Beware to unknown hall

「はっ……はっ……はっ……!」
 暗闇の中、永遠とも思えるほどに長い廊下をひたすらに走り続ける。
 ダイナは今、任務の最中だ。
 今日は別荘の館に住み着いた悪魔を片付けてほしいという内容で、手が空いているのが二代目とダイナだったので二人で向かうことになった。話を聞いた限りではダイナだけでも十分なほどに簡単なものだったために最初は一人でも大丈夫だとダイナは言ったのだが、二代目の……。
「……何か、嫌な感じがする」
 という一言で、彼の同行が決定。初代とおっさんからは……。
「絶対に二代目から離れるな」
 このように釘を刺されまでしたのだった。
 だが、ダイナだって全く戦えないわけじゃない。いくらなんでも心配のし過ぎだろう、と高をくくっていたダイナは現在一人で問題の館の中を走り続けている。
 ……そう、二代目の予感は当たったのだ。
 話に聞いていないような数の悪魔なんてざらなもので、強力な悪魔すら平気でうろついている。館の入り口を跨いだ瞬間から悪魔たちの熱烈な歓迎パーティが始まり、ダイナは逃げ回るうちに二代目をはぐれてしまったのだ。
 おっさんと初代が決して二代目から離れてはいけないと再三釘を刺したのには理由があった。二代目の予感は信じられないほどによく当たる。それが悪いと感じられるものであればなおさらだ。
 しかし、時すでに遅し。
 ダイナは悪魔たちの猛攻を防ぐのが精いっぱいで、敵の数を減らすまでに至らない。こうなってしまった以上は消耗戦だ。体力が尽きたが最後、陽の目を見ることは二度と叶わないだろう。
「……っ……はっ!」
 レヴェヨンの持ち手部分を自由自在に伸縮させ、次々に襲い来る悪魔たちの攻撃をいなす。だが、どれだけ走っても終わらない廊下と、飽きもせずに追い回してくる悪魔たち。いい加減、ダイナは体力以上に精神が限界を達していた。
「誰かの助けを欲している……。昔では、考えられない」
 自傷気味に呟いた言葉は、悪魔の奇声にかき消されていく。
 元の世界は誰かを頼れる環境ではなかった。自分の力がすべてであり、力のない者たちは蹂躙される運命だ。そんな世界をたった一人で、十年以上もの時を過ごしてきた彼女の心は早々折れるものではない。
 だが……。
「……二代目」
 すがるような声が出る。
 所詮、そんな世界で作られた彼女の心は紛い物だ。
 頼らずに一人で生きているのと、頼れずに一人で生きているのはわけが違う。彼女は望んで一人で生きていたわけじゃない。そうせざるを得なくて、そんな世界で一人生きていくしかなくて。
 だからこちらの世界に来て、頼れる仲間が出来てから自然と心は形を変えていた。
 足りないものを補い合える、真の仲間とともに歩むに値する心へと……。
「二代目……、二代目! 助けてほしい!」
 ダイナは叫ぶ。
 今の彼女に必要なものは悪魔が沸いて溢れる館の中でも絶対に任務を成し遂げられると思える、強い精神力だ。二代目と合流できれば、その強い精神力を分けてもらえることをダイナは知っている。
 ならば、助けを求めるのは恥ではない。ここでの最も恥ずべき行為は意地を張り、自分の力を過信し続け、破滅することだ。
「──っ!」
 一匹の悪魔の攻撃が肩を霞める。急いで距離を取り、武器を持ち替えノワール&ブランを乱射する。少しずつ、後ろへ下がりながら。
 その時、ドンッと何かにぶつかった。
 背中に当たったのは硬いもののように感じた。恐らく壁だろう。しまったと、引き金を引く手が止まる。それを好機と、悪魔たちが飛び掛かってくる。
 絶体絶命。
 後退することも出来ず、目の前の悪魔全てを倒せる技量もない。それでも、ダイナの目は死んでいない。一匹でも悪魔を減らせれば、抜け道が出来るかもしれない。己の心臓が鼓動を止める瞬間まで戦い抜くと、彼女は引き金を引く。
「……よくがんばった」
 背中から声が聞こえてきた……気がした。今、もっとも聞きたいと願ってやまない声。しかし、自分の放つ銃音でそれはすぐに消えてしまった。
 幻聴だったのかもしれない。
 だがそれは紛れもなく、彼の──。
「今度は離れるな」
 ──二代目の声だった。
 刹那、ダイナの目の前まで迫っていた悪魔たちが次々と姿を消していく。地面には悪魔が死んだことを証明する、大量の灰のようなものだけが残っている。
「あっ……」
 言葉が出てこない。恐怖から安堵。はぐれたことへの謝罪。助けてもらったことへの感謝。全てが同時に沸き上がり、何から言えばいいのか分からない。
「傷は肩以外にあるか?」
「だい、じょうぶ」
 聞かれたことに答えるだけでいっぱいいっぱいで、それ以上、喉から声が出ない。
「はぐれた時は焦った。……だが、よく諦めずに最後まで戦ったな」
 二代目の言葉にダイナはコクンと大きく頷き、拳銃たちをしまう。手の甲で目の周りを何度か擦り、顔をあげる。
「来た当初、慢心があった。……ごめんなさい」
「そうか。……次はいけるな?」
「二度は、ない」
 それ以上二代目は何も言わず、来た道を歩いていく。ダイナもそれに続く。
 ……今度は絶対、はぐれないように。

 一旦、最初の入り口へと戻ってきた。
 ここに来るまでにも何十匹という悪魔と対峙した。ダイナは一匹相手するのにも苦戦していたのにそれを二代目は難なく撃退していった。
 ダイナは思う。何がこんなにも違うのだろうか、と。
 血筋。これは少なからず関係しているだろう。この世界でスパーダと言えば知らない悪魔はいない。もっとも、悪い意味でだが。
 場数。これは恐らく、ダイナも引けを取らない。危険な任務を受けている二代目ももちろんだが、ダイナも戦地に身を置いていたのだ。ここに差はないはず。
 心構え。……これだと思った。
 これこそが大きな違いなのだろう、と。
 事実、ダイナは今回の任務、高をくくっていた。それがどれだけの危険を生み、二代目に迷惑をかけただろうか。だが、助けてくれた当の本人には油断など一ミリも感じられない。それがどんな任務であっても、だ。
 何故そこまで強い心を持てるのか、知りたい。
「二代目」
 思った時には、二代目を呼んでいた。
「どうした」
 声をかけてから、こんな時に聞くべきことなのだろうかと考え直す。……いや、こんな時だからこそ、聞くべきことなのだろう。
「二代目に慢心や驕り、ない。……どうしたら、そうなれる?」
「……そうか? 俺もたまには慢心することもある」
「今回の依頼、説明の段階では明らかに簡単だった。それでも、二代目は慢心していない」
「たまたまだ。たまたま、嫌な予感がした。……それだけだ」
 二代目から帰ってきた言葉は、ダイナが期待していたようなものではなかった。それに納得できないダイナは、そんなはずはないと言葉を続ける。
「事務所にいる全員、二代目を尊敬している。私も、二代目に近づきたい」
「嬉しい言葉だ。だが、俺も完璧じゃない。もう一度言うが、慢心することもある。若や髭は俺の過去だ。奴らを見て、慢心が一ミリもないと、そう思うか?」
 若やおっさんを引き合いに出されると、確かに……と頷いてしまう。若は自信過剰過ぎるし、おっさんは緊張感がないというか、もう慢心だらけというか……。
 分かるようで分からないような返答に、ダイナはそれ以上聞けなかった。

 帰り道を確保し、再び館の奥へと進む二人。
「前方に三匹。行くぞ」
「了解」
 短い言葉を交わし、目の前にいる悪魔に刃を向ける。ダイナが一匹と武器を交える間に、二代目は二匹を相手している。何度もつばぜり合いし、ダイナはなんとか一撃を入れる。さらに畳みかけるようにもう一撃を放つが、敵の方がいち早く体制を戻しダメージに至らない。
 ならばとレヴェヨンの持ち手を伸ばし、遠距離に切り替える。一度敵と距離を取り、再び攻撃を仕掛けようとしたとき。
「……あれ」
 その敵はいなかった。あるのは二代目のリベリオンに串刺しにされ、灰へと戻っていった残りかすだけだ。
「よく考えれば、ダイナは怪我をしていた。気が回せずに済まない」
「あ、ありがとう……。傷は、もう治ってる」
「治りが早いな」
「傷を移す能力を持っている。それ故、自己再生も早い。多分、皆より一番」
 言いたいことはそれではない、とダイナは思った。
 そもそも、最初に相手していた二匹はいつ倒したと問いたくなるほどの迅速さ。やはり二代目は頭一つ……いや、それ以上に実力が抜きんでていると、改めて感じる。
「そうか。……先を急ごう」
 ならばいいと言わんばかりに二代目は先を歩ていく。ダイナも急いでそれに続いた。

 館の最深部。
 そこに一匹の悪魔がいた。青い肌。誰もが思い描く母のような顔。いくつも連なる乳房。女性特有のくびれ。細い腕、細い脚。しかし、身体のパーツは細くても元が巨大なため、そうは感じられない。
「滅びあれ……。母の産屋を騒がす、思い上がったニンゲンどもに。滅びあれ……。我が送りし悪魔らを討ちし、忌まわしきニンゲンどもに……」
 巨大な女性の悪魔はそう綴る。それに呼応するが如く、巨大な女性の悪魔の周りに群がる悪魔たちが叫ぶ。
「母よ! ティアマトよ! 早くこのニンゲンに裁きを! そしてワレらに……、ワレらに再び姿カタチを授けたまえ!」
「おおっ……待っておれ。その願い、すぐにでも叶えてやろう……」
「母よ! ティアマトよ! ニンゲンどもに死を!」
 ティアマト。それは女性の象徴であり、彼女は原初の創造における混沌の象徴そのもの。とんでもなく強大な悪魔がこの館に住み着いていたようだ。
「我ら悪魔には、ニンゲンの『思念』と繋がる因果あり。ニンゲンどもの暗き思念がこの地に流れ入り、悪魔の形を変え、力を変えるのだ。ニンゲンの罪、ニンゲンの過ちが大きくなり、暗き思念が増す程に。我らの力は増し、そして芽吹くのだ」
「ニンゲンどもに死を! 悪魔の復活を!」
「ニンゲンどもが地に満ちるより早く。我は悪魔を産み、送り出してやろうぞ! この地に『母』である我が居る限り、わが腹はいくらでも生み出すぞ!」
 悪魔を生みし母、ティアマトの力強い声に、悪魔たちが喜びの声をあげる。
 それが終わるまで静かに見ていた二代目とダイナが、武器を構える。
「我に、そして我の子に刃を向けたこと、後悔させてくれる!」
 ティアマトの叫び声を合図に、二人は動き出す。
 混沌の母に生み出されし悪魔たちも動き出す。それに合わせてダイナが二代目の前を走り、群がる悪魔を薙ぎ払っていく。
 この館に来た当初の、敵の攻撃を受け切るので精いっぱいだったのが嘘のような槍捌きだ。右側にレヴェヨンを構え、突く。すぐに切り替え、今度は左側に構え、突く。もう一度左側で突きを繰り出し、身体を回しながら右側へと移動させ、重心を乗せて前へと足を踏み込む。
 さらにそこで立ち止まらず、ティアマトまでへの道をダイナが一人で切り開いていく。
「おのれ……我が子らを倒すとは……。お前たちは許されぬ……! その身も、その霊も! くびり殺してくれようぞ!」
 目の前で、自分の産んだ子らが次々と灰へ還されていく。そのことにティアマトはさらに激情し、自らが歩み出てくる。
「周りを頼む」
「今なら、出来る」
 二代目がティアマトと対峙出来るよう、さらに悪魔たちを倒していく。
 ダイナの動きは、明らかに先ほどと違う。その理由はティアマトたちがダイナたちへ怒りをぶつけていた時にある。
 二人は親玉がティアマトであると分かったときから作戦を練っていた。内容はいたってシンプル。ティアマトを討ち取る、ただそれだけだ。
 無限とも思われる雑魚悪魔たちはいくら倒しても無駄だ。この任務を遂行するにはティアマトを討つ、それ以外に道はない。そしてそれをこなすのに最も適任なのは迷うまでもなく、二代目だ。
 だが、誰しも体力が無尽蔵なわけではない。ティアマトの元へたどり着くまでに、二代目の消耗があまりにも大きすぎると勝利が揺らぐ。だからこそ、ダイナが二代目をティアマトの元まで続く道を切り開く必要がある。
 そこで二代目はほんの少しだけ、ダイナに助言を与えた。
「絶体絶命と思われた時でも諦めなかった、あの勇気を常に持て」
 たったそれだけの言葉だったがダイナは見事、戦闘能力を大幅に昇華させた。
 自身が放つ一打一打に、気迫を乗せる。
 突きの動作から、前方を薙ぎ払う斬撃へ。持ち手を変え、後方から槍を払いつつ上から下へ振り下ろす。槍先の側面を足に当て、瞬時に下から上へ打ち上げ、そこから横薙ぎする。
 槍先を地面に突き刺して支えにし、そこを軸に前へ蹴りを入れ、即座に地面から槍先を抜き、もう一度横薙ぎをする。
 初めてとは思えないほどの、流れるような一連の動き。
 ……そう、これはダイナが元いた世界での戦い方そのものだ。
 こちらの世界に来て二代目に怒られてから、命を大事にする戦い方を練習していたダイナ。彼女は命を大事にするというのは、無理な戦いをせず、敵の攻撃をいなしてくものだと解釈していた。
 結果として、傷を負うことは格段に減った。しかしその代償として、敵を倒しきれなくなってしまったのだ。
 敵の数が一匹や二匹、ましてそれが雑魚であるならばその戦い方も問題ない。だが今回のように手ごわく、さらに大量の敵を前にした時、そんなぬるい戦いをしていては逆に命を落としかねない。
 そのことを二代目の言葉で悟ったダイナは従来の戦闘スタイルに、こちらに来て磨いた新たなスタイルを取り込んだ。
 昔の命を顧みずに、ただ敵の数を減らす動きではなく。無理なく、それでいて確実な一撃を与えるように。
「いい動きをする。……こちらも、手早く終わらせよう」
「我は負けぬ。我が子らが、我を求める限り」
 ダイナのおかげで難なくティアマトの元へたどり着いた二代目。こちらは尋常に一対一の勝負だ。混沌の母ティアマトと二代目の戦いの火蓋が切って落とされた。

 それから数分。熾烈な戦いを極めた。どちらも引けを取らない攻防が行われている中、一匹の悪魔が二代目の背後に迫っていた。その悪魔は今か今かと、隙を窺っている。
 そんな時、二代目の斬撃がティアマトに弾かれた。体勢を少し崩す二代目。そこに降り注ぐティアマトの猛攻。危ないと思わせる場面もあるが、二代目は傷を負うことなくそれを防ぎきる。
 そこを狙って、背後にいた一匹の悪魔が二代目に飛び掛かった。
「邪魔はさせない」
 声が響き、悪魔が二代目の元へたどり着くことはなかった。悪魔はレヴェヨンの持ち手部分である鎖で縛りあげられ、身動きが取れないまま地面に落ちる。そのまま叩きつけられる形になり、灰に還る。
 無論、悪魔の存在に二代目が気付いていないということはない。
 しかし、そんな悪魔に気を取られることなく、ティアマトと戦闘を続ける。今のパートナーを信じていれば他の悪魔に気を取られるなど、それこそあり得ない。それほどに彼女は最高の動きをしている。
 そしてまた、ティアマトを討ってくれると信じてくれているパートナーの期待に応えるべく、二代目はさらに速度を上げていく。
「早いっ……! どこにっ……」
「終わりだ」
 あまりの速度にティアマトはついていけず、ようやく見つけたと体を動かそうとすれば、その意思に反してボロボロと崩れ去っていく。
「母に逆らいて……ぬしらは何をしようと……」
「悪魔の好きにはさせない。それだけだ」
「我が子らよ……。朽ちる母を……許……し……」
 ティアマトが何か言い終わる前に銃弾が撃ち込まれ、体躯を折って死に絶えた。母を失った悪魔たちも身体を維持し続けられないのか一匹、また一匹と灰に還っていく。
「任務、完……了」
 そう言い切り、ガクリと倒れるダイナ。床に倒れこむ前に二代目が支える。
 想像以上の戦いに疲れたのか、終わったと気が緩んだが最後、気を失ってしまったようだ。
「よくやった」
 二代目の褒め言葉は、ダイナの耳に届いたのか否か……。

「I’m home.」
「おう、二代目……って、どうした? 何かあったか?」
 二代目にお姫様抱っこをされて帰ってきたダイナを見て、おっさんが驚く。
「極度の疲労で寝ているだけだ。心配はない」
「疲れ……って、今回の依頼は楽勝だったんだろ? 俺だって内容聞いたときはちょろいと思ったしな」
 悪魔の一匹や二匹倒す程度、どこに疲れる要素があるんだと疑問の若。二代目の元に近づき、寝ているダイナの顔を覗き込む。
「ダイナの寝顔、初めて見るな。今のうちに見とくか」
「そういやそうだな。俺も拝んでおこうか」
 そう言って、おっさんもダイナの寝顔を見る。二代目は興味なさそうだが、ダイナが起きないように気を配ってくれているようだ。
 すると突然、パチリとダイナの目が開いた。
「二代目。最後の最後に、迷惑かけた」
 バッチリと目が合った若とおっさんを無視し、二代目に声をかける。
「構わない」
 二代目も淡泊に返し、ダイナを下ろす。下ろしてもらったダイナは若とおっさんを見る。
「わ、悪かったって。そう怒るなよ」
「ちょっとした出来心だって……」
 おっさんと若は両手をあげ、何もしていませんのポーズ。
「怒る? 特に怒る理由、なし。挨拶が遅れた……、ただいま」
「あ、ああ。おかえり」
「なんだよ、びびらせんなって」
 ダイナは何のことか分からず、首を傾げながら帰ってきた挨拶をする。
「今日は、早めに休む、いい?」
「たまにはゆっくり休みな。家のことは坊やがしてくれるさ」
「おっさん! 聞こえてんぞ!」
 洗濯場からひょこっと顔を出すネロ。ダイナと二代目がいなかったため、今日は家のことを全部ネロに任せていた。
「ネロ、手伝う」
「いいって。今日はおっさんの言う通りゆっくり休めよ。明日から食事とか、また頼むことになるからな」
「了解。……ありがとう」
「おう」
 明日からの食事担当を了承し、二階へと上がる。階段を上がり切ると、丁度部屋から出てきた初代とバージルに会う。
「お、帰ったのかダイナ。今回の任務はどうだった?」
「二代目の勘、当たった」
 その言葉を聞いて初代はやっぱりかという顔をする。
「ま、見たところ大怪我もなさそうだし、なんとかなったっぽいな」
 コクリと頷き、ダイナは自室へと足を向ける。
「今日は、早めの休息。よかったら、ネロを手伝ってあげて」
「たまには手伝うか。な、バージル?」
「ふん。俺はいつも手伝っている」
「これは手厳しい。……ゆっくり休めよ、ダイナ」
「ありがとう」
 そう言って自室へと姿を消したダイナ。廊下には初代とバージル。
「見たかよ兄貴。ダイナの顔」
「みなまで言うな」
「あんたでも分かっちまうぐらい、いい顔してたってことだよな」
「さっさとネロの手伝いに行け」
「へいへい」
 これ以上何か言われまいと、初代はそそくさと階段を下りて行った。バージルはチラリとダイナの部屋の扉を見やり……。
「何か吹っ切れた……か」
 それだけ言って、バージルも階段を下りて行った。

 部屋に入るや否や、ベッドにダイブする。ひとつ息を吐けば、体から力が抜けていく。目を瞑ると、先ほどまでの戦いが鮮明に思い返される。
「二代目は、やっぱりすごい」
 自然と声が漏れていた。
 ティアマトを本当に一人で討ち取ったことはもちろんのこと、自分への的確なアドバイスも感服ものだ。
 常に一定以上の勇気を持てという言葉を聞いた時、なんとなくだが二代目の強さの秘訣にも触れられた気がした。
 単純な力だけで言えば、悪魔の方が強い。だが、悪魔にはない強さを人間は持っている。そう思ったら自分でも驚くぐらいに力が沸いてきて、自然と昔と今の戦闘方法を綺麗にまとめ上げることが出来た。
「人としての強い心を忘れるな」
 あの時、そう言われた気がして。自分にもまだ、人間の心が残っているということが分かった。
 すごく嬉しい。
 そのことを気付かせてくれた二代目はすごい人から、憧れの人へと変わった。その二代目が、最後褒めてくれたような気がした。
「もっと、強くなろう」
 新たな決意を秘め、ダイナはこれからも仲間たちとともに仕事をこなしていくだろう。