六月十五日午前七時二十五分。
無事アルテミスを倒したネロと二代目は地上に出ていた。まだ残っているクリフォトの根はないかと探していると大きく地面が揺れたので何事だと前を見れば、そこには大地を踏みしだく巨影があった。
鎧ともいえる分厚い鉄板に近い物質で身体を覆っている巨影は我が物顔で大地を練り歩いていて、時折武装されている武器から電撃の弾を辺りに撃っている。
「デカいな、流石に無視はできねえ」
ネロがレッドクイーンを手に取ると、二代目も異論なしとリベリオンを手に取って応えてくれた。
一先ず距離を縮めるために駆け出せば、こちらの存在を認めた巨影──ギルガメスは二人に向かって電撃を放つ。これらを何事も無く躱しながら近づいていくと、ギルガメスはあろうことか飛び上がり、四本の足を曲げて体にかかる衝撃を減らして着地した。
凄まじい揺れに二人は足元をすくわれそうになりながらも踏ん張って耐えると、ギルガメスの背中、甲羅のようになっている一部分にクリフォトの樹が蓄えた血だまりと同じ塊がついている。
「見えたか?」
「ああ。俺の右腕なら掴まっていける」
青い魔人の腕を自由自在に扱えるようになった今のネロは、悪魔の右腕を失う前と同じ動きが出来る。唯一の欠点としては物理的に右腕は失われたままなのだが、かつてと変わらない動きを再現出来ているから不便さはなかった。
「なら俺が陽動しよう」
するべきことが決まった時の二代目の動き出しはとにかく速い。ネロも負けじとギルガメスの体に飛びかかっていった。
ギルガメスは見た目のとおり機動力が低く、足元に二代目が張り付くだけで巨体から繰り出される破壊力を活かせなくなった。どうにかしようと躍起になればなるほど機動力のなさが仇となり、ギルガメスはいつの間にか追い込まれ、体を横たえていた。
ギルガメスが体を横たえた近くの地面に大きな穴が出来ていることに気付いたネロは何気なく覗きこむ。すると、そこにはVと使い魔のグリフォン、そして若の姿があった。
「何してんだ?」
ネロの声にいち早く気付いたのはグリフォンで、羽ばたきながら得意げに言った。
「見えないところで手助けしてやってんだよ!」
「どおりで。鶏肉くせえと思った」
「てめえ、このガキが……!」
言い合おうとするグリフォンに静止をかけようとするVよりも一足先に若が止めに入った。
「こいつは喋りだしたら止まらないんだ。あんま煽ってくれるな」
あの若がこんなお願いをしてくるのだから、相当に滅入っているのだろう。自分の使う魔具なら所有者としての睨みも利かせられるが、グリフォンの主人がVである以上、若がどれだけ言っても止まらない時は止まらない。まだ同行して一時間経つかどうかだというのに若の疲弊具合を見れば、流石のネロも口を噤まざるを得なかった。
「こちらは片しておく」
「ああ、俺たちは先に行く。頼んだぞ」
一方で、二代目とVは最低限のやり取りだけをして、それ以上言葉を交わすことなく自分たちが成すべきことへと切り替えていた。二代目はギルガメスを、Vは地下を進んでいく。
「じゃあ、また後でな」
Vが進んでいくのを見たグリフォンも黙って飛んでいく。若も軽く右手を上げながらも、視線と足は進む道へと向いていて、すぐに姿は見えなくなった。
「さてと。ゴキブリ退治だな」
思わぬところで邂逅を果たした四人は再度別れ、ネロと二代目はギルガメス討伐に精を出した。
六月十五日午前七時二十七分。
ニーズヘッグを倒したまでは良かったものの、すぐにギルガメスの猛攻にあった結果、地面が抜けてそこへ見事落ちてしまったVについて行くように地下へと降り立った若。地上でギルガメスを仕留めるために動いている二人と軽く言葉を交わした後、迂回の道を急ぎ進む。
とにかく歩けそうな道を選んで突き進むと、相当な広さを持っている造船所に出た。そして建物の上で巨影が暴れているのか、振動が先ほどよりも大きく感じられる。
「真上にいんのか? 天井に気を付けろよ!」
グリフォンの忠告に耳を傾けながら二人はクリフォトの蔓を駆除しながら倉庫の出口を探す。時たま頭上から光が差し込むのだが、原因は巨影が地面を踏み抜いて穴を開けるからだった。
造船所の一部はクリフォトの蔓によって一部風穴が空けられていて、建物の中に居続けたところで仕方がないので下るとまた地下通路と繋がっていた。道なりに行けば運よく外へと出ることが出来て、出た先はちょっとした広場になっていて馬に乗った人をかたどった小さな像と、横にはパレスのような建物が残っており、ここら一帯だけはどういうわけか赤とピンクの花が咲いていた。
パレスの中心部には一匹の悪魔が何かを探すようにうろついており、独り言を漏らしている。
「何としても魔剣スパーダを探しださねば。あの方は捨て置けと言ったが……」
鳥の雛に似た形をした気色悪い悪魔に下半身を融合させたような三つの顔を持った魔女はさらに何か呟いた後、ここに魔剣スパーダはないと判断したようで、歪めた空間に入っていくと姿が忽然と消えた。
「マルファスか。ちょいと面倒な相手だから、向こうからいなくなってくれて助かったぜ」
Vもグリフォンと同じように思っているのか、肯定はしなかったが安堵のため息を漏らしていた。
「逃がしちまって良かったのか?」
別段後を追いかけようという素振りすら見せていない若は体裁を保つような問いかけをする。どうやら若はマルファスを追うことよりも、マルファスが口にした魔剣スパーダが残っているという事実の方が気になっているようだ。
「追いかけようがないからな。それより、魔剣スパーダがあれば、俺たちの最後の希望になる」
Vの思わぬ発言に若は目を見開いた。Vが物知りなことについて今更驚くのも変な話だが、魔剣スパーダのことすら知っているというのはどうにも腑に落ちない。だが、今は何よりも意見が合致したことに若は喜んだ。
魔剣スパーダは初代と二代目、そしておっさんの持っているもので計三本がこの世界には存在している。若はアミュレットを失ってしまった時点で魔剣スパーダを持つ資格を剥奪されたため、本来であれば一生お目にかかることのなかった魔具が目の前にあるという現実は心苦しいものがあった。
だがそれ以上に、今から探しに行く魔剣スパーダはおっさんが所有していたもので、つまりこれはおっさんの形見になるかもしれない代物である。おっさんが死んだかもしれないなんてことは考えていない若でも、ネロには何かしら残せるものがあった方が良いとも思ったから、残っているというのならどうにかして魔剣スパーダを探しだしたいという思いが沸いていた。
「マジで言ってる? 探してどうすんの? スパーダを扱えるのは力と心を兼ね備えた者だけ。お前ら二人にそれがあんのか?」
「分かんねえよ。でもネロなら扱えるかもしれねえだろ? だったら探しだしてやるのが乙ってもんだ」
決して若は弱くない。Vと比べるなら、当然若の方が扱える可能性は残っている。というよりも、若で扱えなかったとすればネロに扱える道理がない。それほどまでに魔剣スパーダを扱うために必要とされる力は膨大だ。だが、若にとっては使える、使えないは重要じゃない。おっさんが使っていた魔具という事実が何よりも大切だった。
若の真意を推し量れないVだったが、目的が同じなら良しとして先へ進むために足を踏み出した時、まるで自分の体重を支えられなくなったかのように膝を折った。
「V!」
慌てて近寄るグリフォンに問題ないと答えたVは杖を使って自力で立ち上がり、少し頼りない足取りで進み始めた。
この一連を見た若は特に声をかけることはしなかったが、一応の心配はしてみせた。