第8話

「ふぅ……。今週は本当、長かったなぁ」

本当にたくさんのことがあって、流石に気が滅入ることがなかったとは言わないけど。

でも、なんだかんだいって、充実し始めたように感じてる自分が怖い。

「大丈夫ッスか? 疲れてない?」

「あ、黄瀬君。大丈夫ですよ、むしろ本番はこれから」

「また黄瀬君って言ったッスね! 涼太だって言ってるじゃないスか!」

いや、黄瀬君なんて呼ぶのもすごく抵抗あるんだって。

これでもだいぶ慣れてきたのだから、今は勘弁してほしいところ。

「明日から気を付けます」

「それダメな流れじゃないッスか! てか何いじってるんスか?」

「あぁ、これはCOMP(コンプ)という代物でって……。

 本当に何も分からないぐらい、力を失ってるのですね……」

「そうッスねー……。つーか、逆に中途半端に力ある状態で出てたら、

 それはそれで余計に大惨事になってたんじゃないッスか?」

「それは、確かに。『大惨事世界大戦』とか冗談で済まなくなる……」

「つーわけでさ。悪いんスけど、ちょっとこの時代について概説してくれねーッスか?

 分かる限りで、俺もそっちの質問に答えるからさ。

 特にその、あれッス、えー……LAMP周りの技術とか!」

「COMPです。まぁ、いいですよ。
 
 こっちも聞きたいこといっぱいありますから。

 黄瀬君……じゃなくて涼太とはゆっくり話してみたかったですし」

黄瀬君って言おうものならすんごい顔で睨んでくるようになった……。早く涼太って名前に慣れよう。

「……えーっと。まず、これはCOMP(コンプ)。

 COMPとは【悪魔召喚プログラムがインストールされた機械】の総称。

 銃型、パソコン型、色々あるけど、私のは割と一般的な携帯電話型ですね」

黄瀬君の新しいことを知るその好奇な目を見てると、やっぱり高校生ぐらいにしか見えない……。

「このCOMPには様々な機能が内蔵されています。

 昔であれば悪魔を呼び出し、契約するには、高度な魔法知識と霊力を有する人物が、

 準備も煩瑣(はんさ)で再現性も低い、時間のかかる儀式を行わねばならなかった。

 だけど、この悪魔召喚プログラムは、この儀式をコンピュータ上でエミュレーションして自動化処理してくれる。

 それだけでも凄いシロモノなんだけど、さらに数多のオカルティストによるアップデートを経て、

 現在では、悪魔言語の翻訳機能、契約、管理、報酬取引を自動化する機能などが備えられた。

 『悪魔使役の総合補助システム』として、ほとんど完成されたといってもいい状態ですね」

「儀式ってあの、俺を呼んだときみたいな奴ッスかね?」

「その通りですね。

 COMPの主要なところとしては、DDS(デジタルデビルサモン)、悪魔召喚機能。

 DCS(デビルコミュニケーションシステム)、悪魔会話機能。

 補助的に識別用のアナライズに、悪魔感知のためのエネミーソナー。

 他にもまぁ、ごちゃごちゃと山ほどの機能がついて、悪魔召喚師を支援してくれます。

 これが、アンダーグランドとはいえネットに流出しているんだから末恐ろしい。

 機械技術の進歩で悪魔召喚の機械化が可能になり、同時にネットワークの進化に伴いオカルト知識の共有化が進み。

 その結果として生まれた……ある意味、機械文明の鬼子のようなものかな……」

「よく分かんねぇけど、すげぇってことッスね!

 それ、俺も契約で縛ったりできるんスか!?」

「えっ、あー……どうなんですかね、試してみたいような、怖いような……」

「男は度胸! なんでも試してみるッス!」

「私は一応女ですけどね。うーん、どうしようかな……」

怖いもの見たさの気持ちが勝った。

「それじゃぁ、やってみよしょうか。……えっと、少し待ってくださいね?

 ……行きます。 ≪マッカあげます、仲魔になってください。≫」

「≪俺、地霊ヤーウェ! コンゴトモヨロシク!≫」

うわっ、COMPの画面がエラーの文字でいっぱいになった。

なんか普通にガーガーとか壊れそうな音してるし。

「……うん、まぁ。やっぱり無理ですね。

 流石に格が高すぎるのと……

 多分、黄瀬君……じゃなくて涼太の存在が【この異界の主】として、ここに固着しているので、

 機械プログラムによる汎用の契約じゃ、とても引き剥がせない……」

「……そうッスか。まぁ、仕方ないッスね」

──ん? 明らかに残念そう。

「どうかしましたか?」

「いや、別に……」

「黄瀬……涼太は分かりやすいですから、隠さずにどうぞ」

「あーっと、その……外の街とか、賑やかなんだろうなぁー……っと」

っ──。

そう、ですよね。異界の主ってことは、この天塔から出ることは出来ない。

たとえそうでなかったとしても、『在りて在る』お方を外に連れ出すなんてことは……。

記憶があるならそんなこともきっと考えなかったんだろうけど、ないというのであれば、

知りたいって気持ちが出るのも当然……。

「出られねー分さ、なんか、気になっちゃうっていうか……。そんだけッス!」

「すみません……、気付いてあげられなくて……」

いくら忙しかったからって、相手の気持ちも考えずに……。

何してるんだ、私は。

「あーもうほら、すぐそうやって暗い顔して謝るんスから。

 異界の主って、そういうものなんだから、ね?

 もともと無理言ってるのは俺の方なんスから」

無理なのだろうか、本当に……。

「……直接的な外出は無理ですが、手がないこともない……ですよ?」

「マジッスか!?」

本当にこの人神様なの? って疑っちゃうくらい、眩しい笑顔してくれちゃって。

出来る限り力りなりたいと、本気で思う。

「ちょっとお金と手間がかかりますが、通信環境とか発電機とか引っ張ってきて、

 私がカメラとマイク持ってうろつけば、【外を歩いてる気分】くらいは味わえる……はず」

「んー……じゃ、いいッスわ。気を使わせてごめん」

「ここで遠慮って……。そのこころは?」

「ダイナは俺っつーか、俺の本体の信徒じゃないスか。

 そのせいでこんなややこしいことに巻き込んだのに、

 娯楽分まで金出せーなんて……流石にちょっと、どう考えても駄目ッスわ」

「私が涼太のために嫌なんて、言うはずがないでしょ?

 貴方のためならば、その程度惜しくもなんとも……」

「それが駄目だ、って言ってるんス。

 ダイナの都合じゃなくて、俺の都合。

 無制限に身を削って施されても、施される側が居心地悪いんスよ?

 ダイナはさ、こう……、ちょっと克己心と自己犠牲が強すぎるから」

「そんなこと……」

「ない。なんて言ったら、本気で怒るッスよ?」

『ダイナは少し、克己と自己犠牲に走り過ぎです。そういうのは、かえって周りが辛くなるんですよ?』

昔、とある女性にも、同じことを言われた。

気を付けているつもり……だった。

でも、再びこうして言われてしまうということは、結局私自身、それを良しとしているから。

ダメだな。大切な人たちを困らせてばかりだ……。

「……ごめんなさい、悪い癖が出ました。

 昔、人にも指摘されたことがあるのになかなか治せなくて……。

 ありがとうございます、涼太」

「いや、こっちこそ。偉そうなこと言ってごめん」

「ですが、私の悪い癖はさておき。実際問題、設置はしようと思います。

 涼太には、世界の現状をある程度知ってもらわないと困りますから」

「無理はダメッスからね?」

「はい、そこは気をつけますから。ですが、遠慮は無用です。

 実際、けっこう楽しみなんですよ。涼太が今の世を見てどんな表情をするのか。

 何を思い、何を楽しみ、どんなことに気づくのか……。

 それを知ることができるというなら、こっちも十分な対価を頂いてるのと同じです」

「そッスか。そういうことならお願いするッス!」

「任せてください」

本当に……最高の相棒です。