これはあくる日、久方ぶりにかかってきた電話で受けた正式な依頼をこなした時に起きた。
きちんとした報酬の出る悪魔絡みの仕事は本当にいつ振りだろうか。なんて楽観的な考えを持って臨んだのは若と、付き添いのダイナ。というか、実のところ事務所に残っていたのがこの二人だけであったから、誰が行くかの相談をする余地はなかった。
誰かがふらっと事務所を留守にするのはレッドグレイブ市の事件を解決して以降、珍しいことではなくなった。期間はまちまちで、早いと一日ぐらいで帰ってくる。遅いと……あれは何日空けていただろう。
ただ面白いことに、事務所に誰も残っていないという事態は今までに起きたことはない。どれぐらい出かけるなどといった明確な提示がなくとも、適当に誰かが事務所に残って、適当に誰かがその時の気分で好きなことをしに出かける。そんな適当が、どういうわけか成り立っていた。
何故出かけるようになったのか? それもよくは分かっていない。一つ言えるとすれば、単なる気晴らし。
今までは誰もが心の中で、傍にいないと誰かがいなくなるような予感があったのかもしれない。だから自然と事務所から出ずに、無意識の内に互いを監視し合っていた。当人たちにそのつもりがなくても、そういった空気だけは実在していた。
だがもうその必要もない。きっと皆それを理解したから、自由気ままに己のしたいことをその時々でするようになった。それでも必ず誰かが事務所に残っているのはいつ依頼が来るか分からないから、というよりは、旅は帰る場所があるからこそ楽しいということを恐らく理解しているからだろう。
だからその時々で誰かが残って皆の帰りを座して待つ。こんな生活になっていた。
受けた依頼は取り立てて大したものではなかった。初めて見る悪魔ではあったが、ただそれだけ。こちらを惑わすつもりで二体に分裂する悪魔だったので二面展開で悪魔を追い、当たりを引いた方が始末をつけるなんていう、単純な戦い方をしていた。
そして現在、若が追いかけていた方は偽物だったのでダイナが追いかけていった方向に足を進めていた。
普通の人間が入ることのない、寂れた路地裏。特にここは少し難のある人間ですら近付くことのない殺風景な場所。そこに全身を赤く染めた女が一人、佇んでいた。
「どうやら、片付いてるみてえだな」
「若の方は幻影だった?」
「ああ、全くもって斬り甲斐がなかった」
槍を担ぎ直して振り返ったダイナはどういうわけか、目を閉じている。悪魔を殺した拍子に大量の血を浴びてしまったようで、防衛本能が目を閉じさせたのだろう。ただ、それにしてはいつまで閉じているつもりであるのか。若は気になって聞いた。
「ずっと目を閉じて、何してんだ?」
「それが、よく分かんないのだけど、開けられなくなって」
「……開けられないって、目を? 瞼が上がらなくなったってことか?」
頷いて見せる彼女に何の冗談だと笑い飛ばそうとして、止めた。自分やおっさんが言うなら冗談で済めど、ダイナが言うのなら冗談では済まない。とにかく原因を調べる必要がありそうだ。
「ま、仕事は終わったし、ゆっくり家で調べるとするか」
若が頭を撫でてやると、粘着質な血が手にべったりとついた。大きく手を振って血を地面に払い、目が開けられないというダイナを背負い、事務所へと帰る。
太陽の光とは違う、優しい月の光に照らされた日であった。
事務所の扉を開ける時、背負っているダイナに気を付けるよう声をかければ頭を下げて身を縮め、首に回してくれている両腕に力が入るのを感じ、若は少し得した気分になった。
中は自分たちが出る時に電気を消した以来で、まだ誰も帰っていなかった。別にいいかと若は深く考えず、ダイナをソファに降ろしてから、改めて彼女の容態を調べ始めた。
「さてと、今はどんな感じだ?」
「変わらず、目は開かない。でも、本当にそれだけ」
よく分からん症状だなと若は頭を掻いた後に悪魔を殺した時の様子を聞くが、これも別段おかしなことはなかった。普通に悪魔を殺して、そいつの血を頭から被った結果、目を開けなくなったらしい。
「血に毒がある悪魔だったのか? あー、目に入ったりとかは?」
「ううん、体内には入ってない」
「ますます分かんねえことになってきたけど、取りあえずその血は落とした方が良いな」
待ってろと言って、若の足音が遠くなっていく。ダイナもいい加減血に濡れたままなのを不快に感じているようで、手間取りながらも服を脱ぎ始めた。
洗面所にやってきていた若はコートを脱ぎ捨てて半裸になる。そして珍しく手を洗い、使われていないタオルを棚から一枚引っ張り出し、濡らす。
濡らしたタオルを持って玄関広間に戻ってソファに座っているダイナに目を向けると、上着のボタンを外し終えた彼女がいた。
「おいおい! 何脱ぎだしてるんだ」
「えっ、着替えを持ってきてくれたんじゃなかった?」
ダイナの目は閉じられ、さらに血で汚れていることも相まってどのような感情を表しているのかよく分からない。とはいえ、早とちりをしてしまったかと慌ててシャツを真ん中に寄せる姿を見れば、聞かずとも分かる。
「視覚からの情報がないってだけで、ちょいと大胆になりすぎじゃねえか?」
「そんなつもりはないの、だけど……」
そうは言ったものの、人間が得ている情報の九割以上が視覚に頼られているのだから、目が見えないというだけでかなり不安を抱いているはずだ。
「ほら、これで顔拭け」
出来るだけ情報を与えてから、そっと渡す。ダイナが服から手を放した関係で色々と見えてはいけないものが見え隠れするので、若は慌てて顔を逸らした。
そんなことは露知らず、ダイナは手渡された濡れタオルを何度か上下させ、自分の顔を拭いていた。
「どう、取れてる?」
「ばっちり。……ん? なんだ、この模様」
綺麗になったダイナの顔、正確には目の下に見慣れない何かがある。断りを入れて下瞼を引っ張ってよく観察してみると、何かしらの文様が浮かんでいることが分かった。マークとも呼べるそれは全部で四つずつ、同じ文様、かつ同じ並びで下瞼に刻まれている。
「こりゃ、呪いだな」
「ああ。だから殺しても効力が残ってるのね」
確かこういった手合いの呪いを昔に何かの書物かで読んだことがあったような気がして、若は頭を捻り始めた。しかしダイナはこの様子が見えないので若が急に押し黙ってしまったように感じられ、不安にかられた。
「思い出した! 確か身体に文様が浮かぶ呪いは……」
喉に引っかかっていた小骨が取れた時のような気分で若は声をかけることも忘れ、ダイナの身体をまさぐり始めた。
「ひぁっ! わ、か! くすぐった、い……!」
突然だったことに加えて何も見えていないせいで情けないことを上げるためになったダイナが抗議の声を上げたことで若もはっとなり、軽い謝罪を口にしながらも手を止めることはなかった。
「ちょいと我慢してくれ。多分、どっかにあるはずだから」
「うぅ、ぁ……! 首は……っ」
こんな状況であっても我慢しろと言われれば、出来うる限り堪えようとするのは忠誠の賜物か。何故まさぐられているのかさえも分からないというのに、ダイナはやめてと抗議することなく、襲い来るくすぐったいという感覚に抗った。
「血で汚れてよく見えねえな。ダイナ、身体拭くぞ」
堪えるために握りしめていたタオルを持っていかれてしまい、ダイナは他に掴める物を探そう手を伸ばして、今はまさぐられていないことに気付いて安堵した。
若に首全体を綺麗に拭き取られ、少しさっぱりしたなんて楽観的なことを考えていると、右の首筋を軽く押された。
「ここ、痛むか?」
「特には。どうして?」
「痛みはなしか。あーっとな、今からここに俺の魔力を流すから、動かないでくれ」
だからもう少しだけ我慢してくれと言い切って、若はこの時になって初めて自分が何も説明していないことを思い出した。よくもまあ状況を一切理解出来ていないというのに我慢しようと思ったものだと、自分で言っておきながらダイナの従順さには呆れた。
説明をし忘れてて悪かったと若が謝りながら、今回ダイナにかけられている呪いがどういったものなのかを話す。
この呪いは相手の何かを封印するというもので、どこを封印できるかは術者にも選べないという欠陥のある呪術であるという。そのためこの呪術を使える悪魔であっても好んで使う者はいない代物である。
とはいえ、今回に限っては悪魔の方も死なばもろともの精神であったのだろう。命尽きる瞬間に己の血に呪いを混ぜ、それを大量に浴びてしまったダイナは結果として〝目を開く”という行為そのものが封印され、目が開けられなくなってしまっていた。
「とまあ、術者の思い通りにかけらないなんていうクソみたいな欠陥を抱えてる呪術なんだが、解くのにはかなりの魔力コントロールが求められる代物でもある」
封印された部位には文様がいくつか浮かび上がるので、知識さえあれば呪いがかかっているということを把握するのはそれほど難しいことではない。
それよりも問題はここからで、封印された部位に浮かび上がっている文様と同じものが、その人物の身体のどこかしらに同じ数だけ現れる。これが直径五ミリもないほどの大きさの癖に、描かれているとおりの文様をなぞって魔力を流しこまないと、呪われている人物に激痛が走るという。
「激痛ぐらい、別に平気」
「一応言っとくけど、普通の人間だったら良くて失神、下手すりゃショック死するからな」
呪いにかかったのがダイナだったから激痛なんて表現で済ませているわけだが、そこに関してはこの際どうでもいい。何より、魔力の扱いには事務所の誰よりも自信ありの自分がこの程度の解呪に手間取るわけがない。
実のところ、ダンテたちは魔力の扱いに関して高い技術を持ち合わせているわけじゃない。とは言え、比べ先がバージルなので全くもって一般的な悪魔共とは比べ物にならないのだが、とにかくバージルより劣っているのはれっきとした事実だ。
ところが、魔力の扱いに関して圧倒的に優位であるバージルに負けず劣らずの実力を見せたのが若であった。
料理など家庭的なことは今も壊滅的なのでキッチンに立つことを許可されていないが、いつの日かネロに贈り物として作ったお手製の包帯だって、物質に自身の魔力を流しこんで長期間効果を維持するというのは相当な技術だ。
これも他のダンテたちと似た存在でありながら、確実に違う世界を生きてきた、一人のダンテが身に付けた力。こちらの世界に来て若と呼ばれるようになった男が実力で手に入れた力だ。だから彼自身も、魔力の扱いに関してはバージルにだって負ける気はないし、自信も持っている。
「心配なんてない。若になら、安心して任せられる」
ではお願いすると言って髪の毛を掻き上げ、肩周りまで服を下ろし、先ほど何度か押された首筋の部分を大きく晒す。ここに魔力を流すと言っていたことを忘れてなどいないし、呪いの説明も聞いた後だ。ここに文様があったのであろうことはわざわざ聞かずとも分かる。
ダイナの白い肌が露出され、若の脳裏にほんの少しだけ邪な考えがよぎる。見ようによってはまるでダイナから誘ってきているような姿に興奮を覚え、慌ててやましい考えを追い出す。
下手な考えをすぐに消し、若は集中する。そっと首筋に浮かび上がっている一つ目の文様に人差し指を当て、目の下に浮かんでいる同じ文様を見ながらゆっくりと魔力を流し込んでいく。
針に糸を通すような繊細さで、若の魔力がダイナの体内に文様と同じ形で流しこまれていく。
「んはぁっ……」
最後まで魔力を流し終えた時、ダイナが身体を震わせて妙な声を上げた。痛みを堪えるためのものというよりは、女性が快楽を堪える時特有の、甘い声。
「どうした、変な声だして」
「ご、ごめんなさい。急に……その」
両手を太腿に挟んでもじもじしながら段々と声が小さくなっていくので最後の方を聞き取れなかった若は何だったんだと疑問を抱きながら、指を離してダイナの首筋を確認する。
「……よし、消えてる。ほらダイナ、こっち向けって」
俯いて顔を上げようとしないので無理やり頬を両手で挟んで持ち上げれば抵抗はされなかった。軽く下瞼を引っ張って確認すると、両目ともに首筋と同じ文様がこちらからも消えていた。
「勝手が分かれば後は楽勝だな。残りの文様も探すぜ」
「うん。お願いする」
もう何度か先ほどの甘い感覚が襲ってくるのかと思うと、どうにも恥ずかしい。しかしいつまでもこのままでいるわけもいかず、頼れる者も若しかいない。耐える以外に出来ることなどなかった。
身体の何処に文様が浮かび上がっているかは全く分からないため、若はとにかく露出されている肌を片っ端から見まわしていく。一つ目と近い場所にあるかもしれないからもう一度首筋を見て、ゆっくりと視線を落として行く。
しかし、見えている範囲では文様が見つからなかった。そんな簡単に見つかるわけがないかと若は腹をくくり、ダイナに許可を取って上着を脱がせる。真っ白なブラジャーが所々赤く染まっていたが、それが妙に色っぽく感じさせた。
いつもシャツを一枚着ているだけの簡素さであるというのに、何故かダイナは着痩せする。そのせいもあって、直に見るとあまりにもスタイルがよく、若の理性を崩しかかった。ここ数年でさらにイイ女になって……。
これは早く呪いを解いてやらないと自分の方が抑えられなくなりそうだと別の危機感を抱いた若は至って冷静に努めるよう自分に言い聞かせながら、文様を探した。
目立ったところにはない。なのでバンザイをしてもらって脇の下を見たりもしたのだが、見つからない。
「上部にはねえのか? そうなると……」
ズボンに目がいく。これを脱がせてしまえば、彼女の身を隠すのは頼りない布面積しか持たない下着のみになる。劣情が刺激された。
「ここは……いいの?」
声をかけてきたダイナが躊躇いがちに、自身の胸を持ち上げる。ブラジャーを少しずらして、胸下が見えるように乳房を滑り落ちないギリギリで、二本の指だけで支えている。出来る限り肌が見えるようにと、ダイナなりの配慮だった。
ただ、この姿はあまりにも魅惑的だった。第三者から見れば、間違いなくダイナから誘惑している。そうにしか見えない。
「あー……、ヤバイ」
二人きりだという現実が、さらに若の欲情をかきたてていく。襲っても、誰にも知られることはない。しかもダイナは目が見えていない。身体を重ねてくれと言わんばかりのシチュエーションではないか。
「何か、問題が?」
「問題しかねえよ。ったく、どんな生き地獄だこれは。解呪したらお仕置きだからな」
「えっ!」
いわれのないお仕置き宣言に戦慄しているダイナをよそに、自己主張し始めている己を律しながら、若はそそくさと胸の下を確認する。すると目元にあるのと同じ文様が一つ、小さく刻み込まれているではないか。
「ビンゴだ。よくやったダイナ」
意識しないように若が文様の部分に指を当てると、ダイナが身体を震わせた。本人としてもまさか本当にそんな場所に浮かび上がっているとは思わなかったようで、若よりも数倍意識している。しかも視覚から得られる情報がないため、少し触れられるだけで過剰な情報が身体に流れ込み、その身を悶えさせた。
「ひっぁ、っ!」
魔力を流し終えられる度にダイナは謎の刺激に襲われ、声が上がる。
どうしてか分からないままに与えられる甘美な痺れはダイナのある部分を蝕む。どうにか耐えなくてはと自身に言い聞かせているが、どうにもならなくて声が漏れてしまうのが実情であった。
「その声、どうにかならねえ?」
「出したいわけじゃ、ないのっ。魔力を流される度に、その……」
ダイナはいつの間にかブラジャーを元に戻し、先ほどと同じように両手を内腿に挟んでもじもじしている。どうにもある部分に流れる快楽に絆され、身体中が熱を持ち始めていることをその身で感じていた。
「さっさと済ませるぞ。これ以上は俺がイカれちまう」
我ながらこの状態でよく堪えていると自画自賛している若の限界はすぐそこまで来ている。何が悲しくて我慢しなくてはならないのだ。夢にまで見た欲しいものが、目の前にあるというのに……。
だが、なし崩しで彼女に触れたいわけじゃない。この気持ちがどうにか若を抑え込んでいた。
「後、見ていないところはどこ?」
息を整え、目を開けられないダイナの問いかけに若の視線は下に向けられる。残っている場所はもう、下半身だけだ。
「この際だ。脱がしちまうからな」
半ばやけくそに、若はダイナのズボンに手をかける。これの意味することを理解したダイナは今更あたふたするが抵抗をするわけにもいかず、見えていない顔を両手で覆った。
「手早く済ませて……」
とんでもなく恥ずかしい恰好を晒していることなんてことは、嫌でも分かる。自分の目が開けられなくなったことが現在の羞恥を引き起こしているのだが、今ばかりは目が開けられなくて良かったと心の底から思っているのも本音だった。
もしも今の姿を見られているという光景を己の目で確かめてしまったら、あまりの恥ずかしさで若と顔を合わせられなくなるところだ。
ダイナの肢体が露わになる。彼女の身を隠しているのはもう、下着だけ。これを直視した若の脳内は一瞬にして様々な思考が繰り返し行われた。
これは必要なことだ。襲いたい。手を出してはいけない。呪いを解かなくては。誰もいない。二人きり。ほんの少しなら。どこまで触れることが許される? 文様はどこにあるのだろうか?
かぶりを振って全ての思考を追い出す。そして一つだけ、思い浮かべる。
さっさと終わらせてこの生き地獄から解放されよう。若はこの誓いを胸に、残りの文様を探し始めた。
足の裏から丁寧に、かつ素早く見落としている場所がないように隅々まで見ていく。足の指の間も開いて確認しているとくすぐったいのか、ダイナが足先を何度も閉じては開くを繰り返していた。
文様がなかったことを確認した若は徐々に視線を上げ、くるぶしからふくらはぎを流れるように見ていく。綺麗な足だと思って、何度目か分からない邪な考えを追い出した。
だが残念なことに、ざっと見渡せる場所に文様はなかった。いよいよもって、残っているのはダイナが頑なに開こうとしない内腿と、下着によって極僅かに隠されている場所だけ。
「足、広げるぞ」
「うぅっ……。出来ることなら、拒否したい」
ソファに寝かされ、右の裏膝を掴まれて大きく開かれる。足を開かれたダイナは完全に顔を両手で隠しており、また若も今の光景を見られたら完全に事案なのだろうと悟りの境地に入っていた。
もっときちんとした形で、彼女の心が完全に自分のものになった時に、こんな風に素肌を暴きたかったなんて思いながら、同時に役得でもあったと考えてしまうのは男の性か。なんて、己の良心にかけて手を出さないと誓っている以上、今すぐにでも解呪して一息つきたい。これが若の本音であった。
「なんでこんな際どい所に浮かび上がってるんだ。欲求不満なのか?」
ダイナの足を開けば、三つ目の文様はすぐそこにあった。これ見よがしに左の内腿のど真ん中に文様がある。これもさっさと消してしまえば、今度のダイナは身体ははねたものの声は唇を噛みしめて押し殺していた。
ようやく終わりが見えてきたと言いたいところだが、本番はここからだ。
ダイナの身体はそのほとんどを調べつくした。にも関わらず、まだ一つ見つかっていない。つまり、残っている場所はもう……。
「あー……。あー、ダイナ」
「ここに、ない? なかったら……」
若が言わんとすることは分かっている。それでもダイナにだって、最後の一線を守りたいという気持ちがある。だからここにどうかあってくれと懇願しながらダイナは自ら下着をずらし、下腹部の際どい場所まで晒す。これでなかったらもう、全裸になるしかない。
「Jack pot」
決め台詞が耳に届いた時には文様に魔力を流し込まれていた。同時にダイナの身体が一際大きくはね、声にならない声が口から漏れて、腰が弓なりになった。
今までに感じたことのない感覚に腰が震え、目が見開かれる。
「うっあぁ! あっ!」
ずっと光が遮断されていた瞳に、事務所の灯りはあまりに強烈であった。何も考えられない頭でも、本能は身を守るために身体を動かす。開かれた瞼はすぐに閉じられ、お陰で自分の真の姿を若に見られているという事実を認識せずに済んだ。
「ダイナ、もしかして今……。いや。それより治ったか?」
「う、ん。眩しかった。本当に、ありがとう」
ダイナはただ魔力を流し込まれていただけなのに妙な倦怠感のせいで動く気になれず、せっかく開けるようになった瞳は明るさに耐えられないので閉じたまま、身体を横たえたて呼吸を整えている。そんな彼女の頬は紅潮し、肩を上下させている。若にはその姿が艶めかしく映った。
何より、今の腰の震え方から体力の落ちようまで、まるで達したような動きは若の妄想を膨らませるにはあまりにも刺激が強かった。もう、我慢できそうにない。
「帰った──」
何というタイミングか。玄関扉が開かれ、誰かが帰ってきた。
あられもない恰好になっているダイナに、前屈みになってまさに手を出そうとしているように見える若を視界に捉えた男は一瞬言葉を詰まらせた。
「貴様、これはどういうことだ」
「…………。これは、そう。誤解だ」
「この状況の、何がどう誤解なんだ!」
大量の幻影剣を現出させ、一斉に若に向けて発射される。そして閻魔刀を抜刀し、若を一刀両断せんと迫るバージルの姿は娘に寄り付く虫を駆除せんと躍起になる父親そのものだ。幻影剣と閻魔刀を避けるためにダイナから飛び退いた若が何をどう弁明しようとも、ダイナの姿と自身の姿も相まって、説得力は皆無だった。
「クソッ! こんな目に合うって分かってたならお触りしたっつーの!」
若の悲痛な叫びは虚しくこだまするばかりで、解呪したというのにこの仕打ちはあんまりだと嘆かずにはいられなかった。
結局、バージルのコートを被せられたダイナの体調が戻って彼女が止めるまでの間、若は死にもの狂いでバージルの猛攻から逃げ惑う羽目になるのだった。