「…………、……」
今日は朝から何度も右手を見つめては嫌そうな顔をし、かと思えばきっちりと包帯で隠せているかを確認する。それをずっと繰り返す、落ち着きのないネロ。そんな彼を変だと思ったダイナは若に声をかける。
「今日のネロ、おかしい」
「あー、なんかソワソワしてるよな」
若も気になっているようだが、何故なのかは知らない様子。
噂をされている当人はソファに座ったかと思えばすぐに立ち上がり、時計を見て洗面台へ。そしてこれでもかと身だしなみを気にしていたかと思えば。
「出かけてくるから」
これだけを言い残し、行先も言わずに出て行ってしまった。
「ネロの奴、どうしたってんだ?」
こそこそと話していた若とダイナに、初代が声をかける。
「初代も、知らない?」
「知ってるのは朝から様子がおかしいってことだけだ。おっさんは?」
「さてな、どうしちまったんだろうな」
おっさんは何やら知っているようでニヤニヤしているが、教えてくれない。
「心配。……後を追う」
ネロの異様な行動に不安を抱いたダイナはなんと、ネロの後をつけると言い出した。
「マジかよ。若ならともかく、まさかダイナがそんなこと言い出すとはな」
「はっはっは! 珍しい事もあるもんだな!」
これには初代もびっくり。おっさんは面白くなってきたと言わんばかりだ。
「なら、さっさと追いかけようぜ!」
「俺もついていく」
「了解。若と初代でネロを追う。……いってきます」
「気付かれんなよ」
事情を知っているおっさんはニヤついた顔で三人を送り出す。純粋に心配しているダイナを尻目に、若と初代は完全にお遊びモード。心配の残るメンツでネロの尾行が始まった……。
店を出て、三人は早速ネロを探すところから始める。
「あー……、聞こえるか?」
「感度良好。……どうぞ」
「なあこれ、声が変わりすぎてて誰が誰だか分かんねー」
三人は今、初代がどこからともなく取り出したイヤホンとピンマイクを付けて話している。誰かがネロを発見したら、すぐに連絡を取れるように……らしい。
だが若の言う通り、そこまで性能が良くないためか声色に変化がないため、誰が喋っているのか分からない。
「ま、言ったって仕方ねえさ。それよりもネロに見つかるなよ」
「んなヘマしねーっての。な、ダイナ?」
「潜伏は得意」
今から得物でも狩るかのような会話だが、あくまでもこれは仲間を思っての尾行である。決して邪なあれやそれなわけではない。
追跡ごっこを始めてから数十分。ネロが事務所を出てから追いかけるまで大して時間が経っていなかったことが幸いし、すぐに見つけることが出来た。
「こちら初代。ネロを発見したぜ。場所は城下町中央の噴水広場だ」
「了解。ただちに急行する」
「俺も向かう!」
初代が一番にネロを見つけたようだ。適当な建物の屋根の上から、ネロを監視する。
「ネロ! 遅れてごめんなさい」
そんな時、誰かがネロに声をかけた。
「いや、そんな待ってないよ」
ネロに駆け寄るのは綺麗な栗色をした髪をなびかせる、白い衣装の似合う女の人だった。
「そんなって……私、十分も……」
「それよりキリエ、今日はせっかくのデートなんだ。楽しもうぜ?」
「……うん、そうだね」
実は、キリエとデートだったネロ。これには初代も驚く。
「おいおい、ネロの奴マジかよ……。聞いてねーぞ」
「問題発生?」
「あー、いや……。まあ、早く来いよ。面白くなりそうだ」
「ついてからのお楽しみってか? いいぜ、すぐ行ってやる!」
こうしてデートを尾行するという、なんとも無粋な行動を続けることになった。
「キリエ、今日はどこに行くんだ?」
「えっとね、実は決めてないの」
「何で……」
まさか決めていないとは思わず、ネロは言葉に詰まる。キリエは少し困った表情を浮かべながら、こう言った。
「ネロ、最近お仕事忙しいみたいだったから。……ちょっとでも、息抜きになればいいなって」
「それしか考えてなかったのか?」
「うん……。迷惑、だったかな」
「……いや、その気持ちだけで嬉しいよ。じゃあ、今日は街をぶらつくか」
「そうしよっか」
なんと平穏な一日だろう。好きな人と綺麗な街並みを歩く。それだけでも、明日への活力には十分なりえる。二人はどちらからともいえない感じにお互いに手を差し出す。そして手を繋ぎ、歩き出す。
「ネロが行動しだした、急げよ」
「対象を発見。同時に、初代の位置も確認」
「俺もネロを見つけた。ダイナもよく見えてるぜ」
「よし。ならこのまま気付かれないよう、尾行継続だ」
「了解」
三人とも別々の位置でネロの後を追う。
最初の心配だからという理由はどこかへ行き、今は完全に尾行ごっこにどハマリだ。
「あっ、可愛い……」
最初にネロたちが立ち寄ったのは、可愛いウサギがたくさん取り揃えられている小物ショップ。どうやらキリエが興味を持ったようで、少し覗いていくことにしたようだ。
しかし、尾行している三人はそんなことは露知らず。好き放題に言いだす。
「おいおい、ネロってそんな趣味あったのかよ」
「ネロも、まだ若いから。それにウサギなら、まだいい」
「どうする? 俺はあんなこじゃれた店、入りたくねえぞ」
「つーか、男一人であんな小物ショップに入ったら、好奇の目に晒されちまう」
「……なら、私が一人で継続する。二人は、ネロたちが出て行った後、迅速に追えるよう待機」
「ま、妥当だな。頼むぜ」
「任せて」
ネロたちが店に入っていったのを確認した後、ダイナもそれに続く。
店内にはガラスでかたどられたウサギ、陶器のウサギ、折り紙のウサギなど、とにかくウサギ尽くしだ。ウサギ模様の鉛筆や、メモ帳まである。
「あ、このウサギさん、可愛いね」
「どれも一緒だろ……?」
これにはネロも困った様子。
キリエに見せられたウサギと、そこらに飾られているウサギの違いが分からないみたいだ。
「ええ、どれも違うよ。ほら、こっちのウサギさんは少しふっくらしてて、あっちのウサギさんは……」
「あ、ああ、そうだな……」
それでもキリエは、ネロに一生懸命に違いを説明している。これにはネロだけでなく、こっそりと聞いていたダイナも何が違うのかと首を傾げていた。
そうして満足したのか、結局何を買うわけでもなくネロたちはウサギショップを後にした。
「ネロたちが店を出た。私は少し、別の任務で遅れる。二人とも、尾行をお願い」
「別の任務? なんだそれ」
「あんま遅れるなよ」
「出来るだけ、急ぐ」
ダイナは何やら用事が出来たのか、少しの間ネロたちの尾行を中断するようだ。そのことを二人は了承し、再びネロを追いかける。
「ネロはどこか行きたい所、ある?」
「俺か。……そうだな、とりあえずいい時間だし、飯でも食うか」
「あ、そうだね。何食べよう」
「並ぶのも面倒くさいし、適当に空いてる店に入るか」
「分かった」
ネロたちは今度、昼食を取る為に空いていそうな店を探し出す。そうして入っていった店は……。
「おいおい、そこは女の子を連れていく店じゃないぜ」
「ネロの奴、分かってねえな」
ダンテ二人組にはお気に召さなかったのか、ネロのチョイスに異議を唱えている。
並ばなくてもいいお店を選んだネロは、店に入ってそうたたないうちに食べ物をもってキリエと出てきた。かなりお腹が空いていたのか、ネロは食べながら歩きはじめる。
「ネロ、食べながら歩くのは行儀悪いよ。あそこに座ろう?」
それをキリエが止め、向こうにあるベンチを指さす。
「……気を付ける」
これぐらい周りもしてるだろ。なんて思ったネロだったが、せっかくのデートで喧嘩するのもな……と思いとどまったようで、キリエの言うとおりベンチに腰掛ける。
ドカッと座ったネロは大きく口を開け、先ほど買ったもの──ハンバーガーを食べる。
キリエは自分の買ったハンバーガーと、それを食べるネロの姿を交互に見る。そして意を決したように、ハンバーガーにかぶりついた。
「キリエ、口周りすごいことになってるぜ」
「……! んんーっ」
どうやら、キリエはハンバーガーというものをあまり食べ慣れていなかったらしい。口の中はいっぱいで、喋ることが出来ない。そのため、見ないでと首を左右に振って訴えている。
「誰も見てないさ。……ほら」
そんなキリエの姿にネロは微笑ましい気持ちになりながら、ハンバーガーを買った時についていた紙ナプキンを一枚差し出す。キリエはそれをありがとうの代わりに軽くお辞儀をしてから受け取り、口周りを拭く。
「んだよ、ネロのやつ。良い感じなんだから、もっとぐいぐい行けよ」
「まったくだ。俺だったらあの場面、指でケチャップを拭いてやるぐらいするぜ?」
「だよな? 俺もそうする。……流石初代、よく分かってるな」
「当たり前だろ? なんせ、俺はお前の未来だからな」
そんなことを言って盛り上がっているお邪魔虫。
「見てるとなんかこう、むずむずしてくる! ネロに一発、ガツンと……」
「若。……それはいけない」
「そうだぞ若。バレたらネロにめちゃくちゃ怒られるぜ? てかダイナ、戻ってきてたなら言えよ」
「戻っていない。聞こえてきた感じ、止めなくてはいけないと判断した。だから口を挟んだだけ」
若と初代の声はもちろんダイナにも筒抜けだ。たとえ状況は分からなくても、若が暴走しだしそうだということぐらいは察せる。
「あ、ネロと女の子が動き出したぜ」
「なら俺らも移動開始だ。ダイナも急げ」
「今、目的を達成。迅速に合流を果たす」
こうして、食事を終えたネロたちを再び追うことになった。
「ネロ、今日はありがとうね」
「なんだよ、突然……」
いろんなところを巡って日が傾きだした頃、急にキリエがお礼なんか言い出すから、ネロはどうしたんだ、としか言えなかった。
「心配してたの。だけど、こうして元気そうな姿が見れて、嬉しいなって。……やっぱり、お仕事大変だよね?」
「……いや、仕事に関してはそうでもないよ。一人で全部請け負ってるわけじゃないし、一緒に同行してくれる奴らも……認めるのはムカつくけど、やっぱ俺より全然強いから。ただ……」
「ただ……?」
ネロが一拍置く。キリエは、次の言葉を待った。
「生活レベルがほんっと低いんだよ! 特におっさんは! 俺は家事をするために住み込みで働いてるわけじゃねえってのに……!」
ネロも相当溜まっているのだろう。日頃のうっぷんが爆発している。
これを遠くから聞いていた若は知らん顔を決め、初代は困ったように頭を掻いている。
「お、落ち着いてネロ……。確かに少し、そういうのは苦手そうな人っぽかったけど……」
「……わりい。キリエにあたっても仕方ねえよな」
「ううん、大丈夫。溜めこまずに吐き出してね。話ぐらいなら、私でも聞いてあげられるから」
「ありがとう。……ああでも、最近新しい人がまた来てさ。その人は家のことなんでも手伝ってくれるから、最近俺の負担もかなり減ったんだよ」
「そうなんだ? どんな人?」
キリエは一応おっさんには会ったことがあるし、ネロからたまに事務所の話を聞くので、見たことはないが若たちのことも知っている。そんな彼らに新しいメンバーが増えたというのは、キリエとしても純粋に気になるところのようだ。
「若と同じぐらいバカ。融通が利かないし、物事全部良いか悪いかで判断するし……」
「えっ……」
これにはキリエも絶句。どう答えるべきかと、言葉を選んでいる。
「それに来た当初は感情がないっつーか、機械みたいっつーか……。すごい、心配になる感じだったけど、最近はそうでもなくなってさ。結構俺らと打ち解けてくれて、表情豊かになったように思う」
「そっか……。ふふ、ネロにとって、大事な人なんだね」
「大事な? まあ一緒に生活してるし、それなりに……かな」
キリエと比べたら霞むだろうが、ネロにとってはみんなとの生活は文句もあるがまんざらでもないようだ。
「それならせっかく街まで来たんだし、その人に何か買っていったら?」
「何か……」
思っても見なかった提案に、ネロは考え込む。そして前に、ダイナのあるものが若に壊されていたことを思い出す。
「なら、今日の最後の買い物、付き合ってくれるか?」
「もちろん。何を買うの?」
「それはまあ、ついてからのお楽しみってことで」
そう言ってネロはキリエの手を引いて歩き出した。キリエは分かったと頷き、ネロの後をついて行った。
「ネロの奴、何買ってくれるんだ?」
「そりゃ、俺への日ごろの感謝を込めてってところだろ?」
「はあ? そもそも初代はそんなにネロと絡んでねーだろ!」
「何言ってやがる。たまにだが一緒に飯作ってるんだぞ」
「たまにじゃねえか! 俺は毎日ネロと遊んでんだぞ!」
「そっちこそ感謝される事は何もしてねえじゃねえか」
尾行をしていた若と初代は、ネロがこれから買うものは自分にプレゼントしてもらえるものだと思い言い合っている。
「ネロは、どこ?」
そこへダイナからの通信が入る。どうやら二人に追いついたようで、尾行対象の居場所を聞く。
「あ……」
「……早く、探す」
二人の間の抜けた声に事態を把握したダイナは、呆れながらまたネロを探すことになったのだった。
「ネロ……これ……」
「まあ、大体言いたいことは分かるよ。でも本人がこれを好んで使ってるから……」
「そうなんだ……。まあ、本人が好んでいるなら、問題ない……よね?」
本当にそうかな……なんて首を傾げながら、キリエは店に並んでいる品物──ジェラルミンケースを手に取ってみる。
「あ……思ったより、軽いね」
「だからってそれを振り回してるのはどうかと思うけどな」
「ええっ!? これを振り回しているの?」
ポロっと話された使用方法にキリエは驚く。
そもそもこれを振り回すということは、誰かに向けてということになる。キリエは物騒だな……なんて思いながら、元に戻す。
「確か使ってた大きさは……これぐらい、だったか?」
「そこまで大きいものじゃないんだね」
なんて話をしながら、手ごろな大きさのジェラルミンケースを一つ購入して、二人は店を出る。
その時、ネロの右手が青く光った。
「何もこんな時に出てこなくてもいいだろっ」
「ネロ……?」
「キリエ、これ持って隠れてろ。どうやら場違いな奴らのお出ましみたいだ」
気付けば、布をつぎはぎに縫い合わせたような悪魔が数匹、二人を取り囲んでいた。
ネロは先ほど購入したジェラルミンケースをキリエに手渡し、悪魔と対峙する。
……だが、今回はネロの方が分が悪い。何故なら、今日はレッドクイーンもブルーローズも持ってきていない。さらに彼は、大切な人を守りながら戦わなくてはならない。
キリエは生粋の人間だ。戦う術は、持ち合わせていない。
だが、悪魔たちにそんなことは関係ない。敵には等しく襲い掛かり、どちらかの命が尽きるまで戦い続けるのだ。
二人の前に現れた悪魔たちは、何度も戦ったことのある雑魚悪魔だ。武器がなくてもなんとかなる。しかし、キリエのことが気がかりでネロは戦闘に集中しきれていない。そのため、余計に手間取っていた。
「くそっ……邪魔なんだよ!」
ネロは悪魔の右腕──デビルブリンガーを使って戦っている。背後に青い魔人を纏い、敵がキリエには近づかないように立ち回りながら。
刹那、一匹の悪魔が誰かに思いっきりふっ飛ばされ、灰へと戻った。
「助けにきてやったぜ?」
悪魔が灰になったところには、上裸に赤いコートを羽織る銀髪の男──若の姿があった。
「若!? なんで……」
「話は後にしようぜネロ! まずは掃除からだ!」
そう言って若は悪魔に殴りかかりに行く。……彼も、武器は持ってきていないからだ。
だが、援軍が来たというのはすごく大きい。ネロの動きにも、いつものキレが戻ってくる。
「おい若! 飛び出す前に場所を教えろよ!」
少し怒った声色でさらに援護に来たのは初代だ。もちろん彼も素手である。
「初代まで!? なんでいるのか、後で聞かせろよ!」
「後でな!」
なんて話をするほどに余裕が出来る。
残っている悪魔は三匹。三人は雑魚悪魔たちを一人一匹ずつ相手をする。武器があれば一人でも十分だっただろうが、素手は彼らでも少し大変そうだ。
ふと、ネロがキリエの方を見る。そこで視界に入ったのは、キリエの後ろで刃を振り下ろしている悪魔の姿だった。
「キリエッッッ!」
「えっ……」
ネロは叫び、キリエの元へ走り寄る。だが間に合わない。
キリエは事態を把握できていない中、躊躇いなどなく悪魔の刃が振り下ろされた。……しかし、身体を引き裂くにしてはえらく軽快な音がネロの耳に届く。
気付けばキリエと悪魔の間に女性が立っており、ジェラルミンケースを持っている自分よりも身長の高いキリエの身体ごと反転させ、刃から身を守らせていた。キリエは自分の身体が意志とは関係なく動き、目を丸くしている。
「使い方は、こう」
キリエではない女性の声が短くそう言うと両手をぎゅっと掴み、キリエの腕を持ち上げる。その姿はキリエがジェラルミンケースを振りかぶっているようだ。
そして、その腕は思い切り振り下ろされる。見事悪魔の脳天に直撃し、悪魔は灰へと戻る。
「消滅を確認。直ちに、援護に入る」
キリエとともに悪魔を倒した彼女──ダイナはキリエからジェラルミンケースを借り、ネロたちを襲う悪魔をつぶしていく。
そうしてすべての悪魔を倒した彼らは、状況整理を始めた。
「とりあえず……なんでここに居るんだ?」
「いやいや! それからじゃなくてさ、まずは言うことがあるだろ?」
「若にはねえよ! ダイナ、キリエを助けてくれてありがとう。助かった」
「俺には!?」
「ネロの大切な人。ならば、私にとっても大切な人。それを守るは、当然」
完全に若をスルーし、ダイナにお礼を言うネロ。キリエを守ったダイナは、それは当然のことだから気にすることはないといった様子だ。
「あの、本当にありがとうございました」
「ん……。無事で、よかった」
キリエからも改めてお礼を言われ、ダイナは少し恥ずかしそうだ。
そんな自分だけ除け者のようなやりとりが若には不満だったようで、俺も俺もとせがんでいる。
「あーほら、若は少し黙ってろって。……で、なんだ。なんで俺らがいるか……だったか?」
「偶然、なんて言ったらぶっ飛ばすからな」
偶然以外で、と言われたら『尾行してました』が正解なわけだが……。正直に言ったとしてもぶっ飛ばされる未来は変わらないだろう。どう言おうか悩んでいた初代だったが、それもすぐにしなくていいものへと変わった。
「ネロの様子が変だったから心配だなってことで、後をつけてきたんだ」
「……ふーん、誰が言いだしたんだ?」
それを聞いたネロはバキバキと指の骨を鳴らしながら拳を作る。それを見た初代と若は口早に伝える。
「ダイナだ! ダイナが後をつけるなんて言い出したんだよ!」
「そうだぜネロ。俺と若はついてきてほしいって巻き込まれただけだ」
「何故、嘘を混ぜる。後、普通に私を売った」
「ネロの殴りはマジでいてーんだって!」
「俺も前に一度喰らったからな。二度は勘弁だ」
「二人は自業自得」
「なら今回のダイナも……!」
「うるせえ! ……とりあえず、今日は助けてもらったのは事実だから、これで許してやる」
三人は結局ネロから拳骨を一発貰い、痛そうに頭を抱えている。それを見たキリエはおろおろしていたがネロが大丈夫だからと言い、キリエを家まで送っていった。
殴られた三人もまた、後頭部を押さえながら家へと帰るのだった……。
「結局バレたのか。まあドンマイだな」
「ネロ、デートだった。おっさん、そのこと知ってた。……教えてくれれば、殴られなかった」
帰ってきてからおっさんに事のあらましを話せば、おっさんはネロがデートに出かけるということを知っていたというではないか。理由が分かっていれば尾行なんてしなかったのにと、面白がって最後まで教えてくれなかったおっさんに小言をひとつ。
ダイナの文句なんて、一緒に過ごしている彼らからすればようやく仲間らしくなってきたという証拠でしかなくて、おっさんはニヤニヤと嬉しそうに顔を緩めるばかりだった。
「ネロの奴、マジで最後まで俺と初代にはお礼言わなかったんだぜ?」
「ま、俺としては殴り一発で済んだだけでもいい方だと思うがな」
尾行したことについては反省の色なしで、今日あったことに感想を言い合っている。自分だったらキリエをどうエスコートしたとか、悪魔から助けた時のことなど。
「ただいま」
「おかえり」
そこにネロが帰ってきた。
手にはジェラルミンケース。
「帰ったか坊や。……今日は楽しめたか?」
「おっさん、なんでダイナたちに言わなかったんだよ」
「自分で言えば済む話だ。それを坊やは言わなかったってことは、知られたくなかったんだろ?」
どうやら図星だったようで、ネロは黙ってしまった。ガシガシと頭を掻いて、恥ずかしさやら気まずさを振り払いながらダイナに近寄る。
「あー、その、今日は殴って悪かった。後、これ。……新品じゃなくなっちまったけど」
そうして差し出されたのは、先ほどキリエを守る時に活躍したジェラルミンケース。表面には一筋の傷が入っている。
「ありがとう、大事に使う。……これ、私から」
「これ……」
ダイナがネロに渡したのは、ガラスで出来たウサギの置物。キリエと最初に足を運んだ店に売っていたものだ。
どうやらダイナが一時尾行をしていなかったのは、この品物を選んでいたかららしい。
「ネロ、ウサギが好き。そのこと知らなかった。だから……」
「……また、意味の分からない誤解をしてるんだな……」
「えっ」
あの店での二人のやり取りをみて、どういう解釈をすればネロがウサギ好きという結論に至ったのかはさっぱり分からないが、ダイナはそんなとんちんかんな考えに至っていた。
そんなこんなでお互いにプレゼントし合い、仲が深まったようだ。……もっとも、ネロはその置物を飾ることはなかった。