Stand a step behind Ep.1

「……、っ……ん?」
 気怠そうに目を覚ました女は、身体の……特に下半身への鈍い痛みに顔をしかめた。
「……私、どうしてベッドに」
 女は昨晩、床で寝ていたはずであった。しかし、何度見ても女がいる場所はベッドの上だ。
 隣には一人、ガタイのいい銀髪の男が規則正しい寝息をたてている。
「……また、勝手に私を」
 頭が冴え始め、事態を把握した女は呆れたような、どこか恥ずかしそうな顔色を浮かべながらそっとベッドから出る。
「目が覚めたか? 昨日も随分と……」
「ダンテ。……それ以上は、恥ずかしい」
 女は男──ダンテの言葉を静止し、床下に脱ぎ捨てられている服を手早く集め、身体を隠す。
「可愛かったんだがな。だが、されたくないなら大人しくベッドには入れよ」
「床で寝る、私は抵抗ない」
「そう言って玄関前で寝てる所を客に見られて、引かれてただろう」
「……玄関では、もう寝てない」
「そういう問題じゃない」
「なら、立って寝ることは許容してほしい。でないと睡眠、とれない」
「あのなダイナ。いい加減ベッドかソファで寝る習慣をつけろよ。……ったく」
 ダンテはガシガシと大げさに頭をかき、困ったと息を吐いた。
「ベッド、大きくない。ソファは、仕方なく寝ていたら、ダンテに襲われた。だから寝ない」
「あの時は悪かったって。……仕方ないだろ? バスタオル一枚だけ巻いて寝てるんだからよ」
「……それは、私の不注意。気を付ける」
 ソファで襲われた当時の事と昨晩されたことがダブったのか、ダイナはまた顔を赤らめ、そそくさを部屋を出ていこうとする。
「どこ行くんだ?」
「シャワー、先に浴びる。出たら、ダンテと交代。お店番、してる」
「どうせ客なんかきやしねえよ。それよりせっかく早く起きたんだ、もう一回……」
「そんなに抱かれたら、私壊れる。ダンテはかなり激しい。自覚、持つべき」
 そう言い残してダイナは出て行った。
「素直じゃないね、まったく。……あんなに乱れてたってのに」
 ダンテはダンテで一人思い出し、嬉しそうに顔を緩めながら店の大部屋に移動した。

 ダンテは中に黒のアンダーシャツを着て、上に赤いレザーベスト。ズボンも赤色で、黒のブーツを履いている。普通なら着こなせないような派手な色だが、違和感なく着ている姿は流石の一言に尽きる。それに比べてダイナの上は白のブラウス、下は紺色のジーパンとかなりラフな感じである。
 ダンテはいつものように自分用の椅子に腰を掛け、適当な雑誌を読みふけっている。カウンターの上には黒電話と一枚の写真立て。
 ダイナはジェラルミンケースを右手に持ち、ダンテの左側に一歩距離を取って、ただ立っている。
 この建物の玄関には「Devil May Cry」という看板が掛けられている。ここは、ダンテが切り盛りしている便利屋だ。……表向きには、そういう名目で通っている。
 本当は悪魔絡みの依頼をこなすデビルハンターを生業としている。無論、ダイナもデビルハンターであり、従業員といったところだろうか。
 しかし、二人とも何をするわけでもなくただ時間が過ぎていくばかりだった。そんな二人の静寂を破るように、店の扉が開いた。
「よお。二人とも、相変わらずだな」
「こんにちは、モリソン」
 店に入ってきたのはモリソンと呼ばれた中年の男。ジェントルマンといえば伝わるような衣装を身に纏っている。
「ああ、ダイナも元気そうだな。今日は仕事を持ってきてやったぞ」
「いつも、ありがとう」
「また金にならない仕事か?」
「いいや、俺が持ってくるのは金になる仕事ばかりさ。……上手くやればな」
「私とダンテ、いつも派手になりがち。……気を付ける」
 モリソンが持ってくる依頼は悪魔絡みの依頼だ。当然戦闘も増える。そのため、よく周りのものを壊す。結果、いろんなものが依頼料から差っ引かれ、二人の手元にはあまり残らない。
 ダンテはそのことによく文句を並べているが、ダイナはさほど気にしていない様子ではあった。
「良い心掛けだ。それで、今回の依頼だがな。どうやら最近、どこかの裏路地にあるバーが随分と派手にやっているようでな。暴力なんて軽いもんじゃない。金の代わりに、命を取られるそうだ」
「……それは、物騒」
「それで?」
「あまりにも数が多いんでな。悪魔の仕業……なんて囁かれている」
「場所は?」
「そこがまだ割り切れていない。この地図に記してある場所の近くだ」
 モリソンから紙を受け取り目を通すと、ダンテは顔をしかめた。
「おいおい、ここらはバーの密集地帯だぞ。地道に一軒ずつ回って探せってか?」
「そういうことだ。だか安心しろ、酒代は依頼主が持つそうだ」
「ほう? ただ酒か……。ならいいぜ、受けてやる」
「交渉成立だな。……ああ、もちろんダイナも飲んで構わないぞ」
「……お酒は、苦手。水でいい」
「おいおい……。ダンテ、いくら貧乏だからって、女性に水だけってのはいかがなものかと思うがね」
「ダイナは昔から欲がなさすぎるんだ。……知ってるだろ、それぐらい」
「服は欲しがらない、食事も必要最低限、極め付けに寝床は床だったか。心配になるよ、まったく」
 モリソンもダイナが床で寝ていることを知っているようで、困った顔を浮かべた。
「こう見えて、身体は丈夫。心配いらない」
 しかし、当の本人は特に気にしている様子はなく、それに対しての不満もないようだ。
「ま、今回の依頼料が入ったら何か一つ、ダンテに買ってもらうといい。……じゃ、頼んだぞ」
 そう言い残し、モリソンは店から出て行った。
「今日の夜から適当にバーを虱潰しに回る。今のうちに寝ておけ」
「分かった。……ダンテ、タダだからって飲みすぎ、いけない」
「俺はダイナの酔ってる姿を見たいところだ」
「飲まない。……酔うと、判断能力が低下する。その結果、ダンテと激しく交わった。次の日、二日酔いと体中の痛み、今でも忘れていない。二度と、ごめんしたい」
 在りし日の記憶を思い出し、淡々と答えるダイナ。恥ずかしがる様子もなく、本当に事実を伝えているだけのようだ。
「あの日も最高だったぜ? もちろん、抱いているときのダイナはどんな時でも……」
「ダンテ。それ以上は」
「恥ずかしい、か? 分かったよ」
 朝と同じやり取りにダンテは口を閉ざし、雑誌を顔にかけて椅子に腰かけたまま目を閉じる。
 ダイナもジェラルミンケースをカウンターの横に置き、ソファへと足を進める。
「ダンテ」
「……なんだ」
 もぞもぞと雑誌が動く。
「私、抱かれるの、嫌いじゃない。あ、えっと……、ダンテのこと、好き。だから……」
「分かってる。“あの時の使命感”じゃなく、一人の女として、俺の事好いてくれてるんだろ?」
「うん、そう……。だけど私、口下手だから、上手く伝わっているか……」
「なあダイナ。それ以上可愛いこと言われると抑えられなくなる。襲っていいか?」
「……おやすみなさい」
「残念だ」
 ダイナはソファに寝転がり、目を閉じた。店の中にはダイナの寝息だけが小さく響く。寝静まったのを確認するように、ダンテは雑誌を少しどけ、チラリとダイナを見てからひと言呟いた。
「俺はダイナの不器用な所も全部含めて、ずっと昔から好きだったんだ。いまさらその程度の事、気にするかよ」

 二人は夜の街を歩き回っていた。
「ったく、どこだよ。金の代わりに命を取るっていうバーは」
「……十件は当たった。でも、求められたのは、お金」
「ま、俺としてはただ酒だから、気分はいいがな」
 そう言いながらダンテはダイナに絡む。少し酔っているようだ。
「これ以上は、仕事に影響を及ぼす。……今日はここまで」
「おいおい、それはないだろ。いつまでも放っておけない依頼だ」
「なら、後は私がする」
「確かにダイナは強い。だが、何かあったらどうするんだ」
「そっくり、返す」
 こんなやり取りを何度もしながら、さらに数件を当たる。しかし、依頼のバーにはたどり着けない。
「次行くぞ、ダイナ」
「……完全に、出来上がってる」
「意識はしっかりしてる。安心しろ」
 足取りに不安はない。呂律が回っていないわけでもない。ただほんのり、顔が赤い。次に入った路地裏のバーは、これまたかなり古びている。店に入ったとき、二人は今までのバーと違う匂いに気付く。何を言うわけでもなく軽く視線を合わせ、お互いに頷く。
 バーカウンターにまで行き、席に着く。
「ご注文は?」
「ストロベリーサンデー」
「……水」
 バーテンダーと二人のやり取りに、他の客は冷やかすようにくすくすと笑う。バーテンダー自身は呆れながら
「お客さん、ここは酒場だ。そんなもの取り扱っちゃいないよ」
 と、嫌そうな顔色を浮かべながら、コップを丁寧に拭く。
「ほう? それにしちゃ酒の匂いより、血の匂いの方がツンと鼻に来るぜ」
 ダンテの言葉に、バーテンダーはピタリと動きを止めた。
「まあいい。それより、変な噂を耳にした。ここら辺りに最近流行らねえ暴力バーがあるらしい。なにしろ金の代わりに命を取られるっていうから、おっかねえ話だぜ」
 バーテンダーは何を言うわけでもなく、拭いたコップを戸棚に戻す。先ほど冷やかしに笑っていた客も、ダンテの話を聞くわけでもなく、ポーカーをしている。
「っち、また負けかよ」
「へへ……わりぃな」
 一人の客の役を見て、ダンテが口にする。
「ロイヤルストレートフラッシュか。そんな役を出すと寿命が縮むぜ」
「新入り……、一杯奢るぜ?」
 勝負に勝ったことで気を良くしたのか、一人の男が席を立ってダンテに近づく。しかし、ダンテはそれよりも早くエボニーを手に、男のこめかみに一発銃弾をぶち込む。ダンテの隣に座っていたダイナも白い拳銃──ブランを取り出し、もう一人の男を打ち抜いていた。
 後ろへと倒れこんでいく男の身体が内側から引き裂かれ、悪魔がダンテに飛び掛かる。二人はなんなくかわし、敵がカウンターに突っ込む。
 体勢を素早く立て直したダンテはアイボリーも取り出し、他にも客に化けていた悪魔たちを蹂躙していく。ダイナはブランをしまい、自分の方に飛び掛かってくる悪魔たちをジェラルミンケースで殴り倒している。
 そうしてしばらく……。
 店の中にいたすべての悪魔を殺し、二人は店を去る。
「今度店を開くときは、ストロベリーサンデーを置いておくんだな」
「……依頼、完了」
 そう言い残して。

 仕事が終わり、帰宅した二人。
「なかなかいい仕事だったぜ」
「……まだ、酔ってる?」
「いや、冴えてるさ。それより……」
「気付いてる。帰ってくるとき、異様な気配を感じた」
 どうやら帰り際に感じた、異様な気配が気になっているようだ。
「どう思う」
「ダンテを誘ってる、気がした」
「……ま、罠だとしても放っておけるものでもない、か」
「一人で、行くの?」
 ダイナは少し不安そうに、瞳を揺らしながらダンテに聞いた。
「……いや、ついてきてくれるか?」
「しっかり、ついていく」
「なら決まりだ。安心しろ、ダイナのことは俺が守ってやるよ。……そうと決まれば、明日からはしばらく帰ってこれないだろうからな。今晩も抱かせてくれるだろ?」
「……う、ん」
 大きな仕事が入るときは、その前夜には必ずダンテが誘ってくる。ダンテの行動をある程度理解しているダイナは恥ずかしがりながらも、コクリと頷く。
「なら、ベッドでお楽しみと行こうか」
 こうして二人は今晩もまた、甘い時間を過ごす……。