Word wolf

 本日は晴天なり。だというのに彼らは事務所内で真剣な表情を浮かべ、七人でテーブルを囲んでいた。机上にはキッチンタイマーが置かれており、秒数を減らしている。
 何をしているのか。この問いに対しての答えは、ワードウルフで遊んでいるが解になる。
 今回の遊びは前回遊んだワンナイト人狼とは遊び方が違う。大きな軸となっている騙しあいをしながら人狼を見つけるという部分以外は全て変わっている。
 まず、ワードウルフに役職という概念は存在しない。あるのは“お題”と呼ばれるものだけだ。このお題は二種類用意されており、多数派(市民)と少数派(人狼)に分かれる。この時、自分がどちらであるのかは分からない。自分がどちらで、また周りの人たちも同じお題であるのかを探るため、次に“話し合い”を始める。話し合いの中では“誰が少数派(人狼)であるか”を考える。この時にお題そのものを発言したり、類似する言葉を言わせる、また直接分かるような質問は禁止とされている。
 設けられた話し合いの時間が過ぎれば、最後の“投票”に移る。話し合いの中でそれぞれが抱いた、この人物が少数派であると思う相手に投票する。
 少数派(人狼)への投票数が多ければ多数派(市民)の勝ち。多数派(市民)の誰かが一番多く投票された場合は少数派(人狼)の勝ちとなる。同票数であった場合は再度話し合い、票数が分かれるまで上記を繰り返す形となる。
 彼らが真剣になっているのは、誰が少数派(人狼)なのかを見極めている最中だからだ。全員の発言を記憶しながら、誰が一番食い違っているか……。皆が疑心暗鬼になる中、制限時間を示していたキッチンタイマーが気の抜けるような音を立て、五分経過したことを知らせた。
「誰か決めたな? 行くぞ、せーの」
 初代の言葉に合わせ、各々が話し合いの中で少数派はこの人だと思う人物に投票していく。
「俺が選ばれたか」
 一番多くの票数を得たのは二代目だった。彼が少数派であれば晴れて多数派の勝ちだが、結果を言ってしまうと二代目は多数派のお題をもらっていた。今回少数派だったのはおっさんだったので、おっさんの一人勝ちということで幕を閉じた。
「また外したか……」
「少数派は自分の貰ったお題にそぐわない話が出た時点で、自分が少数派であると分かるからな。後は同調しておけば無難に事が運んでしまう」
 何度か遊んでいるみたいだが現在は少数派を一人だけにしているため、誰が少数派に選ばれたとしてもその人が勝ってしまう現象が起きてしまっている。なので今度は少数派の人数を増やし、多数派五人と少数派二人にしてみるようだ。こうすれば必ず一人からは共感を得られるので、また面白いことになるだろう。
 では、彼らのワードウルフを覗いてみよう。
 多数派のお題は「初めてハンバーガーを食べた」で、少数派のお題は「初めてのキス」となった。誰がどちらのお題を貰っているか、予測してみてほしい。

「よーし。ゲーム開始だ」
 キッチンタイマーが動き出す。制限時間は五分だ。
「先ほど一番投票されてしまったから、俺から話してみよう。このお題に関してだが、いつだったか覚えていない」
「あー。俺も覚えてないんだよな。そんなこと一々記憶してないって」
「俺もだわ。この間食ったのは……それすら覚えてないわ」
 二代目の発言に共感したのはネロと若。この時、若の発言で気になった部分を小さな声で復唱したのは初代だったが、他の者たちがどんどん話を進めていくので誰も聞き取ることは無かった。
「……私も、記憶にない。もしかしたら、一度もないかも」
「いやいや。あのバージルだってあるはずだから、一度もないは言い過ぎじゃないか?」
「勝手に決めつけるな」
「自分で言うことじゃないけど、特異な人生ではあったから……」
「ダイナの人生で言えば、なくても自然だな」
 バージルは引き合いに出されたことにご立腹。若に幻影剣を乱舞だ。一方ダイナは記憶の限り一度もないと言い切った。これに同調するのはおっさんだ。
「あるかないかで語りだすと、大抵のことがダイナは経験していないことになるから判断材料として弱い。ってことで、ダイナから何か発言してみな」
「分かった。お題の物は……純粋に、気になる」
 初代に促され、ダイナはお題について気になると言った。確かに、一度として経験したことがないことは気になるだろう。
「今度俺と行こうぜ」
「楽しみにしておく」
「おおっと、抜け駆けか?」
「何が抜け駆けだよ。……で、バージルはどうなんだよ。だんまりは疑われんぞ」
 さらりと交わされたお出かけに対して大人げも無くついて行こうとするおっさんの相手もほどほどに、若はバージルに話を振る。沈黙しすぎるとお題が違うから話に入れないのだと思われてしまうので、注意どころだ。
「いつだったかなど覚えてない。だが、幼い頃だったとは記憶している」
「大抵小さい頃だよな……」
 バージルの発言に頷くのはネロ。二代目も口にはしないまでも、それぐらいだったように思っているようだ。
「これ、誰が少数派なのか分かんねえんだけど」
 上辺を取り繕った会話ばかりなため、結局誰が少数派なのかが分からない。ここで思い切った話を出したのはおっさんだった。
「もう少し切り込んでみればいいんじゃないか? そう。例えば……味とか、な」
「美味い」
「それは感想だ」
 美味しいと即答するバカは若。冷静な突っ込みを入れた二代目の顔は至って真面目なのだが、真面目なために見ていた他の面々は表情を緩める。
「おっさんの言ってる味って、辛いとか苦いとかそういうことだろ」
「別に美味いでもいいぞ? ちなみに俺は甘美な味だと思ったね」
「甘美さ? ああ、種類によってはそういったものもあるかもしれないか……」
 なんとも微妙な回答だと感じた二代目だが絶対にあり得ないとも言い切れず、おっさんの発言に対してどう判断すべきか悩んでいる。これを聞いた若やネロはそんな風に記憶するものじゃないと、疑心が高まった。
 ここでキッチンタイマーが終わりの時間を告げる。話し合いを止め、一番怪しいと思う相手へ投票する。
「Hmmm……俺が一番多かったな」
 投票結果は若、ネロ、二代目の3名から投票されたおっさんが少数派であるのではないかという結果となった。次点で初代とおっさんから投票されたダイナ。後はダイナから投票を貰ったバージルと、バージルに投票された初代という形。ともあれ、おっさんが少数派であれば晴れて多数派の勝ち。逆におっさんが多数派であったなら少数派の勝ちだ。
 さて、結果は……。
「少数派は初代と髭。……多数派の勝ちだな」
「よっしゃ!」
 指定されていたお題をお互いに見せ合えば、違うお題を貰っていたのは初代とおっさんだった。ということで今回は多数派である五人の勝利だ。ようやく少数派を打ち破れたと若は嬉しそうにガッツポーズを決めている。
「最後はちょいと攻め過ぎたか」
「だな。多数派のお題は“初めてハンバーガーを食べた”だから、甘味などは感じない」
「食い物系のお題を貰ってるってことまでは分かったんだがな」
 反省の気は感じられないものの、やらかしたとはおっさんも感じているようだ。とはいえ、少数派であった彼らのお題が“初めてのキス”である以上、辛いなどの想像は難しい。
「俺としても相手のお題が食い物って分かった時点で沈黙するしかなかった」
 ほとんど話題に参加しなかったのは初代。早期に相手のお題のイメージがついてしまうと下手な発言が出来なくなり、言葉数が減ってしまうのもワードウルフならではだ。その点で言えばバージルも口数が少なかったが、同じ多数派の者たちから共感を得られるワードを出せたのはかなり強かった。
「負けちまったのは残念だが……ダイナに一つ聞きたいことがある」
「なに?」
 感想もほどほどに、次のお題を提供するかという手前でおっさんが質問をした。
「ハンバーガー、食ったことないのか?」
「記憶の限りではないと思う。この間、ホットドッグを食べたのも初めてだった」
「ファーストキスは?」
「それもない。誰かと関係を持ったことがない。だから必然的に、未経験」
 これを聞いて色めき立つ赤い集団はさておき、もう一戦、彼らのワードウルフで遊ぶ様子を覗いてみるとしよう。
 多数派のお題は「告白される」で、少数派のお題は「キスされる」となった。誰がどちらのお題を貰っているか、予測してみてほしい。

「ゲーム開始だ」
 先ほどと同じくキッチンタイマーが動き出す。今回も制限時間は五分。多数派五人に対し、少数派は二人だ。
「これは、されたら嬉しいね」
 早速話を展開したのはおっさん。漠然とした内容ではあるが、出だしとしては丁度よいだろう。賛同されるか、曖昧な返答になるかが肝だ。
「だな。俺としては自分からでもいいぐらいだ」
「自信ありだな。俺としても同意だが」
 共感をしたのは初代と二代目。ネロはされると嬉しいが、自分からした方が……と曖昧な様子。若に関しては絶対自分からと言い切るほどだ。対してバージルはされても迷惑だと答えた。
「私は……自分からは勇気が出ない。それに、知らない人からされても困る」
 ここで少し変わった答えを返したのはダイナだった。自分からは勇気が出ないことらしい。知らない人からは嬉しくないとも。
「相手から迫ってきてくれるなら俺は拒む理由、ないがなあ……」
「知ってる相手からされたいってのは分かる。俺は今となってはって感じだけど」
 たくさん来てくれるなら大歓迎だと両手を広げて相手を受け入れるポーズを取るおっさんと、何も無ければ嬉しいが、ダイナとニュアンスは違えど今となっては困るとネロは言った。
「ここにいる奴らにされたらどうだ?」
 初代の新しい切り口に、各々の表情が曇っていく。そして口を揃えて言うのだ。ダイナ以外からなんていうのは想像もしたくない、と。ネロだけはダイナからされても断ると言い切るほどだ。
「……あっ、う……っ」
 顔面蒼白になっている男性陣とは正反対で、ダイナは一人顔を紅潮させ始めた。順番に初代、二代目、若、おっさんと視線を移し、両手で顔を覆ってしまった。
「どうした?」
「少し、手洗いに……」
 遊んでいる最中であったのだがネロに返事をすることなく、ダイナはそそくさと席を立ってしまったのでキッチンタイマーを停止させ、ワードウルフは一時中断となった。
「今のは……意識してくれたって思っていい、のか?」
 若が口にした考えにそれぞれが顔を見合わせ、徐々に嬉しそうな顔へと変えていく。ネロは自分は関係ないだろうからと興味なさそうだが、バージルは自分には向けられなかった視線に苛立ちを覚えているようだった。
「しかし、ダイナはしたことないんだろ? さっき自分で言ってたし」
「ん? ああ、そういうことになるか」
「そうなると……きっかけ次第ではしても良いのだろうか」
 若干の引っ掛かりを覚えた初代だったが、おっさんの言葉の意味を理解して納得の意を示した。それより、彼らの胸中を乱したのは二代目の発言だろう。
 何をきっかけとするかは大きな壁だ。だがその壁を超えた先にあるものは……。
「二代目。あまりにも誘惑が過ぎるぜ、その発想は」
 魅力の溢れた、自分にとって都合の良い展開。誰しもが口には出さずとも思い描いたことのある理想。おっさんも咎めるように言うものの、つい想像を膨らませてしまっているようだ。
 ここに居る者たち全員、都合のいい展開だけを叶えることは可能である。理屈は簡単なもので、ダイナを物理的に押さえ込めるだけの力を有しているからだ。だが決してそれはしない……いや、出来ないと言った方が正しいだろうか。
 ネロに関してはする理由がないから除外する。問題は残りの者たちだが、押さえ込み、無理やり迫ったとして本当に自分が得たいものが得られるわけがないことは分かり切っていたし、何よりも拒まれることが怖かった。
 家族という関係にヒビが入ることを恐れているのだ。恐れ自体はダイナも抱いている感情ではあったが、明かしたことのない胸の内を他の者たちが知る由は無い。
「……悪魔の証明など、出来るものではない」
「自分が想われているのかもしれないし、想われていないのかもしれないって状態か」
「それはシュレディンガーの猫じゃねえの」
 悪魔の証明だとバージルは言っているのに、若の解釈では蓋を開けるまで分からない理論なのでネロが突っ込む羽目に。
 悪魔の証明というのは何かの事象を取り上げた時、この世に存在することを証明するより、この世に存在しないことを証明することの方が遥かに難しく、もっと言ってしまえば不可能に近いことであるという話だ。
 しかし、存在しないことを証明できなかったからといって、全てのことがこの世に存在しているという証明にはならない。それはあくまでも“存在しているかもしれないし、存在していないかもしれない”という結論にしかならないのだ。だからここでバージルの言っている悪魔の証明とは、本当に意識されていないのか、証明する手立てがないということだ。ただし、バージルが自分自身に向けた発言であるということをぼかした言い方なために、ダンテたちが気付けるわけはないが……。
「待たせた。……もう、大丈夫」
 手洗いから戻ってきたダイナの顔に赤みは残っておらず、表情も普段と変わらないか、それ以上に感情を表に出さないものへと切り替えられていた。ダイナが事務所に来た当時を彷彿とさせる表情に若とネロは昔に戻ってしまったのかと狼狽えるが、おっさんは相変わらず飄々としていた。
「オーケー。遊びのお題で取り乱しちまうご本人が平気だと言うんだ。ゲームを再開しようぜ」
 キッチンタイマーが再び秒数を減らしだせば、誰からとなく話し合いが始まる。
「さて、中断させたダイナから何か切り出してもらおうか」
「うん。……その、みんなは経験、ある?」
 せっかく無表情を装っていたのに、お題がお題なだけにすぐどぎまぎし始めるダイナ。面白いほどに意識をしてくれるものだから、これみよがしにダンテたちは言葉を濁し、とことん彼女をからかった。
 結局、話し合いが終わって投票へ移る時にはダイナは顔を伏せて誰にも見られないようにしており、少数派を探すというよりはどれだけ意識をさせられるかで遊んでいたことが伺いしれた。
 ともかく、ワードウルフの勝敗を決めるため、大して意味を成さなかった話し合いを元にそれぞれ投票していく。
「俺か……」
 一番の票数を集めたのはネロだった。今回に関しては食い違っていたというよりは消去法というか、特徴的な発言をしていたのがネロとダイナぐらいしかいなかったと言うのが原因だろう。もちろん、その違いこそがお題が皆と違うから、という可能性は捨てきれない。
 さて、結果は……。
「少数派は俺と髭。……少数派の勝ちだな」
 おっさんは二連続で少数派だったようだ。もう一人の二代目もかなり無難な返答ばかりだったために特定されることは無かった。
「つーかこれ、お題からして似た会話にしかならねえな」
 はっきり言って、告白されるだろうがキスされるだろうがダンテであれば喜んで受け入れるだろう。逆にバージルであればどちらであれ拒む様子しか浮かばない。
「坊やが少数派だったら、もうちょい発言は変わってそうではあったか」
 反応が変わるとすればネロぐらいしかいないお題というのもなかなかだが、おっさんの言葉でもしも自分が少数派のお題を貰っていたらと考えてしまったネロは……。
「……ま、まあ、キリエからしてくれるってなら、その……」
 ダイナほどではないにしろ、軽く頬が赤らんだ。これをからかいだしたおっさんと、恥ずかしさを隠すために言い合いを始めるネロの横では、初代と若にこれまた言葉で誘導をかけられ顔を真っ赤にしているダイナの姿が。
「本当、何にも経験したことないんだな」
「う、うん……」
「遠慮しなくていいんだぜ? 何なら今から俺が教えてやってもいいけど」
「だから、そうやってすぐからかって……」
「反応するから、ついからかいたくなるんだよ。な、若?」
「そうそう。でも経験しちまえばからかわれなくなる、かもしれないぜ」
「……夕食、作る」
 一体何を経験させられる想像をしたのか言葉を詰まらせ、その場から逃げるようにキッチンの方へと足早に姿を消した。これを追うようにネロもおっさんとの言い合いに勝てず、顔を真っ赤にしながら姿を消すのだった。
「楽しかったな」
 二代目の一言をきっかけに、残ったメンバーはワードウルフの感想に花を咲かせだした。
「ああ、坊やもいじれたから俺は大満足だ」
「おっさんって、ネロを弄ってる時すげえ生き生きするよな」
「若だってそうだろ? からかいがいのある奴を構っていると、こっちも楽しくなるからな」
「からかわれている側は楽しいわけがないだろう」
 バージルのもっともすぎる突っ込みにそれもそうかとおっさんは大笑い。賛同した初代と二代目も笑った。
「お題のテーマを恋愛にしたのは正解だったな」
「こういった機会を設けないとダイナは絶対に口を割らないのは分かっていたからな。少し気の毒なことをしたが……」
「おい待て。テーマが決まっていたとは聞いていないぞ」
 若と二代目の発言は聞き捨てならなかった。何度か遊んでいる中で妙に恋愛に関係するような事柄が多いとは感じていたバージルだったが、秘密裏にテーマが固定されていたと聞き、ただでさえ下らない遊びに付き合ってやったというのに余計な企みまでしていたと知ったからには、やることは一つだ。
「別にいいだろ。バージルだってダイナの恋愛事情を聞けたんだから──」
「Dei.」
「だから! それやめろって!」
 遊びを提案しようとも、依頼帰りであろうとも、バージルにとって気に食わないことがあったら若が幻影剣の餌食になるのは形式美だ。やめろと言って止まる兄貴ではないので、こうなったらとことん避けるか喧嘩上等の二択だ。
 騒がしい物音を聞きながらの作業となったネロとダイナは気にすることなく、普段通りの手際で支度を始める。
「ったく、遊びで選ばれたお題だからって好き放題言いやがって」
「ああいったお題は苦手」
 苦手としているからこそ仕組まれていたということに最後まで気付くことのなかった二人。ネロは大体がおっさんへの愚痴だったが、ダイナはダンテ四人に対しての苦言を並べた。もっとも、苦言はネロにではなく当人たちに聞かせなければ意味がないのだが、普段の生活や仕事についてならばいざ知らず、何事もはっきりと申すダイナでも今回ばかりは面と向かっては言えないようだ。
 意識のしすぎだと理解はしているようだが、毎度ながら意識させるようなことばかりをされては、意識するなという方が無理難題というもの。また少し日にちが空けば、手段を変えて意識させに来るだろう。
 ダンテという男は、そういう奴だ。