第5話

天塔、異界内にて

「それでは、報告を聞かせてもらえますか?

 まず、依頼自体はどうなりました?」

なんという最初から最後までクライマックス。

まさか、いきなり妖精女王自らが来られるとは……。

今回の一連、想定外の事起こりすぎじゃありません?

「女王よ、畏れながら……

 異界のほうを抜け出しまして、大丈夫なのでしょうか?」

「あの異界の主はティーダです。夫を立てることは当然ですよね?」

「……え、ええ、立派なことです」

「そういうわけで、よっぽどひどいのがいても対応できるように、

 一応、私が本命の打撃力として来たのですが……。

 この様子だと、もう敵自体は片付けられた後ですか?」

本命の打撃力というか、妖精郷でトップ火力ですよ、ユウナ女王……。

「この異界の様子も含めて、説明願えますか?」

とりあえず、あのチャラい唯一神にはいったん隠れてもらいました……が。

まさか制圧直後に妖精女王が押しかけてくるとは思いませんでした。

ここは……どういった対応を取るべきか。

「…………」

ユウナ女王を纏う雰囲気が明らかに高圧的だ。

嘘は死亡フラグですね、分かります。ひと目で分かります。

基本的に本音トーク。主の扱いは慎重に。

話さなくても良いことは、いったん伏せていきましょう。

「異界侵入時にすでに内部の状況はこの具合で。

 現在、異界内の敵はすべて排除。

 下手人はガイアーズでした。(一回死にかけましたけど)

 皇帝、赤司征十郎の意図のようです」

「セタンタを倒すような相手、ダイナさんだけで倒せたのですか?」

これは当然の疑問かな。依頼内容の時でも、私自身が厳しいって言っちゃってるし。

「ガイアーズからの尋問によれば、倒したのは外部からの雇われものだそうで。

 運良く、入れ違いになったようです」

「なるほど。……それは運がよかったですね?」

「ええ、本当に」

ここまでは妥当なライン。

たとえ女王が気づいていても、フリーの同業同士の庇い合いは普通だし、無害のはず。

「それでは、もういくつか質問を。この異界の状況はどうなってるのか、分かりますか?」

「そのことですが、召喚の儀式をしていたので契約にそって攻撃を仕掛けたところ、

 召喚が不完全な状態で行われたのか、

 本来とは違う結果と思われる弱い悪魔が召喚されまして」

「弱い? それにしてはこの異界、すごい格みたいですが……」

そうですよね。こんなありえないでかさの塔があって、

弱い悪魔とか言われても納得できないですよね。

私もユウナ女王の立場なら同じ反応を返しますし……。

「元の格が、それはもう、ものすごく高い方でして。

 中途半端な状態の顕現ですが、こういう状況です。

 その方がこの異界の主として固着したようなのですが、

 彼は妖精郷に敵対するような意図は持っておりません。

 なんというか縁のある方でして……できれば私も助力をしたいと……」

「なるほど。……私相手にさらりと庇い合いをする。

 そんな貴女が焦り、困った風に言葉を濁す。

 つまり……」

っ……! ユウナ女王の雰囲気が変わった!

「とびっきりの厄ネタですね? 正直に答えてください」

まずい。これはまずい。絶対まずい。

言ったら絶対に見逃してもらえない。

でもここで言わなかったとしても見逃してもらえない。

「(意図の見えた圧迫です、落ち着いて)」

落ち着けと言われても……。

いや、マリアが傍にいてくれているだけ、まだ平常心は保てている……はず。

「……正直に答えた場合、危害を加えないと誓っていただけますか?」

「それは無理です」

即答。まぁ……当たり前、ですね。彼女はあくまでも中立の立場。

誰かに必要以上の肩入れをすれば、それはもう中立とは言えない。

それにどう考えても彼女の方が格上であって、お友達ではない。

「契約を遵守する貴女たちと違い、ゆえあらば契約を破ることもあります。

 勿論、遵守したいとは思います。

 だからこそ、あまり不誠実なことはしたくない。

 ただ……そうですね、こう言いましょう。

 私は貴女のこと、すごく気に入っています。

 仕事をすごくまじめにこなしてくれる、義理堅いお方として。

 ですから、ぎりぎりまで庇います。
 
 ……どうでしょう」

おそらく、ユウナ女王の限界の譲歩条件だ。

しかし、ぎりぎりまで庇うとは言ってもらえても、そのぎりぎりを明らかに超えている……!

ここはどうする、……どうするべき?

いや、言うしかない! これだけの譲歩をして頂いて、でもごめんなさいなんて、

それこそユウナ女王の顔に泥を塗るのと同じだ。

マリアも私の考えに勘ずいてくれている。彼女は最期まで抗ってくれるだろう……。

「え……? どうしてマリアが『死んでも抗う』構えなのですか?」

今の一瞬の構えだけでバレた!? マリアはそんな分かりやすい構えを取ったわけじゃないのに……っ!

「いえ、いざとなれば主を守れるようにと」

「今の会話の流れで、私がダイナさんに手を出すわけがないじゃないですか!

 なら、守りたいのは異界の主? まさか直属の大天使級……?

 いえ、マリアはダイナさんに忠義を尽くしている……。

 それでも私に挑ませるということは、それ以上……!」

頭の回転が早すぎる……! もうダメだ、ここで言わないと……!

「我々メシアの最高神、ヤハウェ様です」

「──っ!」

「待ってください! あの方は召喚失敗の影響で、全ての力を失っています!」

「その存在だけで、どれだけ危険か分かっているのですか!?

 下手をすれば大戦争! 放置しておけるわけがありません!

 力を失っているというのであればなおさらです!

 今殺せば、まだ間に合います! 殺して、なかったことに──!」

今までに私の前で見せたことのない、驚愕の表情……。

私だってユウナ女王の立場であれば、失神ものだ。

だけど、それでも……譲れないものがある。

「罪のない、ただそこに生まれただけの命を……。

 生まれたことが悪いなんて理由、私は認められない!」

「ですがっ……!」

「ただ保身のために信仰の対象を見捨てるというのは、

 私にとっては自殺と変わりません。

 私は……彼の信徒なのです。たとえ、教団を抜けたとしても。

 これだけは、譲れないのです。どうか、どうかお願いします」

「そうは、言っても……」

今の私にはもう、ただただ懇願することしか出来ない。

ユウナ女王がダメだと。ここで討ち取ると言えば、私もマリアもきっと……。

それでも、それでも彼を最期まで守りたい。

私は幾度も、彼の言葉に救われてきたのだから。

「秩序にして善、ですか……。

 そうでした、貴女はそういう人だった」

「女王さま……」

「そういう人でしたから、気に入った。

 だからスタンスが違っても、それなりにうまく出来ていた。

 ……ねぇ、ダイナさん。私たちはこれまで、上手くやれてきましたよね」

上手く、出来ていたと思う。少なくともそうであったと、私は。

「はい、本当に。過分な厚遇、感謝しています」

「そうだよね。貴女は恩を忘れない……。

 忘れないからきっと貴女は、貴女を救ってくれた一番の“大恩のその人”も、絶対に見捨てたりはしない。

 こんなにプレッシャーを掛ける中で、私にお礼が言えてしまうほどに……。

 そうだよね、仕方がないよね。貴女はそういう人だから」

何も、言えない……。でも、この選択をした時点で、こうなるのは分かっていた。

後はもう、ユウナ女王の御心のまま……。

「……私に、どうしてほしいですか?」

「やれるところまで見守っていただくか……。いっそ、見なかったことにしては頂けませんか?

 本当にどうしようもなくなったら、私があの人を殺します。

 ……そのことは、本人も納得してるようなので」

「でもこの異界、なんとかするんですよね。手持ちの財産だけで足りますか?」

「あっ……あー……。それは、その……」

「私は何も聞いていません。この霊穴と異界の主が誰なのか知りません。

 ですが、【ここの管理は、ダイナさんに委託】します。

 そのためにほんの少しだけ、資材もあげます。

 その代わり、駄目だと思ったら私、容赦なく貴女を切り捨てますからね?」

「女王さま……」

まさか……こんなに譲歩してくださるとは……。

感謝の言葉しか、出てきません。

「貸すだけですよ? 無利子無催促。

 気が向いたら依頼なんかもまた飛ばします。

 もしそれでも資材が足りないなら、【他の勢力に借りる】なりして、なんとかしてくださいね?

 あまり肩入れはできないから……」

もう、これ以上にないほどの肩入れをしてもらったんだ。

何を言うことがあるだろうか……。

「妖精郷女王ユウナさま。まことのご厚情、感謝します」

マリアが深々と頭を下げる。本当に、本当にありがたい……。

「深きご恩寵、感謝の言葉も御座いません」

「ふふ、おだてても、もう何も出ませんよ。

 それに、こういうことをする気になったのも、【貴女たちが絶対に裏切らない】って思えたから。

 ……だからこれは、貴方たちが貫いてきた【その信念のおかげ】です。たぶん、ですけど」

また、彼に救っていただいた……というところですか。

今回に関しては、その原因も彼なんですけど……。

「そうですね。最後に、ひと目だけ、貴女たちの主に会わせて貰えるかな?」

「いえ、それは……」

ど、どうしよう。チャラいとか言えない……。

というか後ろから気配を感じる。……もしかして、もう顔出ししちゃった?

「≪地霊≫としての霊格にて失礼だけど……。

 かつてのシナイ山の精霊(ジン)にして、

 メシア教の奉ずる神。神聖四字、ヤーウェです」

「…………」

流石のユウナ女王でも戸惑う、か……。

そして全然チャラくない! きちんとできるなら、これからもずっとそうであって頂こう……。

「分霊の身なれど、お目にかかれて光栄です。天地を在らしめられた方、いと高き天の主よ。

 我が名は妖精女王ユウナ。

 先程はお見苦しいところをお見せ致しまして、恐縮の至りに御座います」

「いや、当然の判断でしょ。さっきのは。

 ……その、信じてくれて、ありがとう。

 なんつーか、迷惑かけちまうみたいだけど……できる限り恩返しはするから!

 機会があったら、ゆっくり話でもしたいッス。

 今の霊格ならきっと、かなりスタンスも近いはずだし?」

「はい。折がありましたならば、夫ともどもお目にかかり、ゆるりと歓談など。

 しかし、失礼ながら今はあまり猶予もありませんので。

 このあたりで中座をお許し願いたく存じます」

「あ、そんなに堅苦しくしなくていいッスよ?

 ほら、見ての通りの弱小状態ッスから」

「流石にそうもいきません。

 ……ダイナさん。素敵な相手に仕えているのね。

 よかった、少し安心です」

「そう仰っていただけて、光栄の限り。嬉しいです。

 (どことなくチャラいのは黙っていよう……)

 今後、生死を共にするにあたって、最高の相棒かと」

「そうですね。私には大した手助けはできないですが……

 貴女の幸運を、そちらの方に祈らせてもらいますね?」