5月の2週目に入った日の朝。
「ダイナ! た、大変なのっ! ザックスがっ!」
「すぐ行く!」
エアリスが血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。
急いで食事所に行くと、ザックスさんが苦しそうに体を丸めていた。
「あ、ダイナ! なんか急にザックスが苦しみだしたッス!」
「ザックス……!」
「寄るな、クラウド! くそっ……静まれっ……!」
これはっ……、転生元の悪魔が……?
「マリア、涼太を守ってください。火神はクラウドさんを。エアリスさん、ザックスさんが暴走したら、
私と貴女で止めます」
「承知しました」
「任せとけ」
マリアと火神は私の言う通り、即時対応をしてくれた。
「何故だ! 俺も戦える!」
「転生体の事情が分からない状態で、二人が戦い合うは避けたいのです。
……ここは、どうか」
「クラウド、私だって戦える。それにザックスを助けたいのは、私も同じ!」
「だが……! くそっ!」
「本当にわりぃ。でももう大丈夫だ」
「自制だけで転生元の魂を抑え込むとは……、凄まじい精神力です」
結局大事には至らず、ザックスさんが自身の力で転生元の暴走を抑え込んだ。
「だが、いつまで抑えきれるか……。ここ最近、【毎週】一回はこういうことがあったんだ。
今までは黙っていられる程度だったんだが、今日は流石にやばかった……。
なんだかんだで、精神的に余裕が出来たのが大きかったんだと思う。だから今日も耐えられた」
「力になれているのであれば幸いです。
……こういった事態も覚悟の上で、私は貴方たちをかくまうことを決断しました。
遠慮せず、何か困ったことがあれば相談してください」
「……助かる。その、最悪俺が暴走した場合、遠慮なく殺してくれ。
絶対にエアリスとクラウドは傷つけたくないんだ」
「そうであるならば、生きてください。貴方の死が、恐らくあの2人にとって、
一番傷つく要因でしょうから」
「……分かった、最後まで足掻いてみるよ」
「私も全力を尽くして、貴方たちが救われる方法を探して見せますから」
……これから毎週、彼はこの苦しみと戦うことになるだろう。
どうにかして、転生体についてや、転生元の悪魔について詳しく調べないと……。
「さて、朝は少しばたばたしたけど、今日も張り切っていきましょ」
「今日は何するんスか?」
「今日はとりあえず、依頼をこなしに行こうかなと。ちょっと、放置しかねるからね」
「分かりました。同行は?」
「生存者救助の可能性も十分あり得るから、私とマリア、後クラウドさん。
お願いしてもいいですか?」
「ああ、問題ない」
「クラウド、ダイナさんの足引っ張っちゃダメだよ?」
「俺もクラウドもダイナさんに勝ってるんだから、余裕だよな!」
「……行ってくる」
冷静なのは、クラウドさんの良いところですね。……少し無表情ですが。
「生存者が一人しかいなかったのは残念だけど、大元の悪魔は討伐成功。
時期に異界化も治まると思います」
「迅速な対応、ありがとな。こっちが報酬だ、受け取ってくれ。
また顔出ししてくれるの、待ってるぜ?」
「その時は贔屓してくださいね、高尾さん?」
「あいよ、任せとけって!」
「依頼も終えたし、次の階層へ上る為の拠点も設置。
……あれ? 随分と順調?」
「良いことです」
「ねえねえ! その新しい階層、探索してみたい!」
「えっ」
「ザックスと一緒に!」
「俺の強さ、ダイナさんなら知ってるだろ?」
「うー……ん。まあ、ずっと異界でゴロゴロも暇でしょうし……。
分かりました。火神、ついていってあげてください。
ただし、2階層は私もどうなってるか分かりませんから、危ないと感じたらすぐ戻ってくること」
「はーい!」
我ながら、随分と甘い判断だったかな。
「……よろしいのですか?」
「一応探索特化の火神がいるから、大事にはならないと思いますが……」
「分かりました」
「そっちの道もいいけど、こっちのがいいぜ」
「わっわっ! 本当だ! すごいね火神!」
「まさかこんなに探索が楽にいくとは思ってなかったぜ」
「こっちはマグネタイト、あっちは魔貨がいっぱいだよ!」
「ダイナさんにいい土産が出来たな!」
「これでダイナさんに、少しでも恩返しできるといいね!」
「あいつは迷惑だとか、んなこと考えてねーと思うけど……ま、いんじゃね?」
「行かせたのは失敗だったかなって心配してたら、
成功させるだけじゃなく、お土産まで持ってくるとは思っていませんでした……」
「えへへ! これからも頼ってよね!」
「うん……。なんか、私の助けって本当必要だったのかなって思うぐらいには……。
というより、助けてもらって不甲斐ない……」
助けてほしいと頼まれたと思っていたら、気付けば助けられていた。
何を言っているか分からねーと思うが……って状態だよ。
まあ、それだけ余裕が出てきているなら安心……していいのかな?
「今日は闇賭博場に顔出ししてきますね」
「えっ、ダイナさん。そんなところまで顔出ししてるの?」
「まぁ……うん。コネを切るのは簡単だけど、繋ぐのは大変だから、出来るうちにしておかないと……」
「なるほど、気を付けて行ってらっしゃい!」
闇賭博場にて
闇医者、喧嘩屋、ギャンブラー……。
「いつ来ても、その……大概ですね」
「あー……? 珍しい客じゃねぇか」
「あ、ダイナちゃん! 久しぶりだね!」
「お久しぶりです。……いくら青峰さんに顔を貸してもらっているとはいえ、
女でここの切り盛りしてるのは流石ですね、桃井さん」
「えへへ、ダイナさんに褒められちゃった!」
闇賭博場……。見てのとおりガラの悪い連中ばかり。そこを女だけで居ようものなら、
何をされても文句は言えない。私みたいに異能力があるとか、凄まじい強面とかなら別だが……。
そこで睨みは青峰さんにしてもらい、裏で仕事などの管理をしているのは桃井さん。
お互いにないところを補い合ってる、いい関係ではあると思う。……こんな場でなければ、だけど。
「んで、今日は何用だ?」
「あ、妖精郷から異界を任されまして。
住所なども変更になったので、そのへんの連絡と顔つなぎが主です。
私はこっちとは馴染みづらいですからね、窓口役の貴方たちとのコネは貴重です」
「成る程な、忙しい中、わざわざご苦労なこった」
「こっちの耳にも同じ話は届いてるけど、わざわざ顔を出すってことは、義理は欠かさない。
という意味で解釈しても良いのかな?」
「ま、そういうことで」
「それじゃ、ダイナちゃん向けの依頼、なんかないか探してくるね」
「あー、そういや、今日は面白い奴が顔を出してるぜ?」
「貴方の『面白い』は警戒一択なのですが……」
「んなこといってもおめぇ……、随分と衝撃魔法でズタズタにしたって話じゃねーか」
「よぉ。約一か月ぶりだな? 音沙汰なくて、寂しかったんだぜ?」
「あれは依頼だったから……。やらなきゃ間違いなく私が真っ二つでしたよ」
「違いないな。本気だったからな、あの時も」
ダンテも公私混合はしないみたい。……ちょっと含みのある言い方をするのは許容範囲。
ここでイチャつきに来たら、少し怒ってた、かな。
「あ、ダンテさんもいるならちょうどいいや。大きな依頼が幾つかあってね。
二人くらいの実力者がかかってくれると、こちらとしては楽で助かるんだけど」
『ギャンブル対決』『恋人たちの平穏』『死霊使い』の3つか。
「二人向けの依頼、という話でしたが。ギャンブルが二人向け?」
「サマも使いこなす凄腕だ。お前の目で見抜けるか?」
「……手元で早業を使われると、自信がないかな……」
「そういう意味では俺向けだな。だが俺は、賭け事で勝った試しがない。
だからやるなら二人で、ってことだな」
「で、バトル系の依頼二件なんだけどね。
『恋人たちの平穏』はそもそも到達までが面倒で……。
地道にラブホ街を調査して、いつ遭遇するか分からない、
強さも不明な正体不明の敵に備える……そんな具合。
『死霊使い』は一発遭遇できるけど、かなり戦闘の危険度が高い依頼だよ。
その死霊使い、腕利きが追ってたんだけどね」
「……カラッカラに乾いた死骸が発見された」
「カラッカラに乾いた死骸。吸収系の技ですか、面倒ですね」
「確かに、単独で挑むのはよろしくないな」
「ラブホテル街、こちらの情報は?」
「死体が残ってないから、詳細は不明。敵の強さも不明。
ここまで尻尾を掴ませないとなると、たぶん、それなりの使い手だと思う」
「だから相応の使い手をぶちこむ。それだけだ。さ、どれを受けるんだ?」
「俺はどれでも構わないぜ。ダイナに任せる」
「では、全部で」
「えっ」
「ギャンブルはまぁ、手軽ですしお引き受けしましょう。私も得意なわけではありませんが……。
下2つは、どちらも少々、放置しかねます。特にラブホテル街は一般人が犠牲者ですし、
死霊使いも未熟者の暴走は惨事のもとです」
「……秩序型を甘く見てたわ」
「まぁ、私としては助かるんだけどね? ダンテさんもそれで?」
「ああ、構わない」
「……話はまとまったかな?」
「早速ギャンブラーの登場だ。ま、適当にな」
「貴方がギャンブルの相手ですね。依頼を受けたのは私ですから、
一件目の賭け金は私が出しますね」
「そうか? だが、俺はダイナに賭けるつもりだぜ」
「…………頑張ります。ギャンブラーさん、ルールは?」
「シンプルにヒット&スタンドのブラック・ジャック。ジョーカー抜きの6デック混交、一発勝負──どうかな?
大丈夫、無体はしないよ。僕だって、貴女たちみたいな腕利きの恨みは買いたくない」
「分かりました。デックは新品。ディーラーは桃井さんで」
ブラック・ジャック。至ってシンプルでいいかな。あんまごたごたなのは、私苦手だし……。
「ルールだけど、両者バーストの場合は引き分け、その場合はこちらの取り分とさせてもらうね。
依頼料だけだと少し儲けが薄いから、場所代だと思って欲しいかな。
ルールは簡単。最初にカードを二枚配る。一枚は表向き、二枚目は裏向き。
で、もう一枚ひくならヒット、やめるならスタンド。
カードの合計が21に近いほど強く、22以上はバースト。
Aは1としても11としても扱え、絵札は全て10扱い。いちばんシンプルなブラック・ジャックのルールだね」
「新品のトランプ6デッキを混ぜた。一勝負だからな、純粋な運勝負だ。
両者バーストはディーラーの取り分、通常の引き分けはもう一戦。
それでいいな、さつき?」
「うん。それじゃ、いくら賭ける?」
「では、魔貨1で」
これだけでも、きちんと取り扱えば半年は遊んで暮らせる単位、なんだけど……。
「依頼を見たかい?俺が求めているのは、スリルのあるギャンブルなんだけれどね」
「……では、さらに磁気も2で」
「なら、俺も魔貨1、磁気2だ。これで相当程度の賭けになっただろ?」
ちょっとダンテ……。あぁ胃が痛い……。負けたらどうしよう……。
「最高だ、その反応が欲しかった。では早速始めようじゃないか」
「それじゃ、まずオープンカードね」
「……私がKで、相手が6ですか」
全然よくないねこれ。普通に次でバーストもありえる……。
「次、クローズカード」
手元に来たのは7のカード。バーストは逃れたし、結構形にはなっている。
「私はスタンドで」
「俺はヒットだ」
「じゃ、ギャンブラーさんの分だけ」
「……よし、俺もスタンドだ」
「では、同時オープン」
私は17、相手は20。……負け、か。
「なんか、普通の運勝負で負けたって感じだね」
「えぇ、こればかりは仕方ありません」
「イカサマの気配もなかった、純粋に運で完敗だな」
「いや、久々に大きな賭けで面白かった。だが更に倍プッシュ、どうだい?
シンプルに、コイントスでいい」
ま、まだするの!? もう私の胃には大きな穴が開いてるよ!
「いいぜ、俺は乗りだ」
「え゛っ」
「ダイナはどうする?」
「ご、ごめんなさい……、私はここで……」
「なら、ここからは俺が勝負だ。つっても、コイントスだ、2分の1だな?」
「それじゃ、はい、異能の動体視力で目視しないように、
ちょっと肉体派系の異能者さんに振ってもらうね」
「ダンテはどっちに賭けるんだ?」
「……裏だ」
「なら、俺は表で」
「はい確認するよ。皆さん近づかないで。はい、ゆっくりと手をどけて。
──表、ギャンブラーさんの勝ちだね」
ちょっとダンテ、負けたの!? 嘘でしょ!
「……ま、オレに賭け事は向いてないってな」
「分かってたなら引きましょうよ!?」
「いい勝負だった! さすがにもうやらないよな?」
「ああ、もうなんもないからな」
「まぁ、いい見世物にはなったからな、儲かった」
「それは何よりで。では私はこれで」
「俺もだ。……ダイナ、この後の依頼の打ち合わせと行こうか」
「ええ、喜んで」
もう……絶対ギャンブルしない!