Encounter with the dead person

「あー、やっと終わったぜ」
「おう若、帰ったか」
 仕事から帰ってきた若は、疲れた体を投げ出すようにソファへ座った。
 近頃、悪魔の出現が頻繁化してきていた。そのため彼らは忙しく、店に帰ってきてはすぐに出かける日々が続いている。今は珍しく初代が店に残っており、若を出迎えていた。
「初代のところはすぐ終わったのか?」
「ああ、なんか異様に少なくてな。楽が出来た……と浮かれられる状況でもないのがあれだが……」
「ただいま……」
「お、ネロ! そっちも終わったのか」
「やっとな。……ったく、雑魚のくせにいつまでも湧き出やがって」
 雑魚の掃討にうんざりといった様子で帰ってきたのはネロ。彼もまたソファに座り、一息つく。だが、悪魔たちは彼らを休ませる気はないようで、再び街の方から悪魔特有の気配が漂ってくる。
「はあ!? またかよ!」
「いい加減にしろっての……」
 これに若とネロは文句を垂れる。先ほど帰って来たばかりだというのに、この調子ではシャワーどころかトイレにも行けやしない。
「まあそう腐るなよ若い衆。とりあえず俺が行くが、別の場所にも沸いたらどっちか行けよ」
 そう言い残した初代は二人の返事も聞かず早々に出て行った。ソファに座っている二人は顔を見合わせ、次の悪魔が来るまでゆっくりするか、なんて思っていた矢先に二ヵ所、初代が向かった場所とは違う所から悪魔の気配が溢れ出す。
「おいおい、ダブルかよ」
「休ませてくれる気はない、か。若はどっちに行く?」
「どっちでもいいが……気分的に西の方だな」
「なら俺は東だ。……気を付けろよ」
「そっくり返すぜ!」
 勢いよくソファから立ち上がり、若は扉を派手に蹴飛ばしながら右の方面へと向かっていった。
「……若、西と東が分からないなら右か左で言えよ」
 若が西と思って走っていった方角は東なわけで、結局ネロが西側へ赴くことになった。

 各所にて交戦状態である中、ダイナは一足先に下級悪魔たちを蹴散らし終えていた。数が少なかったことも幸いし、特に息は荒れていない。下級悪魔たちはジェラルミンケースで全て撲殺したようで、表面上に灰がかかっている。それを払い、一度帰る為に事務所の方へ足を向けた。
「……また、沸いた?」
 これで三度目。殲滅し終え帰ろうとすると、再び湧き出す。これには流石のダイナも嫌気が差してきたようで、ため息を漏らしている。
 だが、今度は違った。
 反応は一つだけなのだが今までの下級悪魔とは違う、独特な雰囲気がある。これと対峙したのが他の面々だったならば喜んで相手をしていたのだろうが、生憎ダイナには強い悪魔と戦いたいというような欲求はない。とはいえ引くわけにもいかないため、気を引き締め直し、湧き出た悪魔の元へ向かう。
 気配を消してゆっくりと近づくと、そこには一人の悪魔が立っていた。
「そんなっ──!?」
 姿を見て、驚愕した。
「っ……」
「しまった……」
 ダイナが驚いた拍子に相手がこちらに気付き、慌てて逃げていってしまう。今から追えば追いつくかもしれないが、敵の懐へ突っ込む可能性が極めて高い以上、深追いは禁物だ。
「一度、戻るべき」
 先ほど見えた悪魔のことは気になるが、他の悪魔たちと連戦した後であることを忘れてはならない。
 自身に戻れと言い聞かせながら、その場を後にするのだった……。

「ただいま」
「無事だったか。今迎えに行こうとしていたところだ」
 出迎えてくれたのはおっさんだけ。ここ近日の悪魔の活発化により、みんな帰ってきてはすぐに別の現地へ赴く日々が続いている。そのため、こうして誰かと顔を合わせる方が珍しいほどだ。
「何度も雑魚に沸かれて時間を食った。他に問題は……ない」
 一瞬、逃した悪魔のことが脳裏をよぎったものの、報告はしなかった。……何か彼女なりに黙っている理由はありそうだ。それを悟られないようにするためか、ダイナはジェラルミンケースからレヴェヨンを取り出し、手入れを始める。
「問題なし、か。……その割には幽霊にでもあったような顔してるぞ」
「幽霊なんて存在しない。いるのは悪魔」
「いやまあ、そうなんだがな? まるであり得ないものにあったような表情を浮かべているから、気になったんだ」
 いつも飄々としていて掴みどころのないおっさんだが、こういった時の勘は嫌というほどに冴えている。図星を突かれたダイナはどういったものかと悩んでいると、ふとあることに気付く。
「存在しない……あり得ない、もの……?」
「どうした」
 自分の言葉とおっさんの言葉をもう一度繰り返せば、気付いたことに現実味を与えた。
 幽霊とはすなわち死者のこと。死んだ者が蘇るわけがないし、もしなんらかの呪術や禁術で現世に留められているのだとすれば、それは歪んだ存在だ。
 ──では、別の世界から来たならばどうか?
 ダイナが生まれ育ち、悪魔が溢れかえる地獄と化した世界でのダンテとバージルは命を落としている。だが、現在ダイナのいる世界ではダンテは生きているし、バージルの息子であるネロもいる。
 バージル自身も、別の世界からやって来たバージルが存在している。
 であるなら、ダイナの世界では死んでしまっている人物が、こちらの世界では生きているというのはなんら不思議ではない。
「行かなきゃ……!」
「あ、おい! 待てダイナ!」
 初めに見た時は信じられなかったが、あの悪魔が誰だったのか確信を得たダイナはケースをそのままに店から飛び出し、おっさんの静止も聞かずに駆け出していってしまう。
「ったく、なんだって急に……っ! クソッ、こんなときに……」
 後を追おうとしたおっさんだったが、運悪くダイナの向かった先とは真逆の方向から悪魔の気配を感じ取る。場所からして住宅街に近く、放っておけば大きな被害が出るだろう。
 ダイナのことは気がかりだが、街の方へ向かうしかない。
「無茶するなよ」
 心配するおっさんの声が耳に届くこともないまま、ダイナは一人で先ほど逃してしまった女性を追いかける。

「どこ……? どこに行ったの?」
 一度悪魔を見かけた場所へと戻ってきたダイナは辺りを見渡すが、探し人の姿をとらえることは出来ない。
「探さなくては」
 気持ちばかりが先走り、焦りが生まれる。そして焦れば焦るほど視野は狭まり、状況は悪化していく。そんな状態で当てもないまま、やみくもにあちこちを駆けまわり一人の人物を探し出すのは不可能に近い。
 削られていくのは心と身体。
 見つけなくてはならないと思い込むほどに心から余裕は消え、必要以上に体力を使い消耗する。
「──くっ!?」
 突如としてダイナを襲ったのは足の痛み。見れば無数の切り傷と、そこから溢れ出る血で右足は赤く染まっている。
「いつ……やられたの……?」
 気付かなかった。
 これほどズタズタになるまで、彼女は気付かなかった。
 ここで初めて我に返る。辺りには無数の悪魔の気配。そこへ自ら考えもなく入り込んだことに。罠にかけられたわけでもない。ただ純粋に、注意が散漫になっていたせいで起こった出来事。
 ダイナは思案する。この状況をどう切り抜けるべきなのか。そして何のためにそこらじゅうを駆けているのか。
「……足を止めている暇は、ない」
 下した判断は明らかに悪手だ。そう分かっていても、足を止めたくないのだろう。
 傷は放っておけば治るものとし、自分の前に立ちふさがる悪魔だけを片して前へと進む。だが当然、怪我をした足では移動速度が落ちる。そんなダイナに群がるように、背後から悪魔どもが押し寄せる。
「ぐっ……あっ……!」
 背中に増えるは大量の切り傷。増えるほどに遅くなる傷の治り。
 失血により襲い来る眩暈。呼吸が浅くなり、意識が朦朧とする。
「倒れる……わけ……に、は……」
 気力を振り絞るも虚しく、身体から意識が手放される。
 最後に聞こえたのは悪魔が振りかぶる鋭い刃が風を裂く音と、ぼんやりと聞こえた何かの音だった。

「──。何か──だったんだ?」
「分かって──。放って──、──でしょう?」
 はっきりとしない意識の中、耳に入ってくるのは男女の言い合う声。誰かが話しているようだ。
 さらにその声が反響している。……ここは、洞窟の中だろうか?
「うっ……」
「目が覚めた?」
 倦怠感が抜けないまま、無理に身体を起こそうとすると声が漏れてしまった。
 その声に気付いた女性が声をかけてきた。歳はダイナと同じぐらいだろうか。
「ここは……──っ!」
 ダイナは息を呑んだ。
 声をかけてきた女性こそが、先ほどまで必死に探していた人物だったからだ。……いや、正確に表現するならば、探していた人物よりも若い。それでも、探していた人物であるという確信はあった。
「……私の顔に何か?」
「いっ、いえ」
「おいおい、助けてやったんだ。お礼の一つもなしか?」
「あっ……ありがとう、ございました」
 喉から感謝の言葉を絞り出すのがやっとだった。
 女性の方のことは確証を持って探していた。だがこうして対面すると、やはり戸惑ってしまう。おまけに、もう一人の男性も自分と同じぐらいに若いが、見知った顔だった。これには動揺を隠せない。
「まったく。たまたま俺たちが通りかかったからよかったものの、あのままだったら確実にお前は死んでいたんだぞ。そこのところ、分かっているのか?」
「こら、隼! それが怪我人に向ける言葉?」
 隼と呼ばれた黒髪の男性が、こいつは何を言ってやがるんだと言わんばかりに口調を荒げた。
「傷は全部エイルが背負っちまっただろうが」
「彼女、死にそうだったんだもの。仕方ないでしょ」
「また出た、エイルの仕方ない。それで何度自分の命を危険にさらしたと思ってるんだ、おい?」
 どうやらこういった手合いの話は幾度となく揉めてきた内容のようで、ダイナそっちのけで二人は喧嘩を始める。
 これには最初面を食らったような顔をするダイナだったが、いつまでも言い合う姿を見て、ふっと笑みをこぼした。
「あ? 何笑ってんだ、お前」
 頭に血が上っているところに笑われたことで、隼の怒りの矛先はエイルからダイナへと移る。
「もう! 隼、やめなさい!」
「いいの。……怒るのは、大切に思っているから。私はそれを知っている」
 今、一緒に生活をしている仲間たちの顔を思い浮かべながら、そう口にする。今回のことを知られたら、またこっぴどく怒られるんだろう、なんて考えながら。
「大切に……。ふふっ、隼ってば、そんなに私のことを想ってくれてるんだ?」
「ばっ──! うっせぇ! んなことはいいんだよ! ……っ、それよりお前、まだ質問に答えてもらってねぇぞ」
 エイルの言葉で一瞬にして顔を真っ赤に染めた隼が、話題を変えるようにダイナに詰め寄る。睨み付けてくる瞳は、余計なことをと言いたげだ。
「あそこにいた理由……。それは、貴女を探していた」
「……私、を?」
 何故あんな場所にいたのかを話すと、凄まじい殺気とともに黒と白の二丁拳銃を突きつけられた。
「何が目的だ。……言え」
「ただ、会いたかった。会ってどうするかは、決めてなかった」
「ふさげてんのかっ!」
 隼の怒鳴り声と同時に鳴り響いた銃声音。
 こめかみに向けられていたそれを間一髪のところで避けたダイナの頬に銃弾がかすり、血が垂れる。だが対して深くもない傷は見る見るうちに塞がっていく。
「その反射速度に再生能力。……お前も悪魔だな」
 エイルをダイナから離し、その間に立って再び銃を構える隼。
 悪魔かと問われたダイナは何も言わない。この沈黙を肯定だととらえた隼は、引き金を引こうとする。
「……! 待って、隼! 私、この人を一度見たわ」
「どこでだ」
「ほら、話したじゃない。森で悪魔の気配が消えて、見に行ったらどこからか気配を感じたから、逃げてきたって」
「お前、その時にエイルを見て、それで追いかけてきたのか?」
 ダイナがコクリと頷いて、両手をあげる。
 これを見て、二人はどうしたものかと目配りをする。……そして、隼が銃口を下げた。
「何故、エイルを知っている」
「それは……」
 言い淀み、なかなか口を開かないダイナにしびれを切らした隼は、別の提案をする。
「質問を変えてやる。エイルのことをどこまで知っている」
「……悪魔であること。傷を移す能力の使い手であること。スパーダの部下であること。これで全部」
「なら、俺のことは」
「人間であること。東洋人……詳しく言えば、日本人であること。日本にいた頃はちょっとしたワルで、二丁拳銃の扱いが巧い。これで全部」
 どこまで知っているのかを喋ったというのに、これを聞いてきた隼はダイナが答え終わる頃には気味悪がっていた。
 同様にエイルも驚いていたが、最後の言葉には首を傾げていた。
「私のことは二つ正解。だけど、私は伝説の魔剣士スパーダの部下ではないわ。……そりゃ、そんな身分になれるならなってみたいけど」
「そんだけ詳しい癖に、何を最後に訳の分かんねぇ勘違いしてんだ?」
 意味分かんねぇと隼が漏らせば、エイルもどうしてそう思ったんだろうね? なんて困り顔だ。
 とはいえ、二人の困り顔なんて可愛いものだというぐらい、ダイナは信じられないことを聞いたような表情を浮かべていた。
「……違うの?」
「ちげーに決まってんだろ。確かにエイルはスパーダとかいう悪魔を尊敬して、人間のために今もこうして悪魔たちと戦っているのは事実だ。だが、それだけだ」
「そんな私を見かけた隼がね、女がそんな危ない事してるなって、こうして私と一緒に戦ってくれているの」
「おまっ! なんで言うんだよ!」
 こっぱずかしい過去を暴露され、またまた顔を赤くしながら怒る隼。これを見たエイルは最初クスクス笑っていたものの、冷静に考えだすと言葉が詰まらせた。
「……なん、で、だろ? なんだかこの子には話してもいいって思って……」
「はあ? なんだよそれ。ってか、この子って呼び方はねえだろ。見た感じ俺らと歳は変わんねえんだぞ?」
「なんだか……そんな気がして。ごめんなさい、気を悪くしないで」
「大丈夫。すごく、嬉しかったから」
「子ども扱いされて嬉しいとか……最近の悪魔はよく分かんねぇ」
 毒気が抜かれたのか、拳銃をしまう隼。ダイナも上げていた手を下ろし、二人に提案する。
「悪魔と戦い続けるの、二人だけでは危険。私も手伝う」
「ボロボロになって死にかけてた奴の言うセリフかよ」
 隼とエイルがダイナを見つけた時は事実、虫の息だった。そんな相手にお手伝いしますと言われて、お願いしますと命を預けられるわけがないのは、普通の見解だろう。
「その点に関しては反省している。……戦えるということを証明すれば、認めてくれる?」
 それでもなお引き下がらないダイナに、エイルが一言申した。
「……どうしてそこまで私たちにこだわるの? 私がしていることは同族殺しだってこと、分かっていないわけではないでしょ?」
 これに対してダイナは力強く答えた。
「私は二人を守りたい。ただそれだけ。その相手が同族だったとしても、二人に仇名すというならば関係ない」
 ハッキリと言い切られ、エイルと隼は顔を見合わせる。
 今までのやり取りの中で、ダイナから殺気や邪な感じは何一つとして向けられることのなかった二人。
 自分たちのことについてここまで詳しいことについては依然不気味なままだが、それを除けば悪い悪魔には到底見えない。
「……まぁ、お前も悪魔に襲われていたわけだし、俺らと同じことしてるってのはなんとなく分かる。だが、お前みたいなどんくさい奴が、これまでずっと一人で生き残ってこれたとは考えにくい」
「戦闘能力について、信用度が低いことは理解した。それと、一人ではないことも肯定。私は今、他の仲間の事務所でお世話になっている」
「……ここ最近は私たちが倒していないのに悪魔の反応が消えることが多くあったから、嘘ではないみたいね」
 他にも悪魔狩りをしている人たちがいる、ということには信用を得られたようだ。
「仲間がいるっていうなら、俺たちとしても二人で戦い続ける理由はねぇからな。……なら、そこへ案内してもらおうか。もちろん道中で悪魔が出たら戦ってもらうぜ?」
「異論なし。戦いぶりを見て、戦闘能力を推し量ってもらえればそれでいい」
「期待してる。私はまだ傷が完全には治りきっていないから、何かあったら守ってもらっちゃおうかな?」
「……任せて」
「おいおい、俺のことを忘れるなよ」
 いつまでも同じ場所に留まり続けると、悪魔に嗅ぎ付けられる可能性を危惧し、すぐに出発することになった。そうして事務所に向かう途中、エイルに頼られたことが余程嬉しかったのか、ダイナは今までにないぐらいの良い表情をしていた。
 ──そんな彼女の先導に連れられて歩く二人の、ほくそ笑む姿に気付くこともなく。

「ただいま」
 道中で悪魔に襲われることもなく、無事にエイルと隼を連れてダイナはおっさんの事務所へと帰ってきた。
 すると……。
「遅かったな」
「待ってたんだぜ? ……ダイナの帰りを」
「ダイナ! その身体っ──!」
「黙っていろ」
「ってえな! だから毎度やめろよ!」
「おい! 今は揉めてる場合じゃないだろ!」
「坊やの言うとおりだ。今は──」
 全員に出迎えられた。
 ダイナは、この光景を異様に感じた。
 ここ最近は悪魔が出ずっぱり。おかげで事務所メンバーは大忙し。にも関わらず、全員が“帰ってきている”というのは、異様というほかない。
「──狩りの時間だ」
「うおっ!?」
「なにっ……!?」
 何の前触れもなく、おっさんのエボニー&アイボリーがダイナの後ろにいたエイルと隼に火を噴いた。
 間一髪のところで避けた二人は慌てて武器を構える。エイルは槍を。隼は二丁拳銃を。
「やっ、やめて! この人たちは敵じゃない!」
「おいおい、どうしちまったんだよダイナ。俺たちはなんだ? デビルハンターだろ? だったら悪魔を狩るのが仕事だ……違うか?」
 そういって今度は初代が二人に銃口を向ける。
「おい! これはどういうことだ!」
「私たちを……嵌めたの……?」
「違うっ! お願い、私の話を聞いて! 確かにエイルは悪魔。だけど、悪い悪魔じゃないから──!」
 無我夢中でダイナは初代と二人の間に入り、必死に仲間たちに説得をした。
 彼らは私たちと同じ悪魔狩りをしているのだと。私たちに危害を加える人物ではないと。
「ダイナ。……言いたいことは分かった。下がっていろ」
「っ──!」
 二代目の気迫に押され、ダイナがたじろぐ。その一瞬を見逃さなかったおっさんと初代が再び二人へ発砲する。
 だが武器を構えていた二人は危なくもそれを防ぎきる。
「てめえ……ダイナとか言ったな。俺はともかく、エイルまで嵌めたこと、絶対に許さねえぞ」
「ひどい……信じていたのに……」
「違う、違うの……。どうして……みんな……」
 あれだけ説明したのに二代目や初代、おっさんは武器を下ろしてくれない。それどころか、連れてきたエイルと隼にまで疑いの目で見られ、ダイナは狼狽する。
「行くぞエイル!」
 隼はありったけの憎悪を含んだ瞳でダイナを睨み付けた後、エイルを庇うようにしながら扉から出て行こうとする。
「悪いが、帰るにはまだ早いぜ」
「ダイナをあんな目に合わせておいて、覚悟は出来てるんだろうな?」
「弱者は死ぬ。それが定めだ」
 この短い攻防の間にネロ、若、バージルは逃げられないように背後を取っていた。
 完全に逃げ道を失った挙句、囲まれたエイルと隼。二人はもう、戦って勝つ以外に生き残る術はない。
「お願い……やめて……」
 どうしていいか分からないダイナは膝を折り、ただ小さな声でやめてと懇願することしか出来ない。
 そんな彼女の声が届くことはなく、エイルと隼は若とネロ、バージルを相手に抗戦している。
 最初は三対二であるにも関わらず善戦していたエイルと隼だったが、それも長くは続かなかった。圧倒的な力でバージルはエイルを叩き伏せた時、ネロと若がそれに合わせて拳銃を向けた。
「やめてえ! お母さんを撃たないで!」
 ダイナの悲鳴に近い叫び声が、響いた。
「なっ──!」
「くそが……!」
 “母”と聞いたネロと若は、慌てて照準を別の位置に変える。
「バカがっ!」
「ちい! どんな反射神経してんだよっ!」
 無理に銃弾の軌道を変えたため、体勢を崩してしまった二人。そこへ追い打ちをかけるように隼は引き金を引いたのだが、それはバージルの幻影剣によって届くことはなかった。
「もうやめて……。二人のことが気に入らないなら、私が二人を連れて出ていくから。……だから、お願いだから……」
 ガクガクと震える身体を無理やり立たせ、ダイナは三人に頼み込む。
 何度も、何度も。
 お願いだから、もう撃たないでと。
「どの面さげて……!」
「話は、後でするから。……今は、ここを離れよう」
 怒る隼をなだめるように言いながら、ダイナがエイルと隼の元へ近寄った時、若が慌てた。
「お、おい! そいつらに近づくんじゃねえ!」
「大丈夫、だから。急に連れてきて、ごめ──ぐぅっ!?」
 話している途中、急に口から血を吐くダイナ。見れば、バージルの閻魔刀が腹部を貫通している。
「いつまで騙されている。いい加減にしろ、クズが」
 そう吐き捨て、刺していた閻魔刀を思い切り引き抜く。
「がっ──はっ……」
 目の前の視界が回り、倒れ込む。穴の開いた腹部からはとめどなく血が流れ、床が赤黒く染まっていく。
「バ、バージルてめえ! 今のダイナの状態を分かってやってんのかっ!」
 若がバージルの胸倉に掴みかかる。凄まじい形相で睨み、今にも殴り掛かりそうだ。
「ダイナ! ダイナ、しっかりしろ! 意識を保て!」
「いくらなんでもやり過ぎだぞバージル!」
 初代はダイナを抱きかかえ、ずっと声をかけ続けている。おっさんも若と同じようにバージルに怒りを向けている。
「初代、ダイナを頼むぞ。ネロ、二人を始末する。手伝ってくれ」
「なんとかしてみる」
「あ、ああ。分かった」
 二代目に声をかけられた二人がそれぞれ言葉を返す。
 初代はダイナを介抱し、ネロは二代目に続く。
「ここまでダイナを傷つけて、無事に帰れるとは思っていないだろう?」
「お前らはぜってーぶっ飛ばす」
 二代目とネロが武器を構え、エイルと隼に対峙する。
「何言ってやがる。身内で腹ぶっ刺しといて、俺らのせいってか?」
「猫かぶりも大概にしろっていってんだよ。……それとも、俺たちが気付いてないって思ってるのか?」
 ネロの言葉にエイルはキョトンとしたかと思えば、ニンマリと口角をあげて話し出した。
「なあんだ……残念。結局騙せていたのはかわいそうな女の子だけかあ。じゃあ仕方ないよねえ。……ねえ、隼?」
 エイルにつられるように隼も口角をあげ、悔しがっている割には楽しそうに話しだす。
「ケッ。こんだけ大掛かりに化けたってのに、効果なしは流石に堪えるぜ。……反逆者スパーダの息子さんどもよ」
 しれっとした顔でエイルと隼はそう話す。
 分かっていてダイナを利用していたと言わんばかりに。
「ダイナにどれだけの幻覚をかけた」
「幻覚なんて使ってないよ。この姿はその女の子──ダイナちゃん? に触れた時に記憶から頂いた姿。確か……母親の若い頃の姿だったかな?」
「俺は若い頃の父親ってわけだ。そうしたらすんなりと信じ込んでくれてよ。……愉快だったぜ」
「本当にね~! 傷を移す能力まで模倣できるわけないのに、まるで傷が治ったかのように振る舞ってくれるんだもの! こっちがびっくりしちゃった!」
「てめえら……!」
 聞くに堪えない話を勝手にべらべらと喋り出した二人に、ネロがレッドクイーンで切りかかる。
 事務所内にあるものを盛大にふっ飛ばしはしたものの、肝心の二人は難なくそれを避けたようでピンピンしている。
「いつ、ダイナに触れる機会があった」
「えー? だってその子、一人で悪魔の大群の中に突っ込んできた挙句、後ろには一切興味ないみたいな感じでズンズン進んでいくんだもん。だから後ろから引き裂いてやったの。……ほら、背中にいっぱい切り傷があるでしょ?」
 二代目の問いに答えるダイナの母親──エイルに化けた悪魔。
 確かに、ダイナの身体には右足と背中に大量の切り傷と、先ほどバージルに刺された腹部の傷がある。バージルに刺されていなかった段階でも出血が激しく、どうやって立ち、意識を保っているのかが不思議なほどだった。
 ──それを当の本人は傷なんてないと言わんばかりに振る舞うのだから、見ていた彼らはいたたまれなかっただろう。
「……なら、足は貴様か」
「ご名答。何回切っても止まりゃしねぇ。身体が悲鳴を上げて、ようやく気付いたって様子だったしな。何が目的だったかは知らねぇが、不気味な女だぜ」
 そう言ってダイナの父親──隼の姿に化けた悪魔が、初代の腕の中で辛うじて息をしているダイナを見やる。
「そんなに両親が恋しかったか? 恋しかったんだろうな。なんせ、何一つ治っていないのに、身体に“治った”と錯覚させるほどだもんな。……だが、もっとお前が役に立ってくれれば俺たちは生きて帰れたってのに、残念だ」
「いい加減にしろよ」
 ダイナを介抱している以上、初代は攻撃を仕掛けることが出来ない。それでも、このクソみたいな悪魔を叩きのめしたいと、初代は本気で思った。
「や……め、て……」
「ダイナ、喋るな! 今体力を使うと本当に……!」
 止血している初代はダイナが喋り出すとは思っておらず、慌てだす。普通であれば喋るどころか、こうして意識を保っているだけでも奇跡みたいなものだ。だというのに、彼女は言葉を紡いでいく。
「ダンテ、が……バー、ジル、が……ネロ……が……私の家族、殺す……それだけは、見たく、ない……」
「分かった、分かったから……頼むから、もう喋らないでくれ……」
 血を吐きながら訴えるダイナの言葉に、初代は分かったからと繰り返す。それを聞いたダイナは小さく微笑み、意識を手放す。
「ダイナッ!? ……大丈夫だ、まだ脈はある。寝ることで少しでも回復が早まればいいが……」
 弱々しくも規則正しい胸の上下を見て、初代はホッとする。しかし、状況は何一つ好転しないままだ。
「最後の最後に良い事いうじゃねぇか。どうするよ、あんだけ命削って喋った女の言葉を……まさか無碍にするなんていわねぇよな?」
 まるで勝ち誇ったかのように隼は笑みを絶やさない。それは当然エイルもだ。
 ──奴らはお人好しだから、必ず女の……ダイナの言葉に従うと信じて疑っていないからだ。
「…………行け」
「二代目っ!」
 ダイナの言葉通り、二代目は二人に事務所から出ていくように促す。これにネロが反発するものの、どこか覇気がない。
「へっ……本当にお前らは甘ちゃんだ。いつか寝首を──」
「行け。そして二度と俺たちの前に姿を見せるな。……いいな」
「ひっ──! 隼、こいつやばいよ! 早く行こうっ!」
 同じ悪魔で、武器一つとして交えていないというのに、圧倒的なまでの差を感じ取ったエイルはそそくさと逃げようとする。
 しかし、それを許さない男がいた。
「殺すな、だと?」
 バージルだ。
 彼は幻影剣で急襲をかけ、エイルを壁に磔にする。
「おい! あの女の話を聞いてなかったのか!?」
 まさかの奇襲に隼が声を荒げる。
「言ったはずだ。弱者は死ね、と」
 そう言って隼にも幻影剣を差し向ける。反応の遅れた隼はエイルと同じように壁に磔になる。
 これを若とおっさんは止めようとせず、ただバージルを見つめるだけだった。
「二人とも……どういう了見だ」
「悪いな二代目。ダイナの言葉を聞き入れたいって気持ちはもちろんある。……だが、こいつらを見逃すことは出来ない」
「俺もだ。……俺も、こいつらを許せない」
 二人の悪魔を磔にしたまま、仲間たち同士で意見が割れた。
 ダイナの言葉を聞き入れ、この悪魔たちを見逃そうとする二代目、ネロ、初代と、ダイナをここまで傷つけた悪魔を野放しにはできないとするおっさん、若、バージル。
「ダイナの言葉を……聞き入れられないというのだな」
「そもそも俺たちに殺させたくないならば、自分で殺せというんだ」
 バージルの鋭い視線が二代目に向けられたかと思えば、もう磔にした二匹の悪魔を見据えている。
「…………分かった。片方は俺が受けもとう」
「なっ──に言ってんだよ二代目! それじゃダイナが……!」
「バージル一人に全てを任せることは出来ない。……俺たちは仲間だ。なら、背負うものも同じはずだ」
「フン、下らん」
 ネロの静止を振り切り、二代目がリベリオンを隼に向ける。バージルは閻魔刀の抜刀がエイルに当たる位置に立つ。
「てっ、てめえら……! 本気かっ……!」
「本気だ」
「や、いや、よ……! こんな死に方……!」
「Die.」
 磔にされている二匹の悪魔が逃げられるわけがない。そこへ二代目とバージルのそれぞれの斬撃が放たれ、二匹はもろに受ける。
「や……だ…………」
「こん、な……けつ、まつ……認め……」
 二匹の悪魔が事切れる。
 事務所に残ったのは外壁と灰だけだった。

 ここ近日で頻繁化していた悪魔の大量発生は、ダイナの両親に化けていた二匹の悪魔を討伐するとともにピタリと止んだ。どうやら一連の事件はその二匹が統率を取っていたようだ。
 あれから数日が経ち、ダイナは一命を取り留めた。
 しかし、どういうわけかいまだに傷がすべて塞がらず、危険な状態が続いていた。
「ダイナ、入るぜ」
 ノックもせず、ダイナの返事も待たずに扉を開いたのは若。その手にはおかゆの入った皿を持っている。
「どうだ? 食えそうか?」
 ベッドの傍に置いてある椅子に座りダイナの顔を覗き込めば、青白くなった顔がこちらを向いた。
「……すこ、し」
「よーし、いい子だ。傷は……まだ完治しねえか……」
 ゆっくりとダイナを起こすと、視界に入るのは包帯で巻かれた背中と腹。
「ごめ……ん」
「ダイナは何も悪くないだろ。……ほら」
「……んっ」
 口元に近づけてもらったスプーンからゆっくりとおかゆを口に含み、これをゆっくりと飲み込む。時折腹部が痛むのか、顔に苦悶の表情を浮かべるたび、若が心配そうに覗きこむ姿が見て取れた。
 そうして何口か食べると、もういらないと首を左右に振った。
「……なあ、ダイナ」
「な、に?」
 食事を終えるといつもすぐに出て行ってしまう若が、珍しく声をかけてきた。
「俺は……ダイナと一緒に暮らしている資格なんかねえってことは分かってる。……それでもあの時は、はらわたが煮えくり返ってどうしようもなかった」
 ──あの時。
 ダイナが意識を失っている間に行われた、二匹の悪魔を殺した時のこと。あの後、うっすらとだが意識を取り戻したダイナにかけられたのは、二代目からの非情な一言だった。
「ダイナ。すまないが約束は守れなかった。父と母は──俺が殺した」
 それだけを聞いてダイナはすぐに意識を失ってしまい、今に至る。
 この後の気まずさは語るまでもない。当番でダイナに食事を運ぶ面々は気を使いまくり、この三日間ろくに喋っていないほどだ。事務所内もあの日を境に、誰も何も言わない。
 それにとうとう耐えられなくなった若は今、こうしてダイナと言葉を交わすことを決意したようだ。
「……わ、か。……ありが、と、う」
「なっ……なんでダイナがお礼を言うんだよ! 俺は……俺、は……」
「若がした……違う。したの、は、二代、目。……だけ、ど、誰も……恨んで、ない」
 一生懸命喋るダイナの言葉に、若はハッとする。
 恨んでいない。
 たった一言ではあったが、これこそが求めていた言葉だったのだと。
「私……わがまま、言った。みんなを……危険に、晒すような……」
「わがままなんか言ってないだろ」
「みんな、無事で……ほんと、うに、よか……った」
 痛む腹部を気にする様子もなく、無事でよかったと言い切るダイナの瞳から、雫が一粒だけ頬を伝った。
「ダイナ、お前っ……」
「また、大切なもの……全部、失う、ところだった……から……」
「……安心しろよ。俺たちは絶対どこにも行かない。……絶対だ」
「う、ん……」
 若の言葉を聞いて、ダイナの表情は笑顔に変わる。
 そこへ控えめなノックが部屋に聞こえてきた。
「どう、ぞ」
「入るぞ」
「に、二代目っ!?」
 誰が来たのかと思えば二代目だった。
 これに若が驚くのも無理はない。ダイナが意識を取り戻してから今まで、一度として顔を合わせていないのは二代目とバージルだけだからだ。そんな彼が何故、今になってダイナの部屋に……。
「……若、二代目と……お話し、する」
「えっ!? あ、いや…………おう」
 本気かと驚く若だったが、二代目とダイナを交互に見た後、何も言わずに部屋を出て行った。
 そして静けさが二人を包んだ。
 何十分という時間、ダイナはただずっと二代目を見つめ続けていた。
「ダイナ」
 それにとうとうもどかしさを感じたのか、二代目が口を開いた。
「……すまなかった」
「私こそ、ごめん、な、さい」
「何故、ダイナが謝る」
「危険なこと、言った、から。……私の、気持ちは、聞いていたとお、り」
「知っていたか」
 ばつが悪そうに顔を背ける二代目に、ダイナは一つ頷いた。……どうやら部屋に入る前に、若と話していたことを聞いていたようだ。
「私……みんなの、仲間。……ちが、う?」
「違わない。ダイナは俺たちの仲間だ」
「ありがとう。……もう、迷わない、から」
 守るべきもの。
 それは生死が分からないこの世界の両親ではなく、今目の前にいる大切な仲間たちであること。
 その彼らを危険に晒す選択をしてしまったことをずっと後悔していたダイナ。しかし、間違った道を修正してくれたのも仲間である彼らだった。だからこそ胸に誓う。
 ──もう、迷わないと。
「ああ。だが、困ったときは頼れ。いいな?」
「うん」
「……それで、一つ聞きたい」
 先ほどまでも真剣ではあった二代目の表情だが、さらに引き締まったように感じたダイナは、二代目の言葉を待った。
「ダイナの傷を移す能力だが、他者から自身へ移せることは知っている。なら、自身から他者へ移すことは可能か?」
 これを聞いて、二代目が何を想定しているのか分からないほどにダイナはバカじゃない。
 今、ダイナの負っている傷を俺に移せないか。
 二代目は、そう言っているのだ。
「……試したこと、ない。だから、わから、ない」
 ここに来た当初であったなら、出来ないと言い切っていただろう。だが、今はもう仲間だ。隠し事はしたくないようで、素直に分からないことを伝えた。
「なら、試してみないか」
「……嫌って、言ったら?」
「試すまで粘ろう」
 有言実行の二代目だ。試すまで粘られるだろう。
「移ったら、返してくれる?」
「検討しよう」
「……わがまま」
 ここまでかたくなな二代目は初めてだ。移ったら最後、返してはもらえないだろう。
「……今回、だけ。肌、触れて」
 仕方がないので、もし傷が移ったら今回だけは二代目に治癒を任せるとダイナが折れると、二代目がフッと笑った。
 そして言われたとおり、二代目の手が軽くダイナの腕に触れる。これで傷を移す条件を満たしたので、ダイナは自身の傷を相手に移すイメージを浮かべる。
「っ……」
「……え、本当に移った?」
 全身の痛みが一瞬にして消え、代わりに二代目が腹部を抑えている。……間違いない、傷が転移した。
「これでいい」
「よ、よくない! 早く返してっ──」
「約束は守ってもらうぞ」
「あ、二代目!」
 再び肌が接触すれば、確実にダイナが自身へ傷を戻してしまうことは明白だ。それを避けるために二代目はそそくさと部屋を出て行ってしまう。これを慌てて追いかけるダイナ。
 騒がしい音を立てて階段を下りると……。
「ダイナ……? ダイナ! どうした、もう歩けるのか!?」
「何、ダイナが下りてきたって? ……おいおい、随分と元気そうじゃねえか! 昨日の夜はあんなにぐったりしてたってのに」
「あんた、もう傷の方はいいのか? 若からあんま食欲ないって聞いたんだが……」
 ダイナの姿を見た初代やおっさん、ネロが慌てて駆け寄ってきて、それぞれが思っている言葉を口にした。
「あ……うん、心配かけて、ごめんなさい。……二代目は?」
「愚弟を連れて仕事に行った」
 まさかあの傷を背負って……と否定しかかるが、バージルがそんな嘘をつくはずがない。仕事に向かったというのはまず間違いないだろう。
「どうしよう。傷は二代目が……」
「そうだ。何で急に元気になったのか、種明かししてくれよ」
 おっさんに問われ、傷を移す能力の話をする。話を聞いたおっさんたちはやや思考した後、いつもどおりにこういった。
「ま、二代目だから心配いらねえさ」
「えっ」
「そうだな、むしろついて行ってる若が何かやらかさないか心配だ」
「それよりも、今回の件でダイナにはたっぷりとお仕置きが必要だからな。そっちで忙しくなりそうだ」
 お仕置きと聞いて、折角よくなった顔色が一気に逆戻りする。
「一人で飛び出して、自分の体調管理も出来ないままズタボロになって、挙句に悪魔の術中にはまった、か。……どれだけお仕置きしても足りねえぜ」
「ご、ごめんなさっ……! や、だ! ネロ、助けて……!」
「今回ばかりは俺も擁護出来ないから、おっさんと初代からのきついお仕置き、受けてくれよ」
「さあ……何からしようか」
「ごめ、ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
 元気になった矢先、事務所内に響き渡るはダイナの悲鳴。
 この日をきっかけに、ダイナはとても感情豊かになったとかならなかったとか。
 ……一体、何をされたのやら。

「……貴方達ね、ここ最近私のことを追いかけ回してくれているのは」
 ここは、ダイナが瀕死の状態にまで追いやられた森の奥地。そこで一人の悪魔と誰かが話していた。
「貴女が、エイルか?」
「どこで調べたのか知らないけど……。そうよ、私の名はエイル」
 女悪魔は、エイルと名乗った。
「隼って男、知ってるか?」
「……懐かしい、名前ね。最後に話したのは、何十年前だったか」
「……そうか」
 エイルに問いかけていた二人は大体のことを察し、話すのを止めた。
「それで、悪魔である私を殺しに来たのかしら? 伝説のデビルハンター、ダンテ」
「知っていたか」
「有名じゃない、私たち悪魔の間で。しかもこの街にいるなら尚更ね。……どちらがダンテなのかは、把握しかねるけど」
 ここでエイルの言っている伝説のデビルハンターは本来おっさんであって、今目の前にいる二代目と若ではない。……が、彼らもダンテであるのは変わらない以上、そこらは些細な問題だ。
「聞きたいことがある」
「答えたら、見逃してくれるってことかしら」
「俺たちは人間の魂を持ってる奴は殺さない」
 若の言葉の真意をエイルは考える。そして敵わないといった風に困った表情を浮かべた後、何でも聞いてと言った。
「四日ほど前、ここによく似た森の中で、半人半魔に会わなかったか?」
「……会った、というよりは見かけた、といった感じね。その後すぐに私は場所を移したから、彼女がどうなったかまでは知らない」
「何故場所を移した?」
「随分と回りくどい聞き方をするのね。知っていて、私を探していたんじゃないの?」
 二代目の探るような質問にエイルは嫌気がさしたようで、核心に迫った。
「──会いたくは、ないか」
 この瞬間、エイルは全身から殺気を漂わせ、二代目と若を睨んだ。二人はこれに一切怯むことなく、ただエイルの次の言葉を待った。
「……脅し、ではないみたいね。睨んだりしてごめんなさい」
「構わない」
「そのお誘いは素敵だけど、断らせていただくわ」
「なんでっ──」
 脅しなどではなく、純粋な気持ちで二人が提案してくれたことを察したというのに、何故断るのかと問い詰めようとする若を二代目が止めた。
「悪魔がいる以上、非現実的なことが当たり前に起こる。……これは私がいつも心に留めている考え。だから、この間出会った彼女が何者なのかっていうのも、理解した。だったらなおのこと、会うべきではない」
 もともと出会わないはずの関係なのだから、と述べるエイルは儚げだった。
「お節介を焼いたな」
「こっちも命の保証してもらってるから、お相子様ってことでいいわ」
 それじゃあね、とエイルは去っていく。
 もう、二度と会うことはないだろう。
「……そうだ。最後に──」

 エイルと別れ、事務所へ帰る途中、若が二代目に聞いた。
「なんでこっちの世界でダイナの母親が生きてるって、分かったんだ?」
 ダイナの両親に化けていた悪魔たちは、ダイナに触れた時に記憶を覗いて、それを体現化していたと言っていた。だから、随分と若い姿であったことも納得できる。
「化けていた悪魔がダイナに触れたタイミングと、母を見かけたタイミングが明らかにおかしかったからな」
 最初、下級悪魔を掃討し終えたダイナは事務所に戻ったことをおっさんから聞いた二代目。その時から様子がおかしく、何かを探しに飛び出していったこと。この時に外傷はなかったと言っていた。
 結果、母を探すことに夢中になっていたため、身体をあそこまで酷使してしまったということは容易に想像できる。
 そして、このときに傷を負わせたのが自分たちであると二匹の悪魔は言っていた。全てが事実だとすれば、一番最初にダイナが見かけたのは本物のエイルである可能性があると考えた二代目は、こうして探し回っていたようだ。
「そういうことか……」
「結局、迷惑をかけただけになってしまったが」
「……そんなことないだろ。最後に言ってたじゃねえか」
 ──私は死んだからあの子を守れない。だから、無理を承知でお願いしたい。あの子を……守ってあげて。
「親というのは、どうしてこうも不器用なのだろうな」
「なんだよ哀愁漂わせて……二代目らしくないぜ。それともやっぱ、ダイナに移された傷が痛むか?」
「言うようになったな」
 自信たっぷりな自分の過去を見ながら、二代目は一つ息を吐く。それを若は横目に見ながら、気合を入れて言った。
「俺たちがダイナの家族として、しっかりしないとな!」
 若と二代目だけの秘密の誓い。
 彼女の心が迷わないように。そして、壊れないように……。