第22話

メシア教団 帝都 司教座聖堂にて

「あなた、メシア教に入りませんか? かならず、救いの御手が現れますよ!」

「いえ、すみません、既に信徒でして。

 ウォーリアオブライト司祭にお会いしにきたのですが……」

「おお! それは失礼いたしました。

 では、よろしければご案内いたしましょうか?」

「はい、お願いします。しばらく、こちらには顔を出していなかったもので」

「こちらでお待ちください。司祭もじきにいらっしゃることでしょう」

「ありがとうございます。……主の平安がありますように」

「ええ、主の平安がありますように」

私が部屋に案内されて数分。彼は……来た。

「すまない……少し遅れてしまったか?

 ……久しぶりだな、ダイナ。壮健のようで、何よりだ」

「ええ、貴方もお変わり無いようで」

「君、失礼はなかったか?」

「なかったとは思いますが……、ご身分の高い方だったのですか?」

「ああ、なんといっても……。

 下級階級にある天使の守護を得た、素晴らしい篤信者なのだ。

 敬意を払うにこれ以上の相手はいないだろう?」

「なんと……! おぉ……おぉ! そのような方とは露知らず!

 入信の誘いなどをしてしまうとは!」

「加護の有無によらず、父なる主の前では皆平等です。

 私自身、初めて御遣いと出会った時は、見るにも耐えぬ粗忽ものだったのですから。

 ですからどうか、顔を上げてください」

「おお、なんとお優しく謙虚な……!」

徒の狂信ぶりが酷くなってませんか?

……帰りたくなってきましたが、ここは我慢の子。

「よ、よろしければ、後学のため! 御遣いさまのみすがたを、ひと目!

 ひと目なりと、見せては頂けませぬでしょうか!」

「……司祭?」

「ダイナ、君さえ良ければ、見せてあげればいい」

「……失礼。申し訳ありませんが、みだりに人目に晒してよいものでも、ありませんので」

「──……! これは失礼! そのような意図はなかったのですが」

「なに、御遣いに拝謁する機会は、今度のミサで用意してあげよう。

 きみは主と教会のために、よく働いている。

 ともあれ、ダイナと話があるのだ。二人にさせて欲しい、人払いも」

「光栄です! かしこまりました!」

……忙しそうだ。

「さて」

「まだ、身内のミサで天使を見世物にしているのですか」

「『目に見える救い』は必要だ。

 もとは君のマリアとて、そのために与えたものだ。

 彼女は元気にしているか? 彼女のお陰で、君もずいぶん立派になった」

「ええ、元気にしていますよ。今の私があるのも、彼女の助力のおかげです」

「……久しぶりに、会わせてもらっても?」

「はい」

「……お久しぶりです。アデプト・ウォーリアオブライト」

「ええ、お久しぶりです。偉大なる主の御遣いよ。

 ……素晴らしい。まったく素晴らしい。

 野に下って衰えたかと思えば、ますます力を増している。

 君は素晴らしい、ダイナ。掛け値なしに、だ。

 ……と、私ばかり話してもいけないな。失礼した。

 まずは用件を聞こう。こちらの話は、それからでもまったく遅くないのでね」

「では、今回は妖精郷の使いで。

 黒子テツヤという少年の返還要求を出していましたね?

 あれをなんとか引き下げてもらいたい、という話です」

「? ……ああ。そういえば、そんな要求もしていたな」

「妖精郷は純粋に彼を気に入って、あくまで彼を見守っておきたい“だけ”との事。

 その程度の認識でしたら、妥協は効きませんか?」

「ということは、彼の来歴に触れたのか。

 なるほど、確かに君はそれを放ってはおけないだろう。

 だが、彼は仮にもかつてのメシア教の研究技術の成果だ。

 要求性能を十全に満たせなかったとはいえ、何の対価もなしに要求を取り下げては、

 こちらの面子が立たない。……分かるだろう?」

「私自身も、彼の事は“見守っていく”つもりですが、どうでしょうか?」

「それが、第一条件、といったところか。

 野に下ったわたしの弟子、敬虔なメシアンが後見につくことで、素体を勝手に玩弄されることはなくなる。

 これで面子は立つだろう。問題は……」

「それを認めることで、あなた自身に、どのようなメリットがあるか」

「そのとおりだ。君は本当に話が分かる。

 信心に染まりすぎて融通もきかせられん、凡百の有象無象どもとはわけが違う。

 やはり君を見出したのは、正解だった。

 ……ダイナ。メシア教団に戻る気はないか?」

──っ。いきなり直接的に来ましたね。

「私の右の座に君を座らせよう。名誉を与えよう。相応しい権力も。

 荘厳な教会も、忠実な部下も、信仰の日々も。すべて、 君のものだ。

 主の来臨は、審判の時は間近に迫っている!

 ダイナ。ともに主をお迎えし、この地上に法と秩序の世界、栄光に満ちた千年王国を。

 主の忠実なるしもべとして、築いてみる気は無いか?」

「千年王国」

「そうだ、名誉や権力など、所詮は些末事。結局はそこなのだ。

 我ら、メシア教徒の悲願は千年王国!

 救世主は降り、この世界を神の名のもとに治められる。神による統治! 法と秩序の世界!

 すなわち……。君の望む、弱者が虐げられることのない世界。とこしえの、楽園だ。

 戻って来い、ダイナ。望むなら、私に能うものは全て与えてやろう」

「確かに秩序と信仰とは、第一に弱者を護るためのものと、私も理解しています。

 しかし……その定義において、我が師と『本当に』共通の了解を得られるのか。

 些か確信が持てぬのですが、如何に?」

「成る程。もっともだ」

「この世界で救われるのは、果たして遍く全てのひとびとでしょうか?」

「おのが信ずる教えを疑うか。いいだろう、それもまた必要なことだ。

 ……答えは一つ。君の信ずる神は、さほどに狭量なのか?」

しまった、一手ミス……。

「千年王国を築かれるのは、我らが主。

 我らはそれに向け身構え、それを迎え入れ、それを築く手足となるための備えをするのみ。

 それが故に、万民の救済を疑うということは、すなわち我らが神の全能を疑うということではないか?

 無論、信仰において、疑いの時は必要だが」

「失礼。こちらの失言でした。では、その課程において出る犠牲については?」

「無論犠牲は出るだろう。神の統治を望まぬ勢力との戦いもあろう。

 犠牲は出る、これは避けられない。

 だからこそ、君を求めるのだ。あらゆる犠牲は必要最小限に、すべての被害は必要最低限に。

 であればこそ、それを行うための実行力として、君を欲するのだ。

 ……分かってくれるだろう? ダイナ」

「ですが……貴方は、急進的に過ぎます」

「ああ。君にも悲しく、辛い思いをさせてしまった。そのことは、今でも心苦しく思っている。

 だが、必要な犠牲だった。主の名のもとにとは言うまい。

 少なくとも、私はそう判断した。ゆえに切り捨てた。苦い思いを飲んでね」

「──っ!」

必要な犠牲だった……?

「君の怒りも当然だ。だが、それでもだ。なさねばならぬ大義はある。

 そのために、この手を取っては、もらえないか?」

「……失礼」

「何か?」

「ええ、我が主も少々迷っている様子ですので。

 権天使として、一言二言、助言をおゆるし願えればと」

「御遣いの道を阻む手は、持ってはおりませんゆえ」

「感謝を。

(さて、ダイナさま。相変わらず凄まじい方です。

 カリスマというものでしょうか、人を呑む雰囲気があります。

 あの気に呑まれず、どうか思い出してください)」

……思い出す。

「ダイナさま。汝の秩序の骨子を成す、もっとも大切な、ひとつの思想。

 其は、なんでしたか?」

私の、もっとも大切な思想。それは……、生まれただけの命に、罪があるわけがない、あってはならない。

「……どうやら、分かったようですね。

 そしてそれが、こちらの方の方針と噛み合うか否か。

 考えて、答えればいい。とても簡単なことです」

「……導きに感謝を」

「…………」

「わが師、ウォーリアオブライトよ。

 生まれたことすらも罪と断じ、切り捨てることは、私には出来ません。

 それを必要な犠牲に含めることは出来ないのです。

 ですが、貴方は違うのでしょう?

 貴方は、生まれたばかりの健康な赤子を、それがどうしても必要であるならば、殺せる方だ」

「ああ、できるだろう。苦渋を飲んで、手を下す。それが秩序だ」

「貴方にとっての」

「罪には罰を、不義には槌を。そのために、手を汚すことすら厭わない君が。

 なぜ其れだけは、理想論なのだ」

「それが私の信仰の、最後の一線だからです。そこを踏み越えたら、もう私は私ではないのです。

 その一点で我々は相容れず、私が教団に戻ってもまた破綻するのは確定した未来でしょう」

「妥協する気は無いのか」

「できません。貴方が貴方の信仰を曲げない程度には」

「そうか……。残念だ。

 君が私のもとに帰ってくるならば、すべてを語っても良かった。

 ありたけの計画を教えてやっても良かった。間近に迫る、“ほんとうの救済”のすべてを」

「……! なにを──」

「理解し合えなかった以上、すべてを語ることはできない。

 さあ、仕事の話に戻ろうか。黒子テツヤという少年の件だったな。

 君が戻れないというならば、その条件は引き下げざるをえまい。

 無理強いしたところで、意味のないことだ。

 残念だが、別案を提示しよう。君に、いくつかの“依頼”を出したい。

 ……いいか?」

どれだけ変わったかと思えば、まったく変わっていませんね。やはりこの方は私の師だ。

「構いません。そのラインが妥当でしょうから」

「では……【宇宙卵】なるものについて、知っているだろうか?」

明らかに師匠の雰囲気が変わった! ……それほどに、重要なものということ?

全く知らないととぼけてるべきか、知っていると濁すべきか……?

「いえ……言葉としてなら、どこかで……。詳細を伺っても?」

「……ほう? 何処で? 誰に? どうして? どうやってその言葉を知った?」

っ……! 知っていますなんて、嘘でも絶対に言ってはいけない!

私の第六感がそう訴えている!

「落ち着いて下さい、威圧的になっています。それほど重要なことだと言う事は分かりますが」

「ああ、失礼」

「哲学の本、それに漫画などですね。

 正直そういう胡乱な言葉が日常的に飛び交うのが、我々の世界です。

 だからこそ、詳細を確認しておきたいのですが」

「そうだな、ならば答えよう。主の御力の、この世界に零れ落ちた欠片だ」

……何、それ……。そんなものが、存在しているというの?

「改めて問う。……聞き覚えは?」

「世にそのようなものが出回っているなど、初耳です」

「そうか。……近頃はガイア教の過激派どもが蠢動している。

 かつて唯一神を奉ずる者たちに貶めされた、神話の時代の神々──“ベル”の名を冠する神。

 奴らはそれらを蟲毒が如くに喰らい合わせ、いずれ来たる我らが神に、叛旗を翻さんとしている」

ベルの悪魔って……物騒なものがまた……。

「だが連中はこうも考えた。皇帝赤司征十郎は強欲だ。

 それですら足りない。

 ベルの王? 既に一度は敗れ去った、敗残者ではないか。

 天上に駆け上がり、唯一の神を引きずり下ろすにはそれですら足りない!

 ならばどうする? 唯一絶対の全能神。

 これを打ち砕くのに、いかな強力な魔王の力も、それには果たして及ばない!

 では、如何せん、如何せん──……そして奴らの結論はこうだ。

 全能神本体のちからを、簒奪するほかない。

 故に連中は、詳細は話せないが、【我らが主の力の欠片】を降ろし、求めている。

 種々の手段を用いてその断片を引き下ろし、その断片をベルの神々へと与えている。

 ……その結果、何が生まれる?」

「それは……」

「偽救世主(アンチクライスト)……いや、それ以上のものだ、忌々しい」

「『偽救世主や偽預言者が起こって、大きなしるしと奇跡をなし、できれば選民をも惑わそうとするであろう』

 黙示録ですね。……大筋は理解できました」

「アンチクライスト以上のちからを得た、アンチクライスト。

 なんとしても阻止せねばなるまい。ひとびとの楽園のために、主の平安のために!」

「それで、私は何を? まさかベル神を狩れ……とは……」

「そこまでは頼まないさ、まだ。

 無論君が独自に発見し、それの撃破が可能そうなら、遠慮なく撃破すればいい、世の平安を乱すものたちだ。

 そしてもし、【宇宙卵】を有しているならば私のもとに。

 その場合は、十分以上の報酬をもって報いよう。

 形は球体、超高密度のエネルギーを内包している。

 主の力の欠片だ、マリアが見ればそれと分かる。

 だが、お前に頼みたい仕事はそれではない。

 無論、折があればその仕事も、頼みたいものだがね」

「では、私は何をすれば?」

「ガイア教団過激派との接触」

……今、完全に私の胃に穴が開いた。もう嫌だ……帰りたい……。

「私は馬鹿でも猪武者でもない。

 神の敵を滅ぼせと叫ぶだけの、口ばかり威勢のいい狂信者ではない。

 内偵の重要さは理解しているのでね。

 また、次の依頼を受けられるようにする。それだけのことだ、難しいことでもあるまい。

 それだけで、こちらの収集した情報の裏取りになる」

「それだけとは言いますが、私が貴方の弟子であったことは周知の事実ですよ?」

「“意見の相違で別れた弟子”だ、

 昔も、そして今もな。それに君は、『サイバー流の使い手』とはそれなりの付き合いがある様子だ。

 ガイアーズの理論を理解できぬとも言わせん。報酬も相応に支払おう。

 黒子テツヤという少年に関しても、君が傍に置き後見する限りにおいて、返還の要求はそのまま撤回しよう。

 ……どうだ、ダイナ?」

「接触はしてみますが、期待はしないで下さい」

「引き受けてくれるか。では、報酬だが……いくらか、前払いで支払おう」

「いえ、成功報酬として資源3つ。それと、成功時には出来高で……」

「まどろっこしいことはやめよう。私と君の仲だ」

「では、前払いで仲魔2、磁気1、武器1をお願いします」

「宜しい、倍額払おう」

「……露骨に逃げ道塞いできましたね」

こんなに貰ったら、それ相応の情報を手に入れて帰ってこないといけないじゃないですか、やったー……。

「可愛い弟子を思っての支援さ。

 君がフリーの間に関わってきた、中小の組織とは違う。

 【本当の大勢力をバックに置く】というのは、こういうことだ。

 ……主義の相違も多少は呑もう、ある程度は配慮もしよう。

 組織の安定を得たくなれば、いつでも戻ってくると良い」

「……考えておきます」

「本当は君に回したい、厄介な案件は幾らもあるのだがね。

 君の意志が堅い以上は、致し方あるまい。

 ……今日のところは、これだけとしよう。

 黒子テツヤの件に関しては、妖精郷に連絡しよう。他に何か?」

「一時でもガイアと交渉し協力する可能性があるわけですが、

 これだけは協力されて困るという事のラインは」

「敢えて設けまい」

「……良いのですか」

「君が今更、カオスの思想に染まらぬことなど、今このとき再会して、すでに確信している。
 
 例えばかの“皇帝”が戯れに、『無辜のメシア教徒を犯して縊り殺せ』と、

 高圧的に君に命じたとしよう。

 断れば殺されるとして、君はそれに従うか?

 従わぬだろう、私にすら従わぬのだから。

 既に法も秩序も、君の中にある。

 ならばいらぬ束縛をするより、それに任せたほうが早い。

 ……違うか?」

「分かりました。……信頼、ありがたく思います。

 なお表面上は師との縁は切れている形で動きたいのですが、

 今後の連絡方法などは、如何すればよろしいでしょうか」

「ああ、そうだな。まず、私個人の秘匿アドレスを教えよう。

 依頼報告はこちらのアドレスに送ってくれ。

 いちいち直接面会するのはお互い面倒だ。

 アドレスは暗記するように。例によってメモ取りは禁止だ」

「分かりました、昔どおりですね」

「面会がしたい場合、そのアドレスに連絡を。 適宜、妥当な面会場所を設定しよう。

 きちんと暗号化を加えるように。暗号鍵は昔と同じものでいい」

「了解しました、妥当かと。

 我が師との久闊を叙せたこと、こちらとしても有意義な時間を過ごせました。

 今後も建設的なお付き合いをしていきたいものです」

「こちらも会えて嬉しかったよ、ダイナ。

 今後とも、良い付き合いをしていきたいものだ。

 では、またな」

「「──神の祝福があらんことを」」

メシア教団 帝都 司教座聖堂 司祭の間にて ダイナが去った後

「……どう、思われましたか?」

「ええ、とてもよい方かと。

 少し主張は違いますが、貴方にとても似ています」

「もっとも出来の良い、愛弟子です。

 強さにおいてアレ以上のものもいる。

 知恵のめぐりにおいても、また然り。

 しかし両者の調和がなされ、かつ篤い信仰に目覚めたのは、彼女のみです。

 いずれは私の跡を継ぐものと、そうも思っておりましたが……」

「また一緒にやれる日も来るのではないでしょうか?

 貴方の計画が成れば、あるいは」

「断言はして下さいませんか」

「それは甘えです。他にもし、私のような存在が現出していたとして。

 彼らだってやはり、要事を断言はしないでしょう」

「……まだまだ私も弱いものです」

「私は欠片。あくまでこの世界に零れ落ちた、ただの欠片に過ぎません。

 私を偶像と化して祈ってはいけません。

 混乱を恐れるならば私を殺しなさい。

 私をよすがとして来臨を求めるも、私を貶め果てて戦いのちからとするも。

 全ては人の子の望み次第です」

【精霊】YHVHの文字が、ウォーリアオブライトのCOMPに表示されている。

「ただ、個人的な望みを言うなれば。今この時は、私は人の子と友でありたいと、思っています

 貴方の望みが叶うか潰える、その日まで」

「人に親しき、精霊としての主、コスモス。原初の様態を成すかたよ。

 ええ、貴女の望みどおりに。

 ……貴女をよすがとし、架け橋として。

 この世界に、救いの御手を。

 千年王国……とこしえの楽園を。

 天にまします我らが父よ。

 願わくばこの地に、法と秩序の安寧を……」