From the parallel world

 ──世界は地獄だった。
 人間界は魔界からやってきた悪魔たちに瞬く間に蹂躙されつくし、人間たちは抵抗する間もなく死に絶えていった。
 ……生きている人間は、探せばいるのかもしれない。しかし、今の私にはそんなことをする力も、体力も、理由もない。
 私は半人半魔だ。そのおかげでこんな地獄のような世界でも、今を生きながらえている。だけど、それも意味のない事だということを知っている。……私は何一つ、守ることが出来なかったのだから。
 私の母はスパーダという悪魔の部下だった。母はスパーダに妻と子供たちを守ってほしいという任を言い渡され、私の父とともにスパーダの家族を守っていた。
 私の母と父はスパーダの家族たちを庇い、命を落とした。
 その時、母は最期に言った。
「彼女と、彼女の子供を守りなさい」
 これが母の遺言。私は母の遺言を果たすべく、大した力もないなりに守ろうとした。……だが結局、私以外みんな死んでしまった。そして、世界は地獄と化した。
 私はそんな世界で、たった一人。理由もなく、目的もなく。毎日願うのはもう一度、彼らを守るチャンスが欲しい。
 たったそれだけ。
 不思議と母や父に生き返って欲しいとは思わなかった。仲が悪かったわけじゃない。少なくとも、私は憧れていた。その憧れだった母からの遺言を果たせなかった。そのことが、私は忘れられなくて。それだけが心残りで。
 今もこうして地獄を彷徨っている。
 ──叶えられるわけがないのに。
 この瞬間までは、本当にそう思っていた。
「……?」
 一瞬、何か変な違和感を感じて顔をあげた。
 するとどうだろうか?
 そこは先ほどまでの風景とは一変して、地獄になる前の街並みがずらりを並んでいる。人が、街を歩いている。
「え……」
 理解が追い付かない。
 さっきまで街という街はなく、人なんてもってのほか。
 それが当たり前となったはずの世界だったのに、今いるこの場所は街があるのは当たり前で、人が歩いていることは当然のようで。あり得ないはずの光景が、目の前に広がっている。
 ──とうとう悲観のし過ぎで、脳が幻覚を見せるようにまでなってしまったのだろうか? 身体が死期を悟り、最期に自分を慰めるような幻覚を生んだのだろうか? しかしそれも、自分にはお似合いだと思った。
 行く当てはないが、ふらふらと街を歩く。そんな時、お店と思しき一つの看板がやけに気になった。
“Devil May Cry”
 悪魔も泣き出す。
 このときは、そんなのはありえないと一蹴していた。私は人間だが、悪魔でもある。ただどちらに分類するかと問われれば、悪魔なのだとは思う。だから、あんな地獄のような世界でも一度として泣くことはなかった。泣いたのは生まれた時と、彼らを守れず死なせた時だけ。そんなことを考えながら何気なく、その店の扉を開いた。
 ……それが、私の人生を変えることになるとも知らず。

「あー! ネロてめえ! また野菜ばっかり入れやがったな!」
「若が肉しか食わなすぎるからだ!」
「喧しいぞダンテ! 黙って食えんのか!」
「ってうわあああ! バージル! 幻影剣はねえだろーが!」
 扉の先は、現在進行形で食事をしている男たち六人が騒いでいた。
 四人が赤いコートに身を包み、一人は青、一番若いであろう青年は紺色に中側が赤いという、この店はコートを着るのが制服なのだろうかと思わせる衣装ばかりだった。
 だが、店に入った彼女はそれ以上に彼らの呼び合う名前に耳を疑った。その名は紛れもなく、自分が守れなかったスパーダの息子たちの名前であったからだ。
「おっさん、客が来てるぜ」
「鍵かけんの忘れてたか。悪いな、騒いでる所見せちまって……って、これまた美人が来たもんだ」
 おっさんと呼ばれた銀髪に赤いコートの彼はどうやらこの店の主のようで、入口に立ち尽くしている女性に声をかける。
「ま、こんなところで立ち話もなんだ。カウンターにどうぞ?」
 無精髭の良く似合うダンディな彼に連れられるまま、彼女はカウンターまで歩み始めるもののその足をすぐに止め、食事をしているメンバーの方へと向かっていった。
 先ほどダンテと呼ばれていた、赤いコートを着ている四人の中で一番若い男は浅葱色の剣に刺されたまま食事をしている。そんな彼に、彼女は言い放った。
「ダンテ。……スパーダの、息子」
 その言葉に、青年を除いた五人の男たちが一斉に武器を構える。
「えらく直接的だな。……何が目的だ、嬢ちゃん」
 最初に問いかけたのはここの主よりも若い銀髪に赤いコートの男。浅葱色の剣をぶっ刺されている男より数個歳を取った感じだ。
「……本物? 何故、生きている? 私、守れなかったのに……」
「なんの話だ」
「私、ダイナ。……覚えていない?」
「美人の顔は全部覚えているつもりだが、初めてみるぜ」
 ここで彼女、ダイナはこう考えた。これすらも夢幻なのだろう、と。
 しっかりと目の前の男たちは話している。食事をしている。声が聞こえる。しかしそれすらも自分の望んだ世界を脳みそが作り出し、自分自身すら騙しているのだと。
「……これもすべて、幻覚。きっと、そう」
 ダイナはそれ以上何も言わず、店を出ていこうとする。
「悪いなお嬢ちゃん。いや、ダイナと言ったか? 俺らのことを知っているなら、早々に帰れると思っちゃいないだろ?」
 しかし、無精髭を生やしているおっさんに阻まれてしまう。
「知っているからこそ、この現実はあり得ない。スパーダの息子である彼らは、私の目の前で息絶えた。そして世界は悪魔で溢れかえった。街があること自体、あり得ない」
 なんて突拍子もない内容は当然、彼らに理解することは出来ない。何故なら……。
「それこそあり得ないだろ。実際こうやって街もあるし、俺らだって生きてるんだしよ」
 一番若いダンテの言葉に、他の男たちも頷いている。しかし、ダイナも何一つ嘘をついていない。お互いがお互いの言葉に信用が出来ないとき、バージルが一言発した。
「……俺と同じで、並行世界の人物か?」
「並行、世界?」
 聞いたことない言葉に、ダイナはオウム返しする。それを聞いた他のメンバーたちは……。
「おいおい。まさか俺らが死んだ世界線から、俺らのことを知っている人物が来たってか?」
「それ以外何がある。実際、あの女は嘘をついている気配がまるでない」
「冗談きついぜ。なあ二代目?」
「……バージルの例がある以上、否定は出来ないだろう」
「マジかよ。おっさんどーすんだよ?」
「なんで若は他人事なんだよ」
 各々言いたい放題だ。
「どうするったってなあ……。もしそうなら、放っておけないよな」
 おっさんは困ったように頭をガシガシと掻いている。
「……説明、求める。それで、判断する」
「オーケー。信じるかどうかは任せよう」
 そうして説明されたことは、とんでも話だった。
 ここの店主をしている無精髭が良く似合うダンティなおっさんの名はダンテ。そして紺色のコートを着ている一番若い青年はネロというそうだ。
 彼らは元からこの世界線の住人で、つい最近も大きな事件を解決したという。それをきっかけに二人は知り合い、ネロはこうしてダンテの店、デビルメイクライに居候していた。
 だがある日、突然なことに、自分の店に自分がやってきたというではないか。
 始めは自分よりもいくつか若いダンテが、その次は自分よりも年上のダンテが。挙句にはさらに自分よりも若いダンテと、おまけにバージルまでやってきたのだ。
 ここでやってきたダンテとバージルは年は同じだが一緒に来たわけではないらしく、元の世界での若いダンテはバージルと縁が切れているが、バージルの方はダンテと縁が切れていないというのだ。
 ここで初めて示唆されたのが、並行世界だ。
 ダンテたちはみな、このおっさんダンテがいる単一世界の過去や未来からやってきていると考えられている。だがバージルだけは別の世界からやってきたということ。
 そんな信じられない話に最初はいろいろと荒れたそうだが、最近ようやく纏まってきていたところ。
 ……という話なのだ。
「──では、私はスパーダの血族が途切れた世界線から、スパーダの血族が残っている世界線にやってきた。……ということ?」
「そうであるかもしれない……って話だが」
 普通なら信じられない。信じられないのだが……。
 目の前にいるダンテたちは皆、まごうことなきダンテなのだ。どれもが本物であり、どれもが自分の意志を持っている。それでも同一人物である以上、言動などは似てはいるのだが。
「……これだけ同じ顔が並んでいる状況で、その話を嘘と断言できる情報、持っていない。結論として、全面的に、信じる」
「随分と物分かりがいいな」
「ならどうする、お嬢ちゃん」
 二人のダンテに聞かれ、ダイナは口を開く。
「私は、私の居た世界で、母の遺言を果たせなかった。しかし、ここならばそれが可能。……なら、私をここに置いて欲しい。無論、仕事の選り好みはしない」
 元の世界に帰れる算段がないのならば、ここに留まりたいとダイナは言った。この言葉にダンテたちはこぞって喜ぶ。
「Huu! そいつはご機嫌だ! 美人なら大歓迎さ」
「いいねえ、正直男ばかりでむさかったしな」
「家の事全般をしてもらえるなら、大いに助かる」
「女の手料理か、胸が躍るぜ!」
 彼ら自身も最近のとんでも体験で感覚がおかしくなっているのか、時空を超えてきた程度ではもう驚かないようだ。
「家の事に限らず、戦闘も可能。私も半人半魔。手数が必要なら、いつでも」
「マジか。でもあんた女なんだから、無理しなくていいぜ」
「足手まといはいらん」
「……善処する」
 ネロの気遣いをよそに、バージルの冷たい一言にも臆することなく、ダイナは話す。
 こうして、ダイナと四人のダンテとバージルとネロの、大騒ぎな事務所経営が幕を開けるのだった──。