Village of the Tarbian

 翌日、ダンテたちはそれぞれに分かれて準備を進めていた。
 ダンテとネロは冒険者ギルドに向かって依頼探しを担当。バージルとリエルは道具などの買い出し。ダイナはキリエの付き添いとして、魔術師ギルドに足を運んでいた。
 各自の目的を果たすに至るまで、特別何かが起こることはなかった。強いてあげるなら、依頼を受けようとしたダンテが昨日のちょっとした騒ぎの当事者であったことが噂で広まっていたため、こそこそと影で何かを言われたことぐらいだろう。それでも、ダンテたちに直接危害を加えてくるような危ない輩はいなかったし、渦中にいたアイリス姫に何かあったわけではなかったことと、面白い冒険者たちだったと触れ回ってくれた効果もあってか、依頼を受けることは簡単だった。
 ダンテがネロと相談して受けた依頼は以下の通りである。
 依頼主はタルビアン村の村長。
 報酬は依頼達成したら一人あたり1000Gで、内容は村の近隣に最近蛮族の集落が出来てしまったため、それを壊滅させること。村はハーヴェス王国から半日ほどで着くことが出来るが、現地に到着してから四日以上の期間がかかるようであれば失敗として扱われる。
 滞在中の食事と宿は村が用意する手筈になっている。
 その他、想定外の事態が起きた場合、現場の判断で解決が出来た暁には追加報酬も出る、というものだった。
 どんな蛮族が近隣に集落を作っているかなどは現地の者に聞くか、自分たちの足で調べる他ないが、これぐらいは仕事の一つだ。調べた結果、あまりにも強大な蛮族だった時はこちらも依頼を降りることになるが、調べた分の報酬ぐらいは別途貰えるだろうと踏んで、ダンテはこの依頼にした。
 打算も多分に含んでいるはいるものの、村に住んでいる者たちの生活が脅かされている以上、それを助けるのも冒険者の役目だ。出来うる限りの、早急な対応をしてやりたい。
 目的を果たした仲間たちは正門前に集まった。そしてダンテから依頼内容を聞きながら、リエルたちが購入した道具を共有し、タルビアンの村へと出発した。

 ハーヴェス王国を午前中に出たお陰で、どうにかタルビアンの街には夕刻過ぎに着くことが出来た。迎えてくれた村長に自分たちが派遣された冒険者であることを伝えると快く迎えられ、滞在中使わせてもらえる宿の案内を受けた。
「早速で悪いんだが、蛮族について分かっていることを教えてくれ」
 聞くと、村長は村の人たちから聞いた話や自分が目撃したことなど、分かる限りのことを話してくれた。
 近隣の林の中で蛮族の集落を見つけたのはつい三日ほど前のことで、村の狩人が動物を狩りに出かけている最中に発見したという。
 すぐに逃げ帰ってきたことと、この村では偵察が出来るほどの実力がある人物がいないこともあって蛮族たちの全貌は分かっていないが、その日以降から林の中で度々唸り声が聞こえてきたり、時には食い殺された動物の死体が転がっていることが多くなった。
 狩人が見たという蛮族だけで言えばトカゲに翼が生えたようなのが数匹と、白い体毛に覆われた大柄なものを見たそうだが、足跡の数からして他にもまだいると考えられるとのこと。
「それに加え、今から三時間ほど前でしょうか。サーベルフッドと思しき奴らが二匹ほど、この村の入り口にまで来ていたのです。どうやら今回は偵察だけだったようで、何かするわけでもなく帰っていきましたが……」
 次に蛮族が村へ姿を現したら、壊滅は逃れられないだろうと村長は陰鬱な表情を浮かべながら言う。事実、抵抗する術を持ち合わせていない以上、そうなってしまうのは時間の問題だった。
「偵察隊が来ていたとなると、集落なんて規模じゃ済まなくなっちまってる可能性もあるな」
 思っていた以上に事態は深刻なようだ。ダンテと村長のやり取りを聞いていた他の仲間たちもそれぞれが険しい表情を浮かべている。
 もう日暮れであることを考えると、今日は休んで明日の早朝に向かった方が良いのかもしれない。だがもし、今晩に襲撃があったとなれば村の被害は免れない。家畜が奪われる程度で済めば良いが、人が誘拐されたとなれば大事だ。
「今から出る。準備しろ」
 事態を重く見たバージルは今から蛮族たちの集落を調べることを決断する。これに対し、否定の意見は出なかった。また決定を聞いた村長は胸を撫で下ろし、冒険者たちの無事を祈った。
 バージルが即決した理由はいくつかある。その中でもっとも大きな理由を挙げるなら、蛮族の集落が大規模なものになっていた場合、迅速に次へと繋げたいからであった。
 自分たちだけの手に負えないようであれば、さらに冒険者の増援が必要になる。しかし、新たに依頼を出してから依頼として正式に発行されるには多少の時間がかかる。さらに冒険者が現地に到着するまでの時間を考慮すると、とにかく蛮族と戦うか否かより、状況の把握こそが急務であると考えたからだった。

 村の外に出ると灯りは一切なく、どこまでも暗闇が広がっていた。月の光があるため全く見えないわけではないが、とても視界良好とは言えない。
「いま、明るくします」
 キリエが小さな声で呪文を唱えると、自分が身に着けている首飾りが優しい光を溢れさせ始めた。
「キリエ、いつの間に真語魔法なんか……」
「王国を出る前に、少し。さあ、行きましょう」
 既に周囲へ警戒しているキリエはネロの問いかけに最低限のことだけを答えるのみだった。そんな頼もしい彼女の姿を見たネロも気を引き締め、辺りへ注意を向けた。
 林の中に入って注意深く周囲を見ると不自然に折れた枝や、林の奥に向かっていくつもの足跡が残っている。気取られないように足跡を辿っていくと、先頭を歩くダンテが止まれの合図を出した。
「いる。すぐ近くだ」
 声を潜めて後方にいる仲間たちに伝え、バージルの方を見ると目が合った。そして戦闘準備の合図を仲間に出していることを理解したダンテは剣を手に取り、一気に蛮族たちの懐へと飛び込んだ。
 続くようにバージルとネロも蛮族たちと接敵する。そんな三人を援護するようにリエルは妖精魔法を行使し、キリエが神聖魔法を扱う中ダイナはサーベルフッドに撃ちこむが、確かに当たったはずの弾丸はどういうわけか効いている様子がなかった。
「まぐれでも武器で弾を弾くとか、なかなかの腕前だな」
「敵を褒めてどうすんだよ!」
 ダイナがかすり傷すら負わせられなかった一匹のサーベルフッドはダンテとネロの連撃で息絶えた。その頃、バージルは一対一でこの間も倒したことのあるボルグと殺りあっていたのだが、後方から飛んできた風を切るような魔力が頬をかすめ、血を流した。
「貴様の相手は後でしてやろう」
 光源が十分に届いていないため、暗視能力を持たない者たちには見えづらい闇の中で動いている何かに対し、バージルがはっきりとその眼で捉えて言葉を発しているように見える光景は奇妙ではあるが、今は誰もが目の前の蛮族に集中しているため、気に留める者はいなかった。
 この後も、トカゲに翼が生えた蛮族──フーグル──もリエルの魔法とネロの蹴りによって二匹とも息絶え、ボルグもバージルの手によって屠られていた。
「さて、残るは一匹だな」
 キリエやリエルが警戒しながら距離を詰めている中、ダンテとバージルは光が届かない範囲にいる蛮族の元へ先陣を切った。そこへダイナはあてずっぽうで弾丸を撃ちだすが、当たった気配はなかった。
「──終わりだ」
 暗闇の中でバージルの冷たい言葉が聞こえてきた次の瞬間、蛮族が奇声を上げて地面に落ちるような音が聞こえた。キリエがゆっくりと近づくとダンテとバージルが平気そうな顔をして立っていて、足元にはフーグルをもう少し凶暴にしたような蛮族が転がっていた。
「全員無事だな? 次、行くぜ」
 まだ蛮族の集落には辿り着いていないことを考えると、先ほどの部隊は村を偵察した連中か、或いは巡回隊と言ったところだろう。それに警戒していたような凶悪な蛮族がいなかった所を見ると、集落に残っていると考えられる蛮族たちも手に負えないほどの敵はいないと踏み、ダンテとバージルは進軍を推奨した。
 特に大きな消耗をしたわけではないので、リエルたちからも異論は挙がらなかった。

 闇の中を動く光は徐々に、だが確実に蛮族の集落へ近付いていた。
 林の奥にあったのは小さな洞窟だった。これは明らかに人工的に作られたもので、数日ないし一週間ほど前に誰かが掘った跡が随所に残っていて、内部も浅いことが伺いしれた。
「ここを寝床にしているようだな」
 中は暗くてよく見えないが、ダンテは確信しているように呟く。他の者たちも中に蛮族がいると想定して警戒を強めていて、辺りには緊迫した空気が流れている。
 敵の根城で戦いたくはないと考えたバージルは、仲間たちに戦闘準備を整えさせた上で蛮族たちをわざと起こして洞窟の外にまでおびき出すことにした。
 バージルが適当な石を拾い上げると全員が小さく頷き、構えた。
 石が洞窟の中に投げ込まれる。軽快な音を立てて転がる石は大きさに伴わないほどの音を鳴らしたように聞こえる。
 しかし、今大事なのは音の大きさなどではない。蛮族が起き上がって外に出てきたこと。それだけだった。
 ボルグたちが洞窟から群れを成して出てくるそこへ撃ちこまれたのは二発の銃弾。一発は地面を穿つに留まったが、もう一発は一匹のボルグを正確に捉え、相応のダメージを与えたようだった。
 二丁拳銃を巧みに操るダイナの初撃に追随するように、ダンテが銃弾を受けたボルグの息の根を止める。これに続くようにネロもボルグたちの中へと飛び込み、一匹に蹴りを入れた。
「前に出過ぎだ!」
 ダンテの鋭い声が聞こえてきた時には既に遅く、ネロは蹴りを入れたのとは別のボルグから一発受けてしまう。そして体勢を崩したところを狙うように一際大きいボルグがネロを殴り飛ばした。
「いってえ……」
「だから言ってるだろ、一人で突っ込むなって」
「次はヘマしねえよ!」
 言い返せるだけの元気があるということは危険な状態ではなさそうだ。とはいえそれなりに堪えたようで、次はどう動くべきか慎重になっていた。
「無茶をするところまで似なくて良いのよ、ネロ」
 ひらひらとホタルのように淡い光を放っている何かがネロの頬に触れると傷口が塞がっていく。どうやらリエルの使役している光の妖精だったようで、その妖精自体が若干怒っているような顔をしているように見える。
「確実に説教だな。覚悟しておいた方が良いぞ」
 ネロに代わってダンテと前線を支えているバージルの一言でネロは顔色が悪くなり、絶対に背後を見ないようにしている。そんな息子に呆れながらも心配は尽きないようで、リエルはずっとネロの行動に目を光らせていた。
 最初こそ危ない場面はあったがボルグ自体は倒した経験もあるため、何匹束になろうと大した手間ではなかった。だがこの集落を仕切っているボルグは違い、長になるだけの十分な実力があった。
 結果を言えば、ダイナの銃弾に撃ち抜かれて息絶えた。だが討ち取るまでにこちらも相応の打撃を受けたようで、戦いが終わった時には誰もが息を切らし、額に汗を滲ませていた。
「想定以上ではなかったが、想像していたよりは強かったな」
 巡回隊を見た時点で自分たちの実力でも十分に討てる蛮族であるとは判断したわけだったが、やはり油断が禁物といったところか。何にせよ、全員無事で良かったとダンテは息を吐いた。
「撤退するぞ」
 蛮族の息が止まっていることを確認したバージルの声を聞いた全員は戦いが終わったことをしかと胸に刻み、蛮族の集落跡地を後にした。

 村に戻ってくる頃には朝日が昇り始めていたので、感謝の言葉やお礼などを受け取ることは後にして宿で休息を取らせてもらうことにした。村の人たちはこの申し出を快く受けてくれ、すぐに宿で休むことが出来た。
「大変だー!」
 六時間ほど休息を取り、時刻は午後に差し掛かった頃だろうか。改めて村長に蛮族の討伐について話をしている時、騒ぎ立てながら何人かの子どもたちが村長の元へとやってきた。
「今は大事な話をしているから、後にしなさい」
 すみませんと謝りながら村長が村の子どもたちに静かにするように言い聞かせるが、子どもたちは大変だとか話を聞いてと訴えるばかりで聞く耳を持たない。
「村長さん。私たちは大丈夫ですから、子どもたちの話を聞いてあげましょう」
 キリエがそっと進言すると村長は再び頭を下げた後、子どもたちにどうしたのかと問うた。
「アルとテットが消えちゃったの!」
「変な黒い空間に入っていったきり、出てこないんだ!」
 口々に訴える子どもたちの話は要領を得にくい。これでは要点を掴むまでに時間がかかりそうだとバージルが不快そうな顔を浮かべている中、キリエは子どもたちを優しく諭していた。すると先ほどまでの落ち着きのなさが嘘だったかのように子どもたちは大人しくなり、落ち着いて何が起こったのかを説明してくれた。
 聞くと、蛮族がいなくなってようやく外で遊べると喜んでいた村の子どもたちはみんなで集まって、早速林の中にまで足をのばして遊んでいたという。そこまでは良かったのだが、空にオーロラが見えたと思ったらすぐ近くに黒い半球状のドームが現れた。人一倍好奇心の強いアルはその中へと入っていってしまい、テットという男の子も後を追いかけて入っていってしまったというのだ。
「それでね、ちょっと待ってたんだけど、全然出てこなくて……」
「僕たち怖くて、それで……」
 音沙汰のないことに恐怖を覚えた子どもたちはそこから急いで離れ、村長に伝えに来たという経緯は分かった。しかし、話を聞いたダンテは居心地悪そうにしていた。
「あー、こんなことを言うのは気が引けるんだが」
「皆まで言わずとも大丈夫ですよ。慈善事業ではないですから、無償で子供の捜索を頼んだりしませんよ」
 困ったように笑う村長に釣られるように、ダンテも困ったように笑った。
 行方が分からない子どもは確かに心配だし、どうにかしてやれるなら、手を打ってやりたいとは思う。だが、冒険者は常に命を賭けてその身を危険に晒している。自分たちが相当に実力があって、さらに余力も残っているというなら無償でもしてやってもいいが、残念ながら今の彼らにはまだ、そこまでの余裕はない。
「無理を承知で、新たにこの場で依頼を出してもよろしいですか? 内容は村の子ども、アルとテットを探して頂きたいというものなのですが」
「依頼とあっちゃ、断るわけにはいかねえな」
 ダンテが大げさに肩をすくめるが、顔は笑っていた。一方でバージルは険しい表情のまま腕を組み、村長に聞いた。
「この村には何がある」
「近くに薬草が自生していますから、それでしたらいくらか。武具といったものは流石に皆様が持っている物の方がきちんとしたものですから、何とも。後は矢弾が若干といった具合です」
 十分な補充が出来るわけではなさそうだが、最低限は揃っているようだ。そう判断したバージルは腕を降ろし、頷いた。
「金は払う。いくつかもらっていくぞ」
 バージルさえ依頼を受けることを承諾してくれれば、後の話は早い。キリエは当然受ける気でいるし、ダイナは問うまでもない。リエルとネロも乗り掛かった舟だと準備を進め始めた。
「本当に、ありがとうございます。追加報酬などは改めて用意させて頂きます」
「無理しない程度でな。お前らも、村で大人しく待ってろよ」
 不安がっている村の子どもたちの頭をダンテが撫でれば、ほんの少しだけだが笑顔が戻った。
「アルとテットをお願いね!」
「私たち、いい子にして待ってるから!」
 思わぬ事態に巻き込まれる形にはなってしまったが、人生はそんなものなのかもしれない。加えて、冒険者を生業をしているのなら尚更だ。