ランプラー!」
考えていた作戦がつぶれてしまった今、チリーンを出していてもエアームドを超えることは出来ないと考え、今度も相性の良いランプラーを出す。
「今度は炎か……。エアームドには辛い戦いが続くが、まだいけそうかい?」
問いかけに頷き返すエアームドを見て、ダイゴはさらにエアームドで戦闘を続けることを決めたようだ。
「ランプラー、かえんほうしゃ!」
「エアームド、どくどく!」
ランプラーとエアームドの放った攻撃はお互いに直撃し、エアームドはふらふらだ。しかしランプラーも猛毒に侵されて、苦しそうにしている。
「ご苦労だった、エアームド。次はネンドール、頼むよ」
「ネンドールはじめん、エスパーのはず。それなら私のチリーンへの有効打はない!チリーン、もう一度お願い!」
お互いがポケモンを変え、バトルの空気が新しく張り詰める。
「今度はボクから行かせてもらうよ。まずはひかりのかべ」
「やはり後続への技を。それならこちらも、いやしのすず!」
最初は補助技を使い合い、それのせいで場の空気はさらに均衡状態へと入ってしまう。
「…………、いまっ!チリーン、サイコキネシス!」
「ネンドール、じんつうりき」
エスパータイプ同士、自身の持ちうる主力技を相手にぶつけあう。効果はいまひとつだが……
「チリーン、大丈夫!?」
「チ……リーン……」
チリーンの方はかなりのダメージを受けてしまっているが、ネンドールはたいして効いていない様子。
「……やはり、そうなのね」
「何か感じたのかい?」
「ダイゴさんのポケモンを見るのは初めてだし、ポケモンバトルをするのも初めて。でも、今ので確信したわ。……明らかに私との力量差がある。バトルセンスはもちろん、ポケモンの純粋なレベル差が!」
「……確かに、ボクもポケモンたちを結構育ててきてはいるつもりだよ」
ダイゴの言葉を聞いて、海杏はふと口元を緩めた。
「結構だなんて謙遜して……。これでも生まれてからずっとこの森で育って、ポケモンたちの育成にだけは自信があったの。結局その力を発揮してあげることは今まで叶わなかったけど……。でも、初めてバトルする相手がこんなに強いなんて、私ももっと頑張らないとね」
今までもポケモンたちへの命令も初めてにしては上手くても、どこかおっとりとしていた所があった。しかし海杏からその雰囲気が消え、今までで一番力強い目つきをしている。
「その決心した目……」
右手を顎に当て、左手を右ひじに添えて、ダイゴは何かを考え込む仕草を取る。
「チリーン、ご苦労様」
「…………いいよ、海杏の想いに応えよう。ネンドール、戻ってくれ」
双方がポケモンをしまい、別のモンスターボールを手に持つ。
「チルタリス、行ってきて」
「それでは。ボクのパートナー、メタグロス!」
ボールから出てきたポケモンたちは、二人が今までで一番信頼のおけるポケモンたち。ダイゴのパートナー、メタグロスには不思議な石の埋め込まれたリングが。海杏のパートナー、チルタリスのペンダントにも不思議な石が埋め込まれている。
「私はこの子を信じている。絶対にダイゴさんのメタグロスを落としてみせるわ」
「いい気迫だ。ではボクも全力で応えるとしよう」
そう言ってダイゴは自分の左胸につけているラペルピンを引き抜く。するとメタグロスのリングとラペルピンがまばゆい光を放ちだした……。
「な……に……?」
「石の煌めき、絆となれ。メタグロス、メガシンカ!」
ダイゴの言葉とともにメタグロスは光に包まれ、次に姿を現したときには4本脚が前に突き出され、浮いていた。
「メガ……、シンカ……?」
お互いのパートナー同士での一騎打ち。海杏は、ダイゴが自分の目を見て何を望んでいるのかを悟ってくれたことにとても嬉しさを感じていた。しかし、今までに一度も見たことのないものを見せられ、動揺を隠せないでもいた。
「海杏にも出来るはずだよ。その胸につけているコサージュと、チルタリスのペンダントがあればね。……海杏たちにはもう、一番大切な絆が携わっているのだから」
「私たちにも……出来る?」
「チルッ!」
海杏の小さな呟きに、チルタリスは大きく翼を広げ意思を伝える。……自分たちにも出来る、と。
「…………美しく雄々しい翼翻せ。チルタリス、メガシンカ!」
決意した海杏は胸元のコサージュを取り、掌に乗せてチルタリスに向け腕を前に突き出す。するとチルタリスのペンダントとコサージュから放たれた光が結びつき、一際強く光りそれが引くと、そこには今まで以上に綿毛のような羽根が増え、大きく姿を変えた。
「流石だよ、海杏。まさか初バトルで本当にメガシンカまで扱えるようになるなんて……。でも勝負は勝負だ。手加減しないよ。メタグロス、コメットパンチ!」