今日は久しぶりのお休み。みんなが事務所でまったりモード。……というわけにはいかなかったようで、事務所はあちこち風穴があいている。どうやら若とダイナがまたバカをしたらしく、バージルの幻影剣に滅多刺しにされ、その余波で事務所がぶっ壊れたようだ。
「いってえ……。毎度本気でやりやがって……」
「最近、私にも躊躇いがなくなった。……皆ほど丈夫ではないから、冗談抜きで死にそう」
ダラダラと血を流しながら文句を垂れる二人。ダイナは来た当初女だからなのか、素性が知れないからなのか真意は定かではないが、問題を起こしても口頭で注意される程度で済んでいた。だったのだが、この間のサラダ騒動後からバージルたちの遠慮もなくなり、暴れたりとんちんかんなことをすれば容赦なくいろんなものが飛んでくるようになった。幻影剣はまだ可愛い方で、ひどいときは次元斬を浴びせられたこともある。
「そもそも、暴れなかったらいいだろ……」
「暴れてないだろ! ただダイナと遊んでただけじゃねえか!」
「だからってなんで建物の中でキャッチボールすんだよ! しかもボールはルシフェルの剣じゃねえか! 外したらどうなるか分かってんのか!」
「爆発するんだろ? だからこそスリルがあっていいんじゃねえか。なあダイナ?」
「楽しかった。……ネロも、一緒にしたかった?」
「誰がやるか! つかおっさんも何普通に貸してんだよ!」
「いや、そんな用途で使うって誰が予想出来るんだ? まあ面白かったからいいが……」
「楽しんでるじゃねえか!」
そんなネロの突っ込みも虚しく、若たちは毎日のように暴れている。若にとってはただの暇つぶしらしいが、同居している面々からすればたまったものではない。
「そういやダイナって、傷の治り方にムラがあるよな」
「傷の数が増えると、治りが遅くなる。一ヶ所なら大きくてもすぐに治るし、逆に小さな傷でも数が多いと全然治らない」
いまだに血を流しているダイナに若が疑問を投げかければ、簡潔な答えが返ってきた。
傷を移すなんてなかなかに強力な能力を持っている彼女だが、弱点がないわけではない。先ほど述べたことも弱点の一つだが、何より傷を移すには対象に接触しなくてはならないという大きな欠点がある。どんな力も、万能ではないということだ。
もっとも、共に居る仲間たちはダイナに負けず劣らずの再生能力があるのでそこまで気負う必要もないというのが現状ではある。
「ほう……」
意外にもダイナの身体能力に興味を示したバージルはおもむろに閻魔刀へ手をかける。
「……バージル?」
ただならぬ気配を感じたダイナは、じりじりと下がりながらバージルと距離を取る。それに合わせてバージルが距離を詰めてくる。
「お、おいバージル。何する気だよ……?」
「先ほどの説明が本当か、試してみようと思ってな」
「こ……この間、次元斬をもろに受けた時、私が死にかけたの、覚えてる……?」
「無論覚えている。だが、もう一度確認しても罰は当たらんだろう。恨むなら、日頃の行いを恨むんだな」
どうやら毎度暴れるダイナと若に相当ストレスが溜まっているらしい。若に関しては何度やっても無駄ということは双子である以上嫌というほどに知っている。ならば、そうでないものを黙らせればいい。……そう判断したようだ。
これには流石のダイナも命の危機を覚える。なんせ、先ほど受けた幻影剣の傷もまだ治っていない。この状態で次元斬なんてされようものなら、本当にあの世に行きかねない。
「待って。話せば分かる。だから次元斬はっ──!」
その日の夜。ミイラのような姿の人物がソファに座り、隣にいる初代を壁にしながら別のところに座るバージルの様子を窺っている。
結局あの後、弁解も聞き入れられず次元斬まで盛大に食らったダイナ。本当に死ぬ一歩手前で初代に助けられ、手当てを受けた。後は御覧の通り、バージルに怯え切ったミイラの完成だ。
「まあそう怯えるなって。いくらバージルでも、あれ以上はやらねえよ」
「絶対嘘。殺す気だった」
「あーまあ……止めてなかったら殺ってただろうな……」
「……よく、若やおっさんは平気な顔でいられる。……どうして?」
ダイナは最近になってバージルからの制裁を受けるようになった。だがそれ以前から若やおっさんは幻影剣やベオウルフでよくコテンパンにのされている。しかもバージルの恐ろしいところは、本気で殺りにきているのが分かること。ネロや二代目は……いや、二代目も結構殺しに来てる所はあるが、ネロはかなり甘い。……若には甘くない気がするが。
そんな生温いお怒りしか受けてこなかったダイナにとって、バージルのお怒りは悪夢以外の何ものでもない。だというのに若たちは喧嘩が終わった後は平気でバージルに話しかけたりしている。これがどうもダイナには分からないらしい。
「なんだかんだで血が繋がっているからな。……あれに懲りたら、ダイナも暴れるのは控えることだ」
「自重する。……二代目にも平気で斬りかかるようなバージルの攻撃なんか受けていたら、本当にいつか死ぬ」
「懸命だな」
この事務所内で一番強いのは誰と聞けば、当然のように全員が“自分”……なんて答えそうなものだが、実際の力量で言えば二代目が文句なしに一番だ。未来から来ているというのは伊達ではない。……とはいえ、結局元はダンテなので時たま残念になるときもあるにはあるが、基本的にはクールだ。
そんな二代目にすら腹を立てればバージルは閻魔刀を振るう。彼からしてみればダンテはみな平等に愚弟だ。ならば相手が自分より上であろうと手加減するはずがない。
それをこの前初めて目撃した。彼女の中でバージルはとてつもなく怖い人、という位置づけで落ち着いたようだ。……そういう解釈をしたなら彼の前で暴れるのは控えればいいものを、構わず若と大騒ぎするあたり、やはりバカなのだろう。
ちなみに二代目とバージルの対決だが、意外なことに二代目が綺麗に幻影剣で串刺しにされていた。力量では二代目の方が上ではあるが何やら兄には敵わない因果があるようで、しばらくの間壁のオブジェクトになっていた。
そんなことを思い出していると、風呂上がりのネロがやってくる。
「風呂空いたぜ。後入ってないのはダイナだけど……」
「いい。こんな傷で入ったらとんでもないことになる」
「それもそうか。しっかし、派手にやられたな」
「鬼のようだった。……そういえば」
ふと気になることがあり、ネロに尋ねる。
「ネロだけバージルに怒られているところ、見たことない」
「ダイナや若と違って、暴れたりしてないからな」
至極真っ当な答えが返ってきた。これには確かに……と、一瞬納得しかけたが、よくよく考えるとそれはおかしい。
ネロか二代目が怒るときは一番最初に暴れ出した者、つまりきっかけを作った奴を怒る傾向にある。だがバージルはそんな面倒なことはしない。暴れた奴は誰一人残らず、平等に幻影剣だ。ネロが原因で暴れたことは実際に一度もないが、巻き込まれて暴れたことはある。……というか、大体がそのパターンだ。
まず若かおっさん、ダイナ……時たま初代の誰かがバカなことを言ったり行動に起こしたりする。それを真っ先に止めに入るのはネロなのだが、振り回され、結果として一緒に暴れることになることがある。そこへ第三者が入り、さらにややこしくなっていく。そんなときでもバージルは関わった者を全員平等に叩き伏せる。……のだが、こういった場面でもネロだけは攻撃されていない。意図的に避けない限り、まず起こりえないだろう。
「そんなの簡単なことだろ。ネロがバージルの息子だからさ」
「……? 初代、そういう冗談は面白くない」
「いや、嘘じゃないぜ?」
脈絡のない初代の話をダイナは一刀両断。それでも本当だと言い張る初代を訝しんでいると、ネロが気恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「一応、そういうことらしい……」
「ネロとバージル、歳がそんなに変わらない。……なのに、親子?」
「おっさんとネロ以外はイレギュラーだってこと、忘れてねえか?」
「……忘れてた」
これにはダイナも驚きを隠せない。ネロもどこかしら、魔剣士スパーダの気配があるとは思っていたが、まさか孫だったとは。
「後ついでだが、この世界の本当のバージルはもういないぞ」
「……どうなったの?」
「俺がまあ……止めるためにな」
「えっ──」
バージルとダイナは別の世界から来ているが、ダンテたち四人は同じ世界から時間軸だけを移動していると考えられている。つまり初代がバージルを手にかけたということは、おっさんと二代目も同じ道を通っているということだ。
また、それが事実ということはダンテがネロの父親を……。
衝撃の事実に、ダイナはバージルの方を見やると、バッチリと目が合った。どうやら会話の内容が内容なので、バージルもこちらのことを見ていたようだ。
目が合ったことで余計に気まずくなったダイナはどうしたものかと悩んでいると、バージルがこちらへやってきた。
「別に貴様が気に病むことではあるまい」
「……バージルが、そういうなら」
無理な言葉がけは、逆に相手を苦しめる。必要ないと言うのであれば素直にそれに従った方がいい。
「そのことで、ダイナが来る前は結構荒れてたんだ。……確かに親子って感じはしないだろうけど、そこら辺はまだ……な」
ネロとバージルが一瞬顔を合わせるが、すぐに視線を外してしまう。ネロは照れ臭そうだがバージルは依然変わらぬ表情で、何を思っているのか窺い知れない。
親子という間柄がややこしいことを身を持って経験したダイナは、この気まずい空気も仕方ないものだと思った。ついこの間、偽物だったとはいえ両親を仲間たちが手にかけたのだ。何も思わないなんてことはあり得ない。
そしてそれは彼らも例外ではない。彼らも親とはなかなかに辛い別れ方をしている。事実、それが原因でダンテとバージルは決別をしたほどだ。そんな重い空気の中に飛び込んできたのは、やはりあの男だった。
「お、集まってなんの話してるんだ?」
「若か。部屋の掃除は終わったのか?」
「二代目に手伝ってもらったからな。今はおっさんの方の手伝いに行ってる」
どうやら姿が見えなかった三人は二階で自分の部屋を片付けていたようだ。というよりは、二代目に尻を叩かれながら渋々……と言った感じだろうか。二代目もご苦労である。
「で、何の話?」
「……バージルとネロが親子ということと、この世界のバージルはもういないって話」
「あ……、あー。そっか、ダイナには話してなかったのか」
これには若も困った様子。若自身もバージルとは決別した後だ。それがこうして別の世界のバージルだとしても一緒に居られるというのは、嬉しく思うのと同時に複雑でもある。
「あれだな。こういう話をしてると、俺たちがどれだけ異常かってのを思い知らされるな」
自嘲気味な初代の発言に、バージル以外の皆は顔に影を落とす。
今の生活は、それこそ誰もが願ってやまない幸せな家庭そのものだ。両親はいないにしろ、これだけ面白おかしい仲間たちがいる。本来ならば絶対にいないであろうはずのバージルと、息子のネロがいる。さらに半人半魔で少し変わり者だが、ともに人間界を守ろうとしてくれるダイナもいる。
しかし、それこそがおかしな現実であることは明々白々であり、だからこうして矛盾が生まれている。
「元に戻る方法さえ見つかれば、すぐにでも出ていってやる」
バージルも平然を装ってはいるがわざわざ言葉にするあたり、何かを振り払っているようにも見える。彼自身はまだダンテと決別していない。それでも、考え自体はかなり力に固着している部分がある。……この世界と同じ未来を辿るのも、ないとは言えない。
「……そう、だよな。それがあるべき姿なんだもんな」
若も理解している。
……そう。普段おちゃらけている若ですら、この現実はおかしなものだと分かっているのだ。それでも、おかしいことだと分かっていても、その現実から目を背けてしまいたくなるほどに……今の生活は楽しい。
「戻ったら、また一人……」
ダイナは元の世界へと帰れば、また地獄のような日々を永遠と送るのだ。……しかしそうだとしても、いつか帰る日がやってきてしまうかもしれない。
「何暗い顔してるんだ?」
そこへ声をかけたのはおっさんだった。どうやら片付けを終えたようで、二代目も遅れて降りてくる。
「……さしずめ、元の世界の話……といったところか」
「なんだ、そんなことか」
そんなことと軽く一蹴するおっさん。確かにここの世界自体はおっさんとネロがいる世界だ。そう考えると、おっさんは別段困らないだろう。だが、怒ったのはネロだった。
「そんなことって……! おっさん、いくらなんでもその言い方はないだろ」
「おっと、勘違いするなよ坊や。別にどうでもいいって意味じゃねえぞ。……そんな、今考えたって仕方ない事に頭抱えたって無駄だろってことさ」
その言葉にハッと気付かされたように、ダイナと初代の表情が戻る。若はどういうことだと頭を捻っている。
「……ま、そうだよな。その時になったら考えればいいことだ」
「たとえ自分がイレギュラーな存在であっても、こうして生きていることは変わらない。だったら、今を大切に生きたい」
「それでいいのさ。……で、若はまだ分かってないのか?」
「もっとわかりやすく言ってくれ!」
これにはおっさんと二代目が顔を合わせて苦笑い。どうやら、過去の自分がバカすぎてどうしたものかと考えているようだ。
「愚弟が。……今までどおりでいいと言っているのだ」
「愚弟じゃねえ! 後、今までどおりって?」
どうもなにも、言葉のままなのだがこれでも伝わらないのは流石だ。そしてそんな若に意味を伝えるとするならば、言葉よりももっといい方法がある。
「つまり……こういうことだ」
「ぎゃああああ! なんでいきなり幻影剣を展開してんだよ! ちょ、やめろ!」
「バージルここではやめろ! 俺らにもあたる!」
「愚弟ならば何人にあたろうと構わん」
「滅茶苦茶いってんぞおっさんの兄貴! なんとか止めろ!」
「お前の兄貴でもあるだろう! 初代が行ってこい!」
「絶対喰らいたくないっ!」
こうしてネロ以外が幻影剣の的となった。
最終的にオブジェとして壁に飾られたのは若、初代、おっさんの三人。いつもどおりである。ちなみにダイナはこれ以上傷が増えると本当に死にかけないので、なんとか二代目に守ってもらっていた。ネロ曰く、二代目の背中に震えながら隠れているミイラはなかなかに面白い光景だったそうな……。
彼らが元の世界に帰る方法は、手掛かり一つ見つかっていない。いつかは帰る日が来てしまうのかもしれないが、起こり得るのかも分からない未来の話。それまでは今までどおりに騒いで、怒られて、仕事をこなして……。
だが、今はそれでいい。今の彼らにとってはそれが“当たり前”の日常なのだから。