Return and newcomer

 ラクシアには現在発見されている大陸が大きく二つある。“解放されし大地”テラスティア大陸と“呪いと祝福の地”アルフレイム大陸である。もちろん、この二つ以外にも無数の大陸が存在しているが、巨大大陸とくくれば今挙げられた二つが真っ先に上がるだろう。
 二つの大陸を行き来するために、テラスティア大陸側からは船で渡るしかなく、アルフレイム大陸側であれば魔航船──飛行船ともいう──も移動手段としてはあるがそれも高価な物であり、貴族ですらなかなか利用できないような代物であった。つまり、大陸を渡るというのはとても大変なことだった。
 そんな苦労を冒してまでテラスティア大陸からアルフレイム大陸に渡る者たちがいた。ある者は新たな文明を求めて。またある者は新たな冒険を求めて。それぞれが希望と夢を持ってアルフレイム大陸へと渡った。
 皆そこそこに名声のある者や高名な学士たちである中、一組だけ新人冒険者が混じっていた。
 一人は白を基調としたワンピースに近い衣装に身を包んだ女性。栗色の髪をポニーテールにしており、留め具に黄色いリボンを使っている。その女性に付き添うように傍に居るもう一人の女性は白のカッターシャツに紺のジーンズという軽装で、黒髪もショートにして身軽さを重視しているようだった。
 栗色の髪を持った女性は神官である。纏いの神ニールダを信仰しており、此度は教義に従って自分の護るべき者を探すため、冒険者となって旅に出たのが事の始まり。一つの大陸に留まるべきではないと考えた彼女は同じ教会で育った従者と共に、このアルフレイム大陸へとやってきた。
 資金については教会が用意してくれた。そのことに大変感謝するとともに、教義に従って護るべきものを探すことと信仰を広めることを胸に、彼女たちはアルフレイム大陸南西部に位置するブルライト地方の導きの港、ハーヴェス王国へと降り……立てたわけではなく、ハーヴェス王国よりもさらに南端にある、ポートピアという港町に到着した。
 新しい大陸の新しい町に着いたのだから、早速見たいものや回りたい場所はたくさんあれど、新米とは言え冒険者。まず初めに向かう場所は冒険者ギルドだろう。そこに行けば大抵の情報が集まるし、この大陸特有の話も聞かせてもらえるはずだ。
 何より、仕事をしなくてはお金がない。
 冒険者とは原則として自由な存在であり、同時にあらゆることが自己責任である。生きて栄光を掴むのも、死んで帰らぬ人となるのも、全てが本人の責任なのだ。とはいえ、そんな彼らの力は世界を動かしていくために必要でもある。失われた文明の遺物を持ち帰ったり、今もなお続く蛮族との戦いの前線を支えているのも守備隊だけではなく冒険者も含まれている。だから仕事を斡旋してくれる場所もあるし、売買も盛んで、情報屋なんて職業も成り立っているのだ。
 ポートピアにある冒険者ギルド支部は宿屋兼酒場といった形態で運営されている。これは決して珍しいことではなく、中には冒険を支えている他の支部と合併していることもままあるぐらいだ。また支部は基本的に独立採算制であるため、それぞれが独自の店名を名乗っている。
 新米冒険者である二人は冒険者ギルド“ウェルヒン”へとやってきた。昼間であるにもかかわらずお酒を飲んでいる者がたくさん見受けられ、純粋な酒場として盛り上がっている様子。テーブルを囲んでいる種族は様々で、人間にエルフ、ドワーフなどの見慣れた者から、豊かな体毛に覆われた耳と尻尾を持つ者や、身体の目立つところに花を咲かせている者など、テラスティア大陸では見たことのない種族も見受けられた。
 ほんの少しの不安はあれど、これから始まる冒険に胸を躍らせながら二人はお目当てのものを探す。カウンターの横には大きな掲示板が置かれており、たくさんの紙が張り出されていた。
 これこそが冒険者を導く紙と言っても過言ではない。つまり、依頼掲示板である。内容はもちろん千差万別で、いなくなってしまったペットを探してほしいなんてものからドラゴン退治まで、本当に幅広い依頼がこの掲示板には張り出されているはず。
 ……はずであったというのに、ここの掲示板には依頼の書かれた紙なんて一枚も張り出されていなかった。よくよく考えると問題がないのは良いことだとも捉えられるが、これでは商売あがったりだというのも事実。とにかく何か依頼は無いのか、店主に直接話を聞くことにした。
「すみません。私たち、冒険者なのですが」
 黒髪の女性が店主に声をかけると、返事の代わりにまじまじと顔を見られることになった。まるで値踏みされているような感覚に顔をしかめると店主が口を開いた。
「ここらのもんじゃないな。どこから来たんだ?」
「海を渡った遥か先、テラスティア大陸という場所からです」
 素直に答えると、こいつは驚いたという顔をされた。
 確かに、航海出来る船の絶対数は少なく、旅路すらも安全ではない。そんな危険を冒して大陸を渡ろうとする者はごくわずかであるし、加えて渡る者はそこそこに名の通った者ばかり。そういった者たちは港についても早々にハーヴェス王国を目指して行くため、港町であるにもかかわらずこのポートピアで大陸を渡った者を見ることは滅多にないという。
「おっと、話が逸れたな。冒険者ってことは仕事を探しに来たんだったか。……腕前は?」
「初めてです」
 これまた驚いたという顔をされた。そして店主は腕を組み、どうしたものかと悩みだしてしまった。
 聞けば、依頼がないわけではないという。掲示板に張り出していないのは、何も知らない初心者が分からないままに難しい依頼を受けて死んでしまわないよう、店主の配慮からのものであった。もちろん、店主が一人一人に依頼を手渡したからと言って、その冒険者にとって適正であるという保証にはならない。現地に行って初めてわかることもたくさんあるため、最終的な判断は本人がすることに変わりはない。それでも無用な犠牲を増やさないようにと、少なくともここ、ウェルヒンではそういう取り決めにしているのだという。
「ふうむ。生憎だが少人数に任せられる依頼はない。少なくとも……五人は欲しいな」
 ここから少し離れると草原が広がっており、ちょっとした雑木林がある。雑木林の中には小さな遺跡があって、最近ここに蛮族が住み着いているという情報があったため、それらを討伐するというのが依頼内容であると店主は言った。遺跡自体は随分昔から発見されているもので、魔動機文明時代──今から二千年ほど前──のものであることが分かっており、遺物などはすでに回収されているらしい。
 住み着いた蛮族はゴブリンだが如何せん数が多いらしく、初心者に行かせるにしても頭数は揃えておきたいというのが店主の考えであった。
 しかし、それさえクリア出来れば難しい依頼ではない。初めて冒険に出る初心者にとっても、最適なものになるだろう。
 他に適当な仕事もないので、出来れば請け負いたい。請け負いたいが、問題がある。言わずとも知れたことだが、彼女たちは二人組。最低でも後三人ほど集めなくてはならない。ありがたいことにここは酒場で、しかも冒険者ギルド。声をかければいくらでもやりようはあるだろう。
 ただ彼女たちは“別の大陸”からやってきた、知り合いは自分と相方だけという状態。いくら同じ冒険者同士といえど、声をかけるにはそれなりに勇気がいりそうだ。
 また、少し無理を言って二人で依頼を受けるという選択肢もないわけではない。危険を承知で依頼を受けたいことを伝えれば、店主も渋々ながら回してはくれるだろう。最終的な判断は冒険者が下すのだから。
「話してるところ悪い。掲示板に依頼が張り出されてないんだが、どうなってる?」
 突然、頭の上から声が降ってきた。黒髪の女性がびっくりして後ろを振り向けば長身の男性が二人と、その二人に比べれば若干小さい──平均としては高い──青年と、その陰に隠れてしまっている女性一人の計四人が店主の元に来ていた。
「嬢ちゃんたち、ちょいと待っててくれな。……ふむ、お前さんたちも冒険者か。腕前は?」
「新人が一人。後は……復帰と言ったところか。冒険していたのももう十年以上前のことだから、新人って扱いでいいぞ」
 赤いコートがよく目立つ長身の男はそう言った。きれいな銀髪に青い瞳を持ち、身長は190cm前後と大柄。
 店主はこれを聞いてウェルヒンならではの依頼受注の方法を説明し、彼らが現在受けられそうな依頼の提示をした。
「ゴブリン退治ねえ。坊やにはうってつけなんじゃないのか」
「坊やって言うな」
 フードを被っているため青年の素顔はよく分からないが、声色から嫌がっているのが伝わってくる。彼も180cmを優に超え、かなり大きい。ただ赤コートの男性と比べると体格差があり、相対的に小さく見えてしまう。
 二人組の冒険者は店主と四人の冒険者のやり取りを聞いて、決めあぐねていることがあった。先ほど自分たちが受けられなかった依頼を店主が他の冒険者に勧めていたからだ。こちらの二倍の人数がいる以上、このままでは彼らが引き受けてしまうだろう。……だが、店主が指定していた人数には若干届いていない。今ならまだ、交渉の余地もある。
 二人は顔を見合わせ互いに頷いた後、神官が意を決して口を開いた。
「その依頼、私たちも連れて行ってくださいませんか」
「ん? さっき店主と話してた二人じゃないか。なんだ、冒険者なのか?」
 店主と交渉を進めている赤いコートを纏う男がこちらを見た。自分より20cmも大きい相手に話をするというのは威圧されていなくても緊張する。胸中を乱しながらも自分たちがこの大陸に来たことや、この依頼を受けたいが人数が足りないことなどを説明した。
「断る」
 そう言ったのは青いコートを纏ったもう一人の大柄の男性。2mに届くかどうかといった大きさで、オールバックにされた銀髪と青く鋭い眼光は迫力がある。実際にこんな男に出会って否定の言葉を浴びせられたら、なりふり構わずその場から逃げだしたいほど。あまりの怖さに神官は息を呑み、何も言えなくなってしまった。
「バージル。威圧してはダメ」
 四人組の中で唯一の女性が諫めた。バージルは鋭い視線を仲間の女性に向けるが効果はないことも知っているようで、腕を組んで目を閉じてしまった。
「悪いね。俺の兄貴なんだが、ちょいとカルシウム不足なんだ」
「黙れ。そういう貴様は糖分の取り過ぎだろう。少しは節制しろ、ダンテ」
 閉じたと思われた目はすぐに開かれ、ダンテを睨み付ける。睨まれている本人もいつものことだと気にも留めず適当に流し、青年に声をかける。
「坊やはどうしたい。美人二人がご一緒したいと誘ってくれてるが」
「なっ……そ、そうじゃないだろ! 人手が欲しいって話だったじゃねえか」
 正論を返す青年だがフードから見え隠れする頬は赤い。意識してしまっているのが明らかに分かるため、如何せん説得力に欠ける。とはいえ、嫌がってはいなさそうだ。
「ムッツリなのは父親譲りだな。リエルは……賛同か?」
「はい。話を聞く限り、お断りする理由はありません。……私たちも人手不足ですから」
 頭状花序の青い花を頭部右側に付けた女性──先ほどバージルを諫めた──はおしとやかであった。うっすらと開かれた隙間から翡翠色の瞳が落ち着きを強調しており、腰まで伸びる薄水色の髪は綺麗に整えられていて、美しい。
「三対一で賛成多数。いいぜ、今回だけだが一緒にゴブリン退治と洒落こもうじゃないか」
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね」
 感謝を述べた神官はキリエと名乗り、フードを被った青年に手を差し伸べた。照れくさそうにしながら青年はネロと名乗り、握手に応じた。同じく黒髪の女性もダイナと名前を伝え、ダンテとリエルと握手を交わした。バージルは応えてくれなかった。
「話が長くなっちまったが、聞いての通りだ。店主、報酬の話と行こうか」
 ダンテがゴブリン退治の依頼で得られる報酬や注意点などの確認を取る。他の者たちも耳を傾ける中、リエルの頭部についている青い花が美しく咲いていた。
「随分と嬉しそうだな」
「そう、見えますか?」
「花が咲いている」
 バージルの問いかけに普段と変わらない返事をしたリエルだったが頭部の花を指摘され、ゆっくりと手で隠した後に言い返した。
「……花を見るのは、反則です」
 リエルは植物から人族になった、ラクシア全土でも珍しいメリアという種族である。身体の目立つところに花を咲かせているのだが、これが感情に左右されて咲いたりしおれたりするため、無表情を装っても簡単に気分を読み取られてしまう。
 これがバージルとリエルの距離感で、どちらも嫌っていなかった。

 依頼を受けた六人は準備を済ませ、雑木林の中にあるという遺跡を目指した。店主から聞いた詳しい内容は以下の通りである。
 港町ポートピアから二時間ほど歩いた先に雑木林があり、木々をかき分けた中には魔動機文明時代の遺跡が残っている。そこに蛮族たちが住み着いたので退治してほしい。数が多く、またゴブリン以外の蛮族も住み着いている可能性があるが、ゴブリンと同程度であると予測される。
 報酬は一人500G(ガメル)。失敗時は0G。支給品は一人一個のヒールポーション。これは未使用であった場合は返品すること。その他として持参した消耗品については依頼が達成された時のみ、使用した分を無料で補填する。
 初めての依頼に緊張しているダイナとキリエとは対照的に、同じく初めてだというのに緊張していないネロ。他の三人が復帰と言っていたとおり、冒険が初めてではない仲間がいることが彼にとっては大きな安心感があるみたいだ。当人である三人もゴブリンと戦ったこと自体もかなり昔の記憶ではあるが少しは覚えていることもあるようで、特別な危機感を持っているようではなかった。
 もちろん、気を抜いているという意味ではない。雑木林の中に入ってからバージルはずっと聞き耳を立て、蛮族特有の声や足跡などが残っていたりしないかくまなく探していた。
「ここにゴブリンの足跡がある。全て北の方角。恐らく遺跡もそこだ」
「流石、頼りになる。……さて、ここから先は敵のアジトだ。気合入れとけよ」
 ダンテの一言でそれぞれがもう一度、気を引き締める。そしてバージルの言った通り北に進むと遺跡が見つかった。先ほど見つけた足跡も遺跡の入り口で途切れていて、内部に蛮族が入っていったことが容易に想像できる。警戒を高めながら内部に入れば松明が焚かれており、そこそこに明るい。光源があるということは間違いなくここに住み着いている者がいるということを念頭に、ざっと中を見渡す。
 内部に大したものはなく、まさに下位の蛮族が住処にするのに丁度良い感じであった。入口から見て少し先に右へ曲がれる通路と、その通路の手前に扉が一つ。曲がった先は進んでみないことには分からないが、何やら声が近づいて来るのが分かる。
 何を喋っているのかは分からないが、蛮族たちが発する特有のものであることは分かれば十分だ。ダンテとバージル、そしてネロは一歩前に出る。リエルは宝石を取り出し、ダイナは拳銃に銃弾を詰め込み、キリエは祈りの構えを取った。
 突如、角から飛び出してきたのは緑色の肌が特徴的なゴブリン二匹と、アルフレイム大陸であれば掃いて捨てるほど見かける醜い姿と灰色の肌をフードを被って顔を隠したフッド二匹だった。弓を持ったフッドはいきなり弓を撃ち、ゴブリンもこん棒で襲い掛かってきた。
「奇襲とは随分なご挨拶だな!」
 ダンテはとっさの判断で弓矢を躱した後、自身を狙うゴブリンの攻撃を受けながらもネロを庇った。
「大丈夫かよ」
「心配すんな。それよりほら、反撃……」
 別段重い攻撃を受けたわけではないので、それよりも敵を攻撃しろと声をかけようとした刹那、銃声音が鳴ったのと同時に弾丸が真横を通り、ネロを襲ったゴブリンの胴体に撃ちこまれた。撃ったのは言うまでもなくダイナで、瞳には絶対に蛮族を倒すという強い意志が刻まれている。
「倒し損ねた」
「では私が」
 急所に当たらなかったためか、ゴブリンは苦しそうにしながらも耳障りな声を上げて生きていることを証明している。ならばとダイナに続いてリエルが赤い宝石に魔力を込めると、小さな赤色の妖精が現れ、火の玉を飛ばした。
 手傷を負ったゴブリンは避けることが出来ず、綺麗に丸焼きになって息絶えた。
「このままじゃ良い所を全部持ってかれちまう……ってな!」
 女性陣の活躍にご満悦のダンテも負けていられないともう一匹のゴブリンをぶった切る。それを見越したようにバージルは遠くから弓を撃っているフッドとの距離を詰めており、一匹を一刀両断した。
「最後はくれてやる」
「蛮族なんかいらねえっての」
 嬉しくもない譲りものにケチをつけながら、ネロは最後のフッドとの距離を詰める。しかし、フッドも死という恐怖を感じたのだろう。でたらめに打った矢の一本がネロの頬をかすめ、血が垂れた。
「いっ……くたばれってんだ!」
 それでも足を緩めず一気に距離を詰め、ワンツーパンチでフッドの顔を飛ばし、息の根を止めた。
 飛び出して来た蛮族を片付けたダンテたちはひとまず警戒戦闘態勢を解く。遺跡の内部はまだ先があるため安全とはいえないが、だからこそ焦りは禁物である。
 キリエはネロに近付き、傷口に手をかざす。神への祈りを捧げると癒しの光が溢れ、傷を塞いだ。同じくバージルは薬草を煎じ、ダンテとリエルにそれぞれ別の効果のあるものを使っていた。唯一手当の必要がなかったダイナはというと、蛮族たちが飛び出して来た曲がり角の手前にあった扉を蹴り飛ばして開けていた。
 小部屋であったそこに特別なものは何もなく、蛮族たちの寝床として使われているだけのようだった。タルが幾つか置かれているものの何が入っているわけでもなく、脅威はなかった。
「ダイナって言ったか。さっきの銃さばきやら別室への警戒やらえらくて慣れてるようだが、本当に初めての仕事なのか?」
 撃った分の銃弾を詰めなおしているダイナへ、手当てを受けているダンテが声をかける。
「ご一緒させて頂くときにも言ったけれど、今回が冒険者として初めての依頼」
 今になって初心者であることの確認を取られる意図が分からず、ダイナは首をかしげている。代わりに、ダンテが抱いた疑問に気付いたキリエが言葉を足した。
「ダイナは、冒険は初めてですが今までずっと私の護衛についてくれていました。当時から培った勘などが活かされているのかもしれません」
「神官様の護衛か。なるほど、合点がいった」
 冒険者となる経緯は千差万別であれど、若い者の中には一攫千金やロマンなどの煌びやかなものを手に入れたいという、楽観的な考えを持って志願する者は少なくない。それ自体は否定されるべきではないし、事実として巨額の富や名声を手に入れた者もいる。それでも大抵の冒険者は序盤の幾つかの依頼をこなして現実を知る。
 自由──全てが自己責任である──という言葉の重みを実感するのだ。
 蛮族と戦うということは、命を賭けるということである。誰も見たことのない遺跡の内部というのは、侵入者を立ち入らせまいと数多の罠などが待ち受けているということである。現実という洗礼をその身を持って経験した冒険者の大半は自身の実力を理解し、身の丈にあった生活で満足するようになる。
「キリエ様、過去形にされては困ります。私はこれまでも、そしてこれからもキリエ様を守るために在るのですから」
 煌びやかなものを追い求めていないどころか、己が目的を果たすために冒険者になった者はたとえ若かったとしても向ける意識が違うということか。キリエの従者として、必ず守ると強い意志を持っているダイナは自然と安全第一の動作を取り、結果冒険者としての素質も高いものとして確立できているのかもしれない。
「ごめんなさい。そういうつもりではなかったの。これからも頼りにしているわ」
 キリエの言葉に満足したのかダイナは頷き、嬉しそうにしていた。一方でキリエは少し困った表情だった。
「守られるの、嫌なのか?」
 傷を治してもらっていたネロはキリエの顔を見て、小さな声で尋ねた。これまたキリエは困った様子でどう答えようか悩み、ネロにだけ聞こえるように呟いた。
「ダイナは少し、一人で背負いこんでしまうところがあって」
「ああ……。いるよな、そういう奴」
 フードから少しだけ顔を覗かせたネロは視線を大人たちに向けた後、傷を治してもらったお礼だけ言ってそそくさとバージルたちの元へ行ってしまった。
「なんだ坊や。顔が赤いぞ」
「うっせ。傷も治ったんだから、行こうぜ」
 照れ隠しをするようにフードを目深に被り直して先へ進んでいく。続いてリエルとバージルも後を追うので、ダンテは気の早いことだなんて思いながらもキリエとダイナに目配りし、ネロたちに続いた。
「統率の取れたチームですね」
 前を進む四人を見失わない程度の距離を開けつつ、キリエにだけ聞こえるように声を漏らす。ダイナの呟きにキリエは頷き、言葉を返した。
「良い人たちに巡り逢えて本当に良かった。きっとこの冒険は私たちにとって、大きな経験になるはず」
「はい。これ限りというのが少し、惜しくはあります」
 思いがけない言葉に驚いたキリエは口元に手をあて、慌てて平静を装った。それを知ってか知らずか、ダイナは特に何も言わず遺跡の最深部であろう扉の前でタイミングを図っている四人を援護すべく、拳銃を構えた。
 己の身一つで大切な人を守りきらねばならないというのは重責である。それでも守るべき人の自由を尊重するならどうということはないと、ずっと思ってきたが……。
 頼れる者が複数いるということに安心感を抱いたのも、事実ではあった。キリエの無事を考えるのなら、仲間は多い方がいいと。
「キリエさん。右側の扉を開けて頂けますか」
 観音扉となっている左側にはリエルがいつでも扉を開けるように待機している。作戦としては両側の扉を開いたと同時に前線組が突入して、続くように後方支援組が部屋に足を踏み入れるというもの。それぞれが配置についたのを確認したダンテが頷き、バージルがカウントする。
「3……2……1……」
 腰を低くして扉前で待機していた女性二人が勢いよく開くのに合わせてダンテとバージルが一気に飛び込む。次にネロが続き、ダイナも部屋に入る。最後にリエルとキリエが入り込み、詠唱を始めた。
 一気に距離を詰めた二人は近くにいたゴブリンをそれぞれ切り伏せる。鮮やかな奇襲に蛮族たちは何事だと耳障りな声で騒ぎ立てるが、仲間が死んだことで自身にも危険が迫っていることを本能で悟り、武器を手に取って応戦してきた。
 蛮族は先の戦いで倒したのと同じ種類のものが多く見受けられ、ゴブリンが三匹、フッドが一匹、後はここを仕切っている人間よりも大柄で力の強い蛮族として有名なボルグが居た。青い肌に白い毛がびっしりと生えているのが特徴で、獰猛な性格なために好戦的であり、また自分よりも弱い蛮族を従えていることが多々あることで知られており、今回も例外に漏れずゴブリンとフッドを従えていた。
 早々に残り一匹となったゴブリンがダンテに飛びかかる。それをダンテは躱す素振りすら見せず、ボルグと対峙した。これを援護するためにダイナは弾を撃つが脇を逸れ、ゴブリンに当てられなかった。もう一発撃ちだそうと構えるが間に合いそうにない。
 代わりにゴブリンを殴り飛ばしたのはネロだった。一発目は空振りだったが二発目を急所に当て、最後のゴブリンがこの世を去った。
 ダイナは弾丸を外したことに対して自身に悪態をつきながらも切り替え、ボルグを狙う。ダンテに振り下ろされる剛腕は風を切る音が遠くにいても聞こえるもので、弾を一発当てた程度で怯むような相手ではなかった。刹那、硬いものが砕かれる音が響き、彼は無事なのかと吹き飛ばされていった方を見るとほとんど傷はなく、平気そうな顔をしていた。
「サンキュー。助かったぜ」
「無理は禁物です」
 ダンテの声掛けに返事をしたのはリエル。その手には茶色の宝石が光っており、呼び出された妖精がダンテの周りに岩を浮かばせて守っていた。それを見てダイナは先ほど聞こえてきた音は岩が砕かれたものだったのだと理解する。とにかく無事でよかったとボルグとの戦いに集中すべく照準を定めようとした時、今度は鈍い音が響き、誰かが大きく後方に飛ばされた。
「バージル!」
 リエルの慌てた声が横から聞こえてくる。血を口から吐き出してすぐにボルグへ斬りかかりに行こうとするバージルを押し留めたキリエが治癒魔法を施す間、ダンテはネロを庇いながらボルグと打ち合いをしていた。
「……当てる!」
 照準を定め終え、装填されていた最後の弾を撃ちだす。見事に当たった弾丸はボルグの肉体を抉り、確実なダメージを与える。それでもなお暴れるボルグに対してネロはラッシュをかまし、ダンテは大剣を軽々と片手で操り、斬っていく。リエルもバージルのことを気にかけながらもダンテの援護に努めていた。
「Dei.」
 最後を飾ったのはバージルだった。十分に傷が塞がったのを確認した本人は即座にキリエの傍を立ち去り、リエルの傍を横切ってボルグに接敵したのち、両断した。最後の一匹となったフッドも逃すことなく、バージルが止めを刺した。
 最奥部であるこの部屋を軽く調べ、他に残っていそうな蛮族がいないことを確認したダンテたちは、これにて依頼が達成されたと実感する。魔動機時代に建てられた今回の遺跡はとうの昔に調べつくされているということなので特に宝を探すこともなく、部屋を出て遺跡を後にしようとした時だった。
「あの、これは何でしょうか?」
 キリエが最奥部で見つけたのは、誰がどう見ても豪華すぎるほどに装飾の施されたネックレスであった。控えめに言っても場違いというか、何があったら簡素な遺跡にこんな大層なものがあるのか皆目見当もつかない。可能性としては先ほど倒した蛮族たちがどこかから強盗したぐらいか。それにしてもこんな高価な物が農村や港町にあるものだろうか……?
 見つけてしまった以上はここに置いていくのも忍びないということで、冒険者ギルドに持っていってから判断することにした一行は今度こそ遺跡を後にした。
 短くはあったが大変に有意義であった今回の冒険は、初心者であるダイナとキリエにとって大きな経験となったことだろう。報告が済めば別れることになるのはやはり寂しくあるが、同じ冒険者として活動していればいつかまた出会える日も来るというものだ。
 行き来た道を戻り、港町ポートピアに到着する。冒険者ギルド、ウェルヒンの扉を開けば最初に来た時と何の変わりもない店主が酒盛りたちに酒を提供していた。
「おっ、昼間の冒険者たちじゃないか。話を聞かせてもらおうか」
 こちらに気付いた店主は他のスタッフたちに後を任せ、冒険者たちをカウンターへと案内した。
 冒険者たちが今回の遺跡に巣食っていた蛮族たちの詳細を伝えると、今後の対策をしておかないとまた同じことが起こりそうだと店主は懸念する。とはいえ、ひとまずの危機が去ったことは事実であり、ゴブリンたちのを統率していたボルグも討伐したとなれば、リーダーを失った蛮族たちもちりぢりになるだろう。
「おめでとう。依頼達成だ。受け取ってくれ」
 一流の冒険者が見れば本当に大したことのない額かもしれない。しかし、一般の生活をしている者からすればまさに大金と言える額を一度に手にしたキリエとダイナは胸がいっぱいになった。命を賭して街の脅威になり得る蛮族を倒したこと。人の役に立ったんだという実感が湧き上がり、二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑いあった。
 ネロも自分で戦ってお金を得るという経験は初めてのようで、どことなく嬉しそうにしている。ダンテはこれで美味しいものでも食べようと言って機嫌が良さそうだ。バージルは特に何か態度に出すことは無く、淡々と懐に報酬をしまっていた。リエルはみんなが無事でここに戻って来れたことが一番嬉しいようで、頭部の青い花を満開にしていた。
「キリエ様、忘れないうちに……」
「あ、そうね。すみません、依頼先の遺跡でこのような物を見つけたのですが」
「なんだい? 冒険先で見つけたものは自由に使っても構わねえし、各ギルドで買取も……!」
 取り出されたネックレスを見た店主は言葉を詰まらせ、キリエの手の中にあるそれを穴が開くほど見つめ始めた。これにはキリエは当然のこと、ダンテたちも何かあったのかと訝しげに見守った。
「貸してもらってもいいかい?」
 店主の鬼気迫る雰囲気に何も言い返せず、ただ頷いてキリエは店主にネックレスを手渡した。すると何かついていたのか、一枚の紙が出てきた。それを何気なく手に取ったダンテは好奇心のままに開き、目を通す。

『この手紙が貴殿の元へ無事届くことを祈る。この手紙を読んだ貴殿が正しい判断を下し、国へと迫っている脅威を取り除けることを祈る。お借りしていた品に何事もないことを祈る。貴殿の元へ直々に私が向かうことが出来ないことを許してほしい。もしもこの手紙を王以外の者が見たなら、どうかヴァイス・ハーヴェス王の元へ届けてほしい。導きの港ハーヴェス王国には──』

 手紙の差出人は不明ではあったが宛先にはヴァイス・ハーヴェス王へと書かれていた。内容は願いと謝罪ばかりなため、何が言いたいのかよく分からない。肝心の最後の部分に関しては赤色の付着物のせいでよく見えず、なんて書いてあるのか分からない始末だった。
 不穏なことも書いてはあったが、如何せん信ぴょう性が低すぎる。これが国を混乱に陥れようとする何者かの策略であったなら、届けた自分たちも反逆罪で捕らえられかねない。そんなのはごめんだとダンテは手紙をカウンターの上に放り投げた。
「間違いない。このネックレスはヴァイス・ハーヴェス王が式典などの時にだけ身に着けていらっしゃったものだ。しかし、なんで国宝がゴブリン如きに……」
 明らかに身分の高い者が身に着けていたであろう物ということは誰しもが分かっていたことだったが、まさか国宝だとは考えていなかったようで、キリエたちは狼狽えた。それに、先ほどの手紙も宛先が王に向けられたものとなると、悪戯だと断言するのも憚れる。
 ただ、このネックレスが何であったとしても、キリエたちにはもう関係のないことだ。後は冒険者ギルドの方で国王に返す算段を考えてもらえばいい。
 楽観的に考えたダンテは一生をかけても触れることはおろか、目にすることも出来るか分からないものなのだからと、あろうことか国宝を触ってみたいと店主に進言した。
 恐れ多いことだと店主も考えたが、今自分が手にしていることすらも恐れ多いことだった。それに持ち帰ったのは彼らであるし、流石にこれを盗もうなどとは思わないだろうという考えに至り、少しだけと念を押してダンテの手の中に収めた。
 ──ヴァンパイアの影が迫っている。
 前触れはなかった。しかし、間違いなく誰かがそう言った、ように聞こえた。ダンテは理解出来ず辺りを見るが他の誰にも聞こえていないのか、お前の行動の方がおかしいという目を仲間たちに向けられてしまった。
「バージル、持ってみてくれ」
 ただの空耳だったならそれで良しと出来るが、突拍子のない単語に心当たりのあるダンテは流しきれず、一番疑い深いバージルに国宝を無理やり手渡した。
 ──ヴァンパイアの影が迫っている。
「何だと……!」
 国宝を触ったバージルも同じ声を聞き、殺気立った。一体何だと他の者たちも触ってみるが何も起こらず、仲間たちは二人のことを心配した。
「どうしたってんだ?」
 店主もダンテとバージルの異様な雰囲気を感じ取り、国宝に何かあるのかと問う。傷などが見つかったというだけでも一大事だというのに、万が一呪いなどがかかっていようものならそれこそ大変なことになる。頼むからこれ以上の厄介事を増やさないでくれという一心で店主は聞いていた。
 二人はどう伝えたものかとお互いに考えを巡らせる。素直に聞こえたとおりのことを伝えても信じてはもらえないだろうし、もしも信じて貰えたとしてもそれはそれで騒ぎが大きくなるばかりであることは明白であったから、本当に厄介な拾い物をしてしまったという嘆きしか出てこなかった。
「これを、この国宝を。……どうするかは考えているか」
 バージルの問いに店主は頭を悩ませた後、冒険者を雇って運んでもらうつもりでいると答えた。しかし、物が物だけに受けてくれる冒険者がいるのか、また国宝を運ぶという大義に見合った報酬を用意できるかと言ったところで足踏みをしているとも。
「その依頼、受けてやってもいい」
 思ってもみない提案に誰よりも驚いたのは店主であった。それに、他の者たちの意見も聞かずに依頼を受けるというのは彼らしくない。
「正気かバージル? 自分が何を言ってるか、分かってるんだろ?」
 真っ先に反対をしたのはダンテだった。というより他の者たちは何があって彼らが言い合いをしているのか分からないため、見守ることしか出来ない。
 話の枠に入れてもらえないことに痺れを切らしたネロはどういうことなんだと説明を求めても、二人は決して口を割らなかった。これには店主も任せて良いものかと苦渋の決断を迫られた。
 彼らが何かを隠して国宝を届けようとしている状態で、依頼を出していいのか……。しかし、別の冒険者がこんな依頼を受けてくれる可能性を考えると、断りにくいというのも本音であった。
 お互いがお互いの思惑で動こうとするため、完全に硬直状態になってしまった。そんな中、ダイナとキリエは先ほどダンテがカウンターに投げ出していた手紙に気付き、目を通す。手紙を読み終えた二人は二人で相談を始め、意見をまとめた。
「この国宝、私たちに届けさせてくれませんか」
 キリエの一言で、店主は倒れそうになった。一体何がどうなって、国宝を届けたいと進言してくるのだと。そんな、意識を飛ばしそうになっている店主にキリエは手紙を見せた。これを見たダンテは手紙はネックレスの飾り部分に張り付けられていて先ほどカウンターに落ちていたことを言えば、何故それを先に言わないんだとみんなから非難されることになった。
 全員でもう一度手紙を読んだ結果、国宝がヴァイス・ハーヴェス王の物であることは店主も太鼓判を押しているので、やはり早く届けた方が良さそうだという結論に至った。
「この手紙を書いた人は恐らく、国王様とお知り合いだったのだと思います。ですから見つけた者として、届けてあげたい」
「私はキリエ様の意志を尊重しています。キリエ様の向かう場所がどこであれ、お供致します」
 まだ新米冒険者であるという事実は心配だが、著名冒険者を雇えばそれだけで何か大切な依頼なんだとすぐにバレる。下手に敵を増やさないという側面を見れば、責任感のある新米冒険者が打って付けかもしれない。
 ただ、これを聞いて真っ先に不安な素振りを見せたのはネロだった。先ほど冒険を共にしたよしみか、それとも他の理由か……。とにかく、二人だけでは心もとないのではないかと声を漏らした。
「……よし、分かった。これは追加依頼だ。対象はここにいる六人の冒険者。全員で受けるか受けないか、意見を固めてくれ」
 腹をくくった店主は以下のように新たな依頼を提示する。これを受けるのか、それとも受けないのかは偶然居合わせて一緒に一つの依頼をこなした六人全員で決めろと伝えた。
 依頼内容は次の通りである。
 ここ、港町ポートピアから三日ほど歩けば辿り着ける導きの港ハーヴェス王国へと赴き、現国王ヴァイス・ハーヴェスに彼の所有物である国宝のネックレスを送り届けること。無事に届け終えた後ウェルヒンに報告をした時点で依頼達成。報酬額は報告が終わった時に応相談。
 注意事項として、決して他の者に国宝の話をしないこと。また国宝に付けられていた手紙もちきんと国王に届けること。
 国王の元へ届ける手段については問わない。直々に手渡せることが一番望ましいが、国王が信頼を寄せている側近などに渡すでも構わない。ただし、必ず国王の手に届いたということが分かるよう、国王直筆の証明を貰ってくること。
 最後に、この依頼を受けた場合は依頼を完了するまで六人で行動すること。即席のチームであったために不満もあったかもしれないが、情報規制をかけるためである。受けなかった場合は解散してもらって構わないが、この件については他言無用でお願いしたい。
「以上だ。厳しく思うだろうが、取り扱っているものが尋常ではないことを肝に入れてほしい」
 その他にも不安要素はたくさんあるが、上げだすときりがない。
 だが何より、この手紙に綴られていたことは本当だったのだとしたら、早く伝えないと国が大変なことになってしまうというのが何よりの不安であった。
「私は受けたいと思います。国の一大事であるかもしれないというのに、二の足を踏んではいられないから」
「キリエ様に同じく」
 だから迷うことなど何も無いとキリエはもう一度、この依頼を受けたいと進言する。ダイナはついてきてくれるが他の四人はそういうわけにはいかないので、なんとしても説得しなくてはいけないと意気込む。
「俺は反対だ。嬢ちゃんたちの意気込みは買うが……ヤバイことには足を突っ込まないってのが長生きのコツだぜ」
 一番に反対したのはダンテ。先ほどのバージルの発言にも反対していたところを見るに、彼としてはどうしても行きたくない理由があるようだ。
「俺は、受けていい。深い理由はないけど、見つけちまった以上は届けないといけねえかなって」
 次に賛同したのはネロ。彼としては国宝を届けたいという強い思いがあるわけではないが、責任を感じていないわけでもないといった具合だった。残るはリエルとバージル。どちらも目を閉じたままなため、まさかこのままだんまりを決め込む気ではないだろうかと一抹の不安が他の者の中によぎった。
「依頼を受けるに一票を。……バージルも、ですね」
 威圧ではなく、バージルの考えが分かっているといった様子で目を開けたリエルは口を開いた。これにバージルは頷き返し、否定しなかった。
「良い感じに票が割れると思ってたんだが、しゃあなしか。……覚悟しとけよ」
 たった半日一緒に居ただけの仲であるキリエとダイナですら、ダンテはお気楽者で場を和ませるのに長けた人物であるという印象は十二分に分かりえていた。そんな彼が初めて、真剣な顔で覚悟しておけと言った。あまりの迫に二人だけではなく、ネロも息を呑んだほどだった。
「話はまとまったみたいだな。……無事、送り届けてくれよ」
 冒険者ギルド、ウェルヒンから再び依頼を受けることとなった一行はこのまま今日は寝泊まりし、明日の朝出立することを相談し、部屋割りを決めるのだった。

 ──これは運命か、それとも必然か。
 因果に導かれし者たちは自然と集まり、共に壁を乗り越えていく仲へと発展していくものなのやもしれぬ。
 新米冒険者たちの行く末はどこへ向かうというのか? それは神すらも知り得ぬこと……。

 事の成り行きで再び冒険を共にすることとなった六人は部屋割りに揉めていた。
「さて、部屋は……」
「私はバージルと寝ます。ネロはダンテと休んで」
「オーケー。お嬢ちゃんたちも二人部屋で文句ないよな」
「は、はい……」
 さらりと入れ込まれた爆弾発言にダンテは何事も無かったかのように承諾を出し、キリエに二人部屋でいいかと確認を取ってくるのだから、肯定するしかない。この部屋割りに文句をつけたのは当然ネロなわけだが、そんなことよりもリエルとバージルの関係性が二人は気になった。
「なあ、せめて三人部屋にしてくれよ。おっさんと二人きりとか絶対嫌だ」
「つれないこと言うなよ坊や。……それか何か? 嬢ちゃんたちと寝たいのか?」
「ばっ……! そんなわけねえだろ!」
 冗談だと茶化すダンテにネロは拳を振りきるものの、残念ながら当たることは無かった。
「キリエ様に寄り付く虫は排除する」
「てめえも話をややこしくすんじゃねえ!」
 そしてここにも残念な奴が一人。キリエのことになると目の色を変える冗談の通じない馬鹿が話に割り込んでくるせいで、収拾がつかない。
「ダイナ、落ち着いて……。あの、良ければ皆様のことを聞かせてもらえませんか? もうしばらくご一緒することになりましたから」
 キリエの提案に、それもそうだなとダンテは快諾。バージルと話していたリエルも話を中断し、何を答えようかと積極的だった。
「じゃあまあ、もう一回自己紹介しとくか。俺はダンテ。こっちのいかつい顔してるのが俺の双子の兄貴、バージル」
 どうせバージルは自己紹介なんてしないだろとダンテがついでに紹介すれば、気に障ったのか不機嫌そうにしていた。
「私はリエル。メリアの中でも長命種に当たりますから、寿命はざっと三百年ほどでしょうか」
 彼女の話によれば、メリアという種族は長命種と短命種がいるそう。長命種は言葉どおり長生きであり、性格も温厚なものが多いという。短命種は寿命が約十年と大変短く聞こえるが、だからこそ人生を目一杯楽しく生きようと明るい性格のものが多いという。
「ネロだ。……あの、な。一緒に冒険することになったから、その……」
 最後に歯切れ悪く自己紹介をしたネロは何かを決心しようとしていた。頭に被っているフードに手をかけ、取るか取らないか迷い、数瞬。勢いよく降ろされたフードは首元にかかり、素顔をあらわにした。
 日に焼けていないであろう白い肌に、青い瞳。目鼻立ちの整った顔立ちは誰かに似ている。しかし、もっとも目を引くものは頭部に生えている、小さな角。髪の毛でほとんど隠れて見えないが、それでもしっかりとそこにあることを主張していた。
「ナイトメアなんですね。大丈夫。私もダイナも偏見はないから」
「……助かる」
 ナイトメアとは人間やエルフ、またはドワーフなどの間に生まれてくる突然変異種のことである。生まれながらにして穢れというものを内包していて、その影響で角が生えており、身体のどこかに痣もある。
 穢れとはこのラクシアという世界において、忌み嫌われるものである。
 あらゆる生き物には魂があるとされ、その魂は死ぬと神々の許へと運ばれ、来るべき神々の戦いで兵士として働くものだとされている。また、魂は今もなお神々によって新たなものがばら撒かれているという考えもある。
 こうした輪廻のサイクルがあるにも関わらず、輪廻に逆らって蘇りをすると魂は穢れていく。そして完全に穢れ切った魂はアンデッドとなるのだ。しかし、蛮族は生まれながらにして魂が穢れている。これは強い力を求めた結果だとされていて、事実蛮族たちが強い力を持っているのは魂が穢れているからだと考えられている。
 そんなこともあって人族の間で穢れというのは忌避されており、蘇りを行った者や生まれつき穢れを持つナイトメアは社会の中で敬遠されやすい。代わりに冒険者としての素質は高く、実力主義であるここでは受け入れられやすい場でもあった。だからナイトメアの大半は冒険者になることが多い。
 冒険者間であれば大抵受け入れてもらえるとは言え、やはり穢れを持つ者に苦手意識を持つ者もいないわけではない。だから本人の口から大丈夫だと言ってもらえるのが一番の安らぎだった。
「次は私たちですね。私はキリエ。海を超えた先にあるテラスティア大陸から来ました、纏いの神ニールダを信仰している神官です。信仰に従って守るべきものを探しに来たのと、信仰を広めるのがアルフレイム大陸に来た主な動機です」
 まだ若いというのにしっかりとした意思を持って大陸を渡ってきたと聞き、ネロは素直に感心する。リエルも彼女のことを強い女性だと思ったようで、青い花を咲かせていた。
「名はダイナ。キリエ様の従者をしている。キリエ様の安全を確保することが私の使命。他は……見ての通り人間」
 誰かの付き人をしているというのも十分に不思議な関係であるとは思うが、ダイナ自身にとっては当たり前になってしまっているため、違和感を感じなくなっていた。だから特に語ることはないと、本人は淡々としている。
「なんで友人とか冒険者仲間じゃなくて、従者なんだ?」
 もっともな疑問をぶつけたダンテに視線を向けたダイナは、何故と問われても守りたい大切な人だからとしか答えない。これを見ていたキリエは少し恥ずかしそうにしながら、足元を見てほしいと言ってスカートの裾を軽く上げ、靴をみえるようにした。
「おいおい……。こいつは、驚いたな」
 ダンテが感嘆の声を漏らす。ネロは見惚れており、キリエの足に釘づけになっている。バージルも驚いたようで、表情は変えないものの大変に珍しいものを見せてもらったと満足げだった。
 キリエの足、正確にはくるぶし辺りから光の翼が展開されており、彼女が靴を脱げばくるぶしに羽の文様があった。
「凄い……。私、初めてみました」
 一生をかけても出会えるか分からないとリエルに言われ、キリエはまた恥ずかしそうにしていた。
 キリエは“神に祝福された子”とも称される、まさに天使とも見紛われる存在──ヴァルキリーである。
 極めて稀に人間から生まれてくる突然変異種で、女性しか生まれないことが特徴であるヴァルキリーはその絶対数の少なさからも謎が多いとされている。
 外観は人間と変わらないものの、背中とくるぶしあたりに羽の文様があり、本人の意志で光の翼を展開することが出来るという。もちろん浮遊することも可能で、空中を自在に動き回れるとまではいないにしても、空へと舞い上がるぐらいであれば可能である。
 同時に、ダイナが従者をしているという理由も分かった。ヴァルキリーは生まれながらにして大変縁起の良い存在として大切にされる。その大切にするという部分に、危険がないよう従者をつけるというのが含まれていたのだろう。だからこうしてキリエが冒険者となり大陸を渡ると言っても嫌な顔一つせず、むしろついて行くことが当然といった態度で付き添っているのだ。
「改めてお互いのことを知ってみると、意外と濃いな」
 愉快そうに笑うダンテを尻目に、バージルは一足先に休むと言ってリエルを連れて席を立ってしまった。結局部屋割りは二人部屋を三つということでまとまってしまったので、残念ながらネロはダンテと寝なくてはならない。
「あの、こんなこと聞くのはちょっと、失礼なんでしょうけど」
 二人が部屋へと姿を消したのを確認し終えたキリエは頬を赤らめながら、好奇心には勝てないようでダンテとネロに聞いた。
 ──リエルとバージルは、そういう関係なのか?
「ん? ……ああ! 言ってなかったか! 悪い悪い」
 これまた愉快そうにダンテは笑い、特に隠すことでもないと全部話してくれた。
「リエルはバージルの嫁さんなんだ。それで、坊やはバージルの息子。だから俺は、坊やに言わせると叔父になるわけだな」
 妙に連携が取れていたり、仲が良いというか、あれだけ気難しい面々──主にバージル──と分け隔てなく話している姿を不思議だとは思っていたが、まさか家族だとは考えが至らなかった。これにはキリエだけでなくダイナも驚きを隠せず、何度も言葉を反復させるほどだ。
「家族で冒険しているの?」
「まあ、珍しいんだろうな。いつも驚かれる。な、坊や?」
「なんつーか、その……。巻き込んでわりい」
 何とも珍しいことに、家族で冒険者を営んでいる一行ともう少しだけ共に依頼をこなすことになった二人は心配よりも、頼もしさと仲睦まじさを感じるのだった。