Failure dish

「また、失敗した」
店の中にある小さなキッチンから、女性の声が漏れた。彼女は困った表情を浮かべながら、鍋の中を覗く。
「どうした?」
「あ、ダンテ。おはよう」
二階からのそのそと降りてきたのは、銀髪の良く似合う、赤い服に身を包んだ男。
「ああ。……つっても、もう昼過ぎだが」
「お昼、すぐに用意するね」
「皿出しぐらいは手伝おうか、ダイナ?」
ダンテは大きな欠伸をしながら、キッチンに立つ彼女──ダイナの手伝いを始める。
しかし、今の彼女にとってその申し出は少し複雑だった。
「ん……っと、ご飯が出来るまで、もう少しかかるの」
「もう少しって、その鍋の中にある料理を皿に盛るだけだろ?」
もう少しも何も、料理は目の前にあるではないかとダンテは思う。ダイナは慌てて鍋の中身を隠すようにダンテと鍋の間に立つ。
「これは、ちょっと……そう。失敗したの」
「ダイナが、か?」
料理の腕が確かなダイナが“また”失敗するなんて信じられない。そう思ってダンテは身長差を活かして鍋の中身を覗こうとする。が、やはりそれはダイナの手によって隠されてしまう。
「本当にごめんね。何か、まかないものを作るから」
「……そういや、この間も失敗したのって、鍋の料理じゃなかったか?」
その言葉にダイナはビクリと肩を震わせる。目線はあちこちに泳ぎ、明らかに動揺している。
「うっ……。本当にごめんなさい。今度からは、絶対気を付けるから」
しょんぼりと肩を落とし、申し訳なさそうにしている。そんなダイナの頭を軽く撫でながらダンテは言った。
「まあそう落ち込むなよ。誰だって一度や二度、失敗するさ」
「ん……」
よしよしと頭を撫でられたのが心地よかったのか、ダイナはほんの少し目を瞑った。
「とりあえず今日は、別の……あれ?」
数秒して目を開けると、ダンテが目の前にいない。どこにと思えば横にいて、身を乗り出して鍋の中を覗き込んでいるではないか。
「あっ……ダンテ! ダメだってばっ!」
慌てて隠そうとするが手首を掴まれ、阻止されてしまう。
「そう言ってもな、いい匂いしてるし……。一口いいだろ?」
「よくないよ!」
なんてダイナの静止も聞かず、空いている手で料理をするのに使われていた菜箸を掴み、鍋の中に入れる。具材と思われるものを鍋から取り出すと……。
「あ?」
じゃがいもと思われた具材は無残にもボロボロと崩れ去り、また鍋の中に姿を消したのだった。
「だ、だからダメって言ったのに……」
ダイナは失敗した料理を見られた恥ずかしさから、弱々しい声でそう呟いた。
「今のはなんだ?」
見られてしまった以上は隠し通せないと悟ったダイナは、料理がどうしてこうなったのかを話し始めた。
「肉じゃがを作ってたの。結構長い時間煮込むから、煮込んでいる間に洗濯物を取り込んじゃおうと思って……。ちょっとのつもりだったんだけど、はじめたら全部畳んでしまいたくなって……」
気付いた頃には時すでに遅し。
煮込まれ過ぎた具材はどれもドロッドロに溶け、じゃがいもに至っては先ほどのとおりだ。
「ほお。ダイナもそういうミスをするんだな」
「私、いつもこんなミスばかりだよ! もう、恥ずかしい……」
穴があったら入りたい、とはまさにこのことなのだろう。なんとも間抜けな理由で失敗したと、ダイナはショックな様子。
「前も同じ感じか?」
「……うん」
初めてどころかまさかの二回目。
ダイナはもう、絶対に煮物から目を離さないと密かに誓いを立てる。
「とりあえず腹が減ったし、これ食おうぜ」
「えっ! だからそれは……!」
「見た目はともかく、別に味付けを間違ったわけじゃないんだろ?」
「それは大丈夫」
「なら構わないさ」
「でも……!」
「おいおい。こんな美味そうな匂いを嗅がせるだけ嗅がせて、お預けか?」
ダイナとしては大好きな人には味はもちろんのこと、見た目も綺麗な料理を振る舞いたい。しかし、お腹を空かせている人に一応出来上がっている料理を目の前に待てをするのも、なかなかに意地悪である。
「……分かった。今日はこんなのだけど、ごめんしてね」
「俺はダイナの手料理が食えるだけで満足さ」
「あ、ありがとう……」
ストレートな彼の言葉に、思わず頬が緩む。そんな顔を引き締めるように何度か首を振り、ダンテに取り出してもらったお皿ににくじゃがを盛る。
お茶碗にご飯を入れ、先に切り分けておいたきゅうりの漬物を冷蔵庫から取り出す。最後、湯呑に冷たいお茶を入れテーブルに運ぶ。
二人が所定の席に着き、いただきますの声が揃う。
ダンテはさっそく崩れる肉じゃがの皿を手に持ち、皿に口を付けて啜るように食べる。
「そんな食べ方させて、ごめん……」
そうするしか食べる方法がないのは分かる。だが、やはりそんな食べ方をさせてしまっていると思うと罪悪感が沸いた。
「ん……、気にするなよ。それより美味いな、これ」
「よかった。味までダメだったら、目も当てられない……」
ダンテは気に入ったのか、ご飯と肉じゃがを交互に掻き込んでいく。
「ああ。味が染み込んでて、良い感じだ」
ほろほろの煮物にはなってしまったが味の良く染み込んだ、おいしい料理にはなったようだ。
「今度は絶対、見た目もいい肉じゃがを振る舞うから」
「期待してるぜ、ダイナ」
穏やかな二人の時間。
今度はきっと、もっと美味しい肉じゃがが振る舞われるのだろう……。いや、もしかするとまた同じミスをしているのかもしれない……。