Purple lightning

 六月十五日午前六時二十六分。
 Vに言われたとおり、クリフォトの樹に辿り着くための障害となっている根を駆除すべく、ネロと二代目は視界に捉えられる根の場所を目指して動き出した。
 元々は川であった場所に、どこから流されてきたのか、或いは水の上に建てられていた建物だったのか、地面が崩れたために水没したと思われる建物の屋根を伝っていくと、一番最初に捉えた少し離れた場所にある根とは別の根が建物の裏に隠れていたようで、その姿を確認することが出来た。
 最終的には全て駆除することになるが、現段階でクリフォトの根は見える範囲にあるものだけでも複数存在することを認めた二人は近いものから潰していくという簡素な答えを出し、進路を変えた。
 また、向かいの道、つまり新たなクリフォトの根を確認した視線の先で、若とVが悪魔たちを蹴散らしていた。Vは使役している使い魔を操って自身の元へ悪魔が近寄らないように立ち回っていて、若もそれを手助けするように使い魔たちに似た動きでVに悪魔が近付けないようにしており、遠目からだとVの使い魔がもう一匹増えたようにも見える。
「うまくやっているようだな」
 Vの戦いぶりは、正直不安が残る。使い魔たちも決して万能ではないし、操っている本人自身が機敏な動きをほとんど出来ない以上、不意打ちなどにとても弱い。だが、若が付いていれば滅多なことは起こらないだろう。恐らく若自身は使い魔たちの真似事をして遊んでいるだけなのだろうが、それぐらいで丁度いい。若が、Vが何者であるのかを分かっていないからこその態度を見ていいコンビだと思った二代目の呟きに、若と同じくVの正体を掴み切れていないネロは内心嘘だろと思いつつ、口には出さず歩みを速めた。
 建物を伝っていった次に進めそうな道は下水道しか残っておらず、二人は躊躇いなく内部へと侵入する。中は当然人などおらず、クリフォトの蔓がそこら中に蔓延っていた。
 人が普段立ち入らない場所だからこそだろうか。安全を考慮して設けられている非常出口の先はなんと図書館であった。相当に大きいこの図書館は二階建てとなっていて、広さも申し分ない。ただ、ここも例外なく被害はそれなりに受けているようで、本来であれば一階の高さにある部分が地面に埋もれかかっていたり、二階の窓からは外に流れる川がかなり近くに見えた。
 内装は教会図書館と呼ばれる建物に近いためか、二階の一番奥の部屋には神殿のドームと見て取れる高屋根があって、この天井を突き破って禍々しいクリフォトの根が成長を続けていた。
 目の前にそびえるクリフォトの根をどうやって駆除するかを見上げて思案していると、背後から殺気を感じた。慌てて振り返るネロと、動じていないのかゆっくりと振り返る二代目という二極の反応を示した先には、六枚のヒレのような羽で宙を舞う魚に似た悪魔が二人に敵意を向けている。
 紫の光を従えた悪魔──アルテミスは一言も発することなく、六枚の羽に数十個と付いている射出口から曳光弾を大量に二人の頭上に降らせた。
 左右に飛び退いた二人はそれぞれが手にする銃でアルテミスを狙うが難なく避けられ、反撃と言わんばかりに再び大量の曳光弾が打ち出された。当然二人も躱したわけだが、次はホーミング弾に追われることとなり、等間隔に隙間の作られている壁を器用に渡りながら弾を避けた。
 曲がりきることの出来なかった弾は次々に壁にぶつかって爆発していく中、最後の一発が空中で身動きのとれないネロに向かって行く。このままでは当たると思われる瞬間、ネロは口元に笑みを浮かべながら特別何かすることはなく、足を地面へと向けた。体を捩じったことで弾はネロの右側から飛んできている形となり、結果としてその弾は現出した青い腕に弾かれて後方へと飛んでいき、床に当たって爆発した。
「お喋りは嫌いか? そいつは気が合うね」
 ブルーローズを構え直しながらアルテミスを視界に入れるネロ。警戒を怠っていない真剣な瞳が捉えたのは、顔だと思われる部分が開いて裂けるほどの大きな口から威嚇のような金切り声を発するアルテミスと、その背後から拳を振りかざして現れた二代目の姿だった。

 六月十五日午前六時三十五分。
 Vと共に別の道からクリフォトの根を駆除するために行動する若は、歩みをVに合わせるなどという気遣いはしなかった。効率を上げるために二手に別れた手前、いちいち相手のことを気にかけていては成すべきことに支障が出るし、何よりV自身がそういった気遣いを求めるような奴ではないという直感があった。だから、いつもどおり自分の速度で先へ進めば、きちんとVは遅れないようにとついてきたので、直感は確信に変わった。
 川を挟んだ向かい側では、二代目とネロが悪魔を蹴散らしながら水没した建物の屋根を伝って先へ進んでいく姿が見える。
「こっちもさっさと決めちまうぞ」
 遅れてたまるかといった口調の若に対し、返答を寄越したのはVではなく使い魔の鳥であった。
「そう急かすなよ。こう見えてVちゃんは必死なんだって!」
 戦いに必死なことぐらい、言われなくても見ればわかる。悪魔の攻撃には細心の注意を払って避けながら使い魔を操っているようだが、その戦いぶりはまるで自身が傷つくことを恐れているような動きだ。一方で、悪魔に対して尻込みしているような様子はなく、ますますVという存在が若の中で謎に包まれていく。
 結局は大多数を若が一人で片し終え、武器をしまう。Vもこの程度で息を切らしたりなどはしていないようだが、戦いが終わったことに少しの安心感を覚えているように見えた。
「……まあ、何でもいいけどよ」
 謎は尽きないものの、Vが一体何者であるのかなんて問題は若にとっては別にどうでも良かった。目的が同じだから共闘しているだけの仲でしかなかったし、たとえVがいなかったとしてもユリゼンを討つという強い意志がある以上、引き下がることはない。
「ほとんど持ってかれちまったぜ。でもま、ラクが出来て良い感じってか?」
 若にほとんどの悪魔を片付けられてしまったことを鳥は愚痴りながらも楽が出来たと喜んでいるような言葉をVにかけている。これに対してVが反応を示さないと、無視するなだの俺だってあれぐらい楽勝だっただのと鳥は一匹でけたたましく喋り続けた。
 橋を渡っている最中にも喋り続ける鳥のあまりの煩さにイラついた若は八つ当たりとして、橋に絡みついていた一本のクリフォトの蔓をぶった切った。すると、橋は突然崩れ出し、瓦礫となって川へと沈んでいく。
 橋を壊した張本人は何事も無かったかのように橋を渡って陸地に着地したわけだが、Vはというと突然のことに慌てて駆けだすものの後一歩が届かず、体を宙に浮かせていた。
「おいおい! いきなりそりゃないぜ!」
「いいか。俺はお喋りな方だが、俺よりお喋りな奴は嫌いなんだ。分かったら黙ってろ」
 間一髪、使い魔の鳥の足に掴まったVは若と同じように橋を渡った先の陸地へと降り立った。そして言い合いを始める一人と一匹にうんざりしながらも文句一つ言うことなく、先へと進んでいく。
「Vちゃんからも何か言ってやってよ」
「先を急ぐぞ。……若、と言ったか。お前もあまりグリフォンに構うな。余計うるさくなる」
「相変わらずひっでェ言い草だな、え?」
 どこまでも本心とは別のことを喋るグリフォンに何を言っても黙らないことを理解した若は諦めたように大きく息を吐き、ガレージを抜けてストリートを進んでいった。
「こんなことで拗ねちまうたぁ、ダンテちゃんは勝手ね。……あ、若ちゃんって呼んだ方がいい?」
 なおもわざと声を張り上げて話しかけてくるグリフォンに対し、Vに言われたとおり無視を決め込んでいるというのに懲りないところは最早称賛に値する。
 ただ、やかましいと思う中で気になったのは、グリフォンが妙に馴れ馴れしいことだ。性格だと言ってしまえば確かに納得できる部分もあるが、どうも腑に落ちない。この感覚は、一方的に自分のことを調べ上げられたような不愉快さに近しいものがあって、それはグリフォンだけに留まらず、猫の使い魔もどこか気を許していないような、懐かしいものを見るような視線を向けてきていた。
 自分はどこかで、これらに似た何かと出会ったことがあるのか?
 若は自問したが、思い当たる節はなかった。これが分かればVの正体に多少の推測をつけられたかもしれないとも考えたが、出会ったことがないものはどんなに思い返したって出てくるはずがない。なら今は考えても仕方がないとして、若はクリフォトの根を前に足を止めた。
 根からはいつもの禍々しい血を蓄えたような蔓ではなく、ガク片を何枚もつけたような花の形状に近い蔓が蛇のような大口を開けて飛び出して来た。これを平然と避けるともう一本、どもりながら喋る何かが根から姿を現した。
「ニーズヘッグか、気持ち悪ィ」
 少し遅れてやってきたVについてきていたグリフォンが彼の腕に止まりながら喋る。
「お前、オレのことを知ってるのか?」
 名前を言い当てられたニーズヘッグはぶよぶよとした身体を揺らしながら質問をしてくる。こいつとしても何故一方的に知られているのか不思議なようだ。
「正真正銘のバカだ、放っておいて行こうぜ。どうせクリフォトから離れられねェ虫ケラさ」
「悪口言ったな!」
 喋り方などから知能が低いことは言われずとも分かる。それでも自分が悪く言われているということを自覚できる程度の知識はあるらしく、ニーズヘッグは明らかに怒った様子で辺りの花のような蔓を使ってまた襲ってきた。
「あらら、聞こえちゃった? 耳は良いのね!」
 どこまでも馬鹿にしながら避けるグリフォンと、さらに憤慨するニーズヘッグのやかましさと言ったらない。さらに、ブチ殺してやると発言したニーズヘッグの言葉にVが詩を用いて言い返し始めたため、若の限界を振りきった。
「もういい! お前たちのお喋りはたくさんだ!」
 普段はお喋りの若も、自分を度外視して喋り続ける奴らに一喝してニーズヘッグの操る花のような蔓を一本ぶった斬る。ただし、この程度では収まらない怒りを宿させたが運の尽き。グリフォンがいようがおかまいなしでニーズホッグ本体めがけて突進してくる若に、Vは頭を抱えながらも使い魔たちに指示を出して戦闘の中へと身を置いた。