朝日が昇り、小鳥たちの歌声が聞こえてくる。
「ダイナ、準備できたー？」
「問題ないはず。リエルは？」
「バッチリ！ それじゃおじさん、いってきまーす！」
「気を付けてな」
「……いってきます」
指定された制服に身を包んだ二人は教官ことおじさんにあいさつを交わし、早速学校へと足を進める。
「学校……か」
「どうかした？」
ポツリとあまり芳しくない声色で呟くダイナに、リエルが顔を覗き込みながら聞く。
「行ったことないから、少し不安で……」
「……あっ、そうか！ 勉強もずっと私と二人きりだったもんね……」
なんて説明したら良いかと、リエルが首をひねりながら悩んでいる。
「相手は私たちと同い年の子しかいないし、あれだったら向こうから声をかけてくるのを待つのでもいいんじゃないかな……？ あ、でもダイナは美人だから、だんまりだと声をかけにくいかも……？」
リエルは見た目も性格も、まさに活発な女の子という印象を与えるような容姿をしている。それもあって魔界で通っていた学校でも人気者だった。
それと比べるなら、ダイナはお淑やかな美人といった感じなため、黙っている姿はまさに高嶺の花だ。
ハートを手に入れるために交流は必要不可欠。その前段階から距離を取られてしまっては何かと苦労するだろう。
「だけど私、男の人と話したの、教官が何十年ぶりだったんだけど……」
「そうだよね……。おじさんは年も上だし、そもそも恋愛の対象として相手するわけでもないから意識しなくていいけど、これからはそういうわけにいかないもんね……」
全然ダイナのことを考えてあげられていなかったと後悔するリエル。
そうこうしているうちに学校に着いてしまったので、とりあえずクラスを確認する。
「あれ？ クラス表とかないのかな？」
どこを見ても張り紙一つ見つからない。
それどころか、他に登校してきている生徒たちは自分のクラスを知っているかのように、迷いもなく教室へと姿を消していく。
「……もしかして！」
「リ、リエル！？」
何か考え付いたようで、リエルはダイナの手を引いて目的の場所へ向かう。そこは……
「あ、よく来たね。君達がリエルさんとダイナさんかな？ 編入手続きは終わっているから、それぞれこのクラスに──」
職員室に着くなり、担当と思われる先生から編入手続きがどうだの、クラスはどこだのと説明される。
ダイナはちんぷんかんぷんといった様子だが、リエルはこれで合点がいったと納得している。
「──それじゃ、授業が始まるから行こうか。ダイナさんはこちらの先生について行ってね」
「え、あの……」
「ダイナ。後で説明するから、とりあえず自己紹介と授業、受けようね！」
親指を立ててグッドラックとダイナにエールを送りながら、リエルは一足先に先ほど説明してくれていた先生の後を追って行ってしまう。
「あ、ちょっとリエル──っ！」
「ダイナさん、行きましょうか」
あれよあれよと話は進んでいく。全く話の見えないダイナは、ただただもう一人の先生の後をついて行くしかなかった。
「今日転校生が来るんだって！」
「高校なのに珍しいよねー」
「しかも二人でしょ？ どっちも女の子だって聞いたよ」
「それマジで？ 可愛かったら狙っちゃおうかな～」
「あんたには無理無理！」
「シーッ！ 入って来たよ」
ガヤガヤと騒がしかった教室内が、扉が開くのと同時に静まり返る。
「知ってると思うが今日、転入生を紹介する」
先生にそっと黒板の前に行くように促され、指示通りに動く。
前を見れば、何十人という生徒が転入生に興味を持ち、ジッと見つめている。
「はじめまして、リエルと申します。まだ右も左も分からない状態ですが、これからよろしくお願いします！」
ペコリと頭を下げ、照れ臭そうにしながら顔をあげる。
「ヒュー！ かーわいいー！」
「よろしくー！」
「よろしくねー、リエルちゃーん！」
「こらこら、すーぐそうやってテンションをあげる。今日はクールなクラスを見せるんじゃなかったのかー？」
「いやいや無理でしょ！ こんなかわいい子を前にしてさ！」
先ほどまでの静けさは一転して、それぞれ好き放題に転入生への感想を述べはじめる。どうやらリエルのクラスは先生含め、男女関係なくノリのいい生徒たちが多いようだ。
最初は面を食らったリエルだったが、次第に表情をほころばせ、笑っている。
「せんせー！ リエルちゃんの席はどこですかー！」
「あー……っと、空いてるのは確か……あそこの席でいいか？」
「はい、大丈夫です！」
あそこと指をさされた席へ座るリエル。隣にいるのは何やら不機嫌そうな表情をした、強面の男子生徒。銀髪をオールバックにしているという風変わりな髪型だ。
「えっと……よろしくお願いします」
「……」
まさかの完全無視を決め込まれ、どうしたものかと困っていると後ろの席に座っている男子たちが騒ぎ出した。
「バージルお前、また無視かよ！ 女子にそんな態度ばっか取ってるとモテねえぞー」
「いやいや、女子に限らず俺たち男子にだってこんな態度だろ。……ごめんなリエルちゃん、こいつは元からこんなのだから、あんま気にしないでくれよ」
「お気遣い、ありがとうございます。私は平気ですよ」
このやり取りにすら一言も発することのなかった隣の男子ことバージル。とはいえクラスの生徒たち自体が明るいメンツばかりであるため、リエルの学園生活は一先ず大丈夫そうだ。
一方ダイナは……。
「あ、の……名前はダイナ、です。……よろしく、お願いします……」
今まで大勢の人から注目を浴びたことのない彼女は完全に出来上がってしまい、たかだが名前を言うだけで言葉が詰まる。泣くほどではないものの、精神は完全にパニック状態だ。
「ダイナさんの席はあちらです。……それでは、授業を始めます」
そしてこちらのクラスはかなり物静か。自己紹介が終わった後に軽い拍手はあったものの、それだけだ。先生も淡々としており、とりあえず指定された席にダイナは腰を下ろす。
「ダイナ……だったか？ 俺はダンテだ、これからよろしくな」
「あ……よろしく」
隣の席に……なんとも態度の悪い座り方をしている男子が自己紹介をしてきた。サラリとした銀髪が目元までかかっており、顔つきは一見優しそうだ。
「なんか困ったことがあったら頼れよ。お礼はデート1回でいいぜ」
「えっ……」
予想をはるか斜め上に行く提案に、ダイナは思考回路停止。完全に、隣の男子は何を言っているのだ状態。ダイナがクラスに溶け込むには、少々不安が残る出だしとなった……。
「リエル、どういうこと？」
朝、説明もなく教室へと向かうことになって授業を受けて、休み時間が来たかと思えば質問の嵐を浴び、ようやくお昼。なんとか教室から抜け出したダイナはリエルを捕まえ、中庭で説明を求めていた。
「いや、学校っていうから普通に入学するんだと思ってたんだけど、どうやら編入っていって、途中入学だったみたい」
だからクラス別の張り紙がなかったんだよ、なんて言葉を足しながらことのあらましを伝えるリエル。
「それよりも！ ちゃんとハート集めしてる？」
学校の説明なんかよりも、ダイナにやる気があるのか、リエルとしてはそちらの方が気になっているようだ。
「切磋琢磨したいって言われて、それでも私は興味がないからっていうほど薄情者に見える？」
「……ううん！ ってことは、もうゲットしてたり……？」
真剣に取り組んでくれることが分かって嬉しいのか、リエルは目を輝かせながらダイナのブレスレットを見つめる。
「残念だけど、そこまでは。……というか、喋るのでいっぱいいっぱいだから、しばらくはそんな余裕なさそう……」
「そっかぁ……。実は私もまだなんだけどね」
ついついみんなとのおしゃべりが楽しくて、ハートそっちのけでみんなと遊んでしまうのはリエルの悪い癖だ。とはいえ、ダイナはコミュニケーションを取るので手一杯。こちらと比べるとリエルのほうが一歩リードしているように見える。
「お、いたいた！ リエルちゃん、良かったら今日……って、誰だ？」
声をかけてきたのはリエルと同じクラスの男子。何かとノリの良い人物で、クラスの皆からも人気者だ。
「あ、こっちはダイナ！ 私と一緒に転入してきたの！」
「よろしく……」
「よろしくな！ へえー、リエルちゃんは可愛い感じだけど、ダイナちゃんは美人さんだな」
「うまいこと言っても、何も出ないってば！」
もう打ち解けているようで、リエルは男子の言葉を軽く流している。そんな中、ダイナは男子の少し照れくさそうな表情に気付き、リエルに耳打ちをする。
「リエル、よく見て。……ハートが出てるよ」
通常、ハートは視認することが出来ない。魔女や魔法使いは人間界に流れる微量の魔力を目に集めて確認する。ダイナに耳打ちされたリエルも慌てて目に魔力を集めると、男子の胸元に小さなオレンジ色のハートが見て取れた。
「ほんとだ……よーし！」
気合を入れたリエルがくるりと男子と距離を縮める。
「なんだ、どうした……？」
「カクンテカクンテ」
不思議がる男子にリエルが呪文を唱えながら右手をかざすと、ピタリと相手の動きが止まった。
「スートラ＝テロ！ 貴方のハート、いただきます！」
呪文を唱えると同時に、魔法をかけられた男子の胸からオレンジハートが取り出され、リエルの持つ指輪へと吸い込まれていく。
「あ……れ……？」
一瞬ではあるが、時間を止められてハートを取られた男子は茫然としている。先ほど何かを言いかけていたということまでは覚えているのだが、肝心の中身を忘れてしまっている。
それもそのはず。口にしようとしていた内容は、リエルへ好意から生まれてきていた言葉だったからだ。だが今の彼にもうその感情は残っていない。だから何を思い、どんなことを伝えたかったのかがすっぽり抜けている。