The Apocalypse of Stellar

 冒険道具街区で買い物をしてきた四人が帰ってきたのはその日の夕刻過ぎで、一日を楽しく過ごしてきた様子だった。
「これ。頼まれていたもの」
「ありがとうネロ! 今度埋め合わせするわね」
 キリエが微笑むとネロは手早く頼まれたものを渡し、すぐに顔を逸らしてしまった。共に行動をしてきて二ヵ月にもなるというのに、微笑まれるだけで意識するとは初々しい限りだ。
「俺もちゃんとダイナに買ってきたぜ」
 本当に買ってきてしまったのかと構えるダイナだが、中身を見ていないのにいらないと突っぱねるのは流石に失礼だと思い、取りあえず受け取るために手を出した。
 渡されたのは小さな袋で、中で幾つかの物がぶつかり合って音を立てているのが分かる。何だろうかと確認のために中を見ると、入っていたのは十二発の弾丸だった。
「これ、活性弾? 本当に実用的な物を買ってきてくれたんだ」
 今までに一度として見せたことのないような笑顔を浮かべるダイナに、ダンテはどうにも複雑な気持ちになった。喜んでもらえたことはもちろん嬉しいのだが、何というか、可愛さが欠けると考えてしまうのは欲張っているからなのだろうか。もっとこう、日常的なことで笑顔にしてやりたいと思った。
「後は、これだ!」
 ということで、有言実行だ。今のは前座に過ぎないと言わんばかりに気合を入れてダンテが何かを取りだす。
 活性弾という実用的な物に大変気を良くしていたダイナは、まさかこれよりももっと実用的な物が出てくるのかといつになく期待のこもった眼差しをダンテの取り出した物に注ぎ、呆然とした。
「それ、アカベコですか?」
 ダイナと対極の反応を示したのはキリエだった。初めてハーヴェス王国に訪れた時、青空市場に並んでいた民芸品はグランゼールの冒険道具街区にも売られていたので購入したみたいだ。
「そのとおり。可愛いだろ?」
「良かったわね、ダイナ。……いいなぁ」
 ダイナは時折、キリエの感性を疑いたくなる時がある。それがまさに今だ。
 この、表現のしづらい絶妙に気の抜けた牛の顔と、少しの振動で頭を上下させる姿が何とも言えず、評して間抜けというのがしっくりくる。なので可愛いと言い切るにはどうにも首を傾げてしまう。
「ちゃんとキリエちゃんの分も買ってきたぜ。坊やが」
「本当ですか?」
 間違いなくキリエの中で一番の笑顔を向けられ、ネロはぶっきらぼうにアカベコを取り出して渡した。実はダンテに無理やり買わされただけなのだが、ここまで喜ばれるならと、ほんのちょっとだけ心の中でダンテに感謝した。
「実は私も、バージルに買ってもらいました」
 数週間前に失われてからようやっと咲き始めた小さな青い花を目一杯に広げながら、リエルも手のひらにアカベコを乗せて二人に見せた。
「リエルさんも、これを可愛いと?」
 自分の感性を疑い始めているダイナの問いに、リエルは少し照れながら答えた。
「どちらかというと、お揃いの物が欲しくて」
 ダンテはダイナに、そしてネロはキリエに同じものを買ってあげるというなら、自分もバージルから同じものが欲しいと思い、ねだったのだという。結果、渋い顔はされたが買ってもらえたとのこと。
「素敵ですね」
「自他共にバージルは厳しいけど、リエルさんにだけは優しいところがある」
「妻を大事にするのは当たり前だ」
 当然のことを言わせるなとダイナは睨まれてしまったわけだが、どうにも惚気話にしか聞こえないのは不思議だ。他者とリエルへの対応の差があまりにも大きすぎるからだろうか?
 堂々と言い切ったバージルは恥じらう様子などなく、むしろ恥ずかしい思いはネロが一人で抱いていた。両親の仲が良いことを嫌っているわけではないがどうにも気恥ずかしいようで、出来る限り俺の方を見てくれるなといった振る舞いだった。
「それより、これを見てくれ」
 話の腰を折ったダンテが特に気に言ったものがあるといって、小さな皮袋を見せてきた。
「聞いて驚け。この種をジョッキ一杯に入った水の中に入れるとな──」
「酒の種か。また珍しいものが出回っていたのだな。解読は終わったが、飲むのなら報告は明日にしようか?」
 実践する前に盛大なネタ晴らしをされた挙句、大事な話をする準備が整ったと聞かされては酔っぱらうわけにはいかない。何より、バージルに取り上げられてしまったので今日の飲酒は諦めるしかなさそうだ。
「今のは確信犯だろ……」
 ダンテの悲しい呟きは誰の耳に届くこともなく、さらに肩を落とすのだった。

 道具共有も一段落したのでゲイリーとリエル、そしてキリエの三人が作った手料理をみんなで囲んでの談笑もそこそこに、話の本題に入った。
「さて、ケイルのことを知りたがっていることを承知で、まずはこの本が如何にして誕生したのかという話をしたい」
 どうあがいたって主導権はゲイリーにある以上、彼がその話をすると言えばこちらとしては聞くしかない。沈黙を肯定と捉えたゲイリーは一度頷き、話し始めた。
「最初に、名前と言うのはとても大切だ。個々を判別するにあたって便利なのはもちろん、名がなければ一個体としての存在を証明することもままならない。なのでこの本などという漠然な指示語をやめるために、俺はこれにステラの黙示録という名を、暫定的にだが与えることにした」
 名前がついたことによってとても便利になったと話すゲイリーは自身で名付けた割にはあまり関心がなさそうだ。それでも便利になったのは事実なので、皆何も言わなかった。
「一つ、本題に入る前におさらいと行こう。ネロ、ステラの黙示録に書かれている大まかな内容はなんだと話したかな?」
「え? 一国を滅ぼすためにヴァンパイアが作りだした新種の魔法生物についてだろ」
「厳密には一国を滅ぼすために講じた策として、新種の魔法生物を作り上げた、だな。まあ概ねはそのとおりだ。では次の問題といこう。何故、こんなものが存在していると思う?」
 問われたネロは答えられなかった。だが、言われてみると確かにそうだ。何故、ステラの黙示録は存在しているのだろう?
 国を滅ぼすための計画だけに飽き足らず、その為に使用する兵器の詳細が載っている物など、存在するだけ不都合しかない。現にこうして人族の手に渡った挙句に解読されているのだから、危惧すべき事態に陥ってると言える。
「存在していることに利があるのか、または存在しなくてはならない、といった具合か」
 バージルの答えに満足そうに頷いたゲイリーは手を擦り合わせながら話を続けた。
「ステラの黙示録はいわば生命維持装置の役割を担っている。誰の生命を維持しているのか? もちろん、新種の魔法生物たち全てのだ。つまり、ステラの黙示録を何かしらの手段を用いてこの世から消滅させることに成功すれば、わざわざ現地に行く必要もない」
「それが本当なら、ステラの黙示録を燃やすだけで世界が平和になるな」
 とんでもないことを解明したものだと感嘆の声を漏らしたダンテだったが、それだけで済むのなら現時点でゲイリーがステラの黙示録をどうにしかして消滅させているはず。それが成されず、何なら今も自分たちの前にあるということは十中八九、他の問題があるとみて間違いなさそうだ。
「処分するにあたって起こる不都合なことは?」
 ダイナが問いかけるとゲイリーは少し楽しそうにしながら問いをそのまま返してきた。一体、どんな問題を持ち合わせていると思うか、と。
「簡単には消滅させられないよう、魔法がかかっているとかですか?」
 キリエが思いつくことを述べると、ゲイリーは微妙な答えだと返事した。
「間違ってはいない。事実、ちょっとした火では燃えない程度の簡単な魔法はかけられている。とはいえそれなりの衝撃を与えれば、ステラの黙示録は簡単にこの世から消滅する」
 そうなってくると妙な話だ。新種の魔法生物たちの生命維持装置であるのに、保護するための魔法がえらく弱い。まるで破壊されてしまっても問題ないような……。
「実は、なくなっても困らないとか?」
 冗談めいた調子でダンテが言えば、正解だと言われてハーブ茶をむせそうになった。
「まず、ステラの黙示録の傍に強力な蛮族を番人としておくことで第一の防衛がなされていた。次の防衛内容は中身を暗号にすることで知識のないものを弾くようになっている。そのどれもを踏破した者はもちろん解読に成功しているわけだから、ステラの黙示録を消滅させれば中に書かれている魔法生物を根絶やしに出来ることも知っている」
 だったら取る行動は一つだろうとゲイリーが念を押すと、皆の背筋に悪寒が走った。
「消滅させたら、どうなる?」
「良い勘だ。……いや、脅し過ぎたか? 消滅させるとな、もれなくステラの黙示録を制作したヴァンパイアたちに現在地が知らされるという素敵な呪術がかけられていたよ」
 面白い仕掛けだと楽しそうに話すのはゲイリーだけで、とんでもない事実を聞いた一行は気が気ではなかった。
 ステラの黙示録を守っていた蛮族たちというのは、言うまでもなく自分たちの命を奪いかけてくれた例のオーガたちのことだ。あれらを相手にする時点で一介の者は死の扉を開くことになるだろう。
 どうにか突破したとしても次に待っているのはとんでもない難度を誇った暗号文の解読だ。ゲイリーはいとも簡単そうにやってのけているがあくまでもこれは特例であって、普通なら年単位の時間を費やしても解ける保証はない代物だ。
 それら全てを成し遂げて中身を知り、ステラの黙示録を消滅させればヴァンパイアの目論見を砕けると思って実行したら自分の命を狙われる羽目になるなど、極悪なんて言葉で済ませていい範疇を超えている。
「今、ヴァンパイアたちと言ったか?」
「ああ、言った。まだ全部を解読したわけではないから断言はできないが、少なくとも三体以上のヴァンパイアが協同でステラの黙示録を制作したようだ。紛失すれば、少なくともそれらから命を狙われることになる」
 一体だけでも一国を滅ぼすほどの実力を持っているヴァンパイアが、少なくても三体? 何の冗談を聞かされているのか理解出来なかった。
「魔法生物たちを失うのはヴァンパイアたちにとって大きな損失なのは間違いない。だがそれ以上に奴らが危惧しているのはステラの黙示録そのものを手に入れるほどの実力者、ないしは解読できるほどの知識を持っている者だ」
 ヴァンパイアたちが回りくどいことをするのは種族上大きな弱点を抱えているからだろう。直射日光に当たり過ぎると命を落とす危険がある以上、動ける時間の制約が厳しい。だから新種の魔法生物を作ることで注意をそちらに向け、どうにかして存在を消させるように意識を向けさせる。
 その手段として、わざわざ現地に行って討伐せずともステラの黙示録一冊を消滅させれば全滅させられるというなら、これ以上に魅力的なことはない。それこそが落とし穴だが、呪術に気付かぬまま消滅させれば最後、ヴァンパイアたちに自分の居場所が割れたことも知らぬまま、ある日深夜に闇討ちされて還らぬ人になるという算段になっている。何とも恐ろしいことだ。
 事実、ゲイリーがステラの黙示録の解読に当たってから一番苦労したのがこの呪術の正体を突き止めることだったらしい。そもそもかかっていることを把握するのにも相応の苦労を強いられたようで、解けた時は物凄く晴れやかな気分になったという。
「そしてステラの黙示録を解読できるほどの人族がそう多くないことをヴァンパイアたちは知っている。当然だな、実力の伴った人物が育つには時間がかかるから、その実力者を一人潰せるというのはとても大きい。また奴らは不死身だ。いくらでも時間をかけてまた魔法生物を作ればいい」
 まさに永遠の命を持っているからこそ出来る手口だが、もちろんそれを裏付けるだけの実力があることも証明している。蛮族の中でも常に上位の存在だと認めさせるには十分過ぎる暗躍だ。
「という軽い脅しをかけてみたわけだが、怖気づいたか?」
「まさか。むしろやる気に満ち溢れてるぜ。絶対にこの世に生かしておけねえ、ってな」
 ダンテの答えを聞いて少し残念な表情を浮かべた後、ゲイリーも不敵な笑みを浮かべ、返した。
「そうだな。俺の友はそういう者たちばかりだった。ではケイルの話に移ろう」
 先の情報も意味のないものだったわけではないが、やはり本題は今からと言って差し支えない。今一度姿勢を正す友たちの動作にゲイリーは一切の反応を見せず、ケイルの話を始めた。
「まずは居場所。ケイルはここグランゼールより北東、ユーシズ魔導公国との境にあるコロロポッカの森と呼ばれている所で創造された」
 用意してあった地図を広げ、指を差しながら場所を指示するとバージルは険しい表情を浮かべた。
「もう少し詳細な情報はないのか? この森全土を調べるなど、それそこ年ですまない規模だ」
「ある程度は絞れている。まずはコロロポッカの森に足を踏み入れたら、川を探すといい。その上流近くに遺跡があって、その内部で創造したと書かれていた。ケイルはその遺跡を住処にしている可能性が極めて高い」
 ゲイリーにはステラの黙示録に書かれている以上の情報を入手することが出来ない。ここより先、つまり遺跡の調査や川探しは実際に現場に行くダンテたち一行が行うしかないということだ。
「川っていくつもあるのか?」
「いや、俺が昔にコロロポッカの森を訪れた時は一つしか見かけなかった。他にあるのは泉や池ばかりだ。ただ俺も上流を見に行ったことはないから、遺跡がどのように隠れているのかまでは何とも」
 ここ数十年の間に天変地異が起きた例はない。そしてゲイリーは丁寧に地図に川を見た付近の場所に印をつけてくれたから、上流を目指すのは苦労しなさそうだ。
 ただ遺跡に関しては自生している木々たちが天然の隠れ蓑として機能しているだけなのか、或いは何かしらの魔法、ないしは道具で巧妙に隠されているのかは行ってみなければ分からないので、こちらの方が捜索に手間がかかりそうだ。
「後、遺跡内部についての言及はなかった。理由は謎だ。遺跡を利用するにあたって元から脅威がなかったのかもしれない。或いはヴァンパイアたちが内部に残っている罠などを機能停止させたから特に記述することがなかったのかもしれないし、奴らにとっては書き記すまでもない程度の罠しかなかったのかもしれない」
 どちらにしろ警戒するに越したことはない。そのことを肝に銘じた一行は最も重要なこと、ケイル自体の詳細を聞いた。
「実物を見たことがないから、書かれていたとおりに伝える。見た目は小さい人の手に近く、手が意思を持って飛行している。創造した遺跡最深部を今も自在に飛び回り、近付くものを引き裂き裂傷を与える、だそうだ」
 人の手が飛んでいるというのも中々に奇妙な光景だが、知識として蓄えておくべきなのはそこではなさそうだ。裂傷を与えるということは一撃必殺の能力を持っているというより、相手に断続的な痛みを与えることを得意としている可能性が高い。過信は禁物だが念頭に入れておいて損はなさそうだ。
「ケイルの情報は以上だ」
 終わりだと言ったゲイリーは川の場所を書きこんだ地図を畳み、これをダンテに渡した。断る理由がないので素直にこれを受け取って下げ袋にしまった。
「情報、感謝する。……明日の朝にここを発つ。各自準備を済ませておけ」
「了解」
 こうして食卓を囲んでいた全員が解散となり、各々が準備のために自室へ戻っていった。唯一この一階を自室として使っているゲイリーだけは残り、食器を片付けた後は静寂の中に身を寄せていた。