ルルアノ・パトリエ 第5話

「わ、すごい! 試合していますよ!」
「……当たり前なのだよ」
「ギャハハハ! それ観に来てんだから普通だって」
高尾はララクの反応が面白いのかケラケラ笑っている。
「ダンク、ダンクですよ! 迫力ありますね!」
キラキラと目を輝かせながら選手たちを眺める。
「んなにダンクがいいの?」
「だって、見ていてこう……おぉ、決まった! って感じがするじゃないですか」
「まあ、いいてぇことは分かるけどなぁ」
「だからオマエはダメなのだ」
「む……、何がダメなのですか」
きっぱりと断言され、少し機嫌を損ねるララク。そして緑間の続く発言は……
「より遠くから決めた方が良いに決まっているのだよ。なぜなら3点もらえるのだから」
なんとも言えない沈黙が漂う。
「緑間さんって頭良いのに、たまに残念ですよね」
「何ィ!? 2点ずつと3点ずつなら多い方がいいに決まっているだろう」
「子供ですか……」
「ブッハ! ララクちゃんストレートすぎ、マジウケる!」
あまりに鋭いララクの突っ込みに大笑いする高尾。
「フン……! だからこそ真理なのだよ。いずれオレが証明してやろう」
あーだこーだと言い合いはしたものの、試合終了の合図が鳴るまでララクのテンションは高かった。

ガラララと車輪の音がする帰り道。
「そういえば、さっきのは練習試合ではなくて、公式試合っていうものなのですよね? それなら緑間さんたちも試合があるのですか?」
「お、あるぜー。明日準決勝と決勝やるんだ」
「ぜひお伺いしてもよろしいですか?」
「もち! つか誘うつもりだったしな。ただまぁその、俺らは集まっていかないとだから、迎えにいけねーんだよ、これが……」
「大丈夫です! なんとかたどり着いてみせますから」
「……不安なのだよ」
「同感……」
今日初めて試合を見たということもあって、二人の試合ぶりも見てみたいという好奇心が出てきたところに明日あると聞いてしまったらもう行くしかない。
「さ、場所を教えてくださいな」
不安がられていることなど露知らず。場所を聞いて、明日をまだかまだかと待つ一日だった……。

「……。ララク、ララクってば! もーっ、起きなさいよっ!」
「うー…………。後5分……」
「あと5分でお昼になるよ! いつまで寝てるのさ!」
「えぇ……お昼って……お昼……ぐぅ」
「ダメだ起きない。どうせまた楽しみにしすぎて寝れなくて、朝方に寝ちゃったパターンのやつだ……」
アンカルジアの言うとおり、気分は最高潮だったララクは夜寝付けず、気が付けば朝方。この前みたいに居眠りをしてはいけないと思い、お布団に入ったら予想以上にすぐ意識を手放してしまい、今に至る。
「……もういいや! お腹空いたし、冷蔵庫の中漁って食べよ」
完全にララクを起こすことを諦め、一人食事にありつくことにしたアンカルジアだった。それからいくつかの時を刻み……
「んー……。ふあぁ……。アンカルジア……あれ? アンカルジア……、もう起きているのですか? 今は何時……」
机の上にある時計で時間を確認する。短針は1、長針は4を指している。
「……えぇぇぇ! もうこんな時間なのですか!? 急いで支度しなくちゃ……!」
バタバタと慌てても時間は着々と進み、家を出る頃にはもう2時を回っていた。
「どうして起こしてくれなかったのですか!」
「人聞き悪いこと言わないでよね! アタシ起こしたし、大体夜にちゃんと寝なかったララクが悪いんでしょ!」
「うぐっ……、それを言われると何も言い返せない……」
「ほら! 文句言ってないでさっさと走る!」
「もう限界ですー!」
必死に走って駅内に駆け込み、改札口を通る。
「アンカルジア! 電車、どれかな!?」
「え、知らないよ! あれじゃないの?」
二人ともただでさえ方向音痴なのに、焦っていたら完全に思考回路は止まっているわけで、結局どれか分からずに乗った電車は目的とは真逆の方へと走り出してしまった。

「どうしよう……完全に迷子だよ……」
「アタシもララクも地図とかさっぱり分からないからなー。こうなるのは仕方ないね!」
「納得してる場合じゃないですよ! もう5時なんですよ? 試合始まっちゃっています!」
「そんなことアタシに言われてもなぁ。こんな時はお空の上から探せばいいんだよ」
「そう……ですね、そうしましょう」
アンカルジアの言ったとおり、空から目的地を探すことにしたララクは駅から出て、人気のない場所に移る。
「……大丈夫、誰もいないよ」
カバンの中から顔を出しながらキョロキョロと辺りを見渡し、人がいないことを確認するアンカルジア。
「それじゃ、いきますよ?」
「盛大にビューンといっちゃおう!」
ララクが意識を集中すると背中に、自分と同じほどの大きさをした真っ白の翼が生える。その翼が一度大きく動けばララクの体は宙を舞う。
「……よし、ちゃんと飛べます」
「うんうん、これで早く目的地にたどり着けるはず」
「もう遅刻しているのですが……」
「細かいことは気にしないの! で、どの建物なの?」
「…………。たしか、こう……ドーム状で大きな建物だと、仰っていた気が……」
「ものすごく曖昧……。さっきから雨も降りだしてるし、早くしないとびしょ濡れになっちゃうよ!」
「わ、わかってます……けど! もう何が何だか……」
結局この後も空でさまよい続けた結果、全身ずぶ濡れになりながらようやくの思いで会場についた……。

「……モーントクライン、何が起こったのか……状況説明をお願いしても?」
若紫色の長い髪をなびかせながら少女が言葉をかけた相手は妖精だった
「はい。ワタシたちは“ヴェルメリオ”に登場したと思われる者……“新生メロド・メルギス”に、魔王アクセルと共に対峙しました……が、一線を交える前に歪みゲートが発生。それに落ち、現在地面に向かって落下している状態です」
「とても分かりやすい説明をありがとう。……あんな化け物とは二度と関わりたくないのだけれども、存在を知ってしまった以上は……ね」
「……しかしラクア様、今のワタシ達に勝ち目は……」
「なんとかするしかないのだから、やれることをやるだけよ」
などと呑気に会話をしているラクアだが、この高さから地面に落ちてしまえばひとたまりもない。
「では今後、どうなされますか?」
「そうねぇ……」
地面につく手前で、ラクアの体が宙に止まる。背には漆黒の翼が生え、大きく一つ羽ばたき体勢を整え、地に足を付けると同時に翼も消える。
「とりあえず、ご飯にしましょうか。雨宿りも勿論だけど、何よりお腹が空いたわ」
「……ラクア様らしいと言えばそれまでですが……。あまり気負いすぎませんように」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ」
口元に手をあてながらクスクスと笑う姿は雨で濡れているのも相まってか、どこか妖艶さがある。
「ワタシはどこまでも、ラクア様にお供いたします」
「ふふ、ありがとう。モーントクラインがそう言ってくれるから、私も好きなように振舞えるのよ? さ、いつまでも飛んでいないで、私の髪で雨をしのぎなさいな」
「ありがとうございます」
モーントクラインは提案を受け入れ、ラクアの首と髪の間に入る。
「しかし、ご飯にしようと言い出したまではよかったのだけれども、どこに何があるのやら……」
どの方角へ足を進めようかと迷っていると、急に雨が当たらなくなった。
「こんな雨の中、傘もささずにいたら風邪引くっスよ? よかったらどうぞっス」
「あら……ありがとう、助かるわ」
お礼を言いながら相手の顔を見るために振りかえると、ラクアよりもだいぶ背の高い黄色髪の男がいた。
「おい黄瀬! 何やってんだ、飯行くんじゃねーのか?」
「あ、これは違うんスよ! ここに女の子が傘も持たずにいたから……イテッ!」
「何ナンパしてんだよ! シバくぞ!」
「もうシバいてるっス!」
最初こそは二人のやり取りに呆気にとられたが……
「悪いな、コイツすぐ女の子にちょっかいだすから」
「ちょっと笠松先輩! その言い方はやめてほしいっス!」
「あら……、イケない方なのね?」
「マジやめて!? 誤解じゃ済まなくなるから!」
「面白くてつい……、ごめんなさいね」
あまりのノリの良さに、ついからかってしまう。
「そういや、なんでこんな所で突っ立ってたんスか?」
「あぁ……。初めての土地だったから迷子になってしまってね? 雨も降ってきたし、途方に暮れていたの」
「(ラクア様……)」
「(嘘は言っていないものね?)」
ラクアの口のうまさに、モーントクラインはなんとも言えない気持ちになった。
「迷子ねぇ……。どこら辺に住んでるんだ?」
「んー……、なんて答えればいいのかしらね? ……そんなことよりも私、おいしいものに目がなくてね。今日もどこかのお店に入ろうと思ってふらふらしていたら、こんなところまで来てしまったの。お腹がいっぱいになれば帰れるから、どこかいいお店、知らないかしら?」
「なんスかそのめちゃくちゃな理論は!?」
答えになっていないにもほどがある返答に、思わず突っ込む黄瀬。
「まぁ……あんたがそれでいいなら、言うことないけどよ。……オレらも飯にするつもりだったし、そこでいいなら」
「本当? 恩に着るわ」
こうしてラクアはたまたま出会った二人とともに食事をすることにした。

「あ……あれ! 緑間さんじゃないですか?」
「あれだけ身長ある人も、上から見れば小さく見えるもんだね」
雨の中、空を仰いでいる緑間を見つける。姿を見られないように少し遠い場所に降り、翼をしまって緑間に駆け寄る。
「緑間さん! あの……試合……!」
息が切れてうまく発言できない。
「新崎か……。…………見ての通りなのだよ」
「え……っと……」
どうやら緑間はララクが試合を見ていたのだと思い、多くを語ろうとしない。
「(緑間さんのこんな辛そうな顔、初めて見る……)」
「(えぇ? いつもこういう難しそうな顔してると思うけど……)」
確かに緑間は気難しい性格をしている。故に周りにはあまりいい印象は抱かれていないし、何より本人自体が誰かに頼ろうとしない。しかしララクは自分で何かをしたり覚えたりするのが極端に苦手なため、必然的に距離の近い緑間を頼ることが多かった。文句を言われることもあったが、それでも見捨てることをしなかったのは緑間なりのやさしさなのだと、ララクは直に感じていた。だからこそ、きちんと事実を伝えたかった。
「あの、私実は試合を見れ「お、いたいた! 真ちゃん、探したんだぜ……って、あり? もしかしてオレ、すげーお邪魔?」
ララクが緑間に本当のことを伝えようとしているときに、タイミングよく高尾がやってきた。
「フーッ……、オマエたちといると、ろくに一人にもなれんな」
「先輩たち帰っちまったし、真ちゃん一人で帰るのかわいそうだと思って探してやったってのに、なんだよその言いぐさはよ。それとも何? ララクちゃんと二人きりだったの邪魔されてイラついてんの?」
「オマエも分かっているだろう」
「わりぃって……。ララクちゃん、試合みっともないとこ見せちまって、ほんとごめんな?」
「あ、あの……ごめんなさい! 私その……道に迷ってしまって、今着いたばかりなんです! ちょうど緑間さんを見かけてここに来たので……試合、見れなかったんです」
一度は高尾に遮られてしまった言葉だったが、うまく話を振ってもらえたので今度こそしっかりと頭を下げながら伝える。
「ギャハハハ! マジで迷ったの!? よくここまでたどり着けたな。……ってなると、オレらの恥ずかしい姿見られてねーってことか。よかったな、真ちゃん?」
「黙れ高尾」
「ま、雨の中喋ってたらララクちゃん風邪引いちまうし……どっか飯でも行くか」
「勝手に話を進めるな」
「私のことは気にしなくても……」
「ほらほら、飯いこーぜ!」
「あ、待って……くしゅん……」
「……早くするのだよ」
「ひゃっ……ありがとうございます」
緑間が上着をララクにかけ、そそくさと歩いていく。それを見ていた高尾はニッと笑い、ララクは急いでそれを羽織り二人を追いかけた。

「すいませーん」
ガラリと扉が開くとともに、ぞろぞろと学生がお店の中に入ってくる。何やら一人泥まみれで、かなり機嫌が悪い。
「お」
「黄瀬と笠松!?」
「ちっス」
「呼びすてかオイ!」
「あら……知り合い?」
泥まみれの彼に声を掛けられ返事をする二人を見てラクアが問いかける。
「んー、まぁそんなところっス」
「なんでここに……、後この女性は……?」
「おたくらの試合観にね。決勝リーグ進出おめでとう。こちらの女性は黄瀬がナンパした」
「だからナンパじゃないっス!」
「すみません、11人なんですけど」
「(団体なのを見るところ、何かのチームなのね)」
眼鏡をかけた男子の問いかけに笠松が答えを返す会話や大人数なところを見るに、関係はともあれ何かを共にしている仲であることをラクアは察する。
「ありゃ、お客さん多いねー。ちょっと席足りるかなー」
「つめれば大丈夫じゃね?」
「あっ、ちょっとまっ……座るの早っ!」
ワイワイしながらみんなが席を詰めていくため、泥まみれの彼は取り残されてしまう。
「もしあれだったら、相席でも私は構わないわよ」
「ん、そうか?」
ラクアの提案で相席になり、小さなテーブルには黄瀬、笠松、ラクアに加え泥まみれの彼と、何やら異様に影の薄い子の5人になった。
「…………」
「(この子のこと……座るまで気づかなかった。意図的にこれをやってのけているのかしら……?)」
何やら少し気まずい沈黙の中、ラクアは一人別のことを考えていた。
「なんなんスかこのメンツは……。そして火神っち、なんでドロドロだったんスか」
「あぶれたんだよ、ドロはほっとけよ。っち付けんな、後この女の人は誰だよ」
「こちらの方は……ハッ! 今気づいたんスけど、名前を聞いてないっス!」
「マジなんで一緒に居るんだよ!」
火神の突っ込みが的確すぎて、ラクアは大笑いしてしまう。
「ふふ……ご、ごめんなさいね。名前を教えてないなんてうっかりしていたわ。私は「すまっせーん。おっちゃん三人空いて……ん?」
名乗ろうとしたとき、ちょうどガラリと扉が開くとともに三人ほど、これまた学生が入ってくる。しかもそれはどうやら知り合いのようで、何やら沈黙が訪れる。
「なんでオマエらここに!? つか他は!?」
「いやー真ちゃんが泣き崩れてる間に先輩たちとはぐれちゃってー。ついでにメシでもみたいな?」
「オイ! 嘘をいうな」
高尾にあることないこと言われ、緑間はだいぶ不機嫌だ。もちろんそれだけが原因ではないが……。
「あれっ? もしかして海常の笠松さん!?」
「オマエ秀徳の……なんで知ってんだ?」
「月バスでみたんで! 全国でもとして有名人じゃないすか。ちょ……うおー! 同じポジションとして話聞きてーなぁ! ちょっとまざってもいっすか!?」
「え……? てか正直今祝勝会的なムードだったんだけど……いいの?」
「気にしない気にしない! さ、笠松さんこっちで!」
「ああ……いいけど」
そういって笠松は高尾に連れられ、他の部員がたくさんいるほうの席へと移動してしまったため必然的に空いた席に緑間が座る形となった。
「「「あの席パネェ!」」」
小さなテーブルには火神、黄瀬、緑間に影の薄い子、そしてラクアと、ほぼキセキの世代というカオス具合。
「ララク、いつまでも扉の前で突っ立っていないでこっちにいらっしゃいな」
「そういえば緑間っち、あの可愛い子は誰スか? てか……あれ? 二人ともめちゃくちゃ似て「姉様ぁー!」
そういってラクアに飛びついたララク。
「ほらほら、お店の中で暴れてはいけないでしょう?」
「姉様! いっぱい探したんですからね!? うぅ……会いたかったです……!」
ウルウルと目に涙を溜めながら顔を胸にうずくめる。周りの目などお構いなしだ。
「(ずるいずるい! アタシもモーントクラインとお話ししたい!)」
カバンの中ではアンカルジアがもぞもぞと動いている。
「久しぶりね、ララク。……少し合わない間にまた大きくなったんじゃない?(アンカルジアも元気そうで何よりだわ。周りの目があるから、もう少しだけ我慢してね?)」
アンカルジアの存在に気づいたラクアはアイコンタクトで合図を送る。それを理解したのか、カバンの中が静かになった。
「姉様って……えぇ!? その可愛い子のお姉さんだったスか!?」
「新崎に姉がいるとは、初耳なのだよ」
「全く話についていけねぇ……」
いろいろと出来事が多すぎて大半の者が混乱している。
「……取りあえず何か頼みなさいな、食べながら1つずつ話をまとめていきましょう」
ラクアの一言で、改めて食事会が始まった。

「オレもうけっこう一杯だから、今食べてるもんじゃだけでいっスわ」
「よくそんなゲ○のようなものが食えるのだよ」
「なんでそーゆーこと言うっスか!?」
あまりの緑間の辛辣さに黄瀬は泣いている。
「私ももう食べ終わったからいいわ。ララクはどうする?」
「うーん……、普通のお好み焼きでいいです」
「お好み焼きね。火神さんは?」
「いか玉ブタ玉ミックス玉たこ玉ブタキムチ玉……」
「なんの呪文っスかそれ!?」
「頼み過ぎなのだよ!」
「大丈夫です。火神君一人で食べますから」
「ホントに人間か!?」
「お腹壊しちゃいますよ!?」
「いくら私でもそんなに食べたことないわ……」
ただ料理を注文するだけでこんなに突っ込んでいては話が進まない。ラクアは一つ息を吐き、
「まぁ、料理が届くまでに自己紹介でもしておきましょうか。私はラクア。見てのとおり、この子……ララクの姉よ」
「オレはまあ、みんな知ってると思うけど黄瀬涼太っス」
「……緑間真太郎なのだよ」
「火神大我だ」
「黒子テツヤです」
「新崎ララクと申します」
「ん……、これで呼ぶとき困らないわね。えーっと、ララクと緑間さんは同じ学校……なのよね」
「はい、そうです。その、お恥ずかしながら……いつもお世話になっています……」
「あー大丈夫よ、想像つくから。この子の相手は大変でしょう? 人に頼み事しておいて、自分はほかの人の手助けにあっちこっち勝手に動き回って、気づいたら迷子になっているんですもの」
「……そのとおりなのだよ」
「ね、姉様! あんまり恥ずかしいこと言わないで下さいよ!」
「なんか……、知り合って今日っスけど、安易に想像が出来るっス……」
顔を真っ赤にしながら姉の口を必死に塞ごうとするララクの様子を見て、黄瀬は納得している。緑間もさすが姉はよくわかっていると感心しているようだ。
「黒子さんは……その、失礼なのだけれども、目の前に座るまで気づかなかったのよね。その影の薄さはわざと作っているものなのかしら?」
「いや、そいつは元からそんなんだぜ」
「黒子っちは、その影の薄さを利用してバスケでパスの中継役をやってるんスよ」
「ん……? みなさんはその、バスケっていうのをしているのね?」
「そういうことっス」
今まで聞いた内容をくみ取り大体の状況を把握したラクアは、質問する口を閉ざした。
「お待たせしました。お好み焼きと、ブタ玉です」
店員が料理を鉄板の上に置いていく。とにかくお腹の空いていた火神はそれにかぶりつく。緑間は何やら腕を組み、食事に手を付けようとしない。
「緑間っち、ホラ……コゲるっスよ?」
「食べるような気分のはずないだろう」
「負けて悔しいのは分かるっスけど……ホラ! 昨日の敵はなんとやらっス」
「負かされたのはついさっきなのだよ!」
「(なるほど、ここに集まっているのはちょうど相手校同士だったようね。それで負けて、気が立っていたのね)」
「(ラクア様……。この方から妙な気配を感じます)」
「(分かっているわ、油断のないようにね)」
緑間に対して前にアンカルジアも感じた、周りの者たちとどことなく違う雰囲気。それは決してバスケの天才的な才能や、機嫌が悪いからといった類のものではない。ラクアはそれを絶対的な力のように感じていた。
「むしろオマエがヘラヘラ同席している方が理解に苦しむのだよ。一度負けた相手だろう」
「そりゃあ……当然リベンジするっスよ、インターハイの舞台でね」
そう言いながら火神と黒子の方を見る黄瀬の目は、すごく力強い。
「次は負けねぇっスよ」
「ハッ……、望むところだよ」
それに答える火神の目もまっすぐだ。その二人のやり取りを見て緑間は何かを感じたのだろう。
「黄瀬……前と少し変わったな」
「そースか?」
「目が……変なのだよ」
「変!?」
傍から聞いていると悪口のような気もするが、口下手な緑間の精一杯の表現だというのは見て捉えることができる。
「まぁ……黒子っち達とやってから前より練習はするようになったスかね。あと最近思うのが……、海常のみんなとバスケするのがちょっと楽しいっス」
「……どうも勘違いだったようだ。やはり変わってなどいない。戻っただけだ、三連覇する少し前にな」
「……けど、あの頃はまだみんなそうだったじゃないですか」
「オマエらがどう変わろうが勝手だ。だがオレは楽しい楽しくないでバスケはしていないのだよ」
キセキの世代と呼ばれるほどの彼らだ。過去に何もなかったと言えるほど、誰もお気楽者ではない。そしてそういった過去を持っているのは何も彼らだけではない。ララクやラクアにだって思い出したくないような苦い思い出はあるわけで、少し重い空気が流れる。
「(私……、自分の正体のことを隠すことばかりをいままで考えていたけど、緑間さんがどういう人なんだとか、過去に何があったのかなんて気にしたことなかった……)」
ララクはいままでの自分の行動を思い返し、罪悪感に苛まれていた。緑間や高尾はたくさん自分に力を貸してくれたのに、そんな自分は何一つ恩返しを出来ていない。ラクアも何か言うわけではなかったが何か思うことがあったのか、顔は険しいものだった。
「オマエらマジゴチャゴチャ考えすぎなんじゃねーの? 楽しいからやってるに決まってんだろ、バスケ」
「なんだと……」
火神の一言が気に障ったのか、緑間は横目にかなり火神を睨んでいる。
「……何も知らんくせに知ったようなこと言わないでもら「あ」
べっしゃあ。高尾の気の抜けた声と共に緑間の頭にお好み焼きが落ちる。
「…………とりあえずその話は後だ」
今にも爆発しそうな怒りを留め、席を立つ緑間。そんな彼を誰かが止められるわけもなく
「高尾ちょっと来い」
「わりーわりー……ってちょっタンマッ……なんでお好み焼きふりかぶってん……だギャーーーー!」
断末魔と共に高尾の顔にもお好み焼きがへばりついた。
「火神君の言う通りです。今日試合をして思いました。……つまらなかったらあんなに上手くなりません」
「……いいこと言うのね」
「姉様……?」
黒子の言葉にラクアは共感したのか、ポツリと言葉を漏らした。

「お、雨やんだんじゃね?」
「ホントだ。じゃーいい時間だしそろそろ帰ろかー」
食事会はお開きになり、緑間が先に席を立つ。
「火神、一つ忠告してやるのだよ。東京にいるキセキの世代は二人。オレともう一人は青峰大輝という男だ。決勝リーグであたるだろう。そして奴はオマエと同種の選手だ」
「はあ? よく分かんねーけど……とりあえずそいつも相当強ぇんだろ?」
「……強いです。ただあの人のバスケは……好きじゃないです」
「…………」
青峰大輝という人物の話を出しただけでキセキの世代たちの顔色は変わるあたり、かなりのやり手なのだろう。
「……フン。せいぜいがんばるのだよ、行くぞ新崎」
「あっ、待って……、姉様行きましょう?」
「はいはい、せかさなくてもついていきますとも」
緑間の後を追うようにララクが急ぎ、その後ろをまったりとラクアが追いかける。
「……緑間君! また……やりましょう」
「…………当たり前だ。次は勝つ!」
後ろから聞こえてくる黒子の声に、振り返りはしなかったが力強い言葉を返す緑間に、ララクは少し驚いていた。
「(緑間さん、何か吹っ切れたのかな?なんだが頼もしい)」
ガラ……っと緑間が扉を開くと、自転車に乗った高尾が視界に入る。
「今日はジャンケン無しでもいーぜ?」
高尾の一言に緑間はかなり驚いたようだったが、次の瞬間には少しだけ口角が上がっているように見えた。
「……フン、してもこぐのは高尾だろう」
「にゃにおう!? ったく素直じゃねーな、真ちゃんはよ。さ、ララクちゃんとお姉さんも乗った乗った!」
「いえ。今日は緑間さんを乗せてあげてください。私は姉様と歩いて帰りますから」
「せっかくのお誘いだけど、ごめんなさいね」
「真ちゃん、ララクちゃんにまで気ぃ使われてやんの!」
「うるさいのだよ。いいから遠慮せずに乗れ、どうせ家は隣なのだから」
「あらあら、じゃぁ結局帰り道は同じね。まあ三人も乗るとこぐ方も大変でしょうし……、私は隣で歩くわ」
こうしていつもの帰宅風景に、ラクアが横で歩く姿が増えた。