To try a bond

 皆が寝静まった真夜中、淡い光を頼りにペンを走らせる音が聞こえる。
「これでひとまずは完成だ」
 分厚い書物の横には十枚は優に超えているであろう用紙が綺麗に並べられていた。それを用意したであろう人物はその用紙に今一度目を通し、口元を緩める。
 夜が明けると同時に始まるは人知を超えた恐怖体験。その先にあるのは強い絆で結ばれた大団円か、それとも阿鼻叫喚とした地獄絵図か──。

「お前たち、今日も暇だな?」
 朝食を取り終え、全員がまったりと──二人ほどは家事に追われて──過ごしている中、二代目がそう口にした。
「藪から棒だぜ。俺の店は週休六日制だって、良く知ってるだろ?」
 知っているも何も、そういう風に設定したのはおっさんというよりはダンテであって、二代目もダンテである以上、店の経営状態を知らないはずはない。
「ああ。だから今日はこれで遊ぼうと思う」
 次の瞬間、だらけていた若とおっさんは姿勢を正し、読書に耽っていたバージルは書物から視線を上げ、初代は何事だと二代目に近付く。あの二代目が“遊ぼう”という、生きているうちに聞くことはないと思われる発言を耳にしたネロとダイナはそれぞれ手に持っていた物を落としそうになった。
「い、今遊ぼうって言ったの、二代目……だよな?」
「え……どういう、こと?」
 動揺のし過ぎでなんて言葉を返せばいいのか分からず、家事をしていた二人はただただ顔を見合わせるばかりだ。
「俺の口から遊ぼうというのは、そんなにも違和感のあるものか?」
 さらに追い打ちをかけられ、誰もが言葉を詰まらせる。聞き間違いではなかったことを理解した面々はそれぞれ思うことがあるにせよ、とりあえず初代と同じように集まる。
「あー……で、だ。何して遊ぶんだ?」
 躊躇いがちに話を進めるは初代。彼の言葉に二代目は何か言葉を返すわけではなく、代わりに何やら書かれている用紙を一枚と白紙の紙を数枚、そしてペンを一人ずつに手渡した。白紙の紙はともかく、文字の書かれている方に目を通せば、タイトルに探索者シートと大きく書かれていて、他にはずらりと単語や数字が並んでいる。
 今までに見たことのない用紙に一同は再び沈黙。これを使って遊ぶという二代目の意図を汲み取れずにいた。
「そうか、髭も見たことなかったか」
「俺たちが文字遊びするような奴に見えるか?」
 ごもっともだと二代目は頷き、まあ聞けと全員に話し始めた。
「今渡したものは必要な事柄を書き込むための、いわばデータ管理のための資料だ。それを使ってTRPGをしたいと常々思っていてな」
 TRPGという聞き慣れない言葉。これについて二代目が説明を加えてくれた。
 設けられた世界観に合う、自分の分身となるキャラクターを作り、それになりきって事件を解決したり、依頼をこなしたりするごっこ遊びだという。もちろんそれが剣と魔法のファンタジー世界もあれば、本当にただの一般人が不可解な事件に巻き込まれてしまうなど、元にするルールで大きく異なる。
 という簡潔な説明に、一同はTRPGの漠然とした内容を把握する。が、今一番に聞きたいことと言えばそこではない。
「その、TRPGだっけか? それをしようと言い出すきっかけが何かあったのか?」
 ごっこ遊びをするなんて聞いた時点でバージルはやらないと言うのは目に見えているのだが、言い出した人物があの二代目であるために切り出せない始末。そんな兄貴を思って……なんて訳ではないが、真意が分からないために可否を出せないので、何故そのごっこ遊びとやらをするに至ったかを初代は聞き出したかった。
「お前たちの絆を試したいと思った」
 絆という言葉を聞いてそれぞれが顔色を変えた。
 真剣になったり、下らなさそうだったり、不敵な笑みを浮かべたり。反応は違えども、誰の口からもやらないという言葉が出てこないのを答えと受け取った二代目は、先ほど渡した探索者シートの説明をしながら最後に一言加えた。
「今回使用するルールブックは“クトゥルフ神話TRPG”だ」

 数十分後、推奨技能を加味して作り上げた探索者をそれぞれ紹介することになった。
「誰から行こうか」
「なら私から」
 最初に名乗り出たのはダイナ。探索者シートを広げながら、能力値やキャラクターの生い立ちを簡潔に伝えると、みんなから心配の声が上がった。
「能力値低くねえか?」
「振りなおしはしなかったのか?」
「説明で出てきた二代目獣医って……」
 好き勝手に思ったことを口にするせいで収拾がつかない。ひとまず全員が思ったことは、ダイナの探索者の能力が低いということらしいが、これには二代目が異を唱えた。
「待て。能力にもよるが、平均値は10.5だ。それを考えれば普通の数値だと思うが」
「いやいや、一桁が2つもあるのは大丈夫なのか?」
「……お前たちは一桁がないんだな」
 自身も含め、コイン当てだろうがダイス目勝負だろうが、賭け事となるとさっぱり勝てないというのを自覚したので振りなおしは多めに設定したようだったが、どうやら裏目に出たらしい。よく考えれば今回のはお遊びであって何かを賭けているわけではない。結果として、出目も大盤振る舞いしたのだろう。
「振りなおしは全部INTに注ぎこんだ。最後の最後に2だけ上がって、この能力値で落ち着いた」
「ってことは、INT自体は最初から二桁あったってことだろ。なんで……」
「私はバカじゃないから」
 普段から若と同レベルのバカだと言われているのを相当気にしているようで、今回の行動に反映されたみたいだ。まあ、その行動こそがバカだと言われる所以になっているわけなのだが、それに気づかないからダイナは紛れもなくバカだろう。
「能力値の話はこんなものだろ。それより俺は二代目獣医が気になりすぎる」
「それはキャラを作る時に渡された紙……HOに乗っ取って設定したから、二代目獣医がどんな人物かは私も知らない」
 名前からして何の捻りもないところを見るに、今回の首謀者が扱う探索者というのは分かりきっているが、一体どういった立ち位置の人物なのかは明かされていないらしい。
「それについては最後に説明する。次は誰が紹介する?」
「だったら二代目獣医とやらに関連のある俺が行こうか」
 次に名乗り出た初代が、俺のはこれだと作った探索者について教えてくれる。そこで気づく。
「最低値ですら平均値を軽く上回ってるって……」
「待て待て、ほぼ最大値の数字が2つもあるってどういうことだ」
「耐久お化け……」
 能力値が軒並み高い。高すぎる。
 今回TRPGをしようと言い出したのにはもちろん訳がある。半人半魔である自分たちが、生粋の人間だったら……というのを考えていたのだが、そんな二代目の思惑はこの段階で打ち砕かれた。
 この能力値を一言で表すなら、人間たちの中に半人半魔レベルの力を持った人間が紛れ込んだようなものだ。現在進行形で自分たち以外の何者でもない。
 幸先が不安だが、こればかりはダイス目のお導きあってのことだ。目を瞑るほかあるまい。
「ちなみに振りなおしは2回。DEXとINTに1回ずつ使った。もう1回は正直下がる確率の方が高かったからやめた」
「懸命だな。というかここまでそろえば文句もあるまい」
「ああ。普段からこれぐらい出目が良ければ嬉しいんだがね。それで、俺の知り合いの獣医師って言うのは二代目獣医のことだろ」
 先ほどのダイナの探索者の紹介の流れから行けばダイナもあり得なくはないが、それならば警官の知り合いがいると明記されていそうだ。しかし今回それがされていないというところから、初代の方の知り合いも恐らく二代目のことだと考えたようだ。
「いい読みだな。……次は誰が行く? 正直、先ほどの能力値を見せられた後だと紹介しづらいと思うが」
「初代との繋がりで行けば、次は俺だな」
 この流れで名乗り出る人物と言えばただ一人、おっさんしかいない。彼がさらりとプロフィールを読み上げれば、一拍置いた後に次の言葉が事務所を満たした。
「おっさんそのものじゃねえか!」
「いいだろ? 俺らしくて」
 能力値までは俺に似てくれなかったけどな、と付け足しながら笑うおっさん。確かに体力も身長もないおっさんというのは想像つかないが、そういった人物が出来上がるところもTRPGの面白さだ。
「おい、この技能は何だ」
 バージルがおっさんの探索者シートの技能に書かれている単語を指さし、ふざけているのかとかなりのお怒りだ。
「いいだろ、<芸術(ヒゲ)>。毎朝の手入れは欠かせないからな」
「無法地帯にしてるのに何言ってんだよ……」
 突っ込みが追い付かないと呆れながら話を早々に切り上げ、次にネロが紹介を始めた。この間にも振りなおした能力とかをおっさんが喋り続けるせいでネロの説明が耳に入ってこない。
「あー、とりあえずネロもいつも通りおっさんの世話係なんだな」
「いつもって言うな。HOに書かれてたから仕方なくだよ」
「助手に体力も知力も負けてるとか、おっさんの存在意義がないぞ」
 ネロの探索者も初代並みの能力値をしており、おっさんが形無しだ。それに関しても気にした様子はなく、こういう遊びなんだろうと割り切っている様子。
「じゃあ次は俺な! 知り合いの用心棒って俺だろ?」
「ああ。若、紹介してくれ」
 ようやく俺の番! と張り切って自分の探索者を紹介する若。能力値としては平均よりやや上といった感じで安定している。それを見たみんなはパッとしないだの言いあっている中、二代目はシナリオの修正をするべきか否かを悩んでいた。
 明らかに初代の能力値は異常だが、一人ぐらいはそういった探索者も出来上がるものだと割り切ろうとしていた。
「俺のは勝手に貴様らで目を通しておけ」
 読み上げる気はないとテーブルの真ん中に投げられたバージルの探索者シート。どれどれと全員が覗き込んだかと思えば、目を丸くする者から頭を抱える者と、表情が豊かになった。
「見た目も身長も同じとか、流石兄弟設定」
「双子は厳しいだろうって歳ずらしたけど、必要なかったんじゃねえか」
「なんだこの能力値は……初代を超えているぞ……」
 お遊びの中ですら似るというのは運命というより、若干の気持ち悪さを感じている双子はさておき、この一瞬の間に頭を抱えたかと思えば真顔になった二代目の様子の方が恐ろしい。一体何を考えているのか、初代とネロは一抹の不安を覚えるが、それは大正解。
 シナリオの難易度を上げることを二代目は決意したのだから。
「おまっ、バージル! 似せてくんじゃねえよ! 気持ちわりい!」
「誰が好き好んで貴様に似せるんだ」
 似せるも何も、若の方がバージルの完全劣化な訳で。というより勘違いしないで欲しいのは、初代とバージルの能力値がおかしいだけで他の皆が一般的なのだ。
「結局、ダイナ以外DB持ちか……。殺る気に満ち溢れているな」
「普段の俺らと変わらなかったな」
 前言撤回。こんなにDB持ちが並ぶのはおかしい。
「最後は二代目の探索者紹介、かな」
 自己紹介だけでどれだけの時間を使ったかは触れてはいけないのでそっとしておき、ようやく最後だと二代目に話を振る。
「その必要はない」
「え、二代目は参加しねえの?」
 必要ないとはどういうことだと疑問を抱けば、お前たちが疑問に持っている二代目獣医という人物は、NPCとしてシナリオ中に出てくるということ。
 今回二代目はKPとして専念し、探索者を参加させることはないということらしい。
「やっていけばすぐに慣れる。では、随分と待たせた」
 先ほどまでの和気あいあいとしていた空気が消え、朝だというのに場が冷える。二代目が作り出す雰囲気に飲まれないよう、それぞれが表情を引き締める。
「オリジナルシナリオ、『永遠への妄執』を始める」