第9話

「さてと。週も変わったことですし、依頼をしっかり確認してから今週の方針を決めましょう」

えっと確か、『GIANT KILLING!』がしょっぱなの依頼でしたね。

依頼内容としては、戦いは力量差だけで決まるものではないことを証明してほしいといった感じですか。

「負けても命は保証されていますし、試合ですから。まぁ……気負いすぎず、真剣に。

 行きますか、マリア」

「仰せのままに」

帝都某所の異界にて

「よく来てくれたな、ガイア教の不動遊星だ。

 亮には30レベル前後と頼んでいたが、

 ちょうど良い程度の腕前の持ち主のようだ」

「フリーのダイナです。お眼鏡にかないましたならば、幸いです。それで、相手は?」

「もうすぐ来るはずだ。すまない、売り言葉に買い言葉という奴だ。

 最終的に相互に賭ける流れになってしまい、引っ込みがつかなくなってしまった。

 単純な腕比べならば本人同士が戦えばいいが、ことこういう性質の口論となるとそうもいかなくてな」

「……いえいえ、こちらも仕事ですから」

流石に丸藤さんのところに依頼を出すだけあって、割と求道者っぽいタイプのガイアーズ、か。

最悪負けても、報復とかの心配はなさそう。さて、聞けることは聞いておこうか。

「相手の情報などは?」

「完全にタイプが同じではどうしても圧殺劇だからな。

 【こちらは魔法型】、【相手は白兵型】で揃えよう、という話にはなっている」

「勝敗については通常通り戦えば?」

「ああ、尋常の一対一だ。

 相手に参ったと言わせるか、戦闘不能に追い込めば勝利。

 回復、蘇生の魔法は当然ながら、こちらが負担する。
   
 思う存分殴りあってくれればいい」

「わかりました。貴方のように『できる』方の前でこういうのも恐縮ですが、

 レベル差を覆せるような鍛え方はしてきたつもりなので、ご期待に添えるよう尽力します」

「ああ、期待しているぞ」

伊達に一点特化型じゃないからね! 格上には自分の有利な盤面にさえ持ち込めれば勝てる見込みがある。

……そのせいで、なんでもそつなくこなせる人には全然歯が立たないけど。

「あら、なかなかちゃんとしたのを連れてきたみたいね」

「来たか」

「亮あたりにでも頼ったのかしら。でも無駄よ?

 レベル差が戦力の決定的な違いだって、遊星。あなたに刻み込んであげるわ」

「そいつはどうかな?」

「まぁ、私たちが言い合っても仕方がないわ。ああ、私は十六夜アキ。

 それじゃ、始めましょうか。お願いするわ──ダンテ」

「…………」

「よう、最近ぶりだな? ダイナ」

えぇー……。この前この人のおかげで胃を痛めたばっかだっていうのに……、まったく。

「……お久しぶりです。思いの外、早い再会でしたね。

 その後、お変わりは?」

「見てのとおり、万全だぜ?」

別に手を抜く気は毛頭ないけど……。

「本気で行きます」

「ああ。手加減なしだって、言ったからな」

「(知人か。だが、八百長の気配はない)」

「それじゃ、──始めましょう」

アキさんの合図で私とダンテさんはほぼ同時に動き出した。

ダンテさんの脅威は何といっても圧倒的な力と銃さばき。私が勝つためには……

「っ──! 早いな、ダイナ!」

よしっ! 先手必勝! 最大火力で衝撃魔法を叩き込む!

「私にも意地くらい……ある!」

「甘いぜっ!」

ちょっ、あぶなっ! 本当、どんな力してるの!? 当たったらシャレにならないって!

でも勝機はある! さっきの初手で放った衝撃魔法をダンテさんは直でくらっている。

それに私も異界篭りでだいぶ戦闘速度が上がった。万全な状態でのダンテさんの銃弾を避けきる自信はないが、

深手を負っているのであれば私でも避けられる。後……もう一発!

「もう……一発っ!」

「ちっ、避け──」

「勝負あり、だな」

「ダンテが負けるなんて……。少し見くびっていたわ」

「ダイナ、と言ったか? これは報酬だ、受け取っておいてくれ。あとこれが治療用の道返玉と宝玉だ」

「いえ、ご期待に応えることが出来て良かったです」

「ではまた、機会があれば」

「じゃあね、ばいばい。それにしてもさっきの戦い、なかなかだったわね。特に最初の……」

「やはり戦闘では……」

え、ちょっと。倒した相手は私が面倒みるの!? いやでも、ここは異界だ。

放っておいたら悪魔に襲われてしまう。とりあえず道返玉と宝玉使って、安全な所に……。

あれから、何時間ぐらい経っただろうか……。

ダンテさんほどのガタイのいい人を私一人で運べるわけないから、とりあえず安全そうなとこまで引きづって

悪魔が来ても対応できるようにずっと見張ってるんだけど。

何匹か、血の匂いに誘われて来たけど、そこまで強いのはいなくてよかった。

……もし、あの時。ダンテさんの一撃が当たっていたら、私の負けも十分にありえた。

それくらいに僅差だったと思う。本当、敵に回したくないよー……。

しかし、いくらなんでも目を覚まさないのは……おかしいな。

そりゃあさ、体中私の衝撃魔法のせいでボロボロだったけど、蘇生不可能なまではやってないし。

でもなぁ……、揺すって起こすのも無粋だし……。

そういえば、なんでダンテさんは素肌の上にコート来てるの? 暑がり?

コート着てるのに暑がりって変か。というか……いいなぁ、この腹筋。

マッチョじゃなくて、純粋に鍛えたから付いたような、自然な感じ。

別に筋肉好きでの意味じゃなくて、実用的な意味で羨ましい。

私自身がムキムキなところはちょっと想像つかないけど……というかしたくないけど、

やっぱ少しは付けるべきかな。でも、魔法しか能がないんだよねぇ……。

起きる気配もないし、ご褒美的な意味で少し触ってもバチは当たらないよね。

……失礼しまーす。

おっ……おぉっ……。なんだろう、結構硬い。いいな、本当に欲しくなってきた。

ちょっと筋トレ始めようかな? それかもっとこう……

「随分と大胆なことしてるじゃねーか」

「!?」

「寝込んでる男を襲う趣味とは、意外だな?」

「あ、やっ……! これはその……!」

い、いつから起きてた!? というか手首掴まれて離れられない!

「ったく、まさか負けるとはな。別に手を抜いたわけでもなかったんだが……」

「あれはその、本当に運が味方しただけだと思います。

 実際、中盤での一撃を受けていたら、私は間違いなく負けていたでしょうから」

「そんな慰みはいらねーよ。で、何俺の腹筋触ってたんだ?」

「ご、ごごご、ごめんなさい! その、いいなと思いましてっ!」

何がご褒美だよ! 自分の首絞めてるじゃん! うわあああ、数分前の私のバカー!

「……それはあれか? 俺を口説いてるのか?」

「へっ……? あ、ちょっとっ!」

なんか、ダンテさんの目が据わってる! というか本当に力では敵わないんだってば!

手首放してもらえないし、普通に馬乗りされたし! えっ、今から負けた腹いせにマウントごっこ……?

「なんかいうことはないのか?」

「本当にすみませんでした! 殴るのは勘弁してください!」

異界のど真ん中でボコボコに殴られて死ぬなんてやだあああああ!

「そんなことしねぇよ。……どうやら俺が起きるまでの間、守ってくれてたみたいだからな。

 この間の貸しの件でチャラにしといてやる」

「あっ……その……、ありがとう、ございます」

「ダイナはもっと、自覚を持った方がいいぞ。特に、女であることとかな」

「うっ……気を付けます。きちんと鍛えてる方ならあれでしょうけど、筋力系は何にもしてこなかったので……

 純粋な殴り合いをしたら一般男性にも負ける可能性があるって、肝に銘じておきます……」

「そうじゃねぇよ……。ったく、無自覚か」

今度はなんか呆れられた。あれかな、蘇生したばっかりで、まだ精神が安定していない? というか、

「あの……、いつ降りてもらえるでしょうか?」

「俺に勝ったんだから、どかせるぐらい、楽勝だろ?」

「力では敵わないってさっき言いましたよね!? 掴まれてる手首も、びくともしないんですよ!?」

ねじっても捻っても、痛い思いをするのは私の方。振り回しても全然離れる気配なし。

やっぱりまだ怒ってる!?

「女として自覚しろっていうのはな……」

「えっ、あの! ダンテさん待って! 顔、ちかっ……!」

「こういうことだって言ってるんだ」

近い近い近い! ダンテさんの吐息がかかってる! こんなの、平常でなんていられないっ……!

「ゆ……許し……、て……。もう……恥ずかしっ……!」

「俺の腹筋は平気で触り回したのにか?」

「それはっ……本当に、ごめんなさいっ! 純粋にただ……好奇心で……っ」

なんでこんなことになっちゃったの! 穴があったら入りたい!

「……ダイナ、まさか……いや、いくらなんでもそれはねえよな」

「なっ……んですか……」

ダンテさんが、なんでこんなことするのか分からない。もう頭の中破裂しそう……。

「まぁ、からかうのはこれぐらいにしといてやる。次からは気を付けるんだな」

「本当に、申し訳ございませんでした……」

やっと降りてくれた……。掴まれてた手首がびっくりするぐらい赤い……。痛みは別になかったんだけど。

それに、あれでからかった程度って……、もうやだ。私絶対この人には勝てない。

「ほら、これをやる」

「これは……連絡先?」

「信じられないぐらい男への免疫がないからな。つけたくなったらいつでも連絡しな。相手してやる。

 別に、男で困ったことがあったときでもいいぜ?」

「心遣い、感謝します。ただ、お言葉ですが、ダンテさん以上に手が付けられない男性はいないと思います……」

「ダンテでいい。褒め言葉として受け取っておく」

「じゃあ、ダンテと呼ばせていただきます。また何かあったら、連絡させて頂きます……。

 あ、もちろん、困ったことがあれば、ダンテも私に相談してくださいね?」

「ったく、そういうところは本当お人好しだな。……気を付けろよ」

「お互いに。それでは、今日はこれで」

「ああ、また何かあったらその時にな。

(……本当、切り替えは早いな。一体無意識にどれだけの男を泣かせてきたのやら)」