さらりとした、首元にまで伸びる銀髪。前髪は目にかかるかかからないかにまで伸ばされている。赤を基調としたロングコートが何よりも特徴的で、タイトな黒のアンダーシャツと赤のレザーベスト、そしてズボンすらも赤色だというのに、それが良く似合っている。
腰には二丁拳銃を提げ、手には大剣を握るその人物は──。
「っ……」
マリアの額から、一滴の血が垂れている。人を一人ぶった斬った勢いだけで、マリアにもかすり傷を負わせるその手腕……。
「まさか、貴方だとは……」
形だけ戦闘の構えを解き、あいさつをする。
「久しぶり、ダンテさん。……いつかの仕事で協働して以来」
「──ああ、そうだな。覚えているぜ、ダイナ」
ダンテさんは手に持っている大剣──リベリオンに付いた血を振り落としながら、こちらを見据えている。
同業者──厳密に言えば少し違うが、そんなことはこの際関係ない。
今、事実として間違えてはいけないこと……それは彼の方が格上であるということ。相手によって態度を変えることはないが、言葉遣いは慎重に。
「再開を祝える空気でないことが、残念」
「そう言いつつ、少しでも有利な位置取りを探してるって所か。ダイナが相手となれば、流石に手は抜けねえな」
こちらにペースを掴ませないためか、それとも己の実力に絶対的な自信があるからか……。彼は臆することなく一歩、また一歩と私に近付いてくる。それに合わせて私とマリアも一歩、また一歩と距離を取る。
……彼は基本的に単独行動を好む人物。私とマリア、二人がかりで挑めば、分は悪いが勝ち目がない相手ではない、といったところ。しかし、出来ることであるなら、ダンテさんとの戦闘は避けたい。
「ここにはどういった用事で来た？」
この問いへの答え次第で、命運が分かれそうだ。
「貴方ほどの方であれば、既に察しているはず。事が起きて、誰かが私に依頼した。ただ、それだけ。……そちらは？」
セタンタを討ち取った者を殺せという依頼は受け持っていない。つまりそれは、私側にダンテさんを狙う理由はないということ。しかし、相手側がそうであるかは別。問答無用で立ちはだかる者は全て討ち取れ、なんて依頼をダンテさんが受けていた場合は……覚悟を決めるしか、ない。
「事が起きて、誰かが俺に依頼した。ただ、それだけだ」
ニヒルに笑い、どちらとも取れそうな言い回し。
……ダメだ、分からない。今にも身体を貫かれるかもしれない極限状態の中では、彼の真意を推し量れない……。ならば考えろ。彼の性格を。
彼は単身で動き回る。それは身軽さを何よりも売りとしているからだ。さらに実力もあるから打撃力も期待できる。それが彼に仕事を依頼する者が望んだり、逆に自分を売ったりするときの商売スタイル。なら、そんな彼が嫌う依頼は何？
それは誰かを護衛したり、拠点を守ったりするような荷物が増える依頼。では、今この先に行われている儀式を守るような依頼は……。
「ダイナ様、決裂の際は全力でお逃げください。……一命に代えても、時は稼いでみせます」
「全ての実力において、私の上を行く彼から逃げるは至難。そこに加わるは根本的な考えの違い。……胃が痛い」
互いに白兵戦を得意としているが、純粋な力量差を知っているからこそ、震えが止まらない。もしも一対一だったならば、私はただウサギの如く逃げまどうことしか出来ない──否、それすらもさせてもらえないだろう。それほどまでに、相性が悪い。
今この瞬間もマリアは戦闘態勢を崩すことなく、私とダンテさんの間に立ってくれている。それがなければ私は今頃、良くて地にひれ伏しているか、問答無用で肉片に変えられているかもしれない。
「ああそうだ。俺はどっちでもいいぜ」
今もなお口元に笑みを浮かべる彼はどちらでもいいと言った。
この言葉の真意は？ 圧倒的までな優位に立っているはずの彼が、私に選ばせてくれている──？
「私は、この先の景色を見に、散歩を続けるつもり」
「ほおー。こんなところで散歩とは、物珍しい趣味を持っているもんだ。この先に綺麗な花畑でも広がってれば、さぞお前は喜ぶんだろうな？」
「花は好きだから、貴方の言う光景を見ることが出来れば、確かに喜ばしい。そして私は、その光景を見るため“だけ”に、散歩をしている」
「なるほど……な。“良く分かったぜ”。だったら俺はもう見終わったからな、一足先に帰らせてもらう」
「どうぞ、お気をつけて」
──私たちはここで出会わなかった。
彼は一足先に戦線を離脱し、後の惨劇は知らない。私は一足遅く突入して、儀式を滅茶苦茶にする。それで双方の依頼達成条件を満たせる。
「……そういや、相変わらず堅苦しいというか、独特な喋り方をしてるんだな」
「物心ついた時からの喋り方故」
「生まれつき、か。……ああ、直そうなんて思うなよ。その喋り方だったから、初めてダイナと仕事した時も印象に残ったんだ。メシア教からドロップアウトした奴が面白い喋り方をする……ってな」
それの意味するところは、良くも悪くも目をつけられていた……ということ？ 当時の振る舞いで彼の気に障ることがあれば、殺されていたかもしれない……。
「……今度贈るお中元、豪華にしておく」
「そいつは楽しみだ。ダイナのセンスは良さそうだからな」
「どうぞ、お楽しみに。……失礼しても？」
「ったく……。俺を相手にそこまで臆しない態度で振る舞えるのはダイナぐらいだ」
……？ えっ。何か、彼の気に召すことがあった……？
「……また会えたら、その時、よろしく願います」
「ああ、その時は手加減なしだ。じゃあな」
そう言い残して、彼は私たちに堂々と背を向けて帰っていった。彼の気配が完全に消えたのを確認し、マリアも戦闘態勢を解除する。
こちらの肝は冷えっぱなしだったというのに、どこまで度胸の据わった人だ。私だったならばたとえ自分が優位に立っていたとしても、1%でも負ける可能性があると思えば、あのように堂々と振る舞うことは……出来ない。
「ひとまず、契約の範疇で危険な戦闘は回避出来たようです。情報によれば、残る戦力は少ないはず」
「うん。気を引き締め直し、最後の仕事を果たす」
はっきり言ってしまうと今の邂逅だけで寿命がいくらか縮む思いをしたが、あくまでも仕事外の出来事だという事実が何とも。本当、この業界は割に合わないことばかりだ……。