世界の在り方

 人は死んだら、本になる。
 そして人から生まれた本は人々に知識と知恵を与えるものとして重要視され、全ての本は世界でたった一つの図書館、アーヴェンヘイムにて管理される。
 世界において、もっとも価値のあるものは本である。
 この概念は不変の真理である。

 本の中にはありとあらゆる知識と知恵が内包されており、人は本を読むことで新しいことを学ぶ。そして学んだことを活かし、いつの時代も人の生活を豊かにするために役立てられてきた。
 この世界では極まれに怪奇現象に見舞われ、様々な害にさらされることがある。それらの事象が何故起こるのかは未だ解明されておらず、時には一地区の住人を八割以上死亡させた事件を起こす程の事態にまで惨事が拡大したこともあるとか、ないとか……。
 だからこそ、人々は本から更なる知識と知恵を授かり、こういった怪奇現象に見舞われても生き残れるように、ありとあらゆる技術を発展させてきた。

 本の内容はまさに多種多様で、これらの知識と知恵を用いて成功を収めた者は多い。
 人間の生活を劇的に変えた電気の存在や安定した食糧生産の方法を確立するなどに留まらず、果てには人の記憶を操作したり一瞬にして移動する方法、あるいは不老長寿の薬なども確立されている。
 当然これらを作り上げたのは人間に違いないが、そのための基礎となる知識と知恵を得ることが出来たのは間違いなく、本のお陰である。人はあくまでも、数多の本に書かれている知識と知恵を組み合わせて実際のものを作り上げたに過ぎない。
 また、本の知識と知恵を用いて制作されたものは全て図書館に対して脅威になるものになってはならないとされている。
 だが現実として、図書館の脅威となり得るものが一度として作り上げられたことがないわけではない。だがどういうわけか、図書館には一度として脅威が持ちこまれたことはいまだにない。

 世界は大きく分けて二つに区分されており、それぞれが「山の手」と「水の辺」と呼ばれている。山の手には富裕層が、水の辺には貧困層が住んでいる。
 山の手に住む者たちには人権が与えられており、一定の安全が約束されている。
 一方で、水の辺には秩序とされるものがなく乞食、略奪、果てには人殺しすらも水の辺であれば罪として扱われない、まさに無法地帯となっている。さらに水の辺は山の手の数十倍では済まないほどの広さを有しているため、13の数で区切られている。
 では何故このような貧富の差が生まれたのか?
 それはこの世に図書館は一つしかなく、全ての知識と知恵はここに蓄えられ、この図書館が山の手と呼ばれる場所に存在したからである。
 世界がいつから存在しているのかを立証出来る人間はいなくとも、最初の人間が生まれたとされる時からこの図書館は存在していて、知識と知恵を授けてくれる本が並べられていた。
 だから図書館の近くで文明が発展するのは自然なことであった。同時に、力を手に入れた人間が自分だけ良い思いをするために、自分が有利になるような規律を作り上げることもまた、自然なことであった。

 本の次に価値のあるものはお金である。
 個人が所持することは出来ずとも、図書館にて利用料を払えば共通の本と呼ばれるものはいくらでも読むことが出来る。
 図書館で働くことの許された司書は世界でもっとも力を持っているとされ、山の手に住む人々にとって人気があり、また憧れの職業であった。
 本は全て、どのような経緯であっても入手した時点で図書館へ納品することが義務付けられている。
 山の手と水の辺それぞれに図書館へ本を届けるための関所が設けられており、人々は本を手に入れたらここに訪れて手続きをして後日、本の価値に見合ったお金を受け取ることが出来る。関所内で問題を起こすことは山の手、水の辺の人間どちらであっても重罪とされ、大抵の場合はその場で処される。そして処されたことで出来た新たな本も図書館へと納品される仕組みとなっている。
 当然、この関所は様々な人間から狙われやすい機関であるわけだが、知識と知恵の力によって生み出された全人類の中でもっとも強力な武具を持っているため、今までに侵略され本を盗まれるという事件が起きたことは一度もない。
 だからこそ、知識と知恵を与えてくれる本を読むために人々はお金を集めるのだ。
 とはいえ、それ以外の目的で集めているものもいる。水の辺だけに限れば、お金さえあれば本を除いて手に入らないものはないとされているからだ。それがたとえ、人の命であったとしても。

 さて、ここまで簡潔に世界の在り方を説明したは良いが、これらのことはほとんど気にしてもらわなくていい。
 この物語の主役は皆、図書館で働く司書たち。つまりは世界でもっとも優秀であると認められたエリートたちのお話であるからだ。
 その中でも今年の司書試験に受かった新人司書――アンジュと、図書館に勤めてどれぐらいの年月を経ているのか謎に包まれている先輩司書――ブレイク。この二人に加え、本の中に住んでいるとされる異形の者――フォールンたちとの濃密な関係を描いた物語をどうか、心ゆくまで楽しんでほしい。